●リプレイ本文
「この辺りがギルドの受付係から聞いた目撃場所ですが‥‥」
言いながら辺りを見渡すアトス・ラフェール(ea2179)の傍らには凛々しい顔立ちのハスキーと幼さが抜けない細い馬、二頭が寄り添っていた。
行く行くは戦場を共に駆け抜ける事になるであろう子馬に経験を積ませるべく同伴して来たという。
「まだ寒さの残る季節じゃしのぅ、そう広範囲に移動するとも考え難いじゃろう」
同じく宙に浮かびながら辺りを見渡しているのはシフールのユラヴィカ・クドゥス(ea1704)。
金貨を手に、陽精霊にこの森に潜む大蛇の数を確認していた彼は、後にこの事を仲間全員に伝えた。
その隣では同族のディアッカ・ディアボロス(ea5597)が難しい顔で考え込んでいた。
今回の依頼内容にあったモンスターが大蛇と聞き、この地域ではあまり見られないはずの大型爬虫類の出現に些か疑問を感じているのだ。
一方、彼らに先んじて森の中に残された大きな轍を追っている面々。
轍を残していると聞いていた事もあり、その位置を特定するのは容易かと思いきや意外に難航していた。
「これ‥‥、この轍はどうでしょう?」
レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)に声を掛けられ、彼女が目を落とす先に同じように視線を転じたリール・アルシャス(eb4402)は、大型の獣が通った跡に間違いはないであろう大地に手を当て、しかし左右に首を振った。
「あの辺りで新しい草が伸び始めている。一週間以内に通った場所だとは思うが現在地を特定するのは難しそうだな」
「草の倒れている向きから進行方向が判りませんか?」
ソフィア・カーレンリース(ec4065)が後ろからひょこっと顔を出して問い掛ける内容にも厳しい顔付きは変わらない。
「‥‥これだけ踏み荒らされていると、それも難しそうだ」
三人は足下を見つめて軽い息を吐く。
辺り一面が、何度も往復したのであろう足跡で埋め尽くされていたからだ。
レインが連れてきた二匹の愛犬、ソフィアの愛狼も自慢の鼻で敵の後を追おうと試みるが、その匂いも辺り一帯に充満しているらしく、良過ぎる鼻が災いするような状況。
ディアッカのパーストで過去視するにも細かな指定がなければ困難。彼の魔法力も無限ではないのだからと、可能な限り日時を特定出来る轍を見つけ出したいと皆が尽力しているのだが。
「割と活発に動いているのか、それとも複数で住み着いているのか‥‥」
森の奥を見つめて呟くマリー・ミション(ea9142)は、肩に止まらせていた鷹に上空からの偵察を頼む。
同じく愛鳥達を放ったのはピノ・ノワール(ea9244)。
「いつものように何かあれば鳴いて知らせるのですよ」
主人の言葉に応えるように透き通った隼の声が響き渡った。
大人三人が連なってもまだ足りない程に巨大な身の丈をした蛇。
「やっぱり一つ一つ轍の跡を追って行くしかなさそうですね」
レインが呟く。
地道に捜索を続けて行くしかないようだと悟った冒険者達は、手分けして轍の後を追う事にした。
*
「それにしても‥‥」
草木を掻き分けながら森の右方向に進むマリーが沈んだ表情を浮かべて呟く事に、組んだピノは顔を上げる。
「聞いた大きさを考えても遠からず人に危害が加えられる可能性は高いもの。今回の依頼は、その前に手を打っておけってことよね」
身体が大きければ、その分だけ摂取する食事の量も多くなる。
こうして歩く森の中に、鹿や兎といった居て当たり前の動物達の姿が見えないのはその証だろう。
だが。
「‥‥何となく気が滅入るわ」
「ええ」
「え?」
思いがけず同意を得てマリーは目を瞬かせた。
ピノは自嘲気味に笑んで見せると自分も同じ思いだと語る。
「これは人の都合です。それでも、被害が出る事が予想される以上はやむを得ません」
「‥‥それが冒険者だものね」
「ええ」
自分の思いが、決して自分一人だけのものではないと知ったマリーは、ほんの少しとは言え足取りが軽くなるのを感じた。
久々の依頼だ。
ブランクを取り戻すためにも頑張ろうと胸中で己を叱咤した。
同時刻。
こちらはユラヴィカ、ディアッカ、そしてレインが三頭の犬達と共に別の轍を追って進む先は森の左側。
彼らもまた、モンスターとは言え実害の出ていない相手を退治する事には若干の抵抗を感じていた。
「サンレーザーで攻撃、と言うのもちと可哀相な気がするの。放って置くのも危険ではあるのじゃが」
「そうですね‥‥」
レインの低い声音に、ディアッカが続く。
「大蛇はモンスターというよりも動物系です。本来は熱帯にいるものですし、可能ならば月道経由で生息地に逃がすなど、方法はないものでしょうか」
「‥‥アイスコフィンで凍らせて運ぶとかですか?」
水魔法使いのレインが提案する。
しかし、それを実行した時のことを想像してみると如何ともし難いものがある。
(「自然の摂理に則るという策もあるのじゃが‥‥」)
例えば、最悪なケースを言うならば冒険者街のロック鳥の餌にするなどだが、それも心無い行為かと思うユラヴィカが、その案を声にして外に出す事はなかった。
そして三組目のアトスとリール、そしてソフィア。
「以前の大蛙の時と同じだな‥‥森の中に動物の気配がまるでない」
「そのお陰で、呼吸が感じられれば間違いなく大蛇だと言い切れてしまうのが複雑ですね」
魔法ブレスセンサーを用いながら先を進むソフィアを庇う形の剣士二人。
他の組ではピノのデティクトライフホース、ユラヴィカのエックスレイヴィジョンなど見難い位置の探索も丁寧に行えるよう考えての組み分けである。
「ところで蛇は食べれるという話しを聞いた事があるのだが、今回の対象の蛇は食べられるのだろうか」
何気なく訪ねたリールに、ソフィアは目を瞬かせた。
「リールさんは蛇がお好きなんですか?」
「いや、そういうわけでは‥‥」
「あ」
話している途中で声を上げたのは、魔法ブレスセンサーの効果が途切れたからだ。
「困ったな‥‥、そろそろ僕の魔法も限界です」
使える最高レベルの魔法を用いても、その効果は六分。
回数にも限りがある中で、これ以上の使用は戦闘の際の力を削る事になってしまう。
「‥‥この轍はまだ奥に続いていますね」
アトスが呟く。
「これ以上、奥に進むなら皆と合流した方が良さそうだな」
リールの提案に異論はない。
仕方無いと来た道を戻ろうとした、――その時だった。
「メルロー?」
ピノの隼の声を聞き取ったアトスは上空を仰ぐ。
旋回し、鳴き声を上げる先は森の右側、ピノとマリーがいる方向だ。
そちらを見遣る。
同時、木々の枝が大きく揺れた。
「あれですっ!」
アトスが声を上げた。
探索魔法の有効範囲が重複しないよう考えての別行動、その距離は離れていても百メートル前後だ。
「ソフィア殿、レイン殿達を!」
「はい!」
リールの指示を受けてソフィアが発動するのはブレスセンサーとヴェントリラキュイ。
左方向に見つけた仲間三人の呼吸を確認し、声を上げる。
見つけた、ピノとマリーの傍。
それだけで左に進んでいた三人にも伝わるはず。
役目を終えたソフィアも、先に向かったアトスとリールの後を追った。
しばらく走っている内に、今度は頭上の枝が大きく揺れている事に気付いた。
「あ‥‥!」
尾、だ。
「こんな大きな蛇が居るなんて‥‥っ」
その先にあるはずの頭が見えない。
木々の葉に覆われているせいだと冷静に考えれば判るのだが、素早く身体をくねらせながら枝から枝へと移動していく敵を追っている状況では錯覚を起こすのも無理はない。
更には、前方に開けた視界でピノとマリーを襲っている巨大な蛇がいた。
ソフィアと並走している二匹目よりも更に大きい。
その大きさ、約六メートル。
「ピノ!」
「マリー殿!」
先に走るアトスとリールが声を上げる。
「私に向かってくるとは‥‥、なめられたものですね」
「ホーリー!」
詠唱を開始するピノの援護に回るべく、高速詠唱を用いたマリーの白魔法が炸裂する。
「滅せよ!」
間は僅か。
立て続けのピノの魔法に大蛇は全身を震わせた。
「アトスさん! 後ろにもう一匹います!」
「!」
ソフィアの声を受けて振り返ったアトスは、頭上から迫り来る巨大な影に、即座に反応した。
拘束魔法はあるが、詠唱している余裕はない。
槍を振り上げて相対した!
その脇をすり抜けてピノに向かっていた蛇を後ろから斬るのはリール。
『―――――!!』
痙攣する一匹目の巨大蛇。
リールのスマッシュを加えた攻撃に胴が裂けた。
それでもまだ生きている。
長い尾が、その意識とは関係なくアトス目掛けて振り下ろされ、そちらに彼が気取られた隙に相対していた二匹目が動く。
そこを援護したのはソフィアのライトニングサンダーボルト。
今日の使用回数から言えば最後の一撃だ。
しかし動きは止められても決定的な打撃とはならない。
「身体が大きな分だけ頑丈ですね! 絶命させるには首を落とすしかない!」
アトスが強く言い放ち、再び槍を構える。
リールも第二撃を。
援護する術士達。
「覚悟!」
「ホーリー!!」
マリーの援護を受け、一瞬とは言え動きの止まった大蛇。
その隙をついて最初と同じ場所に二度目のスマッシュを打ち込む。一瞬でも動きが止まったならリールには充分だった。
「‥‥っ!」
胴から頭が落ちる。
噴出す血。
ドオォォンッ‥‥と激しい音と共に大地に転がった大蛇と。
「これで終わりです!」
アトスが三度同じ場所を突き、こちらも首が落ちた。
「‥‥っはあ」
終わったか、誰もがそう思った直後。
「!」
尾だ。
二匹目の、首を落とされてなお動く胴体がアトス目掛けて円を描く。
「くっ!」
油断せずに締め付けを警戒していた彼はオフシフトでかわす。
だが蛇の本能そのものの動きは人間の思考では読み切れない。
「アトスさん!」
顔を蒼褪めさせたソフィア。
刹那。
その脇を疾走した小さな影はディアッカだった。
詠唱された魔法はシャドウバインディング。
影を固定されて動きを止められた蛇に次いで放たれたサンレーザー。
『―――――ッ!!』
声無き悲鳴に大気が震える。
炎の熱が。
「アイスコフィン!!」
木々に燃え移るか否か。
その絶妙の間で、炎に巻かれた大蛇の身体が氷に包まれて行く。
「ぁ‥‥」
「お、遅く、なり、まし、た‥‥」
ソフィアは背後を振り返る。
立っていたのは勿論レインだ。
ここまで全速力で走って来たらしく息の上がった彼女の傍には、ホッと息を吐くユラヴィカの姿もある。
サンレーザーは彼の仕事だ。
「とりあえずは、これで依頼完了じゃの」
本当にこれで終わりかと、再び金貨を手に陽精霊に問い掛けた。
この森に潜む大蛇は消えたか?
応えはイエス。
森に動物達の姿が戻るのも、もう間もなくだろう。
*
その後、二匹のジャイアントパイソンがピノとマリーの探索区域に姿を現したのは、餌となり得る鳥達の姿を追っていた為らしいと彼らは知る。
森の動物達を食らい尽くした大蛇は、餌を欲していたのだ。
犬や馬は他の組にもいたが、地上よりも上空に居た方が視界には入り易い。
それは、偵察側も追われる側も同じだったというわけだ。
そして六メートル前後の巨大な蛇二匹の遺体をどうするかが冒険者達の間で話し合われている頃、その傍らで黙祷を捧げる者がいた。
被害があってから嘆くのを防ぐための行為とはいえ、まだ人間に害を成したわけではない動物の命を奪った事は事実。
「祈りぐらい、捧げてもいいわよね」
「どうか安らかに‥‥」
クレリック達の祈りはあらゆる命に対して優しいもの。
マリーとピノの姿に、他の冒険者達も一人、また一人とその冥福を祈るために瞳を伏せるのだった。