舞い散る花の幸福を

■ショートシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 49 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月21日〜11月24日

リプレイ公開日:2007年11月29日

●オープニング

 近々、八十歳になろうとしている彼女は、もう長い間、寝たきりだった。
 足腰は弱り、若い頃には月精霊のように艶やかと言われた髪の色はすっかりくすみ、近頃は視力も衰えていた。
 言葉一つ発するのにも苦労し、時には自分が起きているのか否かの区別もつかないほどだ。
 夢か現か、幻か。
 曖昧な世界に漂う意識が鮮明になるのは、一日の極僅かな間だけ。
 それでも、その僅かな間に共に語らえる孫達と暮らせる彼女は幸せだった。
 ただ一つ心残りがあるとするならば――。


 ***


「花吹雪、ですか」
 ギルド事務局の青年が聞き返すのは依頼主の若い女性。
 その膝には幼い二人の少年少女が座っていた。
「はい‥‥母が、この子達に言ったんだそうです。最後に花吹雪が見たいって」
 子供達の頭を撫でながら彼女は告げた。
 だが、この季節に花吹雪が起こるわけがなく、春の終わりまでは、恐らくその身体が保たない。
 様々な能力を持つ冒険者達ならば、寝たきりの母に花吹雪を見せてくれるのではないだろうかと、縋る思いで此処まで来たらしかった。
「母は、父と‥‥三人の息子、つまり私の兄ですけれど、‥‥四人を事故で亡くしているんです」
 生き残ったのは彼女達二人。
 女手一つで育ててくれた母に、娘はどうしても親孝行がしたかった。
「お願いします‥‥最後に‥‥優しい母の最後の願いを叶えて下さい。お願いします」
 深く頭を下げる彼女に、事務局の青年は、ただ静かに頷いた。

●今回の参加者

 ea3727 セデュース・セディメント(47歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb7842 バシレイオス・フェビアヌス(27歳・♂・ウィザード・エルフ・アトランティス)
 ec4065 ソフィア・カーレンリース(19歳・♀・ウィザード・エルフ・アトランティス)

●リプレイ本文

● 記憶の中で

 その部屋に置かれた寝台に、彼女は穏やかな表情で横たわっていた。
 瞳は、時にゆっくりと瞬きをして見せるが、話し掛けても応えてくれるわけではなく、体の温もりに手は届いても、同じ次元にその存在を認識しているかどうかは微妙なところだった。
「せっかく来て頂いたのに‥‥、申し訳有りません」
 集まった冒険者達の前にハーブティーを差し出しながら頭を下げる依頼人の女性に、最初に「いいえ」と首を振ったのは年長のセデュース・セディメント(ea3727)。
「ギルドで大方の話しは伺って来ております、お詫び頂くことはありませんよ」
「セデュースさんの言う通りです」
 その隣に座り、笑顔で彼の言葉を後押しするのは年少のソフィア・カーレンリース(ec4065)である。
「それに僕達は、ご家族の皆さんからもお話を聞きたいと思っていますし」
「私達からも、ですか?」
「ええ」
 聞き返す依頼人に頷いて見せたのはリール・アルシャス(eb4402)。
「お母様が最後に花吹雪を見たいと言われた理由や、子供達が聞いた話が他にもあるなら、是非お聞きしたい」
「些細な事でも構わないでござるよ。拙者らは少しでも母君の願いを理想に近づけたいのでござる」
 バシレイオス・フェビアヌス(eb7842)がゆっくりとリールの説明に続いて語り掛けると、どこか戸惑い気味だった彼女も冒険者達の意図を理解して表情を和らげた。
「判りました。では子供達を呼んできますので、少しお待ち下さい」
 彼女はそう言い置くと、近所の子らと遊んでいるという子供達を迎えに家を出て行った。
 居間には温かなハーブティーでもてなされた四人の冒険者と、寝台に横たわる彼女だけ。
「‥‥素敵な母君だったのだろうな」
 ぽつりと呟くリールに、三人は視線を送る。
「寝たきりだと彼女は言ったが、あのご婦人は、とてもそうとは思えないほど身なりが整えられている」
「そうですね」
 同じ女性のソフィアも同意する。
 寝巻きや、彼女を包む寝具は見た目にも柔らかな感触が伝わってくるようだし、白くなった長い髪は綺麗に編まれていた。
 日頃の手入れが行き届いている事は疑いようが無い。
 それ故に、瞳に映りながらも意識を通い合わせられない彼女の姿は、痛々しいほどに家族の愛情を伝えて来るのだ。
「最後のお願い、絶対に叶えてあげなきゃ!」
 自身に喝を入れるように、ソフィアが強い言葉を口にすると、セデュースやバシレイオスも大きく頷く。
 協力し合う事に異論など出ようはずもなかった。
 出されたハーブティーに口を付けながら、家人の帰りを待つこと数分。
 不意に耳を打った微かな物音、――それはあまりにも弱々しく、何と言い切るには音そのものが少な過ぎたけれど、聞こえて来たのは旋律だった。
 横たわる彼女が口ずさんだ、歌。
 四人はハッとして立ち上がる。
 リールが婦人の傍に膝を付いて、その口元に耳を澄まし、聞き取った単語は何を示すものか。
「‥‥サクラ‥‥?」
 リールが聞き返した単語の意味に、真っ先に思い当たったのは天界出身のセデュースだった。


 ***


「お母様は天界のジャパン出身でいらっしゃいますか?」
「いいえ、母はアトランティスで生まれ育ったと聞いています」
 帰宅した依頼人に、まず一つと尋ねたセデュースだったが、返った答えはそれだった。
「そうですか‥‥」
 肩を落とすも、特に落ち込んだふうでもない吟遊詩人は腕を組んで何かを考え始める。
 それを横目で見遣ってから腰を落としたのはリールだ。
 母親と一緒に帰宅した、幼い二人の少年少女と目線の高さを合わせて、話し掛ける。
「おばあちゃんが『花吹雪が見たい』と言ったとき、他に何か言ってなかった?」
「他に?」
「そう。その時じゃなくてもいいの。おばあちゃんから聞いた楽しいお話しとか、覚えていることがあったら教えて欲しいな」
 リールに促された子供達は顔を見合わせ、小首を傾げる。
「おばあちゃん、たくさんお話ししてくれたよ?」
「例えば、どんな?」
「昔、飼っていた犬の事とか、‥‥ずっと前に死んじゃった、おじいちゃん達の事とか」
「おじいちゃん達の事?」
 聞き返すリールの背後では、ソフィアとバシレイオスが顔を見合わせる。
 ギルドで対応してくれた青年もそのような話をしていた。
 ずっと以前に夫と三人の息子を事故で亡くしており、依頼主の彼女だけが母親に残った唯一の家族だったと。
「ご家族の亡くなられた季節が、花の散る時期だったのでしょうか?」
「いえ‥‥冬の最中でしたから花が散るようなことは‥‥」
 言い淀む彼女に、子供達は更に言葉を紡ぐ。
「おばあちゃん言ってたよ、お花が見送ってくれたら、お別れも、ちょっとは寂しくなくなるねって」
「お花が見送る?」
「お別れするなら春がいいねって言ってたの」
 幼い少年少女の言葉をそれぞれに反芻した冒険者達は、夢と現を行き来する彼女が何故「花吹雪を見たい」と言ったのか判るような気がしてきた。
「しかし特に思い入れが無いのなら桜の歌を口ずさまれた理由が‥‥」
 セデュースが呟くと、依頼人は驚いた顔をする。
「サクラ? 母が歌ったんですか?」
「ぇ、ええ。意識は混濁されていたようですが‥‥」
「何か思い当たる節があるでござるか」
 バシレイオスの確認に、彼女は動揺を隠さなかった。
「と言うか‥‥その‥‥、以前に縁あってこの家に滞在された冒険者の方がサクラという花の話をして下さって、大気までが薄紅色に染まる景色は奇跡のように美しいと‥‥、ええ、母は確かにその話を聞いて、見てみたいと言っていました! 歌も、その時の冒険者の方に習って‥‥!」
 それだ、と。
 冒険者達の疑問は一つの答えを手に入れた。




● 形

 澄んだ青色の空の下を二人の冒険者が歩く。
「旦那さんと息子さんの亡くなられた時が冬で、とても寂しかったから、最後に花吹雪が見たくなったのかな」
 花吹雪の材料となる布を捜しながら、難しい顔で呟くのはソフィアだ。
「どうでござるかな‥‥確かに話しの筋は通るような気もするでござるが、何かスッキリしないものは残るでござるな」
「だよねー」
 同行しているバシレイオスの言葉に頷くと同時、視界の端に映った薄紅色に手を伸ばす。
「この色も良い感じじゃないかな」
「うむ‥‥セデュース殿から聞いた話しに良く合う色合いでござろう」
「すみませーん、この布、全部下さい!」
 店の奥に居るであろう主人に声を掛ければ、全部という表現に相手は目を丸くして驚き、その都度、ソフィアは失笑しつつ「ちょっと入用で」と代金を支払うのだった。

 二人は、依頼人の願いを叶えるべく花吹雪の作成準備に奔走しているのだ。
 さすがにこの季節に本物の花吹雪を見せることは困難だが、見たいのが桜吹雪だと判れば限りなく理想に近い光景を演出することは可能だ。
 吟遊詩人のセデュースがかつて異国の同業者から聞いた話を元に、近い色合いの布を集めるのが彼ら二人の役目。
 更に、これを持ち帰って花びらに見えるよう加工するのがリールと、そして子供達の役目になった。
「お姉ちゃん上手!」
「すごくキレー、本物のお花みたい」
 左右を囲む子供達の絶賛。
「器用ですね、いやお見事です」
 花びらを作るために話し相手になれない子供達に代わって、寝たきりの彼女の傍で各国の物語を紡ぐ吟遊詩人にまで褒められて、リールは微苦笑を浮かべた。
「絵や、こういった手作業は好きなんだ」
 仲間が買い集めてきた布だけでなく、近所の人々が持ち寄ってくれたものも器用に加工していく。
 その全てが思いやりの形だ。
「リールさん」
 来客の対応をしていた依頼人が戻って来たかと思うと、その手には籠いっぱいの布製の花。
「いま隣の奥さんがいらっしゃって‥‥こんなにたくさんの‥‥」
 感極まって涙ぐむ彼女に微笑を向ける。
「お母様の願い、必ず叶えて差し上げよう」
「はい‥‥!」
 心温まる遣り取りにセデュースの口元も綻ぶ。
「貴女は、とても尊い人生を歩まれたのでしょう‥‥」
 その、最後の願い。
 これを叶えずして以後なにを語れというのか。
「ただいまー」
 ソフィアとバシレイオスが戻り、両腕に抱えて来た布を広げる。
「さぁ僕達も手伝いますよ!」
「まだ足りなければ何度でも買いに行くでござるよ」
「二人には加工し終えた布に香を焚き染めてもらいたい。散らせた時に花の匂いが薫るように」
「わかりましたー」
 リールの指示に、若い二人は即時に応える。
 そうして、花吹雪を演出する準備は順調に進んでいき――‥‥。




● 薄紅色の

 その日は、心なしか普段よりも空が青く感じられた。
「こういうの、花吹雪日和って言って良いのかな」
 明るい調子で言うのは屋根の上に立つソフィアだ。
「いつでもどうぞ」
 視線を下方に向ければ、布製の花々を積んだ山の傍らに立つバシレイオスの姿。
 そして屋内、寝たきりの彼女の身体を支える依頼人の傍には、セデュースとリールが子供達の肩に手を置いて展開を見守っていた。
 月の出ている時間帯であればセデュースも魔法を使えたが、やはり薄紅色の花吹雪には青空が似合う。
 あとは、彼女の意識が現実に重なる時が巧く訪れてくれる事を願うだけ。
「‥‥お母さん、花が舞いますよ」
 脇の窓を開け、彼女の視線の高さが丁度良くなるよう幾分かの調整を済ませた寝台の上で、母娘は静寂に語り掛ける。
 ――刻々と時間だけが過ぎていく。
 いつ訪れるとも知れない、その瞬間だけを待って。

「お母さん‥‥、桜吹雪がお母さんを待っているんですよ‥‥?」
 桜吹雪が。
 薄紅色の、風が。
「‥‥さ‥く‥‥ら‥‥」
 不意の応え。
 自然の風が舞わせる匂いは、布に焚き染めさせた香の。
「お母さんっ?」
 呼べば応えるだろうか。
 見えるだろうか。
「バシレイオス」
 セデュースがコツンと壁を叩く、その小さな音が合図。
 彼は動いた。
 呪を唱え、足下に浮かび上がる円陣は。
「――トルネード」
 低い発動の合図に、風の精霊達が応えた。
「!!」
「うわぁっ!」
 子供達の口から漏れた驚きの声は一瞬にして竜巻上に空を横断した薄紅色の群集に向けてのもの。
 更に同じタイミングで、異なる風の術が発動していた。
「ウィンドスラッシュ!」
 まだまだ新米の魔法使い、だが力は心に通じるもの。
 想いの強さの分だけ魔法の力は強くなる。
 ソフィアの術は、バシレイオスが巻き上げた竜巻を予定通りの位置で程よく乱して見せたのだ。
「ぁ‥‥!!」
 薄紅色の花びらは、散った。
 見つめる彼らの視界全てを覆うように。
「これが‥‥」
 呟いたのは、誰だろう。
 風すら染める薄紅色の花の舞い。
 青い空に、芳しい薫りが流れて。
「‥‥花の‥‥季節‥‥?」
「! お母さん?」
 呼ぶ娘に、彼女は、微笑う。
「一緒、ね‥‥」
「ぇ‥‥?」
「‥‥独りじゃ‥‥ないわ‥‥」
「お母さん‥‥?」
「寂し‥‥ぃ‥お別れ、じゃ‥‥ないの‥‥」
 聞いた全員が瞠目する。
 彼女は子供達に語った。
 花に見送られたら、少しは寂しくなくなるね、と。
 別れが寂しくなくなる、――それは誰との別れだ。
 見送るのは、誰。
「お母さん、まさか‥‥っ」
「‥‥やっと‥‥眠れるわね‥‥」
 微笑う。
 穏やかに。
「やっと‥‥暖かな季節に‥‥」
「お母さん‥‥!?」
「おばあちゃん!!」
 最後の、一息。

「‥‥寂しいのは亡くなる方を見送る側‥‥」
 リールは呟く。
 彼女が夫と三人の息子を亡くした、冬の日。
 緑葉一枚も無かった季節に、娘の手を取って家族を見送った彼女の胸中を覆う寂しさはどれ程のものだっただろう。
 それを知る彼女だからこそ、これを願ったのかもしれない。
 暖かな陽射しの中に散る花吹雪。
 風すら薄紅色に染めるという奇跡の中でなら、娘の悲しみも少しは癒されるだろう、と。
「‥‥信じられるか? この景色の為だけに命を繋ぎとめていたかもしれないなんて‥‥」
 言葉を詰まらせるリールに、セデュースも応える言葉は持たない。
 夢と現を行き来しながら。
 もう自分がどこにいるかも判らなくなりながら、それでも、生きたのは。

 カタンと微かな物音を立ててソフィアとバシレイオスが屋内に戻ってきた。
 だが、それきり立ち尽くす。
 窓の向こう、舞い散る花びらの中。
 呼吸を止めた彼女を抱き締める家族の姿は、‥‥あまりにも愛しかった。




● 幸福

「ありがとうございました」
 深くお辞儀する依頼人に、しかし冒険者達の表情は浮かない。
 自分達のしたことで彼女の母親の命を縮めたような気がしてならなかったからだ。
 だが、その家族は笑顔で彼らを見送る。
「母はとても幸せでした」
 告げて、再び頭を下げるのだ。
「正直、母の身体が春まで保ったとは思えません‥‥今この時に、母の願いの通りに花吹雪の中で最期を迎えられたことは、この上ない幸福だったと思います」
 それに、と彼女は足下に落ちていた花びらを手に取る。
 彼らが作った布製の、思いやりの形。
「母の最後の願いを叶えるために動けたこと‥‥、私も、夫も、子供達も‥‥本当に感謝しているんです」
 花の匂いが彼らを包む。
 木々はとうに葉を落とし、冬に向けてすべての命を眠らせる。
 寒々しい景色を、だが一時でも春に変えたのは、彼らが起こした奇跡。
「ありがとうございました」
 三度、頭を下げる彼女にリールは告げる。
「お母様は誇れる人生を歩まれたのだと、貴女や、近所の方々の話を聞いていてよく判った。人に誇れる人生‥‥、自分自身に誇れる人生を‥‥。自分も、そんな人生を歩みたいと思う」
「はい‥‥、私も、そう思います」
 そうして彼らは笑顔で別れた。
 誰一人、何ら悔いる必要はないのだと。


「そういえば‥‥、布の花は片付けなくて良かったのかな」
 帰路で、その心配を口にするソフィアにはバシレイオスが答えた。
「村の子供達が拾い集めるそうでござる。もう少し手を加えて、春まで皆の家に飾るそうでござるよ」
「あの村では冬の間も花が咲き誇るのですね」
 セデュースが口元を綻ばせる。
 真冬にも薫る香は、きっと厳しい寒さも優しいものにしてくれるだろうから――‥‥。