●リプレイ本文
その日、集まった冒険者達と挨拶を交わしながらもセゼリア夫人の表情は浮かない。
哀しいかな顔見知りの冒険者の姿がほとんど見られなかったからである。
だが。
「こんにちは、ルストよ。あの子の代理で伺いました。よろしく」
ルスト・リカルム(eb4750)が気持ちの良い笑顔と共に昔から懇意にしている相手の名を告げると、その言葉に夫人の表情がパッと輝く。
「あらあらまぁまぁ、あの方の?」
両手を握り締めて聞き返して来る夫人にルストはビックリ。
「ぇ、ええ」と改めて返した途端に満面の笑顔だ。
「今回は会えないけど、次回は必ず来させますから」
「まぁ嬉しいわ、その気持ちがとっても嬉しいわ」
ぶんっぶんと手を振る夫人にされるがまましていると、次いで夫人に声を掛けたのはソード・エアシールド(eb3838)。
「俺も代理というか何というか‥‥」
彼の場合は自身も夫人と面識があり、親友の名を出せばすぐに察せられた様子。
「『夏祭りでは大変お世話になりました』と伝言を預かっております。また機会があればお伺いしたいと申しておりました」
「あらまぁあらまぁ‥‥っ」
同じくソードの手をぎゅっと握り締めてぶんっぶんと振り回す。
これですっかりいつものテンションを取り戻した夫人は次々と集まる冒険者達に普段通りのご挨拶。
「ご無沙汰しておったのじゃ。レジェンヌは元気にしておるかの?」
愛犬の事まで気遣ってくれるユラヴィカ・クドゥス(ea1704)は、思えば夫人が冒険者の素晴らしさを知る事になったきっかけとも言える相手。
「ユラヴィカさん、またお会い出来て光栄だわ‥‥!」
やっぱり両手を握ってぶんっぶん――は、さすがにシフール相手では無理なので二本の指で両手を包んで歓喜の挨拶。
かくして秋の一仕事。
ワイン醸造の手伝いが始まった。
●
たくさんの葡萄が生っている木造の棚の下で、頭上の紫色の実を見上げて難しい顔をしていたのは加藤瑠璃(eb4288)だ。
(「確かワンピースの裾を引っ張り上げて受け皿みたいにして、摘んだ実を乗せて運ぶンだったけ」)
実際にやるのは恥ずかしいけれど、と故郷で観た映像を思い出しながら胸中に呟く瑠璃は、ワイン作りは初めてだと言うものの、いわゆる『昔風の鋏』を手に葡萄を切り取っていくのは容易だった。
勢いで指を切らないようにと注意を受けながら、足元の籠に一房ずつ丁寧に積んで行く。
その傍ではセゼリア夫人が経営する牧場に頻繁に遊びに来ている子供達が、以前に海に連れて行ってもらったラマーデ・エムイ(ec1984)と賑やかに葡萄狩りの真っ最中。
こちらは若干だが背丈が足りず、踏み台に上って作業していた。
「御近所総出の大仕事なのねぇ」
「うん!」
「でも今年はすごく楽しいよ、冒険者の兄ちゃん姉ちゃんが一緒だから!」
ラマーデが切り取って葡萄を入れる籠を抱えて喜びを全面に出す少年。
その横で籠を持っている少女が受け取るのは、ラマーデの先輩ミーティア・サラト(ec5004)が取った葡萄だ。
こちらはエルフの女性としては高い背丈が幸いして踏み台は不要。
パッチンと余裕で房を切り落とすミーティアと踏み台を乗り降りするラマーデ。
子供達の目には「同じ大人ななのに」と少し不思議な光景に映っていた、かもしれない。
「これだけ広いと、人手が必要だというのも頷ける話ね。これだけの葡萄を収穫すると、何樽ぐらいのワインが出来るのかしらね?」
「うーんと‥‥去年は小屋四つ分!」
「今年は出来が良いから、もっといっぱい出来るよ!」
子供達の無邪気な言葉に、しかしこれからの作業を考えると気が遠くなりそうになったりも。
「頑張らなくてはいけないわね」
のんびりと呟くミーティアに、ふと声を掛けたのは晃塁郁(ec4371)である。隣には同じ作業に携わるソードもおり、籠に集まった葡萄を、次の作業を行う場所に移動すると告げた。
「ありがとうございます、よろしくお願いしますね」
「はい」
塁郁は愛馬の力を借り、数人の子供達が分けて持っていたものを次々と運んでいき、一方のソードはミーティアの手元に注目。
「切り落とす箇所は実に近過ぎず、蔦に遠過ぎずだ。もう少し上‥‥この辺りから落とした方が良い」
農業に関しての知識豊富な彼の言葉を、エルフの女性達は「まぁそうなのね、ありがとう」と嬉しそうに実行するのだった。
●
葡萄は非常に傷みやすい。
取った先から次の工程に移り、加工していかなければならない。
つまり、除梗、破砕である。
「これならわしらにも出来そうじゃの」
葡萄の実を果枝から一つ一つ取っていくのが除梗。
皮から実を出すのが破砕。
指先を紫色に染めながら陽気に作業を進めていくユラヴィカの隣には、同じシフール仲間でもあるディアッカ・ディアボロス(ea5597)が黙々と作業中。
近くで、こちらは椅子に座って作業をするラマーデとミーティア。
「あ、この粒痛んでる」
目敏く見つけたラマーデがポイと放るは専用の籠の中。
此方は此方で菓子などに転用される事になる。
プチプチプチプチ‥‥‥‥。
「ふぅん、芯から実を取ったらそのまま潰すんじゃなくて、皮を破って汁を搾り易くするのね。知らなかったわ」
更にプチプチプチプチ‥‥‥‥。
「あら、この作業ちょっと楽しいわね‥‥」
飽きずに延々と作業を進める冒険者達は、単調さ故に退屈になるとばかり思われていたが、この単調さが意外に興味を引いたらしい。
読んで字の如く、黙々と作業を進めるその場所に新たな葡萄を運んで来たソードは目の前に広がる光景を、‥‥若干悩んだ後で見なかった事にしたとかしなかったとか。
一定の量の除梗、破砕が終われば、今度は清潔な布を濾紙代わりに上から木の棒で叩き潰すのが最後の仕事。
布の下には果汁を溜めるための桶が用意されているのだ。
ここから、桶に溜まった果汁だけを醗酵させる過程に入れば白ワインが。
潰した皮と果肉も一緒に醗酵させることで赤ワインへの道が整う事になる。
「『叩け叩け芯まで叩け 余さず絞って大地の精霊様に感謝のワインを』」
軽やかな手拍子に似せたリズムでそのように歌うのは、力仕事には向かないと自認しているシフール達だ。
ジプシーのユラヴィカ、バードのディアッカと、二人揃えば奏でられる楽は聴く者を楽しませ、喜ばせるに充分だった。
「『叩くのじゃ叩くのじゃ 一滴も無駄にせぬよう叩くのじゃ』」
二人のメロディに合わせて木材を上下させる子供達の表情は、笑顔。
「この果汁を搾り出すのって、確か女の人たちが足で踏んだりするんじゃなかったかしら?」
瑠璃が、やはり故郷で見た知識を思い出しながら小首を傾げると、そういう方法も確かにあるのだが、此処では木の棒を持って叩くのが恒例だという答えが返る。
「それにしてもすごい量ね‥‥」
ルストが感心したように呟くと、すかさず近付いてくるのはセゼリア夫人。
「問題ございませんわ、皆様が協力してくださるんですもの、間違いなく普段より早く終わります!」
力を込めて断言する夫人の視線に、何やら奇妙な期待のようなものを感じるルスト。
「‥‥あの、どうかされたのかしら?」
これは確かめねばと問い掛けると、今度はシュンと小さくなってしまったり。
「いいえ、何でもないんですのよ。果汁搾り、よろしくお願い致しますわ」
「?」
何となく返答をはぐらかされたと思いつつ、これは依頼が終わった後にでもあの子に要確認、と胸中に呟くルストであった。
●
八名の冒険者が懸命に作業を進めてくれた甲斐あって、昨年は半月掛かった仕事が今年は僅か五日で目処が立つところまで進んでいた。
ここから先は醸造を生業にしている正規の人員だけで充分に事足りるからと告げられたその日、セゼリア夫人は冒険者達をお茶会に招いた。
もう間もなく冬になれば寒過ぎて使えなくなる牧場の一角に設けられた東屋。
ハーブティーと茶器を運び込み、それぞれが同伴したペットも一緒に、ささやかながらも慰労会の始まりだ。
りんごや無花果、梨、杏。
近所の農場から採れて出荷されていく果物を使った菓子など甘いものもたくさん。
「よろしければおやつ代わりにいかがでしょうか?」
更には塁郁が差し入れてくれたのは「抹茶味の保存食」と「クルミ入りクッキー」「三色串団子」など茶菓子として最適な品々だ。
「お気遣いに感謝しますわ」と大喜びの夫人は、皿などの食器類も用意させて皆を労う。
「今年は、皆さんのお陰で作業が思いのほか早く進み本当に助かりました。ありがとうございます。完成まではしばらく掛かりますけれど、今年のワインが完成した暁には皆さんにも是非是非飲んでいただきたいと思います」
簡単な挨拶を終えて、乾杯とはしないけれど微笑む彼女に、冒険者達も達成感から浮かぶ笑顔に。
「美味しい」
普段はあまり表情を変えない瑠璃が思わず表情を綻ばせたのは果実のパンケーキを食べて、だ。
故郷と違ってどんな食材も時期が来なければ食べられないと言う事もあって、今年最初の果実の味は彼女を喜ばせるには充分だったようだ。
「ふー。いっぱい働いた後は甘いものが美味しいわねー。特別お酒好きじゃないけど、やっぱり新ワインって聞くと嬉しくなるわ。出来上がる頃が楽しみー♪」
ラマーデが陽気に言う隣では、マイペースに「そうね」と頷くミーティア。
彼女は鍛冶屋という生業柄、普段は鉄とばかり向き合っているが、たまには農場の仕事に携わるのも悪くはないと思っていた。
そして使い終わった鋏やナイフを研ぐ技術は、やはり達人。
セゼリア夫人を始めとする農場の関係者にとても感謝されていた。
「んー‥‥葡萄模様の真鍮細工も可愛らしいかもしれないわね。今度作ってみようかしらね」
ぽつりと呟く彼女に「それいいかも」とラマーデも頷いた。
その傍で夫人と会話をしていたのはルスト。
「これからもあの子をよろしく」
今日で依頼も最終日だと思えば、それを伝えなければと思ったからだ。
‥‥だが。
「あらまぁ、よろしくさせて頂いて良いのかしら。本当に良いのかしら?」
ぐぐっと身を乗り出されて驚くルスト。
もしかして何か余計な事を言ったかも、と思わないでもなかったが時既に遅し。夫人はすっかりその気である。
お茶会とは言っても堅苦しい雰囲気は皆無の、非常に賑やかなその場所で、ユラヴィカとディアッカは舞に音楽と場の盛り上げに徹していたが、一人所在なさげにしている冒険者がいた。
――ソードである。
(「‥‥女三人寄れば何とかとは、よく言ったもんだ‥‥」)
東屋の隅で黙々とハーブティーに口を付ける姿は、何と言うか。
女性子供が主な茶会の席では、それも仕方ないのかもしれないが。
「ソードさん、おかわりは?」
問い掛けて来るセゼリア夫人の視線に含みのようなものを感じて、若干困惑。この場合は受けるべきか断るべきか。
(「どうしたらいいんだ‥‥?」)
受けても断ってもとんでもない展開に流れ込みそうな気がする。そんな葛藤を一部の冒険者に生じさせつつも、ワイン醸造の手伝いは見事完遂。
皆のお陰で、来年も美味しいワインが各所に出回る事になるだろう。