くだものコロコロ

■ショートシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月08日〜02月11日

リプレイ公開日:2008年02月15日

●オープニング

● ある日の昼下がり

 彼らがその場に居合わせたのは偶然か、必然か。
「きゃあぁっ」
 少女の切羽詰った叫びに、ドテッ!と痛々しい物音が重なる。
 道端で一人の村娘が転んだ、状況としては、ただそれだけの事だろう。
 しかし彼女は顔や衣服を土で汚し、その場で四つん這いになりながら「痛い‥‥」と呟くも目は前方に。
「あ‥‥!」
 視線の先ではリンゴやミカンといった果物が勢い良く転がり、彼女から遠ざかっていく。
 不幸だったのは、この路が緩やかと言えど坂になっていた事。
 更には、その先が川だった事だ。
「待って‥‥!」
 呼び止めたところで果物に言語が通じるはずも無く、ボチャン!と水に落ちる音が無情に響く。
「そんなぁ‥‥」
 絶望的な表情で座り込んでしまった少女に、彼らは顔を見合わせた。
 その中の一人が辛うじて路に止まったリンゴを拾い上げ、手渡す。
「‥‥大丈夫かい?」
 声を掛ければ、優しさが身に染みたのか、少女は途端に声を上げて泣き出した。


 ***


 少女の名はオリビア。
 この先にある村に暮らす普通の少女であり、明日は母親の誕生日なのだそうだ。
「去年は「おめでとう」って言う事しか出来なかったから、それから兄弟でいろんな仕事をしてお金を貯めたの。今年の誕生日にはお母さんの大好きな果物をプレゼントしよう、って」
 なのに果物を購入しての帰り道で転び、残ったのはリンゴ一つ。
「これじゃ、お兄ちゃん達にも合わせる顔ないよぉ‥‥っ」
 そうして再び泣き出す。
 困り果てた少女を前に、彼らは思い思いの表情を交し合った――。

●今回の参加者

 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea4609 ロチュス・ファン・デルサリ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4626 グリシーヌ・ファン・デルサリ(62歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb4135 タイラス・ビントゥ(19歳・♂・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ec2869 メリル・スカルラッティ(24歳・♀・ウィザード・パラ・メイの国)

●サポート参加者

シルバー・ストーム(ea3651)/ ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270

●リプレイ本文

● 偶然か必然か

「痛たたた‥‥」
 先日出場していた武闘大会で左肘に出来た傷に目を遣りつつ、つい最近メイの国からウィルへ来たばかりの少女メリル・スカルラッティ(ec2869)は散策がてらその川沿いを歩いていた。
 すると、前方の橋の上から次々に果物が落ち、川に沈んで行く。
「え‥‥」
 一体、何が始まったのかと思いながら橋に近付き、幸いと言うべきか地面に着地した果物を手に取った。
「なんで果物が落ちてくるの?」
 不思議に思いながら、その足で橋の上へ移動する。
 そうして彼女はウィルの冒険者達と出逢った。


 ***


「困りましたわね‥‥、気持ちの籠ったお金で購ったものですから、同じ品を買って差し上げるワケにも参りませんし」
 妹と散歩がてら市場まで買い物に出かける途中、この一件と遭遇したロチュス・ファン・デルサリ(ea4609)が、穏やかな口調ながらも沈んだ表情で告げれば、その隣に佇む妹ことグリシーヌ・ファン・デルサリ(ea4626)も痛ましい眼差しを向けている。
「何かお力になれることがあれば良いのですけれど‥‥」
 きょろきょろと周囲を見渡すのは、近くに漁獲用の網でもあればと思ってのことだが、そう都合良くはいかないらしい。
 辺りには季節ゆえに生気に乏しい草木と土道が広がるばかりだ。
 そこに「あの‥‥」と声を掛けたのはメリル。
「いま下で果物を拾ったんだけど」
「え?」
 地面に座り込んでいたオリビアが立ち上がり、メリルの手の中にあった果物に飛びついた。
 取り戻せるだろうかという淡い期待は、しかし落下の衝撃で潰れた果実の姿に、少女の面に浮かんだ悲しみの色を濃くさせるばかりで、メリルは慌てた。
「えっと、事情は良く判らないけど! 他にも落ちてきた果物が周りの道に落ちてたり、川に沈んだりしていたから、もしかしたらまだ拾えるかも!」
 言うと、橋から川を見下ろしたロチュスが大きく頷く。
「ええ、そうですね。この川の緩やかさ‥‥流されたものも充分に拾い集められるかもしれませんよ」
「‥‥本当?」
 聞き返すオリビアに頷く冒険者達。
「そういう事なら」と、少女の力になるべく頷きあうのは飛天龍(eb0010)と、彼と共にペット達の散歩中だったシルバー・ストーム、ジャクリーン・ジーン・オーカーだ。
「ウォーターウォークを掛ければ水面も歩けるようになりますから、それで拾い上げましょうか」
「ええ、頼みます」
 シルバーの提案にジャクリーンが同意。
「俺は飛べるから魔法はいいぞ。ただ、浮かんでいるのはそれで集められるが、沈んだものまでは‥‥」
「なら、俺が潜ろう」
 天龍の懸念に一つの案を示したのは、それまで端で聞いていたオラース・カノーヴァ(ea3486)だ。
「でも‥‥今の季節に潜るなんて、寒くて風邪引いちゃうよぉ‥‥」
 オリビアの不安そうな声に、彼は薄く笑い返す。
「愛する母親への贈り物とは感心だ。必ず神の祝福と加護がある」
「お兄さん‥‥」
 言うなれば、此処に冒険者達が集まっていたのも何かの巡り会わせだ。
「じゃあ私も手伝うよ」
 腕を捲って協力を申し出るメリル。
 しかし、そんな彼女を制したのは黒派仏教カツドン宗の布教活動中に通り掛かったタイラス・ビントゥ(eb4135)だった。
「待ってください、あなた酷い怪我をしているじゃないですか。先に手当てを受けてもらいます。――オリビアさんも」
 こちらも早速とばかりに橋の下へ降りようとしていた少女を呼び止める。
 転んだオリビアは、両膝に大きな擦り傷を作っていたのだ。


 応急手当スキルを持つタイラスに、オリビアとメリルが手当てを受けている頃、川の上では果物の収拾が始まっていた。
「効果は六分ですから、それを過ぎると川に落ちるので注意して下さい」
「六分‥‥」
 シルバーにそう言われたジャクリーンだが、拾い集めるのに集中してしまうと六分などあっという間だろう。
「六分経ったら教えていただけますか?」と試しにグリシーヌに問うてみるが、
「そうね‥‥、おおよそでいいかしら?」と穏やかな笑みで些か不安の残る返答だ。
 この世界に時計が無いとは言わないが、細かい時間とは無縁の暮らしをしているのがアトランティスだ。
 時を刻む魔法でもない限り、正しく時間を計る術はない。
「落ちたら落ちた、だな」
 天龍に言われて覚悟を決めたか、ジャクリーンは軽く肩を竦めて水面に一歩を踏み出した。
 一方で川に潜る準備を終えたオラースの隣にはロチュスが居る。
「水の精霊さんにお伺いしたところ、この近辺と、‥‥あちらの草が密集している辺りの底にリンゴが引っ掛かっているようですよ」
「承知した」
 水使いである彼女のパッドルワードによって得た情報を頼りにオラースは潜る。
 深さは一メートル程、荒れた海が相手だろうと一週間は潜り続けられる体力と技量を持ち合わせたオラースには何ら苦の無い作業だ。
 少女が転がした果物が次々と拾い集められる。
 手当てを受け終えて、急いで彼らの傍に駆け寄ってきたオリビアは、その途中で道に落ちていたリンゴを拾って、‥‥笑んだ。
「はい、こっちにも一つ」
 後に続いたメリルが拾い上げたのを手渡す。
「あ、あそこにもありますね」
 言うなり、唐突に自身の右手をバネのように伸ばして見せたタイラス。
「!!」
 ミミクリーと呼ばれる魔法の一種だが、初めてそのような変化を見た少女はぎょっと眼を見開いた。
「はい、どうぞ」
 反して無邪気な笑顔で果物を手渡す彼に。
「‥‥おじちゃんスゴイ‥‥」
「――」
 ポツリと呟かれて思わず絶句。
「おじちゃん‥‥、十二歳になったばかりなのに‥‥」
「えぇっ、私と同じなの!?」
 がっくりと肩を落とす彼に、オリビアは本気で驚いた。
 彼女の勘違いも仕方ないと言えない事はないだろう、何せタイラスはジャイアント。
 十二歳であろうとも二メートルの長身は、少女にとってみれば充分に大人のものだったのだから。

 オリビアの手でも届く果物は彼女自身の手で取らせ、取り戻した二十余りのリンゴやレモン。
 これを幼い少女が抱えて歩いていたのだから、ふとした拍子に転びもする。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、おばあちゃん、タ、タイラス君も、ありがとう」
 ぺこりと頭を下げるも満面の笑みといかないのは、ほとんどの果物が傷物になっていたためだ。
 地面に落ちたものよりは、川から拾い上げたものの方が原型を留めているが、落とす前と変わらぬ味というわけにはいかない。
 冒険者達は思案する。
「‥‥お母さんの誕生日は明日だったな」
 天龍に言われて、オリビアは小首を傾げた。
「ぇ、う、うん‥‥」
「ならもう一日、俺達と付き合わないか?」
「え?」
 目を瞬かせる少女に、彼らは微笑んだ。




● 果物の美味しい調理法

 少女の兄弟に頼み、しばらく母親を外に連れ出してもらいながら、オリビアの家に集まった冒険者達は戦闘準備万端。
 ――と言っても相手は果物だが。
「大丈夫だ。見た目が悪くなっても格段に味が落ちたわけじゃないしな、巧く手を加えればもっと美味しくなるぞ。オリビアも手伝ってくれるだろう?」
「うん!」
 右手に鉄人のナイフ、左手に万能包丁を握った天龍の言葉に、落として傷んでしまった果物を見つめる少女の瞳は真剣だ。
「オラースさん、そちらお願いしますね」
「ああ」
 ロチュスに声を掛けられて、起伏のない声音ながらも「任せろ」と返すオラースは、空気の流れを読みながら薪を重ね、焚きつけ代わりの樹皮に火をつけて木の合間に投げ入れる。
 後は更に風を送り込みながら火加減を調節していくのが彼の役割だった。
「果物を美味しく食べる方法なら、わたくしも幾つか知っていますよ」
 たおやかに告げるグリシーヌも料理に関しては天才的な腕の持ち主。
 天龍と二人で話し合いながら、やはり定番としてリンゴのタルトとレモンのジュースを作ることにした。
「ジュースなら僕が」と手を出したのはタイラス。
 レモン一つを持ち、ジャイアントの握力で潰せば一瞬だ。
「わぁっ」
「あらあら」
 オリビアと、ファン・デルサリ姉妹の楽しげな声。
「ではジュースはタイラスさんにお任せしますね」
「メリルさんは、オリビアさんと一緒にリンゴの皮を剥いて下さいね」
「ん、了解だよ」
 言われたメリルは包丁を借り、オリビアと二人並んで、言われた通りに手を動かし始めた。
 その合間にチラと一瞥した先には、一つのリンゴ。
 昨日の、あの騒動の中で、ただ一つだけオリビアの手から離れなかったものだ。
「一つだけ残ったリンゴは、オリビアさんの手でお母さんに剥いてあげるのが良いと思いますよ?」というグリシーヌの提案もあり、タルトに使うリンゴの皮剥きは、いわばその練習も兼ねていた。
 しかしながら、あまり料理経験の無い少女達の手付きは、なかなか危なっかしい。
「‥‥っ、メリル、包丁の刃をリンゴの皮で挟むようにして柔らかく押さえるんだ!」と天龍。
「変に力を入れてはいけませんよ、包丁を動かすのではなくリンゴを回すのです」とグリシーヌ。
 順調にジュースを搾っていくタイラスと、食器を洗ったり拭いたりという準備を進めていたロチュス、すっかり火の準備を終えたオラースが肩を竦めつつも見守る中で、少女達は奮闘した。
 綺麗、‥‥とは言い難くもちゃんと皮が剥かれた実を均等に切り分けて蜜で煮込み、せっかくだからと皮も一緒に味付ける。
 パイ生地は天龍特製。
 レモンのジュースも茶漉しなどで種や粒を取り除いて、蜂蜜を加えて舌触りを良くしていく。
 オラースの火加減も絶妙だ。
 グリシーヌの要求に応える形ではあったが、火加減と戦の間の取り方には通じるものでもあるのだろうか。稀に大雑把な事をするかと思いきや、それがパイ生地を良い色合いに焼き上げるのだから見事である。


 こうして完成したレモンのジュースと、焼き立てのリンゴのタルトが芳しい匂いを立ち昇らせる。
 その隣には、そのままの姿を保ったリンゴが一つ。
 少女の母親の誕生日を祝う準備は整った。
「ありがとう!!」
 今度こそ満面の笑みでお礼を言うオリビア。
「お母さんに最高の「おめでとう」をプレゼントしてね」
「うん!」
 メリルに声を掛けられて、大きく頷く。
 それを見ながら、調理器具を洗い、拭き終えたロチュスとグリシーヌも笑顔で応えた。
「さて、それじゃあ俺達は失礼するか」
 姉妹が洗ってくれた事に礼を告げた天龍は、持参していた調理器具をバックパックにしまい、背負う。
「だな、帰ってきた母親に気を遣わせちゃ何だ」
 オラースも立ち上がると同時に言う。
「え‥‥、もう帰っちゃうの?」
「親子水入らずの邪魔はしたくないからな」
 天龍が笑んで告げればオリビアも納得するほか無い。
「本当にありがとう!!」
 大きく手を振る少女に見送られて、冒険者達は彼女の家を後にした。




● 蜜で煮込んだ果物の

 翌日の夕刻、どこでどう探し当てたのか、冒険者達のもとに小さな小包が送られてきた。
 差出人はオリビアである。
 中には、兄弟のお菓子になればと思い置いてきた「蜂蜜で煮込んだリンゴの皮」を用いた甘い味の保存食が入っていた。
『昨日はありがとうございました! お祝いの後にお母さんと一緒に作ったの。これからの冒険を応援しています!!』
 添えられた手紙。
 それは、とある村に暮らす親娘からの感謝の気持ちだった。