●リプレイ本文
「精霊像のモデル、ですか?」
目を瞬かせながら聞き返すエリーシャ・メロウ(eb4333)に、冒険者にモデルを依頼した彫刻師のクレイグ・カラーナは何度も大きく頷いた。
「なぜ、私達に?」
穏やかな物腰で問い掛けるケンイチ・ヤマモト(ea0760)には「直感です!」と即答だ。
「貴方達を見た瞬間に、この姿だと思ったんです。貴方達なら僕の枯渇し掛けている創造力を高めてくれるって」
「そこまで言われるとお受けしないわけにはいきませんね」
「たまにはこういうのも良いね」
シファ・ジェンマ(ec4322)が苦笑交じりに呟けば、隣に佇むルスト・リカルム(eb4750)は生来の面倒見の良さもあり、その役を快く引き受けた。
「ありがとうございます、これで希望が戻りました。皆さんの力をお借りして、必ずや国王様へ献上するに相応しい精霊像を作り上げます!」
「献上?」
そう聞いた途端に表情を改めたのは騎士・エリーシャ。
それまで些か気まずそうにしていた彼女だが、この役目がゆくゆくは国王の目に留まる可能性もあるとなれば中途半端は許されない。
「いずれはジーザム陛下の御心をお慰めする石像のモデルとあらば私としてもこの上ない喜びです」
俄然やる気を漲らせたエリーシャに、彫刻師は満面の笑み。
そうこうして四人の冒険者とクレイグが自己紹介を兼ねた挨拶をしているところに受付係の青年がやって来る。
「カラーナさん」と呼び掛ける彼の隣には二人の少女。
ソフィア・カーレンリース(ec4065)とレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)だ。
まだ十代の年若い二人はウィザードという職業柄、普段から精霊に近しいのだろう。そのためか、彫刻師の目には二人が不思議と気持ちのよい空気を醸し出しているように見えた。
「初めまして! 僕、ソフィア・カーレンリースって言います」
「なんか‥‥、まだよく判っていないんですけど、私でお力になれるなら協力させて頂きます」
「ええ、どうぞよろしく!」
固い握手を交わし、クレイグは自分のために集まってくれた六人の冒険者を一人一人見つめた。
「やれる!」
そんな熱い思いが胸の内に生じていた。
●
ここが仕事場だとクレイグに案内されたのは、市街地から少し離れた林の中に一軒だけ佇む木造の小屋だった。
近所に民家があっては仕事中の音が迷惑になる、逆に自分も作業に集中出来ないというのが、街から離れた場所に小屋を建てた理由らしい。
「うわぁ‥‥っ」
小屋に近づく内、誰からともなく感嘆の声が上がった。
それは、小屋の横に並んでいた巨大な石を見ての反応。
「あの石で精霊像を彫るんですか?」
ソフィアが尋ねると、クレイグは「そうです」と頷いた。
石の大きさは、高さが約一八〇センチ、横幅は前後左右共に二五〇センチを越えるかどうかという長さだ。
下手をすれば部屋一つを占領してもまだ足りないだろう大きさに、これから人型が彫られていくのだと思うと何やら急に感慨深くなった。
「一人一体ずつ彫っていくわけではないのですね」
ケンイチの確認にも彫刻師は頷き返した。
「ええ。一人一人の石像であれば、過去に天才と呼ばれた何人もの芸術家が作り続けてきました。俺が造りたいのは、これまでに無かった精霊像です」
今まで見たことのない構図。
他の誰かでは表現出来なかった姿。
「絶対に俺が‥‥!」
拳を握り締めて呟く彼の表情が強張って行くのを見て、ルストは唐突にその背を叩く。
「わっ」
「気を楽にしないと出来るものも出来ないよ」
「そ、そうですね」
言う通りだと、苦笑めいた笑みをこぼす彫刻師にレインも微笑む。
「クレイグさんの今までの作品を見せていただく事は出来ますか? それともすぐにお仕事に入った方が‥‥」
「いや、今まで作ったものは小屋の中にあるから好きに見て構わないよ。モデルの仕事はね、しばらく君達を観察させてもらってから始めようと思うし」
「観察、ですか?」
取り様によってはあまり快い言葉ではない表現にエリーシャが眉を寄せると、クレイグも自分の失言に気付く。
「あぁ、ごめん。えっと‥‥何て言えばいいのかな。自然な姿をじっくりと見させて貰いたいと言うか‥‥何だろう」
慌てて言葉を探すも、動揺する程に思考は纏まらなくなる。
「と、とにかくさ! たまたま見かけた姿にこれだと感じたわけだからっ、ここでもまた自然に振舞う姿を見せて欲しいんだ! 君達のどんな動作が俺の芸術家魂を惹き付けたのか、俺自身がこれだという確信を持ちたいから!」
「ふふ、判りました」
シファが苦笑を交えて応える。
「ではクレイグさんの言われる通りにしばらく自由に過ごしてみましょう」
彼女の言葉に全員が頷いた。
●
小屋の中にある石像を見に行ったスルト、ソフィア、レイン。
騎士のエリーシャは、出身国が異なる騎士シファと共に、せっかくの機会だからと互いの大陸の名を持つ流派の違いを語り、手合わせを願った。
そんな女性陣の姿を傍観していたクレイグは、林の木々に囲まれた場所に腰を下ろし愛器の手入れをするケンイチに歩み寄った。
「ケンイチさんはリュート奏者なんですか?」
そう声を掛けると、何よりも音楽を愛する彼は穏やかに微笑む。
「ええ。一曲、お聞かせしましょうか?」
「是非!」
身を乗り出して返す彫刻師にクスリと笑い、ケンイチはリュートを構えた。
――弦を弾く。
鳴らされた最初の一音に彫刻師の心臓は高鳴り、次いで奏でられた旋律には瞬きすら忘れてしまう。
美しい音楽だった。
それは、美しく優しい世界だった。
「わぁっ」
曲が終わった途端に上がった歓声はそれまで小屋の中にいた少女達だ。
「すごく素敵でした!」
「ケンイチさん、とってもお上手なんですね!」
「感動したよ」
少女達に続いてルストからも感嘆の声が上がり、先ほどまで鍛錬という名目で剣を合わせていたエリーシャとシファもすっかり聴き入っていた様子。
「お見事ですね」
惜しみない拍手を送る彼女達に、ケンイチも嬉しそうに微笑んでいた。
「――」
そんな彼らの姿に、クレイグの胸の内から込み上げてくる熱いもの。
音楽が、この大地を満たす精霊達の心をも導いたように、脳裏にそれが落ちてきた。
「ケンイチさん、もう一曲お願いします!」
唐突な頼み事には虚を突かれるも、依頼人の要望とあらば彼に拒む理由はない。
「はい。どのような曲をご希望ですか?」
「何でも」
そう言われてしまうと、ケンイチも後は直感だ。
僅かな思案の時を経て一曲目よりテンポの速い曲を奏でれば、瞑想するように目を閉じて立っていた彫刻師は、戸惑い気味の女性陣を突如として凝視した。
芸術家が己の世界に入り込んでしまった後は、もはや彼女達の理解の域を超えている。
「エリーシャさん、シファさん、どうぞ打ち合いを! ルストさん達も何かして見せてください」
「何かと言われてもな‥‥」
「お願いします、早く!」
「ええっ‥‥! こ、こんな感じですか??」
「それともこんなのとか‥‥」
顔を見合わせた彼女達が動揺しながらも動きを見せれば、クレイグはチョークを持った手を走らせた。
手持ちの石盤で足りなくなると、とうとう小屋の壁にまで描き始める。
それは決して人を描いているのではない。
判るのは本人だけという、彼自身が表現したい世界を抽象化したもの。
「まぁ‥‥」
「これはまた‥‥」
小屋の壁一面に描かれた絵。
どれが何なのか全く理解出来ないものばかりだが、しかし唯一共通して伝わってくるのは優しさだ。
それが、彼の願う精霊像の姿。
●
彫刻は、他の芸術作品と変わることなく大変な手間隙が掛かるものだ。
まずは平面状にモデルとなるものの姿を写し取る。
前後左右、更には上下からも注意深く観察し、相手が人となれば、その肉付きや関節など、見なければならない部分は限りない。
それを立体の石、六面に刻み、彫り進めて行くのだ。
僅かなミスも許されない、削ってしまえばそれで終わりの一発勝負。
クレイグの表情からは笑みが消えていた。
「意外に重労働だね」と苦笑混じりに呟くのは、このときデッサンをしたいからとモデルに立たされていたスルトだ。
動かずにいるだけでも大変なのに、いま正に出発しようという体勢を取ったまま固定というのは何とも辛い。
クレイグは彼女に陽精霊を頼んだ。
長く眩い金髪に降り注ぐ陽光は美しく、凛とした立ち姿には『出発』『旅立ち』といったものが連想させられたからだ。
ソフィアとレインの協力のもと、髪型を弄られ、シンプルなドレスに金色の薄布を纏う彼女には、普段の凛々しさと異なる神々しさが伴って見えた。
「もう少し上を向いて頂けますか? そうです、そう‥‥そのまま」
静かに語る彫刻師は、それきり黙々と筆を走らせた。
月精霊を任されたのはケンイチである。
人や動物ばかりか、精霊すらも魅了するであろう楽を奏でる彼には月精霊が最も相応しいと彫刻師は譲らない。
長身痩躯が纏う衣装は、やはり女性陣によって手を加えられ、楽器はリュートの代わりに竪琴を持たされる。
「もし宜しければ一曲弾きましょうか? 緊張を解すことも出来るでしょうから」
楽器が変わっても問題ないケンイチも、さすがに静止の状態が辛くなってきて提案するが、クレイグは迷わず断った。
「貴方の音楽に聞き惚れてしまっては手が進みません」
真面目な顔で言われて、ケンイチは苦笑。
彼に課されたのは『癒し』『休息』――自分の現状とは真逆だ。
「なぜ私に風の精霊を?」
問うのはエリーシャ。
普段は一纏めにしている髪を下ろし、薄布のドレスには鎧を重ねて槍を持つ彼女は、ともすれば戦神。
風に舞う姿、人を包み込む姿として描かれることの多い風精霊には些か珍しい装いである。
「風の司るものをご存知ですか?」
「あまり詳しくは‥‥吟遊詩人の歌に聞く戦乙女ヴァルキューレが風の精霊の最高位と言う事くらいなら」
女の身ながらも戦場で果敢に刃を振るう、そう聞く彼女の姿は同じ女性騎士であるエリーシャにとってこれ以上ない存在である。
そんな彼女の気持ちを知ってか知らずかクレイグは言う。
「戦うことよりも、護るのですよ」
世界に流れる力で、他者を傷つける事なく静かに、時に激しく吹きつけて。
「風は味方だけでなく敵をも護るのです」
『守護』『翼擁』
それを貴女に見たと言われてエリーシャは押し黙る。
その頬をわずかに朱に染めて。
次に呼ばれたのは、最後になると思われていた土精霊を担当するシファだった。
順番的には不思議に思わないでもなかったが、シファとクレイグ、二人が揃って土の精霊に連想するものの共通具合には安堵した。
「大地はあらゆる命の母です」
そう表現すべく大地に手を重ねて微笑む。
当初は様々な小道具を用いて表現することも考えていたシファだが、
「貴女そのものを描きたいのです」という一言に、他のメンバーと同じく薄布のドレスに質素ながらも上品な装飾で彫刻師に描かれる。
『生命』『誕生』
シファに課されたのはこれから生まれ行く命と、育つ命を見守る姿。
子守唄を歌う母の眼差しで世界を見つめて欲しいというものだった。
最後に呼ばれたのはソフィアとレイン、二人同時。
「火のイメージって、情熱とか激しさとかかなぁ」
火精霊を頼まれたソフィアは呟きながら、自身のイメージでポーズを取ってみる。
手を頭の後ろ上方で交差させて胸を強調させてみたり、前傾姿勢で唇に指をあて、情熱的な視線を向けてみたり。
しかも薄布のドレス一枚で。
「そんな恰好、私は出来ませんーー!」
同じ衣装に身を包んでいるが故に真っ赤になって叫ぶレインと、赤い顔で咳払いするクレイグ。
「ゴ、ゴホンッ。えー‥‥お二人を一緒にお呼びしたのはですね、火と水、一見相反する属性に思える二つも、共にあればこれ以上ない調和を生み出すのだと思うからです」
言いながら、これまで描いて来た四人の姿を少女二人の傍にイメージする。
「芸術には、優しさばかりでは物足りないという声も多い。ですが俺は、貴方達の力を借りた今回は優しさを追及したいんです」
二人を見ていて、その仲の良さを知った。
風の精霊と契約したウィザードであるソフィアに、あえて火精霊の役を任せたのも、水精霊と契約しているレイン以上にその役の適任はいないと考えたからだ。
「お二人に表現してもらいたのは『協力』『信頼』――貴女達にしか出来ません」
真摯な眼差しを向けて訴える彫刻師に、少女二人は顔を見合わせて、微笑む。
しばらくしてクレイグが走らせる筆の先には、大地に膝をつきながら瞳を伏せ、その手をかざす――鏡のように手と額を重ねた少女達の一対の姿があった。
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火と水、相反する存在の協力と信頼を中央に、生命の誕生を導くもの、生命の成長を護るもの、生命の時間を癒すもの、そして生命の旅立ちを送るものが一つになる。
「ここから先は俺一人の戦いです」
書き取った姿を石六面に下書きし、刃を入れる。
その一刀一刀に思いを込めて、優しさを宿したい。
小屋の隣に置かれた石を見つめてそう言うクレイグに、精霊像を演じた六人は思い思いの表情で応えた。
「どうして、そこまで優しさにこだわるのですか?」
エリーシャに問われて、彼はこれまで思い続けていた憂いを口にする。
争いが絶えないばかりか近頃は激化し、カオスの魔物という物騒な存在の影響までがウィルの人々に及んでいる。
世界には、遠からず恐怖と悲しみが蔓延するだろう。
「その中にあっても優しさを忘れずにいて頂きたいのです」
誰よりも、国の頂におわす陛下にこそ、世界には優しさが溢れている事を忘れずにいて欲しい、――そう願う。
「いまは、皆さんは俺だけの精霊像です。ですが近い将来には必ず‥‥必ず国王様の御心に届く精霊となるよう、俺は命を懸けてこの石像を作り上げて見せます」
断言する彫刻師カラーナに、冒険者達は微笑んだ。
「楽しみにしていますよ」
「完成した暁には是非報せを、ね」
ケンイチとルストが言う。
「頑張って欲しいですけど、根を詰め過ぎちゃダメですよ?」
「たまには動物を抱っこするとか、こんなに自然が豊富なんですから花や緑を愛でるとかして、気分転換もして下さい」
「‥‥そんな簡単な事で気分転換って出来るものなんですか?」
無知な芸術家の一言に、六人は一時言葉を失った後で失笑。
「くれぐれも無理しないで下さいね」
シファもくすくすと口元を綻ばせながら告げた。
「カラーナ殿の像が陛下のお手元に届くまで、私達もこの国を守ることを約束しましょう」
エリーシャはジーザム陛下に仕える騎士の表情で誓う。
「いつか、王宮で完成した貴方の精霊像と見える日を楽しみにしています」
「ありがとう!」
いまはまだ四角いだけの石に、これから彫られていく姿を思い描きながら、彼らは穏やかな笑みを見せ合った。