夏の夜の灯火よ〜今日という日に
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■ショートシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:5人
サポート参加人数:2人
冒険期間:08月14日〜08月18日
リプレイ公開日:2008年08月22日
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●オープニング
天界人の発案で催されることになった縁日は、いま冒険者ギルド周辺の街に暮らす人々にとって最も胸躍らせる日になりつつあった。
これを依頼として最初に受け付けたギルド勤務の青年の胸中もまた然り。
誰に作ってもらったのか、または誰に着付けてもらったのか。
小さな浴衣に身を包んだ子供達が木製の看板や見慣れぬ道具を持って縁日の宣伝に回っている姿を見るたび、自然と頬が緩んでしまう。
その日もそうだった。
子供達が「ぜひ参加してください!」と朗らかな声を上げてギルドから去っていくのを見送る彼の表情は満面の笑み。
「もちろん行くさ!」なんてガッツポーズで応える彼に、――その依頼は持ち込まれた。
*
「縁日に参加するために仕入れた品が届かない、ですか?」
聞き返す受付係に、依頼人こと商人のホグバーク氏は重々しく頷く。
「そうだ。天界の祭なんて珍しい催しなら客足も多い、商売人としては店を出さない手はないし、そんな特別な祭ならこちらも特別な品をと、セレの職人から骨細工を買ったんだ」
「ほねざ‥‥骨!?」
思わず大声で聞き返した受付係に、しかし商人は落ち着いている。
「そんな驚く事ではないだろう。人間の骨を使うわけではなし、獣の骨なら、それこそ昔から武器や家事道具として普通に使われている」
「それはそうですけど‥‥骨細工って‥‥」
つまりは加工して模様を施し、アクセサリなどの装飾品になっているという意味で。
そんなものを誰が着飾るのかと受付係は思うが、ホグバーグ氏は商人の顔で語る。
「中でも目玉の商品はな、メイから届いたダイナソアの骨で作られたランタンだ」
「はいぃ?」
「まぁ聞け。それらが三日前には俺の店に納品されるはずだったのだが届かなかった。すぐに先方に問い合わせてみると、確かに期日通りに送ったという返事がシフール便で昨日届いた。これはどういうわけかと悩んでいたところに、うちの下働きからの報せがあったんだ、近所の村で流れの商人がダイナソアの骨製ランタンを売っているってな!」
「――」
そんな珍しい品が、わずか数日の内にウィル近辺に複数個出回るとは考え難い。
だとすれば考えられる理由は――。
「その、骨細工を納品するためにセレから来ていた運び屋の方は‥‥?」
「判らん。だが下働きが見たという流れの商人は体格の良い五人組で柄は悪そうだった、それで怖くて追及してくる事も出来なかったそうだ」
むしろ接触しなかったのは幸いだったと受付係は思う。
下手に関わっては、その人物の命も危かっただろう。
「ホグバーグさん、‥‥どういった内容で依頼を出されますか?」
「奪われた品を取り戻して縁日に間に合うよう俺の元に届けて欲しい、それが最優先事項だ」
そこで一度言葉を切り、ホグバーグ氏は息を吐く。
「‥‥時間に余裕があるなら運び屋の連中も探してくれ。荷は二人で運んできていたはずだ」
「判りました」
三日前に届くはずだった品が届かなかった、その日には既に襲われていたと見るならば、荷を運んで来た者達が今も無事である可能性は限りなく低い。
だが、助けられる可能性もゼロではないはずだ。
受付係は依頼書を貼り出す。
ウィルを包む陽気な雰囲気にはそぐわない、切なる表情で。
●リプレイ本文
「他人の物を奪って商売をしようだなんて呆れた悪党ね」
依頼内容を確認し終えると同時、嘆息交じりに呟いたのは加藤瑠璃(eb4288)だ。
「それが本当なら懲らしめてやらないと」
「同感だ」
それに抑揚のない声音で同意を示したのはシリウス・ディスパーダ(ec4270)。一方でオルステッド・ブライオン(ea2449)は冷静に情報を分析する。
「‥‥かなり人相が悪く、怪しげな五人組で、さらに珍しい骨細工を売っている‥‥からといって、犯人と決め付けるわけにもいかないだろう‥‥」
彼は語る。
昔に聞いた祖母の言葉、人は見た目が九割だと。
そうして自分達を順に見遣れば、集った冒険者は華奢な体格のエルフが四名と、若い女性。とても強そうには見えないのに、その実、戦闘のスペシャリストが揃っているのだから「何だかなぁ」ではあるのだが。
「‥‥とりあえず、まずはその五人が本当に犯人で、売っているのが盗品かどうかを確認しないと‥‥」
言うオルステッドに無言の視線で応えるシルバー・ストーム(ea3651)。
「そうしましょう」と返すのは白銀麗(ea8147)。
五人は三頭の馬にそれぞれ跨り、件の村へと先を急いだ。
*
怪しいとされる五人組の容姿に関しては、前以て依頼主の下働きと会って確認済みだった事もあり、村に入った冒険者達が彼らを見つけるのにそう時間は掛からなかった。
馬に乗ったまま村の奥へと進み、何食わぬ顔で五人組の前を通り過ぎる。
彼らは今日も流れの商人として道端に品を広げ、道行く人々に「こんな珍しいもの、他所じゃこの値段では買えないぜ?」と声を掛けていた。
「‥‥間違いないな‥‥」
呟くオルステッドに頷いたのはシルバー。
当初は荷を運んで来たとされる二人のエルフの顔を確認するため、依頼人に対して魔法リシーブメモリーを使う予定の冒険者達だったが、依頼主が知っているのは細工職人やその元締めの人物くらいで、運び屋の事までは知らなかった。
そこで予定を変更し、下働きの青年に対して術を発動。
更には特殊なアイテムなども活用し、大まかな位置はあらかじめ調査していたのだった。
「‥‥さて、早速だが接触してみようか‥‥」
宿屋の近くで馬を降り、部屋を借りるような素振りを見せながら言うオルステッドには、実は気になる事があった。
それは口数の少ないシルバーが内心に抱いていた懸念と同じ。
仮に五人組が本当に盗賊の類だったとして、襲われたと思われる運び屋のエルフ二人の遺体なり争った形跡なりが、第三者の目に触れて情報として流れて来ないことだ。
「裏」がないとは限らない。
尤も、それも確認してみない事にはどうしようもなく、今は行動を起こす他ないのだが。
「では、行こう」
先頭に立つのは話術に長けたシリウス。
後に続くのはオルステッドと瑠璃の二人だ。銀麗は少し離れた位置から魔法によって五人組の心の声を聞く役目を担い、念のためにシルバーが彼女の護衛についた。
「珍しい品を売っていますね」
シリウスが声を掛けると、五人組はジロッと眦を吊り上げた。一瞬、警戒するような雰囲気が彼らを包むが、エルフ二人に女一人という組み合わせでは、屈強で強面の自分達に敵うはずがないと判断したようだ。
「判るかい兄ちゃん」
ポンと膝を打って笑んで見せた。
「ええ、これは骨細工とお見受けします。しかもこのように大きな物となれば普通の大動物では無理でしょう‥‥もしや、ダイナソア‥‥?」
まさかと言いたげな顔を装って問うシリウスに、男たちは得意になって「あぁそうだ」と大きく頷く。
「兄さん、良い目をお持ちのようだ!」
「それ程ではありませんが、‥‥もしかしてメイからの輸入品でしょうか」
言いながら外周に掘られた細工を指の腹で撫でる。
「ん‥‥しかしこの優美で繊細なラインはセレの技巧に似ていますね」
「ほぅほぅ、見事なもんだ。もしかして兄さんもセレの職人かい?」
セレはエルフの国。
それは男達に新たな警戒心を抱かせたようだが、シリウスは静かに微笑んで左右に首を振った。
「いいえ、私は天界からこちらに渡ってきた商人です。珍しい品には目がなくて、セレの細工は同じエルフの手によるものですからね。不思議と手に馴染むのですよ」
「天界からの!」
男達は、シリウスのその言葉に反応した。
「そりゃいい! 俺達も商人の端くれ、天界の珍しい品とだったら、ものによっちゃ破格のサービス付けて物々交換してやるぜ!」
目を輝かせる男達。
シリウスは「どうしようか」とオルステッドを振り返る。
「‥‥良い話だとは思うが‥‥交換出来る品があるかどうかは、確かめてみないと判らないな‥‥」
だから確認して来る、と。
彼は一人、馬の傍へ――そこで待機している銀麗とシルバーの元へ戻った。
その間にもシリウスと商人達の話しは続く。
「‥‥どうだ」
オルステッドに問い掛けられた銀麗は頷いた。
「シリウスさんがお持ちの天界の品と交換出来れば、この危険なお宝とはオサラバ出来ると」
リードシンキングで読み取った男の思考を彼女はそのままに告げる。
盗品そのものを売り捌くのには限界がある事は男達も承知していて、ならば此処で天界の品と交換出来れば、それを持って逃げられると考えたらしい。
「彼らが広げている商品は間違いなく私達の依頼主の品ですね」
「‥‥そうか」
ならば取るべき方法は一つだが、いま此処で乱闘騒ぎを起こすわけにはいかない。
三人は短い言葉で話し合った後でシリウスの元へ戻る。
「‥‥交換出来る品がいろいろとあって、すぐには用意出来ない。少し時間を貰えないだろうか」
「あぁ、ではこれ以上は貴方達も商品を売らずにおいてもらえないか?」
オルステッドの提案に、シリウスが重ねて頼む。
男達の答えは応。
こうして、準備は整った。
*
その日の夜。
自分達が盗み取った品を、悪事に介入していない天界の品と交換出来ると決まった事に喜び浮かれていた五人組の男達は、酒場で浴びるように酒を飲んで、宿屋への帰路についていた。
「あの兄ちゃんらに骨細工を全部売り払っちまったら、メイにでも高飛びするか」
「ああ、天界の品なら高値で売れるしな! 月道代は充分に出るだろう」
千鳥足で夜道を行く男達の陽気な声。
その前方を塞ぐのは、冒険者。
「なんだぁ‥‥?」
「誰だテメェら‥‥」
腰の得物に手を置いて凄む彼らに、しかし冒険者達が臆する事はない。五対五の、いわば一騎打ち。
あらゆる戦を潜り抜けてきた彼らにとっては、盗人一人、赤子の手を捻るも同然なのだから。
「‥‥ギルドから、あの骨細工の正当な持ち主の依頼を受けて来た‥‥」
返すオルステッド、その声を聞いてようやく男達は夜闇に目を凝らした。
夜目の利くエルフと違って彼らの視界は悪い。
更には酒も入っているから足元も覚束無いのに、逆を言えば酒のせいで気は大きくなっていた。
「なんだい、昼間の兄ちゃん達じゃねぇか」
「今から交換しようってのか?」
「呆れた人達ね」
あっさりと言い放つのは、エルフでなくとも目には自信のある瑠璃だ。
「ギルドから依頼を受けて来たと言ったでしょう?」
「ギルドぉ?」
「あぁ? どっかで聞いたな‥‥あぁアレだ、王都にあるっていう冒険者の‥‥」
五人の内の一人が、そう言いながらようやく気付いた様子。
「ぁ‥‥まさかテメェら、騙したのか!?」
荒い声を張り上げた男に、仲間達は困惑。
冒険者達は短い息を吐いた。
「今度は逆ギレ? 格好悪いわよ」
そうして一歩を踏み出した瑠璃は、格闘は不得手な銀麗の前方に。
「‥‥やれやれ‥」
オルステッド、シリウスはその場で剣を構え、シルバーはダガーofリターンを抜く。
銀麗は黒魔法を発動、――屈強な男達の抵抗は、あまりにもあっけなく終わりを迎える。
そもそも実力差があり過ぎるうえに男達は酒で酔い潰れる寸前。
言い換えれば、そのお陰で大怪我をする事無く冒険者等のお縄につけたという見方も出来るけれど。
「さぁ、最後の質問ですよ」
五人をロープで縛り上げ、彼らの荷を没収した後で冒険者は何より気掛かりだったそれを問う。
「セレからウィルへ、荷を運んでいたエルフ二人は何処ですか」
銀麗の有無を言わさぬ質問に、男達は苦虫を噛み潰したような顔を見せ――。
*
依頼主から預かってきた骨細工の納品リストと没収した品々を確認し、オブジェの一種として壁に掛ける短刀を模した置物二点が不足している事を確認した冒険者達は、さすがにその行方までは追う事が出来ず、五人の盗人と、取り戻した品を持って王都へ帰って来た。
骨製ランタンが珍しい云々の前に、そんなものを手元に置きたいと考えるかどうかが問題なわけで、特に男達が店を出していたのは王都からそう離れていなかったとは言え長閑な村の一角だ。
好き好んでそのようなものに大枚をはたく物好きもいなかったのだろう。
何にせよ、こうして品は依頼主の元に届けられ、ホグバーグ氏は縁日に無事出店する事が出来た。
冒険者達の尽力のお陰である。
「――で、運び屋の二人はどうしたんだ?」
縁日会場の一角、こちらは食べ物の店を出すという冒険者仲間の友人に声を掛けられたシルバーは静かな視線を彼に向け、息を吐く。
「‥‥捕まえましたよ」
どうやらオルステッド、シルバーの懸念は当たっていたようで、五人組と運び屋の間には共犯という繋がりがあったのだ。
男達の証言を元に二人の行方についても当たった冒険者達は、魔法を駆使して彼らに到達。しっかりと官憲に引き渡してきた。
「亡くなってなかっただけマシよね」
瑠璃が言う。
「あの人達もこれからしっかりと罪を償う事になるんだし、亡くなった彼らの遺体を埋葬する事を考えていた時に比べたら、随分と気も楽になったわ」
「うむ」
彼女の言葉に同意を示すシリウスは、同族の彼らの安否を心から案じていた分、聞かされた真実に底知れぬ怒りを覚えたものだったが、瑠璃にそう諭されて納得。
「いずれにせよ、尊い命が散らされたわけではなかったのですから一件落着で良いでしょう」
銀麗も、表情こそ苦笑めいていたが穏やかに言葉を紡ぐ。
「‥‥それにしても、美味しいな‥‥」
不意に呟くオルステッドが口にしていたのは、シルバーの友人が今宵の屋台に出すという「やきそば」だ。
彼の感想を聞いて、それを作った本人も満足顔。
「まだ試作段階だったのだが、これで完成としても良さそうだな」
「‥‥いよいよ今夜ですね」
そうして見上げる祭の会場。
これから始まる、いつもとは違う夜。
「久し振りに輪投げとかやってみたいわ」と瑠璃が言えば、他の面々もそれぞれに今宵の予定を胸の中に思い描く。
一夜限りの灯が燈る、この夜に。
屋台の一角、煌々と揺らめく骨製ランタンの灯が道行く人々の目に留まり話題となった。
それは、冒険者諸君の武勇伝と共に――。