調べに乗せて
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■ショートシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 49 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月14日〜11月17日
リプレイ公開日:2007年11月22日
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●オープニング
■冒険者ギルドにて
「最近‥‥、詩が歌えないんです」
そう自分の困り事を話す吟遊詩人は、灰色がかった長い黒髪を後ろで一つに結わえた小柄な少女だ。
くりっとした目に小作りな鼻と桃色の唇。
愛らしい外観は見る者を和ませるだろうが、ぽつりぽつりと涙を落とすような話し方は、むしろ本当に歌えるのだろうかという疑問をギルド事務局の彼に抱かせた。
「聴こえて来る冒険者達の活躍を歌っても、他所で似た話を歌う方がいらっしゃると…、どうしてもお客様はそちらに行ってしまって‥‥」
「でしょうなぁ」
思わず頷いてしまってから、
「いや、そういう意味では無くてですね‥‥!」と慌てて訂正するも、少女の面は悲しげに沈んでしまう。
参ったな、と頭を掻いた。
此処まで来たからにはギルドの申請を希望しているのだろうが、このままでは落ち込ませただけで帰らせてしまいそうだ。
彼は考える。
そして、尋ねた。
「歌は、お得意なんですよね?」
「ぇ‥‥、ええ。昔から大好きで‥‥」
「では、一曲歌って頂けませんか?」
「此処で、ですか?」
「無理ですか?」
吟遊詩人を名乗るのなら、歌う場所を選んではならない。
暗にそう告げれば、今まで怯えにも似た潤みを見せていた瞳が、その輪郭を鮮明にした。
「わかりました」
少女は立ち上がり、胸に手を置く。
呼吸、一つ。
奏でられた旋律は、――風に舞い踊るシフールのように軽やかだった。
天界の青年がシフールに恋をした。
恋をしないシフールに、恋をした。
報われぬ想いに身を焦がし、綴った言葉は空に消え、それでも抱き続けた想いに、花が咲いた。
見渡す限り一面の花畑。
芳しい香と彩り鮮やかな大地は、シフールに永遠の笑顔を贈った――。
誰もが知る恋の詩は、歌い手によっては悲恋の物語だ。
だが、彼女の歌は優しかった。
まるで青年の想いを成就させたかのように響いた。
「素晴らしい!!」
歌い終えた彼女に、ギルド屋内のあちらこちらから拍手が送られる。
「お見事ですよ!! 本当に素晴らしかった! 貴女の歌なら何時間でも聴いていたい」
「ぁ‥‥ありがとうございます。ですが私には、歌える詩が‥‥」
「それを見つけたくて此処にいらっしゃったのでしょう?」
問い掛ける事務員に、少女は頷く。
恐らく、その優しい歌声に、冒険活劇や戦争の詩は似合わないため、そういった歌を聴きたい人々には敬遠されてしまうのだろう。
ならば、彼女の声に似合った物語が集まれば、多くの人々に歌を聴いてもらえるはずだ。
「手続きをしましょう。貴女の歌声に相応しい物語を話してくれる冒険者達に呼び掛けるんです!」
興奮気味に語る彼に、少女はようやく口元を綻ばせた。
●リプレイ本文
● 集まり
少女が新しい詩を歌えるよう、各々の物語を提供すると約束したその日。
澄んだ青空に吹く風は心地良く、屋内で固まって話をするのは勿体無いと言い出したのは誰だったか。
酒場の裏にある木陰で、今日の依頼人である少女、ノイアを囲むようにそれぞれ腰を下ろした面々に、酒場で淹れて貰って来たハーブ茶を配るのは長渡泰斗(ea1984)だ。
「まぁ、のんびりとな」
陽気な笑顔を見せればノイアははにかんだように微笑し、セデュース・セディメント(ea3727)が満足そうに二度頷く。
「そう、そのように笑っておられるのが良い。わたくし達は精一杯お手伝いさせていただきますよ」
「上手いこと力になれるといいんだが‥‥、何はともあれ、よろしくな」
「詩と旋律を結ぶ時にもお力になりますから」
陸奥勇人(ea3329)とリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)が続く傍では物見昴(eb7871)が静かに頷いた。
そのすぐ後だ。
エプロンを外しながら駆け寄ってくるのは、今の今まで酒場の仕事をこなしていたソフィア・カーレンリース(ec4065)である。
「お待たせしました、遅くなってごめんなさい」
「いいや、何も待っちゃいないさ」
泰斗が鷹揚と返す。
こうして、今日の主役達が集まった。
● それぞれの物語
「いま、酒場のお客さんから聞いた話なんだけど」
ソフィアがそう前置きして語るのは、花売りの娘と庭師の青年にまつわる不思議な恋物語だった。
娘に懸想した領主は、二人の仲を引き裂こうとして青年を戦に赴かせるが、敵の魔法と、不運が重なったとしか思えない落雷に打たれた彼は石に姿を変えられて村に戻り、娘はこれを持って逃げ出した。
その後、必死に祈りを捧げた少女の純粋な想いが青年を元の姿に戻し、幸せに暮らしたという。
「ほう、それこそ正に奇跡ですね」
心から感動したように言うのは、自分も吟遊詩人として諸国を漫遊して来たセデュースだ。
正直なところ彼も自分用のネタを欲しているのだが、ノイアの美声をこのまま埋もらせるのは世界にとっての大いなる損失だという思いも、また本心。
優れた吟遊詩人の成長は彼の喜びでもあった。
「では私は実体験から一つ。その出来事を語り継ぐとお約束した物語ですよ」
そうしてセデュースが語ったのは、彼がまだジ・アースに居た頃の話だ。
死してなお恋人を探し続けた青年が、冒険者達の協力を得て恋人の形見を手にし、無事に安らかな眠りについたという経緯。
「その恋人達は強く想い合っていたんですね」
「素敵だわ」
少女達の反応ににっこりと笑んだセデュースは、
「次はどなたの番ですかな?」と一人一人を見遣る。
「なら俺も実体験から一つ」
声を上げたのは勇人だ。
外見的にも屈強な若者が語るのは、しかし冬の日の優しい物語。
「ある村に雪の精霊が舞い降りてな‥‥」
積もった雪で子供達が作った雪だるまが、意思を持って動き始めた。
最初こそ驚いた子供達は、しかしすぐに打ち解けて親しくなっていく。だが、雪の精霊が留まる間は春が来ない。大人達は事態の深刻さを憂いて精霊に去るよう頼んだ。
それと同じ頃に村を襲ったゴブリン達。
これを退けたのは依頼を受けて集まった冒険者達ではなく、村から去るよう言われた精霊が、命を賭して子供達の未来を守ったのだ。
「切ないですね‥‥、でも心が温かくなるお話しです」
ノイアが呟く。
「心を持つ精霊とは、案外、縁があってな。今でも印象に残っている思い出だ」
そう締めくくる表情は、まるで過去の記憶に花が咲いたように綻んでいた。
「さて、次はおまえか?」
「んー」
そうして勇人から次を指名されたのは泰斗である。
「そうだなぁ」
仲間達と同じく語る実体験が無いでもないが、それは明かすのは気恥ずかしい。
「さて、何を話したら良いものか」
顎に手を置いて空を仰ぎ、ふと思いついたのは自分の名に因んだ星達の物語だった。
星々が瞬く天には国があり、そこに生まれ育った恋人達。しかし夫婦になった二人は共に過ごす時間の楽しさから仕事を忘れてしまい、天帝から罰を受け、年に一度しか会えなくなってしまったのだ。
「心のままに過ごすも良いが、自分を律することを忘れてはいけないという訳だな」
「お気の毒に‥‥」
ポツリと呟くノイアに「ははっ」と軽く笑う泰斗だったが、その隣にいる昴が、何とも言い様のない顔をしているのに気付いてどうしたかと思う。
「何だ」
「別に」
素っ気無い会話である。
これに小首を傾げ、ポンと手を打ったのはソフィアだ。
「次は物見さんの番ですね」
「どんなお話しを?」
次いでリュドミラに促され、昴はしばし考える。
「どうした」
「どんな話でも彼女のためになりますよ?」
勇人、セデュースにも声を掛けられ、彼女はぽつりと答えた。
「‥‥小さい頃の思い出話で良ければ」
「ええ、是非」
ノイアが身を乗り出して聞く態勢に入ると、彼女は軽い息を一つ。
そうしてゆっくりと語り始めた。
彼女がまだ十にも満たない頃の、本当に昔の話。
嫌われているとばかり思っていた年上の男の子から花を貰ったことがあるのだと。
身分や家の事情もあって、結局はうやむやなまま離れ離れになってしまったのだけれど。
「なぜ嫌われていると?」
リュドミラに尋ねられて、昴は一定の方向に棘のある視線をくれる。
「名前を呼ばれたことがなかったんだ。‥‥まぁ、理由は彼の家に私と同じ名前の子がいたからだそうだが」
「へぇ、‥‥って」
「え‥‥」
彼女の視線を追った先に居る一人の男に、皆の視線が集まる。
その当人、長渡泰斗は微妙な笑み。
「ぁー‥‥」
「おまえか!」
「うわぁ、そこは詳しく聞きたいです!」
「これは語り歩けば良いネタになりそうですね」
途端に騒がしくなる酒場裏の木陰の下。
昴は大きく息を吐く。
そんな彼女にそっと声を掛けるのはリュドミラとノイアだ。
「あなた自身は、彼のことどう思っていたんですか?」
妙に真剣な顔で問われて、昴は悩む。
「‥‥好き、な方になるのかな」
どことなく曖昧な返答に、しかし彼女達は優しい笑顔を浮かべて見せるのだった。
● そうして
「大事なのは心」
ノイアに語りながら、彼らの物語を旋律に乗せるのはリュドミラだ。
「あなたの歌声なら、必ずそれを伝えられます」
「はい!」
励まされて微笑む彼女を、彼らは舞台へ送り出す。
たくさんの冒険者が集う酒場の、その場所で。
リュドミラとセデュースに左右から見守られて、彼女は歌う。
冒険者達の優しい物語を。
『天空を舞う風のように
風に踊る草花のように
せせらぎと戯れる魚のように
共に歩む大地の上で
一つの想いを 貴方と分け合いましょう
一つの明日を分け合いましょう
互いが互いの光となりましょう』
「ぉー‥‥」
詩を聴きながら客席で頭を抱えたのは、もちろん泰斗である。
「なんか嫌な予感が‥‥」
「今日一番の盛り上がりだったからな」
「こういうの、ジ・アースでは自業自得と言ったな」
こちらは昴と勇人に左右から責められている。
『未だ癒えぬ 魂の痛みに俯く貴方
満ちる嘆き 溢れるままに
その姿を染めたとしても
何よりも尊く 何よりも愛しい
貴方はただ私を知る
ありのままの私 怯え震える私さえも
貴方の声を聞かせて
ただありのままを 私に伝えて』
「いい声だなぁ」
うっとりと呟く冒険者に、ちょうど酒を運んだソフィアはにっこりと笑う。
彼女は夜の勤務中だ。
「たくさんの心のこもった詩を歌えるのは、彼女だけですよ」
言い切れば、客は大きく頷いた。
『嘆きはもう届かない
抱きしめましょう 溜息の木霊を
謳いましょう 隔たれた互いを拓く風の旋律を
天空を舞う風のように
風に踊る草花のように
一つの想いを
一つの明日を
互いが互いの光となりましょう』
――その夜、酒場「騎士の誉れ」に鳴り響いた拍手喝采は、歌姫の目覚めを知らしめることとなる。