月姫からの託宣
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■ショートシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 56 C
参加人数:10人
サポート参加人数:4人
冒険期間:11月18日〜11月24日
リプレイ公開日:2008年11月26日
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●オープニング
――‥‥‥‥
――――‥‥‥‥
声が聴こえる。
とても穏やかで優しい、綺麗な声。
それは『彼女』の、―――予言。
●
「っ、!」
ハッとして寝台に体を起こしたリラ・レデューファン(ez1170)は、明かり一つない暗闇の中を手探りで自分の部屋だと確認する。
「今のは‥‥」
口元を押さえ荒い息を吐く。
自分の部屋。
寝台の上。
だが、聴こえた声は。
「‥‥っ、ユアン‥‥良哉、香代‥‥!」
慌てて床に足を下ろし、部屋を出る。
直後。
「わっ」
「うっぷ」
扉を開けた途端に小さな体と衝突。
相手が突き飛ばされるように奥へひっくり返りそうになるのを慌てて支えた。
「大丈夫か、ユアン」
「ゔっ‥‥平気‥‥」
痛たた‥‥とぶつけた鼻を擦りながら、しかしすぐにリラの部屋を訪ねようとしていた理由を思い出す。
「そ、そうだリラさんっ! いま夢の中に、この間の月姫様と‥‥!」
「ユアンもか‥‥?」
同じ夢を見ていたのか、そう察すると同時に暗闇ばかりだった部屋の隅に灯った光は、寝巻き姿の石動香代が灯したランタンだった。
「‥‥月姫の夢なら、私も見たわ。‥‥兄さんも」
「香代も、良哉も、か」
彼女の後方から現れた影は、低血圧そのものの不機嫌そうな顔をした兄・良哉。
「ナンだよ今の‥‥月姫もそうだけど、何でエイジャまで‥‥っ」
そう。
聴こえたのは彼女の声。
見たのは彼女の夢、しかし同時に彼らの胸中に衝撃を齎したのは亡き友エイジャの姿だった。
「‥‥ユアン、大丈夫か?」
亡くなった理由が理由なだけに、久方振りに養父の姿を見たユアンがどれ程のショックを受けたかとリラは危惧したが、幼子は強かった。
「エイジャが「行け」って言った‥‥」
月姫の言葉を後押しするように「行け」と遥か彼方を指差した。
それは彼女の魔法だったかもしれない。
幻だったのだと思う方が簡単に頷ける。
けれど、その姿こそがリラやユアン達の背を押す何よりも強い理由になる。
「‥‥行くのか、月姫に言われた通りに」
良哉の問い掛けにリラは一人一人を見遣る。
暗闇の中で、香代が持つ明かりだけを頼りに。
「‥‥行くしかない。エイジャもそう言うんだ」
リラが答えれば良哉は軽い嘆息を一つ。
「だったら、一応ギルドにも声を掛けていかないか? 月姫の予言が本当なら、‥‥とても俺達だけじゃ手に負えない」
「ああ。早速明日にでも‥‥」
返す声にも、夢の中の声が重なる気がした。
――‥‥来よ‥‥
――‥‥疾く来よ‥‥
――‥‥世界を混沌に沈めてはなりません‥‥
――‥‥来よ‥‥
――‥‥エルフの王を護るのです‥‥
――‥‥世界が動き始める前に‥‥
――‥‥‥『行け!!』
●
「!!」
ガバッと布団を投げ出す勢いで起き上がったのは今尚セレの罪人として捕らえられているカイン・オールラントだ。
彼もまた夢に月姫と亡き友の姿を見たのである。
「エイジャ‥‥っ!?」
その姿に体が震えた。
怒るでもない、責めるでもない。
力強い眼差しを真っ直ぐに向けて伝えてきた言葉に、心が震えた。
「エルフの‥‥コハク王か‥‥!」
混沌が王を狙う。
――護らなければ。
「おい!」
カインは部屋の外に向かって声を荒げた。
外がまだ薄暗いだとか、そんな事を気にする余裕もない。
急がなければ、いまこの瞬間にも王の命が狙われるかもしれないのだ。
「此処を開けてくれ! 頼むっ、おい!!」
カインは必死で声を張り上げた。
自分の声を聞いた誰かが、閉ざされた扉の鍵を開けるまで――。
●リプレイ本文
火霊祭本番。
分国の首都セレの樹上都市は多くの民の賑わいに包まれていた。
楽が響き、人々は手を叩き。
唄を歌い舞を踊り、頭上に抱えた火精霊への供物を次々と祭壇に奉る。
「火の御霊に言祝ぐや 熱きや 火焔 火珠の尊」
続々と集まる人々の表情は歓びに満ちており、そこに不安の影などは欠片も見られない。
樹齢数百年という何十、何百もの大樹の枝葉が絡み合い形成された土台に家が建ち、道が出来、街を造り。
そして最も長寿な大樹の頂に聳え立つ城は、地上の国々よりもずっと天に近く勇壮さを醸し出す。
これが分国王コハク・セレの統治するエルフの国――。
「このまま、何事もなく過ぎればいいんだけどな」
人々に埋もれながらぽつりと呟くのはキース・ファラン(eb4324)。そのすぐ傍にはリール・アルシャス(eb4402)も剣の鞘から片時も手を放す事なく周囲を警戒していた。
「‥‥コハク王がお出でになられるまで、もう少しだな‥‥」
祭壇を見つめる瞳の先には、楽師達に混じって竪琴を奏でるケンイチ・ヤマモト(ea0760)や、遠き地の聖職者であるイシュカ・エアシールド(eb3839)が賓客扱いで祭壇の傍、祈りを捧げる姿勢を取っている。
彼らは皆、月姫からの託宣を自らも受けてこの場に集まった冒険者達。
その頃、城の大広間にはコハク王と言葉を交わすアレクシアス・フェザント(ea1565)とオルステッド・ブライオン(ea2449)、陸奥勇人(ea3329)、オラース・カノーヴァ(ea3486)、そしてシルバー・ストーム(ea3651)の姿が。
「身代わりを立てる事は承諾して頂けませんか」
かつて妻共々多大なる恩を受けているアレクシアスの願いに、しかし王は決して折れなかった。
「いかにそなたらの忠告と言えど、精霊への感謝の儀に王が身代わりを立てるなど言語道断である」
「ですが御身に何かあればセレの国民はどうなりましょう」
勇人が更に言い募るも王の応えは「否」。
「では、せめてお傍に」
祭壇までの移動、供物への点火前後、常に王の前後左右に控え万が一の事態に備えられる許可を求めれば、これにはセレの騎士達からも強い嘆願があり辛うじて許可された。
「此方までの移動中にフォーノリッヂを試したところ『炎』と『音楽』という単語二つが繰り返し視えました。‥‥どうぞ、くれぐれも点火の際にはご注意を」
シルバーの言葉に、王は頷く。
「感謝する」
それは、月姫の託宣を受けて集まってくれた冒険者、全員に向けられた言葉だった。
彼らはウィルの冒険者ギルドを出立する時、アレクシアスの厚意によって彼が所有するフロートシップに乗船、ウィルからセレまでの移動時間は大幅に短縮出来たものの、僅か一日で一国の王に謁見し、事態を説明し、警護体勢を整えた上で今も囚われの身となっているカインを迎えにいくには些か時間が切迫していた。
そのため――。
「間に合ったな」
もう間もなく王が姿を見せるという頃になってようやく会場に到着した飛天龍(eb0010)の傍にはリラやユアン、石動兄妹と共にカインの姿があった。
「では、此処からは作戦通りに」
「ああ」
天龍はシフールの体格を生かし、点火の行われる祭壇の隅で敵を待ち伏せるつもりであった。
リラ、ユアン、石動兄弟、カインは民衆の中に混じっての周囲警戒。
そのカインが飛び去ろうという天龍に声を掛けた。
「ありがとう、信じてくれて」
どこか気まずそうに告げるカインに、天龍は失笑する。
「皆がおまえを信じている。共に『罪なる翼』と戦ったおまえがいれば心強いと、貴族が苦手だというイシュカも王に進言していた」
そう聞いて一瞬目を丸くした彼は、しかしすぐに顔を歪める。
「‥‥ありがとう」
繰り返される感謝の言葉は、その胸に湧き起こった感情を誤魔化すためでもあったようだ。
移動中の船内で、これまでの経緯を知らぬ者達に大まかな事情を説明。
月姫の呼び名を「セレネ」と決め、敵がカオスの魔物ならば人の姿を象る危険も大いに考えられる事から、この名を本人と識別するための合言葉にするなど可能な範囲の話し合いは終えて来たけれど、実際に自分達の受けた月姫からの託宣をセレ側に信用させる事、警備体制の変更、その上でカインへの面会許可、外に連れ出すための承諾を得るというのは容易ではなかったのである。
しかし、どんなに慌しい事になろうとも冒険者達は目的を果たした。
リラ達と同じく月姫からの託宣を受け、心近しい者達に背を押されて立ち上がった。
ましてや、託宣とは別に現在傍にいる友人からも心強い言葉を貰って戦いの場に立つ決意を固めた者も。
(「大切な子を守るためにも、‥‥頑張って来ます」)
神官に扮し祈りを捧げるイシュカの胸中に繰り返される祈り。
(「どうかこの地に加護を‥‥」)
その指に輝く『石の中の蝶』――。
楽師に混じったケンイチも、民衆に混じったキース、リールも。
祭壇脇に隠れた天龍、異国の神官を装ったイシュカ。
そして、王を前後左右から警護し城を出たアレクシアス、オルステッド、勇人、オラース、シルバー。
それぞれが手にした『石の中の蝶』に気を配りながら、高まる民衆の歓声に五感を疎外されながらも集中力でそれを維持。
気品に満ちた足取りで、民衆達の声を聞きながら一歩、また一歩と祭壇へ近付くエルフの王。
冒険者達の緊張は高まる。
「火の御霊に言祝ぐや 熱きや 火焔 火珠の尊」
歌詞の一節にもなっている言葉を王が紡ぐ。
祭司の手より渡されたたいまつの炎。
火が放たれる。
数多の火精霊達を奉る火霊祭、その最後を締める儀。
――‥‥
――‥‥‥‥精霊を奉るなどと愚かな儀よ‥‥
冒険者達が危惧していた通りだ。
それは、来た。
●
真っ先に変化を見せたのは祭壇傍で王の到着を待っていたセレの筆頭魔術師。
彼の些細な変化を目敏く察知した天龍が『石の中の蝶』に視線を落とし、ゆっくりとその羽が動き始めていく瞬間を目の当たりにした。
「来る!」
「っ‥‥!」
即座に動いたのはスクロールを紐解き仲間達の士気向上魔法を発動させるシルバーと、白魔法で対カオスの魔物に対する防御魔法を使うイシュカ。
次第に異変を察知してざわめき出す民衆に対し行動を開始したのはセレの鎧騎士達だ。
「落ち着け、悪いがこのままでは点火出来ない。少し後ろに下がるんだ」
「もう少し、もう少し下がるんだ!」
すぐに逃げろと言えばパニックを招く。
祭は中止だと告げても同様。それも見越して例年とは違う配置に民衆の観覧席を設けたのだ。ならば少しずつ、出来るだけ少しずつ戦場となる場から民衆を離し、いざ魔物襲来の直後には皆が背後に退路を確保している事が望ましいが『石の中の蝶』が敵の接近を知らせる距離というのはそれほど遠くない。
「来たぜ!!」
誘導もまだ途中の会場内。
どこか興奮めいた口調で言い放つオラースの言を受けて見上げた先、空に点在する黒い点の数に冒険者達は息を飲む。
「‥‥斬り甲斐がありそう、だな‥‥」
オルステッドは呟くと鞘に手を掛け、アレクシアスのオーラ魔法が連動。
「陛下、どうか私から離れないで下さい」
アレクシアスの言葉に王が頷く、その傍にはセレの筆頭魔術師として名高い老齢のエルフも控えた。
冒険者達の言動に民衆も一人、また一人とそれに気付く。
「――――‥‥ぁ‥‥っ」
魔物、襲来。
「きゃあああああっ!!」
一人の女性の叫びが引金。
民衆は容易くパニックの渦に巻き込まれ、戦は始まった。
●
そこでは、あの日の平地で見た光景が繰り返されていた。
背に羽を持った黒き異形の魔物達が次々と広場に降り立ち民を襲う。
その数は十、二十などと数えられるものではなく、見渡す限りに湧き出る霧のように増殖して見えた。
霧、――それは例えば『夢を紡ぐ者』達の仮の姿。
「ぁ‥‥」
トロンとした表情で眠りに落ちていく民が増える。
「きゃあああっ!!」
「わあああっ!?」
一方で放たれる人々の叫び
そこに上がる聖なる言の葉。
「ホーリーフィールド!」
十字架を手にイシュカが発動した結界術に守られた民、その頭上に軌跡を描く剣はキース。
「早くこちらへ!」
魔物を退けたキースに手を引かれて民が逃げると、それと平行してリールの剣が魔物を斬った。
「はあああああっ!!」
気合を入れて振り下ろされるオラースの武器はただ一撃で魔物を地に伏した。
動けなくなり地面で手足を痙攣させているそれらにはセレの鎧騎士達がトドメを刺す事で確実に一匹ずつ仕留める。
対魔物への結界を施せるのはイシュカだけではない。
天龍のレミエラ、またはそれ用のアイテムを用いて敵の動きを鈍らせれば、冒険者達は決して手を休める事無く武器を振るう。
眠りに落ちる者、傷を負って倒れる者。
苦しむ者、呻く者、――もう動かなくなってしまった者。
「‥‥っ」
悲しみが満ちる。
痛みが蔓延する。
「陛下、こちらへ」
そのような状況下だからこそ手は止められない。
シルバーのスクロール魔法、勇人の剣技に援護を受け、アレクシアスの背後に庇われた王は安全な場所への避難を求められるが、結界と言えども魔物の接近を完全に防ぐ事はままならず、屋内も場合によってはそちらの方が危険。
背後を壁に預けたとて、それを崩されては瓦礫の下敷きになるだろう。
自然、敵を倒しながら緩やかに移動していく彼ら。
「そうそう好き勝手やらせるか!」
上空から襲い掛かる魔物。
勇人の刀が斬って捨てたのは、いつかの怒りを思い出させる『翼を生やした黒豹』であった。
もう何度も、あの世界でもこの世界でも見てきた魔物の姿。
名は違えど同じ形。
「この剣より先には近づけさせるものか!」
アレクシアスの咆哮とも取れる威圧に魔物が不気味な声を漏らし、怪しく光る爪を剥き出す、その姿は『グレムリン』だが魔物の名を『酒に浸る者』。
これほどに似通いながら、まったく別の存在だと以前に月姫は語った。
その意味するところを幾度も問い掛けながら、答えの見つからない謎。
「はああああっ!!」
天龍の拳が空を切り、魔物を散らす。
「アイスチャクラ――」
静かな声音と共に発動されるスクロール魔法によって敵の進路を阻むシルバー。
仲間が怪我を負えばイシュカが奔走し、民の混乱にはキースとリールが精一杯に声を張り上げた。
「落ち着いてくれ。今、魔物は倒す。偉大なるウィルの民として動揺しないで欲しい!」
その言葉の通りに冒険者や騎士達の剣が魔物を切り伏せていくのを目の当たりにした民は恐怖心を捨て切れずとも叫ぶ事を止めた。
そして、王の無事を祈った。
「‥‥っはぁ‥‥」
次から次へと襲い掛かる魔物の襲撃にさすがの冒険者達も息を切らし始めた頃、気付けば会場の端にいたオラースの『石の中の蝶』がその動きを止めていた。
動かない。
それは、魔物が至近距離にいない証。
「――終わったか?」
オラースは広場の中央に目をやる。
もう黒い影はほとんど見られない。
眠りに落ちて倒れこんでいた人々すら数人が身体を起こし始めていた。
「‥‥落ち着いたようだな」
オルステッドが呟き、剣を鞘に戻す。
それは他の騎士達も同様。
いま、倒れた人々だけが残されていた広場の、祭壇より更に端。
アレクシアス、勇人、二人に庇われていたコハク王が、ゆっくりと前に出る。
月姫より命が狙われていると告げられた王は、冒険者達の尽力があってこそ無事にこの難局を乗り切ったのである。
●
「‥‥お願いです、人々を守るため力を貸してください、――セレネ」
王の言葉を受けるも、まだ落ち着かない広場。
そこに不意に奏でられた楽は、ケンイチとイシュカによるものであった。
これは勇人の策でもある。
突然の魔物の襲来によって混乱に陥った場を沈めるには、たとえ王御自らの言葉があったとしても容易ではない。
ならば、彼の命を救えと告げた月姫の力を借りられればと考えたのだ。
その月姫を呼ぶためには、月精霊に愛されるケンイチの楽の音が何よりも効果的。更にはイシュカの慈しみの愛情が音をより深く優しいものにしてくれる。
――楽の音に、いつしか重なる月姫の歌声は、乱れた人々の心に確かな和らぎをもたらす。
「悪夢は去った」
民の姿をゆっくりと見渡し、王は語る。
「もう大丈夫だ」
その断言に、民からは一際大きな歓声と、冒険者、騎士達への感謝の言葉を四方八方から湧き上がるのだった。
戦を終えて、冒険者は自分達に託宣を与えた月姫に尋ねた。
「まだ噂程度にしか耳にしていないが、ジ・アースやアトランティス各地で起きている異変とも関係があるのだろうか?」
アレクシアスの問いに、月姫は顔を歪める。
『‥‥遠からず戦が起こります』
「戦‥‥?」
『その累はアトランティスにとどまらず、すべての生きとし生けるものを巻き込み、この世界を終焉へと導くでしょう』
「終焉‥‥」
眉を顰める冒険者達に、彼女は更に続ける。
『ですが、貴方達にはそれを止められます』
月姫は言い切る。
これもまた彼女の託宣であると。
『‥‥世界を救えるか否か、それは、その場に立ち選択する者が決めること‥‥わたくしは、貴方達にはその力があると信じます』
だから、と彼女は告げる。
『セレの地に宿る力を解放して下さい』
「セレに宿る力?」
『この国には『精霊を嘆かせし者』の魔手が忍び寄ります‥‥どうか、その手がこの国を覆う前に、聖なる大地の力を、解放して下さい――‥‥』
その言葉を最後に、時間が来たとでも言うように月姫は姿を消した。
冒険者達は互いに顔を見合わせる。
「聖なる大地の力って?」
「それがセレにあるというのか?」
新たな疑問。
それは、彼らの新たなる試練を示すものであった。