海へ行こう!
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■ショートシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月23日〜08月26日
リプレイ公開日:2008年08月31日
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●オープニング
「海で遊ぼう!」
「却下!」
ギルドの受付でそんな応酬があったのは、受付にやって来た依頼主・彩鈴かえでがつい先日に提案し実現された「縁日」が大成功に終わった翌々日の事。
後片付けも終えて、ようやく一段落という時に「今度は海か」と受付係は眉を吊り上げた。
「天界の方々が夏の海でどう過ごすかっていう話なら滝さんから色々とお伺いしていますけど」
「日向さんから?」
「たまに一緒に飲みに行くんで、そういう時に」
「へぇ。仲良いんだね」
「そうですね‥‥。天界の話を聞くのはとても興味深いですし、私も滝さんにセトタ語を教えて差し上げたりとか‥‥って!」
話が横道に逸れたと、更に眦を吊り上げる受付係。
「ともかくです! 此処はお困りの方々のために冒険者を募る場所、かえでさんを楽しませるために冒険者を集める場所ではないんです!」
「えーっ、縁日では協力してくれたのに?」
「あれは‥‥私も珍しいお話だったのでちょっと興奮してしまっただけですよ‥‥」
目を泳がせて言う青年には、デートなんて言われてつい承諾してしまったが、そもそも相手のいない自分には楽しみようがなかったと後になって気付いたという経緯がある。
もちろん祭そのものにはギルドの職員仲間と参加して心から楽しんできたのだが。
「と・も・か・く! そんな依頼書は張り出しません!」
「いつも頑張っている冒険者の皆の慰安旅行とか、ど?」
「でしたら」
返した受付係は手元の羊皮紙にさらさらと文字を綴ると、それをかえでに差し出した。
「これを持ってそちらに立っていらしたら如何ですか?」
「‥‥何て書いてあるの?」
「『暇してます、一緒に海で遊びましょう』」
「別に暇してるわけじゃ‥‥」
「暇なのでしょう?」
「‥‥」
返す言葉もないかえでは、しばらくその表情に不満の色を滲ませていたが、受付係の言う事も尤もだと自身を納得させて考える。
「受付君、あと2枚、羊皮紙もらえる?」
「はい?」
「日本語と英語でも書いてみる。セトタ語じゃ読めない人もいるだろうし」
自分の言葉を聞き入れて素直に応じているかえでに、受付係もそれ以上は拒む理由が無い。
「ええ、構いませんよ」
羊皮紙と一緒に羽ペンも貸し出した。
●リプレイ本文
青い海、白い砂浜、――そんなビーチ然とした環境は此処にはない。
が、先ずは満足そうな顔をしている冒険者が一人。
「海はいいねえ、心が和むよ‥‥水着の美女達がいるから尚更かな」
ちらりと視線を移す都度に伸びていく鼻の下。
射撃の名手として名高いアシュレー・ウォルサム(ea0244)も、やっぱり人の子、健全なる成人男子なわけで。
「アシュレーさん‥‥、その顔はいろいろとまずいのではないだろうか?」
少なからず呆れた調子の物輪試(eb4163)にも目元の緩みは変化無し。
「やだなぁ。物輪もしばらく眺めていてごらんよ。あれで心が和まないわけがないじゃないか」
どことなく普段と異なる口調の彼が見つめる先には餌食‥‥もとい、浜辺を彩る二輪の花。
「かえでさん、これって‥‥本当にこのままで良いのですか〜?」
着慣れない天界のビキニ水着に戸惑いを隠せないソフィア・カーレンリース(ec4065)に、冒険者達と海に行きたいと言い出した本人・彩鈴かえで(ez0142)は「大丈夫だよ」と、その首周りのリボンを締め直してやる。
「ソフィアちゃん胸大っきいから心配かもしれないけど、サイズ的には問題ないしね。こんな布地は少なめだけど、意外と丈夫に出来てるもんなんだよ」
「そうなんですか〜。僕、水着って初めてです」
きゃっきゃと賑わう華やかな様子には、それまで平静を装っていた試も若干狼狽。
反してアシュレーがその目元を強張らせたかと思うと、
「‥‥くっ」
急に悔しそうな声を漏らして浜辺にダッシュ。
「かえでっ、その格好は何だ!」
「はい?」
「ほえ?」
驚く女性陣に、アシュレーは真剣そのもの。
「君こそ天界出身者だというのに海にあるまじき姿! どうして水着を着ないんだ!」
言われた本人は一瞬呆気に取られるも、すぐに気を取り直して反論。
そんな彼女が身に纏っていたのは麻製の上下。彼女風の表現をすればノースリーブにショートパンツ。今日の為に即席で作った海遊び用の衣装だ。
「あのねアシュレー君、こっちの世界でそう簡単に水着が手に入るわけないでしょ?」
「普段あんな格好をしているんだからせめてスクール水着はなかったのか!」
「通学途中にいきなりこっちに飛ばされたんだもん、持って来てるわけないよ」
至極尤もな答えに、アシュレーの悔しさは募るばかり。
「俺が女性用の水着を二着持っていれば‥‥っ‥持っていると思っていたのに‥‥!」
「いやぁ‥‥一着持っていただけでもすごいと思うけど‥‥?」
しかもソフィアにぴったりサイズのビキニ水着。
口元を引き攣らせるかえでに、それを着たソフィアはきょとんと小首を傾げている。
そこに掛かった陽気な声。
「テント組み立て終わったしふか〜?」
両手に調理器具を握ったシフールの燕桂花(ea3501)は、一人一人を眺めて不思議顔。
彼らはテントを組み立て終わるどころか、いまだ薪の一本も拾い集めていない。
「働かざる者食うべからずしふよ〜、よろしく頼むしふ〜」
「そ、そうだな。暗くなる前に火を熾したりと、やる事はたくさんあったな」
「お魚さんも獲ってこなきゃですね〜」
我に返った試、無邪気なソフィアと続いてアシュレーも行動再開、‥‥するものの。
「あと一着‥‥あと一着水着があれば‥‥」
「ほいほい『たられば』は無意味だよ! さぁ働こう!」
念仏を唱えるように唸るアシュレーの背を押して、冒険者一行はキャンプの準備。
二泊三日の小旅行はこうして始まった。
●
「海に入る前には準備体操を念入りに行うのが大切だ」
二日目の朝、そう言って海を前に仲間達を一列に並ばせたのは試である。
手足を充分に伸ばすためのメロディは、試もかえでも無意識に歌えるようになっていた馴染みの体操用音楽。
これを聞くと「夏休みだな」と感じるのは、恐らく地球出身者共通の思いではないだろうか。
桂花、ソフィアが伸び伸びと運動する隣では、その動きに合わせて揺れる大きなメロンに、アシュレー、顔が壊れ気味。
「それでは行こうか、皆さん」
「「おぉっ!」」
試の許可も出て、一同走る。
「――そぉれ!」
飛び込む波間。
上がる飛沫は陽精霊の光りに輝いた。
水着に浮き輪、サングラス。
パラソル、レジャーシート、ビーチボールと、何故にここまでというほど揃った天界アイテムに、かえでは相当驚いていた。
「あるところにはあるんだねー」
浜辺。
持参したアイテムで、皆が海から上がった後に休める場所を設けていた試にかえでが声を掛けると、海パン姿の試は苦笑いの表情で応えた。
「こういったものを集めるのが趣味の冒険者も少なくはないだろうからな」
言い、荷物の中に入れっ放しのウェットスーツを指し示す。
「もしよろしければ彩鈴さんにお貸しするが」
せっかく海に来ても、今の彼女の格好では泳ぎ難いだろうと気遣った彼に、かえでは明るく笑いながら遠慮の意を示す。
「平気、平気。この格好でも充分に楽しめてるからね」
「それなら良いが」
ザクッ‥‥と砂浜に傘を打ち立てて、ふと気付く。
「アシュレーさん達はどこに?」
何故、彼女一人が浜辺にいるのだろうと怪訝に思う試だったが、そう聞かれたかえでは苦笑交じりに海の向こうを指差す。
促されるままそちらに目を遣った試は、それで納得。
「なるほど、お邪魔虫にはなりたくないというところかな」
「ね?」
そんなわけだからと、試の作業に手を伸ばすかえで。
「せっかくだからお手伝いさせてね? これからビーチバレー用のネットも張るんでしょ?」
「あぁ、せっかくなのでお願いしたい」
少し離れたところに置いてあるのは、槍二本と、漁師用の網を改造して作った即席のネット。
見た目は不恰好だが、奇しくも手先の器用さにかけては一流の顔ぶれが揃っていた事もあり、それは当初の予想以上に上出来だった。
その頃、試やかえでに「お邪魔虫にはなりたくない」と言わせたアシュレーが何をしていたかと言うと、ちゃっかり海を満喫中。同伴したヒポカンプスにソフィアと相乗りし、船などとは違った乗り心地に夢見心地。‥‥それを言うなら密着した背中にあたる柔らかな感触に、と表現した方が適切かもしれないが。
「わ〜、すごいですね、ヒポカンプスに乗ったのは初めてです〜」
「楽しい?」
「はい♪」
「それは良かった」
そう返すアシュレーも実に楽しげ。
何はともあれ良い事である。
桂花はテント近くで昼食の準備中。
「ずっとご飯作ってもらってばっかりだけど大丈夫? いつでも当番代わるけど」
かえでに声を掛けられて、シフールの料理人はにっこり笑顔。
「平気しふよ、あたいにとってはこういう海に来たら新しい料理を学ぶのが一番の「りらっくす」しふ」
「そっか」
そんな会話をする彼女達の傍では、海で獲った海草と魚の頭をぐつぐつ煮込んだだし汁から美味しそうな匂いが立ち昇っている。
こちらには持参した野菜や肉を煮込んで簡単スープ。海で遊んで冷えた体にはありがたい一品だ。
「今日のメニューは?」
「そうしふね〜、お魚は焼くのが基本しふが、一度「さしみぃ」というのも挑戦してみたいと思っているしふよ〜」
「さしみ?」
それは自分達の知っている刺身だろうかと思いつつ話を続ければ、確かにそれの事らしい。
「生でお魚を食べるには本当に新鮮なお魚じゃないと怖いしふね〜」
「じゃあ、もしアシュレー君や物輪さんがお魚獲ってきたら、おろせるの?」
「教えてもらえれば挑戦するしふよ」
万能包丁片手に料理人の顔をする桂花。
それは楽しみ、とかえでもわくわくして来た。
「じゃあ後で釣りしよ! みんな道具持って来ていたみたいだし、皆で試せばサンマとか獲れそう!」
まぐろやかつおが釣れたら最高だけれど、さすがにそれは高望みだ。
「良いしふね〜、やってみたいしふが‥‥あたいの力でお魚が釣り上がるか心配しふ〜」
「大丈夫、大丈夫! 皆で協力すれば怖くない!」
刺身が食べられると聞いてテンション上昇中のかえでは、その後、あまりに帰りの遅いアシュレー達を呼び戻そうと沖に出て脚を攣り、試に助けられて怒られるのだった。
●
海で泳いで、釣りをして。
試が持参してくれた使い切り調味料各種のおかげで生魚も刺身として美味しく食べる事が出来た。
ビーチバレーは、足を攣ったかえでが審判になっての三セット勝負。
最初はアシュレー・試組VS桂花・ソフィア組。
組み合わせを変えて勝負するも、何故かアシュレーのいる組が勝つので終いにはアシュレー一人VS三人で決戦。
審判も三人側に立って公平とは言い難いジャッジを何度か繰り返したが、それでも負けないのは何故か。
「射に通じる競技で負けるわけにはいかないよ」と手加減皆無の男は投げキッスで優勝を飾った。
なないろスイカを用いてのスイカ割りにもそれぞれの人間性が出て非常に盛り上がった。
割る人の手に月桂樹の木剣を握らせ、目を隠して三回転。
真っ暗闇で目を回しながら、割手は周囲の仲間の声に合わせて右往左往。
海に向かって誘導させられ全身ずぶ濡れになる者も出すなどしながら、見事に割れた果実は五人で綺麗に食べ尽くした。
二泊三日などあっという間だ。
明日には全部を片付けて日常の生活に戻らなければならない。
出したゴミなどを処分する意味も兼ねて熾した火の周りで、アシュレーの奏でる妖精の竪琴の音色に耳を澄ませる。
「一杯いかがかな?」
試に飲み物を差し出され「お酒じゃないよね?」とかえで。
「さすがに未成年にお酒は勧められないな」と試は苦笑で返す。
その横で、
「あれ〜、なんか目が回って来たかも‥‥?」
ふにゃり呟くソフィアに、こっそりガッツポーズを見せたアシュレーの影には『名酒「うわばみ殺し」』のとっくりが‥‥。
「そ、ソフィアさん、まさか‥‥」
いつぞやの経験を思い出して試が青い顔をするが、事情を知らないかえではきょとんと不思議顔。
「なにかおつまみ作るしふよ〜」と元気な桂花が包丁を握り直すも、それから数秒後には嵐到来。
短い夏。
海での思い出作りはもうすぐ終わってしまうけれど、その最後に何があったかは、知る者のみが知る熱い一夜となるのだった――。