夏の夜の灯火よ〜いざ出陣!
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■ショートシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:10人
サポート参加人数:4人
冒険期間:08月13日〜08月18日
リプレイ公開日:2008年08月22日
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●オープニング
「だぁっ、暑ぃっ!」
縁日の会場となる酒場前の広場では多くの人々が木工道具を片手に木材と真剣勝負。
トンカントンカンと夏空に吸い込まれそうな音を響かせながら屋台の骨組みが作られていく一角で、ダランと両腕を下げ喚くのは水谷薫。
それに「うるさい」と眉を顰めるのが滝日向だ。
「暑いのはみんな同じだ、サボってないで働け」
「それにしたってなぁ」
「ルエリアに見せたいって二つ返事でOKしたのはどこのどいつだ」
「うっ」
薫も日向も天界出身者。
冒険者街で案内人を務めている少女から「縁日」の話を持ち掛けられれば、故郷を離れて久しい二人に懐郷の思いが過ぎらないはずもなく、話を聞くにつれて「やりたい」という欲求は強まった。
ルエリアは、薫がつい先日に婚約を果たしたアトランティス出身の女性で、出身地の違いなどから擦れ違う事も度々あったが、たくさんの助けを借りて此処まで辿り着いた。そんな彼女に故郷の祭を見せたいという気持ちもあったし、同時に薫には冒険者に大きな借りが幾つもある。
力になれるならば恩返しも兼ねて力になりたかったのだ。
「けど暑いものは暑いんだーー!」
こればかりは仕方が無いと喚く薫に、騒げばなお暑くなるぞと日向が口を開きかけた、その時。
「ありゃりゃ、お兄さん達その格好はどうかと思うんだけど」
陽気な少女の声が掛かって振り返る。
立っていたのは彩鈴かえで、今回の祭の発起人だ。更には馴染みの冒険者の少女も隣におり、しかしこちらに背中を向けている。
「どうした?」
日向が小首を傾げて問えば、冒険者の少女は決して彼らを見ずに言う。
その声も裏返っていた。
「ひ、日向さんもっ、薫さんも、ふ、ふっ、服着てください!」
「は?」
言われて見下ろす自分の格好は上半身裸。
夏場の大工仕事で上着など着ていられるわけがなく、早々に脱ぎ捨てていたのである。
「でも此処じゃ日焼けで火傷とかもないし」
薫が「心配ないよ」と鈍感な言葉を口にする一方で、彼女の気持ちを察した日向は楽しげに喉を鳴らす。
「何だ、恋する乙女は男の半裸も見慣れないか?」
「ひゃあっ!」
完全にからかっている日向に背後から囁かれた少女は飛び上がって叫ぶ。
「ひっ、日向さんのヘンタイ‥‥!」
真っ赤になって動揺する少女の言葉に、本人は目を瞬かせ、薫は大笑い。
「あはははは、それ良い!」
「ヘンタイって、なぁ?」
「間違いなくヘンタイだよ」
かえでにも呆れた物言いで同意されて肩を竦める日向にトドメの一言。
「彼女さんに言いつけてやるんですからねーー!」
言い放ち、限界とばかりにその場から走り去る少女に三者三様の反応。
「いつの間に彼女なんて出来たんだよ!」
「それは初耳だぁ。誰、誰??」
「‥‥誰だ?」
「おまえの彼女をオレに聞くな!」
言い返されてそれもそうだと頷く日向は、ふと先日の依頼の際に彼女達と交わした言葉を思い出し誤解を与えたのかもしれないと気付く。
しかし、だ。
(「まぁ反応が楽しみと言えば楽しみか」)
かえでが此処まで出向いた用件を話し始めるが、日向は聞いていない。
思案顔で手の中の小槌を弄んでいた。
*
「くしゅんっ」
「あら」
祭の話を聞いて以来、必要な数の浴衣を縫い続けていたクイナは、隣で団扇の作成に取り掛かっていた冒険者の女性がくしゃみをするのを聞いて心配顔。
「大丈夫? このところ充分な睡眠も取れていないみたいだし、風邪でも引いたら大変」
「心配してくれてありがとう、でも大丈夫よ」
冒険者はにこりと微笑み「きっと誰かが自分の噂をしているせい」と返す。
「人に噂をされるとくしゃみが出るの?」
「天界の、特に私の生まれ故郷ではそういうふうに言われているわね」
「まぁ。面白いお話」
女性二人がそんな話で盛り上がっている傍らで、貴重な一枚を仕上げて糸を切った冒険者。
「ユアン、出来たぞ」
呼ばれて駆け足で近付いたユアンに、少年の師でもある冒険者は、まずは雰囲気だけと服の上から羽織らせてやる。
「もとはエイジャのものだからな。大人になっても着られるように長かった裾は重ね縫いしてある。成長に応じて伸ばせるぞ」
「うわぁ‥‥っ、ありがとう師匠!」
満面の笑顔で告げられた感謝の言葉に冒険者の面にも笑みが浮かぶ。
実は浴衣というものを彼に見せられて以降、ユアンは養父の持ち物の中に似た衣装を見た覚えがあり、針仕事に忙しい彼らに迷惑を掛けないよう一人で部屋中を探し回っていたのだ。
その内に養父の友であるリラや、石動兄妹から、
「あぁ、そりゃあるわ。ジャパンに遊びに来た時にうちの両親がエイジャと、リラ達にも一枚ずつ贈っているはずだから、な?」
語尾はリラに向けられ、問われた本人も確かにと頷く。
「ああ、そうか‥‥たぶんオールラント兄弟の分も探せば出てくるだろう」
その荷物は全てユアン宅の一室に集められている。少し時間を掛ければ男物の浴衣が四着は揃うはずだ。大切に仕舞い過ぎて忘れられていた浴衣が、その後すぐに日の目を見る事になったのだった。
「浴衣なら私も何枚か持っているし‥‥丈が長いので全部重ね縫いして短くしてしまっているけれど、解けば数人分は用意出来ると思うわ」
「同じパラのあいつには俺の浴衣でどうかな‥‥」――と、そのような経緯で途端に着られる浴衣が増えた製作班は、最初の頃に比べれば随分とリラックスした状況での作業に変わっていた。
「皆も縁日には参加するのだろう?」
新たな浴衣を縫い始めるべく、針に糸を通していた友にそう声を掛けられて、リラ達は複雑な表情。
「しかし、‥‥私達だけ楽しむと言うのも、な」
呟く彼の胸中に浮かぶのは、恐らくこの場にはいない友の姿だろう。
事情を知らない者達の前では気丈に振舞う彼らが、その実、気落ちしている事は長く共に旅してきた冒険者達ならば見抜けた。
「‥‥今回の祭は、良い気分転換になると思うよ?」
茶飲み友達に言われた良哉の表情にも苦い笑みが浮かぶ。
「ぁ‥‥、ならば警備を担当するというのはどうだろう?」
女性騎士の提案に目を瞬かせる彼ら。
「それならば楽しむ事が目的ではなくても縁日に参加するのは変わらないし、皆の楽しい雰囲気の中にいれば気持ちも弾んでくるかもしれない」
元気になって欲しい。
――笑って欲しい。
そんな願いを込めて出した提案に、彼らは顔を見合わせ、‥‥微笑う。
「あぁ‥‥、そうさせてもらおう」
*
広場の前に並ぶ屋台候補は現在四十四あり、その内の三十棟は骨組みが完成している。
その内容は様々、自分で店を経営している者は各自の商品を縁日特価で販売するとし、パン屋、菓子屋などはこの日のための新メニューを考案。
似顔絵を描くという絵描きがいれば、射撃や輪投げなど天界風の遊戯を、天界人指導のもとで習い店子を務める者もいる。
縁日当日まで、あと僅か。
ウィルの街は俄かに活気付いていた。
●リプレイ本文
●前夜までの
縁日当日を間近に控えた酒場前の広場では、奇しくも用意出来る事になった祭り用の大太鼓を演奏するため、これに決して欠かせない台座を急遽拵える事になった冒険者達の姿があった。
陸奥勇人(ea3329)とキース・ファラン(eb4324)、石動良哉、三人が揃って利き手に握るは大工道具。そんな彼らに指示を送るのは勇人の友人であり木工技術に長けた封魔大次郎である。
「しかしまぁ在る所には在るもんだな」
感心半分、驚き半分といった口調で呟く勇人に、良哉も同意。
「まさかこの世界で、こんな立派な代物にお目に掛かれるとはね」
「けど気になるよなぁ。レインさんが言っていた、この太鼓のいわく」
キースがぽんと手を弾ませるのは冒険者仲間のレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)から預かって来た重さ五十キロはあろうかという年季の入った見事な大太鼓。
『漢太鼓』との異名を持つそれには聞けば首を傾げたくなる逸話があって。
「まぁ、そこは勇人が体現してくれるさ。な?」
にやにやと言う良哉に、勇人はふっと薄く笑う。
「何ならおまえさんが実験してくれてもいいんだが?」
「ゔっ」
諸事情で強くは出られない良哉。
それでも楽を奏でるより舞う事を得意とする月の陰陽師は必死でそれを辞退するのであった。
さて、その漢太鼓を提供したレインはと言うと、飛天龍(eb0010)、イシュカ・エアシールド(eb3839)、そしてユアンと四人で当日に仕入れる食材調達のため知人の牧場へと出発するのだが、その待ち合わせ場所で華岡紅子(eb4412)の姿を見つけて思わず駆け出してしまった。
浴衣や団扇など小物製作の担当である彼女と、氷菓子製作担当のレインとでは準備を進める場所が違い過ぎて滅多に顔を合わせる事がないのだ。
「聞いて下さいーーっ!」と駆け寄って捲くし立てるのは、つい先日の「ヘンタイさん」こと滝日向の話である。
どういう繋がりでそれが自分に伝えられるのか少なからず戸惑った紅子だが、次第に目元を和ませて興奮気味な少女の頭を撫でた。
「それは酷いわね。少し懲らしめてあげないと」
「お願いします!」
そんな話をしていると、準備を整えたイシュカがレインを呼ぶ。
彼は、自分と天龍の愛馬に引いてもらう荷車を用意していたのだ。隣には、それを手伝い食材の購入にも付き添うソード・エアシールドの姿もある。
「‥‥時間もあまりない事ですし‥‥そろそろ参りましょう‥‥」
たおやかに告げるイシュカは猫耳なふわふわ帽子と子猫のミトン着用中。実は食材の価格を半分にするため牧場の経営者夫人が出した条件というのがそれだった。
「可愛いですよね‥‥」
「可愛いわね‥‥」
こっそり呟く女性二人。
レインはふと思いついたように紅子に耳打ちした。
「――あら、それは面白そう‥‥でも無理強いはダメよ?」
「もちろんです♪」
にっこりと笑い合う二人を遠目に見て、イシュカの背筋に冷たいものが流れた。
「というわけだから、ね? 縁日に出すメニューの無料券か、割引券なんかを提供してくれると助かるんだけど」
「あらあらまぁ」
祭では射的の店を出す予定のアシュレー・ウォルサム(ea0244)が隙の無い笑みを浮かべて話し掛ける相手は、祭で魚介類の鉄板焼きを予定している飲食店の店主‥‥の妻である。
三十代後半の彼女はいかにも「元気で明るい皆の母さん」的な雰囲気を醸し出し、小太りな体格も気前の良さを思わせ、恐らく日常的に夫を尻に敷いているタイプと思われるのだが、長い銀髪に端正な顔立ちをした若い男性に「お願いします」とにっこり微笑まれて、普段のように「任せときな!」なんて胸を叩ける女性が何処にいる。
こうして当日に出店予定の射的屋に向けて新たな景品を入手したアシュレーを偶然見かけたのが、当日の警備を担当することもあって出店予定の店に声を掛けて回っていたリール・アルシャス(eb4402)と物見昴(eb7871)だ。
「すごいな、アシュレー殿は‥‥」
感心したように呟くリールに「そうかい?」とあっさり返す昴。忍びの一人として話術に長けている彼女は惑わされる事もないようだ。
場所は変わってユアン宅。
本人は師と一緒にいたいからと不在だったが、同居している石動香代、隣家に暮らすクイナと共に、やはり急遽必要になったアイテムをシルバー・ストーム、ジャクリーン・ジーン・オーカーらが作製していた。
彼らが作っているのは、縁日当日に編成される警備隊が腕につける腕章だ。
キースいわく「見せる警備」。
人が集まれば其処で起きる悪事も比例して増える。そのため警備している者が常に巡回していることを知らしめる意味も込めて彼らはそれを装備する事にしたのだ。
縁日当日に向けての準備は、こうして着々と進んでゆき――。
●いざ出陣!
縁日当日の昼過ぎ。
「イシュカさん、どうしてもダメですか?」
「とてもよくお似合いだと思うのだが」
レイン、リールが交互に声を掛け合う傍には、背後を宿屋の壁に遮られて逃げ道をなくしたイシュカがいた。
彼女達が集まるのは紅子が先頭に立って営む貸し浴衣の屋台であり、着付け場所は背後の宿屋の一室を借りている。天龍や昴ら裁縫を得意とするメンバーの協力もあって当初の予定以上の浴衣を作製する事が出来た冒険者達は、これを、縁日に参加するウィルの人々にも着てもらいたいと考えたのである。その紅子はいまキースの浴衣を着付け中。
「‥‥お二人とも‥よくお考えになって下さい‥‥売り子をするのに浴衣という衣装はあまり機能的でないと思いませんか‥‥?」
レインと一緒に氷菓子の屋台を担当する事に決めたイシュカの言い分は尤も。しかしそう言われたレインは既に紅子の手によって完璧な縁日衣装だ。
「じゃあ私も浴衣は止めた方がいいですよね‥‥」
残念そうに少女が言うと、イシュカは慌てて言葉を繋ぐ。
「ぁ、いえ‥‥ヴォルフルーラ様はそのままでよろしいかと‥‥せっかく華岡様が綺麗に着付けてくださったのですし‥‥、‥‥とてもお似合いですから‥‥」
「じゃあイシュカさんも大丈夫ですよ!」
何が「じゃあ」だと内心に苦笑するのは、氷菓子の店を手伝う事になった日向だ。
「別に浴衣じゃなくてもいいんだろ? 縁日っぽくて動き易い格好なら天龍みたいに半被でっ痛!」
背後から腕をつねられ眉を顰めて振り返れば不敵に笑んでいる紅子がいて、その後方から現れたのは浴衣姿のキースだ。
腕には警備隊の腕章。
「イシュカさん、機能性なら心配ないって。ほら、華岡さんがたすき掛けを教えてくれてさ、これだと剣を扱うにも不自由しないんだ」
これから警備担当になるキースが鞘に収めたままの剣で二度空を切って見せるが、袖が手元を邪魔することはない。
それを見せられても、イシュカは躊躇う。
「ですが‥‥私は自分の分の浴衣は用意しておりませんし‥‥」
「あら、浴衣ならソードさんが届けてくれたわよ」
「ソードが‥‥?」
言いながら腕にかけていた「四葉の浴衣」を広げて見せる紅子に、イシュカは絶句。
「イシュカさん!」
レインの真っ直ぐな瞳に見上げられると、彼女と同じ年頃の遠い地に残してきた養女を思い出すために弱いイシュカである。
「わ‥‥判りました‥‥」と観念する彼を「じゃあこっちに」と連れて行く紅子は、屋内に消える前にレインに向かってウィンク一つ。
つねられた腕をさすりながら、そんな二人の遣り取りを見て怪訝な顔をしていた日向も結局は苦笑い。
「――‥‥それが帯、なのですか‥‥? 他の男の方はもう少し細い帯だったような‥‥え? 髪も纏めるものなのですか?」
「私に任せてくれれば大丈夫♪」
たまに屋内から零れ聞こえて来る二人の遣り取りに外にいた面々は楽しげだ。
「イシュカ殿はどのように変身されるのかな」
「きっとものすごく可愛いですよ」
囁きあうリールとレインに次いで口を挟んだのは、やはりこれから警備に回るリラ。
「リール殿は浴衣を着ないのか?」
「え、あ‥‥紅子殿の手が空いたらお願いしようかな、と」
「そうか」
静かに微笑うリラに、何と応えたものか戸惑うリール。そんな二人に注がれる緩んだ視線が複数あったとか、なかったとか。
*
一方で酒場前広場のすぐ傍、こちら「焼きそば」の屋台を開くことにした天龍は、助手のユアンと最終確認。
「小盛り二つ、中盛り一つ、大盛り一つ。全部で幾らだ?」
「小が二C、中が三C、大が四Cだから‥‥」
指を折ろうとするのを必死に我慢し、頭の中で計算。
「十一C!」
「よし、正解だ」
「あはっ」
笑顔の師匠に褒められ、頭を撫でられれば幼子の顔も綻ぶ。
早朝から打ち続けていた麺は、それぞれの量に分けて木枠の箱に保管されており、その他の具材も均等に炒められるよう分割済み。
これを注文に合わせてユアンが鉄板に乗せ、天龍が自慢の腕を奮うのだ。
鉄板下の火の番もユアンの仕事。
「完売目指して頑張るぞ」
「はいっ!」
そんな彼らの周りにも、祭の開始を今か今かと待つ職人達がずらりと並んでいた。
――その日、広場には朝から不思議な光景が広がっていた。
中央にある噴水の中心から縦横約三メートル幅の空間だけが、この季節からは考えられない冷気を帯びて霞掛かり、誤って足を踏み入れると気温の低さに身震いする。――レインの水魔法フリーズフィールドが発動していたのだ。
冷気が届く端、噴水の外周に並ぶ氷のオブジェは灯篭。
凍らせてから掘るのは相当の労働力が必要と判断した冒険者達は、ならば最初からパーツを二つに分け、蝋燭の火を燈した後で上部分を被せるのならどうかと試行錯誤を繰り返し、最終的には数種類の食器を用いてこれを成功させた。
そして、その更に外回りには近くの酒場から厚意で借りられた卓や椅子が並ぶ。
天界出身の発起人・彩鈴かえで曰くビアガーデン風のこの光景が彼女はひどく気に入ったようで、その喜びようは周りで卓を並べる手伝いをしていた冒険者達の顔を無意識に綻ばせたほどだ。
並べられるのは卓と椅子ばかりではない。
何十人もの男達が汗水流して組み立てた屋台が広場からサカイ商店に続く道に次々と並べられ、時間と共にこちらも装飾されていく。
軒先に下げられるランタン、熾される火、熱せられる鉄板。
人が集まり、賑わい、――暗がりが辺りを包み始めた頃。
「――はぁぁっ!」
ダンッ!!
威勢の良い掛け声と共に大気を振るわせた大太鼓の音、同時にポッと燈されたのは氷の灯篭の灯が一つ。
「はっ!」
ドンッ、と二度目の音に燈る二つ目の灯。
ゆっくりと一つ、また一つと灯が燈るにつれて闇の中に浮かび上がる祭の姿。
「さぁさぁさぁさあっ! 祭の始まりだぁっ!!」
ダダンッ!! ――大太鼓の音が告げる。
各入り口に張られていたロープが警備隊の手で外され、重なる笛の音が人を誘う。
縁日は、その幕を上げた。
●それぞれの縁日
酒場前広場の卓や椅子はあっという間に満員になった。
まるで王都に暮らすほぼ全ての人々が此処に集まったのではないかと錯覚するくらい大勢の人々が足を運んだ縁日で、これを企画・主催した冒険者達の活躍は見事の一言に尽きる。
特に警備隊の編成は大当たりで、冒険者が主人を務める店の配置も功を奏した。
もっともサカイ商店寄りで、縁日への入り口ともなる場所に紅子の『一日ビューティーサロン』。
その傍にアシュレーの『射撃』。
噴水広場には勇人の『甘酒』と天龍の『焼きそば』、そしてレインとイシュカの『カキ氷と冷たい果物』の店が程よい距離感で広場を囲み、その間を、腕に腕章を付けた数名の警備隊が常に巡回しているのだ。
悪い事を考える者がいても、そう簡単に実行には移せないし、実行した者は次々と彼らに捕らえられる。
そうこうして予定時間の半分が過ぎた頃には、天龍の屋台は「完売」となって軒先のランタンの灯を消すのだった。
*
珍しいメニューだった事もあり、最初は客足が鈍かった『焼きそば』だが、その内に口コミで評判が広がり噴水広場に最長の列を作ったのは彼の店だった。
助手として入ったユアンは、全てが初体験だった事もあり火の調節を誤るなどして必要以上の時間を掛けてしまう事もあったが、最後までやり切った幼子を天龍は褒める。
「よく頑張ったな」
「師匠‥‥俺、役に立てた‥‥?」
「ああ」
笑顔で頭を撫でてやればユアンは疲れた顔に満面の笑みを浮かべて応えた。
「さて‥‥、手も空いた事だし縁日を見て回るか?」
「! いいの?」
「もちろんだ」
もとよりそのつもりで材料も抑え目に揃えていたのだ、せっかくの祭ならば自分達も楽しまねば損である。
「最初に何処へ行きたい?」
「勇人兄ちゃんの店! あとイシュカ兄ちゃんと、ぁ‥‥アシュレー兄ちゃんの店にも‥‥」
声が小さくなるのはまだアシュレーに対して苦手意識があるからだろうか。
天龍は苦笑交じりに「わかった」と頷くと、まずは勇人の店へと歩を進めた。
「よ、焼きそばは完売か」
天龍とユアンの姿を目にするなり陽気に声を掛けた勇人は、幼子の鼻の頭が真っ黒になっているのに気付いて笑んだ。
「ずいぶんと頑張ったみたいだな」
「わっ」
手元にあった布で鼻の頭を擦ってやる勇人。
だが。
「っ‥‥お酒の匂いがする‥‥」
「あぁ、きつかったか? 悪かったな」
手拭に使っていた布は決して汚くないのだが、甘酒を配る合間に使っているためどうしても匂いは移る。
「大丈夫か?」
天龍に問われて、ユアンは何度も上下に頷く。
その返答に安堵した。
「ユアンも飲んでみるか? 自家製の甘酒だ、ものは試しってな」
言いながら子供用の小さな猪口にそれを注いでいると、もう何度目かになる老齢の客が「甘酒をもう一杯!」と陽気な声で注文を入れて来る。
「あぁ、少し待っていてくれ。しっかし飲みやすいからって飲み過ぎるなよ?」
「何のこれしき、まだまだ若いモンには負けんぞ!」
「その言い方がやばいだろう」
笑いながら返す間にも「こっちにも一杯」と注文が入って来る。
「急がしそうで何よりだ」
「まぁな」
天龍と勇人が言い合う、そこに更に客が一人。
「私にも一杯いただける?」
長い銀髪が印象的な、花鳥風月をモチーフにした図柄を裾にあしらった風流な浴衣美人。
「‥‥?」
妙に挑戦的で中性的な流し目に、勇人と天龍はしばし無言。眉根を寄せてその女性を凝視した。
「あら、私の顔に何かついてるのかしら?」
「っ」
くいっと顔を近づけられ、思わず背を逸らした勇人は相手の目が笑ったことに気付いて、はっとした。その笑い方には覚えがある。
「おまえアシュレーか!?」
「正解〜♪」
「その格好は何事だ‥‥」
身体つきもすっかり女性の冒険者仲間に呆れて呟く天龍だが、そういえば巷にこれを可能にする指輪が出回ったという噂を聞いた覚えがあると思い出す。
「なんつー悪趣味な‥‥」
「余興だよ、余興」
笑顔でさらりと言ってのける女性版アシュレー。そこに新たに現れたのは客が飲み終えて席に置いていく食器を洗っては各屋台に配って歩いていたレインだ。
「勇人さん、甘酒用のお椀を洗ったので此処に置いていき‥‥」
その視線が銀髪の浴衣美人に止まって、しばし無言。
「‥‥‥‥置いて行きますね、完売目指して頑張ってください」
「ぉ、おお」
にこっと笑んでそのまま立ち去ろうとする少女に、少なからず驚く勇人と天龍。もう少しリアクションがあっても良いと思うのだが。
「レインー、何か感想はー?」
当の本人は彼女に見破られている事も承知済みだったようで。
「感想なんかありませんっ」
「えー、俺キレイじゃない?」
「そうですね、キレイですね」
「レインも可愛いよ」
「っ、か、かわ‥‥っ」
真っ赤になってこちらを見た彼女に、パシャリと音を鳴らすのは天界製のデジタルカメラ。
「‥‥っ」
「うん、可愛い可愛い」
満足と笑うアシュレーにレインの精一杯の反論。
「アシュレーさんの女装よりイシュカさんの方が美人さんなんですからーーっ!」
言い放って逃げる後ろ姿はまるで兎。
そんな彼女にくすくすと笑って、彼女がイシュカと一緒に営業中の氷菓子の店に視線を移した。
そこでは四葉の浴衣に身を包み、柔らかな金髪を上品に結い上げた売り子が菓子を子供達に一つ一つ手渡している姿がある。
「まぁ、記念に残しておく価値はあるかな?」
そう呟きつつアシュレーが再びカメラを構えたその時。
「‥‥アシュレー兄ちゃんもイシュカ兄ちゃんも‥‥兄ちゃんじゃなくて姉ちゃんだったんだね‥‥」
低い呟きに、天龍、勇人、そしてアシュレーが何事かと目線を下げると、そこには空になったお猪口を握って目を据わらせている幼子の姿。
「ユアン‥‥?」
「おい、大丈夫か?」
天龍と勇人が心配して声を掛けるも時既に遅し。
「‥俺‥‥知らなか‥っ‥‥ごめんなさい‥‥っ」
顔を歪めて、今にも泣き出しそうな幼子。
「まさかそのお猪口一杯の甘酒で酔った?」
「何にせよ泣くのは待て‥‥!」
泣き出したら止まらない、それが二つの種族の血を引くユアンの狂化状態。
「ふぇ‥‥っ」
「待っ――」
かくして騒動勃発。
頑張れ冒険者。
*
噴水広場の方がなにやら騒がしいと気付きつつも、そこには天龍や勇人がいるから平気だろうと判断した昴は、屋台の外に並ぶ建物の屋根伝いに移動していた。
通路は人でごった返していて視野が狭い。
ならば上空から見下ろした方が行動の怪しい連中を見分けるのは用意であり、その証拠というわけではないのだが、彼女は既に二人のスリを現行犯で捕まえていた。
忍びの彼女にとっては不審な行動を取る者の動きを見定めることは難しい話ではないのである。
「‥‥? あぁ、キースも休憩に入ったのか」
何気なく見下ろした先で、浴衣姿のキースが石動兄妹と三人揃ってアシュレーの店で射撃に興じている。
と言う事は同じ時間帯で警備に回る事になっていた昴も休憩に入って良いということなのだが。
「‥‥浴衣着て縁日を回るなんて柄じゃないしね」
軽い息を吐いてその場に腰を下ろす。
縁日の灯火から少し離れて眺める景色は、故郷の縁日に似て異なるもの。
同じ名を持つ祭だと思うほどに、尚更、異国に居るのだと言う思いが強くなる。
「‥‥」
屋台の灯を見つめ、人の流れを目で追い、故郷の祭と比べて「それはないだろう」と内心にツッコミを入れてみる。
(「あー‥‥そういえば良哉に、知り合いに茶狂いがいるのを教えておこうか‥‥」)
茶好きで茶碗一つにも目を輝かせる良哉ならば、あの人とも気が合いそうだ、そう思い当たって目元を和ませた、その時。
「昴」
不意に下方から呼ばれて身を乗り出せば、その茶狂いが立っていた。
「いま空いているなら、一緒にどうだ?」
縁日を回らないかと声を掛けられ、昴は目を瞬かせる。
どういうつもりかと思わないでもない。
だが。
「‥‥仕方ないね」
昴は苦く笑い、屋根を下りた。
今日だけならそれも悪くはない。
*
「キース、あれ獲ってくれ、アレ!」
良哉の強い要望に応えて手の平サイズのダーツを構えるキースは、意識を集中して矢を放つ。
「おおっ!」
直後、矢は絶妙な位置に見事的中、良哉の希望の品を獲得した。
「やった、サンキュ!」
「ありがとう!」
背後で大喜びする石動兄妹に、しかし矢を投じた本人は納得しかねる様子。
「おかしいな‥‥アシュレーさんが企画したお店なのに的も矢も普通だ‥‥」
手と、残っているもう一本の矢を見つめて呟くキースに、その時、店番をしていた紅子は思わず失笑。
そしてちょうど店に戻って来たアシュレーも。
「キース、それってどういう意味さ」
「わっ」
声を掛けて来たのはアシュレー、その人であるはずなのに身体つきは間違いなく女性。花鳥風月をあしらった浴衣姿の銀髪美人だ。
「アシュレー‥‥さん、だよ、‥‥な?」
キースは遠慮がちに確認してしまう。何となく気後れしてしまうのは男女の差だろうか。一方、彼の背後に隠れるようにして様子を伺っている石動兄妹に関しては付き合いの長さが理由だろう。
「そうだよ、結構似合うでしょう?」
ポーズを決め女性言葉で返してくる仲間に、キースは「確かに似合う」と真面目な顔で頷き、周りを苦笑させた。
「意外に早いお帰りね、その格好で縁日は楽しめた?」
互いに店の位置が近かった事もあって一番最初にからかわれた紅子は、そもそも最初から動揺らしい動揺もせずに「彼女が彼である」と受け止めてしまっていて、今もその態度に違いはない。
「楽しかったよー、予想外のアクシデントはあったけど」
そう前置きして話したユアンの狂化状態に石動兄妹の顔付きが変わる。
アシュレーはすぐに言葉を繋いだ。
「大丈夫だよ、陸奥と飛が一緒だし。あの子、泣き続けるだけなんだろ?」
「それはそうなんだけど‥‥」
しばらく考えた後で良哉は顔を上げる。
「俺、やっぱり戻るわ。ユアン心配だし」
「なら私も」
「おまえはいいよ、キースと縁日楽しんで来い。キース、香代のこと頼んだぞ!」
早口に言い残して踵を返す良哉はそれきり。人に揉まれる様にして人混みの中に消えていった。
「アシュレーさんは店番に戻れるの?」
「うん、ありがとね」
「どういたしまして」
そうして紅子も席を立つ。貸し浴衣の店を出していた紅子が忙しかったのは最初の内で、祭も後半に差し掛かってくると客足はまばら。そろそろ閉店時なのだ。
「もう一勝負していく?」
気付けば男に戻って「店主」になっているアシュレーに問われて、キースの視線は「うん‥‥」と頷きつつも兄の見えなくなった人混みを見つめている香代に向かっている。
「キース?」
「うん、いいや。俺達も戻るし」
「そ」
笑顔で応えてくるアシュレーと、驚いたように振り替える香代。
「心配なんだろ?」とキースが問えば、彼女は丸くしていた目を和らげて微笑った。
二人もアシュレーに見送られて人混みの中へ。
「ありがとう」
途中で香代から告げられた言葉に、キースも笑顔で応えた。
いま、彼女はキースから渡された月乙女の衣に身を包み、縁日という非日常の灯の中で一際優美に映る。
「貴方には‥‥一度、きちんとお礼を言わなきゃと思っていたの」
「お礼?」
「ええ。いろいろと、本当にありがとう」
いろいろ。
その言葉に含まれた思いを察してキースは微笑う。
「そんな改まらなくてもいいよ。これからも一緒に戦っていく仲間なんだし、それに、可能な限りはずっと隣で過ごさせて欲しいと思ってるよ」
「――」
言葉の理解に数秒の沈黙。
さらりと語られたキースの提案に、香代の顔はみるみると赤く染まっていき。
*
「はいよ、お待ちどうさん」
絵描きの店前に佇む浴衣姿の男女、リラとリールだ。
「ありがとう、ご店主。お代はこちらで良いのかな」
「ああ、ありがとよ」
やはり休憩中の警備担当の二人は、空いた時間を共に過ごしていた。その途中で絵描きの店に気付き、せっかくだからと二人並んだ姿を描いてもらったのだ。
「リラ殿もありがとう。せっかくの休憩時間を自分に付き合ってくれて」
「私は構わないが‥‥」
言いながら、リラは僅かに顔を俯かせた。長い柔らかな金髪が揺れてその陰りを隠す。
彼の長い髪は耳隠しだ。
二つの種族の血を引く事は世界の禁忌であり、ハーフエルフだと知られれば先ほどの絵描きも決して彼を描きはしなかったはず。並んで歩くリールにも酷い言葉を浴びせたかもしれない。
「リラ殿?」
言葉を途切れさせた彼を心配に思い呼びかけるリールに、リラは微笑う。
恐れは尽きない。しかしそれを口にすれば彼女を、そして仲間達を怒らせることは容易に想像がつくからだ。
「‥‥礼を言わねばならないのは私の方だ。ありがとう」
「? お礼を言われるような事は何も‥‥」
「いや、こうして今日の思い出を残すような絵を望んでくれた。そのことをとても嬉しく思う」
「これは‥‥」
相手の素直な言葉に動揺しつつ、リールも素直な言葉を返す。
「これからどんな辛い事があっても、このような思い出が心の支えになる。また皆とあのような時を過ごしたいと、頑張る事が出来る、――そう思ったんだ」
「あぁ」
仲間と共に描かれた絵をリラも持っている。
そこに刻まれた記憶は、もはや楽しい思い出ばかりではなくなってしまったけれど、同時に形として残す事の意味を知るきっかけにもなった。
だからこそ、なおさら彼女への感謝は募る。
「さて、と。これからどうしようか。やっぱり天龍殿のお店に行き、その後はレイン殿とイシュカ殿の‥‥」
「その前に‥‥」――何かを言い掛けたリラ、しかしそれより早く彼の腕を取った小柄な少女がいた。
「っ、香代?」
「行くわよリラ、ユアンが大変っ!」
強引に連れ立って足早に行く彼女に、驚きのあまり抵抗も出来ないリラと、残されたリールには更に後方から続いていたキースが声を掛けた。
「キース殿。香代殿は一体‥‥?」
「ユアンが泣き出したみたいで、さ」
「!」
そんな一大事が起きているならばリールも噴水広場へ向かうのに異論はない。香代の気持ちも判ると二人を追うように歩調を速める。
が、一方のキースは困惑気味。
(「思った事を言っただけなんだけど‥‥どうして怒ったかな」)
顔を真っ赤にして口を利いてくれなくなった香代の背中に呟く。
それも意識してこその態度だったが、如何せん、些か天然気味の鎧騎士。答えを得られるのはもう暫く先になりそうだ。
*
噴水広場の一騒動が落ち着きを見せ始めようとしていた頃、紅子と日向はその傍、レインとイシュカの氷菓子の店にいた。
アシュレーの射的の店で景品をねだるなど「ごっこ」感覚で縁日を楽しんで来た紅子は、もしかすると少し気分が高揚していたのかもしれない。
「滝さんはもう少し射撃の練習をした方が良いわね」
「仰せの通りですよ、姫君」
くすくすと無邪気に笑う紅子には、粗品しか持ち帰れなかった日向も笑って返す他ない。
無花果や杏子の果物盛り合わせとカキ氷の乗った卓に頬杖をつきながら、そんな彼女を見ていた。
と、不意に鳴り響く大太鼓の音。
一斉に客達の視線が移動し、段上に上がった勇人がそれを独占した。
更には、不意に彼らの背後から上がった火の塊が、闇色の空を背景に花開く。
「花火?」
思わず呟いた日向。
そう、地球出身の彼らにとっては祭と切っても切れない大イベント。しかし今、その打ち上がる音色を奏でるのは勇人の大太鼓だ。
「イリュージョンね」
月魔法の一種だと悟るのは紅子。彼女の言う通り、それは月魔法の使い手・石動兄による術であり、かえでの説明で何とか形になった映像は地球人からしてみれば稚拙な箇所も多分に見受けられた。
しかし、これぞ祭りの醍醐味。
そんなものを初めて目にし、耳にするアトランティスの人々の意識は、完全にそちらに奪われていた。
「綺麗‥‥」
呟く紅子は、ふと手元から立った物音に視線を落とす。すると、そこには日向の手から離れた、見慣れた形状の小物。
「‥‥口紅?」
「射的の景品ではないけどな。華岡サンに似合うと思ってさ」
差し出されたそれを受け取り、ふたを取る。
目に鮮やかなパールピンクの色彩。――これを、目の前の彼がどんな顔で手に入れたのか想像すると思わず笑みが零れる。
「‥‥ねえ滝さん」
「ん?」
「目を閉じてくれる?」
「――」
辺りは暗がり、空に打ちあがる花火の幻に人々の意識は奪われ彼女達を気にする者もない。
魅惑的に身を寄せられれば、日向とて状況を察しようというもの。
言われるがまま目を閉じて――。
「んぐっ」
唇に押し当てられたのは冷たい冷たい大粒のブドウ。
くすくすとやはり無邪気な微笑み付きだ。
「‥‥あのなぁ」
「あら、だってレインちゃんにお願いされちゃったんだもの、ヘンタイさんへの仕返し」
「誰がヘンタイか」
「ふふ、また今度ね♪」
自分の唇に人差し指を立てて小悪魔な微笑を浮かべる彼女に、元探偵はすっかり脱力。
「はいはい、楽しみにしておきましょ」
そんな彼をからかうように、新たな花火が打ち上がった。
●祭の後
「人呼んで陸奥流、暴れ太鼓ってとこか。行くぜ!」
活き活きとした勇人の掛け声と共に、楽を嗜んでいる冒険者による笛での伴奏を伴い披露された大太鼓。
邪を祓う一撃の如く周囲に響く(らしい)威勢の良い音色の迫力は、緩急交えて次第に観客達の心を興奮の渦に巻き込んでいた。
そんな中で休憩を終えて警備に戻ろうとしたリールは、普段着に着替えようと借りている宿屋に向かったところで、そこの女将に呼び止められた。
「リールさんでしょ? 荷物預かってるよ」
「荷物?」
「ああ、ほら」
そうして手渡された布製の小さな袋の中には、やはり小さな入れ物と、二つ折りにされた羊皮紙が。
「‥‥リラ殿だ」
絵の礼にと、渡されたそれは。
「‥‥」
甘く優しい癒しの香り。
先ほど言いかけていたのはこれの事だったのだろうかと思うと、リールの表情には困惑したような、それでいてはにかんだ笑みが浮かんだ。
もう間もなく祭は終わり。
君との縁を尊ぶ日。
明日には全てが片付けられるこの場所に、しかし確かに燈った灯は、決して消える事はないだろう――。