●リプレイ本文
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「こんにちは、お手伝いに来ました〜」
「ギルドの職員さん達にはいつもお世話になっているものね。お掃除くらいいくらでも手伝って差し上げる‥‥わ‥‥?」
笑顔で挨拶をしながら入っていくソフィア・カーレンリース(ec4065)に続き、意気揚々と件の部屋に立ち入った途端に言葉を途切れさせた華岡紅子(eb4412)が笑顔のまま固まった、その後方。
「あらまあ。これはお掃除のし甲斐がありますね〜♪」
倉城響(ea1466)がのほほんと告げる眼前には、書類が山積みになった机と、部屋の四隅に埃の溜まった床。周囲を包む風には、長く掃除されていない事が明らかな湿った木材の匂いが含まれ、掃除のし甲斐が有り過ぎる程に有る様相を呈している。
「まずは、部屋を一つ掃除し終えて、そこに書類関係は全てあつめてはどうだ?」
ギルドには日頃世話になっているからと名乗りを上げてくれた飛天龍(eb0010)の提案に他の面々も賛同。
「天井の埃が落ちて書類が汚れても大変ですものね」
レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)の言葉に、友人ソフィアも大きく頷く。
「頑張って一年の汚れを落として良い新年を迎えましょう!」
「そうだね」
「ええ」
少女達に応じるのは、某魔術師の弟子として共に切磋琢磨して来たティス・カマーラ(eb7898)、元馬祖(ec4154)。
「早速始めるとしようか」
腕まくりして意気揚々とリール・アルシャス(eb4402)が言えば、一同は一斉に作業に取り掛かった。
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ギルドには当然の事ながら機密事項を含む重要書類も大量にあり、こういったものを冒険者達の目に触れさせる事は原則として禁じられている。となればやはり書類の仕分けは職員本人が行うべきであり、一番最初に全員で掃除し終えた会議室に書類を運び込むのと同時進行で、その周りをアスティ・タイラーら職員が囲む。その片隅で、もはや不要の書類が仕分けされるのを待っているミーティア・サラト(ec5004)の傍には、たまたまギルドに立ち寄った事で今回の大掃除を知ったギエーリ・タンデの姿も。
「これはまた大変ですねぇ」
「でも、幾ら忙しくても仕事場が乱雑なのは感心しないわね?」
温和な笑顔ながらも痛いところを突いてくるミーティアに、受付アスティは苦笑い。彼女の指示で書類を「機密」「不要」「要保存」に分けながら、まだ渡せるだけの「不要」書類が纏まらず手持ち無沙汰なミーティア達に声を掛けている。もちろん、手はしっかりと動いているが。
「ギルドの大掃除を手伝ってくださるのは大変ありがたいですが、ご自宅の方は大丈夫ですか?」
「ええ。家の方は夫が楽しそうに綺麗にしていたから任せておけるわね」
「羨ましいわ!」
横から口を挟んできたのは既婚の受付嬢。自分の夫もそんな人ならと嘆いている。一方「これどこの文字?」なんて声を上げた受付嬢に「貸して」と手を出したのはルスト・リカルム(eb4750)だ。
「あぁ、これはラテン語。天界の誰かが落としたんじゃない? 書いてあるのは『卵三つ』だもの」
きっと買うものを忘れないようにメモしたのだろうそれは、羊皮紙ではなく布の切れ端のような触り心地。
「廃棄でいいわね」
はい、と。
不要の書類が集まる場所に一つ追加。そうこうしている内に、新たな書類の山が別室から届いた。
ガランと普段以上の広さを強調してくる事務室内にも冒険者達の姿。
「書類の量がものすごいですね〜」
ソフィアが言う通り、運んでも運んでも部屋から書類が失せる事はない。
「書き記す事が私達の仕事ですから‥‥」
そう苦く笑った受付嬢。
「それにしたってなぁ‥‥」とぐるりと部屋を見渡して嘆息したのは、冒険者達に呼ばれて手伝いに来ていた滝日向である。
「これももう会議室に運ぶが、他にはあるか?」
「ええ、これもよろしく」
「――」
紅子が書類の山の上に積み上げたのは、やっぱり書類の束。内容はあちらで確認するため、今はひたすら運ぶしかないのは判っているのだが、‥‥紙の束って意外に重いんだぞ?
そんな心の呟きが相手にも届いていたのか、紅子はくすっと小さく笑う。
「頑張った人にはご褒美がある、かもしれないわよ?」
悪戯っぽい彼女の笑みにはどうにも弱い日向である。
「じゃ、そのご褒美を励みに働かせてもらいましょ」と自分自身に呆れた苦笑を零して見せた。そんな友人に肩を竦めたのは彩鈴かえで。
「日向君てば情けないなぁ」と勝ち誇った笑みで呟くと、やはり書類を整理していたリールが苦笑。
「幸せそうだよな」
「そうですよ」とレインも口を挟む。そんな少女の後ろには、背丈のそう変わらない水の精霊の姿があった。
フィディエル。
湖の精とも言われる彼女がレインの傍にいるのは、ソフィアの周りを飛び交っている風のエレメンタラーフェアリーや、馬祖の肩にとまっている火のエレメンタラーフェアリーと同じく、分国セレに住まうシェルドラゴンから託されたからだ。
「なんか不思議な感じだねー」
精霊と聞くと常人の目には触れないのが一般的のように思えるが、いま彼女達の周囲にいる精霊は何の力もないかえでの目にもばっちりと映っている。これもアトランティスという大地の影響なのか。
「随分と仲が良さそうだな」
リールが言えば、レインは苦笑。
「でも、お互いに遠慮というか‥‥他人行儀になっちゃう事も多いので、まだまだこれからです」
言う彼女の後ろで、水の精霊は穏やかな微笑を口元に湛えながら水泡を宙に浮かせて遊んでいた。
そうこうして事務室から全ての書類が撤去されれば、いよいよ冒険者は各人の担当に分かれて本格的な大掃除開始である。
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埃払いをするために、響が人数分の三角巾と、口元を覆う布を用意してくれたため、これを全員が着用。本人は着物という服装柄、袖をたすき掛けで固定した。髪の長い女性は掃除の邪魔にならないよう髪を結わえ、ある人はエプロン、ある人は前掛け。紅子とリールは引き続き書類整理を手伝い、天龍やティスといった宙を飛べるメンバーは濡れた雑巾を手に天井へ。馬祖、ルスト、ソフィアは壁や窓を担当。レインとミーティアは響の指導を受けながら床の掃き・拭き掃除と、手を伸ばせば届く範囲の壁の清掃担当だ。
「家小人のはたきだと埃は舞わないのだろうか」
特殊な効果を発揮するはたきだが、試しにと天井で一叩き。
同時、面白いほどに舞い上がった埃は視界を霞ませる程で――。
「!」
「わっぷ」
「けほけほっ」
地上にいた面々にも埃が降り注いで一同驚き。
「すまない、大丈夫か?」
「大丈夫ですよー、ちょっと驚いただけですからー」
「そのはたきで天井全てを叩き払うのであれば、しばらく全員が外に出ていた方が良いでしょうか?」
ソフィア、馬祖と答えるが、天龍は首を振る。
「いや、これほどに舞うなら雑巾で拭き取る方が無難だろう」
「同感だよ」
ティスも咳き込みながら苦笑交じりに。
「拭いた後で、角の方の取れない埃とかにはたきを使うのが良いと思うな」
そういう事で意見は一致、天井の拭き掃除が開始された。
天井、壁、窓――上から下へと汚れを落としていく。響、天龍、紅子といった、家事全般を得意とする面々の手際はさすがで、特に天龍のスピードは群を抜く。自分の羽で自由に飛べるという利点があることを差し引いても、間違いなく今回の最優秀掃除人である。
「拭き掃除は、濡れた雑巾と乾いた雑巾を片手に一枚ずつ持って、交互に拭いて行くんですよ〜♪」
着物姿で手際よく清掃作業を進める響に見惚れる職員がいれば、魔法を駆使して高い位置も自らの力で片付けて行く冒険者達には「さすが」の声。中には小さな雑巾を手に拭き掃除を手伝う精霊の姿も。
「ありがとう、よく出来ました〜♪」
ソフィアが風の妖精エスペランザの小さな頭を撫でると、小さな少女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
そんな様子を天井近くから眺めて、ティスは感慨深そうに息を吐く。
「今年もいろいろあったなぁ」
手を休める事はなかったけれど、その胸中を過ぎるのは慌しく過ぎ去った日々の記憶。失敗もあったけれど、分国の大魔術師に弟子入りし、今回は連れて来ていないけれど、彼のもとには月の眷属であるルーナが託されていた。ウィザード仲間も増えた。これからもきっと楽しくやっていけるだろうと、そう思うと自然と表情も明るくなる。
「ティスさん、すみません」
不意に掛かった声は、フライングブルームで天井まで上がってきた馬祖だ。
「床の掃除は天井が終わってからでないと二度手間ですから‥‥私も此方を手伝います。まだ終わっていない箇所はありますか?」
「うん、あの棚をお願いしてもいいかな」
「承知しました」
仲間との連携も大切にしながらの作業は、三日経った時点で大掃除を必要とするギルドの八割を綺麗に片付けていた。
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「さあ、今日こそ終わらせるぞ」
袖を捲って断言するリールに、他の面々も同意。
「もう天井は終わるし、‥‥もし手が足りないなら、その後で書類整理を手伝おうか?」
「助かるわ」
ティスが言えば、紅子が答える。掃除よりも書類整理に手間取っているのが実状。とにもかくにも書類の量というのが半端ではない。全部の記録が手書きの文字で残されるのだから、記録の量が膨れ上がるのは当然と言えば当然なのだが。
「全部ディスクに保存ってわけにはいかないからな」
「でぃすく、ですか?」
聞き返すレインに、日向は「地球の道具さ」と苦笑。こういう時に自分は異世界にいるのだという事を実感する。
「各人担当場所の掃除が終わったら書類整理に合流ということだな」
天龍が流れを纏めて今日も作業が始まる、間際。
「タバコが吸いたいわ‥‥」
ぽつりと呟いたルストを、後方からポンと叩くのは響だ。
「これはまだお返ししませんからね〜」
相変わらずのほんわか笑顔で言う彼女の手には、ルストから預かった紙巻タバコ。紙を扱う場所で火を使い、火事を起こした事で有名になどなりたくないからと今回の依頼中は響に渡してあったのだ。
「今日も頑張って下さいね〜」
「‥‥判ってるわよ」
そんなルストは、今日も壁掃除から開始である。
「書類って、重ねると結構、重たいからな」
「そうなのよね」
羊皮紙は貴重品である事からも、再利用出来るものは再利用、破れたり折れたりしている箇所も丁寧に修正しながら言葉を交わすリールと紅子の声を横に聞きながら、ギルドの職員達も引き続き奮闘中。
「これっていつの?」
「日付書いてあるでしょう」
「虫食いで読めませんよ」
「だったら中身で判断してっ」
「これ読むんですかっ?」
羊皮紙三枚に渡ってびっしりと文字の書かれているそれは、文字というにはあまりにも乱雑な形をしており、どんなに時間に余裕がある時でも好んで読みたいとはとても思えないものだ。
「レイン殿にお願いしてはどうだろう」
「そうね。レインちゃん、セトタ語の先生だもの」
言語学者にも引けを取らない語学力は仲間達もよく知るところで、呼び出された彼女が暗号解読の雰囲気で読み解いた内容によれば、それは三年程前の依頼報告書だったようだ。
「‥‥リラさんや、エイジャさんのお名前もここに」
「えっ?」
言われて真っ先に身を乗り出したのはリール。目を凝らしてみれば、確かにそんな文字の綴りに見え‥‥ない事もない。
「‥‥レイン殿、よくこれが読めたな」
「一通り全部に目を通して、文章の流れで単語を判別出来たら、あとは文字の特徴さえ掴めば有る程度は読めるようになりますよ」
「そういうものなのか‥‥」
言われて再び目を凝らすも、やはりリールの目には細長い虫が紙面でのた打ち回っているようにしか見えなかった。
「そう考えると、この書類の山って貴重よね。ほとんどが私達冒険者の軌跡なんだもの」
「そうだね」
紅子が呟くと、ティスも大きく頷き、そんな彼女達の会話を聞いた受付のアスティ・タイラーは穏やかに微笑む。
「私達は、とても大切なお役目を頂いたと思っています。冒険者の方々の歴史を、こうして記録、保管させて頂いているのですから」
「でしたら、もう少し丁寧に保管してもらいたいものね」
うっとりと呟くアスティに、おっとりと手厳しい事を言うのはミーティア。彼女も書類整理に合流したところのようだ。ただ、ここに来る前に彼女はギルド長に会い、今後の書類整理について幾つかの提案をして来ていた。曰く、職員の傍に箱を置き、不要な書類はその場で箱の中へ。要保存の書類も机上に積み上げるのではなく、すぐに保管場所へ仕舞う事を徹底させてはどうかと。
すぐに変化を望むのは難しいだろうが、長い目で見ればきっと仕事がやり易くなるはず、そう告げるミーティアにアスティは恐縮しきり。
「肝に銘じます」と何度も頭を下げる職員達に、冒険者はくすくすと苦笑混じりの笑みを零した。
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まだ書類整理は若干残っているものの、後は職員だけでどうにかなると言うので冒険者達はささやかながらもお疲れさん会を催そうと、会議室でしばしの休息。
「お疲れさまでした。つまらない物ですが、よろしければ飲んでください♪」
「季節はちょっとずれてますけど、お菓子も持ってきましたからどうぞ」
響とレインのおもてなしに、弾む会話。
「明日には自分の家もお掃除しないと」
くすくすと微笑む響に、紅子も。
「自分の家と言ったら、滝さんの家は大掃除、済んでいるのかしら? もし良ければこのまま手伝いにいくわよ?」
「えっ」
何故かうろたえる日向を、すぐにからかうのはかえで。
「おんやぁ、何か見られちゃ困るものでも??」
にやにやと笑む女子高生に、元探偵、頬を引き攣らせて拳骨。
「あだっ」
「あらあら、お砂糖がこぼれていますね〜」
「ソフィア!?」
おまえまでかっ、と無邪気に箒を持って床を掃く魔女っ娘ウェイトレスに日向ががっくりと肩を落とすと、馬祖が不思議そうに小首を傾げる。
「床に撒いた砂糖って‥‥何があったんでしょう?」
「さぁ‥‥でも、楽しそうだよね」
ティスが応え、そんな会話を聞くともなく聞いてしまった天龍は軽い嘆息。
「掃除の後は、掃除に使った道具も綺麗にしなくてはな」
使用済みの雑巾を回収だ。
会議室に広がる談笑。
「アスティ殿をはじめ受付の方々、これからもよろしく!」
リールが告げると、冒険者達も、ギルドの職員達も互いによろしくと言葉を交わし合う。
そんな中で、足元に水の溜まった桶を置いて紙タバコに火を点けたのはルストだ。
「掃除が終わった後は、これが一番‥‥」
ようやく響から返却されたそれで一服。
そんな仲間達から少し離れた場所で。
「いつもありがとう。綺麗になって良かったね‥‥」
そっと微笑み、こつんと壁に額を当てたのはレイン。建物にも感謝の言葉を忘れない水の乙女に、フィディエルもまた穏やかに微笑み、少女をぎゅっと抱き締めた。