ヒツジも春の装いに?

■ショートシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月08日〜05月13日

リプレイ公開日:2008年05月16日

●オープニング

 ギルドの受付に依頼主がやって来る。
 初めての人もいれば、複数回目の人もいる。
 どちらにせよ挨拶を交わして席を勧め、その依頼内容を聞くというのが、いわばギルド職員の日課である。
 だが、この日。
「こんにちは」
「こ、こんにちは‥‥っ」
 勧めるより早く慣れた様子で受付係正面の席に着いたのは、このところ月に一度は見かけるセゼリア夫人だ。
 ウィル近郊の村で大きな牧場を経営しているセゼリア氏、その奥方である彼女は大の動物好きで、多種多様なペットを育てている冒険者も大好き。
 そのため、何かとネタ――いや、困り事が生じてはギルドを通じて冒険者達との縁を結びたがるという些か困った人物だ。
 最も心根の優しさは本物のようで、依頼内容に裏を感じる事も間々あったが基本は「皆のため」の依頼であるのだが。
「今日はどのような御用件で‥‥?」
「ヒツジの毛刈りを手伝って下さる冒険者の方々を募集しますわ」
「毛刈り、ですか」
 ヒツジの毛と言えば刈り取られた後は衣類の原材料として高値で取引されるもの。
 そういえば夫人から最初に持ち込まれた依頼は風邪でダウンした牧羊犬の代わりに動物達を畜舎へ戻して欲しいというものだった。
 羊に牛、馬、山羊、鶏。
「手広くやってらっしゃいますね‥‥」
 これまでの依頼を思い出して呟く青年に、夫人はにっこり。
「おかげさまで」
「‥‥」
 青年は気付かれぬように軽い息を吐くと、何かを諦めたように依頼書を作成し始めた。

●今回の参加者

 ea1542 ディーネ・ノート(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 eb3838 ソード・エアシールド(45歳・♂・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 ec4065 ソフィア・カーレンリース(19歳・♀・ウィザード・エルフ・アトランティス)
 ec4112 レイン・ヴォルフルーラ(25歳・♀・ウィザード・人間・アトランティス)
 ec4427 土御門 焔(38歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec4870 木内 真人(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ、いらっしゃい!!」
 牧場に到着するなり冒険者達を迎えたのは八人の子供達。
「わ〜、また会えて嬉しいな! 元気だった?」
 その中の一人、クリスをぎゅっと抱き締めて応えたのはソフィア・カーレンリース(ec4065)で、レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)の周りにも数人の子供達が駆け寄り腕を掴むなどしながら、まるで自分が牧場を案内するんだと言わんばかりの歓迎振りだ。
「どうも、またよろしくね♪」
 こちらではディーネ・ノート(ea1542)が、やはり彼女を大好きなフィムとトートマの二人に左右を挟まれて牧場の門をくぐった。
 そんな女性三人から少し離れて難しい顔をしているのはソード・エアシールド(eb3838)。
「あの夫人に会うのは、凄く気が重いんだが」
「素敵なご夫人でしたよ? 動物好きで責任感のある良識的な方じゃないですか」
「そういう所はおまえの美徳なんだけどなぁ‥‥」
 応答しているイシュカ・エアシールド(eb3839)は、別件でソードに代わり今回の依頼主、セゼリア夫人との約束を果たしたという経緯を持つ。
 今回の依頼場所が牧場ということ、更には相手がヒツジということもあって彼らはそれぞれにペットを同伴していた。
 多くは犬や馬だが、そこは冒険者。
 ペガサスに狼、変わった形の雛鳥、更には空中に浮かぶ炎の塊という珍しい生物‥‥かどうかはともかく、多種多様な家族を同伴した彼らに、牧場の主セゼリア夫人が興奮しないわけがない。
「まぁまぁまぁ‥‥っ」
 冒険者達を迎えるべく姿を見せた夫人は、しかし人より動物に目がいく。
「ルエラです。先日の苗植えではお世話になりました」
 ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)の挨拶にはもちろん応えるのだが、傍らに寄り添うペガサスの美しさにすっかり酔い痴れている様子。
 土御門焔(ec4427)、木内真人(ec4870)、テュール・ヘインツ(ea1683)と、夢現な心持で自己紹介を受けていた夫人は、最後のオラース・カノーヴァ(ea3486)――の隣に浮かぶエシュロンに目を輝かせた。
「まぁっ見事な炎だわ! 子羊の断尾のために連れてきて下さったの!?」
「なに‥‥?」
 思い掛けない言葉を受けてオラースの眉間に深い皺が刻まれる。
 断尾。
 その言葉の意味を正しく知る者が何人いたか。
「あぁ私ったらお礼も言わないままで‥‥、私のお願いを聞いて下さってありがとうございます。五日間、どうぞよろしくお願いしますね」
 にっこりと微笑む夫人は、まずは荷物を部屋にと冒険者達を家へ招くのだった。

 *

 春の陽気に包まれて、畜舎の周りに集った十人の冒険者と四人の牧場関係者、そして今回の依頼主であるセゼリア夫人が招いた冒険者とも面識のある子供が八人。
 合計二二名という大人数で輪を作った中心には、牧場で働く男二人が一頭のヒツジを掴んでいた。
 一人が前足二本を右手で、後ろ足二本を左手でしっかり掴んで寝転がらせたヒツジの腹部に、一人がハサミを入れる。
 シャキンッ、と良い音が鳴ったかと思うと、その部分の毛がヒツジの身体から切り離された。
 ジョキジョキと切り進めて行くと、まるで布地を剥す様に綺麗な一枚布が広がる。
「基本的にヒツジは毛を刈られる事を嫌がりません」
 従業員の一人がハサミを動かしながら今回が初毛刈りとなる冒険者達に説明した。
「横にしただけで大人しくなりますから、真剣に掴んでいなくても大丈夫です。ただ、少しでも刃が肌に触れると簡単に切れますから、動かれると切ってしまいそうで不安な場合には、ペアを組む方にこうして手足を掴んでいてもらえば多少は安心出来ると思います」
 一人一人を見遣って告げる従業員に、ふと手を上げたのはイシュカ。
「‥‥対象を動けなくする魔法を使おうかと思うのですが‥‥見えない力で動けなくしてしまったら‥‥羊さん、やっぱり怯えますでしょうか‥‥?」
 魔法と聞いて目を丸くしたのは牧場関係者全員。
 子供達も興味津々の体でイシュカを見上げていた。
「私も、魔法で眠らせて作業出来ないかと思うのですが」
 焔も続く。
 と、セゼリア夫人が口元を覆い目尻を下げた。
「まぁまぁ‥‥冒険者の皆さんは、やっぱり私達には思いも付かない方法を考え付かれるのね」
 彼女の笑い声が、その場の空気を和らげさせた。
「見えない力を怖がるかどうかは試した事がないので何とも言えませんけれど、魔法を使ってまで身体の自由を奪う必要はないと思いますわ。イシュカさん、こちらにいらして?」
 呼ばれ、促されるままその場に横たえられていたヒツジに近付く。
 夫人の合図で従業員が手を離し、イシュカ一人が残っても、ヒツジはその場から微動だにしなかった。
「これは‥‥」
「ヒツジはそういう動物なんですのよ。人間に怯えないの。撫でてあげたり、声を掛けたり、スキンシップを取れば取るほど人に信頼を寄せてくれるわ」
「そうですか‥‥」
 納得して立ち上がるイシュカに、従業員の一人も安心したように続ける。
「首の周りは血が出やすい。不安だなと思う場合には胴だけ刈ってやって下さい。首の周りは後で私達が刈り取ります」
 それなら首には決して手を出すまいと心に決めた冒険者もいたはずだ。
「もう一つ、ヒツジの蹴りは馬ほどじゃありませんが威力抜群です。くれぐれも後ろから近付いたりはしないこと。視界外からの接触には非常に敏感ですからね。どんな時も、必ずぐるりと回って正面から触れるようにして下さい」
「はい」
「判りました」
 従業員達からの注意事項を胸に留め、数人に手渡されたハサミは女性の掌より大きな刃を備えていて、棒のように持ち、左右から力を加えるタイプだ。
 女性でも相当の筋力を使う道具。
 とても子供達が扱える代物ではない。
「それでは皆さん、一日一頭を目標によろしくお願いします」
「――はい?」
 一日一頭?
 何の聞き間違いかと彼らは思うが、それはこの後すぐに身を以て実感する事となる。

 *

 ヒツジの毛刈りは予想以上に困難を極めた。
 魔法で動きを封じたり眠らせたりと考えた彼らだったが、それを実現させるなど到底不可能だったと断言していい。
 羊一頭の大きさは、レインや焔とほぼ同じくらい。
 その全身の毛を刈るわけだが、皮膚を傷つけないよう細心の注意を払いながら、これまで経験のない彼らがハサミを使うと言うのは相当の精神力を要した。
 毛の刈り残しは好ましくないとの事で、一本一本を慎重に切っていけば時間が掛かり、大胆に刃を入れれば毛は団子になって落ちる。
 少し気を抜けば肌に刃が滑って流血騒ぎ。
 使用するハサミを扱うのも一苦労。
 それでも大人しく横たわっていてくれるヒツジの暢気さは彼らにとって嬉しい誤算だったと言えるだろう。
「あらあら‥‥。さすがの冒険者の皆さんにも毛刈りは難しかったかしら」
「奥様‥‥」
 残念がる経営者夫人に従業員一同は肩を落とす。
 十年のキャリアを持つ毛刈りのプロでもそれなりの時間を掛けて行う仕事だ、初心者同然の若者たちに即成果を望むのは酷というもの。
 それでも人手が欲しいこの時期、冒険者に依頼を出したのは、単に彼女の趣味という理由だけでなく、大好きな冒険者、憧れの冒険者に会いたがる子供達の我儘を聞いての事だったりもする。
 最も、それを他の者に知ってもらいたいとは思わないようだけれど。
「お姉ちゃん頑張れ!」
「もうちょっと!」
「お兄ちゃん顔に毛がついているの、取ってあげる!」
 そんな嬉しそうな声が夫人にとっての報酬だ。
 ディーネとテュール、ソフィア、レインの四人で一組。
 ここは体力にあまり自信のないメンバーが集まり交替で作業に当たっていた他、愛犬達の協力を得てヒツジ達の追い込みも担当していた。
 一方、息の合った作業を進めるソードとイシュカ。
 抜群の体力で疲れを見せず進むのはオラースとルエラの組だ。しかもこの二人、手先の器用さに掛けても群を抜いており、見所があると牧場の羊担当者から絶賛された。
 そして四組目の真人と焔のチーム。
 焔と組んで作業に当たっていた真人は、最初こそヒツジを抑える側だったのだが、天界出身の彼には想像も出来なかった使い難いハサミは女性一人の体力に頼って良いものではなかったため、交替で抑える側と刈る側を担うことになった。
 半日が経過して。
「はぁ‥‥これは従業員の方が言われた通り、一日一頭が目標として適当ですね」
「ほんと、疲れた‥‥」
 一匹目を刈り終えて草原に広げた毛をポンと叩いて言う真人。
 毛の油で手は酷い事になっているし、丸裸になったヒツジの体は微妙にボコボコだったが、不思議な充足感が彼らを包む。
「‥‥二匹目に入りますか?」
「も、もう少し休ませて‥‥」
 息を切らして言い合う二人に、傍にいた子供達が朗らかな笑い声を響かせた。

 *

 依頼期間も中盤を過ぎて、冒険者達が刈り終えたヒツジは十五頭を越えた。
 セゼリア夫人も最初から五十頭以上のヒツジ全ての毛を刈り終えて欲しいとは思っていなかったらしく、子供達が楽しく過ごせる事の方を重要視しているようだった。
「それにしても可愛いわ‥‥」
 昼の休憩時。
 ルエラが振舞ってくれた食事を皆で頂いていた最中にぽつりと呟いた夫人が撫でるのはディーネの獣耳ヘアバンド。
 続いてソフィア、レインの兎耳をうっとりと眺めて、最後には残念そうな顔でイシュカを見遣る。
「私、今回も可愛らしいイシュカさんとお会い出来るかと期待していましたのに」
 言われたイシュカは「もう春ですし‥‥」と静かに返す。
 言葉は先を紡ぐように思われたけれど、それ以上語られることはなく、視線だけが懐かしむように細くなる。
 その先に彼が想うのは、遠い故郷と、そこに残してきた養娘。
 傍で休むソードまでが全てを承知した様子で穏やかな眼差しを向ければ、夫人も気安く踏み込んで良い話題ではないと判じた。
「そうそう、テュールさんは牧畜の経験がお有りなのかしら?」
 問われたパラの少年も、空気を呼んだらしく陽気な笑顔で応える。
 その知識を持つ彼は、時折、夫人を驚かせるくらいヒツジ達の心に添った態度で作業を進めており、愛犬に頼んでの毛刈りのイメージトレーニングは、後に皆が習ったほどだ。
「‥‥そろそろ始めるか」
 充分に休んで立ち上がるのはオラース。
 頑強な外観からは想像し難い、優しい態度でヒツジの身体を転がす彼を、夫人はすっかり気に入っている。
「午後もよろしくお願いしますね」
 ぶっきらぼうな彼は片手を上げるだけで夫人に応え。
「さてと私達も行こうね、スカイ、フウ」
「フェンリルも、ヒツジさんが遠くに行かないように、ちゃんと見ていてね」
 レイン、ソフィアがそれぞれ同伴したペットに声を掛けて行動再開。
 と。
「あら?」
「はっ」
 夫人が背後に近付いていたディーネに気付いて、しばし見合う。
「‥‥‥‥」
 いつも撫でられているから今日は自分が逆に夫人の頭を撫でてみようと画策したディーネだが、立っている状態では背が足りない。
 休憩中の今ならと考えたのだが、気付かれた。
「‥‥ふふふ、ディーネさんたら、どうなさったのかしら?」
「い、いえ‥その‥‥」
 心底楽しげな笑みを浮かべた夫人に続いて上がったのは「に゙ゃーーーっ!!」と奇妙な悲鳴。
 ――夫人はつくづく幸せ者である。

 *

 最終日には毛を刈られたヒツジも四十頭を越えていたのだが、完遂には遠かった。
 しかし百戦錬磨の冒険者達は毛刈りの技に関しても飲み込みが早く、日を追うごとにそのスペースを上げていき、四十頭以上という結果は依頼主である夫人にとって驚くべき内容だった。
(「夫人にイシュカ、他のメンバーからも怒りを買いそうだし実際にやりつもりもなかったが‥‥羊を気絶させるような事態にはならなくて何よりだな」)
 ソードがそんな事を胸中に呟く一方、最後まで陽気な笑顔を絶やすことなく愛犬とヒツジ達を追い込み、夕刻には畜舎に戻すなど、すっかり牧羊に親しんでいたのがテュール。
「ふわふわもこもこも夏だと暑苦しいもんね。羊さんたちはさっぱりして、僕達は冬あったかい、誰がこんなうまいこと考え付いたんだろう」
 無邪気な呟きに羊たちが上げた声は、もしかすると同意を示しての事だったかもしれない。


「もう少しで終わるよ〜。良い子だからじっとしていてね〜」
 ハサミを持ったソフィアが羊に声を掛けながらあとわずかの毛を刈り取っていた。
 抑えているのはディーネとレイン。
 傍には、既に作業を終えていたオラース達の姿もある。
「さすがに時間がないんで、こいつで最後になるだろうが」
「ええ、結構ですわ。冒険者の皆さんと作業出来て、私達もとても楽しませて頂きましたもの」
 全部が終わらなくても問題ない、その返答に些か複雑な心境になる冒険者達だったが。
「そういえば初日に言っていた断尾とはなんだ?」
「子羊の尾を切るんですのよ」
「――」
 オラースの問い掛けに返された答えに一同絶句。
 ソフィアも手を止めて夫人を見上げた。
「尾を切る、‥‥んですか?」
 震えた声を押し出すのはレイン。
 これは予想外だったのだろう。
「ええ。子羊の尾の根元をきつく縛って、炎で熱したハサミでチョキンと。その後には傷口も焼いて‥‥」
「わーわーわーっ」
 もう結構です! と、それ以上の説明を拒否。
 夫人は意地悪な笑顔で「ご一緒に如何?」と誘うけれど、誰一人希望しない。
 最も、尾を切るのは子羊が元気に育つための必要かつ重要な作業なのだが、見ていて気分の良いものでは決して無い。
「まぁ。でしたら次回はどんな依頼でご一緒しようかしら?」
 実に楽しげに呟く夫人に、子供達も飛び跳ねる。
「次はいつ会えるの?」
「今度はどんなお仕事?」と子供達の輝く瞳で見上げられてしまうと、次の再会までそう時間は掛からないかもしれないと予感する冒険者達だった。