●リプレイ本文
● 一日目
「男に生まれたかった、か」
仲間たちと共に今回の依頼人である夫婦の自宅へ歩を進めていた加藤瑠璃(eb4288)は軽い吐息交じりに呟いた。
「私は「男に負けたくない」って頑張ったタイプだけど、イツカちゃんは少し違うタイプみたいね」
「ん」
その隣で頷いて見せるのはディーネ・ノート(ea1542)。
「私もイツカさんと同じく、あんまし気にしてないのよね」
言いながら見下ろすのは自分の装い。
襟付きの服の下の重ね着を常用のマントで覆ってしまっている恰好は、彼女がファッションに無関心な証とも言える。
「‥‥」
ディーネの眉が僅かに凹んだ。
自分も女性として如何なものかと思ったり、思わなかったり。
「――うん、私は普通に接するわ」
普段着に無頓着な自分がどう言っても説得力など皆無と納得した彼女は、そう決めて歩調を軽くした。
大切なのは本人の意思。
普通が一番と、そんな彼女に傍で同意を示すのは田辺翔(eb5306)だ。
「俺自身、男っぽい格好をするのは好きだし、男っぽい口調でしゃべるけど、別に女の楽しみを知らないわけじゃないからな」
凛とした声音は男性口調。
長身の体躯を覆う着衣も男性のそれだが、首筋から胸囲にかけての見事なラインは明らかに女性のもの。
故に清潔感のある凛々しさが一際目立つ。
「女っぽくならなくたって、女の楽しみを満喫するのは簡単だし、イツカだって、ちょっと意識を切り替えれば簡単だと思うんだけどな」
そもそも女である自分を否定することは過剰なストレスとして彼女自身を苦しめてしまうはずと、過去の自分を振り返って思う。
と、今回唯一の男性冒険者である鳳レオン(eb4286)も、二度、大きく頷いた。
「女性は女性というだけで価値がある。女らしくする必要は無いが『面倒だから』って理由で女性である事を否定するのは勿体無いな」
最強のフェミニストという二つ名を持つレオンは至極真面目な顔で呟き、何やら思案顔で途を行くのだった。
ギルドから依頼を受けて来た冒険者だと彼女達が名乗れば、出迎えた夫婦は「どうぞ、どうぞ」と四人を屋内に招いた。
「この度は娘のために、ありがとうございます」
夫婦に揃って頭を下げられ、少なからず困った表情を浮かべた冒険者達。
彼女達は、この五日間という短い依頼期間で、今回の依頼主となる夫婦の希望を叶えるのは困難であると気付いていた。
提示された課題は一人の少女の気持ちを変えさせる事、だ。
生まれて十四年――物心が付いた頃からと考えれば年齢と同じ年数にはならないが、少なくともこれまでの人生の半分以上を「男に生まれたかった」と感じながら過ごしていたなら、その生活を変化させるなど容易ではない。
そのため、冒険者達はこの五日間で、これまで体験して来なかった、もしくは出来なかった事を依頼人の娘・イツカに体験させようと考えており、方向性を決めるためには、少女がこれまでどのような環境で育ってきたかを知る必要があった。
「早速で悪いけれど、二、三の質問をしてもいいかしら?」
切り出したのは瑠璃だ。
彼女は、イツカの四人の兄という存在がひどく気になっていた。
「悪気はないのかもしれないけど、足手纏い扱いしたり、逆にお姫様扱いしたりしてたんじゃない?」
答えは肯定。
しかも年齢の離れた上の二人はお姫様扱い、下の二人が足手纏い扱いと見事に二分されていたらしい。
「長男が二七、次男が二四、三男が十八で四男が十六になります」
そこに、待望の娘を授かって大喜びの両親だ。
何とも判り易い光景が皆の脳裏に思い浮かぶ。
下の兄達には邪魔だと置いてけぼりにされ、上の兄達と両親には危険な事はしちゃダメだと行動を制限される。
(「根底にあるのは寂しさ、かしら」)
瑠璃は思う。
たとえ大切にしてくれているのだとしても、特別扱いされるという事は、共感してくれる相手が居ないと言う事と同義だ。
「あれ、お客さん?」
不意に声が掛かり振り返ってみると、そこには一人の少女が立っていた。
聞いていた通りのばっさり短く切られた髪に、歳のせいもあって少年にも見える面立ち。
手足は程よく日焼けしており、活動的な性格が窺えた。
「あぁ、ご紹介します。娘のイツカです。イツカ、こちらは‥‥」
両親が四人をギルドから来た冒険者だと紹介しかけたところで、彼女達は制した。
「やほー。貴女がイツカさんね? ディーネ・ノートよ、よろしく♪」と、いつの間にかイツカの傍に移動してその手を握るのは、髪型など外見的に似通った部分があるディーネ。
人懐っこい笑みを浮かべれば、イツカも何か心地良いものを感じ取ったらしい。
「こんにちは、えっと‥‥兄貴達の友達?」
「ご両親のお友達、かな」
「そっか、よろしく」
あっさりと馴染んで笑顔を交わし合えば、気が合いそうだと明日の予定を聞き込み、一緒に街に遊びに出る約束を結んでしまった。
続いて瑠璃、翔、レオンと名乗り、顔合わせは上々の滑り出し。
ここからが大事である。
● 二日目
翌日。
ディーネはイツカと待ち合わせし、ウィルの街を散策した。
と言っても何か策があったりするわけではなく、気晴らし――と言うのでもなく、自分も服装や言動にこだわりを持っていない彼女は、共に過ごす時間の中で、何かを感じ取ってくれれば良いかなと、そう思った。
「あんまり街には出歩かない?」
途中、何となく落ち着かない様子のイツカにそう声を掛ければ、少女は苦笑いを浮かべる。
「うーん、誰かと並んで歩くって、あんまりしないからなぁ。しかも同性と」
「ありゃ」
つられるようにディーネも苦笑を漏らす。
だったら尚のこと只で返すわけには行くまい。
「よぉし、じゃあ今日は思いっきり楽しみましょう!」
意気込んで誘う彼女に、イツカも不慣れながら笑顔で頷き返して来た。
その頃、レオンと瑠璃、翔は、イツカの両親や兄達とも会い、昔の話しも交えて説得を試みていた。
根本的な解決は、冒険者達だけの行動では難しい。
イツカ自身に話の出来る女友達を作る事と、家族が特別扱いをしない事。
少女が「女」として生まれて来た事で寂しさを感じない環境を、家族が整えなければならないのだと話す。
「特別扱いや、おしゃれの強制は避けた方がいいわ。おしゃれなんて本人がその気じゃなきゃ、面倒なだけだもの」
瑠璃がきっぱりと断言。
両親が神妙な面持ちで考え込んでいるところにディーネと二人で帰ってきたイツカは、まだ外にいるにも関わらず屋内の彼らの耳にも届くような陽気な声を上げていた。
「ありえないよっ、あの量を完食するなんて! 凄過ぎ、あれだけ食べて食事代タダとかもありえないし!」
「『女の子が食べ切ったら食事代は頂きません』が、あの店の良いトコロ♪」
「うわぁっ、あたしもやる! いつか絶対にやってみせる!」
――何をして来たのか想像のつく会話である。
屋内にいた三人は顔を見合わせて笑い、立ち上がったのは翔。
「楽しそうだな。どうだ、明日は俺と約束しないか?」
「! 是非!」
自分に近いディーネの誘いはもちろん嬉しかったが、翔の凛々しい雰囲気には憧憬の念さえ抱いていたイツカは、気持ちが高揚していたこともあり即答だった。
● 三日目
この日、約束した二人が居たのはイツカの自宅の台所。
「なぜ?」というのが少女の本音だ。
そんな彼女の心境を察しつつ、翔は握った包丁で手元の野菜を器用に刻みながら問い掛ける。
「料理は嫌いか?」
「嫌い、じゃ‥‥ないけど」
何とも複雑そうな返答。
翔は微笑った。
「面倒だからやらないと言っているようだけど、結構、楽しいものだ」
「‥‥田辺さんは、料理が好きなの?」
探るような視線を向けられれば気を楽に頷く。
「変か?」
「変、って言うか‥‥せっかくカッコイイのに」
その言い方に小首を傾げた。
男性らしさも兼ね備えた翔と一緒の料理という状況は、思った以上に少女の本音を引き出す効果をもたらしたらしい。
「男だって料理が出来た方が良いと思わないか?」
「でも、うちの兄貴や父さんは全然だし、母さんの料理に文句ばっかり。そんなに言うなら自分達で作ればいいのに、食事は女が作るの当たり前みたいな言い方するし、母さんも当然みたいな顔するし‥‥」
「だから男に産んでくれれば良かったのに、と言ったのか?」
その言葉に両親が傷ついた事は自覚しているのだろうか。
多少の気まずさを感じさせる表情で、イツカは首を上下させた。
対して翔は微笑う。
「優しいな」と。
「えっ、優しいって何が!?」
唐突な褒め言葉に顔を真っ赤にした少女。
翔はクックッと喉を鳴らして笑う。
「母親に文句を言う兄貴達に怒って、そう言ったんだろう?」
「ちっがうよ! 自分なら我慢出来ないから言っただけだもん!」
例えば料理だけに限らず、日常の身だしなみや掃除、炊事――。
「手伝おうと思ったら下の兄貴達は邪魔になるだけだって馬鹿にするし、上の兄貴達や父さん母さんは怪我しちゃ危ないから包丁なんか握るなとか言うし! 何もさせてもらえなかったら何も出来ないままじゃん、いつまでたっても足手纏いだよ!」
そんな事なら「男に生んでくれれば良かったのに」と、そう言ってしまった彼女の気持ちも頷ける。
優しくて、真面目で、それでいて幼いから苛立つのだ。
「そっか」
返す翔は、その辺りの説得に関しては昨日の瑠璃の話しで家族の胸の内にも変化はあるだろうと、胸中でこっそりと思う。
若干の食い違いはあるものの、そこについては本人の口から語らせた方が良い気がする。
「なら、これからは料理も練習するといい」
「え?」
聞き返してくる少女に、笑んでやる。
急ぐ必要は無い。
イツカは、既にきっかけを掴もうとしているのだから。
「やりたい事をやれば良いさ。な?」
そうして見せた笑顔に、思わず一時停止のイツカの思考。
直後には間が良いのか悪いのか、持っていた麦粉を落下させてしまい辺りは真っ白になった。
「うわわわわあっ、ごめんなさいっっ」
思わず叫んだ彼女の声に、居間で待機していた他の冒険者達と、娘が包丁を握ると聞いてハラハラしていたであろう両親が台所に飛び込んでくる。
真っ白な二人を見て、思わず起きた笑い。
「大変だな」
レオンは言いながら翔を見遣る。
返答は、肯定の微かな反応。
「――よし。じゃあ明日は慣れない料理はおいておいて、俺と遊びに行くか?」
「え」
「はい!?」
これには本人よりも両親が過剰反応だ。
● 四日目
明日の昼前にはギルドに報告へ行く予定の冒険者達にとって、実質的には今日が最終日とも言える。
身なりがどうであれ、イツカも一人の少女。
男性と二人で遊びに行くという、デートと表現しても過言ではない誘いには、さすがの彼女も足踏み状態だった。
一方でレオンは慣れた――いや、女性をリードする術には長けている。
何を着て行かせようかと、ここは女性らしい反応として瑠璃が思案するも、レオンは少女の胸中を察し、まるで男友達のノリだ。
「服装は気にしなくていいぜ。男向けの場所に行くつもりだから、多少男っぽい格好の方が良いぐらいだ」
「あら、そうなの?」
瑠璃は意外そうに返すも、実は昨晩の内に両親が誤解を抱かないよう説明済みの冒険者達。
これもある意味、打ち合わせ通りという展開だ。
「『男に生まれたかった』んだろ?」
そうイツカに向けて声を掛けてやれば、少女はおずおずと頷き返す。
かくして普段とあまり変わらぬ恰好で、二人、出掛ける事となった。
幸いにも天気は良好。
風精霊もイツカの初デートを祝うように暖かな風を吹かせる。
とは言っても、レオンの提案する行き先は男友達と出向くような場所ばかり。
木登り、野原を探検、空地でスポーツ。
酒場も行くかと誘えば「まだ入れないよ!」と、些か緊張気味だった少女を笑わせることにも成功した。
「何なら、船に乗せてやろうか?」
「船?」
「ああ、冬の海上で潮風に当たるのも、なかなか良いもんだ」
「へぇ!」
次第に反応が気安くなり、レオンも年齢の離れた弟と一緒に遊びにいく感覚だ。
下手な気遣いは逆効果。
反応を見るに男嫌いというわけでもなさそだし、中にはこういう男もいるのだと知る事で、いずれ恋に繋がっていく事もあるだろう。
イツカにとって初めての連続だった初デートは、あっと言う間だった。
それが「楽しかったからだ」と本人が自覚出来れば良い。
空に宿る力が陽精霊から月精霊のものへと変化し、すっかり暗くなった頃には彼らの時間も終わりだ。
イツカを自宅まで送り届けたレオンは、彼女の頭をわしゃわしゃと撫でて、言う。
「じゃな。次は兄貴にでも連れて行ってもらいな」
「えー。兄貴達とはイヤだなぁ」
苦笑する少女に笑い返して、レオンは踵を返す。
「今日はありがとう!」
真っ直ぐな感謝の言葉には、しかし振り向く事無く背中越しに片手を上げた。
後を引かない爽やかな別れに、もし少しでも寂しさを感じる事が出来たなら――。
● 五日目
「お疲れ様でした。田辺さんは、初依頼はどうでした?」
ギルドで報告結果の確認を行っていた冒険者達と、対応するギルドの受付係。
「それなりに楽しめた」と翔が返す傍ら、ふと思い出したように口を切ったのは瑠璃だった。
「今日の午前中、彼女に会った時にラベンダーウォーターを一つ、あげてきたの」
「ラベンダーウォーター、ですか?」
聞き返す青年に、瑠璃は頷く。
「アロマに良いかと思って‥‥、アロマって判る?」
「いえ」
恐縮する青年に、天界では風呂に少量の香水を溶かして湯に浸かることで気分転換をするという方法が流行していることを説明した。
「アトランティスではお湯を沸かすのも大変だろうし、浴場の湯に溶かすわけにもいかないけど‥‥、匂いを染みこませた布を持って入るだけでも随分違うと思うの」
「ほぉ」
初めて聞く手法に感心しきりの受付係は、それらも報告書に記載して冒険者達に今回の報酬を分配した。
これで、今回の依頼は完了だ。
――と思いきや、数日後。
某所の大浴場では花の香りがする布を鼻に押し当てながら入る女性が急増したという話しを耳にした受付係は失笑した。
そんな光景を思い浮かべてみると笑えるが、このように天界の知識がアトランティスの大地に浸透していくのだと思うと、それはそれで感慨深いと思った。