招かれざる森の怪
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■ショートシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:11月28日〜12月03日
リプレイ公開日:2007年12月07日
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●オープニング
ガサガサと足元から湧き起こるのは不気味な葉擦れの音だった。
森へ狩りに入っていた男二人は、それまで当たり前に聞こえていた鳥のさえずりや木々のざわめきが失せ、それらと入れ替わるように鳴り始めた足下からの音に緊張を強いられていた。
枯れ葉を踏み締めるのとは異なる、意思を持ったものの動き。
蛇だろうか、と思う。
しかし、それにしては足下を這ってくる流れが規則的過ぎた。
「なぁ‥‥最近の妙な噂って、この森の奥だったよな」
「噂って、‥‥あぁ、オーガが人を攫うってやつ?」
「何人も行方不明になってるだろ」
「まぁな。けど、こんな村の近くでオーガもないだろう」
右の男は周囲の異変に身を強張らせ、左の男は楽観的に笑う。
「大丈夫だって。鹿一匹でも獲れたらすぐに戻ろう。手ぶらでは帰らんぞ、今日こそチビどもに肉を食わせてやりたい」
「それはそうだけど‥‥」
右の男は何度も左右に視線を移動させた。
理由はない。
何が有ると言うわけでもなく、ただ、其処に何かがいるような気がしてならなかったのだ。
「妙だな‥‥」
しばらくして左の男も異変に気付く。
「鹿どころか鳥も見えないぞ?」
「‥‥っ‥、帰ろう! やっぱり今日は変だ!」
「な、何だよ急に」
「いいから!」
右の男は左の男の腕を掴み、強引に森を出ようとする。
左の男は相手の突然の強引さに驚きつつも、されるがまま。――そうして、それが来た。
「うわぁっ!」
何かに足を引っ掛けて二人は転倒した。
慌てて地面を探れば、蔓草に似た感触の蔦に触れる。
「なんだ‥‥ただの草‥‥」
それにしては男の手に納まりきらないほど太く、頑丈に見える。
ただの草だろうという安堵と、新たな不安から更に顔を蒼褪めさせ、やはり逃げるのが無難と判断した二人は立ち上がろうとした。
だが、手の中でそれが蠢く。
「ひっ」
生きた蛇のように波打ち、逃れ。
その頭上に落ちてきたものは。
「ぎ‥‥っ」
森の中。
微かな光りを反射させる、それは。
「ぎゃああああああああっ!!」
二人は必死に逃げた。
抜けた腰を必死に引き摺って森を抜けた。
久方ぶりの青空の下。
しかし男は、一人だった。
***
ギルドで話を聞いていた事務局の青年は、顔を蒼褪めさせながら尋ねる。
「か、彼らの頭上に現れたのは何だったんですか?」
「花だったそうです」
「花?」
「鳳仙花のような花で‥‥大きさはこれくらい」
依頼主となる男達の村の代表者は、両手を限界まで広げて見せる。
「これが半分辺りから開いて‥‥その、何というか、獣の口、ですか。‥‥戻らなかった一人は、食われたのじゃないかと‥‥」
「モンスターの‥‥プラント系の一種だと?」
「それを確認して欲しいんです」
依頼主は手をついて頭を下げる。
「お願いします、村に近い場所にそんなものが現れたら、今度はいつ犠牲者が出るか判りません! どうかお願いします、化け物を退治してください!」
懇願にも似た依頼に、青年は大きく頷き返した。
●リプレイ本文
深い森を、冒険者達は緊張した面持ちで奥に向かって進む。
整備された道など無く、周囲には樹齢数十年と思われる大木が、囚人を捕らえる囲いのように彼らの前方を阻んでいた。
「‥‥この先は少し開けるんだったな」
隊の中列で白魔法を操る白馬を引きながら、頭の上に垂れてくる枝を手で除けて歩くアレクシアス・フェザント(ea1565)が問い掛けたのは、出発前に上空からテレスコープで森を確認したシフールのユラヴィカ・クドゥス(ea1704)だ。
「うむ。湖があっての、そこから先は幾分か歩き易くなっているようじゃった」
「村の方々が襲われたのは、その湖の先でしたね」
先刻の、村での会話を思い出して呟くのはイコン・シュターライゼン(ea7891)。
依頼主である村長はもちろんのこと、襲われた村人と一緒におり、命辛々逃げ延びた男にも話しを聞き、より詳しく当時の状況を知る事が出来た。
彼は森に動物の気配が無い事に気付いてから周囲を注視しており、彼から話を聞く役目を担った陸奥勇人(ea3329)や加藤瑠璃(eb4288)が問い掛けを重ねる内に幾つもの貴重な情報を思い出してくれたのだ。
襲われたのは村から森を二十メートルほど進んだ先の、湖の向こう。
普段の村人達の狩場だ。
「植物系のモンスターとの遭遇経験はあまり無いのですが‥‥」
ピノ・ノワール(ea9244)はそんな事を言いつつも、深い森の中を迷わず目的地に進めるよう仲間を先導する姿には全く無理がない。
「足下から蛇が這うような音ってのは、ぞっとしないな」
地面にそれらしい跡の有無を確認しながら呟くキース・ファラン(eb4324)に沈痛な面持ちで頷くのは本多風露(ea8650)。
「花とは本来、その美しさを愛でるものでしょうに‥‥」
悲しげな彼女の言葉に、その少し後ろから浅い吐息で応えたのはオラース・カノーヴァ(ea3486)。「まったくな」と浮遊しながら肩を竦めて見せるのがシフールの飛天龍(eb0010)だ。
「だが、まぁモンスターとはいえ植物だし、根ごと動けるわけじゃない」
天龍は、今回の敵の正体を知るために知恵を借りた友人、フェリス・ペンデュラム(eb7885)の言葉を借りて仲間を鼓舞する。
「確かに、話を聞く限り近いのは大地に根を張るガヴィッドウッドだと思うのですが、花が咲くというのは聞いたことがないのです‥‥」
ピノが難しい顔で言うのを聞いて、キースがふと思いついたように顔を上げた。
「花が咲いたって事は種を飛ばすだろ? 自生するために進化したとかだったらまずいよな‥‥?」
「――」
一つの可能性として発言したキースだが、内容故に誰しもが応え難い。
もし、そうならば。
自然と彼らの間に漂う緊張感は深まり、沈黙もその重みを増すのだった。
湖を越えて、更に森の奥深くへ進む彼らは次第に陣形を整え始めていた。
術者であるピノ、ユラヴィカを中央に、回避術に長けた勇人、オラース、風露、天龍、瑠璃、キースが外周に円を組み、前衛にはアレクシアス、後衛にイコンがつく。
「村の者達が狩猟の合間に休むと言っていた場所が、あの先ね」
「ああ」
瑠璃と勇人が村人から聞いた話を元に、場所を確認し合う。
そこであれば、休息中の人々が火を焚くことも可能なほど開けており、モンスターとの戦闘時には其処へ誘導して叩くことを考えていた。
「‥‥動物の気配は全くないですね」
イコンが呟く。
正体の見えない敵を確実に倒すためにも、入手可能な情報は全て手に入れておきたい。術で動物と会話することの出来る彼は、森に暮らす彼らにも話を聞ければと考えていたのだが、恐らくはとうに魔物の犠牲となってしまっているのだろう。
「もう少し早く異変に気付いていれば、村人に被害が及ぶ前に討伐も出来ただろうにな‥‥」
静かに告げるアレクシアスの表情は険しい。
その言葉に、村で父親の帰りを待つ子供達の姿が脳裏を過ぎるのは、口にした彼ばかりではなかった。
人間に害を成す魔物は決して許さない。
それが冒険者達の共通の思いだ。
「あそこじゃな」
羽根を持つユラヴィカが、他より高い位置から先を確認して指し示す。
開けた空間。
木々の合間を通り抜けた冒険者達は、そこで久方ぶりに充分な陽光を身体で感じることが出来た。
――だが。
「います」
ピノが鋭い声を上げた。
特殊な存在を除けばあらゆる生体反応を感知する術を持つ彼は、要所に立つ都度、森には不似合いな反応を捜し求めていた。
そして今、彼らの眼前に広がる空間の足下。
草葉の奥。
複数の蛇のような生体反応が大地にひしめき合っている。
「‥‥蔦、だと思います。結構な数ですね」
「花はあるか」
キースの確認には首を振った。
「いえ。ですがその先に‥‥、此処からではまだ確認出来ませんが、蔦の先は一点に集中しているように見えます」
「ってことは、そこに本体がいるってことだな」
天龍が拳を鳴らす。
オラースは鞘から剣を抜く。
村人達は、怯えて逃げようとした足を蔦に取られ襲われたと聞いている。
どんなに獰猛であろうと、植物である敵に視力や知力などはゼロに等しいと思っていい。
見合ったままでは、敵は動くまい。
ならば方法は一つ。
自分達が先に動く。
「さて、それじゃ森に潜む化物退治と行こうか」
力強い言葉と共に進み出た勇人が、蔦のひしめく草葉に足を踏み入れる、それが合図。
「っと!」
巻き付こうとしてくるそれを間際で回避した人間に、敵はざわめく。
あるいは危険な相手と認識したのか、手数を増やし始めた。
大地を這う蛇のように、足下から次第に大きくなる土擦れの音色が不気味に響く。
そして。
「上じゃ!」
ユラヴィカの指摘、直後に彼らの視界を覆う巨大な影は、赤い花。
その中央が裂けて顕わになるのは滑った空洞。
「草木の分際で俺を食おうなんざ百年早い!」
対峙した勇人の、抜刀していた刃が弧を描く。
首が落ちる、その上から更にもう一輪。
「!」
援護に入ったのはオラース。
落ちた花に止めを刺すも、この開けた場所で頭上から更なる影が落ちた。
何かと悩むまでも無い。
「次から次へと‥‥」
キースが呆れたように言うのは、いま、上空から彼らを襲おうと待ち構える十一の花を視認したからだ。
「さすがに愛でる気にはなれませんわね」
風露は軽い息を吐き、構えた剣。
腰を落とし、――駆ける。
「ピノ」
「はい!」
アレクシアスの呼びかけを皮切りに後方も動く。
本体の居場所を突き止めなければ花の襲撃にも終わりはない。
天龍、瑠璃、ユラヴィカ、イコンがピノの周囲につき、術を発動させた彼の援護に回る。
「この先です、行きましょう」
本体に近付く彼らの行く手を遮ろうと蔦が蠢く。
それらと先頭で対峙するはアレクシアス。
「行け!」
剣で受け、抑えることで道を開く。
止まるなと背を押す。
「オフェリア、頼む」
白魔法による仲間の援護、そう白馬に声を掛ければ、穏やかな馬の瞳にも鋭さが宿った。
走る。
森を更に奥へ。
「――‥‥いた、本体です! 十五メートル先に、大樹! やはり形状はガヴィッドウッドです!」
「だとすれば幹を倒すか、いきなり燃やすわけにはいかないだろ」
ここは森、周囲を無数の木々に覆われた土地だ。
無暗に火を使えば火災を起こしかねない。
「だったら私の出番ね」
瑠璃が自らの武器を握る手に力を込める。
大樹の幹を這う無数の蔦。
襲い掛かる触手を見事に躱し、小さな身体を生かした戦法で敵を叩き落して行く天龍や、華奢ながらも軽快な動作で薙ぎ倒していく瑠璃。
イコンのオーラーパワーも彼らを後押しし、本体まで一気に駆け抜けた。
「瑠璃殿!」
ユラヴィカと、本体探索を終えたピノのサポートを受けながら、振り上げた斧。
力強い一撃が本体の幹に突き刺さる。
「!?」
不意に彼らを襲っていた花が、胴となる蔦を仰け反らせた。
悲鳴など聞こえようはずもないのだが、痙攣に似た動きは魔物がもがき苦しむ様子を如実に伝えてきた。
直後、花は敵対していた勇人、オラース達に後ろを見せ、尋常ではない素早さで本体に向かおうとする。
「させるか!」
キースの振る刃が蔦から花を落とす。
花は死ぬが、蔦は構わず彼らから遠ざかろうとした。
「チッ、こっちも本体から落とすしかないか!」
「参りましょう!」
勇人と風露の遣り取りを合図に、四人もまた奥へ走る。
蔦を追うのだから道に迷うはずもない。
かくして最もこちら側で本体を叩く彼らを援護していたアレクシアスと合流。
その敵を共に滅し、更に迫る。
「ガヴィッドウッド?」
勇人が口にした名は、目の前に現れた本体を指すに相応しいものだった。
無数の蔦を宙に泳がせ、己を討とうとする冒険者達を突き放そうとしている。
しかし。
「ガヴィッドウッドには【うろ】のような口があるはずだが、アレの口はどこだ」
「幹には確認出来ない、だが蔦は木の上から伸びている‥‥」
オラースの問い掛けに、アレクシアスは木の頂上を見据える。
「何かあるな」
葉の影に隠れて見えないその先に――蔦の先端に。
「ユラヴィカ!」
羽根で飛ぶことの出来る彼に偵察を頼み、その一方で仲間の援護に回り、最も先端に近いと思われる部分から叩き斬る。
「くっ…」
瑠璃が幾度目かになる斬撃を与えようと斧を振り上げるも、頑丈な木肌に顔を顰める。
「下がれ」
言うのはオラースだ。
強い衝撃波を放とうと構えられた大剣、直後。
「木の中が空洞になっておるのじゃ!」
上空からユラヴィカの緊迫した声が響く。
「おそらく花が口になり蔦が食道になってこの中に獲物を落としていたのじゃろう! 暗くて良くは見えんのじゃが、何かがおる!」
何かが。
それは、誰か。
「根元は残せ!」
アレクシアスが声を飛ばす。
オラースの剣が角度を変える。
村人が襲われてからもう五日だ。
遅いかもしれない、それでも、――可能性がゼロではないのなら。
「全員引け!」
男の掛け声にそれぞれが本体から離れる。
蔦は彼らを追うが、届かない。
「――‥‥!!」
中が空洞であり、表皮を裂けば本体は倒れる。
そうと判れば力を集中させる先は絞られる。
放たれた扇状の衝撃波は木肌を粉砕した。
巨大な幹の、濃い緑を生い茂らせた頭が傾き、滑り落ちるようにして大地に轟音を響き渡らせた。
それでも蠢く蔦をイコン、勇人、キースが容赦なく切り捨て、ピノの術がトドメを刺し、瑠璃、風露が注意深くそれらの生死を確認していく。
最も、例え放っておいても長くは生きられまい。
根を離れた魔物は、手折られた花と同じく、いずれ枯れる。
手足となる蔦を全て奪われた今、残された根には動く術が無く、開けた空洞に飛び込むユラヴィカを天龍が追った。
アレクシアスは幹に駆け寄り、中を覗く。
其処に人間がいるのなら、シフールの二人に連れ帰ってもらうのは困難だ。
「どうだ、ユラヴィカ、天龍」
幹の大半をオラースの剣技によって失った根元は、思った以上に近距離にあった。
‥‥人間が居た。
動物のものと思われる白骨と、夥しい赤茶けた根の間に挟まれて横たわる男は、まだ人間であった。
体内のほとんどを魔物に奪われ、痩せ細り。
その鼓動を聴かせることもなかったけれど。
それでも、村の家族から聞いていた【彼】の特徴を見分けられる程度には、彼はまだ人間の姿をしていた。
「アレクシアス」
ユラヴィカが呼び、小さく首を振る。
当然だ。
日が経ち過ぎている。
冒険者達は顔を見合わた後、誰ともなしに瞳を伏せた。
心の中で祈る。
せめて彼の眠りが安らかである事を。
――‥‥
静かな沈黙を経て、口を切ったのはアレクシアスだった。
「‥‥誰かロープを持っているか」
「ええ」
すぐに風露が応えてバックパックから取り出し、差し出されたそれを使って中に下りた。
上では勇人、キース達がその先を持って「引き上げろ」という合図を待っている。
乾き切ったその身体は、しかし意外にも脆くはない。
「‥‥家に帰れるぞ」
静かな言葉は、うろの中で風に消えた。
男の遺体は瑠璃とピノに連れられて一足先に村へ帰る事となり、他の八名は本体の処理に取り掛かる。
ユラヴィカの術を頼りに燃やすとしても安全な場所に移動する必要があり、オラース、勇人は切り離された頭部を細かく伐採して持ち運びし易くした後、戦闘を開始する場ともなった村人達の狩猟時の休憩場所に移動して燃し尽くした。
そして一方の根については。
「まさかこの年齢になって土堀りとはな‥‥」
力強いスコップ捌きで大樹の根を掘り上げて行くアレクシアスに、額に汗を滲ませた風露が失笑する。
「結構な力仕事ですよね」と、幾分か和らいだ笑みをのぞかせるのはイコンだ。
「何かもっとこう‥‥一気に土を除けられる様な技ってないものかな」
キースの言葉は全員共通の思いだったが、如何せん実行不可能では地道に土を掘っていくしかない。
そのうち、近付いて来る陽気な声は天龍だ。
「さすがにこれだけの森ともなると木の実や果実が豊富だな」
力仕事に加わるには無理のある彼は、休憩時の食事担当だ。
自慢の腕を奮って、普通の保存食も美味く調理してくれるらしい。
「そりゃ楽しみだ」
「ええ」
天龍の陽気さにつられるように、キース達も朗らかに返す。
ようやく邪悪な物の去った森。
鳥の鳴き声が聞こえて来るのも、もうすぐだ。