芸術家に諭す今日の健康法
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■ショートシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月13日〜05月18日
リプレイ公開日:2008年05月21日
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●オープニング
その日、ギルドにやって来たのは、長い髪を後ろで一つに結わえた年の頃は十七、八の少女だった。
町娘らしい清楚な装いに、細くとも華奢ではない身体つき。
長い手足、健康的に日焼けした肌。
わずかに眦が上がっている顔つきは気の強そうな雰囲気を醸し出しているものの、その沈痛な表情を見るによほど困っているのだろう事が察せられた。
ここは冒険者ギルド。
困っている人を救う場であり、依頼主が美少女――受付係の好みとして――となれば尚のこと対応する青年の態度にも熱がこもる。
「こんにちは、今日はどのようなご用件で?」
無意識に早口で問い掛ければ、顔を上げた少女は自分がギルドに着いている事をいま知ったというように目を瞬かせ。
「ぁ、‥‥ど、どうも」と、恥ずかしそうに頬を染めて頭を下げた。
(「おぉっ!」)
どうやら彼女の一挙手一投足が可愛く見えて仕方が無いらしい受付係が一人胸中で盛り上がっているのはともかくとして、勧められるがまま席に着いた少女は、言い難そうに口を開く。
「あの‥‥、こちらではどんな頼み事でも引き受けてくれるのでしょうか?」
「受けるかどうかは依頼書を見た冒険者次第ですね。でもきっと大丈夫ですよ、貴女の頼みなら引き受けてくれる冒険者がたっくさん名乗りを上げてくれると思います!」
「は、はぁ‥‥」
青年の不思議な熱気に圧された少女は僅かに引いた。
が、しきりに依頼内容を聞かせて欲しいと促されて席を立つ事は叶わない。
「実は‥‥、以前に幼馴染がこちらで精霊像のモデルをお願いしたと聞きまして‥‥」
「――」
うん? と小首を傾げる受付係。
どこかで聞いた話である。
「おかげさまでイメージを固められた彼は、あれから順調に作業を進めていたんですが、‥‥その‥‥順調過ぎるのか、近頃は人が変わったように寝る間も惜しんで彫り続けているんです‥‥」
幼馴染の名はクレイグ・カラーナ。
これまでに多くの石像を完成させており、街の公園や店先のマスコットなど、その作品を目にする事は間々あるのだが、名声はと言えば無名に近い彫刻師である。
国王への献上という大志を胸に六精霊の石像作りに着手すべく、そのモデルをギルドに所属する冒険者に頼み込んで来たのは、確か二ヶ月前だっただろうか。
「昔から熱中すると他の事が見えなくなる人で‥‥、これまでも不眠不休で彫り続ける事はありました。でも、今までの石像はどんなに時間が掛かっても一週間くらい‥‥、今回の石像とはスケールが段違いです!」
彼女の言う通り、現在のカラーナ彫刻師が彫っているのは六精霊。
それも、モデルとなった冒険者達の実物大、六体の石像であり、用意されていた石は一般的な家屋の部屋一つ分を占めるような巨大さだったと聞いている。
「それ以上休まずに彫り続けたら過労で死ぬでしょって怒っても、ここで止められるわけがないって‥‥、この勢いを絶ったら、そこで精霊像は終わってしまうって‥‥っ」
言葉を繋ぐうちに少女の瞳が潤んでいく。
よほど幼馴染の身体が心配なのだ。
そう言えばカラーナ彫刻師は二十三、四の男前だったなと思い出す。
石を彫るだけあって芸術家と言ってもひ弱な雰囲気は皆無で、背も高く。
(「あぁこの二人が並んだらお似合いかもねぇ‥‥」)なんて受付係に思わせる。
「お願いしますっ、あの人を止めてください! このままじゃ遠からず死んでしまいます!」
哀願とも言える必死な様子に、受付係は大きく頷いた。
さらば一目惚れ。
俺は仕事に生きると誓いながら、彼もまた必死に依頼書を作成するのだった。
●リプレイ本文
街から少し離れた森の中に静かに佇む木造の小屋。
芸術家の作業場として作られた部屋は決して狭くないのだが、上から布を掛けられている巨大な石が面積の半分以上を占めている事もあって非常に圧迫感があり、ここに新たな来訪者となる八人の冒険者が集まれば、その狭さは際立った。
「うーん‥‥前回の結果からこうなるとは、すごい集中力というべきでしょうか」
件の彫刻師クレイグ・カラーナが冒険者達に精霊像のモデルを頼んだ際、月精霊を担当したケンイチ・ヤマモト(ea0760)が呆れ半分、感心半分に呟く隣では、同じく風精霊を担当していたエリーシャ・メロウ(eb4333)が複雑な心境を滲ませた表情で佇んでいた。
火精霊のソフィア・カーレンリース(ec4065)、水精霊のレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)も同様。
その何とも言えない眼差しが向けられる先には、ロープで柱にぐるぐる巻きにされ、口に布を噛ませられながら、人語とは到底思えない呻き声を上げつつ正面に置かれた巨大な物体――製作者の視界から隠すように布を掛けられた未完成の精霊像から一瞬たりとも視線を外さない鬼のような形相の男がいる。
もちろん彼がクレイグなのだが、以前に会った時とはまるで別人だ。
血走った眼に痩せこけた頬。
よくよく見れば顔色も良好とは決して言えず、恐らく彼は、周囲に冒険者達が立っていることにも気付いていない。
「クレイグさん、こんにちは。こんにちはーー」
レインが目の前で手を振ってみても、彼女達に対する反応はゼロ。
「ゔーっ、ゔーうーっ」とくぐもった声を上げるばかりだ。
「こういうのを鬼気迫ると言うのだろうな」
最初の接触は既に面識のある仲間達に任せる形で一歩引いた場所から様子を観察していた篠崎孝司(eb4460)が嘆息交じりに呟くと、富島香織(eb4410)、ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)もそれぞれに頷く。
この三人、揃って天界出身の医療従事者。
専門は異なるが、故郷に比べて未発達の部分が遥かに多いこの世界でも医師としての志を貫く彼らは、彫刻師の現状を危惧して今回の依頼を受けたという。
「これは診察以前の問題ね」
「まずは少し休んでいただいては如何でしょう」
香織の提案に、ケンイチは少し考えた後で了承した。
魔法で、という考え方には多少の抵抗があるものの、この状態では会話もままならないのは明らか。
「月精霊達が貴方に穏やかな眠りを齎してくれますよ」
「ゔーうーっ‥‥うー‥‥――」
淡い月の光りに似た色に包まれたケンイチの囁きに、彫刻師は直前までの興奮が嘘のようにスゥッと眠りに落ちていった。
が。
「クレイグ! 今日こそはちゃんと寝て‥‥」
バンッと勢い良く扉を開け放って小屋に入って来たのは今回の依頼主、彫刻師の幼馴染の少女。
「あ‥‥!」
少女は冒険者達が室内にいると知って慌てて反転。
部屋を飛び出して再び勢い良く扉を閉め。
一方、その騒音でクレイグは目を覚ます。
「ケンイチさん、もう一度お願いします!」
「ええ」
ソフィアが慌ててお願いしたなら、ケンイチも苦笑交じりに再度の詠唱。
クレイグが眠りに落ちたのを確認して、冒険者達はそっと部屋を後にした。
*
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。私がギルドにお願いしたクレイグの幼馴染、ルーシーと申します」
屋外に設えられた東屋で冒険者達にハーブティーを振舞う少女は、先刻とは別人のように淑やかだ。
クレイグの家ならば案内は不要と、依頼主の手間を省くべく現地集合にした為、彼女はいつ頃に冒険者が到着するのか知らなかった。そのせいで驚かせてしまったのだろう事を申し訳なく思う一方、少女のこの態度の違いはどうした事か。
恐らく彫刻師を柱に縛り付けたのも彼女なのだろうが‥‥。
「そうですか‥‥貴女がカラーナ彫刻師の‥‥と、失礼」
エリーシャは真っ直ぐに少女を見ていたが、自己紹介もまだと気付いて姿勢を正した。
「私はトルク家が騎士エリーシャ・メロウ。件の精霊像のモデルを務めました」
「ええ。お顔を拝見してすぐに判りました」
エリーシャに応えた少女は、次いで他の三人も当ててみせた。
「クレイグが興したデッサンは何百も見ていますから」
「そうなんですか〜。でもこうしてお会いするのは初めてですよね。僕はソフィアって言います」
「レインです」
少女達が笑顔で名乗れば、ルーシーも笑顔。
「僕は治療院勤務の篠崎孝司だ。宜しくな」
続いてゾーラク、香織と医師三人が自らの職業と共に名乗ると少女は心から安堵したように「宜しくお願いします」と頭を下げた。
「もう、本当にどうしたら良いのか判らなくて‥‥」
哀しげに瞳を伏せるルーシーに冒険者達は頷く。
「どうか彼を助けてください、お願いします」
「ええ、そのために来たのですから」
ゾーラクが微笑み、香織達も頷く。
そしてレインが。
「頑張りますね。クレイグさんには彼女さんに心配掛けちゃダメだってちゃんと教えてあげないと」
にこっと断言したなら、一瞬の沈黙。
続いてバンッとテーブルを叩き付けて立ち上がったルーシー。
「べっ、別に彼女なんかじゃ‥‥!!」
動揺して荒げた声に呼応するように、クレイグが眠る小屋から物音が。
「‥‥起きたんでしょうか」
「‥‥でしょうね」
眠りの魔法は、あくまでも眠らせているだけ。
周囲の者が起こせば簡単に目が覚める術であり、クレイグの深層心理が眠る事を拒否していれば抵抗力が勝る事もゼロではない。
「ルーシーさん。今日一日はお静かに願いますよ」
「は、はい‥‥」
赤くなって座り直す彼女にケンイチはそっと微笑み、クレイグに三度眠りの魔法を掛けに席を立つのだった。
●
とりあえず一日は眠らせた方が良いという判断から、初日はそれぞれの準備に時間を使った冒険者達。
翌日、昼前に目を覚ましたクレイグの傍にはソフィアと香織が付いていた。
あれから冒険者達が細心の注意を払って寝台に移動させた事もあり、その顔を覗き込むようにして声を掛けたソフィアに、寝起きの彼は完全に呆けている。
「おはようございます」
「‥‥?」
「お久し振りです、ソフィアです。 ――って、それどころではないみたいですけど」
苦笑交じりに言葉を繋げば、クレイグも次第に状況を飲み込んで来たらしい。
「ぁ、ソフィアさん!? えっ、俺‥‥!」
「ダメですよ、まだ休んでいて下さい」
起き上がりそうになった彼をソフィアは押さえ付けた。
そんな遣り取りを見ていた香織が他の皆を呼んで来ると言って部屋を出て行く。
「どうして君が‥、いや、それよりこれは‥‥」
昨日に比べれば随分と人間らしい様子に、ソフィアは胸を撫で下ろした。
「どうしても何も無いです。幼馴染さんに心配掛けちゃダメですよ〜」
「心配‥‥?」
小首を傾げたクレイグは、しかしすぐに我に返る。
「彫らないと‥‥っ」
「クレイグさん!?」
「頼む退いてくれ! 俺は彫らなきゃ‥‥っ」
「クレイグさん!」
ソフィアは必死に止めようと試みるが腕力には自信がない。
それでも今は一分でも長く休ませなければと、意を決す。
「ごめんなさいっ」
早口に告げた直後、ソフィアの身体を包んだ魔法の光。
ライトニングアーマーの効果を得た手刀が彫刻師の首筋にクリーンヒット!
「あ゙わ゙わ゙わ゙っ゙!!」
痺れて床に倒れたクレイグ。
数分後に部屋に戻って来た冒険者達を、ソフィアは乾いた笑みと共に迎えるのだった。
*
「お久し振りです、クレイグ殿。ご壮健そう‥‥とは言えぬようですが」
苦笑と共にエリーシャが告げると、感電している間に今度は寝台にロープでぐるぐる巻きにされた彫刻師は目に見えて落ち込んだ様子。
「お願いですから仕事をさせて下さい。俺は彫らなければならないんです」
「無理だな」
横からクレイグの希望を一刀両断するのは医師の孝司。
「かなり疲労が溜まっているようだ。最近、自分の顔を見ているか? そんな状態でよく望んだラインを作り出せるな」
「た、確かに疲れは感じていますが、平気です!」
食い下がるクレイグに、香織やゾーラクも口を切る。
「なぜ、休む間を惜しんでまで?」
「素人考えで恐縮ですが、もしかして『いま彫らないと自分の中に在るイメージが消えてしまう』と追い立てられるような気分になっていませんか?」
女医達の見解に、クレイグは驚いたように目を瞬かせ、それを肯定の反応と取ったゾーラクは更に言葉を続けた。
「もし差し支えなければ魔法でそのイメージを残す事も出来ますが如何なさいますか?」
決してクレイグの創作を否定せずに問い掛けた彼女に、しかし彼は目を瞬かせると、逆に尋ねた。
「自分だけの『世界』を創った事がありますか?」
唐突な質問に戸惑う冒険者を一人一人見遣ったクレイグは、最後にケンイチを見た。
「貴方はご自分の曲を作られる事もあるでしょうから、きっと共感して貰えると思うのですが、今現在のイメージを残して貰っても、俺には何の意味もないんです」
「と言いますと?」
ゾーラクが問うと、クレイグは恐縮そうだ。
「お申し出には感謝します。でも、イメージだけなら先日のケンイチさん達のおかげで確立していますし、それが俺の中から消える事はありません。それはもう、俺の中に根付いています」
「でしたら何故そのように焦るのでしょう」
香織も重ねて問う。
焦るだけならまだしも、作業中の彼は酷い興奮状態にあり、あの様子では理想的な精霊像を作り上げるなど無理だと彼女達は思う。
そんな冒険者達の心境を、彼は沈黙の中から悟った。
「何か目に見えない力が宿るような‥‥、精霊達が力を貸してくれているとしか思えない、あの高揚感を、どう言葉で表現したら良いのか‥‥」
そう前置きして語るのは、それを実感した事がなければ理解出来ない感覚だ。
一刀一刀を振るう度に高鳴る鼓動。
自分の中にしか存在しない精霊像のイメージが誰の目にも映る形となって、この世界に誕生しようとしている、その事が嬉しくて、堪らなく待ち遠しくて。
この勢いを止めてしまったら、その日が更に遠くなってしまいそうで、止められない。
止めたくない、――天井を見つめる瞳を輝かせながら熱く語るクレイグに、しかし孝司は短い息を吐いた。
「人間の身体というのは便利に出来ていてな。生命が危険な状態に陥ると一時的に身体能力が上がるんだ。痛みを感じなくなったり、普段以上の力が出たり‥‥しかしそれはあくまでも一時的な反応であって、危機的状況を脱するための防御反応と言える。限界を超えた身体は、遠からずツケを払わされる事になる」
一人の医療従事者として、生態科学を知る者としての忠告。
彼の故郷では、芸術を愛する者達が「神が降りて来た」という言葉で無我夢中に作業する姿を表現する事があるが、それが必ずしも良い結果を生むとは限らない。
中には過労で死を迎える者も決して少なくないのだ。
「これ以上の身体の酷使は、彫刻家としての明日を失う事にも繋がるだろう」
「それは‥‥」
孝司のその言葉には、さすがの彫刻師も戸惑いを見せたが。
「‥‥いえ、この精霊像が完成した後なら、俺はどうなっても‥‥」
「ダメです!」
「――え‥‥」
言いかけたクレイグの言葉を遮ったのはレインだった。
「そういう事は絶対に言っちゃダメです! クレイグさんの事を心から心配している人がいる事を、ちゃんと判っていますか?」
普段は物腰の柔らかな少女が真剣に怒っていた。
隣ではソフィアも哀しげな顔をしてみせ、更にはエリーシャの厳しい視線が向けられる。
「ルーシー殿の心配を迷惑と思われますか?」
「え?」
「もし些かでもそう感じるならば、芸術には門外漢の私にも明白。例えこの精霊像が完成しても国王陛下の御目には留まらぬでしょう」
見開かれる彫刻師の目に、エリーシャは容赦ない。
「貴方はあの時、世界に優しさが溢れている事を陛下の御心に届けられるような精霊像を彫ると言われた。しかし、最も身近な者の優しさすら受け取れぬ者が彫ったとて陛下の御心に届くとは思えません」
まごう事なき正論にクレイグはしばし固まり、いつしか深い息を吐く。
「‥‥参ったな」
長い、長い溜息に苦笑で応えるのはケンイチ。
「共感は出来ても、同意は出来かねますよ」
「‥‥味方はしてもらえませんか」
「ええ」
優しい笑顔で断言されてしまっては反論のしようもない。
「参りました‥‥」
繰り返された言葉には、苦くも朗らかな笑みが添えられていた。
●
その日から、冒険者達はクレイグに規則正しい生活をさせるべく行動を開始した。
特に監視が緩む夜間はソフィアとレインが小屋の傍にテントを張って野営。
二人の愛狼、愛犬達が小屋の中での見張り番だ。
少しでも彼が彫刻刀を握ろうとしたなら吠えて知らせるよう命じれば、細かな指示までは理解出来ずとも、布団を抜け出そうとする彼には容赦なく吠え立てた。
時にはソフィア自らのライトニングアーマー添え往復ビンタでお仕置きされる始末。
夜は寝るものだと徹底させたのだ。
昼間はケンイチが彼の傍で楽を奏で、これ以上は働き過ぎだと、所謂ドクターストップを掛ける役を孝司が担えば、ゾーラクは食事方面でのサポートに回り、自分達がいなくなった後にも現状を維持出来るよう、ルーシーに助言したのだった。
●
そうこうして迎えた依頼最終日。
冒険者達は「本当に大丈夫だろうか‥‥」という不安を残しつつも日程を終えて帰路についた。
そんな中で、香織だけは妙に自信有りげ。
「充分な食事と睡眠。そして充分な愛情があってこそ、人は、より良いものを作る事が可能になるんですから」
にっこりと微笑む彼女に小首を傾げる仲間達。
案の定、クレイグの心境としては多少の罪悪感もあったものの、今日からは夜も作業出来ると内心で安堵していたのだ、が。
*
(「あ‥‥」)
真夜中に目覚めたクレイグが最初に思ったのは「しまった」という叱責。
数日とはいえ早寝早起きを強制された身体はそのリズムに慣れつつあり、更には幼馴染が、香織に習ったと言いながら妙に心地良い匂いを部屋に香らせていったため、狸寝入りするつもりが本気で寝入ってしまったのである。
(「貴重な時間を‥‥!」)
作業を進めなければと起き上がり掛けたクレイグは、だが腹部の辺りに重しがある事に気付く。
何かと思えば幼馴染。
ルーシーが、そこに顔を伏せて眠っていたのだ。
(「おいー‥‥」)
これも匂いの効果か、彼女も疲れていたのか。
(「‥‥疲れさせたんだよな‥‥」)
冒険者達の言葉が脳裏に蘇えり、奇しくも彼を反省させた。
そこで寝ていられては作業に入れるはずもなく、かといって起こすには忍びない。
「‥‥参ったな‥‥」
ぽつりと溢した囁きは、夜闇の静寂に掻き消されて、それきりだった――。