●リプレイ本文
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ギルドから東へ。
冒険者二人を乗せた戦闘馬がわき目も振らずに地を駆る。手綱を握るシルバー・ストーム(ea3651)も、その後ろに乗せてもらっているフォーレ・ネーヴ(eb2093)も無言のまま、ただ一心に前方を見据えていた。
そうして見えてきた件の村。
シルバーの視線を受けてフォーレは頷く。
(「そぉれ!」)
心の中で自分自身に合図を出し、馬上から飛び降りたフォーレの着地点。ザッ‥‥と上がる砂煙に覆われて、彼女の姿は森に消えた。
「目立たないよう森に隠れていて下さい。いいですね」
自分の愛馬にそう声を掛けた彼自身、必要なスクロールを手にして馬を飛び下りると、森へ。
単身、更に村へ近づいて行く馬が逆側の森へ駆け入ったのを確認してから行動を開始した。
「シルバーにいちゃん」
こそっと、小声で呼び掛けるフォーレに、シルバーは視線だけで応じる。
行きましょう――そういう合図だった。
同時刻、ギルド。
「リュミエージュさんの様子は如何ですか?」
倉城響(ea1466)の問い掛けに職員のアスティ・タイラーは遣り切れないという表情で左右に首を振る。
「ひどく狼狽していらっしゃって‥‥いま、ようやく眠って下さったばかりです」
「そうですか‥‥」
聞かされた依頼主の容態に響も痛ましげに瞳を揺らす。
「直接お会いして安心させて差し上げられたらと思ったのですが‥‥代わりにお伝え頂けますか?」
「はい、何をでしょう?」
聞き返すアスティに、穏やかに笑む響。
「村の方々は私達が必ずお助けしますから、と」
「倉城さん‥‥」
力強い言葉をくれる彼女の後方には、この依頼を共に果たそうという仲間達の姿が並ぶ。ケンイチ・ヤマモト(ea0760)、土御門焔(ec4427)といった、自己主張はほとんどしないながらも強力な月魔法の使い手達。
「怪我人を看病したリュミエージュさんの行動は人間として正しい行いッス! そんな彼女の優しさが報われないと言うのなら、救ってみせます!」
腰に帯びた剣の柄を握り締めるフルーレ・フルフラット(eb1182)の決意に、そこまで熱くなるつもりはないがと長渡泰斗(ea1984)。
「これも乗りかかった船というやつだ、依頼は果たさせてもらうさ」
「皆さん‥‥」
顔馴染みもいれば、今回が初めての者もいる。けれど冒険者の誰しもに共通するのは依頼人を助けようという優しい心意気。アスティは感極まったように目頭を熱くするが、零れ落ちそうなそれは必死に押さえ込んで頭を下げた。
「皆さんっ、どうかよろしくお願いします!」
依頼人の代わりに、その言葉で見送るアスティに、冒険者達は握った拳で応じる。
大丈夫だ、任せろ。
必ず吉報を持って帰るから。
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森から村へ潜入を果たしたレンジャー二人は、その土地が酷く沈んでいる事に早々に気付いていた。まるで、森の動物達すら息を潜めているかのような緊迫感。空気は固く、時折吹く風さえ遠慮がちに感じられた。
(「リュミエージュねえちゃんの家、あれだね」)
小声でシルバーに声を掛けるフォーレは完全に気配を消していた。シルバーも隠密行動には長けた人物だが、彼女の移動は足音どころか動いた際の空気の揺れも感じさせない。だからこそシルバーも安心して任せられる。
(「私は右へ」)
(「うん、よろしくね〜♪」)
そうして左右に別れると、シルバーはスクロールを紐解きエックスレイビジョンを発動。屋内の様子を中心に観察し、フォーレはそれを援護すべく周囲への警戒を怠らない。
移動と、観察と、警戒と。これらを三度ほど繰り返して得たのは盗賊七名が三つの家に村人達を集めて監視していること。恐らくリュミエージュの家に全員を集めるのは広さ的に無理があったのだろう。彼女の家には盗賊と思われる男が二名と、村人十三名。十メートル程先の隣家には盗賊二名と二十名の村人。そして村のほぼ中央、人々が寄り合い等をするためと見られる大きめの建物には盗賊三名と三十六名の村人達。こちらには子供達も集められており、盗賊三名の内の一人が伝令役のように各所を行き来していた。加えて、王都から多少離れた村の家屋だ、どの部屋も「広い」わけでは決して無い。めいっぱいに村人達を押し込んでのその人数ならば、万が一の時に少なからず犠牲が出てしまうことは必至。救出作戦には細心の注意が必須だ。
レンジャー二人がこれらの情報を得た頃には他のメンバーも合流。
各自が情報を共有する事で改めて綿密な作戦が立てられる。
「その伝令役の一人を、此方で捕縛出来ませんかね」
「やってみるか」
フルーレの案に泰斗が頷く。
「でも気を付けないとね〜。もし伝令役のおじちゃんがリュミエージュねえちゃんの家に向かうんだとしたら窓から見られちゃうかもだよ〜」
「では姿を見せずに倒す事で、リュミエージュさんの家にいる盗賊二名を外に誘き出すというのはどうですか?」
フルーレが言い募ると、自然、皆の視線は月魔法の使い手達に注がれる。
「判りました、では私がスリープを」
「頼む」
応じた焔に、泰斗が手を上げた。
「それに気付いた盗賊側が、もし一人は外に、一人は警戒して人質に凶器を向けた場合には‥‥」
自分達が取る行動によってどのような事態が引き起こされるか可能な限りの予測と対策を立てていく冒険者達。
「次に盗賊の一人が伝令で動いた時が勝負ですね」
焔が言えばケンイチが。
「では、私は魔法で援護や連絡に努めましょう」
敵に気付かれぬよう極力身を寄せ合っての密談は、全員が互いに視線を重ねて頷き合うことで終わりを見る。
そうして動き出した彼らは各自の持ち場で待機、待つだけの時間が過ぎていった。
伝令役の盗賊がいる大きな家屋の傍には焔とケンイチが息を殺してその時を待ち、フォーレとシルバーはリュミエージュの家の傍。
泰斗、フルーレ、響は、人質を押し込んでいる家屋三軒の、それぞれの動線付近に身を隠した。
――次に動いたのは伝令役の男が建物を出て来た、その時。
(「来ました」)
焔、ケンイチ、二人のテレパシーがまずはシルバーと響に。
シルバーからフォーレには口頭で。
響から泰斗とフルーレには身振りでその事が伝えられる。
「‥‥」
全員が息を殺し、成り行きを見守る中で光り輝く焔の全身。
月魔法スリープ。
「ぁ‥‥っ」
かくん、と。
膝から崩れ落ちた男はそのまま倒れこみ、‥‥安らかな寝息を立て始める。
しばらくは誰一人動かず、口を開かず。
待つ。
「――‥‥」
ギィィッ‥‥と鈍い音を立ててリュミエージュの家の扉が開いたのは間もなくのこと。
「おい、どうした?」
戸口に姿を現したのは、盗賊二人。その内に仲間が倒れている事に気付いて、一人が歩み寄る。
「おいっ?」
「‥‥っ、まさかディーンか!?」
緊張が走ったその声音に、戸口に留まっていたもう一人の盗賊が部屋から人質を一人掴み立たせた。
「きゃああっ」
「うるせぇ黙れ!!」
ナイフを持った拳が人質目掛けて振り下ろされる、その瞬間。
凍った扉。
「っ!!」
驚愕する盗賊達、そこに生じた一瞬の隙を冒険者達は見逃さない。
「はいそこまでだよ〜♪」
「ぐわっ!」
男の衣服を身体ごと割れた扉に縫い付けたフォーレの縄ひょう、同時にフォーレは人質を部屋の中に押し戻し、盗賊をつけたままの扉を閉めて、共に屋内へ。
「!」
「しばらく休んでいてくださいね?」
「ごふっ」
直後、男の鳩尾にきつい一撃を食らわせたのはいつの間にか加わっていた響だ。
「あらあら、簡単ですね〜」
「響ねえちゃん怖いぞ〜♪」
ふふふ、あははと可愛い顔した女性二人の遣り取りには、さすがに村人達も呆然としてしまって言葉もない。おかげで騒がしくならずに済んだのは、二人の作戦勝ちだったのかもしれないが、一人、外でアイスコフィンのスクロールを巻き戻していたシルバーは聞こえて来る声に軽い息を吐いていた。
同じ頃、仲間に歩み寄っていた男に膝を付かせていたのは泰斗。
眠らせた伝令役も、もう必要ないと判断して容赦なく捕縛したのはフルーレだ。
「貴方達には聞きたい事があるッスから、大人しくしていてもらいます!」
「ぐぁっ」
剣の柄で首の裏を突かれ、気絶。
残る盗賊は、あと四名。
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捕まえた盗賊三名と共に、リュミエージュの家に入った冒険者達は事の子細を人質になっていた村人達に説明。
彼女がギルドを頼り、自分達がやって来たのだと告げた。
「そうですか‥‥あの娘は‥‥リュミエージュは無事なのですか‥‥?」
「無事ですよ。今はギルドの職員さんが保護して下さっていますから」
響が場を和ませる笑みと共に応じれば、村人達からは安堵の息が漏れ聞こえた。
一方でぐるぐるに縛り上げた盗賊達を見据えるのは泰斗。
「さて、他の二軒に居座っているお仲間の得物や特技なんかを教えてもらえるとありがたいんだがな。序に制裁を与えた相手をその後も追い掛けいる目的もな」
「けっ」
言うが早いか唾を吐き掛ける男に泰斗は笑む。
それはもう絶品の優しい笑顔。
「なに、無理にとは言わん。身体に聞くまでだからな」
「何を‥‥っ、痛っ、いだだだだだだ!!」
強引に縄の中から引き出された腕は、有り得ない角度に捻じ曲げられ。
「腕や指の一本や二本折れたところで人間、即死はせんから安心しろ」
「いだだだだだだ!!!!」
そんな理由で安心出来るかと盗賊達の顔は青い。こういう連中は、得てして自分より弱い者を虐げるのが楽しいのであって、己が暴力を受けることには慣れていなかったりする。
「さぁて、何本折れば素直になれるかね?」
「待っ、いでっ!!」
盗賊が叫んだ、その時。
ダンッと凍った扉を外側から誰かが叩いた。
「おい、此処を開けろ! 何があった!?」
「っぁ‥‥」
「しっ」
口を開きかけた盗賊の首筋にフルーレが剣をあて、泰斗は「残念」と言いたげに捻り上げていた腕を放す。
「フォーレさん」
「うん♪」
響に促されて「あーあー」と何度か声を発したフォーレは扉の傍に近付き、声を出した。それは本来の彼女のものではなく、先ほどまで叫んでいた男の声色に似せたもの。
『すまん、生意気な村人がいたんで仕置きをな』
「仕置き‥‥?」
応えはひどく不審そうで、相手も一端の盗賊ならばこの家屋を包む雰囲気が今までと異なる事くらいは判るのだろう。
冒険者達は顔を見合わせる。
ならば時間は掛けていられない。
扉の取っ手に手を置いたのはフォーレ。
窓に手を掛けたのは泰斗と響、シルバーはライトニングサンダーボルトの巻物を紐解く。
「‥‥扉の向こうには盗賊が二人、更に人質が囚われている家屋には一人ずつ盗賊がつき‥‥松明を手に持っています」
テレスコープとエックスレイビジョンの合わせ技によって、屋内からでも外の様子を把握する焔の情報あって、冒険者達の取るべき行動はすぐに決まる。
「火攻めか」
「だったらそれが家屋を燃やす前に討つまでッスよ!」
冒険者達は構える。
(「3」)
(「2」)‥‥心の中、呼吸を合わせてのカウントダウン。
「!!」
ゼロに合わせて開いた扉、直後に放たれたライトニングサンダーボルト。
「うあああああっ!!」
地上と平行、直線上に立つ敵を討った雷撃に、盗賊二人はもんどりを打って倒れた。
「がはっ、かっ‥‥!!」
「ごふっ‥‥!」
強烈な一撃に血を吐いて倒れる盗賊達、さすがに生身の悪党にとって冒険者達のスキルは荷が重すぎ、ダメージも大きいが、それも自業自得と思えば冒険者側も哀れみを感じたりはしない。
「くそっ!」
松明を持っていた男達がそれを建物に投げつけようと頭を振り。
「きゃあああああ!!」
「いやああああ!」
「ふざけやがって!!」
村人達の悲鳴と盗賊の怒りの咆哮が交錯する、その最中に。
「そこまでッスよ」
「!」
松明を持った手首をがっちりとフルーレに交錯され、彼女の逆手が盗賊の震える手から松明を奪い取る。
彼女と、泰斗と。
窓から外へ駆け抜けた二人がしっかりとそれを確保していたのだ。
「罪無き人々を恐怖に陥れた罰‥‥しっかりと受けてもらいます!」
「以下同文」
泰斗のその言葉が、盗賊達の聞いた最後の言葉。
「ぁ‥‥」
震えていた村人達が、一人、また一人と身動きし始める。
「助かった‥‥?」
「‥‥私達、助かったの‥‥?」
恐る恐る問い掛けて来る村人達に、微笑みかける響とフォーレ。
「よく頑張りました」
「もう大丈夫だよ〜♪」
「‥‥っ‥‥ぁ‥‥ああ‥‥っ」
少女達の和やかな態度に、村人達は泣き出した。
助かった、生きている。
それは、こうしてその事を実感出来る事への喜びから溢れる涙だった。
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その後、ディーンと名乗った彼の行方を捜索していた冒険者達は、しかし途中で断念せざるを得なかった。
フルーレの愛犬達が彼の治療に使われた布などから匂いを辿るも、それは川の手前で完全に途切れてしまっていたからだ。
「怪我をしていたのに‥‥匂いで追跡されるのを避ける為に川の中を歩いていったんでしょうか」
「たぶんな」
フルーレの予測に泰斗は静かに頷く。
七名の盗賊を捕らえて官憲に突き出した彼らは、その前にディーンの事を詳しく話せと盗賊一味に迫った。
「もしかして、ディーンさんは盗賊の首領ではありませんか? どこかで落ち合う予定でしたとか」
響の推測を連中は鼻で笑い嘲ったが、そんな彼らにも笑顔を絶やさなかった響。‥‥否、その笑顔が。
「あら? 違いましたか♪ やっぱり思いつきはいけませんね〜」なんて袖で口元を隠しながらの言葉は鳩尾を食らっている盗賊連中にはひどく恐ろしいものに聞こえて、彼らが嘘を吐き通せたとはとても思えない。
つまり、彼らは本当に「ディーン」を知らないのである。
「ですが、ただ逃げるというだけなら名乗るのは不自然です」
それが本名であれ、偽名であれ、何か理由があるはずだというのがフルーレの意見。
「盗んだ宝と言うのに関係があるのでしょか‥‥?」
「さて、どうだろうな」
それは本人に聞いて見なければ判らない。知り得たのは盗賊達が繰り返す、ディーンが宝の一つを持ち逃げしたという事実だけだ。
「何にせよ、いつまでも此処にいても始まらんさ。戻ろう」
「‥‥そうッスね‥‥」
まだ諦めきれない様子ではあったが、そんなフルーレを促して村に戻ろうとする泰斗は、しかし最後に一度だけ林の奥を振り返った。
「‥‥助けてもらった恩義も果たさず雲隠れってのも、どうなんだかなぁ」
ぽつりと、一言。
誰ともなしに語られた呟きは、ようやく緊張の和らいだ木々の合間。
鳥たちの囀りの中に響き、消えた――‥‥。