●リプレイ本文
「鯨三頭か‥‥ああいう巨大生物は矢が効き難いから相手するのが大変なんだよねえ」
夜間のゴーレムシップ船上。
愛獣グリフォンの首筋を撫でながらのんびりと呟くのは射撃の名手アシュレー・ウォルサム(ea0244)。
「普通の鯨なら一頭だけでも村一つしばらく食に困らずに済むし万々歳なんだけど、人喰いなうえに三匹も出たんじゃ大変だろうなぁ‥‥」
そうしみじみと呟くのはレオン・バーナード(ea8029)だ。
絶え間なく奏でられる波の音と、春先の冷ややかさを帯びた潮風に吹かれながらも普段と変わらぬ様子の彼らは、とある村の漁場を荒し、人的被害を出した巨大生物キラーホエールの討伐に名乗りを上げた冒険者である。
浅瀬に停泊して夜を明かすも、夜間に敵の襲来が来ないとも限らないため交替で見張りを行い、今はアシュレーとレオン、そして飛天龍(eb0010)の三人がその任に就いていた。
三人が周囲への警戒を怠る事はなく、真摯に役目を果たしているのだが、しかし交わされる会話は妙に和まされる内容だ。
「そういえば鯨って美味しいらしいんだよね‥‥調理のし甲斐がありそうだなあ」
「しかし肉食動物の肉は臭みが酷いのが常だからな。ハーブで匂いをどうにか出来れば良いが」
どう美味く料理してやろうかという意欲を見せる二人に、レオンは失笑。
今回の依頼を持ち込んで来た人々と同じく漁師稼業に就いている彼は、村人達の困りようが手に取るように判っていた。
「鯨は肉ばかりじゃなく、皮・骨・鯨油と、捨てるところが無いし、いずれにせよ退治した後は持ち帰りたいな」
キラーホエールと言えば、本来ならゴーレムの最高峰とも言えるドラクーンが必要な敵。それを手練七人とはいえ人力で退治して欲しいと言うのだから、領主が辛うじて提供出来たゴーレムシップも無事で済むとは言い切れない。
有益な戦利品は、きっと壊された船代の足しになるだろう。
――そんな和やかな会話で、時間は過ぎる。
今宵はキラーホエールとの遭遇は無さそうだと感じるようになった頃、見張りの交替だと言ってエリーシャ・メロウ(eb4333)、リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)の二人が上がってくる。
「木下は?」
もう一人の交代役、木下陽一(eb9419)の姿が見えないことに気付いたアシュレーが問い掛けると、そのすぐ後で早足に本人が現れた。
話を聞けば、シップの操縦で疲れ切っている鳳レオン(eb4286)が毛布を足蹴にしていたので掛け直していたと言う。
ゴーレムの操縦は、そのまま操縦者の疲労に直結する。
キラーホエールとの勝負となった時、シップを無事に返せるかどうかは彼の操縦技術に頼るとろこが大きいため、見張りに関しても交代要員には入っていない。
「どうですか?」
エリーシャの問い掛けに、これから休もうというレオン・バーナードは肩を竦める。
「穏やかな夜だよ」
それはまるで、嵐の前の静けさのように。
●
日中は皆が船上に立ち、村人達の漁場を調査。
海の仕事には慣れ親しんでいるレオン・バーナードが潮の流れを読み、海底の深さなど、出発前に村人達から聞きこんできた情報と照らし合わせ、確信を得たものから順に仲間達へ。
リュドミラ経由で操舵席のレオンにも伝えられた。
戦場となる海域の情報は得た。
潮の流れも天候次第という条件付ではあるものの大凡の見当をつけられる。
あとは敵本体の出現を待つばかりだが、相手も生き物であるうえ、一定の餌場を日ごとに移動する肉食獣。
こちらもエリーシャの提案で生肉など村の人々から提供を受け、撒き餌など試みているほか、銛やロープ、丸太など、投擲の準備も万端にして敵の出現を待つも、それは忍耐を必要とする時間との戦いだった。
アシュレーとエリーシャは、それぞれに愛獣グリフォンの協力を得て。
天龍は自らの翅で空中からの捜索にあたり、陽一は天界から共に来た双眼鏡を手に周囲を見渡しながら、時に肉眼で空を見上げていた。
風属性の魔法を扱う彼にとっては天候の良し悪しが非常に重要だ。
今日の天候は晴れ。
雷を召喚するには少々難のある空であるが、そこは今一つの習得術、陽属性の魔法で天候を左右出来る。
成功率は高いとは言えないレベルだが、充分に戦力と成り得る術使いだ。
「‥‥鯨の類なら潮吹きするのかな」
静かな空に軽い息を吐き、海面に視線を戻す。
潮吹きするなら多少は探し易くなるのに、と胸中で呟く彼の動作はどことなく緩慢だった。
それが来たのは、三日目の昼過ぎ。
囮代わりに船に繋ぐ生肉が少々きつい匂いを放ち始めた頃だった。
「そろそろ出て欲しいねえ」
腐り掛けの匂いの強烈さに辟易していたアシュレーの呟きにリュドミラが頷く、その時だった。
「来ました!」
声を上げたのはグリフォンで空中からの偵察に出ていたエリーシャ。
遠方から迫り来る巨大な影を上空から視認し、その速度を競うように空を駆けて来る。
「レオン!」
天龍の声が飛ぶ。
「任せろ!」
操舵席から弾みのある応え、直後にゴーレムシップが稼動した。
「っ!」
勢いある発進に船上で息を詰める冒険者達。
間を置かずアシュレーもグリフォンに騎乗、空を翔る。
「え‥‥」
しかし同時に目を瞠った。
眼下に迫り来る影は、話に聞いていた通り十メートルを優に越える巨体。
それが二つ、明らかに興奮した様子でゴーレムシップに迫る勢いは激突も辞さない雰囲気。
「!? 右に避けろ!」
叫んだのは陽一、船上の縁から操舵席に向かって声を荒げる。
水上に姿を現したキラーホエール、その切っ先鋭い牙が矢のごとく宙を疾走る。
「っ!」
正に直角を描くように進路を変えたシップの脇を、飛魚のように襲い掛かってきたキラーホエールがダイブした。
「異様に殺気立ってないか!?」
激しい水飛沫の中を直進しながら操舵席で眉を顰めるレオン。
浅瀬に誘導するだとか小船を出すといった余裕などない。
敵の勢いは明らかな殺意だ。
「原因は腐り掛けた肉、でしょうか?」
「かもね」
エリーシャとアシュレーが早口に言葉を交わす。
「何にせよ、襲い掛かって水上に姿を現してくれるなら相手にし易い」
言いながら素早く弓を構えるアシュレー。
激しく移動する船上でもリュドミラが必死に射撃体勢を取っている。
「上昇を始めています!」
一度は沈んだ影が再び濃く視認出来るようになった事をエリーシャが知らせる。
「天龍、矢に当たらないようにね」
「ああ」
一声受けて天龍が移動する先は、弓兵の攻撃後にキラーホエールの背後となるだろう位置。
「――――今だ!」
波の起伏、その動きを見計らって合図を出したのは小船を出すに出せず縁にしがみ付いていたレオン・バーナード。
同時に放たれた矢。
リュドミラのダブルシューティング。
彼女の放った二本は敵の額に。
アシュレーの放った矢は「目」と言う僅かな的を見事に射抜いた。
「っ!」
傷を負ったキラーホエールが動きを鈍らせる。
間髪を入れずにその背後からラムクロウ「龍爪」を打ち込む天龍。それも威力を高めた特殊な攻撃に、巨体がわずかにしなった。
声にはならない悲鳴が大気を振動させる。
そこに追い討ちを掛けるはグリフォンに騎乗したエリーシャのランス。
愛獣の勢いすらも威力を高める効果とし武器を突き下ろした。
『―――――!!』
効果はあった。
それで一匹を確実にシップから引き離したが、まだ命を奪うには不足。
シップを追うのはあと一匹、陽一からそう知らせを受けて操舵席のレオンは骨を鳴らす。
「了解、こっちの一匹は請け負った!」
シップの走りにキレが増す。
海の男の本領発揮だ。
キラーホエールとの競争、浅瀬を目指して疾走する。
「三匹いるはずなんだけど‥‥とりあえずは目の前の一匹を仕留めることに専念しないとね」
アシュレーの目が光り、眼前の一匹に矢を射る。
魔法武器の力を伴った矢が二本、三本、それでもまだ倒れない。
「潜ります!」
「そうはさせるかっ」
天龍の気合を入れた二度目の攻撃、もしも目が無事であれば白目を剥く瞬間を彼らは目にしたかもしれない。
悶絶と表現するに相応しい状態でひっくり返った一匹目のキラーホエールは、腹を見せて波間に横たわった。
「まずは一匹」
「あちらの一匹は船上の四人に任せるとして、あと一匹は‥‥」
討ち逃しはあってはならない。
三人は最後の一匹を捜索し始めた。
●
同時刻、キラーホエールを浅瀬へ誘導していたゴーレムシップ。
かと言って浅瀬と判れば獣の本能が追跡を躊躇する可能性も皆無とはいえない。
そこで操縦士は巧みな操作で敵を翻弄、捕えられるか否かという絶妙の間を保持しながら海を疾走した。
「揺れるぞ!」
合図と同時に僅かなバウンドを伴って浅瀬に乗り上げた船。
「構えろ!」
制止するか否かの状態で一秒を惜しみ行動に出たレオンが弓を構えて船上に駆け上がれば、リュドミラは既に体勢を整え、レオン・バーナードはスピアを構えて「それ」を待つ。
勢い余ったという体で浅瀬に飛び込んできたキラーホエールの巨体。
その大きさで外せる攻撃など無い。
「討て!」
一斉射撃。
スピアによるソードボンバーまでも身体に受けて巨体がしなる。
「もう一丁!」
立て続けに射られる矢。
巨大モンスターは逃げ出そうと試みるも浅瀬に乗り上げ身動き出来ない状態では冒険者達の攻撃を回避する術などなかった。
体中に受けた矢は二十本以上。
それでもまだ息のあるキラーホエールに、止めを刺したのは陽一の風魔法、ヘブンリィライトニング。
それ以前に快晴の空を曇りにすべく陽魔法を発動させるなどしていたため、多少の時間は掛かったが、こうして二匹目も無事に討伐完了。
白目を剥いて横たわる巨大モンスターに、四人は揃って息を吐いた。
「あと一匹‥‥」
「シップを戻そう」
倒したキラーホエールを後で取りに戻れるようその場に固定させ、四人は再びゴーレムシップで海に戻る。
ちょうど空中戦を可能にする三人が三匹目のキラーホエールと対峙し始めた時だった。
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仲間の死に我を忘れるという事が、キラーホエールにもあるかどうかは判らない。
しかしながら最後の三匹目もひどく興奮し、冒険者達に敵意を剥き出しにしていた。とは言え、海に棲むモンスターにとって、そもそも海上の相手に危害を加えるというのは至難の業。
鋭利なその牙とて、海中での戦闘でなければ脅威とは成り得ないのだ。
相手が船であれば底に穴を開けられても、空を自由に駆けるグリフォン相手ではどうしようもない。
姿を現せば上空から矢が飛んでくる。
ならばこのまま退こう、と。
獣の本能がそういった行動を取らせるまで長い時間は必要なかった。
「背を向けた相手を倒すというのは忍びないが、既に人的被害も出ている‥‥このまま逃がすわけにはいかないな」
天龍の言い分は最もだ。
アシュレー、エリーシャも気持ちは同じ。
フェアではないと自覚していても、それが自分達の受けた依頼だ。
良い頃合に、二匹目の討伐を完了したゴーレムシップが近付いてくる。
最後の一匹を相手になら、当初の予定通りの作戦で討ち終えられるだろう。
――かくして冒険者達に託された三頭のキラーホエール討伐は、大きな被害を出す事も無く完了した。
が、巨大な肉食鯨を港まで運ぶ労力というのは尋常なものではなく、更には持ち帰った港での人々の反応たるや想像を絶した。
結果、冒険者達は時間の許す限り鯨の解体作業に付き合わされ、やはり食肉にする事は可能かと言う村人たちのたっての希望もあり、臭みの強い肉をどう料理したものか、アシュレーと天龍はひどく頭を悩ませる事となるのだった。