【風霊祭】遠く、去り行く絆に贈れ――
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■イベントシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 83 C
参加人数:23人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月07日〜02月07日
リプレイ公開日:2009年02月15日
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●オープニング
ウィル六分国の一つセレは、魔法樹と呼ばれる巨大な大樹によって形成された森、その樹上に都市を形成している。
分国王コハク・セレと、国民の九割がエルフである事から「エルフの国」とも呼ばれるセレは、その長寿ゆえに土地に流れる時間はゆったりとしているのが常であった。しかしカオスの魔物の暗躍が表面化してきた昨今、この土地にも戦の波が押し寄せている。傷付くのは人の体に限らず、その心や、暮らし、土地にも癒えぬ傷を作り続ける。
「‥‥堪らぬな」
城の一室。
町を見つめて呟く分国王へ、傍に控えていた筆頭魔術師ジョシュア・ドースターは痛みを帯びた声音で語り掛ける。
「民も判っておりましょう‥‥この満ち始めた混沌の気に兵を挙げねば国が‥‥いえ、もはや世界が滅びようとしている事は紛れもない事実。戦は避けられぬ事、皆も頭では理解しているはずですぞ」
ただ、心がそれに追い付かないだけだ。
つい先日も「白い翼」を救出すべくカオスの魔物と戦い、還らぬ者となった騎士達がいる。半年を振り返るだけでもその数は甚大だ。親しい者がいつ自分の隣から消えてしまうのか――そのような不安を抱えて、戦を素直に受け入れられる者など居るはずがないのだ。
「‥‥もうすぐ、風霊祭ですな」
「‥‥?」
ふとジョシュアが零した呟きに、王は目を細めて振り返る。
「先日の「白き翼」と、アイリーン・グラントの話を思い出しましてな」
今頃は城に隣接するゴーレム工房で、工房長ユリエラ・ジーンと日課になりつつある口論を繰り広げているであろうジ・アースの白騎士、それがアイリーン・グラントだ。
「此度の戦で還らぬ者となった騎士達の弔いをしたいと申しておりました。風の精霊といえば戦に付随するものが多く、名高きヴァルキューレは戦死した騎士を精霊界へ導くといわれております。――民の心の安寧を願い、今回の風霊祭では死した騎士達を弔っては如何ですかな」
「‥‥うむ」
「ウィルの冒険者ギルドにも報せを出して宜しいですかな? 彼らと共に戦ってくれた冒険者も少なくないはず‥‥「仲間」に弔われれば彼らも迷わず逝けましょう」
ジョシュアの言葉に、王は静かに応じる。
儀式の構成に関しても皆で相談して決めてよい、必要あれば王も同席する。
願わくは、生きる者達が真っ直ぐに前を向き、立ち上がろうと思えるものを――、ただそれだけだった。
●
「‥‥私は先日の件で色々と学んだつもりだ。互いに理解することから始めようと何度も何度も何度も何度も自身に言い聞かせ、おまえの言う事にも耳を貸そうと努めてきた。‥‥なのにどうしておまえはそう頑ななのだ!?」
一気に声を荒げたアイリーンに、工房長ユリエラはこめかみを引き攣らせる。
場所は城に隣接するゴーレム工房。
数人のゴーレムニスト達が遠巻きに眺めている輪の中には、先日以来セレに滞在している白き翼・レヴィシュナの姿もあった。
「アトランティスの者が精霊や竜を敬愛する気持ちは判ったっ、だからその思いを少しでも聖なる母に向けてみよと言っている!」
「居もしない存在にどうやってそんな気持ちを向けろっていうの!?」
「こぉんの研究馬鹿が!」
「なんですって!?」
わーわーぎゃーぎゃーっ、相変わらずの遣り取りには、やはり工房の誰一人口を挟もうとせず、そんな状況にレヴィシュナは小首を傾げる。
「白魔法を扱えないなら、そのゴーレムとやらの武器や、アイテムに白魔法を付与すれば良いのではないか?」
「――」
一同絶句。
「‥‥そんな事が可能なのですか?」
ゴーレムニストの一人が怖々と口を切れば、天使はあっけらかんと答える。
「この世界では多少時間が掛かりそうだが‥‥ものによっては充分に可能だと思うがな」
特に、自分には。
端正な顔で言葉を選ぶように告げるレヴィシュナ。
この数分後、城の遣いの者から今年の風霊祭では騎士達の弔いを行うと聞かされると同時、ウィルから冒険者も来るだろうと聞かされたゴーレムニスト達の意見は一致していた。
どんな武器にどんな白魔法を?
どんなアイテムがあればこれからの魔物との戦に効果的か?
そういった事は直に戦場に立つ冒険者達から聞くのが最適と判断、彼らに意見を聞く場を設けて欲しいという要望が折り返し王のもとへ届けられた。
●
「今年の風霊祭は、天界の者達の教えに則り死者を弔うそうだ」
「死者、を‥‥?」
ヨウテイ領の領主邸。
いまだ罪人の咎からは免れぬとも、これまでの功績を認められ、此処で『軟禁』生活にあったカイン・オールラントは、領主アベル・クトシュナスから聞かされた風霊祭の内容に驚きの声を上げた。
「確か、君達の亡くなった友人をきちんと弔った事もなかったのだろう? この機会に、故郷と同じ方法‥‥になるかどうかは判らないが、弔ってはどうだ?」
「‥‥いいんですか」
「構わないよ。さすがに戦死したセレの者達の名簿には載せられないだろうが、弔いは心でするものなのだろう?」
今、王の命令を受けた担当者達が戦に巻き込まれて命を落とした者達の名前を羊皮紙に書き並べている。儀式がどのように行われるかは判らないが、名前を読み上げている間に一人一輪ずつ花を捧げるという方法もあるとアイリーンからの話を聞いた王が、念のためにと用意させる事にしたようだ。
「その後で通常の風精霊を奉る祭りも行われるだろうからな‥‥何人かが祭りを離れて特定の誰かを弔っても、誰も責めはしないさ」
「アベル卿‥‥」
カインは目を伏せ、傷だらけの拳を握る。
「ありがとうございます‥‥っ」
思わず泣きそうになりながら告げる言葉に、しかしアベルは首を振る。
「礼を言われるような事はしていない。‥‥もしかしたら、これが君への餞別になるかもしれないんだ」
「‥‥」
「‥‥リラも行くのか」
押し黙った相手に、アベルは続けた。
何処へとは口にせずとも伝わる問いかけ。
「本当に良いのか?」
低く重ね問うアベルに、カインは肯定も否定も出来なかった。
「‥‥知ってしまったからには、俺一人には行かせられないと‥‥良哉や香代、‥‥ユアンも、知れば共に行くと言い出すから決して言うな、そう念を押されました」
「そうか‥‥」
「‥‥この風霊祭が終われば、行きます」
真っ直ぐに自分を見て言い切ったカインの言葉を、アベルが拒む事は出来ないし、しない。
「‥‥わかった」
そう応じるのがやっとだ。
この風霊祭が終われば、事態は確実に動く。
その動きをどちらに傾けるか。
それを選ぶのは、冒険者達だ――‥‥。
●リプレイ本文
●
風花。
空は青く澄んでいるのに、どこからともなく舞い落ちる細かな雪は聖地シーハリオンから流れてくるのだろうか。
一年で一番寒くなる二月は風霊祭の時――今年、セレの国では追悼式が行われる。この半年余りの間に失われた命を、死した者達を、精霊界へと導く風精霊に委ねるため。その道行きを聖地に住まう竜や精霊達が見守ってくれるなら、これほど心強い事はなかった。
「‥‥弔い、か‥‥」
ぽつりと零すオルステッド・ブライオンは空を仰ぐ。それきり言葉は続かなかったが、隣を歩くヤングヴラド・ツェペシュは古くからの知己ゆえか意味深な笑みを零した。
それからしばらくして二人が立ち止まった正面にはセレに滞在中の神聖騎士アイリーン・グラント。最初こそ顔見知りのオルステッドに気安い態度でいた彼女だが、ヤングヴラドが教皇庁直下のテンプルナイトだと名乗れば途端に姿勢を正す。そんなアイリーンに面食らったのは傍にいたゴーレム工房の長ユリエラ・ジーンだ。名乗られてもその立場を理解出来ないアトランティス生まれのエルフは、ただただ目を瞬かせていた。
一方、場所は移りセレの重鎮達が居並ぶ席。
これから王を迎えに行くと立ち上がったジョシュア・ドースターの周りには彼の弟子であるディーネ・ノートやレイン・ヴォルフルーラの他、倉城響をはじめジ・アースのジャパン出身者が並ぶ。
その中の一人。
「お初にお目にかかります。僧侶の雀尾煉淡と申します」
恭しく一礼する煉淡に、ジョシュアは老いた顔に深い笑い皺を刻む。
「儀式の構成を決める際には随分と世話になったようじゃの。異郷の地ではそなたの主も惑われるやもしれぬが、我等が民のため、力をお貸し下されよ」
にっこりと笑む魔術師に煉淡は丁寧に一礼して応じた。
同じ頃、各地の領主が集まった席ではヨウテイ領の領主アベル・クトシュナスの周りにも冒険者達が集まっている。
「来てくれてありがとう」
礼を告げる彼に「他人行儀はよせ」と笑う陸奥勇人や飛天龍。
「君も、来てくれて感謝する」
アベルがそう語り掛ける先に居たのは滝日向。
「まさか、直でお呼びが掛かるとは思わなかったがな」
小声で返す、その声音に伴う響きはどこか固く。同じように傍に佇んでいたリラ・レデューファン、カイン・オールラントの表情も硬い。
(「‥‥やはり様子がおかしい‥‥」)
皆が共通して抱く疑惑を胸中に呟きながら表情を翳らせたのはリール・アルシャスだが、ユアンと、石動兄妹の様子が普段と変わらないから唐突には聞き難い。
その内に始まったのは、楽奏。
ケンイチ・ヤマモトの奏でる竪琴の音に、舞手のレラが持つ神楽鈴が厳かに鳴り響く。それが追悼式、開式の舞であった。玄人の域を遥かに凌ぐ楽師と舞手、二人の共演に人々は完全に意識を奪われる。
美しく、儚く。
厳かでありながらも華麗な演舞は、見守る精霊達も心躍らせるほどだ。
「‥‥スノウ?」
自分の足に隠れるようにして儀式に参列している月人の少女を見下ろしてソード・エアシールドは名を呼ぶ。本来は親友イシュカ・エアシールドが月姫から託された子であるが、その本人がクレリックとして儀式に参加しているため彼が面倒を見ているのだ。その子が、演舞に魅入られたようにソードの衣服を掴む手に力を込める。
「‥‥美しいな」
語り掛ければ少女はこくこくと無言で何度も頷いた。
「――本日、精霊暦一〇四二年風霊祭を挙行するにあたり――」
セレで唯一の白騎士であるアイリーンの司会進行の元、儀式は進む。
オラース・カノーヴァは同じ戦場に立つ騎士として仲間の死を悼み、シルバー・ストームやジャクリーン・ジーン・オーカーらは戦場で散っていった同朋達の安らかな眠りを祈ると同時、これ以上同じ理由で命が散らされる事の無いよう努力することを誓う。
セレ出身ながら近頃は王都にいる時間の方が長いラマーデ・エムイやギエーリ・タンデ、生まれは違えど同じエルフのミーティア・サラトも友人と一緒に願った。
亡き者達が精霊の御許に抱かれるように。
騎士達の勇気に感謝の気持ちを惜しむ事無く。
「黙祷――!」
白騎士の号令に全員が瞳を伏せた。
此処で保護されている月姫セレネ、天使レヴィシュナも共に祈る。
「尊き魂よ、安らかに‥‥」
表現は異なれど煉淡が紡いだ想いは共通のもの。
花が、舞う。
冒険者達が用意した色とりどりの花びらが上空のグライダーから空に撒かれ、風花と共に、‥‥精霊界へ。
どうか。
どうか――。
見えない旅路を行く君達が淋しくならずに済むように。
●
追悼の儀が厳かに恙無く終了すると、人々はどこか吹っ切れた表情で席を立っていった。
「‥‥死んだ人間の魂のために、という目的は、ある意味、建前だ‥‥」
此方を席を立とうとしていたオルステッドの発言に、隣の席に着いていた妻アリシア・ルクレチアは苦い笑みを零す。
「オル‥‥あなたは、本当にこういう弔問の場には向いていませんのね」
「‥‥そう、だろうか‥‥」
「いつもそう斜に構えて、話す時には口篭るし、理屈っぽいし」
「‥‥」
言われた先から口篭る夫に、アリシアは苦笑。そんな貴方は追って行われる武闘大会での真剣勝負を奉納する方がよほど気持ちが込められるでしょうと言い切った。そんな遣り取りを聞いて、こちらは楽しげに笑ったのがリィム・タイランツ。
「まぁまぁ。武闘大会も大事だけど、まずは一緒にエイジャさん達のお墓参りだよ♪」
大会の会場設営が終わるまで、しばらく時間が掛かる。その間に、彼ら縁のある冒険者達はある三人の冥福を祈ろうと決めていた。
ケイト・レトラルフィア。
ルディ・オールラント。
そしてエイジャ・ウォーズベルト。
リラや石動兄妹、カインの友人であり、弟であり、そしてユアンの養い親だった冒険者達だ。この一年、彼らの死を招いた魔物と戦い続けて来た冒険者達だからこそ、これも良い機会だと思えた。
「墓と厳密に言えるものは三人ともないんだが‥‥」
先頭を行くリラが、皆に語る。
「アベル卿の厚意で、火葬した彼らを散骨した樹がある」
遺体を残しておけば不死者として蘇えらせられる恐れもあったために土葬は出来ず、墓標も立てられなくなったしまったが、ルディも一緒に弔わせてもらえるのはありがたかった。
「そこで良いだろうか」
「充分だろ」
勇人が応じ、天龍が頷く。
武闘大会のための準備を進める鎧騎士達にしばらく退席する事を伝えて彼らはその大樹のもとへ。‥‥そんな彼らに――否、同行するカインに、胡乱な眼差しを向けて小声で何かを囁き合う者達がいた事に、冒険者達は気付いていただろうか。
「‥‥あれがそうか‥‥」
「せいぜい役に立ってもらわねば‥‥」
セレの重鎮達の、罪人カイン・オールラントに対する評価はいまだ良くないままだったのだ。
別に用意していた花を一輪ずつ手に持ち、彼らはエイジャ達を散骨したという樹の根元にこれを捧げ、手を合わせた。
「エイジャ殿にも、一度は直接お会いする機会があれば良かったのだが」
リールの呟きにすぐに反応したのはユアン。
「厳しいけど、優しくて、‥‥最高の父さんだった」
「‥‥そうか」
手を合わせる幼子の頭を撫でる天龍は、心の中、ユアンを一人前にすることを誓う。同じように、デビルやカオスの魔物により人生を狂わされる肩が減るよう力を尽くすと誓ったのはシルバー。エイジャ達の人生を狂わせた『罪なる翼』は斃れたが、魔物は次々と湧き出て人々の暮らしを脅かす。この戦いは今後も続くだろう。
「‥‥見守っていてあげてください」
イシュカが願い、ソードも祈る。
リラ達も黙って目を伏せ、脳裏に遠い記憶を呼び起こしていたのかもしれない。
「‥‥本当に‥‥話に聞くだけで、お会いする機会が無かったのが残念ですわ」
アリシアの呟きに、視線だけを向けたオルステッド。妻の横顔からは近しい者達の死を悼む気持ちが痛いほどに伝わってきて、彼は他に気付かれぬよう息を吐いた。理屈っぽいと言われようとも、悼むという行為は残された者達のためにあるもの。その度に心を痛めるのであれば、‥‥本人に聞かれれば怒られると知りつつも、自分が死んだ時には悼む必要など無いと思わず声に出してしまいそうになる。
「‥‥」
言えば泣かせる、そう判っていても‥‥。
「――うん、こんな感じかな」
樹の根元に花を捧げて手を合わせていたリィムが、立ち上がると同時に声を上げた。エイジャはもちろんのこと、ケイトやルディとも一度も面識を持たないのに同席してくれた彼女に声を掛けるのは良哉。
「ありがとな」
どこか遠慮がちなその台詞に、リィムは笑みを深めて彼の背中を叩く。
「水くさい事は言いっこなし」
その朗らかに、良哉だけでなく香代やカインの表情にも笑みが浮かんだ。そして最後に花を捧げて立ち上がったリールは、彼らの様子を見比べて疑惑を確信へと変えていた。
(「何を隠している?」)
聞きたい。
けれど覚悟が決まらない。尋ねた結果としてどのような返答があるのか‥‥そこに覚えるひどく嫌な予感が彼女を躊躇させていた。
●
もう間もなく武闘大会が始まろうとしていた頃、別の一室に集まった面々の間には何とも言い難い空気が流れていた。
セレの工房長ユリエラ・ジーンが頑固一徹な研究馬鹿なのは自他共に認めるところであるが、一人一人が自己紹介する中、ふと彼女の周りの空気が強張り始めたのだ。建て前というものを持たず、言うべき事は言うという点では長所だが、大人数の前でそれを露骨にするのは欠点でしかなく、これには同席する天使レヴィシュナも困り顔。
なぜそんな事になるかと言えば、天使の協力のもとゴーレムでも扱える白魔法武器を開発するためにアイディアが欲しいと告げ、そのために集まってくれた冒険者達の中には、セレのゴーレム工房長ユリエラの機嫌を損ねる人物がいたからだ。
「新米だけどゴーレムニスト、新しい事をやるなら是非見てみたいもの。都の工房勤めだから機密保持で駄目とか言わないわよね?」
ラマーデの言い分に工房長のこめかみが引き攣る。
「‥‥あなた、確か月霊祭の時にも工房見学したいとか言ってきたわよね」
月霊祭という、世界全体が新年を祝っている時に「何を言ってるの?」と思ったのは他の誰でもないユリエラであるが、今回はもはや「何を考えてるの?」の域だ。
「ちょっと確認するけど、あなた、メイで修行して、ナージさんがあちこち掛け合ってくれたからウィルの工房で受け入れて貰えたっていう、あのラマーデ・エムイでしょう?」
ゴーレムニストは国家の機密をその体に背負う非常に重要な役職だ。おそらくメイのゴーレムニスト学園でもそのあたりは厳しく言い聞かされていただろうに、あちらに何の断りもなくウィルに戻って来たとして、セレのゴーレムニストの間で彼女の名前を知らない者は無いと言われるほど有名になっている。
「それで今度はセレの工房を見たいってのはどういう了見? ウィルの工房側は、その行動をちゃんと把握してるの?」
自由奔放な性格が常に悪いとは誰も言わない。
しかし国家機密に関る己の立場を軽視する行動は、同じ国家機密に関る面々にとって問題以外の何物でもないのだ。
「はっきり言うわ。他の国はどうか知らないけど、少なくともうちの工房に、そんな信用の置けないゴーレムニストを立ち入らせるわけにはいかない。今後見学希望を貰っても聞き入れるつもりは一切無いから、アナタもそのつもりでいてちょうだい」
躊躇なく言い切ったユリエラには、さすがのアイリーンも少々戸惑う。
「そこまで言う必要があるのか」
「ゴーレムニストっていうのはね! それだけ重要な職務なのよ! 自分の頭に入る情報の重要性すら理解出来ないならゴーレムニスト名乗るんじゃないっての! 同郷のエルフってのがますます腹立つわっ!」
「言い過ぎだ!」
「何がよっ」
――そうしてアイリーンとユリエラが言い争いを始めれば、自然と説教されていたはずのラマーデからも意識が離れて、当の本人は不思議そうに小首を傾げている。
「もしかしてユージスせんせに怒られる? ナージせんせに相談した方がいいのかしら?」
おそらく、まだ事の重要性を理解していないだろうラマーデはユリエラの説教が終わったのを良い事にすっかり心機一転。
そんな面々を見遣って大きな溜息を吐くのはセレの工房勤めのゴーレムニスト達だ。
「話が脱線してしまい申し訳ありません」
深々と詫びる正面にはシャルロット・プランや越野春陽ら、追悼の儀式の後からこの部屋に集まって白魔法を付与するアイテムについてのアイディアを出していた冒険者達だ。
「‥‥放っておいて良いのですか?」
春陽が白騎士と工房長の言い争いを少なからず気に掛けながら問えば、ゴーレムニスト達は「いつもの事ですから」と苦笑いだ。
「アイディアをお聞かせ頂くのは我々だけでも充分ですし、実現の可否は後ほど王も交えての会議で決定されますから、今は実際に戦場に立たれる皆さんのご意見をお聞かせ下さい」
ゴーレムニストの男性の言葉に、冒険者達は顔を見合わせた後で順に語る。
まずは春陽。
「制御胞へのレジストデビルの付与など如何でしょう。ダメージの軽減も魅力的ですが言霊といった搭乗者を無力化する魔法への完全体制を得られるのが最も大きな利点ではないかと」
「制御胞へのレジストデビルの付与‥‥」
手元の羊皮紙に彼女の案を書き記す傍から口を挟むのはヤングヴラド。
「残念だが言霊はレジストデビルでは無効化出来ないと思うのだ」
「だね」
言えば天使も大きく頷く。
「デビル共‥‥あぁ、こちらではカオスの魔物と言うのだったか。連中の言霊は魔法とは異なる。レジストデビルじゃどうしようもないよ。言霊に勝てるのは強い闘気だ」
「‥‥そういえば『罪なる翼』と名乗る魔物と相対した時に、戦って下さった冒険者の方々もそのような事を仰ってましたね‥‥」
「そうなのですか‥‥」
春陽は素直にそれを聞き入れ、次なるアイディア。
「治癒ポーションは如何でしょう。最近はジ・アースからの輸入も可能ですが、此方での生産も可能にしたいもの」
「ふむふむ‥‥」
「他にはデティクトアンテッドの効果を発揮する視覚装置ですね。石の中の蝶など、敵の存在を感知するアイテムは存在しますが位置の特定は出来ません。ゴーレムに組み込むことで位置や相手の力量を搭乗者の感覚として捉える事は出来ないでしょうか」
「魔物の位置や力量を知る‥‥と‥‥」
「それに、付与するとなれば定番なのはデビル、アンデッドスレイヤー能力、守備力上昇辺りが妥当であるか。ホーリーを打ち出す大砲も魅力的であるな」
「大砲、大砲‥‥それって精霊砲みたいなものでいいのかな?」
ヤングヴラドからも次々と出される案を、ゴーレムニストは丁寧に細かく記録していく。
「‥‥より高位のデビルとの戦いを考えると、シンプルに盾と矛‥‥ホーリーランスなどの強力な魔力で打撃を与えられるようになるのが望ましいと思います」
シャルロットも己の案を提示。
「胸部の鎧やマントなど装甲部分に白魔法の紋章を組み込むことでレジストゴッドを装甲、加護を受けるというのも出来るでしょうか?」
「‥‥僕、その白魔法はよく判りませんが、レジストデビルでダメージを軽減するのと、レジストゴッドで守備力を高めるの‥‥どちらが効率的なんですか?」
「――」
ゴーレムニストの問い掛けに、お互いの意見を検証し合わずにいた冒険者達は言葉を詰まらせる。案も出せば良いというわけではなく、もう少し冒険者側で話し合って欲しかったところだが、まずは全ての案を上に報告するとゴーレムニストは苦く笑う。
「ぁ‥‥それと、これは案とは異なりますが」
シャルロットは空戦騎士団を率いる者として、そのような特殊な武器は数量限定とし、使わせる騎士も功績に応じて選別した方が良いと語る。
「そうですね‥‥」
至極もっともな意見に、しかしゴーレムニストは曖昧に応じた。この場に、どうして対カオスの魔物武器をゴーレム用に作るのか。魔物と言えど、その大きさはゴーレムにとっては小さすぎて闘い難い相手、なのにわざわざゴーレム用として作るのは何故だと問い詰める者が不在だったのは、セレ側としては幸いだった。
「セレでは飛び道具を使うノルンが主力と聞くわね。作られる武器もノルン用なのかしらね?」
「大部分はそうなります」
ミーティアの問い掛けに頷くゴーレムニスト。
「なら、弓弦の音が魔を祓うという天界の魔法の弓を見せて貰った事があるけれど、ノルンの弓にこれを付与できれば魔物の弱体化を進めながら射撃が出来ないかしらね」
「なるほど‥‥」
「っていうか、武器に魔法付与するなら、まず人間用で試してみたら? 普通の武器で出来ない事がゴーレムの武器で出来るはずないもの」
次いで口を切ったラマーデに、天使は笑う。
「出来たよ。天界で行った時よりは多少時間が掛かったし、これがゴーレム用の武器となれば大きさの分だけ更に時間が掛かりそうだけれど、こちらの世界でも白魔法の付与は可能だ」
「そ?」
なら良いけど、とやはりマイペースなラマーデ。
「癒しの精霊の如く姿を消してもカオスの魔物を感知し制御胞から見る外部映像に映し出せれば便利ですねぇ」
「ふむふむ‥‥」
ギエーリの案も、もちろん記録。
と、静かに口を切ったのはそれまで他の面々の案を聞いていたジャクリーンだ。
「一つお伺いしたいのですが、ゴーレムの武具にもレミエラは装着出来るのでしょうか?」
「可能なはずですが‥‥実験して見ないことには、確かな事は言えませんね」
返答する青年に、ジャクリーンは、ならば自分が出そうと思っていた案を試してもらいたいと続ける。投じた武器が自ら自分の手元に戻ってくる効果のあるレミエラを存在を確認している彼女は、ゴーレム用の投擲武器にもこれを装着することを提示したのだ。もちろん、レミエラは入手経路が限られるため、実現可能ならばアイテムとして開発した方が無難ではあるのだが。
「あとは、相手の魔法を打ち消す矢等があると助かりますね」
「そういえば一度受けた攻撃は無効にするという厄介な魔法があるそうですから‥‥」
熱心に冒険者達の案を記録して行く青年の手は休む事がない。そんな彼と、もはや無益に言い争っているアイリーン、ユリエラの二人を見遣って肩を竦めたのはヤングヴラド。
「時にアイリーンどの」
「! はっ」
呼ばれた本人は咄嗟に背筋を伸ばして彼に応える。そんな反応を面白いと思いながら続けた。
「異郷の地での布教活動、大儀であるな〜感服なのだ」
「恐縮ですっ」
「しかして、貴殿は神聖騎士であろう? 布教に必要な能力を学び取っているのだろうか。クレリックから転職したということはあるまい?」
「はい‥‥」
「ならば布教が難航してるのも納得なのだ」
「ぁ、いえ‥‥私は布教をしているわけではないのです‥‥」
ただ、自分の使える白魔法が、他の精霊魔法に比べて格段に大きなダメージをカオスの魔物に与えられる事を知った工房長ユリエラから、これをゴーレムに転用出来ればより多くの人々を救えると聞かされた。その転用のためには、自分がこの世界でも神聖魔法を使える理由‥‥そのようなものを理解してもらうのが一番早いと思ったのだが。
「‥‥これも布教活動になるのでしょうか」
困ったように笑むアイリーンに、ヤングヴラドも穏やかに笑む。女性にはとことん紳士的なテンプルナイト。
「応援しているのだ」
「――ありがとうございます」
深々と頭を下げるアイリーンに、喧嘩相手を失ったユリエラが息を吐く。そんな彼女に声を掛けたのはギエーリ。
「いやいや、アイリーンさんの熱意には頭が下るばかりですが、ウィルの民が精霊や竜に向ける思いを癒しの精霊に向けよと仰るあの方御自身は、癒しの精霊への信仰を精霊や竜に向けられるのでしょうか?」
「ん?」
「それが出来ずば工房長閣下を頑なとは呼べぬのではありますまいか」
ユリエラを擁護するギエーリの発言に、しかし本人は陽気に笑う。
「あら、アイリーンはあれで結構柔軟よ。そもそも彼女にとっては精霊も竜も目に見えて「知っている」存在だもの。この世界を支えているのが竜や精霊だと聞けば感謝の心は生まれるし、私達と一緒に毎月の精霊祭も楽しんでくれてるわ。問題は、その聖なる母とやらを知らない私がどうやってその存在を認知するかよ」
「それなら」
不意に口を挟んだのは、所用を済ませて今この部屋に合流したリィム。
「天使さん‥‥つまり使徒であるレヴィシュナさんが実在してるのだし、目の前の存在を信じてみることから始めては?」
「――なるほど?」
リィムに応じるユリエラ。それにしてもアトランティスで生まれ育った鎧騎士達が随分と白魔法やら天使に詳しいもんだと感心する工房長に、ギエーリは失笑。
「つまり工房長閣下は、既にアイリーンさんを充分にお認めなのですね」
「当然。でなきゃ工房に入れやしないわ」
信頼あってこその『仲間』だ。
リィムと共に部屋に合流したイシュカやソードの意見も加わり、ゴーレムニストの青年が記録していったアイディアの一覧表は一応の完成を見る。あとは実験あるのみ。結果が出るまでは相当の時間が掛かるだろうが、セレの工房はこれに全力を尽くす。
ゴーレムに対カオスの魔物へ効果的な武器を。
それが彼女達の急務なのだから。
●
外では武闘大会が始まっていた。
城のバルコニーから筆頭魔術師ジョシュア・ドースターら側近を従えて観戦する王の御前で、セレの鎧騎士達が腕を競い合う。
その中にはオルステッド、勇人、天龍らの姿も。
ユアンの前で無様な姿は見せられないと語った通り、トーナメント式のこの試合で三人は順調に勝ち上がっていた。
そんな彼らの武勇を観戦していた日向が、アベルから聞かされた話に目を見開いたのは準々決勝が行われている最中だった。
「それ‥‥本当の話なのか‥‥?」
「ああ」
疑いの眼差しを向けてくる日向に、アベルの反応はどこまでも平静だ。
そこに声を掛けてきたのはリールとレイン、それにレラ。
「此処に居たのか」
「『暁の翼』の話をお聞きしたかったのに‥‥、探しました」
「そりゃ悪かったな」
レインに恨めしそうな目で見上げられた日向は苦笑して謝り、‥‥言葉を探すようにして告げる。
「『暁の翼』だが、近々本気で始動する事になりそうだ」
「! 本当ですか?」
嬉しそうに応じるレインに、日向もアベルも頷くが、しかし始動する事がなければどんなに良いかと、心の奥底では願わずに居られない。
「そちらも頑張らないとな!」
リールも意気揚々と語りながら、視線が周囲を彷徨う。それが誰を探しているのか察した日向は苦笑を漏らして反対側の森を指差す。
「リラなら、エイジャ‥‥だったか? 彼らの墓の方に行ったぞ」
「っ‥‥そ、そうか‥‥」
見抜かれたと頬を染める彼女は、しばらく考えた後で日向に片方だけの貝を見せる。
「‥‥? それ、貝合わせのか?」
「ああ。‥‥日向殿、以前はありがとう。――ちょっと行ってくる」
「‥‥ああ」
小走りに森へと向かうリールを見送る日向に、レインが遠慮がちに声を掛ける。
「何か、あったんですか‥‥?」
「‥‥ちょっとな」
答え、ポンとその頭に手を置いた。
出番を終えて自分の席に戻った勇人は、その周りに集まっていたユアンや石動兄妹から少し離れた場所で、難しい顔で佇んでいるカインに気付いた。
ユアン達には天龍が声を掛け、気を引いてくれている。ならばこれも良い機会だ。
「――で、そんな面して今度は何を始める気だ、カイン?」
「え゙‥‥」
唐突に切り出せば、相手は動揺して素の反応。
「な、なにって‥‥別にっ?」
ムキになって否定する相手に、勇人は思わず笑いそうになった。
「ったく‥‥油断するといつの間にか勝手に決めて動こうとするからな」
苦笑交じりに言ってやれば、カインはがっくりと項垂れて情けない顔。
「アンタといい、天龍やイシュカといい‥‥何だってばれるかな‥‥」
「判り易過ぎるだろ」
「それにしたって直接聞いてくるかっ? こういう時はこう‥‥アベル卿や、セレの重鎮達とかさっ、怪しそうな周りの連中から探りを入れないか、普通っ」
「そんな回りくどい事をするように見えるか、俺達が」
それこそ、もう短い付き合いではない。そっちこそ判れと言いたい冒険者達だ。
――‥‥何か決めた事がおありですか‥‥?
イシュカはカインにそう聞いてきた。これまでの経緯で、自分勝手に決めたせいで問題を拡大させた張本人が彼。なればこそ全員に話して欲しい。力になりたいと思うのは自分だけではないと、‥‥説得させられそうになった。
何とかそれをかわせば、今度は天龍だ。
出来る限り力になるという、向けられる言葉が相手の本心だと判ればこそ言えない事があるのに、‥‥言ってしまいたいという気持ちにさせられてしまった。これからも辛うじて逃れたばかりだというのに、勇人までが。
アベル卿や、自分を良く思わない連中に聞けばあっさりと聞き出せたかもしれないのに、直接本人に聞いてくる。
言葉をくれる、――どうしたってそれは明かせないのに。
「巻き込みたくねぇってのはいい加減無しにしようぜ? 相談の一つもしてからだろ、そういうのは」
「‥‥それは、そうなんだが‥‥」
もしも関るのがセレの国だけであれば、話せたかもしれない。
行くのが自分だけでも甘えれたかもしれない。
だが、これは。
「‥‥必ず、生きて戻るから‥‥」
「――カイン?」
「だから今は何も聞かずに‥‥っ、話せるようになる日を待っていてくれないか」
「‥‥」
「頼む、約束する‥‥必ず戻る。だから、もしユアンや石動兄妹が君達に何かを頼んで来ても、‥‥待っていて欲しい」
勇人は無言で相手を見据えた。
カインが切実にそう望んでいるのが、判ったから――。
リラは一人、仲間達が花を添えた大樹の前に佇んでいた。
その姿を確認したリールは一度立ち止まって深呼吸をすると、意を決し彼に近付く。
「リラ殿」
声を掛ければ、彼は普段通りの穏やかな笑みでもって彼女を迎えた。
「‥‥今日はありがとう。エイジャ達も、君達に弔ってもらえて喜んでいるはずだ‥‥ユアンもあのように成長した姿を見せられて、‥‥安心しただろう」
本当にありがとう、と。
その感謝の言葉が気になった。以前、セレの温泉宿でも彼は同じ言葉をリールに告げ、それが彼女の不安の種になった。
「‥‥違う」
そう。
いまも、あの時も、何かが違うのだ。
「リラ殿、‥‥何を考えてる?」
無言で視線だけを向けてくる相手に、リールは更に言葉を紡ぐ。
「カイン殿もだ。我々に何かを隠している‥‥まだ話せないのなら、今は‥‥、だがリラ殿の周りには、リラ殿を大切に思い、力になりたいと思う仲間がいる」
訴えるリールに、リラは何も言わない。
語らない。
「‥‥何も言わず、危険な何かをしようとするなら、皆は怒る。そして、哀しむ」
「リール殿‥‥」
「皆がいれば何でも乗り越えられる。独りではないよ、リラ殿」
手に手を重ね告げる言葉は、相手の心に届くだろうか。
隠された言葉を引き出す事は出来るだろうか。
「‥‥決して独りではないんだ‥‥、――‥‥愛している」
真摯な想いは、その心を解かす事が出来るだろうか‥‥?
「‥‥ありがとう。君の想いは、とても嬉しい‥‥だが、すまない」
「ぇ‥‥」
「私は、君の想いには応えられない」
「――」
「すまない。だが、‥‥もう私に関るのは止めてほしい」
「リラ殿‥‥っ」
「すまない」
繰り返す侘びの言葉と共にリラはリールとの距離を取る。それは突き放すように躊躇なく、立ち尽くすリールを置き去りに、行ってしまう。
リラからリールに告げられた言葉は、別れを意味するものに他ならなかった。
●
「サイテーだな‥‥」
「‥‥盗み聞きの趣味ほどではないと思うが」
森の中、苛立ちを露にした日向の台詞に、リラは苦笑を交えて皮肉る。その皮肉は、何の意味も為さなかったが。
「‥‥行くんだって?」
「‥‥アベル卿に聞いたのか」
疑問には疑問を返し、睨まれる。それが答えでもあった。
「本当にあれで良いのか」
「‥‥生きて帰れる保証など何もない」
「それでも行くのか」
「皆を守るためだ」
その返答には無言で相手を睨みつける日向。
リラは、微笑った。
「セレの護りは任せる」
「――‥‥っ」
それきり立ち去る彼は、北へ。
「必ず生きて戻れ‥‥!」
言い放った言葉に、ただ、リラの長い髪が揺れた。
北へ――その先にあるのは、リグの国。