●リプレイ本文
「へー、劇を演る事にしたんですか」
見せて貰った収穫祭の催し物企画書に目を通して言葉を発するギルドの受付係に、それを持って来た彩鈴かえでは「うん、そう‥‥」なんて半ば魂が抜けているような顔。
「天界で言うところの時代劇的な、貴き身分の者でありながら好色で民を苦しめる悪い御仁が仕置き人達の手によって成敗‥‥うわぁ、胸がスカッとするようなお話ですね」
「そう、ね‥‥」
「って、ポロリってなんですか! ほろりの間違いじゃありませんか!?」
「ううん、ポロリで良いみたい‥‥」
「一体アシュレーさん達と何をやる気です!?」
「そんなのあたしが聞きたい‥‥っ」
がくっと肩を落とすかえでは、一応は立っているけれど地の底に沈んでいくような面持ちで。
「はいーー??」
そんな彼女を見て受付君は左右に何度も首を傾げる。
アシュレー・ウォルサム(ea0244)監修の収穫祭劇は、音響のケンイチ・ヤマモト(ea0760)、大道具のリール・アルシャス(eb4402)、舞台演出の元馬祖(ec4154)、衣装・小道具のソフィア・カーレンリース(ec4065)とレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)を先頭に立て着々とその準備を進めていた。
そうして、当日――。
●
収穫祭の会場には、既に多くの人々が集まっていた。
近隣の牧場、農場、そういったところから野菜や果物、肉、乳製品、あらゆる食物を揃えて皆で調理し、これらの実りを世界のあらゆる精霊達に感謝し、大勢で楽しむ。それがこの近隣における収穫祭の慣わしであった。
そんな多くの人々が行き交う会場の一角に設えられたステージと、控え室。これが冒険者達に依頼された催しの舞台である。
ステージはいわゆる和風作り。
さすがに建物など精巧に作る時間は無かったため簡易的なものが大半を占めているが、それでも短期間によくぞ此処までという成果。
衣装は各自が自宅にあったものを惜しげもなく持ち寄ったため、見る者が見れば、あまりの懐かしさにそれだけで涙を零しそうだった程だ。
「よくやるよなぁ‥‥」
呆れた呟きを漏らすのは滝日向。
人数が足りないからと助っ人に呼ばれたのであるが。
「日向さんっ」
「時間ないんですから、ちゃっちゃか準備して下さい!」
ソフィア、レインの迫力に気圧されて言われるがまま控え室に連れて行かれると、そちらではカーテンで仕切った向こう、既に着替え中の役者数名が。
「アシュレー殿!?」
「大丈夫だよー、こう見えても着付け・メイクの腕は一流なんだから俺に任せてごらん?」
「そういう問題ではないだろう、よりにもよって女性の着替えを手伝おうなんて‥‥」
「えー?」
「えーじゃないしっ」
リール、アシュレー、かえでの遣り取り。
「帯だけは、やはり出来る方に結んで貰った方が良いでしょうから、そこまでは自分達で済ませて最後の仕上げをアシュレーさんにお願いしては如何でしょう。メイクも、舞台映えさせるには相応の技術が必要ですし」
馬祖の提案に、それならと渋い顔ながら納得して見せる二人だが。
「ちぇー。綺麗に変身する過程を記録に納めたかったのに‥‥」
寂しそうに見つめる手元にはアシュレーお約束のデジタルカメラ。
「それ盗撮だから!」
カッと牙を剥くかえでに、おっとりアシュレー。
「盗み撮りなんかしないよー、ほら堂々と」
パシャリとね。
「‥‥っ」
がくっ。
‥‥勝てないの判っているんだから、そろそろ諦めよう女子高生。
(「あの人達が、罷り間違っても見に来ませんように」)
心の中、切実に祈るリールの思いは果たして天に通じるのか。
様々な思いを抱えた劇の幕が、いま上がる――。
●
『昔々ある所に――』
どこか耳に馴染む竪琴の音色と共に紡がれるのは語り部ケンイチの声。
舞台上には名もなきエキストラの面々が町民を装って舞台上を歩いている。
『道行くだけで町の人々から恐れられる極悪非道な代官がいました。
彼は、好みの娘を見つけると強引にその手を引き、自分の屋敷に連れ込んではあーんな事やこーんな事をしていました』
ぶっ、とこっそり噴き出したのは日向。
(「誰があの台本書いたんだ?」)
このような文章を常と変わらない穏やかな声で読めるケンイチも大したものだが、そんな表現の仕方を精霊さえ聞き惚れる美声の主に読ませる脚本家は相当のもの。
小声でこそっと誰だと聞かれても誰一人挙手しないのは、後が怖いからに違いない。
そんな裏方の呟きなど露知らず、ケンイチの語りは続く。
『そしてこの日も、悪代官は好みの娘を探して町を練り歩いていました。
すると‥‥』
舞台の袖から現れた代官アシュレーが左右に体を揺らすようにして歩く。
と、その目が町民の影に埋もれた少女を捕らえた、――かえでだ。
「そうですか〜、お母様の具合はそんなに悪いのですね〜」
「ええ。ですから何としても良い薬を‥‥」
ソフィア扮する薬師の娘と母の加減について話し合っていた町娘。
「親御さんの病気にはこの薬が良く効きますよ」
手渡す薬の包みを、しかし町娘が手にする前に背後から近寄るアシュレー代官の、何とも見事な悪人面。
「娘、名を何という?」
「きゃぁっ」
肩を叩かれ飛び上がる町娘かえで。
絶妙の間を置いて語り部ケンイチ。
『代官に名前を聞かれる、それは悪夢の始まり。
怯えた顔をしてみせる町娘に、代官の目がキラリ〜ンと光ったのです』
…本当に誰がこの台本を書以下略。
「ははは、気に入ったぞ。おまえ、わしの妾にしてやろう」
ぐいっと町娘の腕を引く代官にすかさず口を切ったのは薬師ソフィア。
「そのような無体はお止め下さい」
「なにっ。このわしに口答えする気か」
代官アシュレー、手打ちにするかと刀に手を掛けるも、薬師ソフィアの頭から足先までを舐めるように見遣って決定。
「よし、おまえもわしの妾にしてやる!」
「なんてご無体な!」
そんな感じにガシッと両脇に抱えられた二人は代官屋敷に。
(「ちょっとっ、ここは手を引っ張っていくだけだったよね!?」)
(「アシュレーさん!?」)
かえで、ソフィアが小声で抵抗を試みるも飄々と舞台袖に消えた代官アシュレー。
この方が攫われているっぽいよ、なんて彼は後で言い、悔しいかな劇を見に来ていた子供達も「すげえー!」なんて盛り上がっていたけれど。
‥‥結局のところは柔らかくて良いよね、女の子。
バサッと舞台に暗幕が下りる。
黒子が舞台セットを変えている間に観客が退屈をしないよう曲を流すのもケンイチの役目だ。
思わず聞き惚れるような優しい音楽は、幕上げに向けてメロディを変え、次第に緊張感を漂わせる。
舞台上には代官アシュレーと薬師ソフィア、町娘かえで。
「さぁまずはおまえからだ!」
何か早速帯び回し。
手篭めにされそうな町娘を庇って薬師ソフィアが前に出る。
「お止め下さい、お代官様!」
「何をちょこざいなっ!」
左に走ってはソフィアが倒され、覆い被さって来ようとするアシュレーから間一髪で逃れる。
「観念せいっ!」
「後生でございます!」
右に走っては壁に退路を阻まれ、間一髪逃れて代官は壁とキス。
「いいぞーっ、お姉ちゃん頑張れ!」
「負けるなー!」
観客席から飛ぶ声援はソフィアの良く知る子供達だ。
ちなみにこの時、かえでは舞台の隅で震えていた。
気絶はしていない。
たまに敷かれた布団を引っ張るなどして代官を転ばせていたのだ、結構な私情込みで。
「うぬぬ、おのれ‥‥代官を愚弄するか!」
演技である。
確かに演技なのだが、それまでとは打って変わった機敏な動きでソフィアの帯の端を握った!
「そぉれ!」
「きゃああ」
そのように結んでいたからこそだが、見事に帯が解けてソフィアが回る。
「あ〜〜れ〜〜っ」
ぐるぐる回って倒れたソフィアに、アシュレー高笑い。
「そぉれ、おまえもだ!」
すかさずかえでの帯も握ってぐーるぐる。
「わでっ」
しかし手元が狂ったかかえでの足元が狂ったか。
床をゴロゴロ転がる羽目になったかえでに観客が大賑わい。
それでも巧くソフィアとかえでが二人並べば演技は問題なく続行。
「お止め下さいませお代官様っ」
「良いではないか、良いではないか〜〜」
‥‥本当に演技かと疑いたくなる雰囲気満載の代官アシュレーに、娘達、怯える。
「ダメだぞバカ代官!」
「お姉ちゃんに手ぇ出すなーー!」
観客席からも野次が飛んだり、それに「何も聞こえぬわ〜」と悪戯心から答える悪代官がいたり。
と、次の瞬間。
代官アシュレーを外に、娘二人を内側に隠すよう、タイミングと場所を見計らった絶妙の位置に落ちた暗幕。それを明かりが消えたように見立てて。
「むっ、何奴だ!」
「何者と聞かれて名乗るのも莫迦らしい」
低い声音は暗幕の内側から。
「どこだ、どこにいる!」
代官アシュレーが舞台の左右を行ったり来たりしている間に暗幕の向こうでは舞台が整えられていた。
「姿を見せぃ!」
命じる、次の瞬間に上がる幕。
「むむっ、おまえ達は‥‥!」
そこにはリール、レイン、そしてソフィア。
皆が浴衣姿で代官の衣装と世界観を統一していたが――。
「数々の悪行、許すまじ! 我々が天に代わって成敗致す!」
リールの威嚇と共にバサッと着物を脱ぎ捨てた三人、そうして露になるは艶やかなる女仕置き人。
「我こそは疾風のリール!」とチャイナドレス姿のリールが。
「同じく稲妻のソフィア!」とカクテルドレス姿のソフィアが。
そして最後「ぉ、同じく氷結のレイン!」とイブニングドレス姿のレインが揃ってビシッとポージング。
途端に観客席からは「おおおおっ!!」と歓声。
これを決める時には決して恥ずかしがるなと、何度もダメ出しされながら続けて来た練習は見事実を結び会場は大盛り上がり。
‥‥大人と子供で多少の反応の違いはあったが、それはともかく。
「うぬぬぬ! 出あえー、出あえ! 曲者だ!!」
代官アシュレーが声を張り上げれば舞台の左右から手下役が十人近く駆け出してくる。
「始末せい!」
命じた代官は後方に下がり、代わって前に出る手下一同。
「あん? お仕置き人? 雑魚はお呼びじゃねーよ」
手下頭の馬祖に、顔に傷まで付けた日向。
「女子供がお代官様に楯突こうナンざ笑わせてくれる」
意外にノリノリ、良い演技。
「オラオラ? どうした、ん? 雑魚って言われてムカついてんじゃねーの? ヤるの? ヤらないの? ヤりますですか? ドウしますデスカ? おらおら、ビビッってねえで何とか言ったらドウヨ?」
うわームカつくとか、きっと皆が思ってた。
「やっちゃえー!」
「姉ちゃん頑張れ!」
「そんな奴等倒しちゃえーー!」
観客席からの声援を受けて、女仕置き人三人組も良い表情。
「覚悟!」
そうして始まる乱闘劇。
手伝いで集ってくれた手下達は簡単に倒され、冒険者同士の乱闘はそれこそ観客の目を奪うほどに熾烈で美しく。
「うわあああっ」
「ま、参った‥‥」
がくっ、と馬祖、日向が倒された後には代官一人が残るばかり。
「乙女の敵! 天誅!!」
「がふっ!? む、むねん‥‥」
仕置き人の技を受けて代官倒れる。
途端に会場中から割れんばかりの拍手喝采。
「やったー! お姉ちゃん達すげぇ!!」
「お姉ちゃん綺麗!」
リール、ソフィア、レインが舞台上で勝利のポーズを取れば更に喝采はその凄さを増し、最後の最後もケンイチの語り。
『こうして悪代官は倒れ、町には平和が戻ったのでした』
めでたし、めでたし――。
●
「お疲れさまーー!」
乾杯、と皆が手に持ったゴブレットを合わせて鳴り響く涼やかな音色。
「お疲れさまでした」
「オツカレー」
皆が皆、互いの功労を讃えて笑っていた。
ただ一人、心に小さな傷を負って隅でいじけている天界出身の女子高生もいたりするが、それはそれ。
「やー、まさかリールがあんな格好をするとはな」
「言うなっ」
からかう日向に真っ赤な顔で即答するリールは、劇が終わって我に返った瞬間から気になって仕方が無い事がある。
(「来てなかったよな‥‥いなかったよな‥‥っっ?」)
さぁ、それは「本人」に聞いて見なければ判らないが。
「馬祖さんとの格闘シーンは緊張しました! 気を抜いたら本当にやられちゃいそうでしたよ」
「演技とはいえ、観客の皆さんを楽しませるためにはやはり出来る限りの事をしたいと思ったので‥‥」
僅かに頬を染めて答える彼女に、レインは嬉しそうに話し掛け続けた。
「大丈夫ですか彩鈴さん。‥‥もしよろしければ元気の出る曲でも奏でましょうか」
「うん、お願い‥‥」
ケンイチの優しい言葉に甘えてお願いするかえで。
そんな一人一人の姿を楽しげにカメラに納めていたアシュレーは。
「ひっく」
え?
誰しもが自分の耳を疑った。
ブイサインを出したのはアシュレー一人。
劇中では素直に倒されてあげたけど‥‥と内心で笑う彼は正に悪代官。
「‥‥だ、誰もお酒なんか出してません、よね‥‥?」
演劇の打ち上げではあるが、収穫祭が終わったわけではない。
これから買い食いしようと話していたのに。
「しかも、もしかして酔っ払っているのって‥‥」
「‥‥ふっふ〜」
恐る恐る見遣った先には頬をほんのり染めているソフィアがいた。
ソフィア・カーレンリース。
お酒を飲むと人格変わる女王様!
「! まさかアシュレーさん!?」
レインが気付くも時既に遅し。
いつぞやの再現とも取れる状況の中で、その後の彼らを知る者は本人達以外には居らず。
また、これを語る者も誰一人としていなかったとか。
――合掌。