【黙示録・死淵の王】未来を紡ぐ命と共に
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■イベントシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 83 C
参加人数:22人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月24日〜06月24日
リプレイ公開日:2009年07月03日
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●オープニング
● リグの騎士達
黒騎士フェリオール・ホルクハンデが開戦を宣言した。
その事実は王城に残る騎士達に衝撃を与えると共にある種の共通した覚悟を抱かせた。
「‥‥いよいよ、か」
「ようやく‥‥」
心なしか安堵すら感じられる呟きは、例え耳にせずとも城内に暫く振りの和らいだ空気を漂わせる。それらを肌で感じて、リグの正騎士モニカ・クレーシェルもまた覚悟を決めていた。そしてそれは、共に歩む黒鉄の三連隊、ガラ・ティスホム、ドッパ・グザハリオル、ダラエ・バクドゥーエルも同じ。
「もう後戻りは出来ない」
「無論。今更、何も無かった頃に戻ろうなどとはこれっぽっちも考えぬさ」
モニカの言葉へそう返したダラエ。
だから騎士団の団長ガラは失笑した。
「‥‥よもや、貴様が裏切るかと疑った行為に縋る事になろうとはな‥‥」
「まったくだ」
ドッパも苦笑を交えながら同意するものだから、ダラエは不服そうに眉を顰めた。
「わしは仲間は裏切らぬぞ」
「ああ」
かつて、ダラエはリグの酒場で奇妙な冒険者達と出逢った。
酒の席という事もあって余計な事まで喋ってしまった末に、場所を変え、人を変え、冒険者達に『死淵の王』の名を伝えたのは他でもない、彼だった。
結果、ホルクハンデとクロムサルタはウィルの冒険者に助力を願い、冒険者はこれに応えた。
「‥‥冒険者は猛者揃いだと聞く‥‥必ずわしらを倒し、魔物を討ち取ってくれると‥‥信じよう」
「ああ」
国の民を百として。
王に逆らい百の民を失うならば、九九の民を犠牲にしてでも一を救おうと。
その一心で数多の血を流し、生き続けた。
例えそれしか選べなかったのだとしても、最早許される事ではないし、許されようとも思わない。この罪を正しき者達が裁いてくれるのならば。
ましてや、本当にあの魔物を討ち取ってくれるのなら。
「‥‥リグの民に国を返そう」
それだけが願い。
――なのに。
「人間とは、なんと愚かな夢を見る生物か‥‥」
くっくっ‥‥と喉を鳴らし現れたのはカオスの魔物『精霊を嘆かせし者』。モニカ達はその姿に眉を顰めたけれど、ただそれだけ。王城にこれが出没するのは今に始まった事では無いし、この魔物が自分達に害を与えない事は承知している。何故ならモニカ達は、魔物の主たる『死淵の王』が愉悦を味わうための貴重な駒だからだ。
「せいぜい愚かに足掻けば良いさ。結局は、おまえ達の王とて我が君の玩具に過ぎぬと言うのにな‥‥くっくっくっ‥‥」
「‥‥っ」
「それに」
息を詰める騎士達に『精霊を嘆かせし者』は笑みを湛えて告げる。
「おまえ達が信じようという冒険者共‥‥それほど頼りになるとは思えぬがな」
「なに‥‥?」
「多少は頭が切れるようだが、それだけよ。我が君には到底及ばぬ。せいぜい足掻いて滅び行く奴等を、更なる絶望と共に見送るがいいさ」
嘲笑と共に告げられる魔物の言葉を、騎士達は険しい眼差しで見据える。
そんな彼らを更に笑い、魔物は。
「では私は行くとするか」
「行く?」
聞き返すドッパに魔物は意味深に笑んで見せる。
そうして告げる言葉は『死淵の王』の言葉。
「隣国に逃げようという民を迎えにな」
「なっ‥‥!」
思わず伸ばしたダラエの手は空を掴んだだけ。あっという間に姿を消してしまった『精霊を嘆かせし者』はそれきりだ。
「くそっ‥‥っ」
避難民達にはリグの騎士も、恐らくセレの騎士も付いてくれているはずだが。
それでも生じた不安を払拭する事は叶わず。
遠くで祈るしか出来ない己を、彼らは、いつまで悔やみ続けるのか――。
● 月姫と天使
分国セレ。
リグと国境を接する門のあちらと此方で、両国の騎士達は『暁の翼』から指示されている通りに続々と辿り着く避難民達の名前、住まい、家族構成などを一覧にして羊皮紙に記入、もしも以前に既に家族が来ている筈だと言われれば名簿から該当の人物を探し出すなどし、なるべく家族一緒の避難地で戦争の終わりを待てるよう気を配っていた。
避難地はセレ領内に約七〇箇所。
騎士達が複数名で警護に付き、また『暁の翼』から始動を受けたエルフの民も積極的にリグの人々を助けようと忙しなく動き回る。
そのような光景に、我知らず目を細め感心するのは天使レヴィシュナ。
「‥‥世界が異なろうとも、人が人を助ける為に生きる姿は、やはり美しい」
『ええ‥‥』
穏やかに頷くのは月姫セレネ。
幾度と無く冒険者達に救われて来た人外の二人は、いま、人の為に己の力を用いる事に抵抗など皆無。もしも魔物リグから逃れようとしている人々を狙ってくるのなら、命を賭して守ろうと誓っていた。
前線に赴いた冒険者達の分も、自分達が。
『セレには‥‥いえ、アトランティスには、精霊の加護と、レヴィシュナ様がおられます‥‥決して魔物の邪念になど屈しません‥‥』
たとえ相手が『精霊を嘆かせし者』の名を持つ強大な魔物だとて、決して。
● 故郷に帰るために
そうして決戦の日。
月姫は魔物の襲来を予感した。
『来ます‥‥魔物が群を成し、このセレの地に‥‥っ』
予言を受けてセレの騎士、そしてこの地で避難民救助のために活動していた冒険者達は即座に動いた。
魔物の襲撃は、一時間後。
今度こそ『精霊を嘆かせし者』を討ち取ること、それはセレの地に残った者達の役目――。
●リプレイ本文
●ウィルの結論
その日、ウィルの王城にはアレクシアス・フェザントとシャルロット・プランの姿があった。
二人の目的は一つ。
隣国リグでこれから起きようとしている戦において、敵方には竜騎士にして正騎士モニカ・クレーシェルが駆るコロナドラグーンが存在する。これに対抗するには此方側にもラージドラグーンが必要であり、そのためにもウィルの国が擁するストームドラグーンの参戦を嘆願するためだ。
「元々ウィルが友好のためリグに贈ったものが民に害を成した。この上リグの希望とも言える黒騎士とサンドラグーンまでが落とされるわけにはいきません」
ならばウィルの犯は範をもって償うべき、そうでなければリグの国民がウィルにどのような感情を抱く事になるか――切々と訴えたシャルロットは、例え己の資格を剥奪されようともストームドラグーンを借り受けるつもりだった。
だがしかし、その場にいた某重鎮の言葉には二の句が継げない。
曰く国家管理品であるドラグーンが国境を跨げばその時点でウィルの国がこれを送り込んだ事になる。つまりはウィルの国が戦争に関与した証として、グシタ王が何を始めるか想像がつくだろうかと。
「現時点でグシタ王がウィルに直接手を出して来ないのは、セレが矢面に立ち、戦場にリグを選んだからです。あの場で無数の人々が殺し合う――そのような惨い光景が魔物の興を削がずにいるからこそ此処は表面上平穏でいられる」
あの日、セレの分国王からの信書を受け取り。
王城前広場における月姫復活の奇跡を目にし、結果的に国としての助力は不可能だがギルドを通しての協力であれば惜しまないと結論を出したのも、そのため。この戦には『依頼を受けた冒険者が参加したのであって正規の騎士、兵ではない』と主張出来る余地があるからこその現在だ。
もしもウィルの国が正式に戦争に参加したのだとグシタ王が判断したのなら、戦場になるのはリグだけでは済まない。
より多くの死者を。
より多くの絶望を――リグとの戦争のため、腕に自信のある者達がウィルを離れている現在であれば尚の事、魔物共は喜んでウィルの土地で殺戮を行なうだろう。
「相手は人間ではなく、魔物です。いま魔物の脅威に晒されているのは決してリグやセレだけではないのだと‥‥それくらいの想像もつかないのですか」
相手は魔王。
死淵の王。
「ストームドラグーンを出すわけにはいきません」
はっきりと言い放つ重鎮に、シャルロットが告げられる言葉は何も無く。
「‥‥では、せめてミドル級‥‥スモール級のドラグーンを複数体借り受ける事は出来ませんか」
隣で俯くシャルロットを気遣いながらアレクシアスは告げる。
「此度の戦、魔物の目論見通りに双方の潰し合いと化し多くの犠牲が出る事は必至。それらの犠牲を国産みの苦しみとするには‥‥あまりに」
彼の言葉に重鎮達は互いの顔を見合わせる。
そうして口を切るのは別の重鎮。
「個人の使用権限があるドラグーンについては持ち出しを許可する」
しかしそれ以上の譲歩はない。
この返答と共に、二人はアレクシアスの使用許可が有るフロートシップでセレの国へ移動する事となる。
●残り時間
「まさか‥‥おまえと共に戦場に立つ日が来るとはな」
父ソード・エアシールドの言葉に、娘エヴァーグリーン・シーウィンドこと通称エリは小さく笑う。
「エリもそう思っていたですけど、‥‥冒険者も、引退したつもりだったけど」
まだ幼い少女は言いながら真剣な眼差しを国境向こうのリグの国に注ぐ。
「あっちの家族も、護りたいですの」
ジ・アースで彼女の帰りを待つ新しい家族のためにも、この世界の脅威は此処で滅しなければならない――エリはそう思う。
そんな少女の、強い意志を秘めた姿に心なしか微笑んで見せたソードは、今はまだ静かな隣国の景色に目を細める。
「しかし‥‥『精霊を嘆かせる者』は精霊魔法を全て使うが‥‥昼に別の魔物を連れてくる魔法はないだろう。月姫が予見した『無数の魔物』というのは別に来るだろうか」
「その可能性もありますが」
傍で彼の呟きを耳にしたセレの騎士が口を挟む。
「襲撃が『死淵の王』の命令であれば共に現れる事も充分に考えられるのではないでしょうか」
「なるほど‥‥」
それも有り得ると、親娘はリグの方角に目を細めた。
「皆さん、聞いて下さい」
それは王都、樹上都市の下部。
魔法樹群の根元に位置し、広く開けた場所で、魔物『精霊を嘆かせし者』を誘き寄せるため集まってもらったリグの民――に扮した冒険者達に、いかにもらしく声を上げるのはモディリヤーノ・アルシャスだ。
「どんなに大量の魔物が此処に押し寄せても、僕達がきっと御守りします。ですから、祈ることを諦めないで下さい。祈りは精霊達に届き、精霊達は魔物を倒す力を僕達に分け与えて下さいます。皆さんの祈りの力もまた、この魔物との戦に勝つための大切な力になるんです」
自分も祈る。
決して諦めないと語るモディリヤーノの言葉に、何故か冒険者達の方が――冒険者に扮したリグの人々が大きく頷く。
否、正確には半々なのだ。
リグの民の中には冒険者や騎士達が混ざり。
冒険者や騎士達の中には民が混ざっている。
全員に共通するのは手首に巻かれた祈紐。異なるのは魔物と戦えない者達には両腕に祈紐がある事だ。
「『精霊を嘆かせし者』を騙すには、同じくらいの『嘘』と『本当』が必要だと思うんです」
そう、これからこの場で行なわれる儀式を執り行う師ジョシュア・ドースターに語ったのはレイン・ヴォルフルーラ。
「私も同意見ですわ」とアリシア・ルクレチアも大きく頷く。
相手は魔物。
正攻法など通じないし、騙すか騙されるかの真剣勝負ならば此方にもそれ相応の覚悟が必要で、リグの民、セレの民、力無き彼らに魔物との戦争に自ら進んで関与させるのは容易ではないと冒険者達は考えていたのだが、力を貸してほしいと頭を下げた彼らに、人々は意外にも次々と「力になりたい」と自らその手を上げたのだ。
――‥‥私達は、冒険者の皆さんを‥‥『暁の翼』を掲げる皆さんを信じます‥‥
幾度となく彼らに救われた民がいる。
励まされ、元気付けられた民がいる。
その思いは確かな力となって人々の心に根付いていたのだ。
「『精霊を嘆かせし者』は一度リグの方達の真ん中から姿を現しています。いくら私達を侮っていたとしても、同じ方法では来ない‥‥と思わせて、私達がリグの人達と戦える人達を入れ替えている事も見破ってしまうかもしれない。だったら、本当と嘘を半々にして、何処から来ても良いように、こちらも謀らないと‥‥それに‥‥」
冒険者と民が互いに傍にいる事で、冒険者への信頼は民の心を強くし、その信頼は冒険者の「護らなければ」という思いを強くするはず。
その強さは、精神面に影響する魔法への抵抗力を増強させるはずだ。
「うむ」
少女の策にジョシュアも満足そうに頷く。
「後は頃合を見計らい、皆さんに呟いてもらうのですわ」
アリシアは言う。
儀式の中央で祈る彼らは儀式の開始と共に「『精霊を嘆かせし者』は確かに恐ろしい魔物だが、二度も冒険者を逃している。きっと負けるのが怖いのだ、冒険者達に任せれば大丈夫だ」と傍の人々と囁き合うよう打ち合わせてある。
プライドの高いラクダの事、これを聞き逃すようでは魔物の名が廃ろうというもの。
「こんどこそカオスをやっつけるのー♪」
レン・ウィンドフェザーが両手を上げて明るく言う。
その言葉すらも魔物の耳に届くように。
「しかし何だな‥‥まさかおまえさんの口からそんなずる賢い作戦を聞く事になるとは思わなかったぞ」
滝日向がポンとレインの頭を撫でて言えば、傍らに立つアルジャン・クロウリィが咳払いを一つ。
「なに‥‥相手が魔物であればこそ、だ」
「とか言って、夫婦喧嘩の末にこんな策略巡らされたら大変だぞ?」
「そんな事しませんっ」
レインがムキになって言い返し、ジョシュアが大笑い。
「ふーふげんかはたいへんなのー?」
無邪気なレンの問い掛けに、更に赤くなるレインの頬。‥‥そんな賑やかな仲間に微笑んでいたアリシアは、しかし不意にその眼差しを儀式の中央に向ける。視線の先には、リグからの避難民に扮した夫オルステッド・ブライオンがいた。
(「‥‥オル‥‥」)
今朝未明、酷い状態でリグの国から帰還した彼の姿を思い出すだけでアリシアの顔からは血の気が引く。既にその傷はセレに集まっていたクレリック達の治癒術によって回復していたけれど、今また彼は魔物との戦いに身を投じようと言うのだ。
――‥‥この戦い、私は全ての戦線に出撃する‥‥もはや策とは呼べない無謀‥‥戦争にはあるまじき暴挙だろう‥‥
そうとは判っていても『死淵の王』討伐にはこれが必要だと、傷だらけの姿で語った彼。
セレ、リグ、冒険者。全ての人々が心に様々な想いを抱いて戦場に向かう。彼がリグに救出に向かった人々の命が魔物のために戦う騎士達の『理由』だったように、この戦は憎しみではなく、大切な者への想いゆえに止められなくなっているのだ。ならば、そんな全ての人々の想いをこの身に刻み込み、全ての戦場を駆け抜けて『死淵の王』へ全員の想いを込めた一撃を与える、それこそが彼の望み。
(「貴方にとって魔物討伐は生業を越え‥‥生きて、存在する証明のようなもの‥‥哀しいけれど『死淵の王』を倒すためなら我が身など省みないのでしょう‥‥」)
そしてそれを止める事が出来ないのなら。
例え『精霊を嘆かせし者』を誘き寄せるための作戦だとて、アリシアは真摯に祈りたいと思う。彼の無事を、ただ一心に願いたいと。
「レヴィシュナ」
そら、と放って渡すのはレミエラ付きの防具だ。
「今回ばかりは素直に受け取って貰いたいね」
「‥‥そうさせて貰うとしよう」
ニッと笑むアリル・カーチルトへ、苦笑交じりに天使が応じれば、少々不服そうなのがセレに所属する白騎士のアイリーン・グラントだ。眉を顰め、険しい目付き。だからアリルは口笛一つ。
「何だ、俺が他の女に優しくしたのが気に食わないのか?」
嫉妬か、と後ろから肩を抱こうとしたなら即座に「違うっ」と拒まれる。ちなみに天使に性別は無い。
「レヴィシュナ様がおまえのような軽い男の助けを得るのが気に食わないだけだ! それを返して自分一人で護るとは言い切れない己の未熟さにもなっ!」
「頑なだねぇ」
叩かれた手を撫で擦りながら、アリル。
「心配すんな、あんたの事も俺が守ってやるから」
バチコーン。
平手一発、手形くっきり。
「余計なお世話だ!」
何やらすっかり警戒されているアリルだが。
「‥‥ふっ」
今の一発で気合入ったぜ、と不敵に笑んで天使を失笑させるのだった。
「‥‥さて、では僕も行こう」
外套を被り避難民に扮したアルジャンが、人々が集まる輪の中へ向かう。
「アルジャンさん‥‥っ」
無意識に、伸ばした左手の薬指には銀の指輪。
掴んだ彼の左手にも揃いの指輪が輝いている。
二人一緒の時に開けろと先日のシーハリオン祭の時に日向から渡された包みから出て来たそれらは、今頃ウィルで皆が無事に戻ってくる事を祈っている冒険者街の女子高生の我儘を叶えるべく山奥に住むというエルフの細工師に会いに行った際、せっかくだからと頼んだ二人の結婚指輪だ。
本当なら改めて皆で受け取りに行く予定だったのだが、‥‥こっそりと自分の分も依頼していた日向がからかわれるのを避けるべく単身受け取りに行き、依頼していた彼らに配って回ったという事らしい。
二人の指に煌く銀の指輪はいたってシンプルなデザインだが、裏には『君と共に』『貴方と共に』の文字が刻まれている。二人、共に生きる事を誓った言葉。
「大丈夫だ」
細い指先に手を添えた彼が告げ、彼女は静かに頷く。
『‥‥もう間もなく‥‥魔物が此処へ‥‥』
月姫セレネの言葉に冒険者達の表情は硬くなる。
「私達の役目、きちんと果たさなくちゃ‥‥ね」
「ああ」
華岡紅子の言葉に、日向は彼女の手を取りながら応える。その指に輝く銀の輝きが例の指輪。日向が内緒で依頼していたものだ。
「勝っても負けてもこれが最後なら、勝って終わってやろう」
「‥‥ええ」
手を握り返した紅子が答えると同時、日向に声を掛けたのはセレの鎧騎士だ。
「滝殿、チャリオットの準備が整いました」
「おぅ」
今回の作戦、儀式を行う故に冒険者と一般民とが戦場となる此処に混在しているため、戦の最中から一般民達を避難させる手段の一つとして挙がったのが、騎士達が駆るチャリオットであり、このために訓練を重ねていた日向の操縦技術も何とか様になっていた。
「気を付けて」
「そっちこそな」
そうして互いの持ち場へと分かれる間際。
「日向さん」
彼を呼ぶ紅子の身体が淡い赤色の光りに包まれる。
フレイムエリベイション。
士気を高める術を、キスで。
「‥‥頑張りましょう、未来の為に」
「――‥‥負ける気がしないな」
触れた唇に手を添えて笑う二人。
戦うのは、皆のため。
●精霊を嘆かせし者
聞いただろうか、魔物の話。
何度も人間を嘲笑っては甚大な被害を出していく魔物だけれど。
直接は冒険者達と戦おうとしない、それはきっと弱いからだ。
冒険者に任せておけば大丈夫。
魔物なんて、すぐに倒されるよ――。
セレの筆頭魔術師ジョシュア・ドースターと、彼の弟子十余名が整然と並び、数多の精霊達に祈りを捧げる後方、人々は口々にそのような言葉を囁き合った。
本当は怖い。
けれど、信じているのも本当だから。
「‥‥よいか」
不意にジョシュアが弟子達へ声を掛けた。
「精霊魔法を使う者に最も大切な事は精霊と心を通わせる事じゃ。そなた達はこれを自覚し、精霊の加護を受けた。アルテイラ、シェルドラゴン、この地を護りし精霊達の心は常にそなた達と共にある」
もちろん各自が共に在る精霊達の心も、各々の心に寄り添っているだろう。
「じゃが、精霊を嘆かせし者もまた精霊の力を用いる。魔物の分際で精霊の力を借りようとはとんでもない奴だの。精霊と心通わせる事は無くとも、その邪悪なる精神が精霊達を強引にその身の力としておると考えられるかもしれぬ」
「強引に‥‥?」
問うアリシアに、ジョシュアは頷く。
「奴の力を完全に絶つ事は無理じゃろうが、強い力を使おうと思うほどにその成功率が下がるのはわしらと同じはず。ならば、そなた達がより強い力で精霊達に呼びかける事で多少なりとも奴の力を削ぐ事は可能やもしれぬ」
「強い、力で‥‥」
「これは、我等ウィザードにしか出来ぬ戦いじゃ」
師の言葉に弟子達は。
「精霊を嘆かせてはならぬ‥‥人だけではない、精霊をも救うのじゃ」
「「「――はいっ!」」」
ウィザード達は強く応じる。
己に寄り添う精霊達と目を合わせ、頷きあい。
そっと手を重ねる。
戦える。
戦士達のように強力な武器を振るう事は出来ずとも、ウィザード達にしか出来ぬ戦いが目の前にあるのなら。
「行くぞ」
合図は、月姫の手先。
『‥‥来ます‥‥』
そうして聞こえて来るのは、――歌。
魔物の呪歌。
か弱き人間共よ
死を恐れる哀れな魂よ
生き永らえたくば膝をつけ
頭を垂れ我に願え
さすれば生かそう
許してやろう
汝らが生きる道は ただ一つ――
「っ‥‥!」
月魔法メロディーだと誰もが悟る。
その歌を聞く全ての者が術中に囚われ一瞬だが動きを止めた。力無き民であれば抵抗する事も出来ず、己の心の奥底に押し込めた恐怖を煽られ自ら「自分は助けてくれ」と言いたくなる。
だが。
‥‥少なくとも、此処に集まった者達は強き民。
「人間を、見縊るな‥‥!」
立ち上がった民の言葉に答えるように、魔の旋律に癒しの旋律を重ねるのは月姫。
強きひとの子よ
絆のために立ち上がりし勇士達よ
この世界は貴方達のもの
精霊は貴方達の友
信じなさい
祈りなさい
その手には光りが宿る――
優しく温かな歌声は辺りに光りを満たし、更に続くケンイチ・ヤマモトの歌が魔の力を退ける。
そうして不意に届くは笑い声。
自分の呪歌を跳ね返された事に僅かながら興味を引かれたように。
「‥‥集められたのがリグの民だけであれば学習能力のない愚か者だと全てを滅して終わらせ、全てが冒険者であれば愚か者と嘲り尽くしてやるのを楽しみにしていたが‥‥なるほど、民と冒険者が混在した事で無力な民すら我の魔力を跳ね返す、か。‥‥無力な民が信頼を寄せる程度には冒険者とやらも頼りになるようだ」
声は上方、虚空から響く。
冒険者達の魔物関知アイテムも精霊達も、何も見えぬその場所に魔物を見出し、五感は確かに声を聞き取る。
浮遊能力に、透明化能力。
中級以上の魔物が保持する特殊な能力だ。
すっかり此方の手の内が見透かされているならば仕方ないと、人々の中に潜んでいた冒険者達は立ち上がった。
「で、どうする? 今回もこれで逃げるか? 今までのように」
明らかな挑発の言葉を放つのは陸奥勇人。
対し見えない魔物はその表情を変えた。
「‥‥逃げる、だと?」
今までよりも低くなった声音。
心なしか空気までが重くなったように感じられる。
「先ほどから忌々しい‥‥私が貴様等を恐れるとでも言うのか‥‥」
「違うか?」
「っていうか、ね」
アシュレー・ウォルサムは弓を引き絞り、その体勢には似つかわしくないのんびりとした声を上げる。
「姿を見えなくするって、精霊魔法で言うところのインビジブルだよね? ってことは、回避能力も落ちてるんじゃない?」
「!」
言うや否や虚空に向けて放たれた矢は何かを掠り、それは姿を現す。
「貴様‥‥!」
「此処からが本番だぜ、脳みそ足りてないラクダ野郎!」
「黙れ人間!!」
勇人の挑発に激昂し、術の発動を試みる魔物。
冒険者達は構える。
負けられない戦は始まった。
●森を覆う魔物の群
儀式の会場で『精霊を嘆かせし者』の姿を確認したのとほぼ同じ頃、リグの国との国境付近で警備していた冒険者達が見たのはリグの方向から空を埋め尽くすように飛来して来る魔物の群だった。
しかし、それを視認したとて冒険者達に焦りの色はない。
ユラヴィカ・クドゥスやアレクセイ・スフィエトロフが魔法や上空からの偵察を欠かさず行なっていた甲斐あって魔物の接近は随分前から彼女達の知るところであったし、セシリア・カーターらオーラ魔法を扱える者は互いの士気を上げ『精霊を嘆かせし者』と相対している冒険者達の元に魔物の群れが辿り着くことの無いよう、このラインで抑えるのが彼らの役目。
「いい加減、魔物達にはこの世界から退場してもらいませんとね」
騎獣をグリフォンからユニコーンに変え、アレクセイが言い放つ。
「皆、傍へ」
告げた雀尾煉淡は自分の周りに集まった仲間達と、己にレジストデビルを付与すべくその身を輝かせた。
「‥‥この戦を、最後に」
ユリア・ヴォアフルーラは呟く。
強化された七星剣を構えて。
「行こうか」
呟き、他の鎧騎士達と共にゴーレムを起動させたライナス・フェンラン。
「貴方達も力を貸してください」
そうしてディアッカ・ディアボロスが声を掛けたのは同伴した頼れる相棒ムーンドラゴンとエシュロン。
暗幕のように、森の向こうから接近してくる魔物達に、彼らは行く。
「この戦に勝利を――!」
森に雄叫びが響き渡る。
「ピュアリファイ!!」
渾身の一撃を放つユリアの攻撃にアンテッドの姿が消え去る。しかしすぐさま別の魔物に背後を取られ腕を切り裂かれた。
「っ!」
「伏せて!」
直後のセシリアの指示に、ユリアは反射的に屈む。同時に頭上を疾る軌跡。
ぼたりと地上に落ちた魔物の身体は、ゆっくりと風に吹かれるように消え。
「感謝する」
言うユリアに、しかしセシリアは答えない。否、答える余裕も無かったのだ。
次々と襲い掛かってくる魔物達に誰もが精一杯だ。
「マグナブロー!」
紅子が術を発動した直後、前線を覆い尽くした炎は魔物、アンテッド達を燃す。
続々と集まる敵がセレに入り込む前に術を発動することで、味方を巻き込まないよう留意、時にはファイヤーボムで冒険者達の網を抜けようという魔物も狙い、プットアウトで延焼を防ぐ事も忘れない。
このように地上の敵を駆逐する者がいるように、モディリヤーノら上空の敵を狙える者達は翼を持つ魔物共の一掃に尽力した。
「ウィンドスラッシュ!!」
放たれた風の刃が魔物を両断、塵となって消え行くのを見送る間もなく次の敵へ。
「っ‥‥」
不意に手先に集中した力が散ったのは、精神力も底無しではないから。
「だけど‥‥此処で戦うことを止めるわけにはいかないんだ!」
回復薬を喉に流し込み、再び集中。
「風の刃よ、敵を討て!!」
場は、正に乱戦。
レジストデビルなど援護魔法もしっかりと施されたドラゴンやロック鳥までが参戦した事は、魔物達にとって効果覿面だった。
ムーンドラゴンによるシャドウボム。
ペガサスたちによるホーリー。
敵の数は大量なれど、対する冒険者達との力の差は歴然。
多少の負傷者は出たものの各自が所持していた薬によって回復、冒険者側の有利は揺ぎ無かった。
●第一戦の行方
「おのれ‥‥っ」
「させませんっ!」
精霊を嘆かせし者の身体が薄青の光りに包まれるのを見て即座に反応して見せたのは水のウィザード、レイン。
「水の精霊達よ私の声に応えて!」
アイスブリザード、吹雪の扇。
共に繰り出したそれは、レインの術が勝った。
「ぐぁっ」
「いい加減に諦めな!」
術を返される形でよろけた魔物に勇人の一太刀が振り抜かれる。
「くっ‥‥」
詠唱のために止めた動きを読まれ、追い込まれ。
「まだまだ」
避ければアシュレーの矢が魔物を射る。
――‥‥どうか力を‥‥
アリシアは両手を組み、祈る。
夫の無事を願うのと同じように。
人々の無事を乞うのと同じように。
精霊達の御許に己の声が届くように、と。
「小賢しい‥‥っ!」
そうして翳された手。
茶系統の輝きに包まれる魔物の身体。
「纏めて消してやろう‥‥!」
冒険者がその気ならば、彼らが護ろうとしている民にこそ死者を出してやろうと考えたのだろう。
だが、それも。
「カオスのすきにはさせないのー♪」
グラビティーキャノン。
レンの魔法が、勝った。
「ぐああああっ!!」
受けるダメージこそ大きくは無かったが、蓄積するものは大きい。
特殊防御の術を己にかければすかさす天使レヴィシュナが解除を行い、別の手段を取ろうにも近距離からは勇人とオルステッド、アルジャンが。
遠距離からはウィザード達とアシュレーがその動きを阻む。
連携と、好判断と、実力と。
魔物の動きを止めてさえしまえば冒険者の実力は魔物を上回った。
「おのれおのれ‥‥っ、小賢しい! 愚かで下賤な民の分際で!!」
「嘲るが良いさ、魔物よ」
神聖騎士達が使うとも言われるクルセイダーソードを手に、アルジャンは言い放つ。
「最期の時まで」
「――っ!!」
真横一閃、剣が描いた軌跡は魔物の背を斬り裂き。
「‥‥まずはセレの民と、リグの難民達の想いをこの身に預かろう‥‥」
オルステッド、勇人、二人の構えた槍が魔物の肩目掛けて振り下ろされる!
「まずはおまえからだ、ラクダ! 冥土で待っていれば親分も直に行くさ、待っていろ!」
「おのれぇぇぇぇっ!! この私が人間如きに‥‥人間如きに‥‥!!!! っ‥‥――」
間際、黒い靄に包まれ行く魔物の身体は、しかしそれきり。
アシュレーの放った矢に背を射抜かれたことで発動しようとしていた術は止められ、魔物は塵と化す。
精霊を嘆かせし者、討伐。
「‥‥勝った‥‥のでしょうか‥‥」
祈りの世界から、現実世界へ。
アリシアの細い問い掛けに笑ったのは師ジョシュア。
「‥‥よくやったの」
その彼らしい応えが冒険者側の勝利の証だった。
● そして、リグへ
「覚悟!」
戦場を疾走するユニコーンの背から弓矢を放つアレクセイは、味方を援護すべく、仲間に襲い掛かる魔物の脇に狙いを定めていた。
「‥‥どうやら、終わりが見えてきましたね」
その数が次第に減っていくのを実感したのは、儀式の場で精霊を嘆かせし者が討伐されたのとほぼ同じ頃。そちらの勝利を伝えに来たのはセレの騎士だった。
「精霊を嘆かせし者は倒しました! 我々の勝利です!!」
その言葉は此方側の士気を更に高めた。
「これで安心してリグへ移動出来る」
ゴーレム戦から白兵戦へと移っていたライナスは低く呟くと降魔刀で目の前のアンテッドを両断、視線はリグとの国境向こうに注がれる。
混沌と戦いし勇士達
光りと共に仲間の手を取れ
愛する大地を
国を
人を護る為
闇を恐れず 想いの剣を振るえ――
エリの歌声は月魔法メロディ。
精霊を嘆かせし者が最初に発動させたものと同じ魔法は、しかし今、明らかに異なる影響を勇士達に注ぐ。
負けはしない。
この想いがある限り。
その自信が新たな力となって彼らの内側で燃え上がる。
「深追いはしなくていい、逃げるものは追うな」
そう全体に指示を出すのは、先ほどウィルからシップで到着したばかりのアレクシアス。魔物の減少を確認し、早々に怪我人の判別と治療にあたっていたのはシャルロットだ。
「俺達には次の戦いが控えている、残しておける体力を消費してはいけない」
「アレクシアス様」
騎士達に声を掛ける彼を呼び止めたのはディアッカ。
「いまユラヴィカからの伝令が‥‥此方に群れていた魔物も退いた模様です」
「そうか」
ならば此方側も勝ち鬨の声を。
「‥‥もう大丈夫のようだ」
儀式の自ら進んで参加していた一般民達を己の術中に護り、庇っていた煉淡は聖なる結界を解き、民に笑む。彼の探索魔法にも、もはや掛かる魔物は極僅か。それすらもう間もなく駆逐される。
セレ領内における戦は冒険者側の勝利。
もはや誰一人それを疑わず、そして、それが事実。
「やったな」
笑んだアリルに、アイリーンは眉を顰める。と言っても決して彼の陽気さを疎んだわけではなく、‥‥彼が自分を庇って腕に作った傷を直視する事が出来なかったからで。
「‥‥貸せ」
「痛っ」
強引にその腕を掴んで引き寄せ、発動するのは治癒術。
「‥‥まったく、余計な事をしてくれる」
「ちっちっちっ、美人の身体に傷がつくのを避けられたんだ。俺にしちゃこの成果はでかいんだぜ、って、痛だだだだ!」
「軽口もいい加減にしろ!」
癒える間際の傷口を思いっきり抓られ、思わず叫んだアリルに、次第に広がる笑い声。
――だが、まだ終わったわけではない。
「準備を急げ! すぐに出発だ!!」
冒険者達は持参した薬や魔法で負傷者の治療にあたり、リグへ行くためのシップに乗る者はそのための準備に奔走する。
この場での勝利は確かな成果だったけれど、次に勝てなければこの戦は終わらない。
倒すべきは『死淵の王』。
それを、果たすまでは。
「此方の事は任せてね」
紅子に言われ、レインは大きく頷く。
「セレでもやらなきゃいけない事はたくさんあるのに‥‥全部お任せする事になってしまいます‥‥けど、‥‥どうか、よろしくお願いしますっ」
「ええ」
力強い笑顔と共に戦の場を移す者達がいれば、大きすぎる不安に飲み込まれそうな者も居て、‥‥様々な思いと共に船は行く。
一路、リグの王都リグリーンへ。
この戦の、決戦の地へ。