●リプレイ本文
青い空が心なしか高く見えるのは、これから向かう依頼というのが収穫の手伝いだからだろうか。
冒険者街の一角でそんな事を思いつつ、依頼前の一仕事と言うように目的の家屋の前で足を止めた華岡紅子(eb4412)は門前から中を覗く。
外に誰かがいる気配はない。
(「朝早いし、もしかしてまだ寝ているのかしら」)
約束をしていたわけではないし、だとすれば仕方が無く。
さてどうしようかと迷いながら佇んでいると。
「そこにいるの華岡さん?」
聞き覚えのある声がして振り返る。
すると、以前に指輪を失くしたので探して欲しいと頼まれた事のある水谷薫が驚き顔で立っていた。
「どしたの、こんな朝早くから」
「今日はギルドで受けた依頼の日なんだけど、まだ人手が足りてないようだから此処の家主さんを誘おうかと思って」
紅子が言えば、相手はニヤッと意味深な笑み。
「まだ寝てンのあいつ、バッカだねー。運悪ぃー」
言いながら勝手知ったる他人の家、何の遠慮もなく中へ。
「華岡さんもカムカム」
「いいの?」
「いつかアイツをぎゃふんと言わせてやろうと思ってさ。この間、一緒に飲んだ時に庭に面した窓の鍵を壊しておいたんだよ」
それは犯罪だと思いつつも今はスルー。
「せっかくの機会だし一緒に寝込み襲ぉぜー♪」
ねっ、と満面の笑顔で誘われればやぶさかではなく、先に窓から入った相手が裏口の鍵を開けて紅子も中へ。
二人で笑いを殺しながら寝室に侵入し、先に家主の鼻を摘んだのは薫だ。
「‥‥っ‥‥ふぐ‥‥っ‥んがっ」
「っくっくっく」
呼吸が苦しくなって来た家主は顔を歪めて低く呻き、一瞬の沈黙。
薫の笑いが聞こえたのか。
「だぁっ! なんだっ!?」
飛び起きてぜーぜー言いながら怒鳴った、その視界に映ったのは。
「お・は・よ、滝さん♪」
紅子の姿に唖然とした家主こと滝日向の、まさに石化。
「あはははははは!!」
その場で大笑いした薫は、直後に屋内から蹴り出されたとか投げ出されたとか。
●
「収穫祭かぁ‥‥もうそんな時期なんだねえ。季節の移り変わりは速いねえ」
日除けの帽子に泥除けの前掛けと袖。
足元も汚れて良いように完璧な農作業服姿で空を仰ぎ、額の汗を拭いながら実にイイ笑顔を浮かべたアシュレー・ウォルサム(ea0244)。
その隣で「そうですね〜♪」と前方に折り曲げていた体を起こしたのはソフィア・カーレンリース(ec4065)である。
彼らが今いる畑には一面に青々とした長い葉が横倒しになっており、この葉の具合が収穫時期の重要な目安になるのだが、これを引き抜くと顔を出すのが丸々とした玉葱だ。
しばらくはこの葉を切らずに束ねて日陰に吊るすため、決まった場所へ運ぶのは相当の力仕事である。
「でも秋って良いですよね〜、暑くも寒くもなく、美味しい季節です〜♪」
「だねー」
ほのぼの、のんびりと言葉を交わす二人を端から眺め、非常に複雑な面持ちで溜息を吐いたのは彩鈴かえで。
「? どうしたのさ」
そんな彼女に小首を傾げたアシュレーが問えば、かえでは自分と二人を順番に指差して再び嘆息。
「だってねー、同じ格好をしているのに何だってこうも違うもんかなぁと思うんだよ」
農作業服は揃いのはずなのに、どこか気品のあるアシュレー、ソフィアと、どこか野暮ったく見える自分。
「欧米とアジアの違いかなぁ」
むむっと難しい顔でアジアの人々が聞いたら眉を顰めそうな事を口にするのは、やはりかえでも年頃の少女だからで。
「かえでも可愛いよ?」
さらりとそんな事を言われても、相手がアシュレーでは今一つ信用に欠ける。
そんな思いが顔に出ていたのか。
「そんなことないよー」
隙の無い笑顔と共に告げられて思わずドキッとしてしまうかえでだ。
一方、そんな彼らの遣り取りとは無縁に、一人実り豊かな畑と向き合っていたのはケンイチ・ヤマモト(ea0760)。
たまに場所が近付いて、ソフィアが声を掛ける。
「収穫祭が楽しみですね♪ ケンイチさんは当日歌われたりされるのですか〜?」
「そうですね。そういう機会があれば歌おうと思いますが」
物腰穏やかに返すケンイチは、もしかするとこの畑からも秋の音楽を聴いていたのかもしれない。
「‥‥広い、ですね」
ぽつり呟きを零すのは、近頃は自分でも人参を育てているイシュカ・エアシールド(eb3839)だ。
「‥‥見える範囲は、全て玉葱畑なのでしょう‥‥?」
「そのようだな」
呆れ半分、感心半分といった風に応えるのはソード・エアシールド(eb3838)。
見渡す限り広がるのは玉葱の横倒しになった葉ばかり。
この他にも人参、カブ、キャベツと収穫予定の野菜が待っており、冒険者に任されたのがこの四種であって、他にも様々な種類があるのだろうから畑全体の広さは数値的にどれほどのものになるか。
「そういや料理はおまえの方が得意だけど、実際に植えているのを収穫ってのは初めてなんだっけ」
「ええ‥‥」
倒れている葉を掴んで、抜いて、土をほろって運搬用の籠に。
運べる範囲で量が溜まればイシュカが規定の場所に運んでいた。
「‥‥少し、腰が痛いですね‥‥」
「たまに体を伸ばしたりしろよ」
作業は単調で。
特に目新しい事もあるわけではなく、会話が途切れれば黙々と土弄りをするしかないわけだが、玉葱を掘り返す度に鼻腔をくすぐる土の匂いは、この世界もあの世界も変わらない気がする。
そう思うと、脳裏に浮かぶ姿は二人同じ。
「‥‥なんだか思い出すな」
ふとソードが零した呟きは、しかし確かめずともイシュカに伝わる。
「‥‥そうですね‥‥そういえば、よく言ってましたよね。次はカブの収穫が大変とか、仲間のエルフのウィザードさんがひねた玉葱と喧嘩しているとか‥‥」
そんな懐かしい話を思い出して一人笑ってしまったイシュカは、慌ててそれを抑えた。
「‥‥あぁ、ごめんなさい」
「いいや」
ぐっと玉葱を抜いて、ソードの表情も穏やかだ。
「さて、そろそろ一度運ぶか」
「‥‥ええ、お願いします」
二人が抜いた玉葱が入った籠を持ち上げ、ソードが運んで行くと、その道の途中でソフィアと合流。
「‥‥っと、ととと」
「大丈夫か」
細い腕で、量こそ少なめだが籠いっぱいの玉葱を運んでいる少女に手を貸し、中の玉葱を幾つか自分の籠に加える。
「ありがとうございます、ソードさんは力持ちですね〜」
言いながらソードの籠を覗き、その多さに驚く。
「いっぱいですね!」
「あぁ‥‥二人で一つの籠だからな」
「僕もかえでさんと二人で一つの籠なんですよ〜」
あまり口数が多い方ではないソードも、話し掛けられれば答える。そういう意味ではソフィアの気さくさは貴重だった。
「あ」
そのソフィアが見遣った視線の先。
「お姉ちゃん! お兄ちゃん!」
ぶんぶんと手を振って駆けて来る近所の農場の子供達に混じって、今回の依頼をギルドに託したセゼリア夫人は勿論のこと、先に彼女に挨拶し、子供達を迎えに行っていたディーネ・ノート(ea1542)と飛天龍(eb0010)が、両手に子供の手を握って此方に近付いてくる。
「お姉ちゃん!」
「クリスだ〜♪」
持っていた籠を地面に置き、抱きついてきた少年をぎゅっと抱き返す。
「あらあらまぁまぁ、またお会い出来て光栄よ」
セゼリア夫人がそう声を掛けたのはソード。
その視線がすぐに四方を探るのはイシュカの姿を探してこそ。
「イシュカなら、あちらに‥‥」
言われて見遣ればいつもの挨拶スタイルを準備しようと焦る彼。
しかし状況が状況だ、農作業中に着替えては大事なアイテムが泥で汚れてしまうと制止の声。
「結構ですわ、お顔を拝見出来ただけで大変嬉しく思いますもの、――ね、ディーネさん」
「あ、あは‥‥」
名指しされて口元を引き攣らせるディーネ。
実は挨拶した途端に泣き出されて大慌てして来たばかりなのだ。
もちろん次の約束を取り付けるための演技半分だが、前以て警戒していたというのに回避する間も無かった事が口惜しい。
「フィムさん、トートマ君、今日はもうずっと一緒にいるからね!」
「うんっ」
「約束!」
癒されたいのさ、私も。
そんな内心の呟きを知ってか知らずか、子供達はディーネを左右からぎゅっと抱き締めた。
「美味い野菜が採れそうだし楽しみだな」
子供達と一緒に農作業の仕度を始める天龍は、料理は超人の域でも収穫となれば別。作業中に気をつけるべき点などをセゼリア夫人に尋ねるが、対して答えたのは子供達だ。
「玉葱は力だけで引っ張ると草だけ取れちゃうから、玉葱も一緒に土から出してあげるんだってイメージしながら引くのよ」
「抜いた後は日陰で干さないと腐っちゃうから、なるべくこまめに日陰に運んでね」
年齢は幼くとも、生まれた時からこの環境の中で育って来ているのだ、その腕は充分にプロ並。
「‥‥? ギルドからのお話だと、あとお一人いらっしゃると思うのだけれど」
「あ、紅子さんなら今‥‥、あそこです♪ わぁ、日向さんも一緒だ〜」
夫人の問い掛けにはソフィアが口を切り、ちょうど遠くに見えてきた人影を指差した。
「‥‥天気が良いから遠出しようなんて話が巧過ぎると思ったんだ‥‥」
「あら、何か言ったかしら?」
「いーえー別にー」
そうこうして依頼を受けた冒険者達は全員集合。
収穫も本格始動である。
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玉葱の次には人参も皆で収穫し終え、最後にはキャベツ組とカブ組に分かれて作業。
カブと聞いてめいっぱい反応したのは子供達と、これを題材にした劇を手伝った事のあるディーネとソフィアだ。
「わぁ!? ディーネさん、本当に大きなカブがありますよ〜〜」
「おぉ見事なカブね!」
ソフィアと、近付くディーネに続いて子供達が駆け寄る。
「抜こう! 劇みたいにみんなで一緒に引くの!」
子供の一人が言えば、皆が賛成して順番に並び、前の人の腰を持つ。
実際に土に埋まっているカブは頑張れば大人一人でも抜けそうだが、子供達にとってはこれも冒険。
「そぉれ!」といつかの劇の台詞を真似て引き抜き作業。
ディーネやソフィアも加わって楽しげな笑顔だ。
その横、腕を組んで満足そうに眺めているのはアシュレー。
「それ抜いたら一度あっちに運ぶからねー」とのんびり告げる声に重なるように、カシャッと妙な音。
‥‥よくよく見れば組んだ腕の隙間。
天界製デジタルカメラのレンズが覗いていた。
盗撮魔の出現など露知らず。
「‥‥あれはアレか、俺達の知っている『大きなカブ』」
「みたいだねー」
日向とかえでが言い合う横で、器用に平ナイフでキャベツを刈り取ってゆくソード。
外側の葉が決してバラけないよう絶妙の位置で収穫するのはなかなか難しいのだが、彼は見事にそれをこなしていた。
「大したものだな」
食材の目利きはともかく、収穫に関してはコツが掴み難いという天龍がその腕前に感心しても、当の本人は表情を変える事無く淡々と。
「ああ‥‥昔とった杵柄ってやつか。ちゃんと学んだのは此方に来てからだが、下地はあったからな」
「‥‥大したモンつったら、な」
彼らの話を聞いていた日向が、かえでと紅子を交互に見て失笑。
「違うよなぁ」との呟きは、同じ農作業服姿でありながらどこか気品を漂わせる紅子の着こなしがかえでとは全く違ったからだ。
「あのねっ」
即座に食って掛かるかえで。
こちらはこちらで賑やかである。
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「そういえば収穫祭、もうすぐなんでしょう?」
作業にひと段落をつけての休憩中。
そう話を切り出した紅子が振舞うハーブティを受け取りながら、真っ先に反応してみせたのはディーネ。
「祭なんだし、何か食べるものの屋台でもどーかしら!」
思った通りの提案に起きた笑いが一つ、二つ。
「みずみずしくて美味しそうですね〜! 天龍さん達も料理の腕が鳴りますか?」
ソフィアにもそのように言われると、料理人達は興味深そうに収穫したばかりの野菜を見遣った。
「少し野菜を分けてもらえるなら、試しに作ってみたいのだが」
天龍がセゼリア夫人に尋ねれば答えは勿論「可」だ。
「飛さんのお料理はとってもお上手ですもの、収穫祭でも振舞って下さるのでしたら材料など幾らでも提供させて頂きますわ」
そう聞けば、その気にならないわけがない。
「野菜が中心ならやっぱりポトフかな、‥‥いや、採ったばかりの野菜なら生で食するのが一番か」
「‥‥そういえば‥‥カブのピクルスの作り方とか、玉葱とカブのスープとか、村祭で他にも料理を作ったとかも言ってましたよね‥‥」
某食欲魔人なウィザードも満足するような料理を、と思案するアシュレーがいれば、小声で囁きながら収穫祭のもてなしにも参加してみようかと考えるイシュカ。
一方、今から既に食べられるのを期待しているメンバーも。
「調理場でしたらすぐにご用意しますけれど」
「「是非っ」」
即答はディーネと、久々の力仕事で疲労困憊していた日向である。
そんな大人達に子供達が笑って。
笑われたことに冒険者達も笑って。
秋の、実り豊かな畑に響くは朗らかな笑い声。
吹く風が揺らす葉の音には、もう間もなく美味しい匂いが重なり、秋はますます幸せな季節になるのだろう――。