【黙示録】新たなる始まりを告げる声
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■イベントシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 83 C
参加人数:40人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月30日〜12月30日
リプレイ公開日:2009年01月07日
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●オープニング
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「‥‥ほう、人間どももなかなかやるということか」
一時の攻撃を退けた地獄の門の前。三つ首の魔犬ケルベロスは憎々しげにつぶやいた。
冒険者たちの連続しての妨害に、地獄の門からの増援は滞りなく行われたとは言い難い。彼の獅子の大公であろうとも、予定が変わっては苦戦はせずとも、一瞬の隙ができるかもしれない。
「忌々しいことだが、念には念を入れるとしよう‥‥」
そうして、3つの口端が大きく歪む。
それとあわせて、気がつかないほどの動きで、本当に少しずつ、門が揺らいでいた。
「お前たちはこれから、ゆっくりと絶望を味わうことになる‥‥十分に、楽しんでくれ」
その悪魔の声と哄笑の後ろでは、徐々に、地獄の門が閉じようと動きつつあった。
●
セトタ大陸最大の国ウィルの分国として知られるエルフの国、その名をセレ。ここには今、ある種の『要因』が保護されていた。かつて世界の各地で目撃された、鉱石が採掘される壁、そこに封じられていた月の姫。ジ・アースとアトランティスを繋ぐ唯一の存在と目されていたアルテイラである。
以前に分国セレのコハク王がカオスの魔物に狙われていることを予言し、縁のある冒険者達へ王を護るよう願った事もあり、彼女は分国の重鎮達から厚い信頼を置かれるようになっていた。更には冒険者達から与えられた『セレネ』の名をいたく気に入り、その名を呼ばれる度に朗らかな笑みを零す。数ヶ月前までの、淋しさと怖さから顔を強張らせていた彼女は、もうどこにもいなかった。
「セレネ、今日はどうしたんじゃ?」
その日の昼過ぎ、城の一角に姿を現した彼女の姿を目にしたのは、もう間もなく生を受けてから一六〇年を迎えようとしている老齢のエルフ。ジョシュア・ドースターという名の、セレの筆頭魔術師である。
「ん‥‥? どうした、気分が優れぬのか?」
ひどく強張った顔をしている彼女に近付くと、月姫は震える声を押し出す。
『‥‥恐ろしい闇の力‥‥』
「セレネ?」
『悪しき闇の国‥‥扉が閉じる‥‥』
「扉が閉じる? 闇の国とは、‥‥まさか、冒険者達が激戦を繰り広げているあの世界の事かの!?」
こちらも強張った声を荒げれば、近くにいた鎧騎士達が何事かと駆け寄ってきた。――かくして、月姫の再び託宣が王の耳に届けられる。
●
「だーからそれじゃダメだろ!?」
「ダメダメって、そればかり言われたって判るわけないでしょーがっ!?」
分国セレ領内のゴーレム工房は城に隣接して建てられている。セレの首都が、魔法樹と呼ばれる巨木の枝葉が絡み合って大地となる樹上都市であることは周知の事実だが、近頃の工房で、この魔法樹を利用して全く新しいゴーレムの開発が進められている事を知る者は限られている。
王を始めとするセレの重鎮達と、工房長ユリエラ・ジーン含むゴーレムニスト数名、技術者の他、全員がセレ出身者だ。
異国を故郷とする者でこれを知るのはただ一人。
ジ・アースからの来訪者であり白の神聖騎士アイリーン・グラントである。
「いいかっ、白魔法ってのは慈愛の心が前提なんだ! そんな研究だ、成果だって、俗物的な考えで扱えるものではない!」
「仕方ないでしょ、私は研究者なんだから! 研究者にもわかるように説明してみなさいよ、その白魔法ってのをさ!」
女二人――工房長ユリエラと騎士アイリーンであるが、一歩も引かぬ我の強さ。
「いいかっ、ゴーレムで白魔法を扱おうなんて考えるのがそもそもの間違いだ!」
「馬鹿ねっ、いま白魔法を使うゴーレムを開発しないで、いつ開発しろって言うの!?」
ぎゃんぎゃん言い合う二人に、他の研究者達は辟易した様子で輪を作る。
「毎度の事ながら、よく飽きないよな‥‥」
「あれで、最終的には仲良いんだから不思議だよな‥‥」
工房長はゴーレムを開発し国の役に立てる事を至上の喜びとしているし、騎士は己の魔法知識がアトランティスの民を救う手立てになる事が喜び。言い争いつつも利害が一致しているから二人の協力は続いていた。
と、そこに現れた突然の来訪者は王の臣下。
「失礼する。申し訳ないが、アイリーン・グラント! 私と共に王の御前へ同行して貰えないか?」
「なに‥‥?」
唐突な呼び出しに眉を顰めた彼女へ、臣下は続けた。
「月姫が新たな予言をされた。曰く、地獄の門が閉じようとしていると。それを阻止するにはカオスの魔物に有効な手段を持つ者の祈りが必要だという! そなた、祈れぬか!」
「――」
あまりにも突然で思考が一瞬凍りついたが、‥‥己の祈りが民のためになるならば否はなかった。
●
月姫の予言を受け、王の命を受け。
セレの貴族達も祈りの儀式に際して警護その他諸々の準備など、僅かな予断を許さぬ状況下にあった。
「祈りの最中にカオスの魔物の襲撃がないとは限らない。警備は厳重に。‥‥出来れば、ウィルの冒険者達にも救援を頼みたい」
「それでしたら私が迎えに行きます」
立ち上がったのはセレの貴族、伯爵位を持つアベル・クトシュナス。
「私にはウィルに顔馴染みの冒険者達がいます。真摯に頼めば、きっと力を貸してくれるでしょう」
「ああ。では頼む」
「はい!」
こうして、アベルがフロートシップと共にウィルを訪れた。
祈りの日まで時間は僅か。
一人でも多くの協力を得られるよう、‥‥そう思い詰めたアベルの表情はひどく固かった。
●リプレイ本文
●
分国セレ。樹上都市に聳える城の後方にはフロートシップが着陸出来るよう設えられた広場と、ゴーレム工房が併設されている。その更に奥、城の中腹にまで届こうという高さと、大人十人が手を繋いで輪を組んでも抱えきれない巨大な幹を持った魔法樹は、樹上都市の重要な支えであると同時に様々な儀式の舞台をも兼ねている。
その根元で現在行われている祈りの儀式は、月姫セレネの託宣のもと、ウィルから集まった四〇名の冒険者と、セレから祈りの儀に参加する魔術師と騎士合わせて十五名、警備参加を主目的とした百余名の鎧騎士。ゴーレムにおいてはノルンが二〇機、グライダー、チャリオットをそれぞれ一〇機ずつ配備しての厳戒態勢を敷いていた。精霊暦一〇四一年末日の真昼から、一〇四二年最初の日に掛けて行われるこの儀には必ずカオスの魔物による妨害がある――、これもまた月姫の託宣の内であったからだ。
城を間に、人々が暮らす街とは逆方向である事も今は幸いした。
鉄製の蜀台で煌々と燃え盛る薪の炎と、それぞれが持つランタン、たいまつの火だけが辺りを照らす明かりとなってから数刻。
「そろそろ交替、だな」
すっかり暗くなってしまった夜空を見上げ、今回の救援要請を受けて以降、チーム編成などに奔走したリール・アルシャスが呟いてその手を上げると、彼女と共にA班として警備にあたっていた面々が一人、また一人と反応して見せた。
「交替です」
樹の根元に跪き、真摯に祈りを捧げていたアリシア・ルクレチア、ヴェガ・キュアノス、リリー・リン、そしてイシュカ・エアシールドに声を掛けたのは、交替する事になるB班で祈りを担うアルフレッド・ラグナーソンだ。
「‥‥祈りにどれ程の疲労が嵩むというのでしょう。私は大丈夫ですわ」
アリシアが言うも、リリーが左右に首を振る。
「いえ。祈ることもまた、この儀式においては重要な鍵となります。休める時に休みましょう。休みながらでも祈れるのですから」
「リリーの言う通りじゃ」
ヴェガにも促され、アリシアはまだ心残りがありそうな眼差しを魔法樹に向けながらも立ち上がった。
「イシュカ、おまえもだ」
次いでそう声を掛けたのはソード・エアシールド。交替と言われてもなお祈り続ける親友の腕を取る。
「休め」
「ソード‥‥」
まだ渋る彼に「大丈夫ですよ」と、そっと手を取ったのはレイン・ヴォルフルーラだ。
「次は私達の番ですから。ね?」
「‥‥ええ」
穏やかに微笑む少女に遠く離れた娘の面影を重ね、イシュカも自らに言い聞かせるようにして立ち上がった。こうして祈りは先の四名からアルフレッド、レイン、アシュレイ・クルースニク、草薙麟太郎の四名に。
警備はオルステッド・ブライオン、リースフィア・エルスリード、ユラヴィカ・クドゥス、ディアッカ・ディアボロス、ジャクリーン・ジーン・オーカー、長渡泰斗、物見昴、そしてリール、ソードの九名から、次の班に名を連ねるアレクシアス・フェザント、オラース・カノーヴァ、フルーレ・フルフラット、ソフィア・カーレンリース、エルマ・リジア、アシュレー・ウォルサム、利賀桐まくる、アルジャン・クロウリィ、キース・ファランの九名に交替された。
他にもセレ所属の鎧騎士が冒険者達の人数に合わせて調整配備。いま交替したB班の彼らが深夜から朝方に掛けて軸を担うと、儀式の終わりに向けてはC班の飛天龍、シン・ウィンドフェザー、陸奥勇人、レン・ウィンドフェザー、シルバー・ストーム、アレクセイ・スフィエトロフ、ケンイチ・ヤマモト、リィム・タイランツ、リーザ・ブランディス、シャリーア・フォルテライズの十名が警備を。ティス・カマーラ、レラ、ジュディ・フローライト、ユリア・ヴォアフルーラの四名が祈りにあたる事になっており、この班のメンバーは今の内にと休眠中だ。無論、この編成も魔物の襲来次第では大きく変化する。この儀式が戦場となれば、もはや何班の担当などとは言っていられないから――、否。
「‥‥希望を、繋ぎましょう」
聖なる母の教えを胸に、ジュディは静かな呟きを零すと膝の上の手を合わせて瞳を伏せた。今の内に眠るよう言われても、眠れない。戦えぬ身ならばせめて祈りを、と。そう思うのは彼女だけではなかった。鞘に納めたままの剣を地に立て、魔法樹には遠くとも大地に跪き頭を垂れた剣士がいる。毛布に包まりながらも拳を握り真摯に祈る術士がいる。中には、普段と変わらない姿勢を貫く者も。
「ユアン。祈りながらも、皆の立ち回りをよく見ていろ。名のある者達だから良い勉強になるぞ」
師である天龍に掛けられた言葉を、ユアンは硬い表情で受け止める。緊張しているのだ。それを察して苦笑するのは勇人。
「そういや人助けしたんだって? 頑張ったじゃねぇか」
「え、わっ」
ポンと頭を叩かれて、思わず表情を崩す幼子。
「敵を知り、己を知れば百戦危からず。最初は無理しない程度にな」
「う、うん」
乱れた髪を直しながら頷く彼に笑みを強めて、次いで仰ぐ視線の先には月姫の姿。
「下手打って、お前さんが力を使い過ぎるような真似はさせねぇさ。まぁ任しとけ」
闇夜の中に在ってなお淡く輝く月姫セレネは友の言葉に微笑む。脳裏に幾度も過ぎる悪しき光景は彼女を怯えさせるけれど、こうして集ってくれる友が居てくれるから笑みも零れる。
「天龍殿、勇人殿」
不意に声を掛けて来たのは、いま戻って来たA班のリール。後方にはオルステッドとアリシア、ソード、イシュカの姿も。
「体を休ませないでいいのかい?」
眉を寄せて問うてくる昴には「ああ」と即答。
「休む時には全力で休む。かと言って半日も休んだら、かえって体が鈍るさ」
「皆は早めに体を休めた方が良いぞ」
後続の泰斗やジャクリーンに天龍が声を掛ければ、誰一人異論はない。だが、祈りを絶やすつもりもなかった。ディアッカとユラヴィカは、空を駆けるペガサスの姿に目を細める。騎乗しているのは旧知の友。
儀式が戦場にならなくても心は一つ。
言葉にはしない。
行動にも見せない。
ましてや、その共通の思いが更なる力を育むとは知らずとも――‥‥。
●
状況が動いたのはA班の者達が休み、C班の者達が体を動かし始めた時分。もう間もなく年が明け、平穏な日々であれば月霊祭の真っ最中となるべきであった頃だ。
「聖夜祭の時は、キミの気持ちも考えず、はしゃぎ過ぎてごめんね」とリィムに謝られた石動良哉が挙動不審な対応をしている光景を、シャリーアが微笑ましそうに眺めていた上空。ペガサスに騎乗したアレクシアスが愛馬の異変に気付いた。すぐに石の中の蝶を確認するが、此方に変化はない。
「まだ遠いのか」
早口に呟くとペガサスに地上へ下りるよう伝え、祭壇の傍にいる少女を呼ぶ。
「レイン、龍晶球で確認出来るか」
「! はいっ」
言われた少女は瞬間的に表情を固くし、持参していた龍晶球を手に包んで祈った。だがこちらにもまだ変化はない。
まだ遠いのか。
それとも、気のせいなのか。――答えは精霊達が知っていた。
「セレネ?」
月姫の異変に気付いたのは偶然にも傍にいたキース。彼女は言葉も発せぬ程の恐怖から体を震わせ、アルフレッドやアシュレイも自らが同伴した精霊達の怯えた様子にそれを察する。
「あ‥‥、ドースター先生が言っていました、精霊さん達はカオスの魔物の接近に敏感だって!」
自分もまた、セレの地を護るシェルドラゴンから委ねられた水の精霊の異変を知り、師の言葉を思い出したレインが訴えた直後。
「全員迎撃態勢に入れ!」
アレクシアスの――一領地を統率する者の檄に儀式の場は一変した。多くの言葉は不要、それが目前に迫っているという事実があるならば彼らは動く。
「迎撃! 配置に付け!!」
「出陣――!」
カオスの魔物を感知するアイテムを持つ者は一様にそれを確認し、変化のない事に眉根を寄せた。だが、傍らの精霊が自らを抱き締めるように怯えている姿には否が応にも異変を知る。
剣士が、武道家が、術士が、得物を手に広場へ。
「搭乗!!」
ゴーレム部隊、その最前線でエルフの部隊長が号令を掛けた。それぞれに割り当てられたゴーレムに搭乗する鎧騎士達、その合間を縫うようにアルジャンがチャリオット、キースがグライダーに手を掛け、起動。
「離陸!」
真っ先に上空へ飛び立ったのはキースだ。その手には先を銀で加工したランス。続いて待機していたC班のリーザが飛び。
「レンちゃん、行くよ!」
「はいなのー」
後ろにレンを乗せてリィムのグライダーも離陸、それを追う金色の美しい巨体はムーンドラゴン――。
「おお‥‥っ」
シンが娘のフォローに伴わせた月の龍。成体には及ばないものの四メートルを越える巨大なドラゴンが夜空を翔ける姿はセレの人々を感嘆させるに充分だ。
「ドラゴンの加護がある‥‥っ」
「精霊の加護が‥‥!」
眼前に見る景色の、いたるところで仄かに光る精霊達の輝きがアトランティスの人々にとってどれ程の心の力になっただろう。想いは力になる。強さになる。精霊達はその力に応える。
『‥‥北の方角‥‥悪しき者達が訪れる――』
セレネの託宣。月姫は凛とした眼差しを冒険者達に注ぎ、更にはその景色の一角に広がる純白の輝き。ヴェガが発動した白魔法レジストデビルだ。
「ありがとう、ヴェガ殿!」
告げ、グライダーに飛び乗り起動させたのはリール。更には複数人の冒険者達がその加護を受けて行く。
「リール殿、くれぐれも無理をせずに」
飛び立つ間際のリラの言葉に、リールは穏やかに微笑み返した。
この間わずか五分足らず。
「ノルン、あなたの力を貸して頂戴」
ゴーレムの腕に触れて声を掛けてから乗り込むジャクリーン、その隣の機体にはシャリーアが搭乗。
「チャリオット部隊、行くぞ!」
セレ特有の広大な森を走り易いよう改良されているチャリオットの操縦席で、エルフの部隊長の号令を合図に、アルジャンは仲間を後方に乗せて北を目指す。
「来たのじゃ!」
石の中の蝶はまだ無反応、しかしユラヴィカの龍晶球は輝く。
それから十数秒の後。
「見えた!!」
グライダーで上空待機していたキースが声を張り上げた。夜闇を更に深く昏く覆う闇の色。
「いのりのじゃまはさせないのー」
「ったく、カオスってのは何時も何時も野暮な連中だねぇ‥‥鬱陶しいったらありゃしないよ。祈りの邪魔は意地でもさせたくなくなったね!」
グライダー上から言い放つレンに、戦闘時は地上戦を望むも情報伝達部隊として空を飛ぶリーザが吐き捨てる。
地上、ノルン二〇機の弓が空に向けて構えられた――。
●
「まだ門を閉じてもらう訳にゃいかんからな。しっかり邪魔させてもらおうか」
通連刀を握り直すシンに集中する天龍が無言で応じる。
「祈るのも吝かじゃねぇが、どうも柄じゃねぇしな」
「‥‥祈りに付随する奉納剣舞ということにでもしておこう‥‥」
苦笑いの勇人には、妻の無茶を案じながらもカオス狩りに意識を高めつつあるオルステッドが応えた。前衛部隊の中枢、それも悪くないと微笑むのはアレクシアスと、彼と同じくペガサスを傍らに立つリースフィア。
「見えた!!」
上空からキースの声、ノルン弓隊の構え。
「祈りの儀式を成功させるため、全力で守り通さねば!」
フルーレの銀の剣に月精霊の光が反射、それが合図であったかのように夜空に矢が放たれた。
開戦。
魔物はどれも低級ばかりのように見えるが、全身に黒い靄を纏っており本体でない事は一目で知れた。ゆえに、その姿がこの世界に止まれる時間は限られるのだろうが、儀式を邪魔するには充分ということなのだろう。
「舐められたもんだ」
吐き捨てるように言うのはオラース。
――‥‥貴様ラ ノ 祈リ ‥‥忌々シキ 者達 ヨ ‥‥!!
地の底が蠢くかのごとく、低くしゃがれたそれは魔物の声。
魔物の叫び。
「せいぜい楽しませてくれよ!?」
走るオラースは、同時にチャージング。ノルンの弓を受けて落ちた魔物に突撃、一撃必殺を念頭に重く激しい一撃を振り下ろす!
「行きましょう、アイオーン」
騎乗し空を駆けるリースフィア。ノルンの矢を逃れた魔物を目掛け、剣と共に疾走した。
―― ギャアアアアアアア ‥‥アアアア‥!!
―― ゥォォォォァァアアアアアア ‥‥アアアア‥‥!!
「はあああっ!!」
『グアッ‥‥ハッ‥!!』
激しい衝突音と共に吹き飛ばされた魔物の体が大木を揺らす。同時に発動する淡い光。
「ホーリー!!」
白魔法でトドメを刺されたカオスの魔物が手足を痙攣させながら地に落ちるも、それを最後まで見届ける余裕はない。
「次!」
「まだまだぁ!!」
幾重もの軌跡に重なる威圧と、苦悶の声。
魔物の、大気を劈くような悲鳴が。
影が。
‥‥足音が。
「妙な音がする」
真っ先にそれに気付いたのは人並み外れた聴覚を持つ天龍であり、そこから数人を介してヴェガが発動したデティクトアンデット。
石の中の蝶が感知するにはまだ遠い、森の中。
「厄介じゃのう」
彼女の魔法が感知したのは二百を超える不死者達だった。
「まさか‥‥」
それを聞いたイシュカは顔色を変える。二百以上の不死者と聞けば、セレの地に一つの懸念があることを彼は知っていた。墓から消えたセレの人々の遺体だ。
「何て事を‥‥っ」
話を聞き、怒りを露に立ち上がるユリアを、しかしヴェガは止めた。
「祈りを途切れさせるでないぞ。此処はわしらに任せよ」
言い切る彼女の視線の先には後衛の戦士達。
空には魔物、森には死人。どちらも数え切れぬ数が迫っていても、誰一人背中を向けはしない。
「さーて、悪いがここで通行止めなのでね。ここから進みたいならその命で通行税を払ってもらおうか」
余裕すら感じさせる口調で言い放ったアシュレーは、しかし気の毒そうに笑む。
「残念。もう命はなかったね」
言うが早いか、彼の弓から放たれた矢は寸分の狂いなく不死者達を貫いた。放つのが一本でも三本でも的中率は決して衰えず、しかし圧倒的な数の差から向き合えない相手にはソフィアやエルマの魔法が炸裂した。電撃、風刃、吹雪、氷結。術士達の攻撃に手加減の文字はない。眠りを妨げられた死者達にせめてもの慈悲を。そう祈り、再びの眠りに落とす他ないからだ。更には森から出る以前に倒される不死者も決して少なくはない。木々の合間を目に見えぬ速さで移動、飛び道具で敵の足を止めるのは昴とまくるだ。
(「‥‥此処にいるのはカオスの魔物‥‥なんだよね‥‥?」)
まくるは夜空を覆うように群れて現れた魔物を見据え、難しい表情を浮かべる。
(「‥‥見た目は‥‥まるで同じなんだけど‥‥」)
しかし確実に異なるものとして存在しているデビルとカオスの魔物。その違いとは何であるのか思考の底に沈みつつあった意識は、しかし目の前に襲い掛かってくる魔物の殺気によって引き戻される。
「っ!」
咄嗟の反応で放ったスリングは、しかし的確に相手の急所を貫く。
直後。
「はっ!!」
その魔物を背から射抜いた矢はアレクセイだ。彼女はすぐに森の木々の合間に姿を消したが、その二撃で魔物は墜ち、闇夜に残像を残すユニコーンの白い肢体が彼女の援護をまくるに知らせていた。
「全世界が命懸けで戦っているんです、横槍を見逃す事は出来ません」
密集する木々の合間を絶えず移動しながらアレクセイは敵を射る。時には上空を過ぎる魔物目掛けて矢を放つ。
「好機!」
声を上げたのは上空から魔物を迎撃するグライダー部隊。リールがランスを翳し、振り抜けばその切っ先に掛かる魔物。
「レンちゃん!」
「はいなのー」
返事と同時に炸裂する地魔法。空中でバランスを崩したそれに、更に射掛けられるは地上、ノルン部隊からの矢。ジャクリーンだ。
そのすぐ傍では鎧騎士達と魔物の地上戦。
「チビども、森に隠れてなよ!」
水と月の妖精達を庇い小太刀を振るうリーザに、直後、援護に入ったのはアルジャン。彼もまた自らの妖精達を森に匿いサンソードを構える。
「無茶はしてくれるな」
「それはこちらの台詞だね」
背中合わせの言葉を交わし、それぞれに前進。
「はあああっ!!」
『キシャアアアアア!!』
剣の軌跡、そこから逃れる魔物を見逃す事無く射落としたのはシャリーアの矢。
「援護はお任せ頂きたい!」
ゴーレム操縦士も、好機とあらば自らの手で敵を討つ事に躊躇はない。それは前線で戦う仲間と同じ志。
「っ!」
ザッと土と蹴り、走る速度を落とした泰斗は、一番近い味方から距離を置き過ぎた事に気付いた。突出し過ぎるわけにはいかない、戻ろうと踵を返すも既に周囲には魔物の気配。
二、三‥‥一人で対せるかと思案していた最中、背後に人の気配を感じ取る。――昴だ。
(「背を任されたからには!」)
声には出さなかったけれど、伝わるはず。
「いくぞ」
「応」
短い遣り取りにも信頼を感じ、二人、動いた。
『東から二〇』
「東から二〇じゃ!」
森を飛ぶディアッカからのテレパシーを受けて、ユラヴィカは前衛部隊に声を張り上げた。その最中、目前に現れた魔物の攻撃を回避。
「伏せてください」
「うむ!」
聞こえた声に応じて高度を下げれば、鋭利な切っ先を携えた氷の円盤が風を切り、魔物へ。聞こえた悲鳴は、シルバーのスクロール魔法アイスチャクラの成果であった。
「ありがとうなのじゃ」
「いえ」
短く返し、口に含むのはソルフの実。いざという時に精神力が低下しているような事だけは避けなければならないから。
「ライトニングサンダーボルト――」
紐解かれるスクロールが淡い光りを放ち、シルバーに精霊魔法を行使させる。
『ギャギャギャッ!!』
襲う電撃に魔物の悲鳴、しかし精霊魔法の威力そのものは他のモンスターに比べて半減、酷い時にはほとんど効果を発揮しない。
今もそう、自分を襲う者を認識した魔物はシルバーに突進。
「っ」
「アイスブリザード!!」
援護に入ったエルマの水魔法、しかしそれも敵には効果が薄く。
『キシャアアアアアアァァァァッ!!』
襲い掛かる爪を。
牙を、不意に斬り落としたのはソフィアのウィンドスラッシュ。
「!?」
思い掛けない効果に彼女を見遣れば、その胸元に深緑の光りが波打っていた。師・ドースターから託された衣。そして、その傍らに寄り添う風のフェアリー。
「大丈夫ですかー?」
このような場においても普段と変わらない朗らかな声の調子に、シルバーとエルマは一瞬の沈黙の後で「ええ」と頷き返した。
「コアギュレイト!」
「ホーリー!!」
白の神聖騎士、白のクレリック。アシュレイとアルフレッドの連携を、更に生かすのはフルーレ。
「甘く見ないで欲しいッスね!」
斬!
強力な魔法武器にズゥンビ達は一網打尽。
「さぁ次ッスよ!」
決して退かぬ女騎士の視界を、不意に過ぎった白い影はペガサスだ。愛馬の魔法と自らの魔法武器を生かし、攻撃の手を休める事がないリースフィア。
「祈りの邪魔はさせません」
ズゥンビの群を、これ以上は近づけさせぬために。
●
祈る者達は、魔法樹に跪き祈り続ける。しかし背後から聞こえて来る様々な声に集中力を奪われていた。苦悶の声を上げるのが魔物だけであればいい。しかし、傷付く仲間が後を絶たない。
耐える声が繰り返される。
「‥‥っ」
夫もきっと戦っている、そう思うと、アリシアの拳は我知らず震えていた。
「――天地にあまねく全ての精霊達よ! 人の子として伏して願い奉る!」
どうか、この世界に光を。
自分達に混沌に立ち向かう知恵と力を。
「かの封印されし聖なる地を解放させる術を‥‥!」
セレの地に眠ると言われる聖なる力。そう願うも彼の地は応えない。アリシア達は、まだシェルドラゴンとの約束を果たしてはいないから。
「‥‥っ」
目に見える変化など何もない。
祈りが何処へ届くかも判らない、それでも祈り続けるしかない事が、辛い。
「‥‥地獄で戦う全ての人達が帰るまで、門を閉じさせるわけにはいきません‥‥」
胸中に娘を想い、イシュカも祈る。
「地球出の天界人が僕しかいないというのも心許ないのですが、‥‥この儀式は、世界の隔たりを超えて、人々が共に手を携えていることの生きた証にはなりませんか」
麟太郎も祈る。
祈りながら問い掛ける。
「国を超えて、世界の存続を願うんだ」
ティスは語る。始まりと共にこの世界を見てきたかのような立派な大樹を仰いで。
「長き時を生きる友の、生きる世界よ。平和であれ」
アルフレッドの想い。
願い。
シャン‥‥、鈴が鳴る。
タタンッと大地を踏む足音に重ねて鳴る鈴の音は、天界においてもまた異なる文化が息づく大地の、チュプオンカミクルと呼ばれる巫女の舞だ。全てのものに宿る命を崇め、奉り、ともに生きようと願う。
そんな巫女の――レラの舞を目にして、ケンイチは楽を添えたいと、竪琴を抱く。爪弾かれる弦の音色と、鈴の音と。
祈りの旋律は戦う者達の耳元を掠め、その心に祈りを生む。
(「俺は戦う事で、おまえは祈る事で‥‥此処からでもあいつを守るために俺達が出来る事はまだある。鬼籍の二人が出来ない事を、‥‥俺達が‥‥!」)
剣を振るうソードの胸中に呟かれた強い思い。
「これで終わりだ!」
『ギャギャギャッ‥‥!!』
ランスの切っ先に魔物を仕留めたキースは、それを振り落として荒い息を吐く。
(「国を救うなんて、大それた事は願わない」)
家名を高めるという貴族として生まれた事の意義以上に大切なものが出来て、その大切なものを守るために戦うと決めた。
だからこそ一日も早く平和な世界に。
それが唯一無二の、皆が共通して抱く願い。この世界を、カオスの魔物の好き勝手になどさせはしないと――。
「っ」
ヴェガは携帯していた「あるもの」が熱くなっているように感じた。些か驚いて取り出して見れば、それは『生命の紋章』だ。彼女だけではない。泰斗の『水の紋章』。シンの『炎の紋章』。シャリーアの『雷鳴の紋章』。そしてアシュレーの『光の紋章』。
思い掛けない反応に、それらを持つ者達には咄嗟の反応が出来なかった。だが、少し落ち着いてみれば口元に浮かぶ笑み。
「本人の自覚は薄いがこれでも『紋章』持ちだ、タダで此処を通れると思わんでもらおうか!」
声を上げた泰斗に、シンも。
「これに祈ってみるのも、悪くないかもな」
遙か古の、強き願いを託されし者達よ。
いま再びこの地に集いし勇士達よ。
世界の始まりから世界を見守る大樹のもとで、始まりから知る月姫に祈りを。
祈りを。
「っ!!」
月姫が輝き、最初に異変を来したのは月の眷属達であった。エレメンタラーフェアリーはもちろんのこと、ティス、アシュレイが連れていたルーナも淡い光に包まれて一瞬だが輝きの中に姿を消した。
次いで陽属性の精霊達が。
水、火、土、風――エシュロンや、スモールシェルドラゴンといった精霊達をも包む光は次第に強さを増し、冒険者達は目を瞑る。
「――‥‥‥‥!!」
強烈な光りの爆発。
そうして次に目を開いた時、あれほど周囲に群がっていた魔物は跡形もなく消え去っていた。不死者達も同様。後には静寂と、各属性に似合った色合いに光る拳大の宝玉が精霊達の胸に抱かれていただけ。
『‥‥悪しき世界の門は、そのまま‥‥』
月姫は、その瞳に映る変化を語る。
『‥‥人の子らよ。そなた達の祈りは、悪しき世界への扉をこの地に留まらせたのです‥‥』
それは、儀式の目的が達せられた事を告げていた。
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白魔法の使い手達、そしてポーションなどの傷薬を所持してきた冒険者が傷付いた仲間の治療にあたり、広場に点々と広がる赤黒い染みはそのままでも、自力で立ち上がれぬ者はゼロに。
「‥‥あの不死者達は‥‥」
ユリアが膝を折り、先ほどまで多くの不死者が溢れていた大地に触れた。指先に感じるザラザラとした黒く小さな欠片は、恐らく滅びた彼ら。
「弔う方法も定かではないが‥‥」
白の騎士は剣を大地に黙祷を捧げた。
「彼らも、これでようやく眠れるのでしょう‥‥」
ぽつりと呟きを零したのはケンイチである。
一方、自分達の妖精が抱き締める宝玉に気づいて月姫に語り掛けるのは勇人。
「セレネ、これは?」
フェアリーが握る宝玉を指差して尋ねれば、セレネは静かに語った。
『それは世界の精霊力が込められた宝玉‥‥長くそなた達に連れ添ったフェアリーならば、その宝玉を得る事で成長し、今後の更なる困難にも立ち向かう力となるはず』
「‥‥すまないが、成長出来るのはフェアリーだけなのだろうか‥‥」
オルステッドの問い掛けには困った表情を浮かべるセレネ。彼と、アリシアがスモールシェルドラゴンを連れている事を知っていたからだ。
『‥‥その宝玉はフェアリーでなくとも精霊には力となります‥‥ですが、フェアリー以外の精霊を成長させるは、もはや人の手に余る存在‥‥これからも共に暮らすことを望むならば成長させるべきではないでしょう‥‥』
「では」
次いで口を切ったのはシャリーア。彼女の手にはティターニアと名付けた雪玉が乗せられている。
「この子はいかがだろうか。もうずっとこの姿のままで、そろそろ成長してもらいたいと思っているのだが」
ひんやりとした雪玉の姿に、月姫は更に困った顔になった。
『‥‥その子には、精霊力の込められた宝玉を与えても意味は有りません‥‥本当に長く連れ添い、深く強い信頼関係を築けたならば、雪の結晶を象る宝玉を与える事です‥‥ただ、やはり成長させれば人の手に余るもの‥‥共に暮らす事を望むのならば、どうかそのまま‥‥』
「そうなのか‥‥」
月姫の言葉は明確とは言い難いものだったが、彼女が言うそれが何であるかは判る気がした。何はともあれ、祈りの儀式は成功し、人の想いと、祈りに応えた精霊は地獄の門の閉鎖を阻止した。更には高まった精霊力が、フェアリー達を成長させる宝玉となって冒険者達の手に残ったのだ。
「‥‥して、この子らはどうしたのじゃ」
些か疑問の声を上げたヴェガと、困惑しているイシュカの傍には、ルーナの男女が宙を舞っていた。
『先ほどの光りに導かれて来たのでしょう。お二人の祈りの強さに呼ばれたのやもしれません。不都合なければ、そのまま連れ帰ってはもらえませんか? それも縁なのでしょうから‥‥』
セレネの言葉に、頷けと言わんばかりの笑顔を見せるルーナの男女。強い祈り、聖なる力は精霊達の心を強く惹き付けたらしかった。
冒険者達は使命を果たし、地獄の門が閉ざされるのを阻止。
『ありがとう』
月姫の感謝の言葉に、冒険者達は笑む。
空は陽精霊の時間へと移り変わり、辺りに射す光りは新年の輝き。
精霊暦一〇四二年の始まりである――。