●リプレイ本文
「結果を出してくれたら華国伝来、青磁の茶碗を譲ろう」
「その話ノったぁ!」
しっかと拳を合わせて契約を成立させたのは陸奥勇人(ea3329)と石動良哉。今回の発起人が提案したそれとは時代など諸々の差異があるものの、ジ・アースのジャパンと呼ばれる土地が故郷の彼らもまた「縁日」という祭には馴染みがある。
物に釣られた兄を呆れた表情で見遣る香代も同様、今回の祭を成功させる為の貴重な戦力だ。
「縁日って、こっちの人達にはあまり馴染みがないしさ。宣伝活動とかにも協力してもらえたら嬉しいな」
「ぇ、ええ」
相も変わらず無邪気に笑うキース・ファラン(eb4324)に、思わず顔を伏せる香代は、近頃は彼の笑顔が苦手だと頬を赤らめていた。
「出来ればユアンやクイナにも協力を頼みたいのだが」
幼子の師である飛天龍(eb0010)に声を掛けられれば否はない。
「ええ、もちろん」
「俺も頑張って師匠の力になる!」
真剣な顔で返す子供の頭を撫で、冒険者仲間から借りた浴衣を二人の前に広げて見せる。
「縁日にはこれを皆で着るのが今回の発起人の希望でな。可能な限り多くの浴衣を準備したい」
「まぁ、随分と不思議な衣ね」
細かな縫い目を注意深く見遣り、浴衣を広げて裏地も確認するクイナ。
「俺はまだやる事があるので、先に進めてもらっても構わないか?」
「ええ、せめて型くらいは取れるようにしておきます」
「浴衣なら、私も何度も仕立てた事があるから役に立てるわ」
クイナ、香代の頼り甲斐ある言葉に安心した天龍は、ユアンに笑む。
「では、また後でな」
「はい!」
*
「縁日?」
思わず聞き返した滝日向を訪ねていたのは華岡紅子(eb4412)とレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)だ。
「驚くわよね。精霊や竜のお祭なら幾つか見てきたけれど、日本風のお祭なんて無かったもの」
「ニホン?」
聞き慣れぬ響きに小首を傾げたレインに、日向はくすりと笑う。
「俺達の故郷の名だ、‥‥ってか誰が計画したんだ?」
「かえでちゃん、判るかしら? 冒険者街で道案内しているツインテールの女の子」
「あー‥‥居たなぁ、そんな女子高生」
紅子と日向、二人の会話に時折出てくる意味不明な単語に脳内で「?」マークが飛び交うレインだが、見知らぬ世界の単語に悩むのは時間が勿体無いと気を取り直した。
「かなり大掛かりなお祭になるようなので、出来れば日向さんにも協力して貰いたいんです」
「それは構わないが」
顎に指を当ててしばし思案顔になる日向は、二人を交互に見遣って意味深に笑う。
「もしかして当日は二人とも浴衣か?」
「? ええ、そのつもりですけど‥‥」
「あら、宣伝活動に回れそうな女性陣には当日前から浴衣美人になってもらうわよ?」
「そりゃイイ、もちろん華岡サンもだよな」
「ふふ、それは滝さんの頑張り次第かしら」
「準備に手を抜くなって意味か?」
当人達は楽しげな言い合うが、聞いているレインは動悸が激しくなる錯覚に陥った。
*
「ノイアが結婚した?」
酒場の店主から話を聞いた物見昴(eb7871)は思わず声を上げてしまう。
以前に依頼で一度面識を得た酒場の歌姫に此度の縁日でも活躍して貰いたいと考え、彼女の消息を追っていた昴は、彼女がウィルにいない可能性も視野に入れてはいたが、結婚して夫と二人、諸国漫遊の旅に出たとはさすがに想像の範疇外であった。
「そりゃめでたい話だけど、驚いたな‥‥」
「どうかしましたか?」
木のテーブルに肘をついて呟く昴へ背後から声を掛けたのは、酒場の一角を借りて縁日に出店する甘い氷菓子製作に動き始めていた倉城響(ea1466)と、その後方にはイシュカ・エアシールド(eb3839)の姿も。
こういう事情で歌姫の参加は無理だと説明すると、響は穏やかに微笑んだ。
「仕方ありませんね。ノイアさんへの参加依頼は諦めて、他の事を考えましょう」
「ん。とは言っても、他に祭の主役を張れるような目立つ催しなんてな」
勇人の案を借りるなら大太鼓の演舞などが理想的だが、この世界でそれが用意出来るとは考え難い。
「また皆さんで意見を出し合って考えましょう」
「‥‥そう、ですね‥‥まずは私達で出来る事を進めて参りましょう‥‥」
イシュカの言葉は尤もだ。
昴は軽く息を吐いて気を取り直し、ならば浴衣の製作に取り掛かろうとユアンの家へ足を向けるべく酒場を出た。
と、途端に聞こえて来る仲間達の声。
「屋台一軒の幅ってどれくらい?」
「そうだな‥‥ヒト二人が並んで作業出来るくらいが妥当だと思うし、一メートル五〇センチとか、そのくらいか?」
「でもでも、くじを引くお店とかなら商品並べるのに多少は広いよね?」
「そう言われてみると、射撃や輪投げなんかはそれなりに考えておかないと名手が景品総取りしていきそうだ」
今回の発起人・彩鈴かえでと門見雨霧(eb4637)が出店可能な店の数を確認するべく、その大きさを思案している傍で、イシュカから借り受けた金巻尺を片手に結論が出るのを待っているソード・エアシールド(eb3838)と、購入した羊皮紙に会場となる酒場から手前、噴水広場を経由してサカイ商店に続く道までを図にしているリール・アルシャス(eb4402)。
これに、今後並ぶ店の内容を記録していく事で同じ系統の屋台が並ばないよう計画出来るというわけだ。
「どんな店が出るかでも状況は変わるよな。こちらで天龍殿、レイン殿達の氷菓子と二店出すなら端と端に配置する事で警備の目も広げられるし‥‥、そういえば紅子殿も出店されるのだろうか? 浴衣の貸し出しとかも案として出ていたよな?」
理美容に長けた紅子なら、浴衣の数さえ揃えば希望する参加者に着付け、髪を結わえるなど商売として充分に成り立つだろう。
「ですがそれも浴衣の数が揃えばの話ですし」
会場となる広場を一通り歩いて見て回って来たケンイチ・ヤマモト(ea0760)が穏やかな微笑みと共に告げた。
「浴衣を縫うのは決して簡単な作業ではないと言いますから、基本、冒険者側の出店数は二つと考えた方が良いでしょう」
「そうだな」
ならばと、端と端に冒険者の店が出る事を書き記すリール。
「それで、一軒あたりの幅は決まったのか?」
金巻尺を手にソードが低く問う。
「うー‥‥ん、じゃんけんして、あたしが勝ったら一メートル八〇、門見さんが勝ったら一メートル五〇でどう?」
「いいね。なら早速」
「最初はグッ、じゃんけんポン!」
あいこで勝負が付かないと二度、三度繰り返す天界人達からの答えを、ソードは辛抱強く待っていた。
*
縁日の準備は順調に進んでいた。
雨霧がオークションで稼いだ金銭二百Gを祭の準備資金として寄付してくれた他、天龍、ソード、イシュカ、リール、紅子、昴と、それぞれが必要経費を自己負担した事もあり屋台の木材代は充分に賄われ、出店する街の人々の負担は、実質それぞれの出し物に掛かる費用のみとなった。
これに飾り付けるのは、また別の手間が掛かるわけだが。
並ぶ屋台数は、ソード達が計った結果五〇前後に決まった。
当日はギルドの協力も得て祭り会場に歩行者天国に似せた規制を敷く事や、祭に乗じた犯罪が起きないよう警備隊の編成も考案されるなど、基盤固めについては発案者のかえでが請け負い、冒険者自身が出店するために必要な食材については数人が顔馴染みの牧場経営者夫妻のもとを訪れての商談が行われた。
天龍の愛猫とイシュカの犠牲によって破格の値切りに成功。
料金は実際に食材を納める祭当日、もしくは前日の支払いとなり、この日は前金だけを支払う形で落ち着いたのだった。
「仕事中に悪いが、少し集まってもらえるか?」
屋台作りに精を出していた一般の参加者を呼び集め、酒場から借りた椀に甘酒を二口くらいずつ注ぎ分けるのは勇人。
材料となる米麹を入手する伝手を持つ勇人は、この世界の人々の口に合うようならば当日は甘酒を店に出したいと考えていたのだ。
「ま、最初は慣れないかもしれねぇが案外旨いんだぜ?」
「ふむ‥‥一口目は酒が強いと思ったんだが‥‥うむ、飲み進めてみると何とも良い気分になるな」
「じいさん、そりゃ酔ってんだ」
あははと広がる笑い声は、甘酒がこの世界の人々の口にも合う事の証明。
「クセはあるけど、‥‥うん、美味しいな」
「冷やしたのも飲んでみたいねぇ」
こうして祭の目玉が新たに一品、加えられた。
同時刻、酒場で氷細工の加工作業に没頭していたのはレインだ。
傍では酒場の料理長と響が果実を冷凍して氷菓子を作る際の注意点や、一つ凍らせたイチジクを試食しつつの意見交換。
「凍らせただけでは氷を食べているのと変わりませんねー」
「あの嬢ちゃんの魔法だと表面を囲むだけで、果実そのものの水分を凍らせるわけじゃないしな」
レインが今回用いた魔法アイスコフィンは「氷の棺」と言われる通り、表面を氷で覆う事で内包するものの時間を止める。
腐食を防ぐ事は出来るし、冷えた果実という意味でなら最良だったが、冒険者達が想像していたような菓子を作るには相当の工夫が必要だ。
「全部絞って、その水分で氷を作るってのはどうだい?」
「それだと果実一つで作れる氷の大きさが問題になってしまいますね。きっと小指の爪くらいの大きさにしかなりませんし」
「氷を削って盛った上に果汁を掛けるってのは決定なのかい?」
「そうですね。削るのにも相当の労力が必要になると思うのですけど」
そんな二人の会話に耳を貸す余裕もないほどレインが集中しているのは氷の灯篭作り。
四角い氷を削って中に灯りを入れるようにするよりは、最初から灯りを置く部分がある形に凍らせた方が必要な労力を遥かに減らせる。
素人レベルとはいえ設計に関する知識もあるため、色々と試行錯誤しているのだが。
「うー‥‥ん」
氷菓子の試作と同じく、灯篭も実物の完成には今しばらくの時間とアイディアが必要のようだ。
一方、全員の情報を集約すべく中継地点として設けた一室――ギルドの受付係に交渉して借りる事が出来た建物内の会議室で、出店を申し入れて来てくれた参加者達の店の配置を考えていたのはソードとケンイチだ。
当日は警備を担当することになるかもしれないソードは、各屋台の主人の体格や性格など判る限りの情報を集めて安全かつ楽しい祭に出来るよう思案する。
「パン屋に鍛冶屋、細工屋、絵描き、‥‥何かの店を出したいって希望を出して来ている人々には、かえで殿達が言っていたような射撃や輪投げなどを催してもらおうか」
後ほど皆が集まってから話し合うべき内容をケンイチと話し合いながら羊皮紙に記録していくソード。
「開始時間もそろそろ決めないとな。夜間ならば最大で四時間くらいか? 確か天界の祭では夜空に花火が打ち上げられるのだったか‥‥、月魔法の術士でもいれば空に幻影を出してもらって、それを始まりと終わりの合図に出来るのだが‥‥」
「月魔法、ですか?」
聞き返すケンイチに、言葉を詰まらせるソード。
月魔法の達人は目の前にいた。
そんな二人を(「面白い‥‥」)と眺めていた雨霧の手元には自分で用意した紙燭の材料が並んでいる。
非日常の空間に、得意の科学を駆使し様々な色の炎を燈すべく彼が揃えたのは鍛冶屋から拝借してきた金属の粉や骨粉。
屋台の製作に関わる傍ら、こうして当日の演出にも一役買う雨霧だ。
そして浴衣製作班が集まるユアンの家――。
天龍を筆頭にイシュカ、紅子、昴、そして彼らの協力要請を受けて集ったシフールの仕立て屋ライジュなど、総勢十名が一心不乱に針仕事。
「‥‥何やら異様な雰囲気だな」と水を汲んで戻って来たリラの一言に振り返ったのは紅子とライジュの二人だった。
「あらお帰りなさい、外暑かったでしょう?」
「いや、君達の頑張りに比べれば‥‥。そんな事よりも水はきちんと摂っているのか?」
「大丈夫よ、空になったら私が入れて回っているから」
「それは頼もしい」
「頼もしいにも程があると思うわ!」
皆の手を止めさせる事が無いよう気遣いながらも、ライジュの語調は荒い。
「飛さんのあの卓越した技能は一体なに! 本職は私なのに全っ然立つ瀬がないんだけどっっ」
「ふふ、確かに。ミシンでもあんな早くは無理ね」
言っている間にも一枚完成。昴やイシュカが五日間で一枚終わるかどうかという中で、彼は既に三着目を完成させていた。
かえでが同席していれば確実に「生ける伝説・ミシンダー天龍」の称号が付いた事だろう。
「‥‥では、ここは任せても良いだろうか。私は屋台とやらの組立作業を手伝って来ようと思う」
「ええ、判ったわ」
紅子に見送られて家を出たリラは、一路酒場前の広場へ。
その頃、広場で治療院の人々と祭当日の行動を話し合っていたキースとリールは、すぐ傍で屋台を組み立てている勇人や良哉の賑やかな声、木材の打ち合う音に耳を傾けながら当日の景色を想い描いて顔を綻ばせていた。
「楽しい一日になるといいな」
「ああ」
もしも迷子や怪我人が出た場合には、いま二人が立っている辺りに設ける詰め所に来る事で適切な対処が出来るようにする。隣には休憩所も置き、泥酔した人などを休ませられるよう考えていた。
このように、思いつく限りの当日の難事を解消していくのが二人の役目。楽しい一日にするには最も大切な事だ。
と、そこに声を掛けて来たのはキースにしてみれば初対面の男。
「リール?」
「ぁ、日向殿。かえで殿との打ち合わせは終わったのか?」
「ああ。あいつ人使い荒いな」
言っている内容の割には顔が笑っている滝日向は、キースにも挨拶をした後で自分はこれから屋台の組立作業に加わるのだと話す。
「リール達は浴衣作りに移動か?」
「いや。もうすぐ会議室で話し合いがあるから、そちらに‥‥」
言っている途中で視界の端に過ぎった姿、その人をキースが呼ぶ。
「リラ!」
恐らく彼もまた屋台の組立作業に参加するため来たのだろうと推測する。
その距離はまだ遠く、彼は手を上げる事でキースと、そしてリールに応えた。――が、姿を見せた彼に、僅かでも表情が動いたのだろうか。
「へぇ?」
妙に浮かれた日向の声音にハッとするリール。
「ふぅん、なるほどねー」
「な、なんだ?」
にやにやとしている日向は、これでも天界に戻れば腕利きの探偵であり人間観察における心理分析にはそれなりの自信がある。
「? リールさん、どうかしたのか?」
「いや、何でもない」
キースに対しては努めて平静を装うリールに、しかし日向のからかうような視線が和らぐことはなく。
本番まであと僅か。
その日を「あなた」はどう過ごすのか――。