【黙示録・死淵の王】黒鉄の壁を抜け

■イベントシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:11人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月24日〜06月24日

リプレイ公開日:2009年07月03日

●オープニング

 ●黒騎士と――

 その日の空は、騎士達の心境に反しあまりにも澄み渡った青空で。
 リグの首都リグリーンに広がる無惨極まりない光景から更に現実味を奪う。王都とも呼ばれる街には人気が無く、乾燥しきった砂埃が地面を這うように巻き起こり、風を唸らせた。辺りを覆う異臭は、屍臭か。廃墟と化した家屋には、もしかすると人々の骸が放置されているのかもしれない。
 此処は王都リグリーン。数日前までは他国からの行商人も集まり、リグ一の賑わいを見せていたはずの場所だ。それが今はどうだろう。リグの二大領地ホルクハンデとクロムサルタが隣国ウィルの冒険者ギルドに助力を願い出た。それも王を操る魔物を討つためだという情報は瞬く間にリグ全土へ広がり、人々は蜘蛛の子を散らすように王都から逃げ出した。同時に、ウィル六分国の一つであり最もリグと近いセレの国が魔物討伐に全面協力してくれるという情報を得て、多くの民はそちらを目指しているのだ。
 民を失った国。
 一体誰がこのような景色を生み出したのか。
「‥‥ふっ」
 フェリオール・ホルクハンデは、端正な面立ちに苦い笑みを浮かべた。
 此処まで駆って来たサンドラグーンの翼を休めさせ、外に姿を現せば、その地点から五〇〇メートルほど先の王城で外を監視していた兵達が彼に視線を集めていた。
 そんな騎士達に何を思ったのか手を振り。
 鞘から抜いた愛剣の、外界に晒された輝く刀身に目を細め。
(「‥‥いま終わらせに行ってやるよ――モニカ」)
 心の中、この国の竜騎士の一人にして正騎士モニカ・クレーシュルの、最後に見た顔が思い出された。
 王を裏切る事など決して出来ない。
 けれど、リグの民を守る為に鍛えたこの腕で、一人でも多くの民を救うために。‥‥そのためならば共に腕を鍛えたフェリオールも斬ると断言した彼女は、今頃どんな思いでいるだろうか。
(「俺が正騎士になれたら良かったんだろうがな‥‥俺には、今の王を前にしてまで剣を捧げた主だと言い切る事は出来ない」)
 その覚悟の差が自分達を隔てた。
 民を殺せという命令にあっさりと背いてホルクハンデ領の主である父親に報告、魔物の存在を調査し内戦を起こすに至った最大の要因は間違いなくフェリオールだ。
 だからこそ。
(「俺が止めてやる」)
 命を絶つ事でしか止められないのなら、尚のこと。
(「おまえの最期は俺が看取ってやる、モニカ」)
 呼ぶ。
 胸の内。
 フェリオールは顔を上げ、剣を頭上高く掲げ。
「――我が名は黒騎士フェリオール・ホルクハンデ! この名の下にホルクハンデ、クロムサルタ両領地連合軍は王への謀反を宣言する!!」
 ざわりとどよめきの起きる王城。
 しかし誰しもが口にするのは「いよいよか」という、既に覚悟を決めた言葉。
「だが我々も同士を討つ事はしたくない! 王が擁護するカオスの魔物を討つ事が我等の目的! これに手を貸せる者はいつでも受け入れる!」
 あくまでも狙いはただ一つ、カオス八王が一人『死淵の王』。
 とは言え、今の段階で王のために動く騎士達は、そのほとんどが王城の地下牢に人質を取られている面々だ。彼らの命が脅かされている以上は王を裏切れるはずがなく、戦う事はもはや避けられない。
 判っていても告げるのは。
「其処で王を守るは魔物の僕になったと同義! ならば我等も容赦はしない!」
 告げることで、伝えられるのは。
「これより五日後、我等は兵力挙げて国を討つ! 死淵の王よ、首を洗って待つがいい!!」
 開戦の日を告げて剣を鞘に戻したフェリオールは一度だけ王城を見据えた。
「‥‥あと五日だ」
 そうして再びドラグーンを起動させてリグリーンを去る。
 そんな彼を追う者は、無かった。




 ● 王軍

「ほぉ‥‥黒騎士が来たか」
 くっくっと楽しげに喉を振るわせる国王グシタ・リグハリオスに、王城の外、フェリオールからの宣言を伝えた騎士はその顔を蒼褪めさせていた。
(「恐ろしい‥‥」)
 騎士は拳を握り締め、爪が食い込む痛みで何とか恐怖を紛らわそうとするけれど、その身から放たれる、明らかに人間とは異なる邪悪なオーラ。
(「恐ろしい‥‥っ」)
 唇を噛み締めれば血が滲み、しかしその痛みすら感じられないほどに身が竦む。
 そうして、顎を伝って落ちる血に。
「何だ、おまえは病持ちか?」
 楽しげに言葉を放つのが、この国の王。
「そのように主の前で吐血しようとは、無礼も甚だしい」
 スッと持ち上がる掌が騎士に向けられ。
「っ!」
 その騎士と王の前に立ち塞がり、騎士に覆い被さったのはモニカ・クレーシェル。
 直後に彼らを覆った暗黒の炎――ブラックフレイム。
「――ぁあっ!!」
「モニカ!」
 背を焼かれ声を上げた彼女に、同席していた鎧騎士団の団長であり黒鉄の三連隊と呼ばれるガラ・ティスホムが駆け寄る。
「モニカ!」
 その彼女の下から騎士を引きずり出すのは同じく三連隊の一人、ドッパ・グザハリオル、ダラエ・バクドゥーエルの二人。
「おいっ、しっかりしろ!」
「‥‥っ‥‥騒ぐな‥‥大した傷ではない‥‥おまえは、行け‥‥」
「で、ですがモニカ様‥‥っ」
「っ、行け!!」
「!!」
 傷を負った彼女に声を荒げられ、騎士は弾かれた弦のように立ち上がり謁見の間を飛び出した。
 それを見送り、国王。
「無礼者を王の許し無く退室させるとは偉くなったものだな、モニカ」
「‥‥っ‥‥国王陛下‥‥状況を、お考え下さい‥‥今は一人でも多くの騎士が必要なはず‥‥あのような下級騎士であろうともっ、今は貴重な戦力です! 自らその力を殺がれるおつもりかっ」
「ふっ。よくまぁそこまで口が回るようになったものだ」
「‥‥っ」
 王は立ち上がり、何とか体勢を立て直し進言する彼女を――騎士達を見下ろす。
「私が斬りたかろう?」
「‥‥っ」
「しかし残念だ。私を斬ろうとも『死淵の王』は死なぬ。私を止めたとて、むしろそれを引金にリグ全土の‥‥いや、セトタ大陸全ての民が魔物の餌になるだけだ」
「グシタ様‥‥っ」
「憎いか、魔物が」
 哀れむか、私を。
「だが、これが私の望んだ世界だ‥‥!」
 狂喜。
 恍惚と語る王は、もはや誰の目に見ても狂っている。
「このような私を見る前に死にたかったか?」
 王の問いに、騎士達は。
「だが生かすぞ。おまえ達の、その絶望に満ちた怒り、悲しみ……私に向けられる全ての感情が心地良い‥‥せいぜい生きて私を楽しませよ。無論、私を裏切っても構わぬぞ。そうなれば数百万の民が死ぬだけだ。――っくくくく‥‥ふははははははは!!」
「‥‥っ」
 王の嘲笑に騎士達はきつく瞳を閉じ、拳を震わせた。
 何も見たくはない、聞きたくはない。
 だが、これが――。




 ● 開戦

 そうして、黒騎士が開戦を宣言したその日。
 モニカや黒鉄の三連隊は二大領地の連合軍を迎え撃つ。
 冒険者達が『死淵の王』を狙うならば、まず突破すべきは王都リグリーンの外壁。
 高さ五メートルの石壁は、かつてのエ・ラオとの戦の名残か北から西に掛けて都を多い、上部には弓兵を配置――今は魔物が群を成し、更にはゴーレムがズラリと並ぶ。
 その中心には黒鉄の三連隊と呼ばれる鎧騎士団長らが駆る改造型のキャペルス三機を含み、カオスゴーレムも。
「‥‥我等の壁、抜けてくれるか‥‥」
 ぽつりと団長が零した呟きは、誰にも届かず。

 リグの国における人間とカオスの魔物の戦いは、いま、始まろうとしていた――。
 

●今回の参加者

セシリア・カータ(ea1643)/ 長渡 泰斗(ea1984)/ オルステッド・ブライオン(ea2449)/ オラース・カノーヴァ(ea3486)/ 白鳥 麗華(eb1592)/ キース・ファラン(eb4324)/ エリーシャ・メロウ(eb4333)/ リール・アルシャス(eb4402)/ リィム・タイランツ(eb4856)/ 物見 昴(eb7871)/ セイル・ファースト(eb8642

●リプレイ本文

●冒険者と、セレの騎士と、リグの騎士と――
 リグの王都リグリーンの街を囲う城壁では、いま、無数の魔物とゴーレム達が冒険者達の陣地を見据えていた。
 今朝未明、リグの王城にある地下牢からリグの騎士達を戦わせる要因になっていた人質を救出するという作戦の結果が彼らに知らされ、‥‥それは決して喜べる内容ではなかったけれど、少なくともリグの騎士達がこれ以上戦う理由は失われたはず。
 ただ、この事をどう彼らに伝えたら良いのか。
 彼らには適当な言葉が思い付かずにいた。
「フェリオール殿にとっても辛い話になってしまった‥‥」
 俯きがちに告げるリール・アルシャスへ、しかし本人は苦笑する。
「気に病む事は無い。見捨てられていれば全員が魔物の犠牲になっていたはず‥‥僅か五〇余名でもリグの民が生き延びたのであれば、この国の騎士達は充分に救われる」
 とは言え黒鉄の三連隊を含む騎士達を戦わせずに済むには至らないだろうが、と。
 フェリオールは続けた。
「彼らは、もはや戦う他ないんだ。君達も余計な事は考えずに、あの鉄壁を抜ける事だけを考えろ」
「ああ‥‥」
 リールは応じつつも、納得がいかない。
 何がという明確な答えは彼女の中で定まっていないのだが、何か‥‥おかしい。
 自分達はどうして戦う必要があるのだろう。
 敵は『死淵の王』、それは共通のはずなのに。
「さて‥‥セレの方はどうなったかな」
 ぽつりと呟きを零したのは長渡泰斗で、彼の言葉にセレの方角に視線を移したのは物見昴。此処からではとても見る事など敵わないけれど、それでも何かがセレの地の戦況を伝えてくれればと思う。
 月姫セレネを呼べば簡単だが、魔物の邪気に満ち溢れたこの地に彼女を呼び込む事も躊躇われ、結局、今はこうしてただ時間が過ぎるのを待つだけ。
 どちらの陣地も既に戦闘準備は終え、いつ開戦してもおかしくない緊張状態にあったのだが、セレからの報せを待つ冒険者側はともかく、リグの彼らも進んで争いを始めようとは考えていないらしかった。
 そんな騎士達の姿に泰斗は軽い息を吐く。
「‥‥一所懸命のウチらの士道と、連中の基準は違うんだろうな」
 その基準の違いに四の五の言うつもりは皆無だが、どちらも心の内に抱いているものが一本であると思えばこそ残念な気がしないでもない。
「ま、やるだけさ」
 考える事を止め、自らの内側に決着を着けた彼に、昴は静かな視線を送るだけ。
 彼が行くというのなら、その背を護るのが自分の役目だ。
「‥‥香代、大丈夫か?」
 キース・ファランは、隣で微かに震えている石動香代に声を掛けた。同時に、自分の声にすら驚く彼女が不憫になる。
「戦場に立つのは、不安?」
「‥‥いいえ」
 キースの問い掛けに彼女は静かに首を振った。
「‥‥そうじゃなくて‥‥何度も未来視で見た、焼け野原の光景‥‥、あれは、此処‥‥」
「此処?」
 確認するように問うキースへ香代は頷いた。
「もし‥‥私達が何もしなければ‥‥滅びたのはリグの国‥‥コロナドラグーンに騎乗したモニカさんは‥‥その表情までは読み取れないけれど‥‥もしかしたら、滅びたリグの国に、‥‥絶望していたのかも‥‥」
「絶望?」
 次いで口を挟んだのは兄の石動良哉だ。更にその向こうにはリラ・レデューファン、カイン・オールラントら馴染みの顔が並ぶ。
「魔物に侵された王を放置しておいた事を悔やむってなら判るけど‥‥絶望って何だ?」
「‥‥未来視は、私達が『何もしなかった』場合の光景が見えるもの‥‥決して未来を『予知』するものではないわ‥‥」
 だからこそ。
 冒険者達がリグの事を知って尚、動くことなくこの国を見捨てていれば彼女は絶望したのではないかと、香代は言う。
「‥‥ならば、こうして私達が動いた今。彼女の心を占めるのは何だ」
 リラの問い掛けに仲間達は考える。
 絶望ではないのなら。
 それは、‥‥希望になるだろうか。
「俺には、国をこんなにした王のために戦うリグの騎士達の本心が全く読めないけどな」
 軽い嘆息と共に告げたカインに、香代は言う。
「‥‥大き過ぎる恐怖は‥‥逆らうという意思を奪うわ‥‥」
 告げ、瞳を伏せた彼女は。
「‥‥私は、‥‥だからエイジャの死を手伝った‥‥」
「――」
 思いがけず告げられた言葉に男達は言葉を失う。
 キースは眉を顰める。
 だが、そんな彼らの視線を香代は冷静に受け止めていた。
「‥‥大切な仲間だったわ‥‥今だって大好きで‥‥どうしてあんな事をしてしまったのかと、悔やまない日はない‥‥どうして魔物に逆らおうとはしなかったのか‥‥仲間を頼って、助けを求めて‥‥エイジャを、ケイトを‥‥救おうとしなかったのか‥‥っ」
「香代‥‥」
 静かに瞳を伏せるリラを見遣り、キースは震える彼女の手を取る。
 その手から伝わる温もりが彼女に言葉を語らせる力となる。
「‥‥魔物は、そういう生物なのよ‥‥人間を絶望させて、何も出来なくさせて‥‥堕ちてゆくのを、楽しむの‥‥そんな、卑劣な連中‥‥」
 だからこそ。
 こうして冒険者達が動いた今、リグの騎士達の心には希望が生まれたかもしれない。
 その希望が信頼へと育てば状況は変わるだろうが、巨大すぎる闇の中、微かに灯る希望の光りはあまりにも儚くて。
 信じることすら恐ろしくて。
 ともすれば、彼らが戦い続ける理由は、今以上の恐怖から逃れるためなのかもしれなくて。
「‥‥言う事を聞いていれば、最悪の事態だけは避けられるのだもの‥‥」
 地下牢に閉じ込められていたと言われる最愛の者達の死。
 リグという国の滅亡。
 どんなに信用の置けない魔物の言葉だとて、自分達が言う事を聞いていれば一番見たくないものは見ずに済む。
 例え冒険者と争うことで破れ、死ぬ事になっても。
「‥‥むしろ、死んでしまえば‥‥本当に、最悪の事態を目にしないで済むから‥‥」
 それは「逃げ」だ。
 誰しもが判る。
「‥‥けれど、私には‥‥そんなふうに思う人達を責める事なんて出来ない‥‥」
 逆に救いたいとさえ思う。
 そうでなければ、自分自身、生きる事が出来なくなってしまうから。
「‥‥どんな罪を犯してしまっても‥‥償えると信じたいの‥‥幸せになって良いのだと‥‥信じたいの‥‥」
 告げる香代は、キースの手を握り返す。
 それは、‥‥願い。
「‥‥私は罪人だわ‥‥それでも、貴方に愛される資格があるかしら‥‥」
 震える声は、精一杯の勇気。
 それが判るからキースは頷く。
「もちろんだ」
 彼は言う、香代は変わったと。
「強くなった」
「‥‥だとしたら、‥‥それは貴方がいてくれたから‥‥」
 キースをはじめ、リールや、昴。
 数ヶ月前から共にリグの国に潜入し今日という日を迎えるまで共に過ごしてくれた仲間が、信じさせてくれたから。
 だから。
「‥‥兄さんも、もう自分を責めないで‥‥」
 本人の知らないところで魔物の人質となり、香代に罪を犯させた事を後になって知った。そんな不甲斐ない自分をずっと責め続けて来た兄にも、自身を許してあげて欲しい。
「リラ‥‥カイン‥‥貴方達も、どうか‥‥」
「香代‥‥」
 魔物の策略に嵌り、香代の魔法によって狂化を促され親友を殺めてしまったリラ。
 魔物に操られセレの民を犠牲にしたカイン。
 償っても償いきれない罪の大きさに、己の命などいつ散っても構わないと考えて来た彼らに「生きなければならない」と思わせたのも、仲間の存在。
 ならば彼らのために。
 友情を寄せ、信頼を抱かせてくれた彼らのためにも、生きて。
 幸せに。
 ‥‥どうか。
「この戦に、勝てたなら‥‥その時は、香代の気持ちに応えよう」
 深呼吸と共にリラが告げた言葉。
「だな‥‥」
 微笑んだカイン。
「‥‥まぁ‥‥、前向きに、な」
 良哉が肩を竦めて言う台詞には失笑が起きる。
「兄貴としちゃ香代が離れていくのは淋しいってか?」
「うっせぇ!」
 軽口を叩くカインに良哉が蹴りを入れ、そんな賑やかさが周囲の目を引き、恥ずかしいから止めてと、結局は香代に怒られた二人。
 その時、彼らの過去を詳しくは知らず口を挟めずにいたリィム・タイランツが思わず声を上げたのはセレ方面の空に数隻のフロートシップが見えたからだ。
「来たよ、皆!」
 彼女の声に、リグ側の騎士も冒険者達の援軍が到着した事を知る。
『精霊を嘆かせし者』撃破の報せが届くのは、もう間もなくの事だった。





 オルステッド・ブライオンらセレからの援軍が揃うと、冒険者達はウィルから許可を得て持ち出したスモールドラグーンらを戦線に、サンドラグーンを駆るフェリオールの合図を待つ。
 敵方中央に座すのは黒鉄の三連隊と呼ばれるリグ屈指の鎧騎士、騎士団長のガラと、ドッパ、ダラエらが駆る改造型キャペルス。
 それらに己の剣を向け、黒騎士は宣言した。
「これが最終通告だ! いま隣国ウィルの一分国セレにおいて精霊を嘆かせし者は討たれた! また、城の地下牢に囚われていた民は五〇余名だが救出されている!」
 直後にざわつく敵陣。
 地下牢の人質までが救われたとはさすがに予想もしていなかったのだろう。
「救えなかった者達は、しかしもはや貴殿らの犠牲になる事もない! おまえ達が魔物のために私達と戦う理由はなくなったはずだ!」
 黒騎士の言葉は真実。
 魔物を止める事が最優先事項であれば、此処で争う必要など無い。
「いま此処で此方側に来い! 共に魔物を打ち滅ぼすんだ!」
 訴える彼の言葉は真摯であり、リグの騎士達とて心が動かないわけではない。
 だが、もはやどの面を下げて正義を語れと言うのか。
「黒騎士よ、我等は魔物に与したもの。もはや人の世には戻れぬよ」
「我等をかつての仲間などとは思うな」
 ドワーフの騎士達に、フェリオールは。
「‥‥だが、王を討つと言うのならば確かに止める理由はあるまい‥‥行くならば行け、魔物共は知らぬが我等は手を出さぬよ」
「え‥‥」
 騎士団長の言葉に幾人かが声を上げる。
「死淵の王を討とうという者達が、我等と剣を交え体力を消耗する必要はない」
「討てると言うのなら討て。それで、この国が救われるならば」
「だが‥‥」
 リグの騎士団はゴーレムに騎乗した騎士達に狙いを定める。
「若き異国の騎士達よ‥‥貴殿らには我等の相手をしてもらおう」
「ちょっと待ってよ!」
 思わず声を荒げたのはリィム。
「敵が死淵の王だって事は皆が判っているんだよね!? だったら此処でボク達が戦う必要なんて無いはずだよ!」
 彼女の言葉を、ドワーフの騎士達は否定する。
「我等が戦う理由ならば充分にあるのだ、‥‥それが、我等が王の望みなれば」
「――!!」
 カッとリィムの頭に血が昇る。
「王の望みにただ唯々諾々と従うだけが忠義かっ! 騎士道かっ! 違うでしょうっ!」
 言い放つ彼女に、しかし騎士達は己のゴーレムを起動する。
 もう、止められない。
「王の名の元に真の正義を成し、王の名をも高めて世の安寧を気付くのが騎士の本分だっ!」
「リィム卿、来ます!」
 ゴーレムに搭乗し、戦闘準備をと促すのはエリーシャ・メロウ。二人はリグ、ウィル、それぞれから借り受けたドラグーンを駆る事になっていたのだ。
「もう言葉では説得出来ません! ならば死淵の王を討ち取ろうという方々は先へ! フェリオール卿、貴方もです!」
 エリーシャの言葉に弾かれるように、彼らは動き出す。
「貴方には成すべき事があるはず! 此処で足止めを食らって頂くわけにはいきません! 援護は私達が!」
「‥‥ふっ。ならば頼りにさせてもらおうか」
 フェリオールのサンドラグーンが起動する。
「だったら、おまえ達の援護は俺達が引き受けた」
 泰斗が声を掛けた相手はオラース・カノーヴァ、セイル・ファーストら真に死淵の王との決戦を望む冒険者達。
「昴」
「心得ました」
 多くの言葉は要らない。
 名を呼ぶ、その一言で充分だ。
「リール殿」
 そして彼女を呼んだのは、リラ。
「私達も行こう。敵は死淵の王ただ一人」
「――っ、ああ」
 ゴーレムを駆る事の出来る彼女は、この場での戦いも酷く気掛かりだ。だがしかし、真の敵は死淵の王、それを倒す事が出来れば、それこそ一瞬にして戦を終わらせる事が出来るはず。
(「どうか‥‥誰一人犠牲の出ない事を‥‥っ!」)
 どんなに甘い考えだと罵られても、それが本心。
 胸の内に願い走り出す彼女の後方からはカイン、良哉が続き、香代は。
「違う‥‥違うわ‥‥っ」
 動揺を来したように何度も左右に首を振る彼女を、キースが落ち着かせる。
「判ってる」
 ただ一言、そう伝えるだけで。
「‥‥判ってる、止めよう」
「キース‥‥」
「大丈夫、声は届く」
 強く断言した彼もまた、香代が頷くのを待ってウィルから持ち込まれたドラグーンへ。
 まずは仲間を奥へ向かわせる。
「本当の勝負は、その後だ!」




●戦争
 上空、飛翔する四機のドラグーン。
 相対するは三機の改造型キャペルス。
 見慣れたそれよりも頑丈に造られた装甲は防御力に優れ多少の攻撃などものともせず。
 機動性を重視し軽装甲となったそれは回避能力に優れ。
 巨大な鎌を持つ腕に備えられたのは他に類を見ない破壊力。
 ガラ、ドッパ、ダラエ、それぞれが駆るキャペルスの傾向を見抜いた冒険者達は、瞬時に己の相手を見定め、フェリオールのサンドラグーンが飛翔を続ける中、リィム、エリーシャ、キースの駆るドラグーンが一機それぞれに正面から挑んだ!
「――――!!」
 ガラの機体はリィムの二刀流を完全に受け止め、ドッパの機体はエリーシャの攻撃を瞬時に避けるも、長槍は即座に次の攻撃へ。
「!」
 長い射程が更にキャペルスを後退させる。
 広がる空間、そこが抜け道。
「!!」
 キースはその剣をダラエが構えた鎌と激突させた。
 響く振動、跳ね返されて背を反り、直後に懐へ飛び込んでくる機体。
「させるか!」
 真正面から受け止め、共に後方へ。
 そうすることで更に抜け道が広がった。
「行け、フェリールさん!!」
 ゴーレムの中から相手に声が届くとは思わないけれど、気持ちを込めて叫べばフェリオールにも意思は伝わる。
「感謝する」
 蝙蝠の羽のように見える翼を動かし、サンドラグーンは壁を抜ける。
 追おうとしたのはカオスゴーレム、しかし此方はイムンからの援軍が制し、フェリオールを含め次の戦場を望む者達は魔物や生身の騎士達との戦闘を繰り広げながらも王都への進軍を果たした。
 それを追う魔物共を食い止めるのは泰斗と昴。
「我、ガイの水の加護を受けし者なり! 精霊の加護を畏れぬ者は掛かって参れ!」
 太刀を振るい仁王立ちする主の背後を護るのが忍。
 ならば其の先には何者も通さないと。
 バガンにはバガンが。
 時にはノルンが。
「うぉぉおおおおおっ!!!」
 リグと、リグの二大領地及びセレを筆頭とする冒険者達の連合軍。二つの勢力がぶつかり合う。
「‥‥黒鉄の三連隊のご高名は予て聞き及んでおりました‥‥」
 エリーシャは告げる。
 キャペルスの目を見つめ。
「私如き若輩には僭越ながら、いつか戦場にて堂々と刃を交えるのは憧れの一つでしたが‥‥かような戦、とは‥‥」
 騎士であればこその悲しみと、騎士であるからこその覚悟。
「これが騎士の習いならば、後に続く者のため全力で打ち破るが我が務め」
 彼女は改めて相手を見据え、覚悟を言葉に。
「ウィルの空戦騎士団副長、トルク家が騎士エリーシャ・メロウ。参ります!」
 同時に放つ長槍の軌跡。

「いざ!」

 地上、号令を掛けたのはセレから集まった地魔法を扱うウィザード達の一団。
 そうして数秒後、足元から這うように襲う激しい揺れは彼らによる魔法ローリンググラビティ。
 一瞬にして落ちるキャペルス、上空に待機、術中に囚われなかったドラグーンはチャージ。
「覚悟!!」
 強烈なドラグーンの一撃が、空から地上。
 転倒するキャペルスを貫く。
 彼らが連携を得意とするのなら、それをさせることなく一対一で挑めば有利はこちら、機は必ず巡ってくる。
 決して勝てぬ相手などいるはずがないから。




●次なる戦場へ
「‥‥くッ‥‥」
 一時期はカオスゴーレムとの戦にも関与したオルステッド・ブライオンは、仲間達と合流、次なる戦場へ向かう道すがら揺らぐ視界に思わず足を止めた。
「回復薬‥‥いつまで保つか‥‥」
 所持していた一つを喉に流し込み、再び走る。
 此処まで来たからには、這ってでも死淵の王の元へ辿り着かねばならない。あのように、声に出されずとも聞こえて来るリグの騎士達の悲痛な叫び。そこに伴う想いや、祈りを、たとえこの身が朽ちようと死淵の王にぶつけてやらねばならないから。
「‥‥邪魔はさせない‥‥騎士達の想いを妨げるならば容赦はしない‥‥」
 刃向かってくる魔物共を見据え、オルステッドは弓を構え、射る。
 他の面々も決して退かない。
「ソードボンバーーー!!」
「食らえ、スマッシュ!!」
『ギャギャガギャギャ』
『ギィァィァイシャシャァァ!』
 その都度上がる獣の咆哮はあまりにも忌々しく。
「‥‥行かねば‥‥」
 それすらも糧にオルステッドは奥へ向かう。
(「あー‥‥」)
 そんな彼の姿に頭を掻くのはセイルだ。
(「まだ先は長いようだし温存しておきたいのは山々だが‥‥そんな事を言ってる場合じゃなさそうだな!」)
 魔物の数の多さもさることながら、オルステッドが相対する分も減らさなければ彼自身が死んでしまう。
「――!」
 全身を包むのは覇気漲る輝き、オーラ魔法を自らに付与することで気持ちを高めると、美しい楽を奏でる指先に握った剣を叩き付けた。
「うぉらぁぁぁぁ!」
 そしてオラースもまた先頭を行きながら鬼気迫る勢いで魔物を蹴散らし、殿を務める冒険者――主にセレから移動してきて間もない彼らもまた見事な手腕で仲間達の道行きを守った。


 そんな彼らを奥に向かわせ、可能な限りの干渉を排除していたのは泰斗と昴だ。それは魔物だけに留まらず生身の人間騎士を相手にも。
「まだ戦い続けるのか」
 泰斗が問えばリグの騎士は、大粒の涙を零す。
 ぼろぼろと零れ落ちる涙を拭きもせず、もはや足元さえ覚束無くなりながら、それでも剣を向けてくる彼らは。
「‥‥も、もう‥‥いつ、戦うことを止めてよいのか、判らないんだ‥‥っ」
「なに‥‥?」
 眉根を寄せて聞き返し、もはや動くのも鬱陶しいと言わんばかりの勢いで刃を刃に滑らせると、手元で回転させその手から武器を奪う。
「!!」
 回転して飛んだ得物は地面に突き刺さり、泰斗は。
「これで望まぬ争いは止められるか」
 あくまで穏やかに問いかけた。
 それに対する応えは、涙。
 判らない、判らない。
 一人、二人。
 群がっていた騎士たちは次々と膝を付き、泣き出した。
 なぜ戦う。
 なぜ、戦う手を止めた。
 この戦場、騎士団長は今尚ドラグーンと戦い続けているのに。
「私たちは一体何をやっている‥‥!? 誰も‥‥リグの騎士の誰一人、魔物のために戦うつもりなど無いのに!! もはや王への忠義すら疑わしいのにそれでも戦いを止める事が出来ないのは何故だ‥‥!」
「討ちたいのは‥‥っ、屠りたいのは紛れも無く王を誑かした魔物であるはずなのに我々は何故!!」
「助けてくれ‥‥っ」
 一人が声を荒げる。
 キャペルスを駆る騎士団長を指差し、叫ぶ。
「ガラ様達を救ってくれ! あの方々とて死に場所を求めているわけではないんだ! 願っただけなんだ、国を民に返してくれと‥‥!!」
「願った? 誰に!」
「誰‥‥違う、戦えば必ず国が取り戻せると‥‥違う、違うっ、違う!!」
「しっかりしろ!」
「ああああああっ!!」
 叫ぶ彼は、最早正気ではなく。
 俺は。
 俺達は。
 何故、生きている。
 国中に満ちたカオスの瘴気が人を狂わせるのか。
 重ねさせた罪が人を壊すのか。
「‥‥どこまで人間の心を弄べば気が済むのかねぇ‥‥」
 穏やかな口調に反し、眼差し鋭い彼に。
「泰斗様」
 呼ぶ昴の声は険しく。
「行け!」
 許可の言葉と共に昴は疾走した。ゴーレム戦の只中に飛び込みキースのドラグーンを目指す。
「昴さん‥‥!?」
 香代の驚きの声に一瞬だけ視線をやった昴は、叫ぶ。

 幸を。

 指差す先には太刀を構えた泰斗が――。
「‥‥!」
 まさかと疑うよりも先に香代の身体が動いた。泰斗の傍に走りながら詠唱するのはマジカルミラージュ。
 作られる蜃気楼はあの日の。
 シーハリオンの丘の麓、六月の花嫁を祝福した風花。
「‥‥っ」
 絵は動かないけれど。
 音も声も聞こえはしないけれど、あの日に皆が感じた幸せと、穏やかに流れる時間を感じ取る事は難しくない。
「ぁ‥‥」
 キャペルス達の動きが鈍り、蜃気楼と昴の存在に気付いたキースは三連隊の隙を逃さない。腕でリィム、エリーシャに合図を出し、狙うは足。
 刀を。
 槍を。
 構え、放つ。
「――‥‥‥‥!!」
 ズォォォオオオン‥‥激しい音を立てて転倒、足を破損させられたキャペルスは、動かない。
「‥‥もう良いだろう」
 倒れたゴーレムに飛び乗り、その搭乗口を叩きながら昴が言う。
「終わりにしよう」
 彼女の声が聞こえたのかどうか、開いた搭乗口の向こう。ドワーフの騎士達もまた、泣いていた。




●黒鉄の三連隊
 カオスゴーレムを起動させていた騎士達は、無事とはいかずともイムンからの援軍によって保護され、三連隊が揃って戦線離脱した事に気付いたリグの騎士達は次々と戦意を喪失していった。
「‥‥終わった‥‥」
「やっと‥‥終われるのか‥‥」
 次々と膝から崩れ落ちる騎士達の目は虚ろで、燃え尽きた蝋燭のように形を失って見える。そんな彼らをぐるりと見渡し、リィムが口を切る。
「もう、良いんだよね?」
 静かな問い掛けに、彼らはしばらく無反応だったが、いつしか低い声を押し出した。
「‥‥死淵の王を、討てるか」
「必ず」
 即答はキース。
 冒険者達は壁の向こう、聳え立つ王城を見据える。
「‥‥きっと、必ず」
 繰り返すエリーシャの応えを聞き、ドワーフの騎士達は静かに涙を零した。
 彼らに必要なのは休息と、心の癒し。
 そして。
「頼む‥‥っ」
 国を、民に返せたという証。


 黒鉄の三連隊、撃破――。