アニマル・ランド?
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■ショートシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:易しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月15日〜12月20日
リプレイ公開日:2007年12月23日
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●オープニング
● ギルドにて
「犬が風邪、ですか?」
聞き返す青年に今回の依頼主・セゼリア夫人は悲しげな表情で頷いてみせる。
「そうなんです、鼻はぐずぐずさせているし、くしゃみも止まらない‥‥、見ていてとっても可哀相なんですのよ」
「はあ」
気の抜けた返事をするギルド事務局の青年を、夫人はキッと睨み付けた。
「あなた、お家に動物はいらっしゃる?」
「い、いえ」
「でしょうね、私のこの胸の痛みを全く判ってらっしゃらないもの」
そうして語り出した夫人は延々と「愛犬の何が可愛い」「ここがいじらしい」のだと十分以上も続けた。
その表情は実に輝いており、此処に来た本来の目的を忘れているとしか思えなかった。
青年は気付かれないよう軽い息を吐くと、恐る恐る彼女の言葉を遮る。
「ぁ‥‥あのですね、奥様の可愛らしい愛犬のお話は‥‥その、とっても興味深いのですけれど、そろそろ依頼の件についてお伺いしても宜しいですか?」
「あぁ、そうね。わたくしったらあの子の事になるとつい夢中になってしまって」
夫人は「おほほ」と笑いながら、ようやく本題に入る。
聞けば彼女の愛犬は牧羊犬で、夫が経営する牧場の動物達を放牧から畜舎に戻すのが毎日の日課だという。
しかし、この子が風邪を引いた。
夫は「犬なんだから平気だ」と言うが、夫人は「風邪は万病の元なのよ!」と聞き入れない。
しばらく愛犬を休ませて体調を整えさせたい。
その期間、約五日を代わりに働いてくれる力が必要なのだそうだ。
「しかし‥‥これだけの報酬を出されるなら新しい犬を飼われた方が」
「何てことを! 動物を飼うと言うのは代わり云々で決めることではありませんのよ!」
強く言い放たれて、青年は肩を縮ませる。
「冒険者の皆さんでしたら、他では拝見出来ない家族と暮らされている方もいらっしゃるでしょう? うちの子の代わりに【主人の手伝いをしてくれる子を】と言うのが依頼の本筋だけれど、私にご家族の自慢話をしてくれるような素敵な方々とお話もしてみたいわ」
にっこりと微笑む夫人に、ギルドの青年は作り笑いの下で思う。
この依頼は、彼女と同じく動物を家族として慈しむ冒険者にしか理解出来そうにないな、と。
●リプレイ本文
● 出発
ギルドに集まった冒険者は四人。
その傍らには、それぞれが幾多の事象を共に乗り越えてきた小さな‥‥、いや、人より大きな身体を持つものもいるため体格は様々だが、共通するのは主人の傍にいることを望む真摯な眼差しだ。
「では、出発するとしようか」
アレクシアス・フェザント(ea1565)が愛犬ジュレの首を撫でて歩くよう促す。
セッターと呼ばれる犬種に属するジュレは立たせた際の背丈が一メートル五十を越え、重さにしろ、人間の子供とほぼ同等の体格をしている。
また非常に賢くもあり、今回の依頼には最適な存在だろう。
次いでシフールのユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が、モアのキョウ、戦闘馬の黒王を連れて続き、しんがりを務めるのはシルバー・ストーム(ea3651)。
彼は駿馬ホワイトの手綱を引きながら、腕には兎のラビを抱えている。
そしてもう一人、こちらもシフールの飛天龍(eb0010)はホークの疾鳳、猫の小豹を連れて行くことにしたのだが、自ら荷を背負うと飛翔するのが困難。
そのため、足にはセブンリーグブーツを装着し、鍛錬がてら走って依頼主の牧場まで向かうことにしたのである。
「それじゃあ先に行って入り口の前で待っている!」
言い置き、颯爽と駆け出した彼に、疾鳳は見事な翼で。
小豹は俊敏な足で主人に続く。
「しかし‥‥」
その背を見送ったアレクシアスは、思わず零れた笑みと共に呟いた。
「大荷物を担いで大地を疾走するシフールと言うのは、なかなか見られる姿ではないな」
「天龍殿ならではじゃの」
こちら自らの翅で飛翔しているユラヴィカは小さく喉を鳴らしながら言い、アレクシアスの周囲を旋回した。
後方のシルバーもその姿を目では追ったが、あえて何も言わずに歩を進める。
一路、依頼主となるセゼリア夫妻の牧場へ。
● セゼリア夫人という女性
疾鳳、小豹と共に一足早く牧場へ着いた天龍は、運動後の身体を宥めるために手足を屈伸させながら仲間の到着を待っていた。
「もうしばらく掛かるだろうか」
走って来たとは言え、一歩の距離間が人間とシフールでは随分と異なる。
それほど到着に時間差が出るとは思えないが、ただ黙って待つのは性に合わない。
「疾鳳、小豹、荷物を見ていてくれ」
にゃあと応えが返るのを聞いて、天龍は荷を下ろし、飛翔する。
一人先走るつもりは毛頭なかったが、これから自分達が依頼を受ける現場を見知っておく事は必要だと考えたからだ。
そうして上空から依頼主の牧場を見渡せば、その広さに圧倒される。
「これは羊達を畜舎に戻すのも一苦労だな‥‥」
ギルドで話を聞いた際には過保護な主人だと思ったものだが、愛犬の体調不良で仕事に支障を来たし困っているのは事実だろう。
それに、この広さならば依頼を受けた冒険者達のペットも思う存分に走り回れそうだ。
「天龍殿ぉ」
しばらくしてユラヴィカの声が聞こえて来る。
アレクシアスとシルバーも到着したらしい。
「よしっ」
天龍は下降し、荷を見張ってくれていた疾鳳達を笑顔で褒めると、再びその荷を自ら背負う。
「夫妻の自宅は、入り口から右側だ」
上から確認したことを伝えれば、ユラヴィカが「そうか」と笑う。
「では四人揃ったところでセゼリア夫妻にお会いするとしようかの」
「ああ」
アレクシアスが答え、シルバーは視線で応えて後に続く。
門をくぐってしばらくすると、風が、土と動物臭の入り混じった牧場特有の匂いを運んできた。
「結構、大きな牧場だ。山羊や羊も、どれくらい居るか検討がつかないな」
「風邪を引いたという夫妻の犬は一匹だったな」
アレクシアスが言うことに、ユラヴィカは頷く。
「ギルドの青年の話じゃと、そうだの。‥‥わんこも疲労で風邪を引いたりするものじゃろうか?」
「それは無いと思うが‥‥」
シフール達の会話にアレクシアスが失笑し、シルバーは和ませた瞳を伏せた。
何にせよ、実際に夫妻に会ってみれば判ることも多々あるだろう。
そうして辿り着いた家屋の前。
代表でアレクシアスが玄関の扉を叩くが、夫妻は仕事中であるのか中から応えはない。
「畜舎の方に行ってみるか?」
「うむ‥‥」
天龍が言い、ユラヴィカが返した、直後。
「――」
「――! ――!」
遠くから妙に騒がしい声が聞こえて来る。
何事かと、四人の中でもっとも目の良いユラヴィカがそちらを注視すると、三匹の羊を必死で追っている二人の男が見えた。
「どうやら早速、仕事のようじゃの」
それがどういう意味であるか、他の三人もすぐに察する。
「ジュレ」
アレクシアスが呼びかけた直後にセッターは野を駆けた。
「疾鳳」
「ホワイト」
更に後ろを鷹と駿馬が追う。
しかも駿馬は、主人の無音の声に応じて機敏に動きを変化させた。
羊達の先頭にいた一匹がセッターに吠えられて動きを止め、二の足を踏んだ二匹目が方向を変えると、その直後、眼前に広げられた大きな翼に驚きを露にする。
鳴いて、更に方向を変えるも、その先には駿馬。
セッターは三匹目にも吠え立て、戻るよう命じる。
逃げ道を完全に塞がれてその場で何度も足踏みする羊達。
そこにようやく二人の男が到着する。
「いやはや、これはまた‥‥、もしかして妻が頼んだ冒険者の皆さんの?」
息を切らしながら言う男に冒険者達は歩み寄る。
「この子らはどこまで戻せばいいのか」
アレクシアスが問うと、男の一人が先導すると答えたため、彼は愛犬にそのまま羊達を連れて行くよう命じた。
シルバーは駿馬にもそれを手伝うよう命じる。
ジュレとホワイトに追い立てられて所定の場所に戻って行く羊達を眺めて、男は何度も感嘆の息を漏らす。
「驚きましたな‥‥、セッターはともかく、羊を追いたてる鷹や馬は初めて見ましたよ‥‥、さすがは冒険者の皆さんのペットですな」
息も切れ切れに語る彼が、セゼリア氏。
依頼に来た女性を妻と呼んだのだ、間違いない。
「しふしふ〜! 俺は飛天龍、鷹の疾鳳と猫の小豹だ」
「私はシルバー。兎のラビに、あの白馬はホワイトです」
アレクシアス、ユラヴィカもそれぞれにセゼリア氏と挨拶を交わす。
「うちの犬が働けなくなってから、羊が今のように逃走することも少なくなくてね‥‥、しばらく囲いの中だけで放牧していたんですが、さすがにストレスが溜まっていたんでしょうなぁ‥‥いや、まったく助かりました。しばらく世話になりますが、どうかよろしくお願いします」
頭を下げるセゼリア氏に冒険者達は快い返事。
今日からは彼らの相棒が羊達を見張る。
ある程度の自由を確保してやれるようになれば、羊達の気持ちも和らぐだろう。
「ところでセゼリア殿」
ユラヴィカが声を掛ける。
「夫妻が大事にされているわんこのお見舞いもしたいのじゃが、良いだろうか?」
「あぁ、ええ…、あの、自宅横の建物になります‥‥が‥‥」
些か歯切れの悪い返答に、冒険者達は小首を傾げた。
その後、羊達の放牧時に注意すべきことや、時間、畜舎の位置などを確認した冒険者達は、セゼリア夫妻の愛犬にも会うことにした――が、実際にその姿を見て一同は不覚にも己が目を疑ってしまった。
「あぁ、皆さんが私のお願いを引き受けてくださった冒険者の皆様ですのね?」
夫人の嬉々とした声も、聞こえない。
彼女は愛犬の看病でずっと付き添っていたらしいが、彼らは夫妻の愛犬が風邪を引いた最たる理由を目の前にし、頭痛すら覚えそうになる。
「犬は毛で体温調節をするんだが‥‥」
シルバーが声を震わせて呟く。
いま彼らの眼前に横たわる犬――ボーダーコリーのレジェンヌは煌びやかなレースのドレスを身に纏い、ピンク色の柔らかなクッションと、布団まで被って寝かされていたのである。
「‥‥暖かくするにも限度というものがあるじゃろう‥‥」
このとき、一同は本来の依頼内容に加えて、今後のレジェンヌのためにも重大な任務が一つ追加された事を悟るのだった。
● 茶会の席で
空が明るくなる頃には畜舎から羊を出し、暗くなるより早く畜舎に戻す。
多くの家畜を育てているセゼリア氏の牧場は広大であり、敷地内とはいえ池や木々の群集も少なくない。
最初はセゼリア氏から放牧指南を受けるなどしなければ不明な点も多く、冒険者達も戸惑いを隠せなかったが、そこは様々な経験を積んできた彼らである。
同じことを二度は言わせないばかりか、一で十を理解する機転の良さ。
主人の言う事を完璧に理解する動物達と共に、いっそこのまま牧場で働かないかと誘われるほど氏に気に入られてしまっていた。
そうして三日目。
この時期には珍しく気持ちの良い天気に恵まれて、セゼリア夫人は放牧中の冒険者達を茶会に誘った。
もちろん自分の愛犬の代わりに働いてくれている動物達が、時には主人の言うことしか聞かないことも知っているため、茶会は羊達が見える位置に建てた即席の東屋で催された。
中には炭を熾せる場所も確保し、暖を取れるようになっており、これの傍で横たえた身体を伸ばしているのは天龍の小豹。
どんなに優秀な冒険の共も、やはり猫。
暖かな場所が好きなようだ。
この地方自慢のハーブティが、心安らぐ香りを立てながら冒険者達に差し出された。
「素敵ですのね‥‥わたくし、これほど見事で素直なモアを拝見するのは初めてですわ」
「そうかの」
夫人にうっとりと呟かれて、ユラヴィカは苦笑い。
シルバーの白馬、アレクシアスのセッターと共に、その俊敏な足で羊達を追いたてるモアことキョウさんは、実際は非常に荒い気性をしている。
主人であるユラヴィカにも暴れ馬のように接し、キョウさんの【キョウ】には凶暴の凶という意味があるほどだ。
「わしの家には、他にもコカトリスやフォレストドラゴンパピーもおるのじゃ。大変なのは大きく育った二匹の塗坊かのう‥‥、三メートルもある体で仔犬の様に甘えてくるからの」
「まぁまぁまぁ」
夫人は目を輝かせて話しの続きをせがむ。
「一番付き合いが古いのは、黒王じゃ」
そうして、放牧を手伝う彼らとは別の場所で休んでいる戦闘馬に視線を移す。
「戦闘で共に戦ったことがあるのは黒王だけじゃ」
「とても強い信頼関係を築かれているんですのね」
素敵だわ、とっても素敵と繰り返す彼女は、次いで少し離れた先の草むらで兎のラビと二人、書物に目を通しているシルバーを見遣った。
「あの方は、何かお話をして下さらないのかしら」
「話すのは得意ではないようですからね」
アレクシアスが微かな笑みを浮かべて告げる。
シルバーはこちらの会話が聞こえているのかどうか、手元の書物を読むことに集中しているのかと思いきや、時折、膝に乗ってくるラビを撫でてやっていた。
その姿がまた絵になるのだと、夫人は興奮しきりである。
「貴方は? アレクシアスさんはジュレの他にも家族がいらっしゃるのかしら」
「ええ」
カップを置き、彼は夫人が望むままに応える。
「残念ながら今回は連れてくる事が出来ませんでしたが、戦闘馬や、鷹、‥‥ペガサスやケルピーといった特殊なものもおります。どの子も幼い頃から育てていますから、大切な家族です」
「まぁ‥‥っ」
やはり冒険者が一緒に暮らしている子達は一味違うと感動している夫人に、アレクシアスはそっと微笑む。
「冒険者街は、それはそれは賑やかですよ」
自分達が共に暮らす家族が、冒険者の数だけ増えるのだ。
その賑やかさは、恐らく牧場に暮らす彼女の想像も容易に凌ぐだろう。
ぜひ一度行ってみたいわと彼女が望む頃、当番を終えて戻ってきた天龍は疾鳳と一緒。
「一つ頼みたい事があるんだが、今夜、厨房を借りることは出来るだろうか」
「厨房、ですの?」
「ああ。たまにはこいつらにも美味いものを食わせてやりたいんだ。せっかく動物に詳しいシルバーが一緒だしな、味付けなんか確認しながら栄養のあるものを作ろうと思うんだが」
「そんなことまでお出来になりますの!?」
驚く夫人に、天龍は勿論と頷く。
「せっかくだ、レジェンヌの風邪にも効くものを作ろうか」
「是非ですわ!」
「そなたも一緒にシルバー殿に習ってはどうじゃ? レジェンヌも喜ぶじゃろう」
「えぇそうですわね、お願いしても宜しいかしら?」
会話の弾む彼らに小さく笑い、アレクシアスは立ち上がる。
天龍の次は彼が見張る番だからだ。
今夜の夕飯はこれ、何を準備すると賑わう彼らを背後に、羊を見張るジュレに歩み寄ると、賢いセッターは尾を振る。
だが、目は羊の群れに向けたまま。
すっかり一流の牧羊犬だ。
「いい子だ」
尾の振りが大きくなるのを見て、アレクシアスの表情も更に和らぐ。
「‥‥たまにはこういうのも悪くない」
呟く視線の先には、自由に野を歩む羊の群れが広がっていた。
● 愛する家族だからこそ
最終日。
もう間もなく依頼期間を終えて牧場を後にしようという冒険者達の前には、すっかり犬本来の姿に戻り、元気に走り回るレジェンヌの姿があった。
実は二日前の晩に、天龍と共に食事の準備をしたセゼリア夫人は、シルバーが持つ動物に関する知識の深さにすっかり脱帽し、その遣り取りの中で愛犬との生活環境を一から見直す決意を固めてくれたのだ。
過保護になるばかりが愛情ではないという事を彼女も判ってくれたらしく、これに涙を流して喜んだのは夫のセゼリア氏だった。
「今回は本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる夫妻と、千切れんばかりの勢いで尾を振ってくれるレジェンヌに別れを告げて、四人は愛する家族と共に牧場を去る。
今回の依頼はこれで終了だ。
「そうじゃ‥‥」
ふとユラヴィカが思い出したように口を開く。
「最近、わしはアレクシアス殿とご一緒することが多いというのに、あやつはどうもタイミングが合わないのぅ」
そうして出された共通の友人であるシフールの名に、アレクシアスは笑い返す。
「なに、いずれまた共に旅することもあるだろう。俺達の役目はまだまだ続きそうだからな」
「――それもそうじゃの」
彼に応えるようにユラヴィカも笑い、後方のシルバーも、微かだが同意を示すように笑んでいる。
そして天龍も。
「となれば、やはり鍛錬!」
セブンリーグブーツを装着した足で土を蹴り、彼は再び走って家路を行くらしい。
「では、またな!」
「あぁ」
「また近い内にのぅ」
「お疲れさまでした」
シルバーの言葉を最後に、天龍は駆け出す。
その背を見送りながら、彼らもまた家路に。
姿は違えど、大切な家族と共に――‥‥。