春までもうすぐ
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■ショートシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 98 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月04日〜03月07日
リプレイ公開日:2008年03月12日
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●オープニング
● 春の準備
その日の午前中にギルドへ依頼を持ち込んだのは、対応した受付係にしてみれば既に見知った人物だ。
ウィルの街近郊の土地で大きな牧場を経営しているセゼリア夫妻、その奥方である。
「お久し振りですね。その後、愛犬君はお元気ですか?」
「ええ、おかげさまで」
にっこりと笑んで答えるセゼリア夫人は慣れた様子で椅子に腰掛けると、早速とばかりに身を乗り出す。
「今日はあまり時間がないので、慌しくて申し訳ないけれど、依頼の内容をお話ししても?」
「もちろんです」
どうぞと促せば、彼女はやはり笑顔で話し始めた。
「実は来月の頭に近所の公園で花の植え替えを行うのですけれど」
「植え替え、と言いますと?」
聞き返すと彼女は自分の言葉の足りなさに気付いたらしく、更に詳しく説明する。
「去年の秋に牧場で植えた球根を公園の花壇に移す作業の事ですわ。牧場では、こう‥‥この位の木の枠に土を入れて」
言いながら、両手で身体の前に約一メートル四方の枠を描く。
「球根を植えて畜舎の隅に保管してあったのですけれど、これを近所の公園に運び、そこの花壇に植え替えるのです。花は、やはり多くの方々の目に触れる場所で咲いてこそ美しいでしょう?」
「そうですね」
うんうんと頷き返せば、セゼリア夫人も嬉しそうに目を細めた。
「球根を植える作業は近所の子供達と賑やかに行いましたの。でも植え替えには木枠を運んだりと力仕事も多くて、当初は主人に手伝わせようと思っていたのですけれど急用が出来てしまったの」
「それで冒険者に」
「ええ」
以前二度の依頼で世話になった冒険者達にすっかり心酔しているセゼリア夫人だ。
今回も良縁があれば、と笑顔で語る。
「力仕事と言いましても、馬車はこちらで用意しますし、‥‥あとは近所の子供達も一緒に植え替え作業をする事になりますから、そこを理解して下さる方がいいわね。それに御者を務めて下さる方がいらっしゃると助かるかしら」
「ふむふむ‥‥、ちなみに植え替える花は何株くらいでしょうか?」
「ざっと四百ですわね」
「――はい?」
思わず聞き返すと、夫人はにっこり。
「四百ですわ」
繰り返された数字に受付係が思わず絶句してしまったのは、致し方のない事だろう。
●リプレイ本文
「今回は私のお願いを聞いて下さってありがとうございます」
そう、にこやかな笑顔と共に両腕を広げて冒険者達を出迎えたのは、今回の依頼主であるセゼリア夫人。
以前に面識のあるソフィア・カーレンリース(ec4065)は「お久し振りです」と丁寧にお辞儀するも、夫人の視線が同伴したペットに注がれているのに気付いてピンと来た。
「見てください、フェンリルがこんなに大きくなったんですよ〜!?」
「まぁ、やっぱりあの時の狼の子ね!」
前回の依頼で共に雪合戦を楽しんだ小さな狼の成長を、夫人は満面の笑みで喜んだ。
「撫でても大丈夫かしら、成熟した狼にお会いするのは初めてよ!」
「この子は大丈夫ですー、僕がダメって言った事は絶対にしませんから」とペット談義で盛り上がる二人。
そんな妻の様子に呆れつつ、後方から歩み寄って来たのは牧場の主人であるセゼリア氏だ。
「今回は私の都合で皆さんのお手を煩わせてしまいますが、どうぞよろしく」
「いいえ。こちらこそ春に向けた準備のお手伝いが出来て光栄です」
貴族出身のセシリア・カータ(ea1643)が穏やかな笑みで応える隣では、ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)、リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)も同感だと和やかに挨拶を交わした。
そして今回、唯一の男性参加者となった白石タカオ(ec4583)も後に続く。
一方で更なる盛り上がりを見せる奥方。
理由はレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)が同伴して来た二匹の犬。
そしてディーネ・ノート(ea1542)との再会である。
「ども〜お久し振りです。今回もよろしく♪」
「まぁ、まぁっ、まぁ‥‥っっ!」
奇怪な声を上げる夫人に、シュタッと左手を上げて挨拶したディーネは思わず一歩後退。
それを追うように一歩前進した夫人の手が、無意識か否か彼女の頭を撫で始めた。
夫人が何を考えているのかは、判らないでもない。
「いあぁ‥‥期待しているところすみませんが、前回の猫耳を着けていたのは迂闊だっただけで‥‥」
「まぁ‥‥」と途端に哀しげな顔をする依頼主。
相手が誰であろうと、そんな顔をされる事に弱いディーネは空を仰いだ。
しょうがない、と携帯していた獣耳ヘアバンドを装着。
と、途端に夫人の目が輝いた。
「あらあらあら‥‥っ、またお会い出来て光栄だわディーネさん!」と歓迎されて、はたと気付く。
こんな事をしていたら猫耳装着が夫人の前での恒例儀式になるんじゃ?? ――そんな濃厚な雰囲気を醸し出しつつも、最初の挨拶を終えた冒険者達は早速とばかりに準備に取り掛かる。
「僕は近所の町の料理屋さんに、卵や貝の殻を分けて貰いに行って来ます」
これらを苗の傍に一緒に埋めると育ちが良くなるのだと提案したソフィアに、レインが同行。
帰りは荷物が重くなるだろうと、タカオもこれに協力する事にした。
一方で絵心のある女性陣は、夫人にどのような種類の苗があるのかを尋ねた。
咲く花の色などを絵にし、植物に詳しい仲間達と相談しながら春に花が咲いた際の景色をイメージしようというのだ。
「さすがは冒険者の皆さん、素敵ですわ! 咲く花の色まで断言は出来ませんけれど、花の種類はチューリップ、ムスカリ、クロッカス‥‥、あとはアネモネやシラーもあったかと」
聞き覚えのある名前の数々に、天界出身のタカオが少なからず興味を示す。
もちろん彼の知るそれらに比べれば姿形は異なるが、故郷とそれほど変わらない光景が見られるだろう事には懐かしさを覚えた。
「子供達とは明日、現地で合流しますわ。皆さん、どうぞよろしくお願いしますね」
こうして、冒険者達は行動を開始するのだった。
●
気持ち良く澄み渡った空の下、子供達の陽気な声がその場を賑わせていた。
牧場で二台の荷車を借り、ルエラ、セシリアがそれぞれに愛馬の協力を得ながら御者を担うことで四〇〇の苗を公園まで運んだ冒険者達。
「着きました」と、ルエラが車を止めるのを待ち、悪戯っ子の笑みを見合わせたのはディーネとソフィアだった。
二人は同乗していたレインに「しーっ」と人差し指を立て、静かに馬車を下りる。
「さぁ皆、今回お手伝いに来て下さった冒険者の皆さんにご挨拶を」と、セシリアが御者を担う馬車に乗っていたセゼリア夫人が声を上げ、子供達の意識がそちらに向かった隙を突くように、突然の声が上がる。
「わっ」
「久し振り〜♪」
ディーネとソフィアがそれぞれに背後から抱きついたのは、顔見知りの子供達。
「ぁ‥‥お姉ちゃん!」
驚きの声を上げたのはフィム。
「ぁっ‥‥あ‥っ」と真っ赤な顔をして動揺するのはクリス。
一月程前に、やはりセゼリア夫人から出された依頼に参加していた二人は、今回の花の植え替えに来る子供達とは既に顔見知りだったのだ。
「元気にしてたかな?」と、首に巻いていたマフラーをクリスに掛けてやって微笑むソフィア。
「会いたかったわ、また宜しくね?」とフィムに囁くディーネは、すぐ傍にいたトートマにも、頭を撫でながら声を掛けた。
「あらあら」と肩を竦めるセゼリア夫人の視線の先では、すっかり子供達に囲まれている冒険者。
「今回も楽しくなりそうですわね」
ふふふと楽しげに呟く夫人は、心機一転「さぁ皆さん!」とルエラの描いた春の公園を広げて見せた。
●
馬車から苗を下ろす作業は、主にタカオが引き受けた。
子供達が四人一組で木枠を受け取ろうとするのには「気をつけろよ」と声を掛けて手渡し、無事に所定の位置へ運び終えるのを見守ってから新たな木枠に手を伸ばす。
植物に通じているリュドミラ、ソフィア、レインは、子供達に花の名前を説明するなどしながらルエラの描いた絵を手本にし、どの苗を何処に植えるのだと話す。
「ディーネ、穴掘り開始します!」
力強く宣言した彼女は、早速とばかりに土にスコップを差し込んだ。
主な苗の植え替え作業は子供達に任せ、冒険者達はそれに先行し穴を作り進めて行くという手順だ。
「馬達はちゃんと休ませて来ましたからご安心を」
セシリアは、ルエラにそう声を掛けてから、やはりスコップを手に取る。
植え替えねばならない苗の数は多い。
力仕事も総出だ。
しかし、だからだろう。
春の公園にどのような景色を。
どんな彩りを、と。
冒険者達が相談し合い、夜遅くまで掛かって描かれた絵の中で咲き誇る花達は見事の一言に尽きる。
その理想像を現実の光景とするために、彼らは力を合わせた。
だからと言って黙々と作業を進めていくわけではない。
所々で上がる声は余すことなく陽気だった。
「フェンリル、僕と同じくらいの穴を掘ってね」とソフィアが指示を出せば、愛狼は前足で見事な穴を掘っていく。
が、良すぎるタイミングで背後にいた子供が土を被ればどっと笑いが起こる。
「ソフィアさん達からお話を聞いて、一度お会いしたいと思ってました。お会い出来て光栄です」
セゼリア夫人とそんな会話をするのは愛犬二匹を同伴したレイン。
実は夫人も大の犬好き。
犬の話題で盛り上がらないはずがない。
「お手をしてくれた時の肉球の感触がたまらないんです!」
「ええ、ええっ、あのあどけない瞳で見つめられたら何でもしてあげたくなりますわよね!」と仕事そっちのけで盛り上がれば、ワンッと吠えるのはハスキーのスカイ。
子供達が公園の外に出ないよう見張っていてねと頼まれた名犬は、主人の手が止まっているのにも目敏く注意する。
穴ばかりが先行して植え替え作業が遅れれば、冒険者もこちらの作業に加わった。
当初は間に休憩を挟む予定でいたのだが、冒険者達の手際の良い連携も手伝って作業は順調。
昼食を遅らせて、先に作業を終わらせた方が効率的だと言う話になる。
「――穴の数は、もう充分ですね」
額の汗を拭って言うセシリアは、そろそろ休憩の準備に入ろうと仲間たちに目配せした。
頷き返し、同じく準備のために花壇を離れるのはルエラとリュドミラ。
彼女達はこの時の為にいろいろと準備して来たのである。
「こうすると、植物が良く育つんですよ〜」とソフィアが昨日の内に街に出て集めて来た卵や貝の殻を苗の近くの土に埋めていくのを子供達も見習う。
タカオとディーネがその上からスコップで土を掛け、レインは子供達と一緒に手でその作業を行った。
真っ黒になりながらも笑顔の子供達。
春はまだ先。
苗の開花もまだまだ先だけれど、そこには暖かな笑顔が咲き誇っていた。
●
「お疲れ様でした」
公園の水場で泥だらけになった手を洗ってきた子供達を迎えたのは、手作りのおやつを準備して来たルエラ。
「うわぁっ‥‥!」
子供達の絶賛を浴びるルエラ手製の菓子や昼食。
更にはリュドミラが天界の品だと前置きして配ったジュースは、人数の関係上、全員に行き渡らせるためには水で薄めなければならなかったが、元来が甘く作られているものだ、アトランティスの者達にとっては薄めても充分な甘味があった。
セシリアは淹れ立ての香りが芳しいハーブティーを仲間達に差し出した。
こちらにはセゼリア夫人も大満足。
笑顔で勢い良く遅めの昼食を楽しむ子供達の中には、ディーネの姿もあったとか。
「もうすぐ、この花壇で綺麗な花が咲くんですね」
「春になって花が咲いたら、是非見に来たいですね♪」
今まで自分達が手掛けていた花壇を見つめてレインとソフィアが呟く。
その隣で「花見もいいな」とぽつり呟いたのはタカオだ。
「花見ってなに?」と子供の一人に尋ねられて天界流の春の花の愛で方を説明したなら、子供達は絶対にやると興奮し出す。
「それでしたら、アーモンドの花が咲いた頃に宴を催しましょうか?」
「アーモンド?」
「ええ、とっても可愛らしい小さな花が咲くのですよ」
夫人に言われて、冒険者達は顔を見合わせた。
それも、悪くない。
花壇の苗達と、アーモンドの花。
どちらが先に花開くか。
ルエラが描いてくれた未来予想図を見つめながら、皆が密かに心躍らせるのだった。