探偵遊戯〜戦の後に〜

■イベントシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:18人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月03日〜01月03日

リプレイ公開日:2009年01月12日

●オープニング

 分国セレの西、ヨウテイ領と呼ばれる山岳地帯。
 その傍に広がる街の一角から、いま、王都ウィルへ向けて一隻のフロートシップが飛び立とうとしていた。船に乗り込むメンバーの中、最も位の高い人物は、このヨウテイ領の領主であり伯爵位を持つアベル・クトシュナス。
「アベル卿!」
 その彼を切羽詰った様子で呼ぶのは、セレの罪人として囚われの身であるカイン・オールラントだった。
「アベル卿、ウィルで冒険者を募るのですか?」
「ああ。私が適任だと皆が承知してくれた」
「リラや、‥‥ユアン達も、来るでしょうか‥‥」
 次第に小さくなっていく声に、アベルは苦く笑う。
「ああ、きっと来てくれる」
 ポンと肩を叩き、彼は船へ。
 間もなくシップは空を翔けた。




 半日後、ギルドに到着したアベルは早速ギルドの受付に交渉、分国のコハク王の名の下に数人を介し、こういった儀式を行うという旨をウィルの国王に伝えた。あとは冒険者が集まってくれるのを待つのみ――それまでの時間を過ごす宿に向かう途中で、一人の男に声を掛けられた。
「アベル卿?」
 彼をそう呼ぶのは、滝日向。
 以前にセレ分国内で冒険者組織の設立を試みるも、度重なるカオスの魔物達による襲撃で国内が落ち着かず、計画そのものが宙ぶらりんになっている【暁の翼】の発案者だ。
「これは‥‥奇妙な巡り合わせだな」
「どうしたんだ、あんたがウィルにいるなんて‥‥」
 驚いた様子の彼に、アベルは事の詳細を話す。こうこうこういう事情で冒険者を募っているのだと告げれば、日向は難しい顔でそれを聞いていた。
「‥‥魔物との戦じゃ、俺は力になれんな」
「気にする事はない。きっと多くの仲間が集ってくれる‥‥」
 そんな言葉を口にする途中で、アベルの脳裏にはセレで帰りを待つカイン・オールラントの面影が過ぎった。
「‥‥」
 罪人として囚われている彼は、当然、それ相応の罪を犯した。
 だが――。
「‥‥日向、思いつくならで良いのだが」
「え?」
「何か‥‥戦の後に、共に戦ってくれた仲間を慰労する術はないものだろうか」
「慰労?」
「ゆっくりと落ち着いて言葉を交わせるような、‥‥戦の昂ぶりを鎮めて、たとえ相手が長く離れていた友人であっても腹を割って話せるような」
「ゆっくりと落ち着いて、腹を割って話す、‥‥って」
 アベルの台詞を繰り返す日向はしばらく頭を悩ませた後でふと思い出した。
「確かあんたの領地に、温泉、あったよな?」
「温泉? あぁ、山岳の麓に三箇所あるが、それがどうした」
 十数年前、当時起きた地震の後から間欠泉の噴出しが始まり、地元の有識者が村興しにとこれを整地したことから分国内では湯治場として有名である。
「腹を割ってゆっくりのんびりと言えば、そりゃ風呂で裸の付き合いしかないだろ」
「――そう、なのか?」
「少なくとも俺の故郷じゃそう言われているが」
 偏見も無くは無いが、慰労に温泉は確かに良い組み合わせだろう。
「なるほど、温泉か‥‥」
 ならば戦の後に冒険者達を誘ってみよう。
 そこで、出来る事ならカインにもゆっくりとした時間を過ごしてもらいたい。
「ありがとう、助かった‥‥って」
 ポンと肩を掴まれて目を瞬かせたアベル。
「力のない俺でも何か力になれるか?」
「どうした、急に」
「いや‥‥温泉なら、俺も久々に行きたいな、と」
 多少言い難そうに告げる相手に、アベルは苦笑。
「護られる者は、一人でも少ない方がいい」
 暗に戦える力が無いのなら来るべきではないと告げるアベル。
「だが、儀式の後片付け手伝いとして来てくれるなら喜んで招くよ」
「――」
 日向は目を丸くして、数秒後には笑む。
「事後処理なら結構得意だ」
「決まりだな」
 そうして二人、互いの肩を叩きあった。

●今回の参加者

アシュレー・ウォルサム(ea0244)/ ケンイチ・ヤマモト(ea0760)/ オルステッド・ブライオン(ea2449)/ 陸奥 勇人(ea3329)/ シルバー・ストーム(ea3651)/ アリシア・ルクレチア(ea5513)/ 飛 天龍(eb0010)/ ソード・エアシールド(eb3838)/ イシュカ・エアシールド(eb3839)/ ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)/ キース・ファラン(eb4324)/ リール・アルシャス(eb4402)/ 華岡 紅子(eb4412)/ リィム・タイランツ(eb4856)/ アルジャン・クロウリィ(eb5814)/ ラマーデ・エムイ(ec1984)/ ソフィア・カーレンリース(ec4065)/ レイン・ヴォルフルーラ(ec4112

●リプレイ本文


 ウィルの冒険者ギルド傍に設けられた広場に着陸したフロートシップから多くの冒険者達が降りてくる。セレから渡航してきた船は、昨年末からつい数時間前まで行われていた祈りの儀式に協力してくれた冒険者達をウィルまで送り届けたもので、帰還した彼らは別の依頼を受けるために屋内へ姿を消したり、故郷へ戻るべく月道に向かったりと慌しく移動していた。だが、その人数は出発の時に比べて随分と少なく、また、冒険者を送り届けたはずの船は更なる来訪者を迎えようとしている。
「待たせたか?」
 船の主アベル・クトシュナスが声を掛けた先には滝日向の姿。
「あぁ、君も一緒か」
 その隣に佇む女性、華岡紅子の姿には目元を綻ばせた。
「随分と久しぶりに会った気がするが」
「ええ、本当に。滝さんから話を聞いて、せっかくだから後片付けをお手伝いしようかと思って。それに宴会に食料は不可欠、でしょう?」
 そうして視線で示す先には大量に用意された食材と酒の数々。
「これは助かる」
 笑んだアベルは、待機している騎士達に命じてそれらの荷を船内へ運び入れた。そうして紅子と日向の二人も船内に招き入れた頃。
「セレ行きのフロートシップ?」
 不意に聞こえてきた陽気な声に三人がそちらを見遣ると、船に触れて目を輝かせていたのはラマーデ・エムイだ。
「わーい、すごい幸運。月霊祭が終わったから丁度ちょっと里帰りしてパパとママと兄さん達に顔見せてこようと思ってたのよね。便乗させて貰ってもいい?」
 ウィルのゴーレム工房に所属しているなど身分がはっきりとしている事もあり便乗は承諾。離陸した船内でセレ行きのシップが待機していた理由を話せば、彼女は目を丸くして驚いていた。
「月霊祭の時にセレじゃそんな事してたの? うわー‥‥そうなんだ‥‥それじゃ片付けだけでも手伝わなくっちゃ!」
 こうして協力者が一名増えるのだった。





 セレの、儀式が行われていた魔法樹の周囲では昼過ぎから後片付けが開始されていた。当初は冒険者をウィルまで送って後、日向達が到着してから皆で後片付けを開始する予定だったのだが、出発前にアベルが漏らした一言が、皆に少しでも早く仕事を終わらせたいという気持ちを抱かせてしまったからだ。
 曰く「天界出身の友人に聞いたのだが、慰労には温泉が良いらしいな。ちょうど私の領地には温泉が湧いているし、少し遅めの月霊祭になるが、皆で疲れを癒し、宴を催すのはどうだろう」と。
「セレでも温泉を嗜む習慣があったとは知らなかったぜ」
 どこか嬉しそうに語ったのは陸奥勇人。ジャパン出身の彼にとって、温泉はとても馴染み深いものだ。
「‥‥とりあえず無事に仕事は終わった‥‥温泉で骨休めするのも悪くないな‥‥」
 言うオルステッド・ブライオンは、その胸中に妻アリシア・ルクレチアを想う。考えてみれば彼女とまともに旅行した記憶がなかった。今回の温泉が、その機会になれば良い。
 シルバー・ストームやジャクリーン・ジーン・オーカーらも特に急ぐ予定はないし、せっかくのお誘いならと参加を決め、飛天龍はユアンやリラにも「参加するか」と声を掛けて応の返事を引き出させた。
「温泉で疲れを癒して、次の戦いに備える。こういう緩急をつけるのってすごく大事だと思うんだ。常に気を張り詰めて、本当に大事な時に行動出来なくなるのは怖いし、さ」
 キース・ファランの言葉は皆の気持ちの代弁。リール・アルシャスやソフィア・カーレンリース、リィム・タイランツ、ケンイチ・ヤマモトらも滞在を選択。偶にはこういう時間も必要だと思った。
「楽しみですね」
「そうだな」
 後片付けの最中にレイン・ヴォルフルーラが零した呟きを傍で聞いていたアルジャン・クロウリィも笑顔で頷き、彼女が持ち上げようとしていた木材を自ら引き受ける。
「無理はしない事だ」
「ぁ‥‥ありがとうございます」
 礼を言うも、すぐにまた重いものを持とうとする少女。後片付けを手伝いたい気持ちは判るけれどと、苦笑を交えながら近付いたのはソード・エアシールドだ。
「後片付けは男の仕事だろ?」
 ソードにも言われたレインは苦笑を零して「判りました」と場所を変わる。そうして木材の片付けを始めたソードは、途中で怪我人の治療にあたっていたイシュカ・エアシールドに目を止めた。口数少なく、片付け中に怪我をした人々の治療にあたっていた親友の、微妙な視線の角度に気付いて苦く笑う。
(「後片付けが終わったら、あいつもしっかり休ませないとな‥‥」)
 そうソードが思うように、人見知りのイシュカが宴への参加を決めたのはソードを休ませたいと思ったからだという事に本人は気付いているだろうか。
 誰かが誰かを思う。
 皆が、皆を想う。
 祈りの儀式を成功させたその優しい想いに、どうか一時の休息を――。





「ふむ――というわけで、みんな、あけましておめでとー。今年もよろしくー」
 乾杯、と。飲み物が注がれたゴブレットを掲げたアシュレー・ウォルサムの挨拶に、皆が声を揃える。
「かんぱーい」
「お疲れさまでした」
 後片付けを終え、儀式が行われていた形跡など何もなくなった広場での最初の一杯は、酒だったり水だったりと人それぞれ。これで本当に儀式は終了したのだという意味を込めての労いだ。この後で温泉へ向かう事になるため、一杯くらいで酔わないという冒険者は酒を仰ぐし、心配、または飲めないというメンバーはそれぞれに適当なものを口にしていた。
「ドースター師もご一緒に如何でしょうか?」
「そうですよー、お話したい事いっぱいあるんです」
 アリシア、ソフィアに誘われて、老齢の魔術師は頬を緩める。
「ふぉっふぉっ。では皆の厚意に甘えさせて頂くとしようかの?」
 顎に蓄えられた真っ白でふさふさの髭を梳きながら彼も同行。
「カイン、おまえも行くのだろう?」
「ぁ、ああ‥‥」
 リラに尋ねられたカインは、アベルに複雑そうな視線を投げる。それを受けてヨウテイ領の領主であり、セレの伯爵位に就く彼は大きく頷いた。
「一緒に行くんだよ」
 その一言が全てだった。


 首都から分国の西、ヨウテイ領へ。上空からも確認出来る豪快に立ち昇る湯気に、勇人や日向が嬉しそうな声を上げる。
「おぉ、本当に温泉だ」
「懐かしいな」
「温泉は三箇所だったかしら?」
 紅子の確認にアベルは頷く。
「そうだ。山の麓に三箇所‥‥、今夜の皆の宿から二十歩くらいの場所に一つあるから、君たちには其処でゆっくりしてもらおうかと思っているよ。他の二箇所は、移動手段がなければ少し遠いしな」
「あの‥‥その温泉って、男女別、です‥‥よね?」
「ん? それは勿論」
 レインの緊張気味な質問にはあっさりと即答。
「その方が良いと思って今日の宿に決めたんだ。他の二箇所は一緒だから、な――」
 ガコンッ、と何やら重々しい衝撃音が聞こえたような、聞こえなかったような。
「‥‥なんだ、混浴の方が良かったのか?」
「いえっ、そんな事は無いです。ありがとうございます!」
「アベル‥‥少しあっちでゆっくりと話し合おうか?」
 レインが急いでアベルの配慮に感謝すると同時、がしっと伯爵の肩を掴んで笑むのはアシュレー。しかしその目が笑っていない。
「待てっ、俺は何か間違ったのか!?」
 思わず声を荒げる伯爵に十人十色の反応を見せる冒険者達。
「別で良かったですねー」
「うん、だね♪」
 ソフィアとリィムのように純粋に喜ぶ女性陣がいれば、恋人と一緒に入りたかったと些かショックを隠しきれないアルジャンに、恋人未満の彼女の裸を他の野郎に見せて堪るかとキース。
「俺だってまだ見てないのに‥‥」
「何の話っ!?」
 キースの低い呟きに香代が顔を真っ赤にして反応して見せたのは女の直感というやつだろうか。
「‥‥混浴でない事に、何か不都合があるのか‥‥」
 不意に地響きのような声を押し出したのはオルステッド。
 両手の指に憤怒・傲慢の指輪を嵌めて変わる形相。
「まさかアリシアの裸を見たいなどという輩がいるとでも言うのか‥‥死にたい奴は前に出ろ‥‥」
「に、兄ちゃんっ、誰もそんな事は言ってないよ!」
 慌てて止めに入ったユアンに、イシュカも加勢。
「‥‥皆さん‥‥どうか落ち着いてください‥‥っ、こんなところで乱闘になれば船が落ちます‥‥っ」
 何やら既に機体がぐらついているのは気のせいか。
 勇人が笑い、天龍が肩を竦め、呆れ気味の溜息をつくのはソード。ケンイチは相変わらずの穏やかな表情で仲間の会話を聞いている。温泉到着前から一波乱を起こしかけながらも船は何とか無事に予定の地へ着陸した。





「うわー‥‥っ、広い‥‥!」
 セトタ語で女湯と書かれた暖簾をくぐり、真っ先に上がったのはそんな声。大きめの石を敷き詰めて作られた足場や、大人二十人が一緒に浸かってもまだ余裕がありそうな大きな湯船。男湯とを隔てる藁葺の壁は双方の声を遮断する効力は見込めないが、視界を遮る役目は十二分に果たせるだろう高さがあった。
「広いですねー、こんなお風呂に入ったら気持ち良いですよねー」
「早く入ろ♪」
 レイン、ソフィア、リィムと少なからず興奮気味に言葉を交わす横で、冷静に周りを見ていたのは紅子だ。
「日本出身者がデザインしたのかしら?」
 見慣れた温泉の雰囲気に我知らず笑みが零れる。
「‥‥此処で脱ぐのか?」
 脱衣所で緊張気味の声を押し出したリールには、香代が「ええ」と苦笑交じりに返答。
「慣れない人には大変だと思うけれど」
「だが湯船までは結構な距離があるよな? は、裸であそこまで歩くのか?」
「温泉ってそういうものよ」
 紅子も頷くと、戻って来た少女達も驚いた様子。
「裸で歩くんですか‥‥?」
「ふふ、みんな入り口で大きめの布を二枚貰ったでしょう? その小さい方で覆えるところは覆って行くと良いわ」
 さすがに慣れた雰囲気の紅子や香代から指導を受けて、温泉初体験のメンバーもようやく意を決した様子。
「‥‥なんだか緊張しますわね」
 アリシアが苦笑交じりに呟く傍では、ジャクリーンが衣服を脱ぎ始めている。女性ながらも精神は騎士。そうと決まれば躊躇いはないようで‥‥。
「うわあっ‥‥!」
 露になったジャクリーンの体のラインに、遠慮のない声を上げたのはリィム。
「‥‥どうかなさいましたか?」
「ジャクリーンさん、すごい‥‥っ」
「こんなに細い方なのに‥‥っ」
 何がすごいのかは敢えて伏せるが、鎧に身を包み颯爽と戦場を駆ける騎士の意外過ぎる裸身に、何故か闘争心に火をつけられたリィム。
「ボクだって脱いだらすごいんだぞっ?」
 うりゃっと上着を脱ぎ捨てれば露になる胸の膨らみに、ソフィア。
「お二人とも細いのに、お見事です〜。僕は、もうちょっと痩せれたら‥‥」と脱ぐのを躊躇いがちな魔女っ娘に、リィムの闘争心はますます煽られ――。
「それって厭味っ? 脱がしちゃうぞっ」
「ひゃぁっ」
 手を掛けた直後にぷるるんと露になったはちきれメロンに、リィム硬直。
「‥‥ま、負けた‥‥」
「やーん恥ずかしいですよ〜」
 女同士、だんだんと恥じらいを欠きつつある中、一人隅の方で落ち込んでいたのはレインだ。
「どうしたの?」
「いえ‥‥何でも‥‥」
 声を掛けた紅子に何とか笑んで返すレインだが、服の上から胸元を押さえていて、何となくだが事情は察せられた。ここはあまり触れない方が無難だろうと思う紅子だ。
 そんなこんなで一度見られてしまえば覚悟も決まると言おうか、遠慮が無くなった彼女達の勢いは増す一方。
「体の洗いっこしましょー♪」
「賛成!」
「おお〜っ、香代ちゃん、肌白くてすべすべ〜綺麗で羨ましいな〜」
「そんなこと大きな声で‥‥っ」
 真っ赤になる香代に、リールも同意。
「香代殿の言われる通りだ。仲間の事は信頼しているが、他にも温泉の外に不逞の輩がいないとは限らないし」
 最も、覗きなど出ようものなら問答無用で剣の錆びにしてくれるが、それ以前に見られたという傷が残るわけで。
「華岡様は落ち着いてらっしゃいますね」
 ジャクリーンに言われて、紅子は「そうね」と笑む。
「それに覗きも、犯人が滝さんなら」
 わざと藁葺壁の向こうに聞こえるよう言えば、ドダッと直後に聞こえた物音に苦笑。
「なーんてね。冗談よ、冗談」
「何だかあちらが騒がしいようですわね?」
 ゆっくりと湯に浸かりながら体を温めていたアリシアが不思議そうに呟く。
「あれ〜? レインさん、腰のところ‥‥赤くなってますよ〜?」
「え‥‥」
 ソフィアの指摘に確認しようとして。
「あ‥‥もしかしてアルジャンさんの‥‥!」
「っ、ち、違‥‥っ、きっとどこかにぶつけたんだと‥‥!」
 リィムの爆弾発言に、また男湯から奇妙な物音。
 こういう状況では、どうしたって女性の方が強かった。


「ったく‥‥これだから女三人寄れば何とかってな‥‥」
 額を押さえて言う日向に、アルジャンもこくこくと赤い顔で頷く。他にも聞くに耐えないと耳まで湯に浸かる者も少なくない。
 一方、そんな会話にも「若いねえ」とのほほん呟けるアシュレーが悪戯っぽく笑んだ。
「にしても、女性陣にも期待されているようだしやるべきなのかなぁ、覗き」
 わざと皆に聞こえるよう呟けば、途端に向けられる幾つもの殺気。
「はは、冗談だよ」
 半分はという胸中の呟きを知ってか知らずか「止めはしないが助けもしないぞ」と笑う勇人と「万が一の時にはご冥福だけはお祈りします」と笑むケンイチ。
「‥‥ほぉ‥‥アシュレー‥‥つまり命が惜しくないと言うのだな‥‥」
 鬼気迫るオルステッドに、やっぱりユアンが駆けつけて、ますます賑やかになる男湯だった。





 出来れば深夜にゆっくりと湯に浸かりたいというイシュカに、ソードも付き合い、その後の宴会に出す料理に腕を振るおうという天龍のサポートに付いていた。
「宿の者に任せれば良いと思っていたが、‥‥なるほど、美味いな」
 味見と称して一口、飲み込んだアベルが感嘆と共に呟く。
「これは夜の宴も楽しみだ」


 その頃、温泉には行かず実家に帰るつもりだったラマーデは、ウィルのゴーレム工房長ナージ・プロメ女史から聞かされたセレのゴーレム工房の見学を希望した。しかし時は月霊祭。工房も休みでラマーデの希望は叶えられなかった。
「駄目だったら仕方ないわ、次回に期待しましょ」





「それでは改めまして、――乾杯!!」
 宴が始まる。
 各人が手にしたゴブレットにはセレの銘酒や仲間達が持ち寄った酒が注がれ、賑やかな時間が始まる。
「ドースター先生」
 老齢の魔術師の傍に座ったのはアリシア、ソフィア、レインの三人。皆それぞれの浴衣姿で髪も結い上げ、普段とは違う外見にさすがの魔術師も少々目元が緩んでいる。
「前からお聞きしたかったのですけれど、あの雪原に住んでるシェルドラゴンさんとの馴れ初めって何なのですか〜?」
「私もそれがお聞きしたいです」
 ソフィア、レイン。歳若い少女達の要望に魔術師は笑む。
「そうだのぅ‥‥あやつとはかれこれ五十年近い付き合いになるかの。あの土地に暮らしていたのはあやつの方がずっと先じゃ。一部だけ雪原になっておる原因は、そなたらがすぐに判ったのと同様、わしらにも察せられた。だが精霊の住まう聖域であればおいそれと踏み込むわけにはいかぬ。そんな折、領内に紛れ込んだカオスの魔物をわしが討った。これに襲われておったのがあやつの眷属での。回復には水精霊の力が溢れている土地に連れて行くのが最良じゃと思い、雪原に踏み入ったのが最初のきっかけじゃ」
「そうだったんですか!」
「それからは色々とあったの‥‥、今では良き友よ」
「素敵なお話ですわね」
 アリシアがぽつりと零す、その隣から口を挟んだのはオルステッド。さすがに件の指輪はその手から消えている。
「‥‥つかぬ事をお聞きするが‥‥実際、妻の調子はどうだろうか‥‥話を聞く限り、雪原でも足を引っ張っていたようにも感じるし‥‥無理をするくらいなら家にいろと言い聞かせてやってもいいのだが‥‥」
「ふぉっふぉっふぉっ」
 オルステッドの言葉にドースターは笑う。
「弟子として修行に来ておったのじゃ。足を引っ張るも何も、不得手な部分を仲間同士で補う事、出来ぬ事を出来ぬと認める事が最初の一歩じゃ。それに奥方は努力しておられたぞ」
 師の言葉に、アリシアは夫をチラと見遣り、それを受けてオルステッドは軽い息を吐く。結局は「心配だ」と言いたいのだが、それも言えずに難しい顔。
「おぉ、一つ良いかの」
 そんな夫婦にドースタは言う。
「夫殿にも聞いてみたいと思っていたのじゃが、――そなたが万が一にも凶刃に倒れた時、そなたは妻が後を追う事を望まれるかの?」
「――」
 思い掛けない質問に夫婦が目を瞬かせる。そんな様子に師は穏やかに微笑んだ。
「あの課題は、妻であるそなた一人の問題ではなかろうて。ん?」
 相も変わらずイイ性格をした魔術師だ。

 気付けばケンイチの奏でる楽の音が室内には聞こえ始め、彼もほろ酔い具合なのだろうか。旋律がいつもより陽気に聞こえる。
「どうだ、こちらでの生活は。もう寂しくねぇか?」
 勇人が問い掛けた先には月姫の姿。せっかくの宴ならばと彼女を呼んだのは彼である。
「良ければ気に入った歌でも聞かせてくれ。あいつも、セレネの伴奏が出来るなら願ったりだろう」
 そう指し示されたケンイチは、月姫に微笑を浮かべる。
「是非、ご一緒に」
『まぁ‥‥』
 冒険者達の優しさに、月姫は嬉しそうに笑った。
 そんな彼らの傍には天龍やキース、リールと一緒にユアン、リラ、カインや石動兄妹の姿も。
「飲んでいるか?」
 天龍が声を掛けると、カインは動揺気味に「あ、ああ」と低く返した。このような席は久し振り過ぎて、どうしたら良いのか困惑しているといった雰囲気だ。
「そう硬くなる事もないだろう」
「‥‥そう、なんだろうが‥‥な」
 判っていても、どうしても。
 そんな思いが伝わって、リラやユアンも複雑な表情だ。それを知り、天龍はあえて話題を変え、ユアンに問う。
「一度確認をしておきたかったのだが、ユアン。いずれはエイジャの様に剣の道を進むか、それともこのまま武道家としての道を行くのか――決めているか?」
 天龍が出したエイジャの名に、一瞬だが周囲の空気が凍りついた。しかしこれはユアンの返答によって和らぐ。少年は判っていたからだ。
「俺、剣は持たない」
 そうして視線をリラの持つ剣に注ぐ。もとは養父エイジャの物だった、鞘に「石の中の蝶」を飾った剣。
「父さんの剣は、リラさんに持っていて欲しいし。‥‥武器を持つのは、怖い」
「ユアン‥‥」
「俺は師匠や、兄ちゃん、姉ちゃん達に、色んな事を教えてもらった。武器が悪いわけじゃないのも判ってる。でも‥‥自分のこの手で、人に与える痛みや‥‥奪うものの重み‥‥この手で、ちゃんと感じないと‥‥自分にはそれが必要だって、思うんだ」
「‥‥そうか」
 ポン、と天龍の手がユアンの頭上で跳ねる。
「ユアンは立派な冒険者になるな」
「よし、明日は久々に手合わせしてみるか」
「! うんっ!」
 リールに褒められ、勇人が手合わせしてくれると聞けば少年は満面の笑み。この幼子は、もう大丈夫だ――天龍はそんな視線をカインに送る。それを受けて、カインが何を胸中に思ったかは本人にしか判らない。ただ、意を決するように腿の上で握られた拳は微かに震えていた。


「キミの故郷ってどんなトコなの?」
 宴も良い具合に盛り上がって来た頃、部屋の一角でリィムが声を掛けたのは石動良哉だ。聖夜祭の一件を再度詫び、先刻の戦闘では助けられたと礼を告げれば「こっちこそ」とそっぽを向く陰陽師。そんな彼にクスリと笑って投げ掛けた問いに、彼は「んー」と考え込むように明後日の方向へ視線を注いだ。
「どんなって言われてもな‥‥普通の町だぞ。京都から歩いて三日くらいの土地にある漆器が名産の土地でさ。それ目当てでやって来る旅人で賑わってる」
「へえ」
 興味深そうに聞いているリィムに、良哉は続ける。投げられた質問には丁寧に答え、先日など一人で里帰りし、土産に餅を買って来たという話まで。
「月道が繋がって自由に行き来出来るようになったからな。あっちに帰りたいとは思わないけど、たまに行って懐かしい食材なんかも買い揃えてくるってのはクセになりそうだ」
 そうして無邪気に笑う、そんな態度が好ましくて、リィムは深呼吸を一つ。
「あのね。ボク、実はキース君にフラれたんだよ」
「は?」
「あのヒト、香代ちゃんを本当に大事にしたいみたい」
 唐突な話に良哉は目を瞬かせ、しかしすぐに安堵の表情。
 リィムは苦笑する。
「なにその『当然だ』って顔ー。ボク、そんなに魅力無い?」
「っ、魅力とかそういう話じゃなくてだなっ」
 真っ赤になる彼にリィムは楽しげ。傍で聞いていたリールは、隣に座るリラを見上げて、やはり笑む。
「良哉殿、たじたじだな」
「あの手の話は得手ではないようだからな‥‥だが、彼女ならば大丈夫だろう」
 そうして見せる表情がとても穏やかでリールは目を細めた。同時に思わず口をついて出てしまった言葉。
「リラ殿の楽しそうな顔、好きだな」
 言ってしまってからハッとするリールに、しかしリラはやはり穏やかに笑んでいる。
「‥‥君達のおかげだ」
「リラ殿‥‥?」
 この時間も。
 こうして、この世界で再び仲間が集えた事も。
 そう告げるリラの言葉に含まれた真意、カインの沈痛な表情。その意味を知る者は、まだいない――。


 シルバーはドースターに、精霊魔法の話を聞く。スクロールで様々な魔法を扱えるシルバーだが、実際の精霊魔法についても学んでみたいのだと。
「ふむ。それほどに精霊碑文を読み解く力があれば、わざわざ精霊魔法を覚えるためウィザードとなる必要があるようには思えんがの」
 純粋な驚きと感嘆から紡がれた言葉に、しかしシルバーはほんの僅かにも表情を崩さない。そんな無表情の彼に、魔術師は失笑。
「んむ。精霊魔法は感情に拠る所が大きい。そなたには、なかなか骨の折れる学となりそうだの‥‥『何を考えているのか判らないわっ』などと火の精霊あたりからは機嫌を損ねられそうじゃ」
 わざわざ高い声を作ってそのような事を言う魔術師にシルバーの反応は薄く、それを横で聞いていたアリシアが苦笑を交えて話に入った。
「ところで‥‥祈りの儀式にも参加されていた神聖騎士の方ですけれど‥‥アイリーン・グラントというお名前でしたでしょうか。あの方は高名な術士の方でしょうか?」
「高名と言われれば否じゃな。本人もそう申しておった。あそこにおられるイシュカ殿が同じ術の使い手だそうじゃが、彼にも遠く及ばぬと零しておったしの」
「まぁ‥‥そうだったのですか」
「ん? アイリーンが高名であれば何かあったかの?」
「いえ‥‥師はジ・アースの賢者『セージ』をご存知かしら? 精霊魔法四種に神聖魔法を修めた者をそう呼ぶのですけれど」
「聞いた事はあるの」
「もしセレに高名な神聖騎士がおられるのであれば、セレで『セージ』を養成する事も可能ではないかと思えたのですが‥‥」
「ふぉっふぉっふぉっ、それはさすがに無理じゃろうて」
 ドースターは楽しげに笑う。
「精霊魔法四種を会得するだけでも至難の業じゃ。それに加えて、この信仰というものがない世界の者達に神聖魔法とやらまで会得せよというのはあまりにも難題」
「そう、でしょうか」
「エルフという長命種をもってしても、そう容易くはなかろうな。‥‥じゃが、実現を願いたいものじゃ」
「‥‥ええ」
 難しくとも、願いたい。そういう師の言葉にアリシアはそっと微笑んだ。


「なんだか暑いですね〜」
 皆にお酌して回りながら呟くソフィアに、ちょうど酒を注がれていたアシュレー。
「ソフィアもちゃんと飲んでるかい?」と差し出すゴブレットには赤い飲み物がなみなみと注がれており、何とも芳しい匂いを放っていた。
「ま、一杯どうぞ」と、‥‥度々あの現場に立ち会っているにも関らずソフィアに酒を勧めた確信犯。
 そんな事とは露知らず宴は盛り上がり、この時間になれば温泉にも人気がないだろうと思い立ったのはイシュカ。その容貌もあって皆と一緒には温泉に入り難かった彼は、アベルから温泉がいつでも好きな時に入れると聞いて夜中の入浴を希望していたのである。
 そんな彼にソードが一声。
「とりあえず温まって体の調子を整えろよ。熱はないけど、顔色悪いぞ‥‥」
「‥‥少し、人に酔ったのかもしれません‥‥」
 そういう悪さでは無さそうだと思うも、本人に自覚はないのだろう。気付くのはソードだけ。だからこそ心配になるわけだが。
「ゆっくり浸かって来い」
「ええ‥‥」
 そうして部屋を出て行く親友を見送れば、同時にぽつりぽつりと部屋から消えている仲間がいる事に気付く。
(「まぁ‥‥温泉であいつと遭遇するって事は無さそうだし、いいだろう」)
 安堵して新たな酒を口に運んだ、その時。
「アベル卿‥‥あの村がどうなっているのか‥‥詳しくお話して欲しいです〜‥‥」
 浴衣の裾から大胆に曝した白肌の足で相手の服の裾を踏みつけ、妖艶な眼差しをアベルに向けていたのは、ソフィア。
 酒に酔わされた彼女である。
「ずっと気になっているんですよね〜‥‥暁の翼の事もそうですけどぉ‥‥あの村の人達が今も元気なのかってぇ‥‥」
「わ、わかった、話すから、とりあえずその足を、だな‥‥」
「なぁにが〜判ったんでしょうか〜〜?」
 ぐぐいっと迫られたアベルは、これが普通の状態であれば魅力的な女の子に迫られるなど怨まれても本望だが、今のこれは、むしろ恐怖。
「応えられないなら〜お〜仕〜置〜き〜‥‥」
「本気か!?」
 お仕置きと言いながら光り始めた彼女の体、発動されるのはライトニングサンダーボルトあたりだろうか? 酔った相手に剣を使うわけにもいかず逃げ腰になるアベルを、間一髪で救ったのはそもそもの原因アシュレー。
「ソフィア」
「ほえ?」
 ぷしゅ〜と詠唱途中で消える光。
「飲み過ぎだよ、少し夜風に当たって休もうか?」
 隙の無い笑顔で言うアシュレーは優しそうに見えて相手に有無を言わせない雰囲気を兼ね備えているわけで。
「また後でね」
 不敵な笑みと共にソフィアを連れ去るアシュレーに「助かった」と思ったのは事情を知らないアベルのみ。
「放っておいて大丈夫なの!?」
「んー‥‥」
 青い顔で問うてくる香代に、悩むキース。
「アシュレー殿は、根は紳士だから、たぶん大丈夫だと思うが‥‥」
 リールが自信無さげに呟いた。
 後の事は本人達のみぞ知る‥‥。





 宴ももう間もなく終わろうという頃、部屋を抜け出た日向に気付いたのは紅子だった。何となく元気のない事に気付いていた彼女は、立ち上がって後を追う。
「滝さん」
 月精霊達の微かな輝きに照らされた夜道で声を掛ければ、日向は驚いたように立ち止まって振り返った。
「どうした、まだ宴は終わっちゃいないだろう」
「ええ。でも、少し気になって」
「気になる?」
 聞き返してくる日向の顔を見上げ、逆に紅子から問う。
「滝さんは‥‥戦う力になれない事、気にしてる?」
 思わず目を見開く日向に、自分の心配が当っていた事を確信した紅子はその隣に並び、歩きましょうと促す。冬の風は肌を刺すような痛みを伴い、いつ雪が降り始めてもおかしくないような冷たさだ。立ち止まっていては風邪を引く、そんな事を語れば日向は苦笑。
「そんな格好で出てくるからさ」
 見れば紅子は浴衣に半纏一枚という格好。屋内ならば充分でも、冬の外を歩くにはあまりにも薄着だ。自分が羽織っていた半纏も紅子の肩に掛けて、一言。
「風邪なんか引かれちゃ困るからな」
「あら‥‥ありがとう」
 掛けられた半纏に袖を通し、進む方向も今来た道を戻るように。冬の寒空の下にいつまでもいるものじゃないと日向が言うからだ。
 その優しさに笑みが零れる。
「‥‥戦う力が無くたって、滝さんには滝さんにしか出来ない事があると思うわ。今回の事だってそう。――今も」
「‥‥だと良いけどな」
 そうして日向も苦笑する。
 彼女の言葉一つに励まされ、笑みを零せる自分自身が可笑しくて。


「ぁ‥‥雪」


 屋内から外を眺めていた彼らは、不意に鼻の頭に落ちた冷たいものに雪が降り始めた事を知った。
「セレにも雪が降るのか」
「え。すごいですよ、セレの雪。一面真っ白で‥‥って、あれはシェルドラゴンさんの影響でした、ね」
 空を仰いで言うアルジャンに、レインは自分の言葉が正しく無い事を思い出す。
「なんだかあの雪原の印象が強過ぎて」
 くすくすと笑う彼女の肩を抱き、アルジャンも笑む。
「大変だったな」
「でも、いっぱい勉強させて貰いました」
 寄り添うようにして歩くレインは、ふとアルジャンの首筋に小さな傷がある事に気付いた。
「これ‥‥」
「ああ、掠り傷だよ。さっき湯に浸かって染みるまで気付かなかったんだ」
「‥‥」
 本当に微かな傷。今のような至近距離でなければきっと気付かなかっただろう。しかし気付いてしまったからには残る傷が痛々しい。
 レインは少し哀しそうな顔をしてみせると、背伸びして彼の首筋に――。
 そっと触れる柔らかな温もりにアルジャンは驚く。
 まさか彼女の方から、と。
「‥‥早く治りますように‥‥って。治癒魔法は、使えませんけど」
 恥ずかしそうに笑う少女の健気さにアルジャンは彼女の気持ちを察する。共に戦場に立つ者同士、どうしたって不安は拭えない。
「ぁ‥‥」
 アルジャンは指先で彼女の口元に触れる。
 緊張に揺れる眼差しに、穏やかに微笑んで。
「‥‥ありがとう」
 重なる影に瞳を伏せた。
 どうか、これからも一緒に。


 このささやかな休息の一時が、いずれ迎える激闘の日に向けての弾みとなるように。
 変化は緩やかに訪れようとしている――‥‥。