【黙示録・死淵の王】決戦前夜

■イベントシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:27人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月19日〜06月19日

リプレイ公開日:2009年06月25日

●オープニング

 ● 友として

 ギルドに一枚の依頼書が張り出されたのは、隣国へ赴いた冒険者達がウィルに戻り、ホルクハンデ領及びクロムサルタ領の領主二人から託された依頼を代理で提出した直後だった。
「‥‥この依頼、私が責任を持ってウィルの冒険者達に伝えます」
「頼む」
 ギルド職員アスティ・タイラーの固い表情に、以前から縁のある冒険者達は「そう気負うな」と失笑。
「大丈夫だ、俺達は勝つ」
「はい‥‥!」
 冒険者達の――いや、職員でありながらこのような事を言ってしまって良いのかという戸惑いはあったけれど、友の、力強い言葉は何故かアスティを涙ぐませる。
「‥‥皆さんは、すぐにセレへ発たれるのでしょうか‥‥?」
「ああ。アベルが出してくれたシップが外で待機してくれているし、リグからの避難民達が続々とセレを目指している。これを手伝わないとな」
 そう応じたのは滝日向(ez1155)。彼も【暁の翼】の一人として戦の前線に立つことを決意している。彼だけではない。それこそもう長い付き合いになるリラ・レデューファン(ez1170)や、石動兄妹、カイン・オールラントはリグ領内の最前線に赴くというし、彼らから託された依頼内容を改めて見つめれば、それがどれほど危険な行為なのかは想像に難くない。
 だからこそ、アスティは。
「‥‥悔しい、です‥‥私はウィルの、此処で、‥‥皆さんに守られるだけなんて‥‥」
「それは違うぜ」
 冒険者の一人が言う。
「ウィルで仲間を集ってくれるおまえがいるから、俺達は安心して最前線に行けるんだ」
「皆さん‥‥っ」
 アスティは拳を握り、深々と頭を下げる。
「どうかご無事で!」
 その言葉で友を見送る。
 これが、いま出来る精一杯の事だから。


 彼らは行く。
 セレ分国へ――そしてリグの国へ。
 ただ一つ、カオス八王が一人『死淵の王』を討つために。




 ● 依頼

 依頼主はウィルの隣国リグ。
 その国王グシタ・リグハリオスがカオスの魔物に支配されている、その支配者の名を『死淵の王(しえんの王)』。
 リグの二大領地、クロムサルタとホルクハンデの両領主は王を救うために魔物との戦争を決意したが、自分達の力だけではとても魔物に及ばない。
 故に力を貸して欲しいという。
 敵の戦力は、未知数。確実なのはカオスゴーレムと呼ばれる巨大兵器をはじめとする魔物の大群がいることだ。
 また、黒騎士の名を持つフェリオール・ホルクハンデ(依頼主であるホルクハンデ領主の息子)が調査して来た事からも信用性があると見られる情報は以下の通り。

 ○カオスゴーレム(タランテラ:鉄製/20機・ブランル:合金/5機)
 ○キャペルス3機
 ○キャペルス改造型3機(黒鉄の三連隊専用機)
 ○イーグルドラグーン1機
 ○コロナドラグーン(竜騎士モニカ専用機)
 ○中型フロートシップ3機
 ○デグ、バガン、グライダー、チャリオット他適数

 対し、リグの此方側に数えられる機体は敵方の三分の一にも満たないが、分国セレからはノルン他相当数のゴーレム機体と鎧騎士達が派遣され、ギルドを通して参戦する冒険者達には、分国王コハク・セレのお墨付きという前提において、ギルドから必要数の援助が受けられる事になる。
 つまり、必要なのは冒険者達の協力。
 一人でも多くの、力を。




 ● 決戦前夜

「遣り残したことは無いか?」
 分国セレの一領地、ヨウテイ領内の主ことアベル・クトシュナスは、樹上都市を支える魔法樹の根元――あの日、親友達を弔った場所に一人佇むリラに声を掛けた。
「生きて戻れる保証など何もない。死ぬ時になって後悔しないよう、いま出来る事はしておけ」
「‥‥縁起でも無い事を言わないで頂きたいのだが」
 苦笑交じりにリラが応じれば、アベルは軽く肩を竦める。
「ま、半分は冗談だが」
 半分は、確率の問題で言うならば事実だ。
「全員が、生きて再び会えると信じてはいるが」
 アベルはそこで言葉を切り、息を吐く。
「‥‥信じてはいても、お節介を焼いてみたくなるのさ」
「‥‥本当に、お節介だな」
 返すリラの背を、アベルは叩く。
 そんな彼らに。
「何が好きで男二人でたそがれてなきゃならないんだ?」
 呆れた物言いで声を掛けて来るのは日向。
「そこに加わるおまえもどうかと思うが」
「誰が加わるか。連中が何処だと騒ぐから呼びに来ただけだ」
「‥‥確かに、日向にはたそがれる理由は無さそうだ」
「どういう意味だ」
「っ」
 ドカッと背後から膝の裏を蹴ればリラの長身が崩れる。
「‥‥日向」
「口は災いの元ってな」
 返して笑えば、アベル。
「おまえ達は仲が良いんだな」
「「誰と誰が?」」
 止めてくれと眉を顰める二人の言葉は見事にシンクロ、だからアベルは笑った。


 戦の前の、一時。
 それは緊張と強張りに覆われながらも、唯一の、貴重な一時――。

●今回の参加者

アシュレー・ウォルサム(ea0244)/ ケンイチ・ヤマモト(ea0760)/ ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)/ エヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)/ ディーネ・ノート(ea1542)/ セシリア・カータ(ea1643)/ 長渡 泰斗(ea1984)/ オルステッド・ブライオン(ea2449)/ 陸奥 勇人(ea3329)/ オラース・カノーヴァ(ea3486)/ シルバー・ストーム(ea3651)/ アリシア・ルクレチア(ea5513)/ 飛 天龍(eb0010)/ フルーレ・フルフラット(eb1182)/ ソード・エアシールド(eb3838)/ イシュカ・エアシールド(eb3839)/ シャルロット・プラン(eb4219)/ アリル・カーチルト(eb4245)/ キース・ファラン(eb4324)/ リール・アルシャス(eb4402)/ 華岡 紅子(eb4412)/ リィム・タイランツ(eb4856)/ アルジャン・クロウリィ(eb5814)/ 物見 昴(eb7871)/ セイル・ファースト(eb8642)/ レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)/ モディリヤーノ・アルシャス(ec6278

●リプレイ本文


 セレの地に鳴り響く竪琴の音は、ケンイチ・ヤマモトの竪琴の音。
 いまだ傷の癒えぬ身ながら穏やかな笑みで楽の音に聴き惚れている月姫セレネのために優しい曲を奏で続ける。この時間がせめて彼女の傷を癒す力になれるようにと。


「レイン」
 滝日向に呼ばれたレイン・ヴォルフルーラは、同時に小さな包みを手渡される。
「アルジャンと一緒に開けろ」
「え‥‥」
 最愛の人、アルジャン・クロウリィの名を耳にするだけで頬を赤くする少女には日向の方が照れてしまいそうで。
「ちゃんと渡したからな」
「は、はい‥‥っ」
 ぽんと頭を撫でたきり遠ざかって行く日向に何を渡されたのか気にはなったが、恋人と一緒に開けろと言うのなら、それまで待たなければ。
「アルジャンさん‥‥どこ、かな」
 そうして少女も動き出す。 




「ふらぐとは――」
 壁に向かって謎めいた事を呟くオルステッド・ブライオンに、師ジョシュア・ドースターとの面会を終えて‥‥と言うより夫殿とも会いたいという師と共に戻って来たアリシア・ルクレチアは怪訝な顔。
「オルったら何をぶつぶつ喋っているのかしら?」
「さて‥‥決戦を前に緊張でもしておるのかのぅ」
 些か的外れな事を言っていた其処に突如届いた声は夫婦の旧友ヤングヴラド・ツェペシュだ。
「そのような処で何をしておられるのか?」
 陽気な声に、考え込んでいたオルステッドが顔を上げるや否や接近した彼は友の手を取った。
「魔王アスモデウスを倒したオルステッド殿よ、余の次の相手はロシアの憤怒の魔王なのだ。次の獲物をどちらが先に仕留めるか、競争なのだ!」
 唐突な話の振り方に不本意ながら虚を突かれたオルステッドだったが、気を取り直せば何という事もない。
「‥‥魔王ベリアルを封じたヴラドさん、か‥‥何を言い出すかと思えば‥‥」
 あまり起伏のない調子ではあるものの声音に伴うのは確かな笑み。
「‥‥そうだな、死淵の王‥‥できれば私の手で仕留めたいものだ‥‥」
 そう返す彼の表情は、いつもの彼らしい顔。
 だからアリシアは安堵した。
「オル」
「‥‥ああ。そろそろ、か‥‥」
 二人の遣り取りを見てヤングヴラドは不思議顔。
「どちらかに行かれるのであるか?」
「‥‥ああ‥‥少し、リグの国まで、な‥‥」
「おお、そういえばウィルのギルドに奇妙な依頼が出ておったそうだの。それに参加する冒険者達はアベルがシップまでウィルに送るとか」
「‥‥その依頼主のマリンさんとは浅からぬ縁があるのでな‥‥」
「そうか」
 しかもそれが、リグの国の騎士達を戦わせる要因でもある人質の解放に通じるのだと聞けばセレの者達に協力しない理由はない。
「そなた達の成果次第でリグの戦力を大幅に削ぐ事も出来よう‥‥くれぐれも頼んだぞ」
「‥‥ああ」
「そうであったか、ならば余もオルステッド殿の武運を祈るのだ」
 旧友の励ましに夫婦は穏やかな微笑みで応じるのだった。


 同じ頃、やはりウィルに戻りマリン・マリンの依頼を受ける予定のセイル・ファーストは、自分と同じジ・アースから来て此処に居付いてしまい、長く故郷へ帰っていない人々のために、リラックスさせるという思いを込めて懐かしい世界の音楽を爪弾く。
 セレの樹上都市に紡がれる旋律は、戦を前に士気を高めるべく酒を飲み交わす人々にとっても効果的だった。
『‥‥ケンイチ殿の音楽はとても優しく癒されますが‥‥貴方の音色は、戦へ赴く者達への応援の歌に聴こえます‥‥』
 月姫セレネの言葉にセイルは微かに笑む。
 その頭上、夜闇に舞うは二頭の月の眷属ムーンドラゴン。一方は自分の愛龍だが、もう一方は戦友フルーレ・フルフラットの龍だ。その本人が今頃何処にいるのかは不明だが、彼女もまたウィルに戻りリグの国の人質救出作戦に参加するのだから、探さずともいずれ会える。
 今は、ただ。
 明日の決戦に向けて固くなっている騎士達の心を安らがせたい、それだけだ。
『貴方の名は?』
 月姫に名を求められ、彼は名乗る。
「ナイトのセイル・ファーストだ。よろしくな」
『セイル殿‥‥』
 セレネは彼の名を口にすると、甘い菓子を含んだように口元を綻ばせた。
『もっと‥‥もっとお聞かせ下さい‥‥貴方の楽の音を‥‥』
「ああ。任せておけ」
 楽しく、賑やかに。
 この一時、明日への痛みを忘れられるように。


 そうして龍をセイルに預けたフルーレが何処に居たかと言えば、一足先にこれからウィルへ向かおうというシップの傍だ。何故なら其処には、これから自分達を王都へ送るためアベル・クトシュナスが待機していたから――。
「アベル、さん‥‥?」
「ん?」
 シップの外側を点検していた彼に声を掛ければ、本人は何事も無かったかのような反応だ。だからフルーレは尚更緊張してしまう。武器の手入れ、体慣らし、乗騎であるグリフォンと対魔物の力になればと連れて来たムーンドラゴンの健康状態も確認して、明日の戦に万全の状態で臨めるようすべき事は全て成した。ならば後は何をしようかと考えたら、自然、彼女の足は此処に向いていたのだ。
「どうした。何か用があるんじゃないのか?」
「いっ、いえ‥‥」
 フルーレの声は僅かに上擦り。
「‥‥その‥‥」
 今度は緊張のせいで顔が強張って。
「なんだ、話も無いのに会いに来たのか?」
 そんな笑顔に緊張を解されて。
「‥‥ただ会いたかった、ではダメでしょうか‥‥?」
「いや。悪くない」
 来いと差し出された手に、手を重ねると。
「わっ」
 引き寄せられ、抱え上げられ。
 見上げられる形になってフルーレの頬が朱に染まる。
「ちょっ、ちょっ‥‥アベルさん!?」
「随分と慌てるんだな。あの夜はあんなに積極的だったのに」
「なっ‥‥」
 にやりと笑われて更に赤くなる女騎士に、アベルは実に楽しげに笑い、フルーレを地上に降ろす。
「ま、続きはまたの機会にな」
 言っている内に近付いてくる複数の足音はオルステッド達だろうか。
「性格悪いッスよアベルさん!」
 このままからかわれるだけなら仲間を出迎えようとフルーレが向けた背に、不意に落ちた温もり。
「っ‥‥」
 背と首の境辺りに走った甘い痛みに零れそうになった息を噛み殺す。
「きちんと帰って来い。この体、魔物共にくれてやる気はないからな」
「〜〜っ」
 全く油断も何もない。
 掌で隠したそこには、うっすらと赤い印が刻まれようとしていた。


「では、行くか」
 アベルに促され、冒険者達を乗せたシップは王都ウィルを目指す。
「‥‥この間の結婚式‥‥私の我儘を聞いてくれてありがとう」
 旅立つ夫へ、アリシアは告げる。
「私‥‥一生忘れません‥‥」
 目尻に涙を浮かべた言葉は、まるで。
「‥‥ドースターさん‥‥」
 去り際、筆頭魔術師の名を呼んだオルステッドの心の声を、老エルフは確かに汲み取る。
「気をつけての」
 必ず生きて戻れ、それが皆の思い。
 こうして誰よりも早くリグの王城へ侵入する事になる彼らの導いた結論を他の仲間達が知るのは、明日、決戦が繰り広げられる只中だ――‥‥。





 樹上都市から少し離れた地上で。
「よし。では、基本の型から始めるぞ」
 飛天龍の言葉に「はいっ」と背筋を伸ばして答えるユアン。二人は構え、共に拳で空を斬る。
「ハッ!!」
 素振りに風が唸り。
「セィァ!」
 振り切る足に大地の力。
(「俺達が居ない間にサボっていたとは思わないが」)
 そんな二人を黙って眺めていた陸奥勇人は、不意に天龍の視線を感じて頷き合った。
 成長している、と。
 それが二人共通して抱いた感想。
(「本人には言わないが‥‥ユアンが頑張っているのだと思うと、俺も頑張らねばという思いが強くなる」)
 天龍は心の中で語り、幼子を先導するように拳を突き出す。
 普段は必死に大人であろうとする子供だけれど、いま二人の前で武道の型を披露する表情は戦士のそれだ。ただ一心に、真っ直ぐに、強く在る事を願う姿。
「ハッ!」
 後ろ回し蹴りで、跳躍。
 着地。
「――ありがとうございます!」
 手を合わせ一礼する幼子に二人は笑んだ。
「少しずつだが、見る度に良くなっている。頑張っているな」
 そうして柔らかな髪を撫でてやればパッと輝くユアンの表情。
「本当!?」
 喜ぶ姿は一瞬前とは大違いの子供らしさ。
「まぁ今の段階としてはまずまずってトコか?」
 にやりと言ってやれば息を詰めるユアン。
「うっ‥‥やっぱり、まだまだだよね‥‥」
「冗談だ、大したもんだぜ」
「ああ」
 ポン、と勇人の手にも頭を撫でられたユアンは、彼と、そして天龍の手を見上げる。大きさは全く違うのに、どちらも同じくらい強くて。
 大切な人を守れる力を持った、掌。
「俺‥‥」
 ユアンはぽつりと零す。
 強くなりたかった。
 亡き養父の仇を取る為に強くなりたくて、その仇を彼らが取ってくれた後には、彼らに追いつくために強くなりたかった。
 けれど、今は。
「‥‥師匠、勇人兄ちゃん。‥‥手、繋いで貰ってもいいかな」
「ん?」
「どうした急に」
「え‥‥っと、‥‥ダメ、かな‥‥」
 慌てて一度は出した手を引っ込めようとする幼子にどうしたのかと思いつつも、二人は同時に手を差し出す。
「ほら」
「ユアン」
「――‥‥ぁ‥‥」
 右手を勇人と。
 左手を天龍と。
 繋いだ手は温かくて、‥‥優しい。
「‥‥俺、まだ全然弱くて‥‥師匠達と同じ場所で戦う事は出来ないけど‥‥でも、師匠達が帰って来る場所は、守るから‥‥だから、安心して、魔物退治して来てね」
 そして絶対に帰って来て。
「俺‥‥ちゃんと待ってる」
 何度離れても、次にはまたきちんと会えるように。
 胸を張って「お帰り」と言える強さが、ユアンが今一番に望む力だから。
「‥‥よし」
 勇人は頷く。
「では修行も手加減はしないぞ?」
 天龍が笑む。
 大丈夫。
 ユアンは、強い。
 そう天龍が心の中に語り掛けた相手は、セレの魔法樹の根元に眠る、一度として会う事のなかった――友。
(「いよいよ決戦だ。これ以上おまえ達のような者を増やさないためにも『死淵の王』を倒してみせる」)
 この幼子の未来を守る為にも。





「茶を点てるから道具を貸してくれ」
「――はい‥‥」
 長渡泰斗の唐突な言葉に物見昴は些か怪訝な顔付き。
「こんな戦も直ぐという時に、茶、ですか」
「難しく考えるな、戦支度の合間の一息というやつさ。リグ絡みの労いも兼ねてな」
 そう言われると断る理由は無いし、道具一式も揃っていたりするわけだが。
(「何というか‥‥」)
 セレの森の端、月精霊達の明かりだけが周囲を照らす夜闇の中、この相手と面と向かって茶を楽しむという雰囲気には程遠く。
「年明けはサンの茶だったが、今日は宇治の新茶だ。‥‥折角だしな、森の夜風に吹かれながらの野点と洒落込んでみるのも良いだろう」
 泰斗の思惑が読めず、昴は少なからず居心地の悪さを感じていた。
 と、そこに。
「いーかげんにしろっ!」
「笛を吹いてくれるぐらいいイーじゃない♪」
 森の夜闇の静けさをぶち壊す勢いで近付いてくるのは石動良哉とリィム・タイランツ。二人の状況を詳しくは知らないが、とりあえずいつものように良哉が逃げ回っているのは判った。
 だから昴はロープの端に錘代わりの石を結んで投擲。それに足首を巻かれた良哉は転倒。
「ぶっ、何だいきなり!」
「こっちに来い、美味い茶がある」
「茶!?」
 茶、それも美味いと聞けば良哉が素通りするはずもなく大喜びで昴の隣に鎮座。
「どこの茶だっ、お、宇治か!? すげぇすげぇ、サンキュー昴!」
 両手を擦り合わせて出されるのを待つ良哉にほっと安堵の息を吐いた昴だったが、同時に二方向から痛い視線を感じ、思わず目を逸らす忍だった。


「あー美味かったぁ‥‥」
 茶碗を両手で持ちほっと一息吐く良哉に。
「それは良かった」と泰斗は笑うが、‥‥目が笑っていない。
「で?」
「えっ‥‥」
 言葉は問い掛けだが、明らかな意思を含んだ目付きの意味は明らかで。
「あ、はいっ、ごっそさん!」
「良哉君?」
 両手を合わせるや否や飛び出すようにその場から走り去る彼をリィムが追う。そんなパラ二人組みに息を吐く泰斗。
「ったく‥‥」
 呆れたように呟き、再び湯を沸かす。そんな彼の指先を眺め、良哉には悪い事をしたのか良い事をしたのか悩みながら、昴も意を決したように疑問を言葉に乗せた。
「‥‥なぜ茶を?」
「言ったろ。息抜きと、リグ絡みの労いだ」
「それだけですか」
 そんな訳がないという思いを込めて言い返せば、泰斗は軽い息を吐く。
「‥‥まぁ、実家に諸々の報告をして来ただとか、実家は継がずに此方で家を興す事になりそうだとか、おまえに話す事もいろいろとあるが」
 何て事は無いと言いたげに語られる言葉は、しかし昴を驚かせるには充分で、更には。
「ま、何だ。とりあえず今日のコレは盃代わりだとても思っておけ」
 そうして差し出された茶碗には、宇治の新茶。
「‥‥盃代わり‥‥?」
 自分で復唱しながらも、理解するのにしばらくの時間を要する昴。
 ちょっと待てと自身の思考を制しながらも、行き着く結論は結局は同じで。
「受け取れ」
 泰斗が言う、その、あまりにも彼らしい態度に。
(「‥‥茶器で固めの盃か‥‥」)
 こんな時に?
 否、こんな時だからこそ。
 真っ直ぐに向けられる泰斗の視線を受けながら、昴は静かに茶碗を手に取った。


 一方、足早に二人のいる地点から遠ざかる良哉の顔は緩んでいて。
「良哉君?」
「友達の幸せってのは良いもんだ」
 うんうんと一人満足気。そんな彼にリィムは頬を膨らませる。
「もぅっ」
 自分自身はどうなのさ、と声を大にして言いたいリィムだったが、先日渡した指輪は彼の指には無く、本人同意の上で贈ったものではないから「どうして付けてくれないの」なんて身勝手な事も言えるはずがなく。
「‥‥良哉君は、女の子と付き合いたいとか思わないの?」
「は?」
 精一杯の譲歩でそんな事を聞いてみれば、当の本人は豆鉄砲を食らった鳩の顔。
「つーか‥‥」
 彼にしてみればそんな話で思い浮かぶ相手は目の前のリィムくらいで。
 とは言え最初が最初だけに、一体全体何を間違って彼女が自分を選んだのか理解出来ない良哉は、パラの男が他にいないだけじゃないのかと、そんな風に疑ってしまうのだ。
 何かを言い掛けた彼は、しかし。
「良哉!」
 不意に呼び掛けられて、言葉を詰まらせる。
 声の主を見遣れば立っていたのはキース・ファランだ。
「あのさ、今、少し時間良いかな」
「? 俺は構わないけど‥‥」
 チラと後方を見ると、リィムも諦めたように「いいよ」と。そんな彼女にキースも頭を下げた。
「ごめん、リィムさん」
「ううん。大事な用なんでしょ?」
「ああ‥‥」
 答えたキースが促した後方には良哉の妹、香代の姿が。
「? どうした‥‥」
 言う良哉に、答えたのはキース。
「あのさ‥‥良哉の事は義兄と呼びたいし」
「は?」
「こういう事は、ちゃんと伝えておかないといけないから」
 言い、キースは深呼吸を一つ。
 良哉の目を見、香代を見つめ、告げる。
「香代と、結婚させて欲しい」
「――」
 兄妹、固まる。
 リィムは「頑張れ」と心の中で彼を応援。
「俺に香代と一緒に幸せを築く機会をくれないか? これからを共に歩ませて欲しいんだ」
「待っ‥‥待て、そんな急‥‥でもないかもしれないが、それは‥‥っ!」
 先に我に返った良哉は妹の心情を慮って声を荒げ、当の本人は固まったまま言葉も無い様子。
 驚かせたのはキースも判るから、返事を急ごうとは思わない。
「答えは、いつでも‥‥リグでの戦争が終わってからで構わない。‥‥ただ、考えてもらえれば嬉しいと思う」
 ただそれだけでも、戦から生きて戻ろうという強い力になる。
 真っ直ぐに。嘘偽りの無い想いを語る彼に、香代本人はどんな言葉も発せられずにいた。考えてもらえればと彼は言うけれど――‥‥。





 ゴーレム工房に集まっていたのはアリル・カーチルトとシルバー・ストームの他、工房長のユリエラや白騎士のアイリーン、天使レヴィシュナら白魔法をゴーレム武器に転用しようと話し合う面々だ。
 更にはスクロールも転用出来ないかという話を受けてシルバーが出向いたわけだ、が。
「アイリーン。おめぇももっと民衆の前で一緒に祈ろうとか大きく呼び掛けてみたらどうだ? あんたがドレス着て笑顔で話せば、レヴィシュナの隣に居ても違和感無ぇ、もっと自信持てよ」
「‥‥っ」
「おめぇみてぇな綺麗な乙女に無事を祈られるとなりゃ戦士の奴等は皆安心する、賭けてもいいぜ?」
 傍に誰が居ようと変わらずそんな事を言う彼に。
「その歯の浮くような台詞はいい加減にしろっ!!」
 バチィィィン! と平手一発、容赦ゼロ。
「次は拳で行くぞ!」
 言い放った彼女はそれきり工房を出て行った。
「ふっ‥‥こうなる事は予想済みだ‥‥っ、まだまだ諦めないぜ俺ぁ!」
「‥‥あんたも懲りないわね」
 ユリエラも呆れるやら感心するやら。一人「精霊碑文を刻んだとしても碑文を学んだ者にしか使えないのであれば意味がないですよね‥‥」と真剣に考えているシルバーには天使が哀れだと肩を落とした。
 そこにやって来たのはヤングヴラド。
「アイリーン殿とレヴィシュナ殿を激励に来たであるぞ!」
 意気揚々と部屋に入ってきた彼は、しかし。
「はてさて、アイリーン殿は何処か?」
 それは、今は聞かない方が良いかもしれない。





「‥‥あ、あの‥‥ソード、いいですか?」
 親友のイシュカ・エアシールドに声を掛けられて『暁の翼』の仕事を進めていたソード・エアシールドは手を止めた。
「どうした、イシュカ?」
 聞き返す彼へ、人には聞かれたくないから外へと乞われればソードにも否はない。仲間にしばらく席を外す事を伝え、二人は外へ。
 静かな風だけが吹く夜闇に佇みながら、イシュカは深呼吸し語り始めた。
 ずっと気に病んでいたこと。
 苦しかったこと。
「‥‥出遭った時から、私が貴方を巻き込んでばかりで、護られてばかりで‥‥」
 その言葉にソードは眉を顰める。
「俺は巻き込まれたとは思ってない。あいつ等と一緒で、お前を助けたいと思って村やお前の師匠からの依頼を受けた。その後の事だって俺が選択した事だ」
「ですが‥‥っ」
 今回は事の大きさが違い過ぎるとイシュカは声を荒げる。
「私はエリやスノウ同様、貴方にも死んで欲しくはないのです‥‥!」
 自分は死んでも構わないけれどソードには生きていて欲しい。
 そう訴えれば「‥‥馬鹿だな」と彼。
 イシュカの背を叩いて落ち着かせ、その首から十字架のネックレスを取る。
「これは、お前が俺に返せよ」
 言い、今度は自分の首にあった十字架のネックレスを彼へ。
「俺だってお前に死んで欲しくない。エリやスノウだって同じように思っている」
「お父様の言う通りよ、パパ!」
「!?」
 突然の第三者の声に驚いて振り返れば、そのエリことエヴァーグリーン・シーウィンドが月人の娘スノウと立っている。
「エリ‥‥」
「パパ、しゃがんで」
 言いながら自分の髪を結っていた緑のリボンを解くと、イシュカの髪に結ぶ。
「私のリボンも、パパが返してね」
 願いは同じ、想いも同じ。
 イシュカは頷く。
「‥‥はい‥‥」
 生きて戻る事を望まれているのは、自分も同じ。
 だからどうか、皆が再びこの場所で出逢えるように。





「夜分申し訳ない」
 そう丁寧に切り出すオラース・カノーヴァに、ディーネ・ノートを膝に座らせて猫耳・虎耳・兎耳‥‥と部分的な着せ替えを楽しんでいたセゼリア夫人は「あらご無沙汰ね」と彼を歓迎。
「大事な話があるから、こんな夜中にいらっしゃったのでしょう? 私でよろしければお力になりますわよ?」
「それは助かる」
 ディーネのお陰か非常に上機嫌な夫人へ、オラースはボーダーコリーを二頭、牧羊犬として引き取ってくれないかと切り出した。
「メイで野良になりかかってたんだ」
「まぁまぁまぁ‥‥っ」
 それは可哀相と夫人。
「是非うちに連れてらっしゃい!」ということで話は成立し、オラースが帰った後も、夫人はディーネと新たに引き取る犬の話で盛り上がった。
 櫛で髪を梳きながら、今度はこんな格好も良いわねなんて言う夫人にも今日のディーネは抵抗なし。いろいろとあって不義理を続けていた手前、今日ばかりは夫人の好きにされようと覚悟を決めていたのである。
(「だって、ね‥‥」)
 心の中、呟く言葉が夫人に届くはずはなかったけれど。
「またどちらかに行かれるのかしら」
「えっ‥‥?」
「どちらに行かれても構いませんけれど、またきっと遊びにいらしてね?」
 にこにこと、夫人の表情は変わらない。
 それ以上は何も言わない、だからディーネは。
(「むぅ‥‥」)
 胸の内に生じた奇妙な温度に小首を傾げる。
(「両親不在の私にはよく判らないけど母親ってこーゆーものなんだろか?」)
 暖かくて、少しこそばゆい。
 悪い気も‥‥しなくて、少し。
 ‥‥ほんの少し、甘えてみたくなった。 
「セゼリアさん」
「何かしら」
「にしゃぁ〜♪」
 猫を真似て彼女を抱き締めたなら、夫人は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせたけれど、すぐに空いた両腕でディーネを抱き締めた。動物狂の彼女なら興奮して飛び跳ねるかと思いきや、夫人はただ静かに、優しく。


 同じ頃、冒険者街の彩鈴かえでを伴ってウィルの街を遊び尽くしたアシュレー・ウォルサムに、例えプチデートそのものは楽しかったと言えど理由は気になる女子高生。
「どしたの、急に」
 躊躇無く聞いてくる彼女に、アシュレーは「んー」と思案。
「まあ戦いも近いからさ、やれるときにやれることしておきたいから。後悔なんてしたくないしね」
「‥‥アシュレー君の日頃の行いを見るにいつ死んでも後悔なさそうなんだけど‥‥」
「おやぁ? そんな事を言っても良いのかな」
「いやいやいや、あたし何にも言ってないし!」
 接近する顔に慌てるかえで。
 逃げようとして、逆に距離を詰められて。
「だから、ね」
「!!」
 ちゅっ、と唇に触れるだけの軽いキス。
「ちょ、なっ、だっ」
 慌てふためいて腕で唇を拭うかえでは、きれた。
「なんばすっとねんアシュレー君!!」
 直後に逃避。
 一瞬にして小さくなる少女の背中にアシュレーは笑う。けれどそれも僅かのこと。
「‥‥帰ったら、もっといろんなことしてあげるから待っててね」
 もう聴こえないと知りながらも、アシュレーは告げる。
 いつもとは異なる、真面目な表情だった。





 決戦前夜に騎士がすべき事と言えば武器の手入れや騎乗機体の調整だったりと様々あるわけで。
 その中には気持ちの整理だって加えられて然るべきで。
(「リラ殿、大丈夫かな‥‥」)
 黙って無茶するから、と苦笑を交えるのはリール・アルシャス。
 きっとあそこに居るはずだと予感めいたものを覚えて向かう先には、彼の友が根元に眠る魔法樹。
(「‥‥ああ、やはり」)
 闇の中、長い金髪が光りを撒くように風に揺れていた。
 リールは一度その場で立ち止まると深呼吸を二度。気持ちを落ち着かせ、表情を作って彼に歩み寄る。
「リラ殿」
 呼べば、彼は静かに振り返った。
 彼女が近づいてくる事は、もう気配で判っていただろう。
「エイジャ殿達に、話を?」
「‥‥ああ」
 低くも確かな応えがあった事にリールは安堵する。
「必ず戻ると、約束を‥‥な」
「そうか‥‥なら、私も約束しよう」
 胸に手を置き、黙祷を捧げるリール。
 自分達も必ず共に帰る事を‥‥そしてまた、共に此処に立つ事を。
「‥‥一緒に、エイジャ殿に帰還報告をしよう。勇人殿、天龍殿‥‥みんな一緒に」
「ああ‥‥」
 リールの言葉にリラが応じながら、しかしその瞳に浮かぶ困惑。
「‥‥君は、どうして‥‥」
 なぜ――続く言葉が見つからず、口を閉ざしてしまった彼の心をリールは何となくだが察してしまう。それくらいには、長い付き合いだ。
「魔物との戦い大切なのは、想いだ。だから自分は、リラ殿のおかけで強く在れるのだと思う」
 目を見開く彼に、リールは微笑む。
「ありがとう、リラ殿。‥‥このような思いは、二度と抱く事はないと思っていたから‥‥リラ殿に会えた事は、私にとって何よりの強みだ」
 それを、真っ直ぐに見つめて言うから。
「‥‥っ」
 微笑みと共に告げられるから。
「リラ殿‥‥?」
 呼びかけた、その直後にふわりと目の前で揺れた金髪。
「――」
 気付けば彼女は彼の腕の中、‥‥背に腕が回されることは無く、リラの手は彼女から少し離れた場所に組まれただけで、リールを抱き締める事はなかったけれど。
「‥‥リラ、殿‥‥」
「‥‥すまなかった‥‥」
 耳元の低い囁きはそれきり。
 離すでも近付くでもない距離に、リールは自らの腕を彼の背に回した。
 拒まれるかもしれないという不安はあったけれど、それも無く。
 今までにない至近距離で感じる相手の鼓動。
「リラ殿‥‥」
 応えはない。
 ただ、温もりだけが伝わる今、ならばそれで良いと思う。
 リールは瞳を閉じて告げる。
 心の中、声には出せぬ言葉を。


「‥‥良かった」
 ぽつりと零したのはモディリヤーノ・アルシャス。
 姉が突然外に出たりするから心配して後を追ってきたところ、偶々ああいう場面に遭遇してしまったのだ。
「‥‥」
 良かったと言いつつも、その表情はどこか淋しげで。
「僕はまだ駆け出しの冒険者だけど、‥‥皆と、姉上と共に戦える事が嬉しい」
 再び零す呟きは己に言い聞かせるように。
 そんな自分にくすりと笑い、彼はそれきり仲間が休む屋内へと戻るのだった。


 アルジャンの傍にはレインがいて。
 滝日向の傍には華岡紅子がいて。
 未来を語り、互いのいる幸せを噛み締める二人の幸せがあれば、大戦の前日にならなければ告げられなかった言葉。
 近付けなかった距離。
 これが未来に続く事を願う夜は。
 決戦前夜とはとても思えぬ程に穏やかで優しい時間だった――‥‥。





 こういうのを、嵐の前の静けさと言うのだろうか。シャルロット・プランは明日の開戦に向けて整備、準備万端と並ぶゴーレム達の姿を見上げ、目を細めた。
 カツンと踵を鳴らし一歩機体に近付くと、冷たい表面に手を添え、心の中で呼ぶのは――。
「‥‥明日は頼む」
 声に出すのはただ一言。
 そんな事を隣の機体へ、またその隣の機体へと繰り返し、しばらく経って気付いたのは出入り口から近付いてくる人の気配だ。
 それがセレの筆頭魔術師ジョシュア・ドースターだと気付いた彼女は、自嘲気味な笑みを零す。
「‥‥意外か」
 最後の一機から手を離した後で、シャルロットは最後まで其処に佇んでいたジョシュアに声を掛ける。
「意外な事じゃと、そなた自身は思うかの」
 問いを問いで返す、決して答えを口にしない一癖ありきの老エルフにシャルロットは肩を竦め、今まで対話していた最後の一機に再び手を添えた。
「いつもの習慣だ。この子達は一人一人がオリジナル。誰一人同じものなどない」
 だから心の中、呼ぶのは彼ら個々の名前。
 戦場で呼ぶことはないけれど。
 兵器であり、戦いのために生み出し、送り出されるこれらに感情を添わせるなど、決して許される事ではないけれど。
 せめて何かを護るための戦いに赴いて欲しいと――、そんな矛盾を常に抱えながら彼女は戦い続けてきた。
「なるほど、の」
 シャルロットの言葉は途中で途切れ胸の内を明らかにはしなかったが、ゴーレムを見上げる彼女の眼差しに滲む思いを老エルフは読み取り、伝わった事を気配で察したシャルロットは軽く肩を竦める。
「‥‥などといっていると、五〇年現役を続けた挙句に残り五〇年『おっかない婆さん』として後輩に恐れられながら過ごす事になりそうですが」
 本人にそのようなつもりなど無いだろうが、ジョシュアには彼女の呟きが照れ隠しのように聴こえた。だから笑った。
「争いなど好んで起こすは、人の命を命と思わぬ愚か者だけじゃ。そんな戦争に送り出されるゴーレムに心を砕けるそなたは『おっかない婆さん』になどならぬよ、一五〇年生きた老いぼれが言うのだから信じてみぃ」
 一五〇年生きた末に若者をからかって楽しむのが趣味になるものどうかとは思うが。
「わしはの、例え戦場にゴーレムが配備されようとも、それを動かす事無く戦を終える方法もあると考えておる。彼らがいくら強かろうと、動かすのはあくまでヒトじゃ。ましてやこれから戦おうというリグの騎士達は、決してこの戦を望んではおらぬ」
 冒険者ギルドに張り出された、戦への参加を呼び掛ける文面しか知らぬ者達ならばいざ知らず、シャルロットをはじめ既に二度も『精霊を嘆かせし者』と接触している者、リグの国から一度帰還している者達にはそれが判っているはず。
 ヒトがヒトを生かすために大切な事。
 見失ってはならない事。
「ゴーレムで来るならばゴーレムで迎え撃つ、それは至極当然の事じゃろう。だが、選択肢がそれしか無いわけでは無い事も忘れてはいかぬ。‥‥そなたには判っておろうがの」
 謎掛けのような言葉を最後に、ジョシュアは普段通りの笑みを残してその場を立ち去り、シャルロットは再びゴーレムを仰ぎ見た。
 セレの国のエルフ達は他国への干渉を極力避ける傾向にある。それはヒトの三倍生きるという種族の特性もさる事ながら、民の暮らしを支援する以上の武力など必要ないと考えるコハク王の意思が根付いているからだ。
「‥‥このような状況下でドラグーンの一機も擁していない事には呆れる他ありませんが」
 それでもリグの国のため――引いてはウィルの国に及ぼうという脅威を未然に防ぐためリグの国内で魔物を討ち取ろうという王の考えは非難出来るものでもなく。
 その考えを受け入れ、この場に立っている以上は、成すべき事を成すまで。
「‥‥力を貸して」
 語り掛ける、言葉を。
 物言わぬゴーレム達は――。


 決戦は明日。
 セトタ大陸の未来は、動き出す。