【火霊祭】走れ若人!火組見参!
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■ショートシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 49 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:11月25日〜11月28日
リプレイ公開日:2008年12月03日
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●オープニング
十一月。
それはアトランティスの民にとって火の精霊達を祭る時期。
エシュロン、サラマンダー、イフリーテ――様々な名の有る精霊達がいれば、名も無く姿も見せないまま人々の暮らしに密着してその生活を支えてくれる精霊も多い。
火属性のエレメンタラーフェアリー達はその代表とも言えるだろう。
祭の形式は地域それぞれ。
同じウィルの国でも日時が異なれば全く違った趣向を楽しめるのだ。
そうしてこの日、ギルドの受付を訪ねたセゼリア夫人の依頼というのが、これに関してのものだった。
曰く、彼女の村で催される火霊祭には祭の一環として一つの勝負が行われ、これには心技体を兼ね備えた大人の協力が必要不可欠なのだが、近頃の安定しない気候が原因で祭の参加者達が次々と性質の悪い風邪に倒れてしまった。出来れば冒険者に代役を努めてもらえないかと言うのだ。
「代役、ですか。‥‥その役目というのは、一体どのような?」
依頼書を作成するためにはより詳細を、と尋ねたギルドの受付係アスティ・タイラーに夫人はにっこりと良い笑顔。
「冒険者の皆さまには、きっととても容易な事だと思いますわ。お祭ではうちの牧場の敷地を百ヘクタールほど開放させて頂くのですけれど」
「――はい?」
いま、どれだけの広さと言っただろう。
百ヘクタール、言わば一キロメートル四方。
直線上を全力疾走しても常人には百秒以上掛かる広さだ。
受付係の驚きなど意に介さず夫人は続ける。
「その範囲にはカルガモやアヒル用の池、ゆくゆくは伐採予定の林、整地されていない泥状の地面など色々とあるのですけれど」
「あ、あの‥‥それは貴女の私有地なのでしょうか?」
「私有地ですわよ?」
きょとんと不思議そうに返されてしまった。
何というか、‥‥何というかだ。
「その開放した土地で、二組に別れた火子達に競争してもらうのです」
「ヒゴ‥‥ですか?」
夫人の牧場周辺の地域では、火霊祭の折りに火子(ヒゴ)と呼ばれる心技体を兼ね備えた若者十四名が選ばれ、七人一組で勝負を行うという。
チーム名は「火組」と「炎組」。
勝負内容はいたって単純。
牧場の開放されたという土地、そこに用意された罠を七人で協力して乗り越え、先にゴールした方が勝ちである。
「ただし、ただの競争ではありませんわ。七人には、ゴールに必須の『ある物』を罠の中から探して見つけ出してもらわなければなりません」
「『ある物』?」
「去年は、この祭のために知人の農場で作られた直径一メートルほどの大株でしたわね。一つは池の中に隠し、一つは林の木の枝に吊るしておきました」
「‥‥つまり潜ったり登ったりしてそれを取らなければならない、と」
「ええ。今年は冒険者の皆さんにお願いするという事で、少し難易度を上げようかと思っております。中身が何かは申し上げられませんけれど、子供達が作ったものをこのくらいの箱に入れてコース内に隠させて頂きます」
言いながら彼女の手が描いたのは三十センチくらいの四角で、深さは五センチ程。
「池の中でも林の中でも、泥の中にも隠せますわ」
にっこりと楽しげに語る夫人に些か怖いものを感じつつも、まぁこういう依頼も息抜きには良いかなと依頼書を仕上げる受付係であった。
●と、いうわけで
「またあたし!?」
「‥‥何で俺にまで声が掛かるんだ?」
ギルド受付アスティから酒場に呼ばれた彩鈴かえで(ez0142)と滝日向(ez1155)は各々の表情で不平不満をたらり。
「そう言わないで下さい。お二人が参加して下さればチーム同士で伝え合うべき内容の伝達も可能ですし、夫人とも面識があって、それに何より親しい冒険者の方々もいらっしゃるでしょう?」
数時間前にセゼリア夫人から受けた依頼書を二人の前に差し出しながら、アスティは困った顔。
依頼を受けたは良いが、参加者が集ってくれるか不安になったらしい。
「かえでさんは火組、日向さんは炎組。どうか頼みますよー」
アスティの懇願に天界(地球)出身の二人は顔を見合わせて眉根を寄せる。
「‥‥仕方ない、か?」
「んー‥‥人が集まってくれれば良いけど」
ふぅ、と軽い嘆息交じりに参加を決める二人だった。
●競争経路
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―:一メモリ約五十メートル
∴:原っぱ
★:スタート
☆:ゴール
→:経路
*:林
〜:池
‖:泥地
●リプレイ本文
「まぁまぁ皆さんっ、今日は私のためにお集まり下さってありがとうございます!」
セゼリア夫人の些か勘違い気味な歓迎を受けて、性質の悪い風邪に罹り競技に参加出来ない人々に代わり火霊祭の火子を努める事になった冒険者達は笑顔だった。
「たまにはこういう息抜きも必要だしな」
飛天龍(eb0010)が腕の屈伸をしながら応えれば、ソフィア・カーレンリース(ec4065)やレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)といった馴染みの顔触れはとても賑やかにご挨拶。
「皆頑張るんで応援して下さいね♪」
「お姉ちゃん!」
ソフィアが言い終えるや否や、後ろから抱き着いてきたのは、やっぱり馴染みの子供達だ。
「お兄ちゃん、頑張ってね! 今日の宝物は私達が作ったんだよ?」
「ああ、力を尽くす」
「ありがとう」
小さな頭をポンと撫でる天龍。
子供と満面の笑みを見せ合うレイン、‥‥その傍で。
「アルジャン殿、顔」
「!」
リール・アルシャス(eb4402)に指摘され、慌てて顔を元に戻すアルジャン・クロウリィ(eb5814)だが、恋人が嬉しそうな笑顔を浮かべていれば目元など自然と緩もうというもの。
「本当にレイン殿がお好きなのだな、アルジャン殿は」
「無論」
苦笑交じりのリールに即答するアルジャン。
その素直さ、潔さはどこぞの男共にも見習って欲しいところだが――。
「まー、ディーネさんっっ!」
唐突に上がった叫びはセゼリア夫人だ。
子供達と戯れるディーネ・ノート(ea1542)を前に、その顔は蒼白に。
「今日はお耳をどうなさいましたの!? まさか冒険の最中に怪我をされて切除ですとか……っ」
あまりのショックにふらり立ち眩みを起こしている夫人に、負けじとディーネ。
「アレを本物の耳みたいな言い方しないでよ!」
「まぁっ、何を仰いますの! あれほどお似合いのお耳ですものっ、ディーネさんの一部と申し上げても過言ではありませんわっ。さぁお耳はどこですの!?」
「今日は要らないでしょっ?」
「まぁまぁっ、お耳がなければお仲間の声も聴こえないではありませんの!」
「耳なら自分のがちゃんと付いてるわよ、ほらっ」
「それでは可愛くありませんのっ、気分の問題ですわ!!」
自分の髪を持ち上げて自前の耳を晒すも、夫人の個人的気分で一刀両断。
むぎーっ、うがーっと格闘を始める二人を純粋に楽しんで眺める者がいれば、競技を前に無駄な体力を使うなと注意する者もあり。
「皆、準備はいっかな?」
ぴょこんと冒険者達の輪に飛び込んできた彩鈴かえでの傍には、別組の代表者・滝日向の姿もあった。
「悪い、日向殿。日向殿と遊ぶには火組かなと思って。レイン殿も張り切っているし」
「今日は打倒! 日向さんなのです!」
リール、レインが順に告げれば当の本人は何のその。
「ま、こういうのも悪くないよな。こっちにはリラもいるし?」
語尾はリールに。
彼女は一瞬だけ言葉を詰まらせるも「一度は対戦してみたかった」と笑みを零す。
アルジャンとも軽く挨拶を交わし、――何やら胸中には小っ恥ずかしい台詞を吐いていたりしたようだが、それはともかく。
「楽しい勝負にしたいですね♪」
ソフィアがにっこり笑い。
「よろしくね♪ お互いがんばろー」
ディーネに声を掛けられたかえでは「おー!」と答えた後で目をぱちくり。
「セゼリアさんは?」
「あっちっ」
ビシッと指差せばぜぇぜぇ息をしながら地面に座り込んでいる夫人の姿が。やはり若者の体力には勝てなかったらしい。
「やるなぁ」
日向の感心した呟きに笑いが広がって。
「じゃ、始めよっか?」
各チームが円陣を組んで最後の作戦会議。
最初の難関、林を担当するのは天龍とソフィア。
次の池はディーネとレイン。
最後の泥地をリールとアルジャンが担当し、見つけた箱を持ってゴールを目指すのは迸る若さを期待されたかえでである。
「火組ファイト〜♪」
ソフィアの号令に合わせて「おぅっ!」と気合もバッチリ、一列に。
隣には炎組。
いざ、勝負!
●
アルジャンの応援に来ていたアルベル・ルルゥも見守る中、一斉にスタートを切った二組十四名。
最初の難関、それは実は林までの直線五百メートル全力疾走だったりする。
「先へ行く!」
「はい!」
林を担当する事になった天龍が自らの翅をはためかせ疾翔。
同じ区域担当のソフィアも追いつこうと必死だが、如何せん体力の乏しいウィザード。しかもソフィアは胸元に大きなメロ‥‥でなく、ハンデもあったりするため、一生懸命に走るが追いつけない。
「大丈夫か?」
「は、はいっ、アルジャンさんも先に行ってくださいっ」
気遣われたレインは、精一杯の笑顔で最も遠方の難関、泥地を担当するアルジャンに告げる。
「この中距離走は曲者ね」
ディーネが呟く横、リールは些か拍子抜けの表情だ。
スタートと同時に日向の足を引っ掛けるなどして出足を挫こうと思っていたのだが。
(「何かあったのか?」)
チラと後方を見遣ればようやくスタートを切った炎組の天界出身者二人組み。
周囲のギャラリーからは冷やかし混じりの拍手と歓声が上がっていて、盛り上がりは充分だが。
「リールさんも先に行ってくれる?」
ディーネに声を掛けられて、リールは「ああ」と頷き返す。
「行こう」
「わかった」
鎧騎士、ここから全力疾走。
「私達も負けてられないわ!」
「はいっ」
池を探すディーネとレインが、ソフィアの背を叩く。
「私達も先に行きます」
「林の方、よろしくね♪」
「はい♪」
そうしてウィザード仲間が歩を早めた頃には、ソフィアも林に。
既に大半の葉が落ちてしまっている林道は妙に閑散としていて、逆に見通しは良い。
空から目を凝らしてゴールに必要な『箱』を探す天龍だが、それらしい物は枝の上に見当たらなかった。
「となると、落ちた葉の下か」
天龍は高度を低くし地面を凝視。
視力が人並み外れて優れている彼は上空からでも視界良好だ。
と、両組林担当が集まった事を一際大きな歓声から察する。
「少し急ぐか」
天龍は更に林の奥も確認すべく方向転換をした。
同時、目の前で揺れた棒‥‥否、色褪せた蔦が迫る。
「っ!」
まさかと空中で回転しそれを回避。
身体の横をすり抜けて行く動きは緩慢で、避けるのは容易。
だが、ゆらゆらと眼前に揺れる三本の蔦は、まるで遊び相手を探す赤ん坊のように無邪気な動きだ。
地上を見下ろすと、そこにはヒラヒラと手を振りながら隙の無い笑みを浮かべている炎組の淑女が一人。
「ごめんあそばせ♪」
天龍は苦笑する。
「さて、どうしたものか‥‥」
蔦を引き千切って行動不能にすることは簡単だが、特に危害を加えるモンスターではないし、春には再び青々とした色を取り戻すだろう植物だ。
周囲に視線を巡らせれば勝手に動く植物にギャラリーも興奮している様子。
「仕方ない」
自らにオーラエリベイションを付与して士気向上。
これを避けながら箱探しを続行した。
一方、林の中で顔を合わせたのはソフィアと日向。
「あれ? 日向さん、彼女さんと一緒じゃないんですか〜?」
ズコッと足元を滑らせる男に、ソフィアは楽しげに笑った。
「心理戦のつもりかっ」
「そんなことありませんよ〜、とっても素朴な疑問です〜♪」
それを本当に朗らかな笑顔で言われては日向も怒りようがない。
それきり地道に足元の葉の下、木の根元を細かく探索。
箱は、まだ見つからない。
●
その頃、泥地担当のリール、アルジャンは先を行く炎組の五人を追っていた。
友人が毛皮の外套を脱ぎ捨て、池に飛び込むのを見たアルジャンは目を瞬かせた後で感心、さすがは彼女といったところか。
「薫殿も飛び込むのか!」
リールが驚きの声を上げる。
池の端で躊躇っていた炎組・水谷薫は、しかし何度かその場で屈伸を繰り返すと鼻を指で摘まんで飛ぶ。
「お見事だな」
「ああ。――そういえば、箱の中身は何なのだろうな?」
アルジャンがふと思い当った疑問を呟いた時だった。
不意に前方を走っていた炎組・黒衣の神聖騎士が足元のバランスを崩してふらついたように見えた。
だが、それは転びそうになったのとは違い、足元に――。
「‥‥あった」
「!?」
思い掛けない台詞に皆が驚く。
実は黒衣の神聖騎士だけは「罠」の意味を正しく予測し、林、池、泥地以外の部分にも目を付け、そして常に注意していたのだ。
そして見つけてしまった最初の『木箱』。
「走れ!」
それを、箱を持って走るべき女性騎士に放る、走る!
「させるかっ」
リールが加速する。
鞘を付けたままの剣で飛び掛ろうとした、その間に身を滑り込ませたのは、――リラ。
「!」
「こういう形で敵対する事になるとは、な」
苦笑交じりのリラに対し、リールは一瞬こそ驚きを露にしたものの迷いはない。
「天龍殿!!」
背後、林に向かって声を張り上げた。
その距離およそ三百メートル。距離はあるが、耳の良さも常人を凌ぐ天龍ならば必ず聞こえる。
そしてそれはすぐに実現。
林の上空へ飛び出した彼が一直線に飛んで来た!
「お兄ちゃん頑張れ!」
ギャラリーから上がる声に応えるがごとく、あっという間に箱を持って走る彼女に追いついた天龍がその前方を阻んだ。
場所は泥地の若干手前。
泥地の外周を回ってゴールするのなら残り四百メートル弱。
「悪いが、この先は通さないぞ」
炎組の女騎士は箱をしっかりと胸に抱き締める。
コース内に箱は二つだけれど、一人でも箱一つを抱えてゴールしたなら勝負有り。
今、その箱を手にしているのは炎組だけれど天龍ならば抑えられると火組は信じている。
「水の精霊さん、力を貸して!」
背後、追いついた水のウィザードは、すぐに自分の役目を果たす。
急いでもう一つの箱を見つけなければ。
「お願い、少しあちら側に水を寄せて」
レインが語りかければ池の水は頷くよう小刻みに震えると、波紋を広げ一方に水面を押し上げた。
水魔法ウォーターコントロール。
池はレインの言葉に応えたのだ。
「うわっぷ、何ッスか!?」
「ぼげげげ」
突如、水が勝手に動いて身体を押された炎組の二人は緩やかだが意思を持った流れに抵抗出来ず、水と一緒に池の端へ押しやられ。
「ディーネさん」
「ラジャ♪」
続くディーネが唱えたのはウォーターウォーク。二人は池の水面を地面と違わず歩きながら探索、魔法の技を目にしたギャラリーは大興奮だ。
こうして池の捜索が始まるのを見届けたアルジャンが泥地に飛び込むのを追って、リールも。
「リラ殿、箱探しで勝負だ!」
無邪気な笑顔に目を丸くしたリラは、しかしくすりと笑って一言。
「受けて立とう」
――その頃、火組の箱を持って走る予定だったかえではと言えば。
「もーダメ‥‥っ」
今にも倒れそうな少女。いくら若くともウィルから滅多に動かない女子高生に、冒険者以上の体力を期待してはいけなかった。
林ではソフィアが一人、炎組に負けじと探索続行。
炎組、火組、四人が手足で必死に箱を探す泥地では、皆が悲惨な格好になって来た。
「アルジャン殿、この勝負、絶対に負けられない」
「無論」
泥塗れになりながら決意新たに探索を進めていた最中。
「ありました!」
声を上げたのはレインだ。
魔法で深さが浅くなっていた事も幸いした、膝を曲げて肩を池に浸せば辛うじて手に取れる。
二つ目は『鉄箱』。
濡れても大丈夫なように。
「走ろレインさん!」
「はいっ」
ウィザード二人、池を飛び出す。
「天龍殿、お通し頂きます!」
いよいよ本気になった炎組の走者に天龍も本気になるが。
「大丈夫!?」
ディーネの緊迫した声に全員が振り返った。
箱を落としたレインは「ごめんなさい」と一言。
だが。
「重いんです‥‥っ」
「――」
重くて当然、箱は鉄。
これも罠の一つだ。
「レイン!」
アルジャンが駆けつけようとするも黒衣の神聖騎士に阻まれ。
天龍が二人でなら運べるのではと思い至る、その隙に脇を抜かれて炎組の走者が再び走り出した!
「頑張れお姉ちゃん!」
ギャラリーから声援を受けるも、複数人で一つの箱を運ぶのと、一人で運ぶのでは速度は段違い。
勝者、炎組。
それが今年の火霊祭の勝敗だった。
●
「他に怪我をしている者はいないか?」
天龍に声を掛けられ、怪我の程度、そして敵味方も関係なく皆が手当てを受けている中で、駆け寄ってきた子供達とぎゅっとハグして「ごめんね」とディーネ。
「せっかく応援してくれたのに負けちゃった」
「ううん、カッコ良かった!」
「すごかったよ!」
馴染みの子供達からそんな言葉を貰って、ディーネは破顔。
「ありがとー♪」と更にぎゅっと抱き締めた。
「お疲れさまです♪ 寒かったでしょう?」
ソフィアに声を掛けられたレインは「大丈夫です」と笑顔。
そんな彼女の傍にはアルジャンの姿もあり、ソフィアは「そっか」と内心に呟いて距離を取る。
「優しく労わってあげて下さいね〜♪」
「えっ」
「うむ。もちろんだ」
真っ赤になるレインとは対照的に、勿論そのつもりのアルジャンは顔色一つ変えずに即答。
「お疲れさま、だな」
「ぁ、えっと‥‥いえ、アルジャンさんこそ‥‥」――とすっかり二人の世界である。
そんな二人から離れたソフィアが向かう先にはリールとかえで。
「役立たずでごめんだよ‥‥」
「気にする事ない、楽しかったよ」
二人の足元には仲間が一緒に運んで来た鉄の箱。
「そういえば、その中身って何だったのでしょう?」
ずっと疑問に思っていた事をソフィアが言えば、すぐに反応したのは子供達だった。
「開けてみて、お姉ちゃん!」
「いいの?」
ソフィアは子供達に尋ね、最後に夫人を見上げる。
彼女はにっこりと微笑んで「どうぞ」と開ける事を促した。
火組、炎組、全員が集まっての箱の開封。
そうして中に入っていたのは――。
「‥‥これ、もしかして私?」
ディーネが子供達に尋ねれば、大きく肯定の返事。
入っていたのは羊皮紙に描かれた彼女の似顔絵。
もちろんディーネ一人ではなく、天龍やソフィア、レイン、炎組のメンバーや、今回の祭には参加していないけれど子供達と縁のある冒険者達の顔も‥‥。
「今年の火霊祭には冒険者のお兄ちゃん、お姉ちゃんが来てくれるっておばさんが教えてくれたから、皆で大好きなお姉ちゃん達の似顔絵を書いたんだ!」
「‥‥っ」
似顔絵の横には「ありがとう」や「大好き」といったメッセージも添えられており、子供達の気持ちがたくさん詰まっていた。
「みんなぁ‥‥っ」
涙目で喜ぶ冒険者達に、子供達は声を揃える。
「また一緒に遊んでね!」
――答えは、一つだろうか?
「夫人、一つ頼めるか?」
「何でしょう?」
天龍が、これから言う食材が用意出来るだろうかと尋ねればもちろんとの応え。
此処からは敵味方関係なく一緒に卓を囲もう。
美味しい食事と競技の話に花を咲かそう。
その隣に、子供達がくれた宝物を飾って。