●リプレイ本文
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「あけましておめでと。今年もよろぶふぅぐぉ!?」
ダンッ、ダダダダダッスタッ、はぐっ!! ――といった具合にディーネ・ノート(ea1542)を雪原に押し倒したのは言わずと知れた事、セゼリア夫人だ。
「随分とご無沙汰なさいましたことっ」
「ってて‥‥」
打った頭を押さえようとするディーネだが、それを邪魔するように彼女が装着した獣耳バンドを両手で撫でる夫人。
「ちょ‥‥」
止めさせようとするディーネの動作など意にも介さず、手はそのままに視線だけが冒険者一人一人を見つめて行く。最初に目を止めたのは自らの羽で宙に浮かぶシフール達。
「ご無沙汰しておるのじゃ。わんこは風邪など引かずに元気にしておるかの?」
「おかげさまでとっても元気ですわ。ユラヴィカさんの御宅の皆さんは?」
尋ねられたユラヴィカ・クドゥス(ea1704)は、うちの子らも元気じゃと笑顔。隣に並ぶディアッカ・ディアボロス(ea5597)と二人、しばし自宅の動物達の話で盛り上がった。
「しふしふ〜!」
『しふ〜!』
次いで目に留まったのはすっかり顔馴染みの飛天龍(eb0010)と‥‥、天龍と?
「まぁまぁ‥‥!」
彼の傍に、彼より小さな身体に美しい羽根を持つ少女――土のエレメンタラーフェアリーの女の子がいて、その傍には風のフェアリーと、更には身体の大きさならば普通の子供、大人の女性と変わらない水属性の精霊達までが一緒になって浮かんでいる。
「どうなさいましたの、この美しい方々は!」
「あ、その子達は‥‥」
「まさかディーネさんのお子さんですの!? いつの間に――」
「ちっがーーう!」
スカポンッ、と良い音をさせて夫人の言葉を遮ったディーネは、その勢いで立ち上がり弁明‥‥、いや、説明。
「この子はちょっと別件で精霊竜に貰った子で、名前は‥‥って、聞いてますか? 夫人?」
聞いているわけがない。
「お久し振りです。この子はエスペランザですよ」
「こちらはフィディエルの、フィリアクアさんです。これからは私共々よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀するソフィア・カーレンリース(ec4065)とレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)の二人に、夫人の瞳はきらきらと輝いている。その視線がよほど怖かったのがディーネが連れてきた水妖のロカは怯えた顔で主の頭にしがみついた。
「そんなに怯えなくても大丈夫よ?」
ディーネが言い聞かせるも、夫人の様子には天龍のフェアリーも同様の反応。
「俺の傍を離れるなよ?」
『よ♪』
「まぁぁっ!」
語尾を真似る妖精の愛らしさに夫人が再び奇声を上げれば、驚き主の背に隠れる精霊達だ。
「さて、どうしよっか」
ラマーデ・エムイ(ec1984)が声を上げたのは、他のメンバーが夫人の好奇心に気圧されて精霊達との馴れ初めを強制的に語らされていた頃のこと、何はなくとも雪像のデザインが決まらなければ次には進めないというわけで、設計・美術に長けた彼女は筆を握って腕まくり。その傍では、やはり美術センスに長けたリール・アルシャス(eb4402)が彼女のサポートをするべく羊皮紙を広げていた。
「それにしても、雪や氷で彫像をたくさん? チキュウの天界って寒い処なのねー」
言うラマーデに、こんな祭りを夫人に教えてしまった張本人で、責任を取れと呼ばれた彩鈴かえでは苦笑い。
「寒い地域は多いけど、雪祭りをやる会場は限られるよー。本当にたっくさんの雪が必要になるしね」
「ふーん。でも何で‥‥そっか、雪の精霊を宿して祀るのね!」
得たりと声を上げた彼女に、否定する言葉が見つからないかえでが言葉を詰まらせれば、同じく納得して見せるリールと、一方、苦笑を零したのは華岡紅子(eb4412)。幼い頃に実際の雪祭りに参加した事があるという彼女は、かえでや、そして同じ天界出身者ということで手伝う事になった滝日向と同様に雪祭をイメージするのは容易だった。
「子供達に楽しんで貰えるよう頑張らなくちゃね♪」
「ま、やるからにはな」
肩を竦める日向に、紅子はそっと微笑んだ。そんな二人に僅かに表情を崩して、皆に声を掛けたのはリール。
「デザインは、やはり子供達や夫人が好きな動物をモチーフにするのがいいかな。ソフィア殿が案として出されたドラゴン‥‥、レイン殿の「ご加護がありそう」というご意見にも同感だが」
「いいんじゃない?」
ラマーデがさらりと応じる。
「ドラゴンを作るなら、エクリプスドラゴンやムーンドラゴンの姿であれば依頼でお会いしていますから、ファンタズムでお見せし、モデルにして貰う事も可能ですが」
「さすが魔法だねー。でも、あんまりリアル過ぎると作るのも大変だし、適当に崩したデザインがいいんじゃないかなぁ」
ディアッカの提案に、かえでの補足。
「全体的に丸みをつけたデザインにすれば、それだけで可愛くなるだろ」
「そして背中の方をすべり台にしてはどうかな」
日向が口を挟み、リールが更に詰めたデザインを提案。
そうして羊皮紙に次々と皆のアイディアを反映した簡易イラストが描かれて行く中、少し遅れて牧場に到着したのはソード・エアシールド(eb3838)とイシュカ・エアシールドの二人だった。
「夫人の対応はよろしく頼む‥‥依頼はともかく、あの夫人と話すのは俺は苦手だ」
「‥‥ええ」
応じるイシュカの傍には月人の少女。しかも夫人好みにくろやぎのふわふわ帽子をかぶっていれば、当然ながら夫人の視線がこちらに釘付けになるわけで。
「まぁまぁまぁまぁ‥‥!」
今がチャンスとばかりに逃げ出した――否、他の仲間達の元へデザインの手伝いに向かうディーネとソフィア、レイン。
(「イシュカさん、後はよろしくお願いします!」)という少女達の心の中の祈りを知って知らずか、当の本人は丁寧に一礼。
「‥‥ご挨拶だけでも、と思いまして‥‥」
「まあぁっ、お二人にもとうとうお子さんが!?」
「――」
月人を見つめての発言に、どういう勘違いをと絶句する二人。その後、イシュカの尊い犠牲によって冒険者達の作業はようやく進み始めた。
デザインが大凡決まれば、雪像にはまず骨組みが必要だという事で、ソード、日向の男二人が大工仕事に取り掛かり、初日だけしか手伝えないけれどと言いつつも顔を出してくれたミーティア・サラトの協力も得ながら、女性陣が敷地内にある雪を、荷車を用いて一箇所に集めて行く。
ユラヴィカの天候操作によって上空に雲を集め、雪が降る条件――水分、氷点下以下の気温をディーネとレインが用意。時間を掛けて雲は雪雲へと成長し、地上に更なる雪を降らせた。
こうして下準備が順調に進む中、夫人に小声で話し掛けたのは天龍。
「子供達に手袋を作ってやりたいのだが良さそうな毛皮はあるだろうか? それと、子供が好きな動物を知っていたら教えて欲しい」
優しい気持ちの伝わる頼み事を、夫人が断る理由は無い。勿論、当日の炊き出しに必要な食材の手配も完璧である。
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レインのフリーズフィールドによって零下に保たれた空間。皆が防寒着をしっかり着込み、時にはソフィアのレジストコールドも用いて寒さ対策。
男性陣が組み立てた木材の骨組に、皆で雪を盛り、固め、大雑把な輪郭に削る。その上からまた雪を盛り、固め、削る――予定の大きさを越えるまでこれを繰り返すうち、かえでが想像していたような巨大すべり台はとても無理だという結論に至った。
何せ各自でやりたい事も多いため、雪像の大きさは三メートルに決定。
モデルはムーンドラゴンだ。
ラマーデの手によって全体的に丸みを帯びた姿になった竜は可愛さが全面に押し出されており、子供が喜びそうだ。背中から尾に掛けての斜面がすべり台になり、周囲には小さなオブジェが飾られる。
「遊びに来る子供達は、一番小さい子供で何歳なのだろう?」
あまり傾斜が急過ぎれば、子供は喜ぶだろうが見ている親は心配する。過去の経験から出されたソードの意見も取り入れ、作業は進む。
「‥‥普通の雪祭っつったら、三ヶ月以上掛けて作業するもんだが‥‥まぁ、サイズはその半分以下とはいえ、さすが冒険者だな」
僅か数日でどんどん完成していく雪像に感心して呟くのは日向。
三日目にして、雪像はそれが何であるのか一目で判るくらいに完成へと近付いていた。高さは三メートルだが、その幅は倍以上。ユラヴィカのウェザーコントロールなどで降り積もった雪を牧場の敷地内からかき集めてくるも、決して泥が混じらず、雪像が白色に保たれるようにという気遣いも完璧だった。
「まだ削って良いだろうか?」
ラマーデ監視のもと、雪を削るリールの問い掛けに、デザイン画と実物を交互に見遣るラマーデは難しい顔。
「んーあともう少しねー」
大雑把に削っている内は良いが、いざ綺麗な輪郭をとなれば細心の注意を払う。そのあたりは自然と創作センスに長けた者に作業が任されるようになっていた。
冒険者達がつれてきた馬や犬も力仕事に貢献。
精霊達は飛べるという特技を生かし、ソフィアやレインから教えられたとおりにボロ布を握って雪像の頭部分から磨きに掛かる。また、猫とペンギンは夫人に冒険者の邪魔をさせないという意味で、当日の子供達の遊び相手という本来の目的以上に大活躍だった。
「天龍さん、大丈夫?」
そう問い掛けたのは紅子。彼の目の下に濃い隈がある事に気付いたからだ。
「ああ、やりたい事が多くてな‥‥だが、当日には間に合いそうだ」
満足そうに語る天龍に、紅子も納得。
「少し休憩しませんか〜? お茶をお入れしました〜♪」
ソフィアが皆に声を掛けたのは、子供達を招くまで二四時間を切った頃。いよいよ大詰めになる作業に先駆けて一息入れましょうという彼女に、皆が「賛成」と顔を綻ばせた。
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そうして、当日。
「おはよ〜! 今日はいっぱい遊ぼうね♪」
「お姉ちゃんっ、おはよう!!」
両腕を広げて子供達を迎えたソフィアに、真っ先に駆け寄って来たのはクリス。
「お兄ちゃん!」
「お姉ちゃん!」
集った冒険者達のほとんどと既に顔見知りの面々は、今回も自分達のために来てくれたのだと言う事に心からの感謝を口にする。
「んー、元気だったみたいね♪ 今回もよろしくね」
そう言ってフィムとトートマ、二人をぎゅっと抱き締めたのはディーネだ。
「ここ、なんかすごく寒い‥‥?」
ぶるっと震えた身体を自ら抱き締めて呟いた少女に、慌てて自分が首に巻いていた防寒服を掛けてやったのはレイン。
「うん、すぐそこを魔法で寒くしているから、冷気が伝わってくるんだね‥‥ちゃんと温かい格好してね?」
「うわぁ‥‥ありがとう!」
「手もきちんと温めなければな」
次いでお手製の手袋を差し出したのは、天龍。ここ数日、雪像作りと平行して彼が個人的に作っていた子供達への贈り物である。
「ありがとう!」
「すげー、天龍兄ちゃん、すげーっ」
夏には浴衣も作ってもらった事を思い出しながら大喜びの子供達。
「さぁ、しっかり着込んだら、いよいよ雪と氷で遊ぶわよー」
ラマーデが陽気に言う。
かくして、冒険者は子供達の手を引き、その会場へと足を踏み入れた。
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子供達の反応は、最初は無言だった。
見開いた目で前方の景色を見つめ、握った冒険者の手をぎゅっと握り締める。
ムーンドラゴンを模した雪と氷のすべり台、それだけでも子供達には初めて見る「すごいもの」だったのに、その周囲を飾る小さなオブジェが更に気持ちを高揚させていた。
牛や羊など、牧場にいる動物を象ったもの。
犬や猫、身近な子達。
それに丸い胴と、丸い頭、単純な雪だるまには木の枝や枯葉で個性付けられており、その様相は子供達や冒険者にとてもよく似ていた。
「――うわぁ‥‥わぁっ!!」
僕がいる! 私がいる!
紅子作の雪だるまは大絶賛。
「さ、滑ろ♪」
ソフィアがクリスの首にマフラーを巻き、手を引いて雪像に。上へ上がる階段にはリールの提案で、子供達が滑らないよう凹凸が付けられており安全面においても充分な気の配りようだ。
上に到着したソフィアは、子供を後ろから抱きかかえて滑り口に座る。
「行くよ〜! それ〜!?」
「わーっ!」
声を上げながら滑り降りる、その間など僅か数秒の事だが、滑り降りる迫力と、頬にあたる冷たい風には、不思議と子供達を興奮させるもので――。
「もう一回! お姉ちゃん、俺、もう一回滑りたい!」
「えー、ずるいよ、次は私!」
「ね、お兄ちゃん、一緒に滑ろう?」
「俺、か‥‥?」
くいっと袖を引かれたのはソード。
「負けてられないわね、私たちも行こ♪」
フィムとトートマの手を引き、上がるディーネ。
「きゃーー♪」
「すげーーっ」
次々と上がる陽気な奇声を背に、次には身体が温まるようにという思いを込めた炊き出しの準備。これにはソードが持参したキングサーモンが天龍の腕によって捌かれ、隣にはレインが持参した春めいた食材が並ぶ。
ディアッカが奏でる楽の音と、ユラヴィカが語る冒険譚に心躍らせ。
「この子、何て言うの? どこから来たの?」
ユラヴィカと紅子が連れて来たイワトビペンギンとコウテイペンギンも予想通りの大人気。
絶えない笑顔に、そっと安堵の息を吐いたのはディーネだった。
「いま、世の中が大変だから少し心配だったけども、相変わらず元気そうで何より」
「ですね♪」
安心しました、とレインが笑む。
「それにしても‥‥もう少し時間があればすべり台の装飾に四神の彫り物をしたかったのだが‥‥」
彼の国の四方を守る縁起物。ちょうど参考に出来るものも準備はしていたのだが、何せ天龍が手掛ける作業は多過ぎた。それに、こうして完成したいま、子供達が大喜びしているのだから大成功だろう。
「天龍殿、こちらの野菜もすっかり柔らかくなったが」
「ああ、では完成だな」
炊き出しを手伝っていたリールの呼びかけで炊き出しも完了。あとは子供達がお腹を空かせるのを待つばかり。
ただ、中には子供達と一緒に遊ぶよりも、楽しげにしている子供達を見ている方が嬉しい面々もいるわけで。
「お疲れさん」
「あら、ありがとう」
日向から手渡された熱い茶を受け取って、紅子も笑む。と、ちょうど戻ってきたソフィアがかえでと日向を見比べて、悪戯っ子の笑みを浮かべた。
「かえでさん寒くないですか〜? あ、日向さんはお熱いから大丈夫そうですね〜」
「っ」
ぶっ、と思わず茶を噴いた日向に、追い討ちを掛けるレイン。
「お願いですから魔法の効果を失くさないで下さいねー!」
「おまえら‥‥っ」
たまにはやり返さなきゃと少女達。
此方は此方で盛り上がって。
「さぁ、みんなで雪だるまを作る競争をするわよー。制限時間はあたしが一つ作り終えるまで。一番大きなのを作った子の勝ちよ☆」
ラマーデの発案で、子供達も更に盛り上がる。
綻ぶ、皆の笑顔。
世界がどのような窮地にあろうとも、この笑顔があればきっと乗り切れる――、そう思う冒険者達だった。