探偵遊戯〜精霊の嘆き(?)〜

■ショートシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月22日〜08月27日

リプレイ公開日:2008年08月30日

●オープニング

 その村の近くには手付かずの深い森が広がっていた。
 農業で生計を立てている者が主な村人達は、その森には昔から精霊様が住んでいらっしゃるという代々の言い伝えを疑う事は無く、精霊様の憩いを妨げるなと、子供達が遊びの延長で踏み入る事も許さなかった。

 本当に精霊がいるのかどうかは判らない。
 誰一人その姿を見た者はなく、言い伝えさえも誰が言い出しか知る者はない。
 ただ、村の傍に広がる森と住まう人の関係が「無」であれば互いに害もない。
 仮に本当に精霊が住まうのだとしても、それはそれで何ら問題が生じる話しではなかったのだ。


 *

「なのに何故、冒険者を雇ってまでその森に立ち入らせようとするのですか」
 冒険者ギルドの受付係は依頼を託しに来た村人に怪訝な顔で問う。
 これまでの話を聞く限りでは「森に入って欲しい」という相手の話は明らかに矛盾していた。
「何か入らなければならない事情でも生じたのですか?」
「‥‥ぁ、あの‥‥」
 依頼主は何度も唾液を飲み込みながら青い顔で言葉を濁す。
 それはまるで怯えているようでもあった。
 受付係は軽く息を吐き、怪訝な顔付きを微笑みに変えて話し掛けた。
「此処は冒険者ギルドです、何も心配する事はありません。‥‥落ち着いて、話して下さい」
 ゆっくりと言い聞かせるように語る受付係に、依頼主は目を瞠り。
 ――そのうち、震える息を吐き出した。
 長い、長い吐息と共に身体の強張りが解れていく。
 彼は涙目になりながらようやく話し始めた。
「事の起こりは旅の方を家にお泊めした夜です。旅の方が、あの森には狩りをして楽しめる動物はいるのかと恐ろしい事を言われるので、精霊様の暮らす森です、どうぞ立ち入らないで下さいとお願いしました‥‥」
 依頼主がそうお願いした時には「判った」と頷いた旅人は、しかし世話になったと出立するように見せかけて森に入った。
 野生の鹿でもいれば楽しめると考えたそうだ。
「ところが‥‥それからしばらくして旅の方は森から転がり出て来られました‥‥ええ、文字通り転がり出て来られたのです。血の気の引いた真っ白なお顔で、何事かと声を掛けましても、ショックのあまり声も出ないほどの動揺ぶりで‥‥しばらくお休みになられた後でもう一度お尋ねしますと、悲鳴が、と」
「悲鳴‥‥?」
「旅の方も動揺のあまり幻を見たのかもしれません。しかし不気味で禍々しい色をした頭だけのモンスターが自分を見て悲鳴を上げた、と」
「‥‥」
 思わずゾッと背筋を駆け抜けた冷たいものを無視出来なかった受付係だが、それを振り払うように努めて平静な声を装う。
「も、もしかすると森に悪い事をしようとした旅の方に怒った精霊様の、過度なお仕置きだったのかもしれませんよ? トレントやアースソウルといった森の精霊には、害為す者を追い払おうとする者も少なくありませんからね」
「それならそれで良いのです。しかし旅の方が見たと言われる、禍々しい色をした頭だけのモンスターと言うのが何なのか‥‥村の者達も日に日に森を恐れるようになっていて‥‥」
 集団心理。
 旅人の驚き様や、恐怖に心乱した姿は相当のものだったのだろう。一人がそうなると、見ていない者も些細な変化をそれに関連付けてしまう。
 次第に恐怖心は周囲の者に伝染し、皆が恐れるようになるのだ。
「ですから、どうかお願いします。このままでは村の者もどうしたら良いのか判りません。本当にモンスターがいるのだとしたら、モンスターに遭遇しても無事に戻る事の出来る方々に代わって調べて頂きたいのです」
「判りました、そういう事でしたらこの依頼、お受けしましょう」
「よろしくお願い致します」


 *

 受付係が依頼書を貼り出していると、その後方に人の気配が立ち止まった。
 誰かと思いながら振り返ると、それは顔馴染みの天界人・滝日向だった。
「滝さん、‥‥この依頼に興味が?」
「興味っつーか‥‥肝試しな雰囲気の依頼だな」
「キモダメシ?」
 天界の遊びの名を簡単に説明する日向に、なるほどと頷く受付係。
 しかし幽霊や妖怪の類はこの世界に存在しない。
「ちなみに、その旅人ってのは今どうしているんだ?」
「こんな村に長居は無用だととっくに村を発たれたそうですよ。ヒドイ人もいるもんですね、自業自得のようなものでしょうに」
「ふぅん」
 カオスの魔物が関われば似たような敵には遭遇するだろうが、少なくとも今回のように旅人一人の恐怖心のみという被害状況を鑑みるに、そういった魔物の関与も可能性は低いだろう。
 日向はしばし思案した後で決心する。
「この依頼、俺も受けるわ」
「はい?」
 驚いて聞き返す青年に、日向はニッと意味深に笑んで見せた。

●今回の参加者

 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4412 華岡 紅子(31歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec4112 レイン・ヴォルフルーラ(25歳・♀・ウィザード・人間・アトランティス)
 ec4371 晃 塁郁(33歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

「『不気味で禍々しい色をした頭だけのモンスター』って、本当にモンスターだったのかしら」
 件の村へ向かう途中の冒険者一行の中で加藤瑠璃(eb4288)が呟いた。
「正体に何か思い当たることがあるのですか?」
 エリーシャ・メロウ(eb4333)の問い返しに本人は「そうね」と思案顔。
「アトランティスの人が見つけたらモンスターと勘違いするんじゃないかっていう地球産のおもちゃなら頭に浮かんじゃうんだけど」
「あら、あれのことね?」
 面白そうに彼女の想像を当てるのは華岡紅子(eb4412)。彼女達と同じく天界の地球出身者・滝日向もそれを思い浮かべて「確かに」と苦笑いだ。
「まぁ見つけてみりゃ判るさ」
 日向の受け答えに瑠璃も同感。
「そうね」とその話を打ち切った。
 一方、同郷出身の三人の会話を一歩下がって聞いていたのは愛犬二頭を伴って歩くレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)。
「でも、本当にモンスターがいたとしたら‥‥首から上だけで不気味な色をしているって、話を聞くだけでもぞっとしちゃいますね」
 後方から聞こえて来る声に一同は首を回す。
 そんな彼女に「どうなさったのですか?」と不思議そうに声を掛けたのは晃塁郁(ec4371)だ。
「知らぬ仲ではないのですし、どうぞこちらに」
 気遣った塁郁が日向の隣を空けるのを見て、動揺したのが一人、苦笑したのが二人、そして楽しげに目元を緩めたのが一人。
「い、いえ! そこにはどうか塁郁さんがいて下さい!」
「あのお嬢さんはモンスターより俺の方が怖いそうだ」
「別に怖くなんかないですよっ」
 レインと日向の舌戦、そこでレインの援護に入ったのは紅子とリール・アルシャス(eb4402)。
「日向殿はお人が悪い」
「ほんとね。またお仕置きが必要かしら?」
 馴染みの女性三人に敵に回られては勝ち目など無に等しい。
「はいはい、自重しましょ」
 両手を上げて早々と降参の意を示す彼に、瑠璃とエリーシャからは呆れた視線が向けられる。
 それでも顔が楽しげなのは、自分以外は女性ばかりの華やかな雰囲気に浮かれているからである。



 村に着いた一行は、その足で今回の依頼をギルドまで届けた村人の家を訪ね、村長や、村一番の年長者の元も訪ねる等して、此処に伝わるという「森に暮らす精霊様」の情報を集めようとした。
 しかし結果はほとんど空振り。
 その真実は誰も知らなかった。
 村人達にとって「あの森には精霊様が住んでいらっしゃるから憩いの邪魔はするな」という言い伝えの真偽は重要ではない。
「先代からの言葉」というだけで従うには充分な理由になる。
「竜と精霊が司る世界だから、か」
 ぽつりと日向が零した呟きは、異世界を故郷にする者として些かの疑問を滲ませていたが、アトランティスの人々にとっては疑問に思う方が不思議といった調子。
 特に精霊魔法を用いるレインは自然とそれを受け止めている。
「目に見えなくても常に傍にいてくれるのが精霊さん達ですからね。森は緑豊かな場所ですし、それこそたくさんの精霊さんがいて当然だと思います」
「確かに。皆様のお話をお聞きした限りでは精霊の警告のように思えますね」
 エリーシャも同意するように言葉を添え、しかし楽観視はしていない。人を驚かせるためだけに異変を起こす魔物の存在にも覚えがあるため、あらゆる可能性を視野に入れていた。
「気になるのは、悲鳴を上げたのが旅人が言うところのモンスターの方だったということだな」
 難しい顔で呟くリール。
 悲鳴を上げたのが問題の旅人であれば何ら不思議はないのだが、これが逆となると。
「木が倒れようとしていた音だとか‥‥そんな自然の音を聞き間違えたという可能性もありそうだ」
 また一つ有り得る可能性の候補を挙げ、外を見遣る。
 陽精霊の時間はとうに終わり、空は闇に包まれ、月精霊の無数の輝きが燈る時間へと移り変わっていた。
「あの‥‥旅のお方が森に入られたのは明るい時間帯でしたし‥‥もしよろしければ、今日は我が家へお泊り下さい」
 依頼主の申し出を、冒険者一行は素直に受ける。
 そうして最後に口を切ったのはレイン。
「すみませんが、その旅の方が使った寝具や、布‥‥そういったものは残っていますか?」



 瑠璃の発案で旅人が転がり出てきたと言う場所まで村人達に案内してもらった冒険者達は、森の手前で一度足を止めた。
「さぁスカイ、フウ、この匂いを覚えてね」
 レインが同伴した愛犬のハスキー、ボルゾイの鼻に依頼主から借りた布地を近付けて匂いを覚えさせる。
 旅人は恐怖体験をして森から転がり出てきた時の汚れた衣服を依頼主の家に脱ぎ捨てて去っており、依頼主がこれの処分をどうしようか迷っていたのは幸いだった。
 匂いを基に旅人の足跡を辿ろうと言うのである。
「――わん!」
 鳴いたのはハスキー。
 ボルゾイは地面に鼻を擦り付けながら森へ向かう。
「覚えたみたいですね。――じゃあ昨日お願いした通り、この子達の前は歩かないようにして下さいね」
「わかったわ」
「まるで警察犬みたい」
「だな」
 紅子、瑠璃、日向の言葉。
 そして。
「森におわす精霊よ!」
 前方、深い森の木々に向かって大きな声を上げたのはエリーシャ。
「我々は御身を害すために此処へ立ち入るわけではありません! 貴方を敬う村の人々の平穏を妨げた愚者が受けた咎、その姿の確認のみが我等の望み! 森を損なうことはしないとお約束します!」
 はっきりと宣言する彼女に返るは森の静寂。
 ――それで良い。
「では参りましょう」
 二頭の犬を先頭に冒険者達は森へ入った。
 その背を見送る村人達は、彼女達の無事の帰還を願い森へ一礼する。



 一歩を踏み込む都度、足下から鳴るのは枯れ草の葉擦れと、小枝の折れる音。
「本当に手付かずの森なのね」
 感心したように瑠璃が呟く隣では、念のために発動していた術による探索を終えた塁郁が一息つく。
「いまのところ不死者の反応はありません」
「ありがとうございます」
 エリーシャが丁寧に礼を告げ、次いで周囲を見渡す。
 それは瑠璃も同様、僅かではあったが件の旅人があちらこちらにぶつかりながら森を駆け出て行った痕跡を視認しながら、レインの愛犬達が誘う方向へと歩を進めていった。


 陽精霊の時間帯だと言うのに、木々の葉の深さが辺りを薄暗くしている。
 四方八方から絶えず耳を打つざわめきは、鳥達のさえずりや、虫の羽音。
「へぇ‥‥、ほんと肝試しの舞台としちゃ上々だな」
「キモダメシ?」
 日向の呟きに聞き返したリールへ、天界の夏の催し事だと説明してやると、傍ではそちら出身の女性二人が対照的な反応だ。
「本当にいるかどうかも判らないモンスターに怯えてあげるほど暇じゃないわ」
「あら、でも得体の知れないものを探して深い森を行くなんて、冒険者にはよくある事でも、ちょっとドキドキするわ」
 前者は瑠璃、後者は紅子。
 反してリールやエリーシャ、幽霊を知らない女性騎士は不思議顔。
「敵であれば叩き斬るまで。この身は陛下の剣にして民を守る盾たる騎士。得体が知れずとてカオスの魔物やモンスターごときを恐れていては到底おぼつきません」
 エリーシャが真剣な眼差しで語る言葉に、こくこくと頷くリール。
 どちらも騎士としての責任感や義務感を心の軸にしているため、この手の話にはめっぽう強いらしい。
 そんな二人にくすりと笑って、紅子は「でもね」と言葉を紡ぐ。
「肝試しで人を怖がらせるのは大抵が人間側で用意した偽物なんだけど、稀に本物が寄って来ることもあるのよ」
「ほ、本物‥‥ですか?」
 犬に次いで先頭を行っていたレインが会話に入ってくると、紅子は表情を改めた。こういう話は、やはり素直に聞いてくれる相手がいなければ。
「そうよ。例えば‥‥私の国の噂話なんだけど‥‥、胸から下が無い魔物がいてね――」

 こんな森の中を彷徨い歩く人間の後ろをそろぉ‥‥り、そろぉ‥‥りと付いて来る。
 そうしていつしか聞こえて来る低い声。

 ――羨マシイ、羨マシイ‥‥
 ―――‥オマエノ足ヲ 俺ニ 寄越セ‥‥

「物音がして足下を見てみると、そこには魔物の大きな口が――」
「きゃあああっ」
「!」
「!?」
 少女の悲鳴に対し瞬時に剣を抜いたエリーシャ、リール。
 さすがに日向も驚いてレインの肩を掴んで引き寄せた、と。
「――あら」
「これは‥‥」
 レインの足に、小さな斑模様の蛇が絡んでいる。
「‥‥ふっ」
「ふふっ」
 次第に広がる笑い声。
「そうか、まあコレは驚くだろうが‥‥、くくっ。レインは怖がりだったんだな」
「怖くなんかないですよっ、ちょっと驚いただけですっ、でも何でも良いから取って下さいーーっ!」
「はいはい」
 日向が笑いながら蛇を手掴みで避け、剣を抜いた騎士達も安堵しそれを鞘に戻す。
「大丈夫か、レイン殿」
「リールさんーーっ」
 抱きつかれて「よしよし」と頭を撫でてやるリール。
「いずれにせよ大事無くて何よりです」
 そう生真面目な言葉を掛けるのはエリーシャだ。
「ごめんなさい、ちょっと脅かし過ぎたわね、‥‥って、加藤さん?」
「な、なに? 別になんでもないわ」
 先程までに比べて随分と近く来ている瑠璃は、紅子に呼ばれて再び距離を取るなど、それぞれに妙な盛り上がりを見せる。
 そんな一人一人の動きを一瞥しながら。
「‥‥‥‥不死者の反応はありません」
 幽霊の存在を知識として知る塁郁の冷静な報告に、一同は此処に来た目的を改めて思い出すのだった。



 冒険者一行は更に森の奥へと進んだ。
「旅の方は、随分と奥まで入り込んでいたのだな」
 そう言うリールに答えたのはエリーシャ。
「恐らく、とうに迷われていたのではないでしょうか」
 人手の入っていない森は正しく樹海。
 道標などなければ、迷うのも容易だろう。
 そうしてまたしばらく先に進み、どれくらいが経った頃か。
「ワン!」
「ヴゥーッ‥‥ワン! ワン!!」
 レインの愛犬達がけたたましく吠え始めて、その厳しい視線を一点に集中させていた。
 騎士は剣を構え、紅子は視覚を補うべく魔法詠唱を開始。
 レインは愛犬達を落ち着かせようと首周りに腕を絡める。
「不死者反応はありません」
 塁郁が早口に報告、次いで紅子が眉を顰める。
「確かに何かいるけれど、‥‥妙に体温が低いわ。まるで植物みたい‥‥」
「――やっぱりな」
 不意に応えたのは、日向。
 そうしてさっさと歩き出す。
「日向殿?」
「日向さん!」
 敵の正体も見極めぬ内に先走るなと冒険者達の思いは一つだったが、当の本人は何のその。
 直後。

 ――ギャアアアアアアァァァッァ!!

「!?」
「なっ‥‥」
 あまりの悲鳴に冒険者達は耳を塞いだ。
「ひどい声‥‥っ」
 ともすれば森全体に響き渡るだろう恐怖心の滲み出た悲鳴。
 これが旅人の聞いた悲鳴だろう事はすぐに判った。
「ぁ、あの、日向さ‥‥」

 ――ギャアアアアアアアアアア!!

「‥‥っ」
 再度の悲鳴に女性陣は目も塞ぐ。
「おっと、また踏んだか」
 反して楽しげな呟きを漏らす日向は、辿り着く。
「来い来い、これが首だけモンスターの正体だ」と手招き。
 冒険者達は顔を見合わせた後で慎重に先へ進み、何度か悲鳴を繰り返しながら歩く事、わずか数メートル。
 彼女達の目に映ったのは。
「――きのこ?」
「ぁ‥‥! スクリーマー!」
 ピタリと名を当てたのはそのあたりの知識が豊富なレインだ。
 毒々しい極彩色で傘を彩った巨大マッシュルーム。
 周囲に張り巡らされた菌糸を踏めば先程のような仰々しい悲鳴を上げるが、それ以外は至って無害の植物性モンスター。
 ‥‥突然の悲鳴に驚き、混乱に陥っていれば、首だけの禍々しい色をしたモンスターに見える、‥‥かもしれない。
「日向殿は、最初からこれと知っていたのか?」
 先刻の彼の行動を思い返して尋ねるリールに、本人は軽く肩を竦めた。
「確信があったわけじゃないがな。生でも食える美味いきのこだって書いてあったんで一度お目に掛かりたいと思っていたんだ」
 その場にしゃがんで拳骨を一つ。
 形としては殴った事になるのだが、きのこはうんともすんとも言わなかった。
「どうする? 掘り出せばもう悲鳴も上げなくなるが」
「そうですね‥‥。村の人達にも正体がきのこだったと実物を見せてあげたら、言葉で伝えるよりもちゃんと安心して貰えるかもしれません」
「しかしモンスターと言えども叫ぶ以外は無害。森を害することはしないと約束した手前、安易に掘り返すのは如何なものかと」
 レイン、エリーシャと順に告げ、瑠璃も続く。
「危険なモンスターなら排除しておいた方がいいけど、これはこのままでもいいと思うわ」
「そうね」
 紅子も頷く。
「精霊と村の人たちとの関係は従来通りのままが良いでしょうし、今回の出来事はスクリーマーを使っての精霊様による旅人へのお仕置きだったとしておくのでいいんじゃない?」
 そのためにも、精霊の味方である巨大マッシュルームはこのままにしておくのが良い。
 それが冒険者達の結論。
「それなら仕方ない。スクリーマーを食うのは次回に持ち越そう」
 苦笑交じりに日向が答えて選択肢は定まる。
「それでは長居は無用、早々に森から出ましょう」
「そうね」
 エリーシャと瑠璃が踵を返し、塁郁、リールと後に続く。

 ――ギャアアアアアアアアア!!

 唐突に轟く悲鳴は、誰かが菌糸を踏んだから。
「‥‥っ、正体が判ってもうるさいものはうるさいな」
「菌糸を踏まないように歩けよ」
「どうやって菌糸と普通の地面を見分けるんですか?」
「勘だ」
「〜〜っ」
 リール、日向、レインの遣り取り。
「それにしても、実際のところ、この森に精霊様はいるのかしらね」
 辺りを見渡して紅子が呟く。
「何ならもうしばらく探索するか? 今度は精霊探しに、やっぱり怪談付きで」
「もう怖くなんかないですよ!」
 言い返してくるレインに、楽しげに笑う日向。
 からかう気が満々である。
「あらあら、滝さんは怖がりの女の子の方が好みかしら?」
 意味深に笑んで言う紅子に、こちらも意味深に笑い返す。
「どうかな。一番驚かせてみたい相手は、そんなのてんで平気のようだが」
 くすくす、と。
 楽しげに森を去っていく冒険者一行。


 その背を優しい笑顔で見送る子供――を象った精霊の姿があった事には、誰一人気付かぬまま――。