●リプレイ本文
依頼を受けて集まってくれた冒険者達を見渡しながら、その村の人々は目を丸くし、開いた口が塞がらない状態で心底驚いている様子だった。
「‥‥どうかなさいましたか?」
その視線に耐えられなくなったリール・アルシャス(eb4402)が声を掛ければ、村人はハッと我に返り慌てて口を切る。
「い、いや! 驚いただけダ、まさかあんな依頼料でこんなに強そうな方々に来てもらえるとは思ってなかったダに!」
依頼主でもある高齢の男性が両手を胸の前で上下させながら言う内容に、冒険者達は思わず失笑。
「私達で何とか出来るなら」
エルフの青年、ピノ・ノワール(ea9244)の言葉に仲間達は頷いた。
心動かされたなら、どんな内容の依頼であれ引き受ける。
巨大蛙一匹のために村全体が存亡の危機にあるというのなら立ち上がるのが冒険者だ。
「それでは早速ですが、巨大蛙が頻繁に目撃される位置、その周囲の地形など出来るだけ詳しく教えていただきたいのですが」
イシュカ・エアシールド(eb3839)が物腰柔らかく問えば、妙齢の女性達がこぞって「あたしが!」と挙手する。
「‥‥実際に巨大蛙と遭遇した方からもお話しを伺いたいのだが」
声音低くソード・エアシールド(eb3838)が問うと、背筋をピンッと伸ばした若者達が一人一人順に当時の状況を語り出す。
「身体にイボがあることから考えてもヒキガエルの巨大化したものでしょう。確かジャイアントードの舌には毒性もあったはず‥‥、戦闘時にはくれぐれもこの舌に巻かれないよう注意しなければ」
モンスターに関する知識を豊富に持つピノの説明も交えながら、冒険者達は森に入る準備を進めて行く。
「急ぎたいところですが、予定通り確実に着く事を考えましょう」
森の中を案内する役を任された村人が、自分の生活が懸かっているために勇み足になろうとしている事に気付いたアトス・ラフェール(ea2179)は仲間に語りかけるように村人へ冷静になる事を促す。
問題の村に着いてから半日、情報収集などの準備を堅実に終えた冒険者達は村人の案内のもとで森の中へ入っていった。
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依頼主の村から森を抜けた先の近隣の町まで、直線距離で表せば大した事はない。
だが、丁度その間を二分するように流れる幅三メートル前後の川が問題なのだ。
出発から半日。
昼を過ぎて辿り着いた巨大蛙の出没地点には、無残な姿に成り果てた木製の橋の残骸があった。
「これは‥‥」
思わず口元を覆って呟くリールに、村人は消沈した様子で説明する。
「以前はこの橋を渡ってあちら側に行っていたのですが、巨大蛙に壊されてからはどうしようもなく‥‥川を泳いで渡ろうとした者はことごとく犠牲になりました」
簡易的な橋を掛け直してもすぐに壊されてしまう、そう村人は続けた。
蛙の知識はさほど高くないはずだが、橋を壊せば飯にありつけるということくらいは理解出来るのだろう。
「なるほど‥‥、この川を迂回してあちら側に行くのは相当の時間が必要ですね」
「ええ。この川沿いを西に向かって一日半くらい歩くと街道に出るんです。そこには頑丈で大きな橋があって。人通りも多い道ですから警備の方もいらっしゃいますしね」
イシュカと村人がそんな話をしている最中。
「‥‥どうやら現れたようだ」
ソードが静かに呟いた。
その視線の先には川面に見える巨大な獣の背。
「大きいな‥‥」
話しに聞いていた通り、小柄な人間男性と同じくらいあるだろう大きさだ。
四つの足を器用に動かしながら、東から西へと泳いで行く。
「人の声に反応したのだと思います」
「つまり、私達を狙っているというわけですね」
ピノは確信した。
ジャイアントトードというモンスターは、難しい事は考えられない。
こちらが冒険者として自分を退治しに来たとも気付かない。
今日の飯を見つけた、その程度の認識だ。
「それでも攻撃を受ければ獣の生存本能が奴を逃げさせるでしょうし、水中では圧倒的にこちらが不利。地上に誘き出し、一撃必殺でいかなければなりません」
「数は一匹ですか?」
村で聞いた情報に拠れば、誰もが一匹しか目撃していない。
そこをアトスが確認すると、ピノは強く頷いた。
「あれほどの大きさのモンスターが複数で一箇所に集まれば充分な餌が確保出来なくなるものです。確認は必須ですが、単体で間違いないと思いますよ」
「そうか」
ソードが応え、イシュカは頷く。
ならば後は、作戦通りに奴を叩くだけだ。
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しばらくして頭上から隼の透った声が響き渡った。
森に住む獣を見つけたという、ピノの愛鳥からの知らせだ。
蛙の前に、敵を水中から地上へ誘き出すための餌が必要と考えた冒険者達は、隼の目で上空から囮に出来そうな獣を探させていたのだ。
森の動物たちも巨大蛙の危険性を察知しているのだろう。
本来であれば容易く見つかるはずの獣が川の周囲にはほとんど居らず、これを懸念して隼を同伴させたピノはさすがだった。
いざとなればアトスとイシュカは相棒の愛犬に囮役を任せるつもりだったが、そこには幾許かの危険が伴う。
実行せずに済んだようだと、彼らは胸中に安堵の息を吐いた。
隼たちの案内のもと一匹の鹿を狩った冒険者達。
殺してはいない。
囮としては生きた動物が一番であるし、あくまでも気絶させただけである。
だが、リールは少なからず申し訳ないという気持ち抱えながら、同等の感謝を示しつつ、その右足二本にロープを巻いた。
それぞれに所持していたロープを繋げて長さを補充し、アトスとソードが川沿いに運ぶ。
「‥‥来たな」
再び現れた水面の影に気付いた二人は目配せし、鹿を下ろすと仲間達が隠れる森の木々の奥に駆け足で戻る。
ここまで案内してくれた村人には、帰りの道案内も頼むため、自分達よりも後ろに隠れているよう指示した。
全員でロープを握り、巨大蛙が姿を見せるのを待つ。
時間は掛からなかった。
ピノの指示で蛙の舌が届かぬ距離に鹿を横たえた事もあり、敵は水かきのついた手を地面に乗せて来た。
「!」
ギョロッとした目に、顔を半分に裂くような大きな口。
水に滑ったイボイボの身体は、間違いなく巨大化したヒキガエル。
「‥‥見ていて気持ちの良いものではないな」
ソードがぽつりと、皆の心境を代弁した。
『ゲロ』
低く痙攣したような鳴き声と共に口が開かれて舌が出る。
「引け!」
リールの合図で、冒険者達はロープを引いて鹿を遠ざけた。
抜群のタイミングで餌を逃した舌が地面に落ち、蛙は更に地上へと身を乗り出す。
これを繰り返す内に蛙の全身が大地の上に。
川までの距離も取る。
「引け!」
最後の一引き、森の木々に触れようという場所まで鹿を引いた瞬間に冒険者達は飛び出した。
「水に逃げられれば厄介です、そこから逃さないよう回り込め!」
術士のイシュカ、ピノが川沿いまで駆けるとそちらを背後に立ち、術だけでなく剣にも覚えのあるアトスとソードが彼らを背後に立つ。
「ありがとう」
そう呟いて鹿の足に結んだロープを切ったリールは、その子を背後に庇うように立ち、蛙と向き合った。
突然の人間の登場、それも複数の相手に、さしもの蛙も戸惑った様子。
その隙を逃さずに術士達の詠唱が始まった。
イシュカが施すのはグッドラックだ。
前衛に立つ三人を先に、そして自分達に。
慈愛神の祝福を受けた彼らは身体が軽くなるのを感じながら剣を構え、アトスは蛙の捕縛を試みてコアギュレイトを放つ。
イシュカの援護もあって見事に術を成功させたアトス。
動きを封じられた巨大蛙をソードとリールの剣が狙う。
「今だ!」
どんなに身体が大きかろうと、毒性を持つ舌が長かろうと、動きを封じられれば難はない。
一撃、二撃。
ソードは振り切った剣を、すぐさま上空に翳し、蛙の背中目掛けて振り下ろした。
「――――‥‥‥‥っ!!」
声にならない悲鳴が空気を震わす。
逃げようとする蛙は、しかし微動だに出来ない。
「生きるためとは言え全てを食らい尽くしてはいけません」
川沿いで詠唱していたピノから放たれるはブラックホーリー。
「滅せよ!」
力強い声と共に発動された術は巨大蛙を黒光りした輝きに包み込んだ。
それで、最後だ。
巨大蛙ジャイアントトードは一歩も動けぬまま倒された。
冒険者達の手によって、存続の危機に瀕していた村は救われたのである。
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「そりゃあもうスゴイなんてもんじゃなかったさ! あのデカイ蛙があっという間に倒されたんだ! ホントにあっという間だ、すげぇんだ!!」
冒険者達を川まで案内して来た村人が興奮した様子でその一部始終を村の仲間達に語って聞かせる。
蛙を倒した後、冒険者達は期限いっぱいその場に留まって野営し、二匹目の蛙が現れることを懸念していたのだが、今朝になって森の動物達が水を飲みに姿を現したことでもう大丈夫だという確信を得る事が出来た。
これで以前の生活に戻れると喜んだ村人達は、冒険者達に心からの感謝を伝え、その夜は村特産の食材で彼らを労った。
新鮮で甘味のある数々の野菜料理に満たされて、冒険者達も満足顔。
こうして大蛙退治の依頼は無事に終了したのだった。