思い出も積もれば…
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■ショートシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:05月03日〜05月08日
リプレイ公開日:2008年05月12日
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●オープニング
その日、ギルドにやって来た依頼人を目にした受付係は無意識に身体を強張らせた。
と言うのも、その相手がリラ・レデューファンだったからだ。
「こんにちは」
穏やかな物腰で声を掛けられるが、応える受付係の声は震える。
「きょ、今日はどうなさったんですかっ? もしかして、いよいよセレに‥‥!」
「いいや、それはまだ」
相手の心境を察したリラは苦く笑い「実は‥‥」と本題を切り出す。
「実質的な依頼人は良哉と香代になるんだが、引越しの手伝いを頼みたいんだ」
「引越し、ですか?」
「あれからユアンとも色々と話し合った。あの子が一人で暮らすには広い家だし、魔物から守るにも傍に居た方が何かと安心だ。クイナさんの家族も心配だし、いっそ良哉達がユアンの家で一緒に暮らしてはどうかとね」
「なるほど、それは妙案です」
ぽんと手を打つ受付係。
リラは続けた。
「そういう理由で二人の引越しを決めたのは良いんだが、同時にケイトやオールラント兄弟の住まいが放ったままにされている事も思い出したんだ」
ケイトとはつい先日亡くなったばかりのエルフの女性。
そして、ここしばらく行方知れずになっているのがオールラント兄弟だ。
全員がリラや石動兄妹と親しい関係にあったが、ある日を境に何かが壊れ始め、現在に至っている。――とは言え今回の依頼にこれまでの経緯はあまり関係ない。
要は『引越しの手伝い』である。
「訪ねてみたら案の定‥‥、オールラント兄弟の家では大家に見つかって滞納している家賃を払えと迫られたよ」
困ったように笑うリラは、結局それまで滞納していた家賃を支払って来たらしいが、いつ主が帰るともしれない家屋を借り続けるのは困難。
ならば彼らの住まいも空け、帰る場所を他に準備しておこうと考えた。
「私や、良哉、香代がそうであったように‥‥、オールラント兄弟の帰る場所もユアンの家で良いように思うんだ」
彼らの友、エイジャによく似た養い子が待つあの家に。
彼らを許す事が出来るただ一人の少年の元に、帰って来られれば良い。
「判りました。では石動さんの家、ケイトさんの家、オールラントさんの家。三つのお宅を片付けて荷物はユアン君の家に運ぶということですね」
「ああ。だが大きな家具まで全てとなるとユアンの家が狭くなるし、‥‥ケイトの所持品に関しては処分してもらって構わないかな」
「そうですね‥‥」
「良哉達もほとんどの家具は処分したいと言っているから一番大変なのはオールラント兄弟の家ということになるだろう。――よろしく頼みたい」
「承知しました」
様々な思いを抱えながらも笑みを絶やさずに語るリラに、受付係も微笑み返す。
新生活をスタートさせる手伝いが出来れば‥‥、そう思った。
●リプレイ本文
空は晴天。
風は心地良い暖かさを伴って周囲を吹き抜け、芽吹いた草花を優しく揺らす。
近くを流れる川のせせらぎは穏やかな時間の流れに楽を添えるようで、休日として過ごすにはこれ以上ないという陽気である。
が、彼らはそうはいかない。
そう遠くない距離間で位置する三軒の家で忙しなく働いていた。
わずか五日間で三軒の家を片付け、その荷を運び出すのだ。
休んでなどいられない。
大型の荷を運ぶ為には荷馬車が必要との判断から、冒険者達は初日を二組に分かれて過ごした。
各家屋で必要な物、不要な物の区別を担当したのは陸奥勇人(ea3329)、江月麗、物見昴(eb7871)、晃塁郁(ec4371)、そして土御門焔の五人。
荷馬車を借りに知人の牧場経営者宅に出向いたのは以前から顔見知りである飛天龍(eb0010)、キース・ファラン(eb4324)、レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)の三人と、車を引く馬を同伴したのがリール・アルシャス(eb4402)、ジャクリーン・ジーン・オーカーの二人。
そして、別件のとある縁からソード・エアシールドの代役を買って出たイシュカ・エアシールド(eb3839)である。
馴染みの愛くるしい動物達と共に訪ねた冒険者達に、件の夫人は大喜び。
また別件関連の約束を果たした兎耳レインと猫耳イシュカ…、特にイシュカの頑張りは見事夫人の心を射止めたらしく、返しに来る時も彼が赴くという条件付きで二台の荷車を快く貸与されたのだった。
そうして迎える二日目。
初日だけでもと手伝いに来てくれた四人が抜けて、八人の冒険者達は各家屋に分かれての作業に取り掛かった。
●
「これは酷いな‥‥」
天龍が眉を顰めて呟くのはオールラント兄弟の家だ。
しばらく人の訪れを絶やしていた家屋は、一歩進む度に足下から灰色の煙が舞うという徹底した埃塗れ。
「これでも随分マシになったんだ。な、ユアン」
「うん! 昨日なんて全体が灰色で目も開けていられなかった」
勇人とユアンの言葉には、やはりこの家屋の片付けを担当しているリラも同意を示す。
素で呼吸も出来ないという悪環境に、昨日の彼らが真っ先に取り掛かったのは布で口元を覆っての清掃作業。
住人が姿を消して半年が経過するとは言え、ここまで酷くなるものかと怪訝に思った初日からの片付組が部屋を掘り返せば――文字通り、掘り返した分だけ出てくるゴミ、ゴミ、ゴミ。
「俺も人の事は言えんが、男所帯ってのはこうも酷いものか?」と呆れた勇人の呟きに、部屋の主を良く知るリラは「彼らは特殊だろう‥‥」と苦笑し、意外に綺麗好きだったエイジャの養い子は閉口しきり。
よっぽど片付けの苦手な兄弟だったようだ。
年末の大掃除と同じく、これも修行の一環という勇人の言葉に刺激を受けたユアンと二人、競うように天井や壁、家具の埃を叩き落していったと言う。
しかし家事全般を得意とする天龍の目には、まだまだ掃除のし甲斐があって余りある惨状だ。
「よし、では早速始めるか」
「はい!」
師たる天龍に、背筋を伸ばして答えるユアン。
「掃除と平行して要らない物はどんどん外に出していこうぜ。リラ、その辺の区別を頼む」
「ああ」
勇人に声を掛けられたリラは穏やかに返す。
「おまえ達も頼むぞ」
『ぞ♪』
主人の人差し指の腹で頭を撫でられ、言葉尻を真似るのは勇人のフェアリー達だ。
燃えるゴミに火をつける担当の火属性・紅と、暗がりに灯を燈す陽属性の悠陽。頼もしいアシスタントである。
*
一方のこちら。
「お兄さん!!」
激しい一喝が轟いたのは石動兄妹宅の台所だ。
怒鳴ったのが香代なら、怒鳴られたのはもちろん良哉。
その隣には昴の姿もあったりするうえ、妹の怒声には二人同時に我に返る。
「しまった、また話しが横道に‥‥」
「気を付けているつもりなんだが‥‥」と困惑気味な表情を浮かべる二人の手が持っているのは、アトランティスでは滅多に手に入らない茶葉の数々だ。
「いちいち気を取られていたら片付けが進まないでしょう!?」
良哉がジ・アースから持ち込み、慌しい日々の中ですっかり忘れられていた物が次々と出て来る。
茶器だけなら無視出来ても、芳しい匂いを放つ葉となれば茶好きの二人には堪らない。
「あ」
妹に睨まれながら手を動かしていた良哉は、しかしまた余計なものを発見する。
「物見君、物見君。これは天界‥‥、えっと俺達の方じゃなくてあっちのな、玄米茶の葉だ。たまたま知り合った男性に百Gで譲ってもらった貴重品だ! 何というか独特の」
「おぉーにぃーいぃーさぁー‥‥ん」
「‥‥はっ」
三度の怒号には、さすがに昴も退却。
(「まぁ香代が元気になって何よりか‥‥」)と内心に苦笑を交えて呟く。と、そこに戻って来たのは食卓を外に運んでいたキースとイシュカ。
「賑やかですね‥‥」
「な」
答えたキースは事情を知らない事もあり、足取り軽く香代に近付く。
「どうした、兄妹喧嘩か?」
「え」
「! お帰り!」
ササッとキースの背後に隠れた良哉と、途端に言葉を詰まらせる香代。
キースはよく判らないながらも物怖じしない。
「元気になって良かったし、兄妹喧嘩も悪くないけどさ、笑っている方が可愛いよ?」
「‥‥っ」
鶴の一声ならぬ恩人の一声?
パラの鎧騎士は恐らく天然、そう確信した良哉はその背を叩く。
「キース君、此処は頼んだ!」とその場から逃げ出した兄は、以降、決して台所に立ち入らせてもらえなかったとか。
*
そしてこちらはケイトの家。
リール、レイン、塁郁の三人がクイナと共に今は亡き部屋の主の遺品を片付けて行く。
基本的には全て廃棄処分で構わないのだが、リールは彼女が此処に生きた証を残したいと考えていた。
「ケイト殿も被害者の一人だからな‥‥、せめて彼女の遺品を持って黒豹との決戦に赴きたいんだ」
そんな想いに、他の面々も異論などない。
他の家ほど広くなければ、物も少ない。
寝台など処分する家具を始めに外に出してしまえば、残された私物はほんの僅かだ。
「食器類は処分で良いでしょうか?」
「そうだな。さすがにそこまでは‥‥」
塁郁の問い掛けに答えるリール。
多少の後ろめたさはあるものの、そうして必要、不要の物品を分けていく。
「あ、この木の実‥‥」
レインが目に留めたのは外の小さな倉庫に仕舞ってあった植木鉢のセットである。
ここに暮らしていたのはエルフ族のウィザード。森の木々と縁の深い彼女の生活には緑が欠かせなかったのだろう。
「これも処分しますか?」
「育てたいなら持ち帰っても良いんじゃない?」
レインが苗木を育てていると聞いていたクイナが声を掛ける。
「ああ。ケイト殿も、自分が大事にしていた木の実がいつか芽吹いてくれたら、きっと嬉しいだろう」
リールも同じ意見。
「ありがとうございます、大切に育てますね」
その言葉を、レインは空を仰いで呟いた。
●
三日目、四日目。
冒険者達の作業は順調に進んでいた。
途中で力仕事に長けた者は各家の大きな家具を運び荷馬車と共に移動し、近所の古道具、古着屋を回ってそれらの処分を行う。
イシュカはユアンの家を訪ね、どれだけの荷物が少年の家に運べるか。
また、運んだ荷物をどう置けば今後の生活に支障を来さないか見定める役を担い、それらの情報を伝えて回る。
大方の予想通り最初に引越しを終えたケイトの家を担当していたリール、レイン、塁郁の三人は石動家に移動してその家の片付けを手伝い、最後には全員がオールラント兄弟の家で大掃除だ。
「まぁ‥‥とても不思議なはたきね、まるで精霊が宿っているよう」
厚く積もった埃も容易に取って行く家小人のはたきを見て感嘆するのはクイナ。
天龍と塁郁が持参したそれは、兄弟の家で大活躍していた。
「何をどう溜め込んだらここまで汚せるんだ?」
「オールラント兄弟はさ、二人揃って片付けられないんだよな」
「何事もやりっ放しの出しっ放し‥‥、一緒に暮らしていた妹さんは相当苦労していたと思うわ‥‥」
昴の疑問に答えたのは石動兄妹。
悪く言えば「だらしない」の一言に尽きるのだが、一つの事に集中すると他の事が見えなくなると言い方を変えてフォローしてしまうのは、長年の付き合い故か。
その傍で、
「まったく世話の掛かる男達だ」と呆れたように呟くリラの言葉は本心だろうが、その中にも行方知れずとなった友人達の安否を気遣う色が滲むのを勇人は聞き逃さなかった。
「作業が一段落したら、オールラント兄弟がどんな奴らだったか少し聞かせてくれないか?」
「え?」
「彼らの事を知るのは今後対峙する上で必要だろう? それに――」
途中で言葉を止めた勇人が視線を転じた先には、ユアンがいる。
「興味有ると思うぜ? エイジャと体験して来た冒険譚ってのは」
「あぁ‥‥、そうだな」
その言葉に込められた思いに、リラは頷き返す。
語る事で受け継がれるものがある事を彼は学んだ。
「話して聞かせられることなら、幾らでもある」
そう答えて微笑むリラに、勇人も笑みを返し。
「兄ちゃん達っ、喋ってばかりいないで手伝ってよ!」
割り入って来た声は、高さ一メートル以上はあるだろう無駄に重い壷を懸命に抱えているユアンだ。
「ユアン、重い物は皆で運べばいいのだからあまり無理はするなよ?」
天龍が言い、クイナも「そうよ」と微笑み手を貸してやる。
「オールラント兄弟の趣味って複雑怪奇だな。どういう基準で物を集めていたんだろう」
「一度手に入れるとゴミでも捨てられないのが奴等なんだってば」
小首を傾げて呟くキースに、答えるのはやはり石動兄。
その眼前には捨てるに捨てられずユアン宅へ運ぶ事になるオールラント兄弟のコレクションらしき品々が大量に並んでいた。
剣に鎧、盾といった武具から所々が破れて傷んだ書物、衣類、装飾品、家具諸々。
「可能な限り処分して、リラ殿は立て替えた家賃代のほんの少しでも返してもらってはどうだろう?」
リールの提案に皆は賛成だが、本人は曖昧な返答をするのみ。
「まぁ‥‥だが今後に有益そうな品は借りておこう」
そう呟いて手を伸ばし、目ぼしい物を手に取る。
「役に立てればいいんだが‥‥あぁ、だが飛殿や女性達にはサイズの合う物がないか」
オールラント兄弟は人間の男性だ、サイズ的にはキースにも無理があると気付くが、そこで真っ先に手を上げたのが石動兄。
「キースには俺達の所持品から力になれそうなのを譲るよ」
「ならリールさんや昴さん達にはケイトの持ち物から何か‥‥」
香代も思案し出すが、譲ると言われた本人達は戸惑う。
「いや、しかし我々にそんなつもりは‥‥」
リールが口を切るが、それを香代が遮る。
「皆さんにはご迷惑をお掛けしましたし‥‥それに、せめて私達のアイテムが皆さんのこれからのお役に立てれば、それは私達にとっても幸せな事です。ケイトも、きっとそう言うでしょう」
「師匠には、エイジャの‥‥父さんの形見を持って行ってもらってもいいかな‥‥?」
次いで口を開いたのは、ユアン。
「本当は俺も一緒に行きたいって思うけど‥‥でも、今の俺じゃ非力過ぎるの判っているし‥‥、付いて行くのは我慢するから、せめて父さんの形見を預かって欲しいんだ」
「ユアン‥‥」
「お願いします」
そうして頭を下げる少年には誰も断れない。
手渡されたアイテムの価値や性能は、ともすれば冒険者自身が所持している品の方が優れているだろう。
だが、それでも持っていて欲しいと願うのは共に戦地に立てない少年達の願いだ。
「判った、ありがたく受け取らせてもらう」
「ああ」
天龍、勇人が応えれば、キース達にも異論はない。
「ありがとう!」
向けられる子供の笑顔が何よりの力になる。
――結果、クイナの見立てで女性陣に贈られたのは「ケイトさんの分も素敵な恋をしなきゃね」という老婆心満載の品々も含んでいたりするわけだが、それはそれ。
いつか役立つ日も来るはずだ。
●
最終日。
引越しの後は新しいご近所さんに蕎麦を振舞うのが礼儀だと言い出したのはジャパン出身の面々。
と言っても蕎麦が容易に入手出来る食材ではない事から、ささやかながらも宴を催して近所の人々に挨拶をしようとなった。
桜餅にももだんごなど、各々が持ち寄った食材を天龍と昴が見事な腕前で調理し、新たな料理を完成させるまでの間、人当たりの良いレインが近隣の人々に声を掛けて周り、勇人とキースはリラと共にユアンの家に運び込まれた荷物の最終確認を行った。
かつてはエイジャとユアンの二人が暮らしていた家で、今日からはユアンと、石動兄妹が共に暮らす。
リラや、いつかはオールラント兄弟の帰る家になるのだ。
「しかしエイジャも気が早いというか計画的というか‥‥」
彼が家族向けの大きな部屋を借りていた理由を知った勇人が苦笑混じりに呟く横では、エイジャとケイト、双方の気持ちを知るリールは哀しげな表情を浮かべながらも、必ず二人の仇を取ろうと、その決意を新たにした。
「兄ちゃん、姉ちゃん。師匠が準備整ったからそろそろって‥‥」
そこに彼らを呼びに来たユアン。
勇人は思い出したように少年を呼び止め、その目の前に動物の尻尾の毛で織り上げられた指輪を差し出す。
「? これって?」
「お守り代わりにそいつをやる。運も実力の内だからな」
「うわぁ‥‥ありがとう!」
受け取ったテイル・リングをユアンは空に翳した。
すると指輪は、陽精霊の加護を受けたようにキラリと輝いた。
しだいに外が賑わい始め、近所の人々が集まってきたのだと知れる。
中には天龍の計らいで招かれたギルドの受付係や、初日に荷馬車を借りた牧場経営者夫人の姿もあった。
塁郁の楽の音もあわさって、宴は人々の心を高揚させる。
「いやぁ天龍君、物見君、君達の料理は最高だ!」と酒も入って危い呂律で彼の料理を賞賛するのは石動良哉。
兄妹揃って彼から贈り物を貰った事で妙にテンションが高くなっているらしい。
一方で半硬直状態に陥っているのが香代だ。
「いろいろあって神経張り詰めるのも当然だけど、たまには気分転換もいいんじゃないかな? 今度どこか一緒に遊びに行こうか。俺もたまには女の子とデートしたいしな」と、やはり他意なく無邪気に誘ってくるキースの台詞がまんざらでもないようで、かえって反応に困窮しているという様子だ。
と、その中でクイナが呼び止めたのはイシュカ。
「荷車をお返しする際にも猫耳をお付けになる約束なのでしょう?」と差し出されたのはふわふわ帽子と子猫のミトン。
「ケイトさんが持ってらしたの。先日のイシュカさんはとても可愛らしかったですもの、ご自身で所持されておくのが良いかと思って」
「‥‥」
非常に複雑な心境ながらも、クイナも全く他意のない善意で差し出してくれた品と判る以上は無碍にも出来ない。
その後どうなったかは、‥‥また別の物語。