●リプレイ本文
●溢れ出でるは混沌の
「はああああっ!!」
スマッシュEX、ソードボンバー。
必殺技を惜しみなく使いながら王城への道を切り開く冒険者達。
「決して退くな! 俺達を進ませてくれた仲間のためにも必ずリグ城へ辿り着くんだ!!」
騎士の一人が声高に叫び駆ける者達を鼓舞する。
対して進路を塞ぐ魔物達には終わりが無い。
空から邪気を振りまく者が十数匹の群を成して冒険者達の頭から襲いかかれば、百匹以上の霧吐く鼠が足元から襲い掛かってくる。
「気をつけろ!」
「進め! 絶対に退くな!!」
「う‥‥っ!」
不意に視界に入った光景に嗚咽が漏れる。其処には巨大な禿鷹――死肉を食らう者がいつのものとも知れぬ何かを嘴に加え、にたりと笑っていた。
ばさり、翼を動かせば鼻につくのはおぞましい臭気。
「‥‥っ」
込み上げてくる吐き気に耐えられず、膝を付けば。
「――!」
その身体の下でくすくすと笑う、‥‥シフール?
「っ」
否、邪なる妖精だと気付いた時には、騎士は。
「かは‥‥!」
吐血し、倒れた。
地面に付いた膝に、突き刺さっていたのは折れた剣の破片。
その痛みと衝撃に転がった身体を、更に地面に転がされていた欠片が刺し貫く。
「ぁ‥っ‥がっ‥‥」
『座るときには下をちゃんと確認しなきゃだよー?』
『くすくすくす』
『クスクスクス‥‥』
妖精達の鈴のような笑い声は、次第に霧吐く鼠達が生成した霧中に呑まれていく。
「視界が‥‥、ぐぁっ!」
「ああっ」
何も見えない真っ白な空間。
足を食われて転倒した騎士は。
「! 俺の剣が‥‥!?」
武器を奪われた騎士は。
「――‥‥」
「! おい、そんな処で止まらずに‥‥、‥‥っ!!」
トロン‥‥と、虚ろな眼差しで空を見つめていた仲間に声を掛けた騎士は、次の瞬間にその仲間に斬りつけられる。
「何をする!」
「魅了か‥‥っ」
流れる血。
倒れ行く仲間、失われる力。
そして、溢れ出る魔物。
夢を紡ぐ者、炎を預かる者、心惑わす者。
「翼を生やした黒豹、おまえもか‥‥!」
因縁のある冒険者が叫べば、魔物は甲高い叫びを上げる。
嘲笑うかのように。
貶めるように。
「このままじゃキリがねぇっ!」
「リラ、オーブは使えるか?」
「無理だ、視界が遮られた今の状態では、‥‥っ!」
言っていたその時、不意に頭上から強い羽音が激しい風を吹かせた。黒騎士フェリオール・ホルクハンデが駆るサンドラグーンである。
「おいおい、この程度でもたついていて大丈夫なのか?」と。
聞こえはしないが、そんな動作を上空でして見せる彼に冒険者達は片手を上げて応える。死淵の王との決戦を視野に入れるあまり、こういったその他大勢の魔物への対処が疎かになっていた観は否めなかった。
が、今の羽ばたきで若干だが霧が薄まった今なら。
「大地を司りし精霊達よ、其の力、貸してくれ‥‥!」
「――‥‥!!」
手に握り締めたエレメンタラーオーブに語り掛け、解放されるは地魔法ストーン。およそ五百メートル圏内の魔物のみを一瞬にして石に変えてしまった。
「すごい‥‥」
「なんてことだ‥‥」
今の今まで終わりなどないように思えた魔物達の襲撃が一瞬にして止み、後に残ったのは微動だにしなくなった異形の石像。初めてオーブの効果を目撃した騎士達は驚きのあまり一瞬とはいえ頭が真っ白になってしまったほどだ。
まだ第二陣、第三陣と続くだろうが、これで一先ずは先に進みやすくなる。
負傷した者達には移動しながら治癒薬が手渡され、再び戦える者は前へ。
‥‥戦えなくなった者には、黙祷を。
「急ごう」
冒険者達は再び王城目指して走り出し、その後方にはノルンのエース型を含み十数機のゴーレム達も追走していた。
冒険者達の中、リグの王都リグリーンに既に足跡を残している冒険者は僅か十数名。それも、侵入した途端に彼らを襲った異臭と、残酷な光景と、‥‥意図せず果たされたモニカ・クレーシェルとの遭遇により、今以上の情報を得る事も無くこの土地を後にしたのは一月程前の出来事だっただろうか。
(「リラ殿達と再会した日から、まだそう経っていないはずなのに‥‥っ」)
リグリーンの入り口、黒鉄の三連隊と呼ばれるドワーフの騎士達の意思と、仲間の援護もあって外壁を抜けた仲間達と共に王城へ疾走するリール・アルシャスは辺りの景色を見渡しながら柳眉を顰めた。
それはイシュカ・エアシールドも同じ。
この、都を覆う瘴気の濃さは何事だろう。
「こんな処‥‥人間の住む土地ではありません‥‥っ」
微かに震えた声音は怒りゆえか。
目に見えぬ者達の嘆きや、慟哭が、沈黙の向こうから引いては寄せる波のように彼らの五感に襲い掛かった。
ひどく不快でありながらも痛ましい。
哀しい、叫び。
「また来るぞ!!」
先頭を行く騎士達が後方の仲間へ声を荒げれば冒険者達は表情を引き締める。
「同じ失敗はしません!」
言い放ったレイン・ヴォルフルーラの身体が青き輝きを帯びる。
「こちらも先手を打たせてもらおう」
言うなりリラが空に翳すエレメンタラーオーブ。
放たれた輝きが引いた後には魔物達は再び石と化し、この射程から逃れた魔物単体をレインの魔法が氷塊へ。
「いい子ね、私に力を貸して頂戴」
「進路を阻む魔物に情けは無用」
ノルンのエース型を駆るジャクリーン・ジーン・オーカー、またウィルからスモールドラグーンを持参・起動させているシャルロット・プランが聖弓を構えた。セレにいる天使レヴィシュナによって魔物に効果的な威力を付与された特殊武器だ。
「数多の民の無念を少しは思い知るがいい!」
ライナス・フェンランは機動力重視のノルンに剣を握らせて疾走。
援軍として参戦していたキャペルスを駆るのはアルジャン・クロウリィ。
足で行く冒険者達の前に出て、描く軌跡。
跳躍。
「!!」
地鳴りを響かせ着地したゴーレム達の剣は進路を阻む魔物の群を薙ぎ倒し、射掛けられた矢は百発百中、空中の魔物を射抜き塵へ。
「邪魔はさせんぞ!」
そこには、久方振りにゴーレムを操縦するアベル・クトシュナスの姿もあった。
先陣を切るゴーレム達の下を、足で駆ける冒険者達が行く。
その中で。
「‥‥くっ」
ぐらりと身体を傾かせたのはオルステッド・ブライオンであり、そんな彼にすかさず手を伸ばしたのはフルーレ・フルフラット。
「大丈夫ッスか!?」
「‥‥ああ‥‥平気だ‥‥この程度で膝を付くわけにはいかない‥‥ッ!」
「それにしたって無茶し過ぎッスよ」
フルーレは自分が所持していた薬を手渡そうとするが、オルステッドは視線で彼女の厚意を制す。
「‥‥怪我は既に治癒されている‥‥」
問題は、これまでの全ての戦場において蓄積されている疲労。
無謀だということは誰よりも本人が自覚していたが、それでも実行し全ての戦場を駆け抜けるのは彼なりの信念があるからで、例えこの戦場で朽ちようとも死淵の王に一撃を入れられるなら本望だ、と。
「‥‥天馬よ、今しばらくの辛抱だ‥‥」
自分と共に戦い続けてくれている相棒に声を掛けると、純白のペガサスは俄に瞳を細めた。それは、ひどく優しく、穏やかに。
「‥‥オルステッドさん」
そして、彼のそんな想いを言葉として聞かされることはなくとも察したのだろう。フルーレは表情を曇らせて呟く。
「気持ちは判らないでもないッスけど‥‥帰りを待っている大切な人の気持ちを忘れちゃ駄目ッスよ?」
「‥‥ああ‥‥」
応えは短く、深く。
しかしそれが全てだった。
セシリア・カーター、ケンイチ・ヤマモトも続く。
王城はもう目の前だ。
●リグの騎士達の選択
王都を囲う城壁周辺の騒ぎが落ち着いた事を王城周辺に陣を組んでいたリグの騎士達はとうに気付いていた。そして、戦の騒ぎが次第に王城へと近付いて来ている事も。
「‥‥騎士団長‥‥負けた、‥‥んでしょうか」
「‥‥生きておられるだろうか‥‥」
部下達の彼を気遣う言葉を、モニカは表情を変える事無く、ただ、聞く。
生きていてくれれば良いとは思う。
だが。
「モニカ様‥‥?」
「――」
いつの間にか思考の渦に呑まれていたモニカは呼び掛けられてハッとする。勿論そんな反応を表に出しはしないが、表情は虚ろだったと思う。だからこそ話し掛けられる事を拒むように態度は素っ気無く。
「‥‥どうした」
「いえ‥‥」
気後れした部下がそれきり引き下がるのを良しとし、尚も続く他の部下達の会話は意図せずとも聞こえて来る。
「昨夜‥‥地下牢に侵入者があったと聞いたが‥‥」
「ああ‥‥様子を見に行った奴の話を聞いた限りじゃ‥‥酷い有様だったらしい‥‥人質も全滅だって話だ‥‥」
既に変色しどす黒くなった大量の血痕に、飛び散った肉片。それらも魔物が食らった後では正確な人数など知れるはずもなく、此処から動けずにいる彼らには五〇余名とは言え救出された事まで知らされてはいなかった。
「‥‥もう‥‥死なせたくなかった奴は死んでしまって‥‥護りたい奴もいなくなってしまったのに‥‥なぜ俺は此処にいるんだろうな‥‥」
「どうして戦い続けなきゃならないんだろう‥‥」
ぽつり、ぽつり。
呟かれる言葉は騎士達の本心。
もはや戦う理由はない。
魔物に従う意味もない。
なのに、――‥‥もう、止まれない。
「‥‥どうして‥‥」
近付く喧騒は死淵の王を討たんとする冒険者達。ならば戦う事無く彼らをこの先に通してしまえばいい。頭では判っているのに、心が割り切れないのは、何故だ。
黒鉄の三連隊と呼ばれる彼らが戦った。
多くの仲間達が散っていった。
そして、民も。
なのに自分だけは生き永らえるのかと、どこかで何かが囁くのだ。
「魔物を倒せば国の復興だ‥‥復興する民を支えてこそこの国の騎士を名乗れるだろうに‥‥なぜ、俺達は‥‥」
手にした武器を置く事が出来ないのだろうか‥‥?
「ならば私が命じる」
不意にモニカが口を切れば全ての騎士達の視線が彼女に集まった。
「モニカ様‥‥?」
「何をお命じになられると‥‥?」
「おまえ達は全員、武器を置け」
「――!」
「何を‥‥っ!」
「此れより来るホルクハンデ、クロムサルタの連合軍および冒険者達と戦う必要はない。全員投降し、リグの復興に尽力しろ」
「モニカ様は!!」
「私は正騎士」
その名は、もはや彼女自身の意志よりも重い意味を持ち。
「正騎士が王より生き延びる事などあってはならない」
「ですがそれでは‥‥!」
更に言い募ろうと部下の一人が口を切るも、彼女の視線は、既に前方へと注がれていた。
――来る。
上空、青い空に煌く機体はサンドラグーン。騎士の名はフェリオール・ホルクハンデ。
「黒騎士‥‥!!」
リグの騎士達は声を震わせ、剣を構える。
「武器を置けと命じている」
「ですが‥‥っ!!」
「おまえ達が戦う必要は無い!!」
モニカが声を荒げるうちに、エース型のノルンを含むゴーレム部隊は勿論のこと、足で駆けて来た者達も次々とモニカ達の前に。
「‥‥武器を置け」
「モニカ様‥‥っ」
戸惑う彼らの眼前、サンドラグーンから降りて姿を現したフェリオールは言う。
「‥‥待たせたか」
その声音はひどく静かで、穏やかだった。
●進む者達
王城前に到達した冒険者達は、リグの騎士達が自分達に向けて武器を構える姿に戦闘態勢を取ったが、そんな彼らの手先が震えている事にはすぐに気付いた。
様子がおかしい。
その理由を確認するより早く、サンドラグーンから降りたフェリオールが口を切る。
「‥‥待たせたか」
「いや」
対してモニカの声音もひどく落ち着いていた。
「頃合だ。こちらの話も纏まったところだ」
「そうか」
彼女の答えに息を吐くフェリオール。
「で、答えは?」
「彼らは誰一人おまえ達の進路を阻まない。死淵の王を討てると言うのならば進め。‥‥いや。魔物を討ち、リグの民を救ってくれ。もう、貴殿らに頼むほか未来は無い」
モニカはその言葉を冒険者達に向けて告げ、しかしフェリオールには剣を抜く。
「‥‥だが、私までが剣を置くわけにはいかない。面倒だろうが、相手をしてもらおう」
「モニカ様!!」
言う彼女に部下達は食って掛かり、フェリオールは剣を抜く。
「ふっ‥‥最初からそのつもりだ」
「フェリオール殿!!」
正に斬りかかりそうな雰囲気の彼らの間に立ち塞がったのは冒険者達。
生身ではとても声は届かないと、セレの騎士が駆っていたグライダーを一時的に借り受けて飛翔したのはリールだ。
「待てフェリオール殿!」
ドラグーン二機の搭乗口付近に佇み向かい合う彼らに、必死に声を張り上げる。
「何故斬り合う必要があるんだ! モニカ殿は判っていらっしゃるっ、戦う必要などもうないだろう!!」
どのような理由が有るにせよ、大切な者の命を奪ってしまった者達を彼女は知っている。同時に、彼らがどんなに苦しんで来たかも。
だからこそ、そのような思いをする者が今以上に増えるのは阻止したかった。
此処に来る以前にフェリオールが語った王都に居る「護りたい」存在、それがモニカであるならば尚の事、二人を戦わせるわけにはいかない。
フェリオールだけでなく、モニカに向けても言葉を放つ。
「ご自分の行いに悔いていらっしゃるのだろうとは思う! だが、欲張れ! 例え過去の罪は消せずとも償う事は出来るんだ! 未来でっ、己の欲しいものを全て手に入れられるよう尽力しろ!」
必死に。
懸命に声を張り上げる彼女に、フェリオールもモニカも一切の反応を見せなかった。そんな彼らを見つめ、次いで割って入ったのはドラグーンを駆るシャルロットだ。
フェリオールの前方に立ち塞がり、進むべきは貴殿だと告げる。
「フェリオール卿。貴殿は貴殿の成すべき事を成せ」
それは王を討つ事だと暗に語れば、黒騎士は笑った。
「生憎だが、俺は王などどうでもいいんだ」
リグの国王グシタ・リグハリオスも。
カオス八王が一人死淵の王も、どうなろうと自分の知った事では無い。
「親玉討伐は、それこそ貴殿らに任せる。何なら、シップで待機しているエガルド伯を連れて行って彼に討ち取らせればいい。次期国王になるにも上々のデモンストレーションだろう。これからのリグを思えば、彼ほど玉座に相応しい者はいない」
「‥‥本気で言っているのか」
「無論」
シャルロットの確認を、フェリオールはあっさりと認める。
「ここでモニカが素直に退くのなら王を討ちにも行くが、此処で退くようなら、それは既にモニカではない。それこそ、魔物に憑依されたか何かした偽物以外の何物でもないだろう」
そう語る彼の表情には迷いなど皆無。
「俺には、此処であいつを討つ義務がある」
「フェリオール殿‥‥」
「行け。せっかく素直に通してくれるというんだ。貴殿らの目的は魔物を討ち取ることだろう」
彼の言葉に冒険者達は顔を見合わせた。
確かに、これから王との決戦を控えて体力を消耗する事は望ましくない。後ろ髪は引かれるが先に進むことこそ必要だろう。
だが、そうして一歩前に出た彼らの足先に呼応するかのように、モニカ側についていたリグの騎士達が一斉に剣を抜く。
「!」
「おまえ達‥‥!」
驚く彼らに、騎士は語る。
「モニカ様お一人を犠牲にするなど、出来ません!」
「貴女が戦われると言うのなら私達も戦います!」
「おまえ達にリグを救おうという者達と戦う理由などない!」
「ならばモニカ様にだって‥‥!」
言い合う彼らに、フェリオール。
「ごちゃごちゃと面倒だ。‥‥いっそ、全員纏めて俺が相手してやろうか」
「‥‥っ、お待ち下さい‥‥!」
もはや我慢の限界だと地上から声を荒げたのはイシュカだ。蒼白になった表情は緊張や怯えでは決してなく、むしろ強すぎる怒りゆえに顔色が変わっていた。
「そのように簡単に‥‥っ、戦う事を選ばないで下さい‥‥! 死んで楽になろうなんて思わないで下さい‥‥!」
死んで、楽に。
その言葉にモニカの眉が顰められる。
イシュカは続ける。
「壊すのは一瞬でも再建には多大な時間と労力が必要なのに‥‥っ、それら全て民に押し付けて逃げる気ですか! 民の命をっ、幸せを! 奪ったと思うのなら生きて戦いなさい!」
「知った事を‥‥っ」
リグの騎士が。
‥‥此方側にいたリグの騎士が、イシュカのその言葉に感情を露にした。
「誰が死んで楽になろうなどと‥‥! 誰が逃げようなどと‥‥っ、貴方は騎士の覚悟がお判りでない!」
「っ‥‥?」
「そうですね‥‥騎士達の辛過ぎる選択を非難する事など自分達には出来ないッス」
憤慨する騎士へ、即フォローに入ったのはフルーレだった。
彼女も騎士ならば、リグの彼らの覚悟は判らないでもなかった。
だが。
「ですが今この期に及んで! 死淵の王を討たんとする時に何故立ちはだかる必要があるッスか! リグの騎士が! 国の為の最善を選んで剣を振るわなくてどうするって言うんですか!」
「‥‥っ」
国の為の最善。
その言葉には幾人もの騎士が言葉を詰まらせ、武器を持つ手に躊躇いを生じさせた。
「‥‥モニカ様。貴女はこれほどの騎士達に慕われていらっしゃいます」
不意に口を切ったのはジャクリーン。此処まで自分を乗せてくれたノルンに手を添えて告げる言葉は、温かく。
「騎士とは民の命だけでなく心をも守る者だと私は思います。民の事を思うのであれば、死淵の王を倒した後にこそ貴女の力が必要なのではないでしょうか?」
「‥‥光り輝くだけが銀の美しさではない」
低く告げる声はアルジャン・クロウリィ。彼もまたキャペルスから降り、生身の声を彼女に届ける。
「燻され曇ったとて、また別の美しさが出てくるもの‥‥今は離れた場所にいる家族のために、愛する者達の為に力を尽くす事こそ成すべき事ではないのか」
「家族‥‥」
呟いた騎士の一人は、しかしすぐに首を振った。
「いや、もう遅い‥‥地下牢に囚われていた家族は既に‥‥っ」
拳を握り、声を震わせる彼らにそれならばとフルーレが慌てる。
「全員ではないッスけど‥‥全員は、助けられませんでしたけど‥‥っ」
けれど幾人からは救出し、現在はセレで保護されていると告げれば彼らは目を見開いた。
「自分達の力が足りず‥‥全員を救出する事が出来なかったばかりか‥‥魔物共に、大切な方々を‥‥っ」
次第に語尾が掠れていくのは、数時間前の光景を思い出すだけで心の奥底、後悔や自責の念が溢れ出して来るからだ。
此処で立ち止まるわけにはいかない、その一心で前進して来たけれど、思い出せばそれだけで身が竦む。
「‥‥本当に‥‥すまない事をした‥‥」
彼女と共に地下牢への侵入を果たしているオルステッドが続けば、騎士達は顔を見合わせた。
「‥‥そうか‥‥昨夜の侵入者とは、貴殿らか‥‥」
「五〇余名は生き延びたのか‥‥」
その中に己の大切な人が含まれているのか、今は知る由も無い。
ただ、願うだけ。
君は今も生きているだろうか。
あのような地下牢から解放され、緑豊かだと聞くセレの地で、‥‥自分の無事を祈ってくれているのだろうか。
そう思うだけで、――‥‥救われる。
「‥‥っ」
不意に漏れ出るのは、嗚咽。
「‥‥生きて帰りましょう‥‥?」
レインが語り掛ける。
「皆さんの帰りを待っている人、きっといます‥‥救えなかった人も、いて‥‥待ちたくても、待てなくなってしまった人も、いるけれど‥‥、でも、皆さんが‥‥迎えに来てくれるのを、絶対に、待っているんです‥‥っ」
だから帰ろう、と。
告げる彼女は自分が所持している唯一のスクロールを紐解いた。
セレの地で、リグの国の行く末を案じ祈り続ける民の姿をモニカに送る。
気付いてと願う。
「‥‥っ」
貴女が護りたいものは、一体なに。
「戦うなら‥‥、命を賭して戦うなら、魔物と、戦いませんか‥‥?」
今、ただ一人。
モニカの脳裏に浮かぶ光景は彼女の心を揺さ振った。
真摯に訴えられる言葉の数々に騎士達は言葉を発せず。
その内に王都入り口で黒鉄の三連隊との戦闘を終え、リグのドラグーンで追い付いて来たリィム・タイランツから齎された情報は。
「ガラさん達は生きてるよ。ボク達を信じてくれたんだ!」
その言葉が、あればこそ。
「‥‥まだ悩むと言うのなら‥‥先に死淵の王を討とう‥‥」
語るオルステッドに、他の冒険者達も頷く。
「グシタ王よりも、まずは死淵の王を討つ。奴が倒れれば、グシタ王も正気を取り戻すかもしれない。進退を決めるのはそれからでも良いだろう」
「共通の敵は死淵の王、‥‥それに相違は無いはずだ」
「モニカ様」
「モニカ様‥‥!」
真っ直ぐに告げられる言葉を、リグの騎士達は信じたいと願い。
その願いは正騎士の心を動かす。
「‥‥死淵の王‥‥討てるのだな」
「討つ」
たったの一言。
しかし、躊躇のない断言は彼女に腹を括らせる。
「‥‥判った、ならば――」
だが、モニカがそう語った瞬間。
『裏切るのか?』
「っ!!」
不意に耳元で囁かれた言葉は、魔物。
「っ!」
城壁の向こう、再び魔物の群れが溢れ出て来る。
『だから我が君の傀儡となるが楽だと教えてやったのに』
『傀儡となれば楽に殺しを楽しめたのに』
『この瘴気の何と心地良いことか』
邪気を振り撒く者、夢を紡ぐ者、心惑わす者――魔物達は彼らを『裏切り者』と呼ぶ。
『正気のまま狂いたいなどと愉快な連中』
『それなら面白いが裏切りは許さぬ』
空から、地上から。
群れて来るは制裁の手。
『裏切り者には死を』
『裏切り者には死を!』
『裏切り者には死を!!』
「またか!」
「いい加減に鬱陶しい!」
そうして全員が剣を構えればフェリオール。
「王を討つ者は先に行け! 余計な体力を消耗するな!!」
「我々が援護する!」
言う彼らは、リグの騎士。
「モニカ、おまえとの勝負は一時冒険者達に預ける、――いいな」
「承知」
そうと決まれば敵は一つ。
「モニカ様、我々は‥‥っ」
「魔物を討て」
その一言が、全て。
「死淵の王を討つという彼らを援護しろ!」
「――っ、はい!!」
応じる、彼らの表情が。
無意識に綻んでいた事を誰が知るだろうか――。
●王を討つ
オルステッド、フルーレ、リール、イシュカ、セシリア、ケンイチと死淵の王を討つべく先に進む彼らの殿についたのはノルンを駆るジャクリーン。
その彼らを更に此方側で援護するのはゴーレムを起動させるリィム、ライナス、アルジャン、それにシャルロットら鎧騎士達と、レインを始めとするセレのウィザード。
そして、リグの騎士。
ゴーレムによる派手な一撃で十数匹を一度で薙ぎ払い、道を開かせれば冒険者達は其処から城の内部へと駆け込むが直ぐに前方を塞がれる。これを何度も繰り返すのはあまりに効率が悪過ぎたが、無限に続く魔物の来襲には繰り返すほか手立てが無い。
唯一、死淵の王をリグの国から滅する以外には。
「オーブよ!!」
ストーン魔法を発動するエレメンタラーオーブによって道を作るも、使用回数だって無限ではない。元来魔法職ではないリラであれば尚のこと、その回数は限られる。
もう無理だと思えば信頼する仲間にそれを委ね、精神力の回復に努めなければならなかった。
死淵の王を討つというメンバーの姿が完全に混沌の向こうに消えて。
いよいよ鎧騎士達のゴーレム稼働時間にも限界が来た頃。
それでも止まぬ魔物共の襲来に。
「ったく‥‥俺とモニカが一騎打ちで殺し合いでもしていたら魔物もこんな面倒な真似しなかったんじゃないのか?」
失笑を交えたフェリオールの言葉に怒りを覚えるのはリィム。
「冗談じゃない!」
はっきりと言い放つ。
「愛するヒトを死者の王のリストに載せるなんて絶対にしちゃいけないし、させちゃいけない!」
「――」
「あなたが彼女を救いたいなら他の誰に非難されようと彼女に手を差し伸べてあげて下さい!」
憤慨する彼女に虚を突かれて目を丸くしていたフェリオールは、しかし、数秒後には吹き出して笑う。
「なるほど、愛するヒトね‥‥」
自分達の関係は、そんな温かなものでも。
綺麗なものでもないけれど。
何となく、冒険者達が勘違いしているような気もしていたが。
「‥‥なるほど」
黒騎士は繰り返す。
やはり後々彼女とは一戦交えなければならないだろう。
「はあああああっ!!」
気合と共に剣を振るうシャルロット。
魔物を寄せ付けないライナス。
「‥‥っ」
息を切らしながらもレインは近くの火魔法使いに、持参したホーリーガーリックに火を付けてもらった。
途端に独特の臭気が周囲に立ち込め、付近の魔物達の動きが鈍る。
この機にと騎士達の剣が魔物に斬り込む間にレインは貴婦人の聖水を一気に喉に押し流した。
「ここで‥‥ここで諦めたりなんかしませんっ」
そうして触れる、左手の薬指に光る銀の指輪。
決戦前夜に滝日向に手渡されたそれは、恋人アルジャンと揃いの結婚指輪。
『君と共に』『貴方と共に』
生きる未来を誓った指輪だ。
「そうさ‥‥負けはしない」
その指輪に触れて、アルジャンもまた心に力を。
負けない。
戦い続ける。
――だが、魔物の追撃は緩まず。
誰しもが疲弊していった。
●
戦況は不利。
死淵の王が斃れるまで魔物の追撃は止まない。
冒険者達の疲労は嵩む。
それでも戦い続ける彼らを支えるのは、仲間が死淵の王を必ずや討ち取ってくれるという信頼に他ならなかった――。