探偵遊戯〜晴れの日の君に贈る〜
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■ショートシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月03日〜06月08日
リプレイ公開日:2009年06月11日
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●オープニング
●天界娘の嘘くさい要求
もう間もなく六月を迎えようというウィルの国の冒険者街を、滝日向は懐かしさすら感じながら歩いていた。
近頃は縁の出来てしまった分国セレに赴く事が多く、更にはカオスの魔物やら一癖も二癖もある爺様やらと係わる事が多くて心休まる時が無い。
「‥‥」
いや。
無いでも無いが、あれだ、うん。
「そういや六月か‥‥」
故郷、地球であればメジャーな六月の一大イベントを思い出しながら、何故にそれがアトランティスで頻繁に耳にするのか不思議でならない。そんなものを言い触らしているのは何処の誰か。
「日向くーん!」
「――」
背中に掛かる呼び声にピタリと足を止め、日向。
「おまえかっ」
「! なんにゃのひひあい!」
振り向きざまに両の頬を掴まれて必死に抵抗するのは彩鈴かえで、冒険者街で道案内のような仕事をしている女子高生だ。もちろん日向も本気で抓んだわけではなく、すぐに解放して続ける。
「自業自得だ阿呆、異文化交流もいいが地球のイベント何から何まで実行しようとするのは止せ」
「何の話っ、あたしが何したって!」
「六月の花嫁は幸せになれるとか言い触らして結婚式ブーム巻き起こそうとしているだろ」
「誤解だよっ、広める前から皆が知ってたもん!!」
つまり広める気は満々だったらしい。
日向は頭を抱える。
「あのなぁ‥‥そういうのは時期が来れば自然にそうなるもんだろ。六月に合わせて無理矢理くっつけたって意味無いぞ」
「それはそうだろうけど‥‥って、なんで日向君に説教されているの、あたし!?」
「どうせまた六月の花嫁イベント手伝ってーとか言うつもりだろ」
「また誤解だし!」
かえでは心外だと声を上げ、大袈裟に肩を落とす。
「ひどいよ日向君‥‥女子高生の繊細な心は傷付いた‥‥っ、あたしの事、何だと思って‥‥っ」
「ぉ、おい‥‥」
「ヒドイ‥‥ヒドイよ日向君‥‥ヒドイっ」
およよとその場に膝から崩れ落ちたかえでは地面に手を付き、泣き真似。そう。真似だとは判っているのだが、姉が二人いる元探偵は女性に泣かれて平然としていられるような男ではなかった。
「待て、悪かった。俺が悪かったからとりあえず立って‥‥」
「じゃあお願い聞いてくれる?」
「――」
くるりと振り返るなり、口元に両手を重ねて上目遣い。
日向は硬直。
「あのね、あのね、セレ出身のすっごい腕の良い細工師がウィルの山奥に住んでいるんだって! エルフさんだからやっぱり森の中が住み易いのかな‥‥って、それは今は関係ないんだけど、その人にオリジナルの指輪を作ってもらいたいんだよ。でもほら、あたしは冒険者街から離れられないし、このご時世じゃ旅の途中に魔物やモンスターに襲われることだって有り得るし、そんなの只の可愛い女子高生じゃどうしようもないでしょ?」
日向、引き続き硬直。
「だからね! 日向君に代わりに注文して来て欲しいんだ、ほらこれがデザイン画」
そうして手渡された羊皮紙には一本のチューリップが円を作った愛らしい指輪の絵が描かれていた。どうやらかえでの直筆らしい。前回の楽譜といい芸術面には意外な才能を発揮する少女に驚きもするが、それよりも。
「あ、どうせなら日向君も何か作って貰ったら? ちょー有名な細工師さんだから予約取り付けるの大変だったんだよー、せっかくだから五つまではOKって話つけちゃった♪ この機を逃したらきっと次はないと思うんだけどな?」
明らかに何かを狙っている少女に、引き攣るのは日向のこめかみ。
「‥‥あのな、かえで」
「ん?」
うっきうきの表情で聞き返してくる少女へ、日向は何処から取り出したのかハリセン一発。
「それを確信犯って言うんだ阿呆!」
加えて、これを断れないのが日向である。
● 不器用な男達
「‥‥ったく、何で俺が‥‥」
かえでに手渡されたデザイン画を手に、冒険者ギルドに足を運んだ日向は、結局彼女に言われるがまま。とは言え、モンスターや魔物に遭遇して危険なのは彼も大して変わらないし、一人で山奥まで行くのも淋しい。だから同行者を募ろうと考えたのだ。
そんな彼の耳に。
「‥‥なぜ私があの方に殴られねばならないのだ‥‥」
真っ赤に腫らした頬を擦りながら歩いていたのはエルフの騎士。どこかで見覚えがあるような‥‥と己の記憶を辿っていた日向は聖夜祭に遡って思い出した。
「あぁ珍獣邸の子爵殿の友達か」
「っ、友達は違かろう!」
思わず言い返した彼は、‥‥しかし日向の顔に見覚えがない。
「‥‥失礼だが、どこかでお会いしただろうか」
「ああ。まぁ‥‥会ったと言うか、聖夜祭のパーティの時に少しな」
聖夜祭と言われればあの宴を思い出し、エルフの騎士ことアレックス・ダンデリオンも得心した様子。日向を覚えてはいないが儀礼的な挨拶は欠かさない。そうして何事も無かったかのように互いの進行方向へ再び歩を進め始めた彼らだったが、アレックスの難しい横顔は何かを悩んでいるのが明らか。日向としては、これを見て見ぬフリは出来なかった。
「おい、あんた。何か悩んでいるのか?」
「‥‥貴殿に話したとて何の解決にもならぬ」
「それは話してみない事には判らんだろう」
そうしてしばし見合う二人。先に折れたのはアレックスだった。
「‥‥指輪を、探しているのだ」
「指輪?」
「実は‥‥」
アレックスは深い吐息を一つ。語り出す頬を微かに赤く染め、言い難そうに事の顛末を説明した。曰く、愛する女性に求婚したところ彼女はこれを受諾、二人はもう間もなく夫婦になるという。しかし、その際に指輪を用意するのを忘れてしまい、‥‥彼女が気を悪くするというような事はなかったけれど、その後にも色々‥‥そう、色々とあったので何とか彼女に相応しい指輪を用意したいと考えたのだが、どの店へ入ってもこれと思えるものが見つからない。
挙句がこれだと腫れた頬を擦る。
「それで‥‥まさか彼女に殴られたのか?」
「いや、これは‥‥」
ごにょごにょごにょ。
言い難い事ならと日向もそれ以上の追求はしなかった、が。
「だが指輪って‥‥今あんたの左薬指にあるそれは何なんだ?」
「これは‥‥彼女からの贈り物だ」
指輪に右手を添えて、アレックス。
その表情は彼女を想うだけで得られる幸福感に満ちていた。だから日向は肩を竦める。
「だったら、一緒に細工師の処へ行くか?」
「なに?」
今度は日向が自分の事情をアレックスに説明。これは単なる偶然か、それとも六月の花嫁を祝福する何かの導きか。
「なら、交渉成立って事で」
「よろしく頼む」
男達はしっかりとその手を重ね合わせた。
●リプレイ本文
●
依頼当日。
山奥に住むというエルフの細工師の元を訪れる冒険者達は、道中の食事が保存食だけでは味気ないという意見のもと料理上手なアシュレー・ウォルサム(ea0244)やアルジャン・クロウリィ(eb5814)を中心に自慢の腕を揮っていた。
「それにしても見事ですね、アルジャン殿。アシュレー殿の手料理も勿論家庭的な暖かみがあって素晴らしいですが、アルジャン殿の料理は‥‥そう、芸術に近い」
アルジャンが握って卓に並べていた『おにぎり』を真顔で賞賛するシャリーア・フォルテライズ(eb4248)は、華岡紅子(eb4412)や滝日向(ez1155)の故郷ではピクニックのお弁当には『おにぎり』が付き物だと聞き知り、ルーケイの地からその材料たる『オリザ』を持参した本人だ。ジャパンから来られた方にはよく好まれますよと微笑みながら、ちゃっかりルーケイの食材を売り込むのはご愛嬌。
「それは褒め過ぎだ」と。
苦笑交じりに返すアルジャンは、しかし謙遜しているのかと思いきや。
「これは温かなまま食べた方が美味しいはず。このまま持ち運べば時間と共にオリザは冷め固くなってしまうだろう‥‥何とかして温かみを逃さないよう工夫しなくては、とても人様に出せはしないな」
「おおっ、さすがはアルジャン殿! 決して妥協しないのが職人魂、でしたら熱した鉄板の上に盛り付けると言うのは――」
「はいはい」
パンパンと手を鳴らした紅子は職人談義を強制終了。
「ピクニックのお弁当は冷めても美味しく食べられるから良いのよ」
「そうそう、大事なのは愛情だよ。ね、かえで」
紅子に続いてアシュレーも頷くが、そうして声を掛けられた少女は世界の果てまで逃避中。
「何であたしまで一緒に行く事になっているのかな‥‥あたしは冒険者街を離れられないから日向君に指輪の依頼を頼んだはずで‥‥そうだよ、あたしは離れられないんだよ、此処は冒険者街‥‥あはは、うん、あたし此処にいるじゃん!」
そんな女子高生にアシュレーは肩を竦めた。
「かえで。きちんと現実を見ないと」
「現実って何っ! っていうかどうしてあたしを誘ったかなっ」
「俺一人だと淋しいから」
「ケンイチさんとイチャつけば!?」
「男は要らなーい」
「謹んで辞退しますよ」
ケンイチ・ヤマモト(ea0760)を引き合いに出せば双方から即お断りの返答。
「だからって何であたし‥‥!」
かえでの苦悩はまだ続く。
そんな賑やかな面々から距離を置き、料理は任せたと旅の荷造りを担当していた日向に歩み寄ったのはレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)だ。料理の邪魔はしないよう庭で遊ばされていた精霊達やライオンの子がレインの接近に動きを止めて彼女を仰ぐが、それきり。レインも微笑を返すだけで、日向に声を掛けた。
「これ、まだありますか? シャリーアさん達の結婚のお祝いに差し上げたいのですが」
緊張気味の表情で、胸の前に両手の指で一つの形を作る彼女に日向はすぐに頷いた。
「ああ。部屋に保管してあるから好きなのを選んで持って行け」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに礼を言うレインは、しかし。
「どうした?」
日向が問えば、少女は言い難そうに口を切る。
「あの、‥‥日向さんは、六月の花嫁さんは幸せになれるというお話、あまり好きくないのです?」
「は?」
あまりにも唐突な質問に表情を崩す日向へ、少女は頑張る。
「天界のお話なら紅子さんもご存知でしょうし、‥‥喜んで下さるのでは?」
咄嗟には理解出来なかったが、少女の表情を見ていれば思い当たる節は多過ぎて。
「幸せだと色々余裕が出来るか?」
「っ、そういうわけじゃ‥‥っ」
顔を真っ赤にして反論する少女に日向は笑い、ポン、とその頭に手を置いた。
「そりゃ、な‥‥」
「日向さん?」
今度はレインが相手の様子がおかしいと気付く番。
けれど、聞き難くて。
迷っている内に待ち人来たる。
二人の話はそれきりだった。
●
見送り目的でアレックスと共に日向の家へ赴いたフルーレ・フルフラットは、アレックスとシャリーア、二人の手を両手で包み込み何度も上下させながら、
「いや、本当に良かったッス。親子喧嘩に命懸けだったらこんなコトは出来なかったですもん」と熱い想いを語っていた。そんな彼女から「他の皆さんも、是非とも楽しんで来て下さいねっ!」と千切れんばかりに振られた手に見送られながらの出発後。
「で、アレックスのそれは誰に殴られたのさ?」
「これは‥‥」
アシュレーに聞かれたアレックスは腫れた頬を手で覆い隠しながら視線を泳がせる。どうにも言い難そうな彼の雰囲気に肩を竦めたアシュレーは、しかし大方予想がついているようで。
「ま、指輪を作りに行こうって言うんだから、その繋がりなんだろうけど」
「うっ」
言葉を詰まらせる彼に、シャリーア。
「‥‥私のためにこんなになるほど頑張っていたのなら‥‥申し訳ないです‥‥」
傷を隠す手に手を重ねて見つめる瞳は潤んでいて。
「シャリーア‥‥」
「でも、そのお気持ちは大変嬉しいですよ」
ぎゅっ‥‥と彼の首筋に腕を絡めれば止まる歩み。
頬に落ちる柔らかな温もり。
アレックスは感極まって声を詰まらせた。
「‥‥すまない、私の不手際で‥‥」
「何を言われるのですか。私は嬉しいとお伝えしたのですよ‥‥?」
そうして互いの名を呼び合い、埋まる隙間に。
「はいはい、後はご勝手に〜」とアシュレー。
歩調を少し速めて前を歩く仲間達と合流。そんな彼らの話題も『指輪作り』‥‥かと思いきや。
「おかしいわね、今回の依頼はアレックスさんとデート出来るって聞いたのだけど」
「僕は日向とも交代でと聞いた気がするが」
紅子、アルジャンと真顔で続く台詞に日向が何もない道で躓き転びかける。
「おいっ」
多少語気の強い声を上げれば、二人は失笑。
「あら、冗談よ?」
「僕達とデートした所で楽しくなかろう。それぞれにお相手が一緒なのだからな」
「〜〜っ」
言われれば照れるのが日向とレイン。
ケンイチは穏やかな笑みで見守り、かえでは「ぐふふふ」と妖しい笑み。そんな彼女の背後から接近したのがアシュレー。
はぎゅっと後ろから抱き締めて、耳元に囁くのは愛の言葉?
「指輪が欲しいなら言ってくれれば良かったのに。かえでには俺から贈らせてもらうね♪」
「うぎゃっ」
可愛げのない叫びを上げて両腕をバタバタ、必死にアシュレーの腕から逃げようとするも絶妙に組まれた腕から逃げ出すのは至難の業。
こちらはこちらで放っておいて良さそうだと紅子は苦笑を零し、傍で顔を赤くしているレインを一瞥し、アルジャンに声を掛ける。
「何にせよアレックスさんとアルジャンさんには頑張ってもらわないと。シャリーアさんとレインちゃんの花嫁衣裳を早く見たいもの」
それに見送りに来てくれたフルーレちゃんも、と続ける彼女の言葉にアルジャンは「そうだな」と笑顔で応じたが、しかし意味深な視線を日向に向ける。敢えて言葉を発する事はなかったけれど。
お昼には、皆で作ったお弁当の他にもアシュレーが持参した桜餅やももだんご、饅頭、クッキー、ケーキ、ミックスベリージャム。夜にはこれらに加えてハーブワインなども振舞われた。
「昼と同じ内容では飽きるかもしれないが」
「そんな事無いです! アルジャンさんが作ってくれたお弁当、とっても美味しいです」
「それは良かった。レインが作ってくれたサンドイッチも美味しいよ――、一つ取ってくれるかな」
「あ、はい」
言われたレインは彼が好きな具材の入った一切れを取り、少し悩んでからこれを彼の口元へ。
「えっと‥‥あの‥‥どうぞ‥‥」
「う、うむ」
真っ赤な顔で言われればアルジャンも照れてしまう。そんな初々しい恋人達を取り逃さないのがデジカメ持参のレンジャー・アシュレー。
「あっ」
「ごちそうさま〜」
撮られたとレインが気付いても後の祭。今日一日で一体どれだけの写真が彼のカメラには納められた事か。
「‥‥このリンゴチップスは実に美味だな」
「アレックスの好みに合ったのなら良かった」
アルジャンから揚げる際のコツなどを学びながら愛する人のために作ったリンゴチップス。その本人から美味いと言われればシャリーアも本望で、そうして睦み合う二人も勿論カメラの中。
おにぎり、卵焼き、タコさんウィンナーに鳥の唐揚げと、日向が懐かしさを感じたメニューは紅子の作だ。
「美味い」
素直に喜ぶ日向に紅子は笑む。
「やっぱり、少し甘めの味付けの方が好きみたいね」
「‥‥判るか」
「判るわ」
得意気に笑む彼女を見ていると、暖かくなる胸の内。
食事を終えると、月精霊が舞踊る夜空にケンイチが竪琴の音を添える。一箇所に集まった女性陣は、これをBGMに紅子先生のメイクレッスン。
銅鏡など理美容一式取り揃えた道具箱を傍らに、白粉を刷毛で手に塗る。
「このまま直接顔に乗せると真っ白になり過ぎるでしょう? 余分な白さはここで落として、少な過ぎると思うくらいで丁度良いの。少し目を瞑っていてね?」
「は、はい」
些か体が硬くなっているシャリーアの鼻筋に置いた刷毛を左頬へ滑らせる。左から右、鼻の下、顎、額から鼻、首筋へと丁寧に白粉を伸ばしていった。
「わぁ‥‥」
じっと見ていたレインとかえでから感嘆の息が零れる。
紅子は磁器の皿に取った紅を細筆に慣らすとシャリーアの唇へ。
「さぁ、どうかしら」
「シャリーアさん、とっても綺麗です!」
差し出された銅鏡の中の自分に頬を染める彼女へ、レインが拍手と共に絶賛。
「普段のままでも充分綺麗だけど、いつもと違う雰囲気でアレックスさんもドキッとするかしら」
「行って来ます‥‥っ」
「あ、待って下さい」
慌てて走り出そうとしたシャリーアを慌てて呼び止めたレインは、荷物の中から小さな貝殻を取り出す。
「貝合わせって言う遊戯の道具なんですけど、ぴったりと重なるのは世界に一つ、対の貝だけっていう特性から夫婦や恋人達の贈り物にもなるんですって。ご結婚、おめでとうございます」
差し出された合わせ貝を、シャリーアは胸に抱き締める。
「お式には必ず呼んで下さいね? 張り切ってお祝いにいきますから♪」
「勿論ですよ、レイン殿!」
はぎゅっとして恋人の傍へ走るシャリーアを、三人は優しい笑顔で見送っていた。
そんな女性陣から少し離れて、男性陣。
「アレックスも日向も、新婚になるんだったらコレ着せないと」
アシュレーが言うや否や、ひらりと視界に揺れたふりふりエプロンに、言われた二人は酒を吹き出す。
「ちなみにオプションでこれだけしか着せないのも有りなんだよ?」
「‥‥!」
コソッと耳打ちされたアレックスは直後に立ち上がって反論し掛けたが。
「アレックス!」
恋人が駆け寄ってくる。
それも、紅子の手によって普段とは異なる色香を纏った彼女にはふりふりエプロンの幻が風に揺られてふんわりと、白い柔肌にそれだけが――。
「ヴホーーッ!」
「!?」
奇声を発して倒れる彼に。
「アレックス!?」
驚くシャリーアと、呆れるアシュレー。
「まだまだだねぇ」
「哀れな‥‥」
アルジャンは額を押さえて心から同情。二人で話したいからと、看病がてらシャリーアがテントの一つにアレックスと共に姿を消せば、
「僕もそろそろ休もうか」とアルジャン。
「えー夜はこれからだよ? せっかくの機会なんだし、レインの処に夜這いとか‥‥」
「残念だったな、アシュレー。僕はレインと同じテントで休ませてもらう」
「おや」
いつになく平然と言い切った彼へ、意外そうなアシュレーと目を瞬かせた日向。そんな彼らにアルジャンは続ける。
「日向パパが心配せぬように言っておくが、何もないぞ。初夏とはいえ夜は冷えるし、獣も出るやも知れない。離れて心配するよりは傍で護りたいと思うまで」
そこで言葉を切るも、アシュレーの反応を察したのか片手を上げて宣言。
「僕が獣にもならないよ」
「えー」
「誰がパパか」
それぞれに不服そうな二人だ。
その後、日向は紅子と一緒だろうから自分は是非ともかえでと、とアシュレーが輪を抜けると、日向が大袈裟な息を吐く。
「揃いも揃って『六月の花嫁』に浮かれてるな‥‥」
苦笑交じりの彼に、アルジャンは僅かに眉を顰める。
「それにあやかろうというのは、ついでだよ。かえでの企みとは別に、今が頃合だと見たんだ、僕は」
魔物達との戦いも、まだしばらくは続くだろう。
いま交わす誓いが戦の中で互いの力になるのなら、と。
「‥‥日向もそうではないのか」
真っ直ぐな視線に射抜かれて、これに誤魔化しは効かないと察する。出発前のレインと言い、実は似たもの同士なのかと思うと不思議と穏やかな気持ちになる。
「‥‥天界人ってのは国の保護で生かされてる。冒険者として立派に自活している天界人も、そりゃ大勢いるが」
最も身近な紅子がそうであるように、自分自身も出来る事をと努力しているつもりだけれど。
「今の俺には、約束出来る未来がまだ無いんだ」
男なら愛した女を自分の手で幸せにしたいと思わないか、そう言われてしまえばアルジャンに否はなく。
「難儀な男だな」
「鈍いよりはマシだろう」
いつぞやの大ホールを皮肉られれば苦笑うしかなく。
「祝福はしている、大事な仲間だ」
「ああ」
今はただ、それだけで――。
夜闇に沈む焚き火の傍。
薬指に銀の指輪を輝かせたレインの左手を握り締め眠るアルジャンがいるように。
「さぁ‥‥今夜は忘れられない夜にしようね‥‥?」
「そんな夜は要らないんだよーーっ!」
ドッタンバッタンしているアシュレーとかえでのテントに、
「‥‥あちらは随分激しいな」とシャリーア。
天然なのか些か迷う発言に、しかしそれどころではないアレックスの脳内にはふりふりエプロンが渦を巻く。
そうして、二人。
頬に掛かった髪に触れられ、ふと目を覚ましてしまった紅子は、意図せずに彼の声を聞いてしまう。
「‥‥もう少し、待ってくれ‥‥な」
低く。
決して自分を起こすまいと気遣うような声音に、彼女は。
「ん‥‥」
微かに身動ぎし温もりに寄り添う。
(「‥‥セレでした約束は忘れてないわ。私の未来は貴方と共にあるもの」)
心の中、彼の想いに応えるのだった――。
●
「あたし達が帰るまでに指輪出来ないの!?」
依頼3日目、山奥の工房に辿り着いた冒険者達は、アレックスからの指輪はダンデリオンの家名にちなんでタンポポをモチーフにしてはどうか、だとか。
自分はこんなのを! と些か興奮気味に説明していたかえでは、細工師の反応からその事に気付いて声を上げた。
冒険者達が望む指輪の細工には最短でも一日掛かる。
希望の数を完成させるには、とても今回の依頼日数では足りなかった。
「挙式の日までには全てご用意出来るよう努めますから」
式は六月の下旬。
その頃には、きっとまた『六月の花嫁』のための依頼がギルドを賑わせる事となるのだろう――‥‥。