●リプレイ本文
● 集う冒険者達
近くに暮らす村の人々から、近頃この辺りに出没するようになったというジャイアントクロウの群れの目撃情報などを集めていた冒険者達は、件のシフールが襲われたという地点に立っていた。
ギルドを出立してから三日目。
彼らは今日こそ最良の形で今回の依頼を終えるべく気を引き締める。
「では、少々お待ちを」
ディアッカ・ディアボロス(ea5597)はそう先置くと、詠唱を開始した。
月に属する精霊魔法の一つ「バースト」で、その場で過去に起きた出来事を見返しているのだ。
シフールが襲われたのは一週間以上も前のこと。
MPは消費してしまうが、その分、確実な情報となる。
正義のしふしふ団の一員でもある彼の調査結果を待つ間、仲間達はそれぞれに役割分担。
「空敵を相手に出来るのは魔法を使える私と、ソフィアさん、レインさん」
水使いのディーネ・ノート(ea1542)に呼ばれて頷き返すのは、風使いのソフィア・カーレンリース(ec4065)と、二人目の水使いレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)だ。
レインの傍にはハスキーとボルゾイ、勇敢な動物達が居り、詠唱中の援護を任せるという。
「この三人が地上戦を得意とするメンバーと組むって事でどう?」
「了解だ」
即答したのは、今回が初依頼となる国塚彰吾(ec4546)。
仲間に迷惑を掛けるのではないかと心配しているらしい彼の表情は些か強張っているようにも見えた。
「僕も戦闘依頼は初めてなので緊張してますよ」
「お互いにフォローし合っていきましょう」
十代の少女二人に微笑まれて、彰吾は苦笑を浮かべる。
「私も戦闘依頼の経験はあまり無いんだ、よろしく頼む」
次いで立ち姿が凛々しい鎧騎士リール・アルシャス(eb4402)にも微笑まれれば、気を弱くしてなどいられないと腹を括ったらしい。
「ああ、よろしく」
表情を改める彼に、ディーネも「うんうん」と頷いた。
それらを端で聞いたいた物見昴(eb7871)は木々の葉の向こうに見え隠れする空を仰ぐ。
「ジャイアントクロウの巣への追跡は任せてくれ」
忍術を扱う彼女以上に追跡に優れた者はいないと、その場の皆が納得。
更に彼女の傍らには、特殊な戦闘訓練を受けた忍犬の姿もある。
「じゃあ国塚さんは私と一緒に」
この中では最も修羅場を潜ってきているディーネが彰吾を指名し、ソフィアとリール、レインと昴で三組の攻撃班が編成される。
時を同じくして過去視をしていたディアッカにも欲しい情報が映り始めていた。
彼はその場で飛翔し、遡った時間をその目で確かめた。
「‥‥どうやら襲われたシフールさんは帽子だけを巣に持ち運ばれ、自身は森に落ちたようですね」
「怪我とかは‥‥?」
レインの不安を滲ませた声音に、だがディアッカは明言を避ける。
「確かめてみなければ何とも言えません。――私はこのままシフールさんの捜索に向かっても?」
「うん、お願い」
「そういうことなら、こちらは確実に巣を見つけて撃破しよう」
ディーネと昴が応える。
となれば、こちらは敵を誘き出すのが第一だ。
ディアッカが匂いに敏感な愛犬のセッター、敵にも勇敢に立ち向かう隼のギルガメッシュと共に過去を追うのを見送って後、地上の彼らもまたそれぞれに動き出した。
●作戦決行
ジャイアントクロウの出没地点は、集めた情報から察するに一定の範囲に絞られる。
鳥には自身の巣から一定の距離以上は離れないという習性があるため、この森に通い慣れた村人達の助言もあり、敵を誘き出すに適した地点の割り出しも難しい事ではなかった。
かくして、息を殺しながら森を進む彼らの頭上で大きな羽音が鳴ったのは作戦を決行してから一時間が経過した頃。
(「居た‥‥!」)
胸中に呟く彰吾の隣には、サファイアの欠片を手にしたディーネ。
少し離れた場所には銀のネックレスを持ったソフィアと、剣の柄に手を掛けたリールが。
更に離れてエメラルドの欠片を持った昴、コメットブローチを握り締めるレインが大樹に寄り添うように身を隠して立っていた。
彼女達は無言で頷き合い、一人、回避を得意とするディーネが進み出ると、木々の合間から僅かに射し込む光にサファイアを掲げ、輝きを反射させようと試みる。
(「さすがに森の中だけあって日光が‥‥」)
背伸びし、思いっ切り手を伸ばす。
その姿に自分が代わろうかと長身の彰吾が一歩踏み出した、その時だった。
「!」
サファイアが輝く。
彼女の手の震えに応えるように二度瞬き、直後、上空の羽音が近付く。
「下がって!」
サファイアを地面に放り、木の陰に彰吾を押し込むディーネ。
それと前後して枝を押し退けるように現れた巨大な影に彼女達は息を飲んだ。
「大きい‥‥!」
ジャイアントクロウという名からも大きな鴉だと頭では判っていたが、やはり一メートルを越える大きさのカラスは不気味だ。
それでも、鳥は鳥。
光りの正体であるサファイアに何の警戒もなく鋭い鉤爪を伸ばし、持ち去ろうとした。
「そうはさせない!」
その背後から放たれる気迫はリール。
構えたサンソードがジャイアントクロウの体に弧を描き、その胴体を切り裂く。
キュルゥァァァァァァ‥‥‥‥!!
響く悲鳴に、反応する冒険者達。
「来るわよ!」
ディーネの言う通りだった。
いま、彼らの頭上にはジャイアントクロウの群れがあった。
● シフールの行方
遠くで聞こえた獣の悲鳴を、シフールの捜索に当たっていたディアッカも聞き、始まったのだと察する。
作戦の開始から約一時間。
過去視から、森に落ちたシフールが居るであろう範囲は絞られている。
あとは肉眼での確認も充分に可能だった。
「確かにこの辺りなのですが‥‥」
下手に声を上げて他の獣を呼び込んでも面倒である。
丁寧に辺りを探りながら進む内、セッターが地面に落ちていた小さなバックに気が付いた。
「あぁ、いい子ですね」
ディアッカも地面に下り、それを確認する。
中身は雨か露に濡れてしまったのだろう、幾枚もの羊皮紙が無残な姿になっている。
「セッター、この鞄に残っている匂いを追えますか?」
愛犬の鼻先に近付けて声を掛ければ、しばらくして歩を進める。
「頼みますよ」
四方を確認していたセッターは、主人の声に一声上げると西の方角に向かって走り出した。
● ジャイアントクロウ退治
ウィザード達の魔法が森の中に色鮮やかな軌跡を描く。
「ウォーターボム!」
剣士の援護を受けながら詠唱したディーネにより空に放たれた一撃。
これをかわせずに落ちたモンスターを彰吾の剣が迷わず斬る。
一方でジャイアントクロウの翼狙いでウィンドスラッシュを放つソフィア。
翼をやられて落ちてきたところをリールが討ち、襲い掛かってくる鉤爪をレインのクーリングが凍らせて動きを鈍らせれば、昴が確実に仕留めて行った。
「今ので何羽目?」
「五羽だ」
ディーネの問い掛けにはリールが返す。
一同は空を仰ぐ。
残り、二羽。
情報によれば、それで全部だ。
「リールさん」
声を掛けてソフィアから手渡されるのは銀のネックレス。
リールはそれを天高くに放り投げた。
射撃にも多少の覚えを持つ彼女が放った光物は、残り二羽の合間を縫うようにして上がり、空で日光を反射し、輝いた。
反射的にそちらに意識を持っていかれるのは、光物を収拾するというカラスの習性ゆえ。
もとより危険と察すれば逃げるのが獣の生存本能。
ジャイアントクロウがどれほど身体の大きなモンスターであろうと、生来の臆病さが光物への興味と合わさって彼らを巣に戻らせる。
「物見さん!」
「任せな」
その動きを昴が追う。
「あなたには此処で落ちてもらいます!」
言い放つと同時に片一方のジャイアントクロウを落としたのは、ソフィアのライトニングサンダーボルト。
彰吾が落ちたそれに止めを刺す。
再び見上げた空に、既に敵の姿はなかった。
● シフールの安否
その頃、ディアッカはセッターの優秀な鼻による助けもあり、シフールの姿をその目で確認していた。
鳥か、または何らかの獣によって掘られたのであろう大木の横穴に横たわっていたのだ。
「大丈夫ですか?」
声を掛けるが反応は、無い。
ディアッカは身一つで穴の中に入った。
「‥‥大丈夫ですか?」
その肩に触れて、もう一度問い掛けると、ほんの微かだったが、反応がある。
「助けに来ましたよ」
言いながら彼女を連れて穴を出ると、隼の背に預ける。
「急いで戻りましょう、かなり衰弱しています」
この季節にモンスターに襲われて怪我をし、穴の中だったおかげで風雨に晒される事は無くとも、食事すら出来なかったのだ。
その苦痛はどれ程のものだったか。
早々に仲間の傍へ戻り、彼女の応急手当をしなければならない。
そう考えて動き出した彼らは、だが不意に辺りを覆った影にハッとする。
「! シャドウバインディング!」
ディアッカは瞬時に反応して見せた。
高速詠唱で発動された、敵の影を固定する月魔法によって、その鉤爪は彼らを襲う前に止められる。
「ジャイアントクロウ‥‥」
情報以上の数が居たのか、七匹の内の一匹か。
どちらにせよ災厄の種になるならば、この場で叩いておくが無難。
右腕に装備したシフールの礎を使おうと動くも、更に上空から声が降って来る。
「ディアッカ?」
それは、昴の声。
動きを封じられた敵を仕留めるのに、昴には何の苦もなかった。
● そして冒険者達は
ジャイアントクロウの討伐を終えて合流した冒険者達は、前以て確認していた野営地に着いてすぐ火を熾すなどし、救出したシフールの応急手当をした。
手当てはディーネが。
そして怪我人にも食べ易いよう保存食に手を加えていくのは彰吾である。
「レインさんも手を怪我していますよ?」
「かすり傷ですから問題ないです」
「怪我の程度で甘く見ちゃいけない、ちゃんと手当てしてもらった方がいいよ」
料理を手伝っていたソフィアとレインの会話に、彰吾も加わる。
一方でジャイアントクロウの巣にあった様々な物品を持ち帰った昴は、リールと共に拾得物としてギルドに内容を提示してもらえないかと話し合いながら、一つ一つを丁寧にバックパックの中にしまっていった。
明日、近くの村に寄って持ち主がいないかを確認してみるのもいい。
「それにしても、無事で良かったな」
リールが声を掛ける先には、先ほどまで口も利けないほど衰弱していたシフールの少女が毛布に包まれていた。
「鴉には余った食料を木の穴や石の下に隠す習性があると聞くが、もしかすると‥‥」
「うん、そう‥‥。一度は落とされて、助かったと思ったんだけど、羽根をやられちゃってて‥‥もたもたしていたら、また襲われて、あの穴の中に入れられちゃった」
声はまだ弱々しかったが、ディアッカが持参していた薬の効果もあり、言葉には苦くも笑いを滲ませられるほどに回復していた。
ディアッカを襲おうとした敵は、七匹の内の一匹だった。
巣を確認してから倒そうと後を追跡していた昴によれば、銀のネックレスを巣に置いた途端に地面目掛けて直滑降したらしい。
恐らく自分の餌を奪われると思ったのだろう。
「もう大丈夫ですからね」
彰吾が料理した食事を、ソフィアが笑顔で手渡す。
「ありがとう‥‥、助けに来てくれて」
冒険者一人一人の顔を見つめて告げるシフールに、彼らは各々の表情で応えた。
「無事で本当に良かった。手紙を預けられた方も心配していたぞ」
「手紙の、人‥‥?」
リールが言葉を重ねると、少女は小首を傾げる。
「ウィルの街中に暮らしている息子さんへのお手紙を預けたおばあさんよ」
ディーネが詳しく説明すると、シフールの少女も思い当たった様子。
「あのおばあちゃんが私を探すようにお願いしてくれたの?」
正確には違うが、あえて否定もしない。
彼女がシフールを心配していたのは事実だから。
「元気になったら、一緒におばあさんのところにお手紙を届けに行きましょう」
「うん‥‥でも‥‥」
そうして彼女が見つめる先には、ディアッカの愛犬が見つけてくれた彼女の鞄。
託された手紙が入っていたそれは、しかし風雨に晒されてとても読めるものではなくなっていた。
それでも、とレインは告げる。
「シフールさんが届けてくれる手紙を待っている人はいっぱいいるんですよ」
屈託のない笑みにつられるように、シフールも微笑んだ。
「うん‥‥、お届けしなくちゃね‥‥」
その言葉に、場の雰囲気はいっそう穏やかに。
ジャイアントクロウの群れの討伐と、行方知れずとなっていたシフールの安否の確認。
そのどちらをも完遂した冒険者達は、ウィルへの帰路を前にしてしばし和やかな時間を過ごすのだった。