森の少女が守るもの

■ショートシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月08日〜03月15日

リプレイ公開日:2008年03月17日

●オープニング

● 深夜の

「はぁ‥‥、はぁ‥‥っ」
 一片の光りも射さない森の中。
 影すら伸びぬ暗がりを必死ながらも覚束無い足取りで走る男の背には、人がいた。
「やっちまった‥‥っ‥‥殺っちまった‥‥!」
 荒い呼吸の合間に同じ言葉を何度も繰り返しながら走っていた。
 その脇に抱え、時折り背に負ぶった人物の足に鈍い音を立ててぶつかるのは使い古されたスコップ。
 当たれば痛いだろうに、声を上げるどころか眉一つ動かさぬ人。

 二つを抱えて、男は走った。

 しばらくして立ち止まった男は、背の人を地面に下ろすと、大地に何度かスコップの先を押し込みながら掘るのに適した位置を探す。
 ここだと決めてからは必死に掘り進める。
 すぐ傍らに横たわる人物を埋めるため。
 己の罪を隠すために。
「俺じゃねぇ‥‥俺が悪いんじゃねぇ‥‥!」
 汗か涙か、顔中から噴出すものを腕で拭い、スコップを放す。
 穴の大きさを確かめて知人の死体に手を掛けた、直後。
「!」
 目の前を浮遊した青白いもや。
「何だよ‥‥っ」
 突然の遭遇に男は震えた。
 獣だろうか。
 化物だろうか。
「‥‥クソッ、邪魔するならおまえも殺すぞ‥‥!」
 言い放った。
 完全なる悪意と共に向けた言葉。
 対して白いもやは。

 ―――――!!

「ぎゃああああああああぁぁぁぁっ!!」
 叫んだのは、男だった。
 揺れた大地に膝を付き声の限りに叫んだ。
「ひいぃっ‥‥!!」
 男は必死に穴をよじ登る。
 何度も落ちて土塗れになりながら、それでも逃げるべく必死に手足をばたつかせて。


 ――気付いた時、男は森の入り口にいた。
 空は陽精霊の時を迎えており、周囲もすっかり明るくなっていた。
 自分が何時間逃げ回っていたのかも判らない。
 覚えていたのは、最後に自分を見据えた美しい少女の姿だけだった。




 ●ギルドにて

「その殺された女性が、貴女の妹さんだったのですか‥‥」
 問い掛けたギルドの受付を担当している青年に、今回の依頼人となる女性は涙に潤んだ瞳を伏せて頷いた。
「妹は以前から彼に交際を申し込まれていたのですけれど、ずっとお断りしていたのです‥‥、彼が怖いと、本当にずっと‥‥もっと私達家族があの子を守ってあげていれば‥‥っ」
 そうして言葉を詰まらせる依頼主に、青年は適当な言葉を見つけられなかった。
 励ますのも違う気がして、申し訳ないと思いつつも依頼についての話を進めて行く。
「では、冒険者には妹さんの遺体を森から見つけ出して貰いたいということで、よろしいですね」
「ええ‥‥、とても深い森なのです。犯人である彼は村で捕まえたのですけれど、もう半狂乱になっていて、とても話を聞ける状態ではなく‥‥、更には化物を見たとも‥‥」
 故に村人達も捜索のために村に入ることを躊躇している。
「どうかお願いします。あの子を‥‥、妹を私達家族のもとに連れて帰って来てください」
 男を森の入り口で捕まえてから二日。
 森には何かがいると言うし、普通の獣も少なくない。
 それでも、妹の存在が感じられる何かを。
 その死が現実であるならば、せめてその証をと深々と頭を下げる依頼人に、青年も真摯に頷き返した。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2179 アトス・ラフェール(29歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea9244 ピノ・ノワール(31歳・♂・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec4065 ソフィア・カーレンリース(19歳・♀・ウィザード・エルフ・アトランティス)
 ec4112 レイン・ヴォルフルーラ(25歳・♀・ウィザード・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

 ●

「やれやれ、罪無き少女の未来がこうも無残に失われると言うのはやるせないものだねぇ」
 長い銀髪をかき上げ、肩を竦めてぽつりと呟くのはアシュレー・ウォルサム(ea0244)。その傍に佇むソフィア・カーレンリース(ec4065)とレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)は痛々しい表情で仲間の行動を見守っていた。
 この依頼をギルドに持って来た依頼人の妹を殺害し、翌日、森の入り口で半狂乱になっているところを発見された男を、富島香織(eb4410)がカウンセリングしていたのである。
 しかし、どんな言葉も届かず、呻き声のような音を漏らすだけの男に香織は軽い息を吐いた。
「ダメですね‥‥、よほど恐ろしい目に遭われたのでしょう」
 まったく有効な情報を聞き出せない状態に一同は眉を顰める。
 本当に恐ろしい目に遭ったのは、むしろ犠牲となった少女の方だろうに。
「しかし、半狂乱になってしまうほどの化物とは、気になりますね」
 アトス・ラフェール(ea2179)が難しい顔で呟く隣ではピノ・ノワール(ea9244)も重々しく頷く。
「やっぱりシルバーのリシーブメモリーに頼ろうか」
 アシュレーに言われて動いたのは、多彩な魔法を操るシルバー・ストーム(ea3651)だ。
 元来が無口な彼は、あまり感情を面に出す事がなかったが、今は静かな面差しに厳しさがあった。
 シルバーはスクロールを紐解き、術を発動する。
 対象者の記憶に鮮烈に焼きついている事象を言葉として引き出すのだ。
 たとえ今は話の通じない相手でも、正気を奪う程の強烈な体験ならば伝導可能なはず。
 かくしてシルバーの脳裏に伝わったのは、男の眼前を覆ったと見られる青白いもやと、気を狂わせた原因とも考えられる、獣の咆哮のような恐ろしい声だった。
「声?」
 聞き返すアシュレーに、シルバーは静かに頷く。
「声、ですか。‥‥近くに妹さんの遺体があったことを考えると、青白いもやはレイスの可能性もありますが」
 モンスター全般に関しての知識が豊富な彼は、得られた情報から、その正体を思索する。
 しかし、アトランティスの大地においてジ・アースでアンデッドと呼ばれるようなモンスターは非常に稀だ。
 更にはシルバーが、
「‥‥私には、恐ろしいモンスターとは思えませんでしたが」
 記憶を読み取った彼が告げれば心理学者の香織も考えを巡らせる。
「もしこの男性が、自分の行いに少しでも罪悪感を抱いていたのだとすれば、例え悪しきものでなくとも突然に現れた何者かに恐怖を感じたかもしれません」
「つまり、化物じゃなくても、化物に見えたってこと?」
「心理学的には有り得る事ですから」
 アシュレーの聞き返しに、香織は頷いた。
「悪しきものではなく、森の中で人間を脅かすもの、ですか」
 ピノはしばらく無言で考えていたが、ふっと思い当たった存在に目を見開く。
「‥‥アースソウル」
「アースソウル?」
「って、どんなモンスターなんですか?」
 ソフィアとレインが小首を傾げて問うと、ピノは丁寧にその存在を説明する。
 アースソウルは別名「木霊」と呼ばれており、いわゆる精霊の一種だ。
「森を守る存在として知られています。普段はとても温厚なのですが、森を破壊しようとするものには容赦なく制裁を加えるのです」
「あぁ、だから彼には容赦がなかったってことか」
 アシュレーが納得いって口を切る。
 男が森に入った理由は何となくだが察せられる。
 その行為は、確実に森を守る存在の怒りを買っただろう。
「森に入れば何がいるかは判らないから用心に越した事はないだろうけど、とりあえず懸念していたようなモンスターがいるわけではないみたいだね」
 傍の少女二人に声を掛ければ、彼女達も少なからず安堵した表情で頷いた。
「あとは、妹さんの捜索‥‥ですね」
「お姉さんから妹さんの服をお借りして、あの子達に匂いを追ってもらいましょう」
 言う先には同伴した愛犬達。
 早速、行動を開始しようと立ち上がった一同に、しかしシルバーが提案する。
「この方は妹さんを背負っていかれたようですから‥‥、匂いを追わせるなら、こちらの男性の匂いも覚えさせた方が良いでしょうね」
 最も、男は森を彷徨いながら戻って来ている。
 巧く匂いを追えるかどうかは、やって見なければ判らないが。




 ●

 男の犯行現場になったと思われる場所から、依頼人の妹の匂いを追わせるのはアトスが伴ったハスキーと、ソフィアの狼。
 犯人の匂いはレインが伴った二匹に任された。
「男が入ったのも、翌朝に見つかったのもこの場所だったんだね」
 村人から仕入れた情報を頼りにそれらを知ったアシュレーは、周囲を注意深く見渡し、男の足取りを肉眼でも追えないものかと試みる。
 半狂乱になっていたと言う証のように踏み荒らされた大地は、奥へずっと続いている。
「‥‥妙ですね」
 呟いたのは香織だ。
「いくら男に背負われていたとはいえ血の跡がまったく残っていないなんて‥‥」
「妹さんが襲われた場所には血溜まりの跡がありましたよね‥‥?」
 匂いを追わせるための出発地点として立ち寄った時の胸の痛みを思い出し、顔を歪めるのはレイン。
「それこそ、森には獣がいますからね。舐め取られても不思議はないでしょう」
 モンスターに関する知識だけでなく、土地勘にも明るいピノは、そう応えて上空を飛翔する隼を見遣った。
 何かあればすぐに知らせるよう指示してある賢い相棒は、特に異変を感じることもなく悠々とその翼をはためかせている。
「幾ら深い森とは言っても、女性を背負った男が往復して一晩‥‥、妹さんがいるだろう場所まで、そう遠くはないと思いますが」
 アトスが愛犬の後ろを歩きながら言い、ソフィアも大きく頷いた。
「可哀相な妹さん‥‥、せめて一日も早く家族のもとに連れ帰ってあげましょう」


 何時間ほど歩き続けた頃だろう。
 周囲を照らす光りが弱まり、世界は陽精霊から月精霊の時に移り変わる。
「どうしました、グリモー」
 足の止まったハスキーにアトスが声を掛ければ、レインの愛犬・フウも困惑気味にその場で立ち往生していた。
「んー。フェンリルも、そろそろ限界みたいです」
「随分と歩いたからねぇ。そろそろ休憩しようか」
 無理をさせれば獣の本能が自らの食欲を優先させる恐れがある。
 そうなる前にとアシュレーが一同に声を掛ければ異論の出ようはずがない。
「スカイ。また明日、ここから出発しましょう」
 まだやれると言いたげに尾を振っていたハスキーは、レインの相棒。
 しかし主人にそう言われれば、素直に彼女の傍へと戻って来た。
 野営の準備をし、保存食もそのまま食べては味気が無いと、料理が得意な面々で簡単に調理する。
 夜は交替で見張りを立て、火の番をすると共に周囲への警戒を怠らない。
 男の言っていた化物が、実は害のないものだと判っても、それ以外の何かが居ないとは限らないからだ。


 ――そしてそれは、決して杞憂ではなかった。
「‥‥」
 シルバーが見張りの番を変わって少しした頃。
 いつでもすぐに取り出せるよう携帯しているものが、衣服の中で微かに振動したのだ。
 彼は立ち上がって周囲を警戒する。
 仲間を起こすべきと動きかけて、しかしそれの振動が止まった。
(「‥‥最近は、本当に多いですね‥‥」)
 彼は再び周囲を見渡してから座り直した。
 こちらに近付く気配がないのなら貴重な休み時間を断ち切る必要はない。
 静かな、夜が過ぎる。

 気配の変化を敏感に察して目を覚ましていた彼らもまた、静かな夜を過ごした――。




 ●

 昨日「ここで休憩を」と決めた場所から、彼らは探索を再開する。
 預かっていた少女の衣類や、犯人である男の所持品の匂いを犬達にかがせ、痕跡を追わせた。
 それから間もなくだ。
 彼らの周囲に青白い靄が漂い始めたのである。
「アースソウル‥‥?」
 ピノの呟きを聞いたように、靄は彼の周囲を行き来した。
 それはまるで、その人柄を確かめるような動作に見えた。
 次いでアトスに、アシュレーに、香織、レイン。
 シルバー、ソフィアと纏わり付き、靄は次第に子供の姿を象った。
 見目麗しい少女。
 森を守る精霊の具現だ。
「何日か前に、ここに女の子が来ただろう?」
 言葉が通じるかは判らなかったが、問い掛けたアシュレー。
「俺達は彼女を迎えに来たんだ。森を壊すつもりなんてないよ、心配しないで」

 ――‥‥‥

 精霊の反応は薄い。
 だが、冒険者達に敵意の無い事は伝わったらしかった。
 どうやら人懐こい性格でもあるらしく、精霊はソフィアの手を取る。
「えっ」
 途端に、まるで連れ去るように森の奥へ駆け出した。
「案内、してくれると思うかい?」
「それは判りませんが、行くしかないでしょうね」
 言い切り、真っ先に後を追ったのはピノ。
「ソフィアさんが連れて行かれちゃいましたし」
「ですね」
 レイン、香織が続き、そうなれば他の面々も行くしかない。
 そうして彼らの眼前に現れたのは、樹齢百年を越えるであろう大樹。
 その根元には一人の少女が横たえられていた。
「――」
 更に少し離れた場所には、ここ数日の内に人為的に掘られた事が明らかな穴と、放り投げられたままのスコップ。
「彼女ですね」
 アトスが呟く。
 状況からも恐らくは間違いないだろう。
「可哀相に‥‥」
 最初に辿り着いたソフィアが、その場に膝をついた。
 アースソウルが守ってくれていたのだろうか、少女の身体は遺体とはとても思えぬほど綺麗に原型を留めていた。
 殴られた頭から流れた血が少女の顔の左半分を覆い、固まって赤黒くなっていたが、これも丁寧に拭いてやれば取れるはず。
「?」
 アシュレーは小首を傾げる。
 春にはまだ早い季節が幸いしたのだろうか。
 それにしても、綺麗過ぎないか?
「まさか‥‥っ」
 それは、心理学が専門とは言え医療に携わる香織にも湧き起こった疑問。
 彼女は駆け出し、その少女の首に触れた。
 次いで口元に耳を近づける。
「ぁ‥‥」
 本当に微弱。
 だが、確かに息があった。
「生きてます!」
 頭の傷は、血が止まっていた。
 手当てをされているわけではなく、元からそれほど深い傷ではなかったのだろう。
 ただ患部が頭では、その全神経機能が低下する。
 危険な状態である事に変わりはない。
「急いで運びましょう、体温も下がりきっていますし、早くしないと本当に手遅れになります!」
「寝袋で包もう、少しでも体温を戻せるかもしれない」
 香織とアトスが言い合い、馬を連れていた彼らは先行して村に戻ることになる。
 彼らを見送り、アースソウルに礼を言うべくその姿を探した冒険者達は、しかし、それきり森を守る精霊の姿を見る事はなかった。




 ●

 依頼人の妹は生きて村に戻る事が出来たが、その状態は予断を許さないものであり、すぐに村の医師が呼ばれたものの、高度な技術を持つわけでもない。傷口を消毒し身体を温め、何とか薬湯を飲ませるので精一杯だ。
 それでも、大切な家族が生きて戻った事に依頼人は大喜びだった。
 冒険者達は期間いっぱいその看病を手伝い、また香織は時間の許す限り犯人である男の精神的な回復を試みた。
 殺したと思っていた相手が生きていた事で、こちらにも回復の可能性が生じたのである。
「どちらにせよ罪は裁かれるべきですが、やっぱり自分の罪を自覚した上で償って欲しいですから」
 己に出来る事をしながら依頼期間を終えた冒険者達を見送ったのは、依頼人達家族だけではない、村の人々皆の感謝の言葉だった。