●リプレイ本文
●二人の王
精霊を嘆かせし者は討伐され。
黒鉄の三連隊は冒険者の前に敗れ。
正騎士モニカ・クレーシェルは彼らの説得に心揺さ振られ王を裏切るに至った。
「躾が行き届いていないのではないか?」
くすくすと喉を鳴らしながら言う死淵の王は、しかし実に楽しげだった。
「まぁいい‥‥あの者達の葛藤もなかなかに愉快だった‥‥後は我がリストのその名を刻んでやるのみ」
言う死淵の王に、グシタ王が肩を竦める。
あえて言葉にして告げる事はなかったけれど、その態度に部下を庇おうとする姿勢は皆無だ。もはや誰が生きようが死のうが彼には関係ない。それは、恐らく自分自身の生死すらも。
‥‥もう、どうでもいいのだ。
己の命が尽きる最期のその瞬間まで、飽きる事がなければ。
一方で、死淵の王も。
(「更にどれだけの死者が増えるのかも興味深いが‥‥人間同士の情とはかくも愉快なものか‥‥」)
たかだか数個の命を救うためだけにあれほど真剣になれる者を愚かだと嘲笑う魔物にとっては、いま、死者のリストに名が増えるよりも興じられる光景が目の前に広がっていた。
「さぁ‥‥此処でも楽しませてもらおう、人間共よ」
王は、その手に巨大な鎌を携えた。
柄の長さ、約三メートル。刃は湾曲を描いて二メートル近い。
死を司る者の、魂を狩るもの――。
●辿り着いた決戦の地
王城へ進入を果たした後も魔物の追撃は続いた。
ノルンを駆り弓で迎撃していたジャクリーン・ジーン・オーカーも機体を降り、此処まで単身追走して来ていたペガサスに騎乗して城内を行く。魔物に対し効果的な抵抗力を保持するペガサスだからこその助力を受けて先頭を行く彼女の周りには、同じくペガサスに騎乗するアレクシアス・フェザント、オルステッド・ブライオン、導蛍石、雀尾煉淡らが連なり、その後方から更に効果的な攻撃を加え行くのはグリフォンに騎乗する冒険者達。
陸奥勇人、オラース・カノーヴァ、フルーレ・フルフラットらに続いて自らの翅で空を翔ける飛天龍も。
「邪魔をするなっ!!」
もはや容赦はない。
手加減も皆無。
全力で魔物共を駆逐していく彼らに助けられる事によって、足で行く冒険者達も嵩む疲労を幾らか抑えられていた。
アシュレー・ウォルサム、グラン・バク、ルミリア・ザナックス、リール・アルシャス、セイル・ファースト――。
しかし体力面には自信のない、主に前衛職ではない者達にとってみれば王都の外から走り続けて来た身体はそろそろ悲鳴を上げている。それでも弱音の一つも吐かずに走り続けるイシュカ・エアシールドを気遣うように、先ほどから付かず離れずの距離を保ったシルバー・ストームが後方を走り続け、同じく疲労から顔色を悪くしているケンイチ・ヤマモトの後方にはセシリア・カータが。
「っ」
足元が覚束無くなり、斃れかけたケンイチを、不意に支えた腕は此処まで共に走って来たカイン・オールラント。
「大丈夫か?」
「は、はい」
「あんたは精霊を同伴するより騎乗出来る相棒を同伴した方が良かったかもな」
苦笑交じりに言う石動良哉に決して悪意はなかったのだが、特に彼がオルステッド同様ほとんどの戦場において戦う姿勢で居た事を知っていたのもあり、もう少し体力面の事も考えてもらいたかったのだ。
だが、彼だけではない。
いくら体力には自信のある面々だとて、戦いながらの前進は決して楽ではない。
ましてや、これから彼らが戦おうとしているのは死淵の王。
カオス八王とも呼ばれる魔物の王なのだ。これ以上の体力の消耗は命の危険に直結する。
「‥‥リラ」
「ああ」
カインが低い声で友を呼び、リラは応じる。
注意深く襲ってくる魔物の動きを見てみれば、連中が現れる方角が次第に判って来た。ある地点を境に、前方から来ていた魔物は脇からになり、今は八割方が後方から迫ってくる。
「魔物が湧いてくる何かがこっちの方角にあるって事か」
良哉が肩を竦めて言い、その足が、止まった。
「! 良哉殿?」
リールが呼ぶと同時に、今度はカインとリラの足が止まる。
「どうしたんだ」
「俺達は此処に残って魔物共を引き付ける」
「っ!?」
思い掛けない言葉にリールの足も止まりかけるが、止まるなと直ぐに声が飛ぶ。
「行け! 死淵の王討伐がおまえ達の役目だろ!」
そう言われれば反論など出来るはずもなく、リールは歯を食いしばる。
「‥‥っ、後で、また必ず!」
「当然」
「‥‥後で、また会おう」
カイン、リラの応えを。
今は信じるしかなくて。
冒険者達は先へ進む。その背後から届いた輝きはストーン魔法を発動するエレメンタラーオーブの輝きだったのだろう。
更に進めば襲い掛かってくる魔物が激減した。
「フェリオールの話じゃ、この最上階に王の間だ」
勇人が前以て聞いていた話を皆に伝え、現時点を把握する。
地下牢に侵入していた冒険者達も中にはいるが、人質を捕らえていた地下牢と王城では、そもそも移動する経路が異なるため大した役には立てなかった。
「くそ‥‥っ」
セイルは唇を噛み締める。
人質救出作戦では五〇余名しか救えずに大勢の人々を犠牲にしてしまった。それに対しリグの騎士達は、五〇余名が救われただけでもと感謝の心を告げたが、今こうして城の案内にも役立てない事はセイルやフルーレ、オルステッドにとっても悔やまずにはいられない。
ならばこそ、死淵の王だけは絶対に。
必ず。
「‥‥扉です」
静かな呟きを零したジャクリーンに次いで、スッとその腕を上げ、後方に続く仲間に止まるよう促したのはアレクシアス。
「煉淡」
「少しお待ちを」
応じて瞳を伏せた彼の身体が白く淡い光りに包まれた。
デティクトアンデット。
「扉の先に、反応が一つ」
「死淵の王か?」
「それは、確かめてみなければ」
勇人の問い掛けに煉淡が低く返せば、蛍石が皆に声を掛ける。
「全員、私の傍に寄って欲しい」
告げて詠唱するはレジストデビル。
これによって魔物から受けるダメージは軽減されるはず。また、精神に害を為す術からも守られる。
「助かる」
大半の者は僧侶の援護に感謝の意を示すが、中には自身による術以外は受け付ける気の無い者もいて。
「回復は良いか」
煉淡が確認すれば、皆が各々の回復薬で負傷に関しては完全に治癒。ただ、蓄積された疲労ばかりはどうしようもなかったけれど。
「‥‥行こう」
アレクシアスが声を上げ、扉に手を掛ける。
そこには施錠も何もなく簡単に冒険者一行を中へ迎え入れた。
●浅慮と、覚悟と
冒険者達が扉を抜けて目にした光景は、ひどく異様なものだった。
王との謁見の間は、本来であれば王を護衛するものや、国の重鎮達が脇に控え、王を王として奉るはずの場所であるはずなのに、いま、玉座に座る王は独りきり。
傍にいるのではと予想していた死淵の王の姿もない。
「おまえがリグの国王か」
天龍の問い掛けに、王は笑った。
「そうだ、私がこの国の王だ」
酒杯を軽く揺らして応じる彼の、何という余裕か。
(「‥‥死淵の王は、どこに‥‥」)
イシュカは目を凝らして辺りを探るが、何処にもそれらしき姿はない。その所在を明らかにする方法の一つとして良哉のムーンアローを考えていたイシュカだが、その本人が居なければ試す事は出来ない。
ムーンアローの使い手ならば良哉よりよほど頼りになる術師ケンイチが共に此処まで駆け抜けて来ているのだが、‥‥其方に頼るのは憚られる理由でもあったのか。
何れにせよ冒険者達の視線はただ一点、独りきりで玉座を埋めるグシタ・リグハリオスへと注がれる。
「‥‥月並みな質問だが、聞かせてもらおうか」
口を切るのはグラン。
それほどこの国と縁ある訳ではなかったが、だからこそそれを聞いておきたかった。
「何故このような事をした。一国の王が、デビノマニか」
煉淡のデティクトアンデットで感知した魔物が目の前の王であるなら、答えはそう言うことだ。もはや討つ以外に救う方法もない。
「混沌の者と契約を交わし、その力を手に入れて、一体何をしたかったのか」
「何を、とは難しい質問だな」
王は笑う。
やはり、静かに。
「別に何かがしたかったわけではない、それまでの生活が、あまりにも退屈だっただけだ」
「退屈‥‥?」
その言葉に反応したのはフルーレ。国王の浅慮のせいでどれだけの人々が犠牲になったかを直に見て来ているからこそ、彼女の胸中に湧き起こる激しい感情。
「何も変わらぬ、‥‥何も無いのが一番、平和は何よりも尊いと言い聞かされて来た私には、繰り返しのような毎日が退屈で、イヤで、仕方が無かっただけだ」
「退屈か‥‥」
その言葉を再び繰り返すのはグラン。
彼は軽い息を吐くと腰のテンペストを抜く。
「‥‥世界は広く、世界は常に驚きに満ち溢れている。そして人間には、その世界を自由に行き来出来る足があるのだ。それに手を伸ばしもせず、退屈だと言い切る――貴殿は、王という柵に縛られ囲われた自分自身に勝手に失望しただけだ」
「なるほど‥‥そういう考え方もあるか」
クックッと喉を鳴らしながら、王は酒杯を近くの卓に置くと、立ち上がる。
「だが、今更そのような話をしてどうする。私は既に此処まで来ているのだよ」
そうして笑む表情には躊躇いなど欠片も無く、
「許しません‥‥っ」
フルーレもまた剣を抜く。
「――だったら別の質問だ」
そんな仲間を制するように言葉を重ねたのは勇人。先に己の傍に寄り添う陽霊に話を聞くも左右に首を振られた彼は、ならばと本人に直接問う事にした。
「お前さん、もう何でも楽しいんだろう?」
「ん?」
「目の前で誰かが死んでいくのも、自分が死ぬ事すらも」
「ならばどうだと言うのだ」
「だったら教えろよ、死淵の王の居場所を」
彼もまた光の槍を構え、言い放つ。
「死淵の王相手に俺達の戦う様を特等席で見せてやる」
「ふっ‥‥」
勇人の挑発を、王は笑う。
「確かにそれも悪くはない‥‥しかし、そうして強がるおまえ達が死淵の王に弄ばれる姿の方が面白そうだ」
王が告げた、その時。
「悠陽?」
冒険者達の連れて来た精霊達が身体を震わせ主にしがみ付く。
「来る!」
デティクトアンデットの効果が持続している煉淡が声を上げた瞬間に冒険者達を包む緊張感。
「もうすぐ其処まで‥‥」
感知能力で判る限りの情報を伝える煉淡だが、姿が見えない。
声も、足音も、臭いすら。
そうして次なる異変はケンイチの傍にいた精霊達。
『いやあああぁッ』
「!?」
何かに弾かれるように、一瞬にしてその姿が消えた。
だが、主であるはずのケンイチの様子は変わらず。
「――‥‥」
変わらないまま、竪琴を抱き。
「ケンイチ殿‥‥?」
仲間の声にも応えず、奏でる旋律に乗せる歌声。
闇よ
混沌よ
その息吹は
死の如き穏やかに
その鼓動は
蹴散らされる虫の如き卑しく
願うは沈黙
求は静寂
其は死淵の王の僕なり――
「ぁ‥‥っ」
「止めろケンイチ‥‥!」
心に響く月魔法。
メロディ。
その旋律に乗せられた導きの言の葉は冒険者達に耳を塞ぐようにその場で膝を付いた。だが、聴覚を塞ごうとも心に響く歌声は彼らを縛る。
「くっ‥‥」
戦意の喪失。
気持ちを沈ませる歌。
「こんな子供騙しで‥‥っ」
レジストデビルを掛けたはずだったのに、何故。
そんな疑問を胸に力を奮い立たせたのは蛍石。
「光りよ、その者を解き放ちさない!! ホーリー‥‥!」
膝を付いたままながらも白い輝きに包まれた蛍石はケンイチに向けて強烈な聖なる力をぶつける。
直後に輝いたのはケンイチの身体。
聖なる者は決して傷つけない魔法は、ケンイチの身の内に魔物が潜んでいればそれのみを攻撃するはずだった。
だが。
「ははははははは!!」
ケンイチは輝いたきりその場に倒れ込んで意識を失う。負傷は無いが強大な混沌の波動に支配された事で力尽きたのだろう。
後には嘲りに似た笑い声が辺りを包む。
「愚かしい人間がいたものだ、こやつはそなたらの仲間か? なぜ他の者達のようにレジストデビルを受けなかったのか」
ホーリーを待たず自ら憑依を解いた死淵の王は、虚空にその身を晒し、笑う。その背後からじょじょに増え行く下級の魔物達。その威圧感に、誰しもが気を張るのに精一杯だった。
「やっと姿を見せやがったな‥‥」
片足を引き、いつでも攻撃出来るよう皆が体勢を整えるのを見遣り、漆黒のローブに身を包んだ魔物は巨大な鎌を振り抜く。
「さて‥‥」
そうして呟く魔物の身体を包んだ黒い靄。
「これでおまえ達の攻め、二度は効かぬぞ」
「そうはいくか」
言い、煉淡が唱える常人の力を遙かに逸した効力を備えたニュートラルマジック。それ一つで魔物の特殊防御の術は解かれてしまう。
しかし、‥‥それでも魔物は笑う。
楽しげに。
「ふふふ‥‥そなたら卓越した能力を持つらしいが、それだけか」
「何っ?」
「超越クラスの魔法‥‥今ので何度目だ?」
その指摘に、此方には回復薬があるのだと術士達。
だが。
「その回復薬、我等が素直に飲ませてやると考えているのなら結構な事だ」
「なっ‥‥!」
「敵が我等二人だけでない事くらい、最初から判っていたはずだろう?」
煉淡が取り出したソルフの実を瞬時に盗んだ魔物が、それを死淵の王の手へと運んだ。 溢れ出でる混沌の魔物達は数を増す。死淵の王を囲み、冒険者達に目を光らせ、彼らが回復薬を取り出すのを今か今かと待っているのだ。
「‥‥っ」
「私がいま用いたのは低級の魔物すら容易く扱えるようなレベルのもの。それにまで超越クラスの解呪を仕掛けてくるなど無駄でしかない。――強い力を持てば、それだけで勝てるとでも? 我等カオスをそこまで見縊ってくれたか人間よ」
ガリッと、奪ったソルフの実を飲み込んで、魔物。
「その人間も」
倒れたケンイチを見下し、笑う。
「他の者の言う事など聞こうともせずに裏方などと‥‥この期に及んで考えたのがそれだけとは恐れ入る。人間とはかくも無能な動物か」
憑依する事で思考すらも読み取ったのか、死淵の王は大仰に笑い飛ばした。
「このような、我らを楽しませる気の無い者など要らぬ。‥‥よもや、そなたらまで同類ではあるまいな」
「くっくっくっ‥‥」
魔物の哄笑に、グシタ王の嘲笑。
「我が名は死淵の王。司るは死。カオスを統べる八王が一」
ばさりとローブをなびかせ、その鎌を持ち上げる。
「――人間よ、此処で死んでゆけ――私を楽しませてからな!!」
「やれるものならっ」
「やってみろ!!」
勇人と。
天龍の声が響く。
それが開戦の合図だった。
●未来を掴む為に
「貴様の悪事は此処で終わらせる!」
覇気を放ち空を行く天龍が敵の懐目指して飛翔する。
鎌の柄で天龍の進路を阻んだ魔物、その瞬間に光の槍で腹部を狙った勇人。
「ハッ!」
魔物は一笑、身を捩る。
至近距離にあった腕を掴まれて包む黒い靄。
「させるか!」
先手を打とうと飛び込んだセイル、同時に彼らを覆ったカオスフィールド。その影響は彼らだけでなく、直径十五メートル以内に入っていた全員がダメージを負った。そうして全員の意識が一瞬とはいえ逸れた隙に続く詠唱。
「おまえの魔力、貰い受ける」
「!!」
イシュカが魔力を奪われた。
「回復薬よりもよほど効果的だ」
ククッと喉を鳴らし、魔物。
「さぁ、次は誰だ」
「小癪な‥‥!」
回復薬を狙う魔物達の討伐に意識を傾けていたルミリアが声を震わせた。
援護に向かおうにも尽きる事無く集まる魔物の群れが仲間を襲えば元の木阿弥、彼女がアシュレーやセシリア、ジャクリーン達と共に雑魚を一掃してくれるからこそ死淵の王に専念出来る冒険者がいる。
「食らえ!!」
二人の騎士が同時、スマッシュで強烈な一撃を加えてやろうとすれば命中率が下がる関係もあり、回避能力に長けた魔物にはかわされた。
更に騎士達の魔力は決して多くない、回数を重ねれば限界は避けられない。
「おまえ達はそろそろか?」
実に楽しげな呟きと共に魔物を包む黒い光。
「そなたらの魂、貰おうか――デス」
唱えられた魔法に、魔物の間近で息を吐いていた彼らは巻き込まれ、――死亡。
「――っ!!」
仲間の名を呼ぶ彼らの声に重ねて魔物は嘲笑う。
蛍石や煉淡、イシュカを見遣り嘯く。
「さぁどうする、そなたらの貴重な力を使って奴等を生き返らせるか? それとも放っておくか? それもよかろうよ、どのみち全員が死ぬのだからな」
「‥‥っ」
それが魔物の挑発だと、誰でも判る。
だが仲間の死を見過ごす事など出来るはずがなくて。
「ふっ」
「貴様!!」
蘇生を開始する僧達を嘲る魔物にオラースが斬りかかった。
「!」
同時に魔物を襲った重圧感。
動きが鈍る。
「何かしたか」
「こっちにも手立ては色々あるんだぜ!!」
そんな彼の手元には祈りを捧げられたヘキサグラム・タリスマン。たとえ気休め程度でしかなくとも取れる手段は取る。
振り上がるゴートスレイヤー。
魔物への威力を増した魔剣。
「覚悟しな!」
しかし魔物の王は動じない。その剣を鎌の柄で受け、弾き返す。
「!」
オラースの腹を鎌が裂くかという一瞬。
そこで隙を生じさせた魔物の背にウィンドスラッシュが放たれた。ウィザードなど一人もいない状況下でそれを操ったのはシルバー。
彼のスクロールだ。
「――なるほど、スクロール使いが居たか」
魔物は口の端を上げるとその手を翳す。しかし術を放つより早く。
「!!」
射掛けられる矢はアシュレー、ジャクリーン、双方から。
「私達は一人で戦っているわけではないのですよ」
「そういうこと」
無数に飛び交う魔物の相手をしながらも、この場で遠距離攻撃を可能とする戦力は極僅か。弓使い達は冷静に場の状況を把握しようとしていた。
「無能ばかりではなかったか」
「減らず口を!」
そうして飛び掛ったフルーレは、しかし。
「フルーレ殿!」
鎌に薙ぎ払われ。
後方に吹き飛ばされた身体をリールが支える。
「フルーレ殿!?」
「くっ‥‥」
不意に、魔物の雰囲気が変わる。
「面白い‥‥」
なるほど、おまえ達は人間にしてはやるようだと。
その表情が此れまでと違った笑みを形作る。
「来い」
その挑発に、冒険者達もまた息を整える。
乗せられてはならない。
落ち着け。
「‥‥貴様も‥‥魔物の王を名乗るだけあって他の魔物とは格が違うようだ‥‥」
弾む呼吸の合間に掠れた声を押し出すオルステッド。
彼の体力は、もはや限界に近い。
それでも歩みを止められぬ理由は彼が背負った様々な想いゆえ。
「‥‥死淵の王‥‥貴様はひとつ間違えた‥‥貴様の起こした戦争で憎しみ、悲しみは充満した‥‥だが、同時に全ての人々の想いもまた、高められ強まったのだ‥‥」
「ほう?」
だったらどうしたと昏い瞳で語る魔物に彼は言葉を重ねる。
「‥‥セレの民、リグの民、セレの騎士達、リグの騎士達‥‥」
この戦の犠牲となった全ての者達の。
「‥‥三連隊‥‥正騎士、冒険者達‥‥全ての人々の想いを込めて、貴様を討つ‥‥」
「ああ」
オルステッドの言葉に、得物を構え直す仲間。
「そのために此処まで来たんだ」
揺らぎない瞳で剣先を向ける騎士達。
「‥‥死淵の王よ‥‥貴様の司る死を、貴様に献上してやる‥‥っ!」
剣を振るい、手を掛けるは愛馬の手綱。
「行くぞセントアリシア!!」
ペガサスの純白の翼が風を起こし彼を運ぶ。
「此処で終わらせてやる‥‥!!」
●力の意味を
ペガサスの翼を借り、空からガラントスピアを突き下ろすオルステッドを、魔物は避けず受け止めた。
「!!」
金属同士の衝突音に、ニヤリと笑む魔物。
「まずは、一人」
翳された手に集まる黒い光。
「ディストロイ」
「!!」
オルステッドを襲う術、そのダメージを回復させるのは。
「オフェリア!」
アレクシアスの天馬がオルステッドを攫う。彼を背に乗せ発動させるはリカバー。
直後。
「貴様の相手は俺達だ!」
「っ!」
「言ったはずだぜ、俺達は一人で戦っているんじゃないってな!」
アレクシアスのサンソードは胸を、勇人の光の槍は背に。
双方左右から描かれる軌跡に死淵の王は挟まれ、斬られる。
「っ、小賢しい!」
振り上がる鎌が眼前。
鋭い痛みが走ったのは直後。
「――‥‥っ!」
勇人は避けたがアレクシアスは。
「フェザント様‥‥!」
駆け寄ったイシュカが触れる。
リカバー。
だが。
「自ら射程距離に入って来るか、術師よ」
「!」
ロブメンタル。
再びイシュカの魔力が奪われる。
「さて‥‥そなたの治癒術も残り何回か」
「‥‥っ」
「下がってろイシュカ」
「は、はい‥‥っ」
「ふむ。残り何回と数えるよりも、いま此処で終わらせるも一興か」
そうして次の標的をイシュカに定めた魔物が手を翳すや否や、攻撃を仕掛けたのは天龍。
「させるか!」
拳による格闘を主とする天龍だからこそのダブルアタック、ストライクEXの併用。
「っ」
更には小柄な体格ゆえの小回りの良さで死淵の王の視界を霍乱する。
その乱れた視界に斬り込むリール。
幾度もの決戦を共にしていればこそ取れた連携。
「覚悟!!」
床を蹴り、跳躍。
頭上に振り上げた名刀獅子王。
「せやあああああっ!!」
「ふっ、甘いわ!」
大鎌と共に魔物が回る。
「!!」
周囲三メートル以内は鎌の射程範囲。
「くっ」
「ああああっ」
斬られ、裂かれ。
出血に顔が歪む冒険者達。
勇人、天龍は回避するがバランスを崩し。
血飛沫を浴び、笑む魔物を。
「余裕もそのくらいにね」
「月の矢よ、死淵の王を討て!」
「! くっ‥‥」
直接攻撃の面々に集中するあまり、複数本の矢と、グランのムーンアローを受け、さすがの魔王も些か驚いた様子。片方はアシュレー、弓を射れば百発百中の男はともかくスクロールも持たぬ騎士が何故、と。
その答えを得るより早く再びシルバーが紐解くスクロール。
「精霊達よ、今一度力を貸して下さい――グラビティーキャノン」
「!」
矢を避けるため距離を取った魔物に対し好機と放たれた地魔法は足場を崩し、転倒させる。
「くっ、またスクロールか」
効果は一瞬、しかし転倒した魔物を剣士達が攻めるには充分な隙だ。
「うぉらあああああ!!」
チャージングしながら飛び込むオラースの、渾身の一撃。
「地下牢の借り、此処で返してやるぜ!!」
鎌と剣が激突する。
「――っ‥‥地下牢?」
思わず両腕で持ち上げた鎌の柄で攻撃を受けた魔物は、不思議そうな顔。
「ああ‥‥そなたも昨夜の侵入者の一人か。ご苦労だったな」
おかげで僕どもの飢えは若干だが解消されたぞ、と笑い。
「しかしスクロールとは‥‥何を持っているやら判断が、つかぬ!」
「くっ!」
ならばその使い手から斬るかとオラースの剣を跳ね返せば、その空いた懐にグラン。
真空刃。
「余所見している暇は無いぞ」
「‥‥っ! チッ」
破れたローブに魔物は舌打ちした。
レミエラやら特殊能力付きの装備なんてものが無節操に出回ったおかげで読めぬ手が冒険者の内側にあるのは厄介なことこの上ない。
「そなたらが密に作戦を練れば私も危なかったようだな」
しかし今ならば。
「二度目は与えぬ」
「それはこっちの台詞だ!!」
飛び掛かるセイル。
その姿が、二つ。
「!?」
並び死淵の王に突進する。
「穿てゲイボルグ!!」
「っ!」
頭上から繰り出すチャージングとスマッシュの合わせ技。
「うぐっ‥‥っ」
まさかアッシュエージェンシーまで用いるとはと、その驚き故に一撃を食らった死淵の王はよろけた。
「くっ‥‥よもや貴様まで精霊魔法を‥‥っ」
「今の灰が何処から持って来たものか判るか!?」
セイルは言い放つ。
その瞼に、昨夜助けられなかった人々を想い。
「貴様の下らない欲求で命奪われた者達の変わり果てた姿だ!」
死淵の王が死を司るならば、不死者を生み出す事も容易。ならば遺体をそのままにはしておけぬと火葬した、末の姿。
「一太刀でも浴びせねば気が済みません‥‥それはこの場に居る自分たちだけの気持ちじゃないッスよ!? リグの民も、騎士も、犠牲になった全ての人々が!!」
討ち取りたいのは死淵の王。
フルーレの言葉に背を押されるように一人、また一人と動き出す。
「ふっ‥‥」
そんな彼らに魔物は息を吐く。
「我が僕達よ」
呼び掛けるは何処より湧き出でる無数の魔物達。
「そちらはもう良い、そこのスクロール使いから殺せ」
「!」
王の命令に従い、魔物達の標的がシルバーに移ると同時、その群の中枢から倒れ込む影があった。――セシリアだ。もはや呼吸をしているのかどうかも怪しい状態は仲間達の連携を取らぬ行動が招いた結果。先刻のケンイチと同じだ。
僧侶たちの魔力ももう尽きる。
アイテムはこれまでの戦いでほぼ消費している他、使う前に魔物共に奪われる。
「くっ‥‥」
「魔法が使えなくなればただの人間と変わらぬか、僧侶共よ」
「っ‥‥」
「武器の一つも扱えぬでは話にならぬな」
実に楽しげに語る魔物へ、天龍。
「だが、独りで無い事は何よりも心強い」
「守るべき存在がいてこその強さだ!」
冒険者達は、疾った。
●国の終わりは――
「貴様を討ち取って死ぬならば本望――!」
最後の力を振り絞って斬りかかるオルステッドを。
「死ぬのが怖いと、人がただ蹲って震えているだけだと思ったら大間違いだぜ!」
彼の逆から攻め込む勇人を。
「ちょこまかとよく動く!」
大きく腕を振り上げるも笑みを絶やさずに相手する死淵の王の、翻った裾の向こう。
「それが死者の名を連ねるリストか!」
見えた帳面に冒険者達の目が見開かれる。
「奪うか」
「奪ってみせる!」
ルミリアの問い掛けに強く応じるリール。
死を美学にするような。そんなふざけた物をこのまま死淵の王の手元に残しておくなど我慢ならない。
「行く!」
ルミリアは剣を振るい、仲間達のいない空間に斬りこみ放つは真空刃。
「!」
それを死淵の王が避けた直後、伸ばした刃先が掠るリスト。
「愚か者が!」
「ぁがっ!」
傾いた体を大鎌の柄が吹き飛ばした。時間差で仕掛けたリールも同様。
「あああ!」
「下等な人間共が私のリストに触れようなどとは身の程知らずが!」
「ならばそのリストに自分の名を刻んではどうですか!」
フルーレが挑む。
しかしそれも。
「戯言は私に一太刀でも浴びせられてから言うが良い!!」
「――うあっ!」
接近間近、張られたカオスフィールドにフルーレだけではない、周囲の仲間もダメージを受ける。蓄積する負傷と、疲労と、止まぬ魔物の襲撃。
床に伏したまま動かなくなった仲間はまた増える。
「さて」
厄介なスクロール使いはどうしたかと見遣れば、シルバーは魔物の群の中央。ジャクリーンやアシュレー達の援護を受けながら生き延びてはいても、とてもスクロールを紐解く猶予はない。そこで開けば直後に魔物によって巻物を破損させられる。
そこまで読んで、魔物は肩を竦めた。
「惜しかったな‥‥優秀な剣士、秀逸な射手、効果的な術は揃っていたと言うのに、力に頼り過ぎたばかりにこの様か」
魔物は喉を鳴らして笑った。
敵が決して死淵の王とグシタ王のみだとは思っていなかっただろうに。
ましてや死淵の王がカオスを統べる八王が一だという事もとうに判っていたはずなのに、個人プレーの多さ。
根拠のない自信と、計画性の無い魔力の使い方。
「精霊を嘆かせし者のような愚か者であればそれでも倒せたろうが、それでは私には勝てぬぞ、冒険者共」
「おのれ‥‥!」
オルステッドは死淵の王に刃を向ける、だがそれだけ。
「そろそろ休め」
「かはっ‥‥!」
大鎌の柄に払われて武器を飛ばされ、‥‥それきり。
「オルステッド!」
彼の無茶を懸念していたアレクシアスが駆け寄る。
辛うじて息はしているが、拙い。
このままでは。
「‥‥死淵の王よ、私はそろそろ飽きたぞ」
不意に。
欠伸と共にそのような言葉を放ったのは、グシタ王。
「もう良い‥‥人間がこのようにつまらぬものなら、これ以上は時間の無駄だ」
「ふむ‥‥私もそろそろ飽いて来たな」
冒険者達を明らかに見下す二人の王に、天龍は諦めない。
勇人や、アレクシアス、グラン、アシュレーらにもまだ余力はあった。
だが、瀕死の仲間が多過ぎるのだ。時間が過ぎる程に彼らの命は消えていく。
「一つ、聞いておこう。いま此処でおまえ達を生き延びさせれば、次に会う時こそ綿密な作戦を立てて我等を楽しませてくれるだろうか?」
「っ‥‥此処で殺さなかった事を後悔させてやる‥‥!」
天龍の応えに王達は笑う。
「ならば地獄に招待しよう」
「この世界が生まれ変わる瞬間を拝ませてやる」
それが、王達の最後の言葉。
不意の激音に、城の外、フェリオールやモニカらと共に魔物の群を掃討していた冒険者達は疲弊した身体を何とか起き上がらせて王城を見上げた。
王城で、仲間の進路を守るため戦う事を選んでいたリラ達もだ。
何事が起きたのかと、駆け抜けた城内。
仲間が死淵の王らと戦闘していたと思われる広間で彼らが目にしたのは僅か数人のみが意識を残し、ほとんどが床に倒れ、微動だにしない姿。
「大丈夫か!?」
此方も無傷ではないがまだ元気な良哉の問い掛けに、返したのはアレクシアス。
「‥‥っ‥‥次は、地獄で会おうと‥‥」
そう告げる彼もまた疲弊し、全身に重度の傷を。
「一体何が‥‥っ」
しかし、次ぐ問い掛けには誰一人応えられない。
その前後の事を、後に正しく語れる者も誰一人無く、彼らは怪我の具合を案じる騎士達の手によってウィルへ向かうフロートシップへと運ばれるのだった。
死淵の王戦は、敗北。
たが、次を期待するという言葉と共に王達を退かせ事は、恐らくリグの民にとっての唯一の幸いだったかもしれない――‥‥。