●リプレイ本文
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「かーえーでさん?」
冒険者街の一角、レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)は友人の彩鈴かえでを依頼で受けた地霊祭に誘おうと声を掛けたのだが、当の本人は膝を抱えて座り込んだまま何やらぶつぶつと呟きながら、辺りの空気を重苦しく淀ませていた。
背後の水霊フィディエルは敬遠するようにレインの背後へ身を隠す。
「あの‥‥大丈夫ですか‥‥?」
遠慮がちにぽん、と肩を叩けばようやく気付いたのか。
「‥‥おやぁ、レインちゃんじゃないかぁ〜どしたの〜?」
どうしたの、は此方の台詞だと思いつつ、レイン。
「あの‥‥セゼリア夫人からギルドに依頼があって、これから地霊祭に参加するんです。かえでさんも、一緒にどうですか?」
「ちれーさい‥‥?」
かくり、と小首傾げて数秒の沈黙。
レインも何も言わずにじっとそんなかえでを見ていたけれど。
「かえでさん‥‥?」
次第に彼女の姿勢が再び沈没しようとしている事に気付き、慌てて言葉を繋ぐ。
「あ、あの! 何があったかは判りませんがっ、お祭ですもん、賑やかですもん、きっと良い気分転換になりますよ!?」
「気分転換‥‥」
「はいっ! そ、それに‥‥あの、ぁ、アルジャンさんも一緒ですし‥‥」
「――」
名前を口にするだけでも頬を染める少女からは、まるで花が綻ぶように甘い匂いが。
「行く」
突如として立ち上がったかえでは、レインの手をぎゅっと。
「行く、絶対行く!」
「??」
急に元気になった少女を前に、レインの脳内には「?」が飛び交った。
かえでを迎えに行ったレインを待つ間、待ち合わせの場所に集合していた面々はそれぞれに珍しい地霊祭の内容を思い返して頭を捻っていた。
「地霊祭がお掃除と再利用? えー‥‥っと、精霊からの恵みを余すところなく最後まで使い切ることで精霊への感謝の気持ちを表す、のかしら」
しばらく考えて出た結論に、しかしラマーデ・エムイ(ec1984)は自身で納得がいかない様子。同伴した馬のセロ、ボーダーコリーのオロが主人に習うように揃って首を傾げる姿は愛らしく。
「‥‥お祭りのやり方は土地ごとで様々だけど、さすがにあの奥様のトコは変わってるわねー」
うん、セゼリア夫人の処だから変わっているのだと、そう考えれば納得だ。
どんな形であろうとも大切なのは精霊に感謝する気持ち。久々に夫人の牧場周辺に住んでいる子供達とも再会出来るのだと思えば、張り切らないわけにはいかない。
そんなラマーデの傍には、同じく夫人と以前に面識のあるソード・エアシールド(eb3838)やルスト・リカルム(eb4750)の他、セシリア・カータ(ea1643)も久々の再会になる。
そして。
『レインはー?』
『はー?』
月の精霊ルーナのアリスと、地の精霊アースソウルのアルテミシアに見上げられてそっと笑むのはアルジャン・クロウリィ(eb5814)。
「もうすぐだよ」
両手で精霊達の――もはや娘と表現しても差し支えない少女達の頭を撫でる彼の眼差しも、すっかり父親のもの。
しばらくして、かえでと共に皆の元へやって来たレイン。
「遅くなりました!」
ぺこりと頭を下げる、その両腕に触れる娘達は、彼女が連れている水の精霊フィディエルとも笑みを交わし。
「やっほーカエデ。もうボケボケは治った?」
「うっ、た、たぶん?」
前回の依頼も一緒だったラマーデには些か緊張気味の表情を見せたかえでに、本人は気付いたかどうか。
「これで全員揃ったわねー、じゃあ出発よー」
ラマーデの先導で、行き先はセゼリア夫人の牧場。
『行こーレインー』
『レインー』
「あ、えっと‥‥」
月霊、地霊に手を引かれ、水霊に背を押される彼女を見て、アルジャンは胸中に思う。
さながら家族参加、未来予想図のようだと。
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徒歩で数時間。セゼリア夫人との待ち合わせ場所に辿り着いた冒険者達を出迎えたのは、夫人は勿論のこと、彼女の牧場周辺で農業を営む家の子供達。
「お姉ちゃん! お兄ちゃん!!」
わっと集まってくる子供達に、冒険者達も笑顔。
「まぁまぁまぁ‥‥っ、今回も来て下さったのね!」
顔馴染みの冒険者達に歩み寄り、軽いハグで再会を喜ぶセゼリア夫人。
「少しばかりご無沙汰してしまいましたが、お元気でしたか? 今日はよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるレインには「こちらこそ」と微笑み、お気に入りなお嬢さんの知己であるルストには。
「まぁぁぁっ‥‥!」
頭上に猫さんキャップの彼女に両腕を広げて歩み寄る夫人だったが、ルストは両手を前に突き出してストップの意思表示。
「いつも世話になっているあの子が今回は来れなくなったので、そのお詫びと言うか‥‥いえ、何処に居るのかまでは判らないのだけれど」
彼女の不在に哀しそうな顔をする夫人が事情を知りたがるからルストは必死に弁明。
「帰郷中なのは間違いないから、詳しくは本人が戻ってきてから直接聞いてもらった方が‥‥」
じりじりとにじり寄って来る夫人から距離を取る。
抱き付き禁止、これ以上のコスプレ却下。
その反動が次に会った時の彼女に降り掛かろうが問題ではない。
(「心配してくれる人を放っておくバチだ」)
甘やかすばかりが愛情ではないのである。
そんな一騒動もありつつ、いよいよ村の掃除を開始した一行。
手を怪我しないようにというルストの配慮で準備された全員分の手袋と、ゴミを入れるための麻袋。先ずは全体のゴミ拾いからだ。
「とりあえず、私は生ゴミ用と不燃ゴミを分けて捨てられるように袋を二つ持つけれど」
「なら私もそうするわねー」
掃除はあまり得意ではないラマーデだが、手伝う意欲は充分に、てきぱきと動くルストに応じる。
「あとは‥‥そうね。袋に入れられるゴミは良いけれど、でかいのは邪魔にならない場所に運んでおいて、あとで纏めて破棄するのが良いかしら」
「でしたら、それは私が」
その意見に応じたのはセシリアだ。
女性と言えど騎士、力仕事なら任せて欲しいと彼女は言う。
「袋に入れる時には、これから使えそうな物と、そうでない物も分けておくと後で楽かもしれませんね」
「はーい!」
レインが言えば、周りの子供達が元気良く返事。
「では行こうか」
ソードの号令にも子供達は元気に応じ数人が一組になって村全域のゴミ拾い。‥‥のはずだが、妙にはしゃいでいる子供達は袋を持って走り出した。
「一緒に行ってはどうだ?」
アルジャンが娘達に声を掛けるも、地霊はよく判らないと言いたげに小首を傾げ、月霊は俯き、ぎゅっとアルジャンの服の裾を握り締める。
「まだ慣れなくて緊張しているんですね」
精霊達に微笑んだレインは、そっと手を差し出す。
「一緒に行きましょうね?」
『さぁ』
そんな彼女に習うように、同じくフィリアクアが手を差し出すと、嬉しそうに笑う娘達。その周りをレインが連れてきたボルゾイが駆け回れば何というか、‥‥良い光景だ。
「あの方はレイン嬢とはどういうご関係ですのっ?」
「えー? なんだろねー恋人? 婚約者? そんな感じの甘い関係だよ〜♪」
コソコソと言い合うセゼリア夫人とかえでの会話など知る由も無く、当の本人アルジャンの表情は、とても幸せそうだった。
「これはどうかしらー?」
ラマーデが拾い上げて聞くのは二〇センチ程度の木材の欠片。
「‥‥さすがに無理ではないだろうか? もう朽ちていて、‥‥触ると崩れそうだ」
「なら燃えるゴミねー」
ソードの意見を聞き、それを可燃ゴミの麻袋に放り込む。
一方、ルストが連れて来た火霊のヴォルケスは精霊の娘達とは逆に自ら意欲的にゴミ拾いに参加。先ほどから何度も褒められたり、怒られたり――。
「ヴォルケスっ、それはゴミではなく蛇よ!」
『よ?』
語尾を真似て小首を傾げる、その手に握られて威嚇の声を上げる十五センチ程度の小さな蛇が少年の腕に噛み付こうとするのを間一髪で避けたルスト。
「はぁ‥‥ヴォルケス、頼むから危険な動物まで一緒に拾わないで」
『で?』
かくり、不思議そうに自分を見上げてくる子供に肩を竦めたルストは、無意識に懐の中の煙草に手を伸ばし、口へ。
「――」
それを咥えたまま、しかし周囲を見遣って手を止める。
「タバコを吸いながら、は流石に拙いわよね。やっぱり」
ぽつりと呟くとタバコを懐に戻す。
「‥‥後で」
冒険者たるもの、やはりいつだって子供達の良い見本でなくてはならない。
「これ‥‥もゴミ扱いで良いのでしょうか?」
「構わないと思うが」
ある民家の軒先に積み上げられていた、割れた食器類に目を止めたレインが言うと、アルジャンも同意。割れた原因は夫婦喧嘩らしいが、これは再利用のし甲斐が有る。
「どんな風に使いましょう‥‥木材なんかだと、子供達のための遊具が良いかなと思ったんですけど‥‥あ、後は樹や鳥や、花の種類、名前、絵を書いて村の案内板みたいなものを作成して立てておくのも良いかな、って」
それが村の人々の文字の勉強に役立てれば今後のためにもなるし、いつか子供達と、この案内板を使った宝探しゲームなどが出来ると楽しそうだ。
そんな話をアルジャンとしていた最中、不意に彼の視線が別の家屋に止まった。どうしたのかとレインもそちらに目を向けると、壁の掃除をしていた村人の姿が。
「あの方も地霊祭に参加中なのでしょうか」
レインが言い終えるよりも早く、足早にそちらへ歩み寄るアルジャン。
「失礼だが‥‥そのように力任せで拭いても汚れは取れないだろう。出来ればお湯を沸かし、熱い布を押し当てるようにしなければ」
「なるほど」
納得した村人が、早速湯を沸かしてきたのでその場を離れると、レイン。
「アルジャンさん物知りですね‥‥」
言われた彼は苦笑した。
娘達が成長してからは必然家事も多くなったため、最近は掃除一つをとってもつい凝ってしまうのだ。自分でも所帯染みていると呆れてしまうが、‥‥そんな生活も楽しいのだから仕方ない。
「話の途中にすまなかった。――子供の遊具を作るというなら、もちろん僕も手伝うよ」
「はい!」
ありがとうございますと喜ぶ彼女の笑顔には俄然やる気になるアルジャンだ。
こうして村中を一通り歩き回った冒険者達は、いっぱいになった麻袋を一箇所に集めた後で、今度は家屋の点検班とゴミの仕分け班に分かれて行動した。一目で再利用が出来るものについては各自で分別していたが、それ以上に微妙な物がたくさんあったからだ。
魚や動物の骨、野菜の切れ端などは地中に埋めて土地に還元。小さな木端や端切れ、使い古した衣類に壊れた家財道具、割れた焼き物などなど。
家屋の点検班に加わっていたラマーデは、壁に開いた穴や、隙間風が入る扉の立て付けなどを確認しながら、外壁を塗り直している一軒の家屋に気付いた。
「んー‥‥?」
何かに使えそうだと頭を捻ること数分。
自分達が拾い集めたゴミの中身を思い出し、ラマーデは思いつく。
「あ!」
急いで皆の処へ戻り、再利用に悩んでいる割れた焼き物を確保。
「ねぇ皆、この破片を色々な大きさで割って欠片にしておいてくれる?」
言われた子供達は何のためにと不思議そうだったが、
「それは出来てからのお楽しみ♪」と言われてしまえばその気になる。
「絶対に教えてね!」とラマーデに約束してもらってから、皆で木槌を手にそれらを割り始めた。
「‥‥ラマーデ嬢、そろそろ宴の準備があるが」
「そっちはお願いねー!」
ソードに、そう手を振って応じたラマーデは下準備のために、先刻の家屋へ。
「宴の準備ならば僕が手伝うさ」
新鮮な食材を使えるとくれば此方も腕の揮い甲斐がある、とアルジャン。娘達のため鍛えた腕を皆に披露する良い機会だ。
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皆で清掃し、すっかり綺麗になった村は、目に見えるわけではないけれど空気が澄んでいるように思えた。
風は心地良く、不思議と川のせせらぎの音まで聞こえてきそうな清浄感。
そこに漂う、新鮮な食材を煮込んだ鍋の匂いが重なれば食欲を刺激されないわけが無く、子供達はすっかり空腹になったお腹を抱えて「いただきます」の号令を待つ。
治癒魔法を扱えるルストのお陰で怪我人もなく、レインやアルジャンの発案で村の広場の一角には子供用の遊具が新たに設けられ、また名前も知らなかった樹や花の傍には、レインの植物知識によって名前が書かれた札が掛けられたり、立てられたり。その札に書かれた文字を冒険者と子供達が一緒に読み上げながら歩く姿に、夫人はすっかりご満悦だった。
そんな彼女に相談を持ちかけたのはソード。
「ここの牧場に生えている草木を、少し戴けないだろうか?」
「ええ、それは構いませんけれど‥‥またどうして?」
「ご機嫌を取らないといけない者がいるので」
そうして苦笑するソードの表情から何を読み取ったのか――いや、勘違いしたのか「まぁまぁ‥‥っ」と頬を染める夫人。
「そうなのっ、そう貴方もとうとう‥‥っ! それは是非にお持ち下さいなっ、ええ、うちの草木でよろしければ是非!」と妙に力の入った返答。牧場に咲いていたタンポポを、陶器の欠片に土を盛って此れに植えるというソードの考えた『贈り物』に夫人は明らかに誤解したが、‥‥良いのだろうか。
「出来たわよー!」
さぁこれから地精霊に感謝する宴の始まりだという時分になって戻って来たラマーデは、仲間や村の人々を例の家屋の前まで案内する。
お披露目までの時間稼ぎも兼ねた簡易カーテンの裾を握ってラマーデ。
「ご覧あれ♪」
バサッとカーテンを取り払ったそこに現れたのは、古びて塗り直しが必要だった壁一面に描かれたモザイク画。子供達が一生懸命に割った、不揃いな大きさの欠片をバランス良く配置し、絵全体に広がる融和。
「題して『牧場の夜明け』完成☆ 奥様と子供達と、動物達と‥‥」
ゴミ拾いから始まり、皆で集め、割り、協力して完成された一つの絵。
「私から、この村の地霊達への感謝の気持ちよ」
「うわあ‥‥っ」
にっこりと笑むラマーでに子供達が近づく。
心からの感謝を告げるセゼリア夫人と。
「すごい、すごい、お姉ちゃん天才!」
口々に感動の言葉を紡ぐ少年少女の中には、ラマーデが込めた精霊への感謝の気持ちを感じ取ってか、冒険者達が連れて来た精霊達の姿も。
そんな娘達を見守るアルジャンに、レインは微笑。
「お父さんの顔になってますよ?」
「む」
指摘された彼は緩んだ顔を隠すように手を添えるが、そんな彼も好きだとレインは思う。
「素敵なことだと思います。人間と精霊、存在そのものは違っても、ちゃんと家族なんですもの。心の通い合った、家族」
告げるレインの横顔に。
「家族、か」
アルジャンは咳払いを一つ。
「‥‥そろそろ、時期も良いだろうか?」
「――」
え、と。
一瞬頭の中が真っ白になって彼を見返すだけのレインだったけれど、その頬はゆっくりと朱色に染まり、告げる答えは決まっていた。
愛し合う二人に精霊達の祝福あれ――。