シフールの恩返し
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■ショートシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月06日〜06月09日
リプレイ公開日:2008年06月13日
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●オープニング
夜空に灯る月精霊の輝きが、その室内に小さな影を生じさせた。
背の辺りにうっすらと滲む部分は翅。
真夜中に忙しなく室内を行き来するのはシフールの少女だった。
誰が見ても彼女には大き過ぎる靴や衣類の綻びを修繕しては、満足そうに微笑む。
そして、少し離れた部屋の片隅。
ベッドで穏やかに眠る人間の少女を見遣って、再び微笑んだ。
(「これでお礼になるかな」)
シフールは胸中に呟き、あの日を思い出す。
ひょんな事からカラスに襲われて木の枝に引っ掛かり、身動きが取れなくなってしまった彼女を勇敢にも救ってくれたのが六歳の人間の少女。
マリィという名の、いま傍で眠っている彼女だった。
一生懸命に樹を上って助けに来てくれたマリィは、しかしシフールを枝から解放できた事に安堵し、気を緩めたのだろう。
下から呼ぶ母親の声に驚き、バランスを崩した身体はそのまま枝から落ちてしまった。
地面が芝だった事が幸いして大きな怪我はなかったし、その時は大慌てしていた母親も大した事はないと知って落ち着きを取り戻した。
――しかし、自分を助けたがために危険な目に遭わせてしまった事をシフールの彼女はひどく気に病んでいたのだ。
それはもう、マリィとは決して顔を合わせられないと言うほどに。
せめてものお礼に、あの時マリィが着ていて破れてしまった衣装や、靴を直した。
これくらいしか怪我させてしまった事へのお詫びも出来なかった。
(「本当にありがとう」)
再び胸中に呟き、眠るマリィに頭を下げると、外へ出るために窓を開ける。
ギギッ、と音が鳴る。
「ん‥‥」
と、少女が起き上がった。
「あれ‥‥?」
「!」
寝惚け眼を擦りながらこちらを振り向いた少女に、シフールは思わず逃げ出していた。
*
「小さいお姉さんを探してください!」
ギルドの受付に十個の飴玉を乗せて依頼するのは六歳の少女マリィ。
「お姉ちゃんのお名前とか判らないんだけど、マリィのお洋服を直してくれたの。きっとカラスに襲われていたお姉ちゃんよ。マリィもお礼を言いたいの」
「うー‥‥んと‥‥」
受付係は戸惑う。
この依頼、断るのは簡単だが、少女の純真な気持ちを傷つけてしまうのは忍びない。
と、不意に少女の背後に立った冒険者達。
「その依頼、引き受けようか?」
ありがたい申し出に、マリィと同じく受付係も破顔した。
●リプレイ本文
少女の背後に立った冒険者の一人は、受付係にとっては馴染みの人物。
「うわぁ、お姉ちゃんとおんなじ! 翅のあるお兄ちゃん!」
飛天龍(eb0010)の姿を見るなり、マリィも感動して喜びの声を上げた。
「飛さん‥‥、ジャクリーンさんも、こちらとしては引き受けて頂けるととても助かりますが、大丈夫ですか?」
「セレに発つまでに多少の時間はあるし、このくらいなら任せておけ」
受付係に笑顔で応えて胸を張る天龍の傍には、ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)の姿もあった。
「御礼に対して御礼が言いたいなんて可愛らしい願いですね。私で良ければ、力になりますよ」と穏やかに返した彼女は、少女と目線の高さを合わせて挨拶する。
そんなふうにギルド受付の前で賑やかにやっていると、張り出されている依頼書を確認に来たのだろうか。
彼らの話が聞こえたらしいルエラ・ファールヴァルト(eb4199)とリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)が新たに足を止めた。
「私達も詳しい話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「――うわぁっ、わぁっ!」
ルエラとリュドミラ、そしてジャクリーンと、三者三様の凛々しさを兼ね備えた女性鎧騎士が並べば、そこには豪奢な大輪の花が咲き誇ったように見える。
幼い少女が瞳を輝かせながら憧憬の眼差しを送ってくるのに苦笑しつつ、彼女の依頼を正式に受けると決めた冒険者達は、受付係に見送られてギルドを後にするのだった。
●
「じゃあ、まずは詳しい話を聞かせてもらえるか? そのシフールの髪や肌の色くらいは知っておかないと探しようが無いしな」
「うん!」
天龍に促されて、マリィは一生懸命に当時の記憶を心の中から引っ張り出す。
友達と外で遊んでいると、妙にカラスの鳴き声がうるさくて。
何かあったのかと思いながら、一人、友達の輪から外れて様子を見に行った。しばらく歩いていると頭上から女の子の悲鳴が聞こえて来て、そうして見上げた先に件のシフールを見つけたのだという。
「髪は茶色‥‥かな。目は‥青だったと思うの。ふわふわしててね、肌の色はマリィとおんなじだったよ」
「茶系色か」
判ったと頷く天龍に、マリィは心配顔。
「小さいお姉ちゃん、見つかる‥‥?」
期待と不安の入り混じった幼子の表情に、冒険者は揃って頷く。
「少しだけお時間を下さい。マリィ様がお会いしたいと願う方は私達が必ずお探しします。――服を繕って貰えたのが嬉しかったのだと、そう御礼を言ったら、シフールの方もきっと喜びますわ」
「ええ。待っていてください」
ジャクリーンに頭を撫でられ、リュドミラにも笑顔で告げられれば、希望を持った少女も笑顔を取り戻す。
「よろしくお願いします!」とお辞儀する少女を、ルエラが一先ずは家まで送り届ける事にし、冒険者はそれぞれに行動を開始した。
*
天龍は同じシフールという利点を生かし、少女が探し人と遭遇した木の周辺を探索しながら、そこを通り道にしているシフール飛脚を呼び止めた。
「しふしふ〜!」
「お? しふしふ〜!」
唐突な声掛けにも関わらず陽気に応えたのは同年代の青年シフール。
「仕事中にすまないが、数日前にこの辺りで、人間の女の子がシフールを助けようとして木から落ちたんだが、そんな話を聞いた事は無いか?」
「んー?」
「その子が、その時のシフールに会いたがっていてな。心当たりがあれば教えてもらいたい」
「人間の女の子に助けられたシフール‥‥」
飛脚は顎に手を置き、しばし思案顔。
「う〜ん、俺は聞いた事がないけど」
「そうか‥‥、もし飛脚仲間で知っている者がいたら俺の方まで教えてもらえるか?」
言いながら心付を渡せば相手もにんまり。
「了解、情報を集めてみるよ♪」と快くそれを承諾してくれた。
一人、二人とそういった協力者を地道に増やしていく天龍と同じく、こちらは人間やエルフといった種族を中心に情報収集を進めるジャクリーン。
「すみません。先日、シフールの女性を助けようとして女の子が木から落ちたのをご存知ですか?」
「あー‥‥あぁあぁ、マリィ嬢ちゃんの事か」
近所に暮らす人間の少女については大方の人々が知っていた。
「あの時は驚いたよ、お母さんなんて取り乱して酷かったし」
「大した怪我も無く済んで本当に良かったよなぁ」
第三者の目から見た当時の状況を知る事は出来たが、いざ相手のシフールの事となると、覚えている者は皆無だった。
「マリィちゃんがどうして木に登ったのかも判らなかったしね」
「そうそう。お母さんにどうして木登りなんて危ないことをしたのかって怒られて、シフールのお姉ちゃんを助けようと思ったって聞いたけど、何処にもそんなシフールは見当たらなかったし。マリィちゃんが夢でも見たんじゃないかって言っていたくらいだから」
「そうですか。ありがとうございます」
丁寧に礼を告げてその場を離れるジャクリーンは、次の通行人にも話を聞くべく歩を進める。
一方、同伴したエレメンタラーフェアリーの魔法で木々から情報を集めようと試みるのはリュドミラだ。
地の妖精ピエリアが用いるのは『グリーンワード』。
詳しい情報を引き出す事は困難だが、シフールが飛び立った方向などは質問の仕方次第で聞き出せるはずと、あの日マリィが登った木の幹に手を当てて語りかける、が。
「ピエリア。この大樹に聞いて下さい、数日前に枝に引っ掛かったシフールを覚えていますか? と」
『と?』
語尾を真似る妖精は小首を傾げて目を瞬かせた。
「判りますか? 魔法です」
『です?』
愛らしくも困った状況。
要領を得ないのは、彼女達が家族になってから充分な時間を過ごしていないからかもしれない。
リュドミラは苦笑しつつ、今後のためにもと根気強く対話を続けるのだった。
*
「どうして小さいお姉ちゃんは、マリィから逃げちゃったのかなぁ」
少女の家へ向かう道すがら、寂しそうに呟く少女にルエラは目元を綻ばせた。
当初は愛犬を伴い、マリィが直してもらったという衣服についた匂いを追わせようとも考えたが、相手がシフールで主な移動手段が翅では難しい。
どのように彼女の力になろうかと考えていたルエラにとって、少女の話し相手というのは他の者には代われない役だった。
「もしかしましたら、シフールの少女がこっそりと服を直しに来たのは、‥‥話をお伺いする限りでの判断ですが、自分のせいで貴女が木から落ちてしまった、と気に病んでいたからかもしれませんね」
「えぇ?」
ルエラの言葉は、マリィを心から驚かせたらしい。
「どうして? マリィが落ちたのは小さいお姉さんのせいじゃないよ? マリィがちょっとドジだっただけなのに」
「きっと、とても優しいお姉さんだったのでしょう」
笑顔で告げれば、少女はルエラの言葉を心の中で反芻した後で「そっか‥‥そうなんだね!」とますます表情を輝かせる。
「小さいお姉ちゃんは優しいから、きっと心配させちゃったんだね。マリィは元気だよって、ちゃんとお話しなきゃ。お姉ちゃんお願い! 絶対に小さいお姉ちゃんを見つけてね?」
「ええ」
改めて約束した二人は、手を繋いで家路を行った。
●
冒険者達の調査の結果、該当しそうなシフールは二人に絞られた。
どちらもここ数日の間にカラスに襲われており、人間に助けられたという目撃情報があったのだ。
シフールはその体格ゆえに一般の鳥も強大な敵に成り得るため、カラスに襲われると言うのも決して珍しい現象ではない。
他に該当者を絞り込めた条件には髪と目の色など、マリィから得た情報も大いに役立った。
「さて、その二人だが」
天龍が飛脚達から得た情報を開示する。
一人は情報元と同じく飛脚として日々慌しく各地を飛び回っている少女。
もう一人は仕立て屋で働く少女。
「マリィさんのお宅で、件のシフールが繕った衣服を拝見させて頂きましたが、それはとても綺麗に縫われていました」
少女を自宅まで送り、その衣類を確認して来たルエラの報告に対し、冒険者達の意見は一致。
「仕立て屋のライジュだな」
「恐らくは」
ジャクリーンも同意し、あの後に地の妖精ピエリアと共に大樹から情報を得られたリュドミラも、最終確認として住まいの方向を確かめる。
「飛び立った方向も、ご自宅の方向と一致していますね」
「では行くか」
天龍の先導で向かった先は、ウィルの中心部からさほど離れていない町の一角。
人間達が暮らす家屋の、まるで屋根裏のように設えられた屋上の小屋がライジュの住まいだった。
後で聞く話だが、ライジュは下の家に暮らす人間と昔から親しく付き合っており、子供達に至っては生まれた時から一緒にいる、いわば兄弟同然の間柄だそうだ。
マリィに怪我をさせた事を気に病んだのも、子供を思う親の気持ちや、子供達の痛がる姿を身近に感じて来ていたからなのかもしれない。
「とりあえずは、俺が行くな」
「ええ。お願いします」
自らの翅で上昇し、難なくライジュ宅に辿り着く天龍を、三人は静かに見守る。
「しふしふ〜!」
トントン、と決して相手を焦らせないよう気遣いながら叩く扉の向こうから、しかしバタバタと慌しい足音。
「しふしふっ! どちら様??」
驚いた顔で戸を開けた少女は、来訪者を見てしばし制止。
無言のままだったが、その内に小首を傾げて繰り返す。
「‥‥どちらさま?」
滅多に客など来ないのだろう、顔中にクエスチョンマークを飛ばしているライジュに、天龍は笑う。
「俺は飛天龍という。おまえに頼みがあって来た」
「頼み‥‥?」
「数日前におまえを助けた少女が、服を繕ってくれた礼が言いたいそうなんだが、会ってやってもらえないか?」
「――っ!」
言うが早いか閉じられそうになった扉を天龍は間一髪で押し止めた。
「どうした」
「なんで!? って言うか、どうしてマリィの事を貴方が知ってるの!?」
ぐぐっと一生懸命に扉を閉めようと試みるライジュだが、アトランティスでも有数の武道家の腕力に敵うはずが無い。
その隙間に声を届けるように、地上からはルエラが声を上げた。
「私達は、マリィさんから直接顔を合わせてお礼が言いたいから貴女を探して欲しいという依頼を受けて来ました」
「え‥‥?」
「おまえだってお礼をしに行ったんだから、その子の気持ちは判るだろう?」
「でも‥‥違うわ、私がお礼に行ったのは、私のせいで怪我をさせたお詫びも兼ねてで‥」
「マリィさんは木から落ちた事を貴女のせいだとは少しも思っていません」
続けざまの説得に、ライジュは動きを止めた。
天龍は閉じられる心配のなくなった扉から手を離し、彼女に出てくるよう促す。
ルエラは更に言葉を続けた。
「むしろ、貴女にお礼が言えない事を苦しんでいます。どうか彼女の願いを聞き届けて頂けませんか?」
「でも‥‥」
「誰だって、して頂いた事が嬉しければ御礼が言いたいと思うものですから」
ジャクリーンの言葉にも背を押されて、ライジュは俯く。
「どうか会ってあげて下さい」
リュドミラの願い。
「ライジュさん」
「ライジュ」
ルエラ、天龍と、シフールの心を揺らす。
「‥‥でも、怪我って痛いのよ? ご家族だってものすっごく心配するし! あんな優しい女の子が木から落ちて‥‥っ、何ともなかったから良かったけど、もし取り返しのつかない事になっていたらって思ったら‥‥!」
「マリィは元気だぞ?」
「――」
「それに、ライジュ殿はその痛みを判っておられる。‥‥理解した上で、感謝と謝罪の気持ちをちゃんと抱いてらっしゃいます。会う事に何の支障も無いと思いますが」
優しい言葉に力を貰って、それでも不安そうな表情を消せないマリィだったが。
「‥‥判った、会う」
硬い声音ながらも承諾の返答に、冒険者達は一先ずの安堵を示した。
●
「小さいお姉ちゃん!」
あの樹の下で再会を果たしたマリィとライジュ。
片や満面の笑顔、片や極度の緊張から呼吸すら苦しげだったが、マリィの屈託の無い笑顔と強引とも取れる抱擁の勢いに、さすがのライジュも呆気に取られた。
「会いたかったの! ものすごく会いたかったの! 見てっ、お姉ちゃんが直してくれたお洋服よ?」
「ぁ‥‥」
ルエラが迎えに行き、ライジュと会えると聞いた少女は急いでそれに着替えたのだ。
「マリィのお洋服を直してくれて、ありがとう!」
純真無垢な、ただ感謝の想いだけを込めたその言葉に、ライジュの目頭が熱を持つ。
「‥っ‥‥ご、ごめ‥なさ‥‥、痛かったでしょ‥‥?」
「? なにが?」
「樹から落ちて‥‥っ」
「全然! だってマリィ元気だもん!」
何とも明朗とした返事に、冒険者達の間に広がる笑い声。
ライジュも、一瞬の絶句の後で勢い良く少女に抱きついた。
「ありがとう! 私の方こそ、助けてくれてありがとうね!」
並んだ二人の笑顔に、皆の表情も自然と綻ぶ。
こうして、稚い少女からの依頼は無事に完了。
その笑顔が何よりの報酬と信じる冒険者達だった。