【黙示録・死淵の王】最終決戦

■イベントシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:34人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月20日〜07月20日

リプレイ公開日:2009年08月10日

●オープニング

 ● 遠き日の記憶を

 アトランティス、ウィルの国。
 その一分国であるセレの国に保護されているアルテイラ――冒険者から『セレネ』の名を貰った月姫は、同じく保護されているアークエンジェルのレヴィシュナと共に、先日までのカオスの魔物との大戦によって被害を被った人々の暮らしの復興に尽力していた。
 カオスの魔物達への恐怖よりも、必死に生きる人々の笑顔が見たくて必死になっていれば時が経つのも忘れ、だから、彼女は。

「魔物だ!!」

 不意に届く。
 耳を劈くような悲鳴に振り返れば、魔物の群。
『――‥‥!』
 視界に飛び込んで来たそれから逃れる事も出来ず、至近距離で鈍く輝く魔物の爪。
「セレネ!!」
 助けてくれたのは天使。
 白き翼の御使い――。
『ぁ‥‥』
 天使によって撃ち落された魔物が塵と化して消え行く姿は、まるでセレネの記憶を覆い隠していた何かが剥がれ落ちて行く光景に似ていて。
『【境界の王】‥‥いいえ‥‥いいえ、あれは、マルバス‥‥』
「セレネ?」
『違うのです‥‥わたくしを封印したのはマルバス‥‥けれどあの日‥‥いま、地獄にいるあれは‥‥っ』
「セレネ!」
 落ち着けと白き翼が精霊の肩を揺らす。
「どうした。‥‥ゆっくりと、話してみろ」
『‥‥レヴィシュナ様‥‥』
 真っ直ぐに見据えられ、セレネは瞳を揺らす。
『‥‥思い出したのです‥‥あの世界のデビルと、この世界の魔物‥‥姿形は酷似していようとも、その目的は異なるもの‥‥だからわたくしは、あの壁に封印されていたのです‥‥』
 遙か古の、神と悪魔の戦。
 当時のマルバスは同胞達が力を蓄えた後に神の世界へ侵攻すべく、世界と世界を繋ぐ能力を持つアルテイラを封印し、時期を待つ事にした。
 だが現在のマルバスは、マルバスに非ず。
 混沌の力に侵食され尽くされたあれはカオス八王が一人【境界の王】として、悪魔の目的よりもカオスの魔物としての目的のために動き出した。
【境界の王】となった魔物には、もはや月姫の力も不要。
 魔物は自身の力で目的を達成する事が出来るのだ。
「悪魔と魔物、その目的の違いとは何だ」
『世界を無に帰すのです‥‥』
「無に?」
『神の世界への侵攻でも、人の世の支配でもありません‥‥混沌という名の無に‥‥世界の全てを、戻すこと‥‥』
 それを思い出したとき、セレネの脳裏には恐ろしい光景が過ぎる。
 不安という名の感情が見せた幻だとて、見たのが彼女であれば、それは予知。
『数多の争いによって負の感情を満ちさせる‥‥それこそがカオスの魔物の力の源‥‥だからこそ【死淵の王】もまた数多の血と争いを求めた‥‥』
 つい先日までリグの国に居座り、リグの人々を狂わせ、争わせた根源。
『‥‥っ‥‥死淵の王を倒さなければ‥‥今すぐにでも、冒険者の皆を‥‥っ』
「‥‥セレネ、おまえは王の元まで冒険者達を先導出来るか」
 カオスの力の前には脆く消え去ってしまいそうになる精霊だけれど。
 既に一度、消されかけているけれど。
『‥‥参ります』
 セレネの瞳に迷いはない。
『人の世を、守らなければ』
 その言葉が全て。

 彼女の言葉はセレのヨウテイ領領主アベル・クトシュナスからウィルの冒険者ギルドへと伝えられた。更には月道の向こう、あらゆる世界の冒険者達へ。


 あの日、地獄へ冒険者達を招待すると言って消えたと聞く【死淵の王】、しかしそれを待っていては手遅れになるのは必至。
 ならば共に戦地へ。




 ● 地獄の最下層、コキュートス

 同志【境界の王】の働きを【死淵の王】はひどく満足そうに見つめる。
 その調子で世界に瘴気を。
 混沌を。
 そうして全てが無に帰したとき、己のリストにはどれだけの死者の名が連なるのだろう――否、その人数が膨大過ぎてリストに名が記されなくなる瞬間こそを、魔物は待ち望んでいるのかもしれない。
 あらゆるものの死を。
 あらゆるものの滅びを。
「ふふふふ‥‥そろそろ来るか、冒険者共よ‥‥」
 巨大な鎌を振るい、漆黒のローブの向こう。
 影となったその奥で魔物の口元が妖しく笑んだ――‥‥。


●今回の参加者

アシュレー・ウォルサム(ea0244)/ ケンイチ・ヤマモト(ea0760)/ 倉城 響(ea1466)/ エヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)/ ディーネ・ノート(ea1542)/ アレクシアス・フェザント(ea1565)/ セシリア・カータ(ea1643)/ シン・ウィンドフェザー(ea1819)/ 長渡 泰斗(ea1984)/ オルステッド・ブライオン(ea2449)/ 陸奥 勇人(ea3329)/ オラース・カノーヴァ(ea3486)/ シルバー・ストーム(ea3651)/ レン・ウィンドフェザー(ea4509)/ 飛 天龍(eb0010)/ フルーレ・フルフラット(eb1182)/ フォーレ・ネーヴ(eb2093)/ ソード・エアシールド(eb3838)/ イシュカ・エアシールド(eb3839)/ シャルロット・プラン(eb4219)/ アリル・カーチルト(eb4245)/ ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)/ 加藤 瑠璃(eb4288)/ リール・アルシャス(eb4402)/ リィム・タイランツ(eb4856)/ アルジャン・クロウリィ(eb5814)/ 物見 昴(eb7871)/ セイル・ファースト(eb8642)/ 雀尾 煉淡(ec0844)/ レラ(ec3983)/ レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)/ ミルファ・エルネージュ(ec4467)/ 天岳 虎叫(ec4516)/ リンデンバウム・カイル・ウィーネ(ec5210

●リプレイ本文


 その日、セレとリグの国境を境に小型フロートシップが七隻、リグの中型フロートシップ三隻が列を成して停められていた。全て地獄で始まる大戦に向けての準備だ。そんな光景を、自分は力仕事には向かないと自覚しているため切なげに見つめていたレラは、ふと意を決したように表情を改めた。そうして、準備に慌しい地を駆け回った。
 アレクシアス・フェザントやシャルロット・プランの指示を受けながら、セレ、リグ両国の騎士達と共にゴーレムを船内へ運び入れるアリル・カーチルト、リール・アルシャスらの姿を見つけると立ち止まり、周囲を注意深く眺めては「違う‥‥」と再び歩を進めた。
 ノルンを稼動させているジャクリーン・ジーン・オーカーや、チャリオットの試運転を手伝うアルジャン・クロウリィ。
「こっちのドラグーンはどの船に積めばいいのかしら」
 加藤瑠璃の問いを受けて、応えたのはリィム・タイランツ。相手が頼み通りにドラグーンの一機を起動させるのを視線だけで見送ったリィムは更に周囲を見渡して指示を飛ばす。その多くはリグの騎士団だ。
「‥‥なんだか活き活きとされていますね、タイランツ様は‥‥」
「もともとそういった素質があったんだろう」
 何かを待つのではなく、自ら率いて事を成せる勢いを持つ人物だと彼女を評するソード・エアシールドの手には、祈紐。地獄での戦いに向けて仲間の無事を祈りながら編み続けるのは親友のイシュカ・エアシールドも同じだ。
「負の感情を満ちさせる戦いではなく‥‥今生きている、これから生きる人々を守るためという事を、忘れず‥‥」
 前に進むため。
 希望のための戦いを忘れないために。
「お姉さんもどうですの?」
 エヴァーグリーン・シーウィンドから差し出された祈紐を、レラは自分の右手に結ぶ。
「ありがとうございます」
 微笑んで、先を急いだ。


「ディーネさん、ドースター先生からソルフの実を預かってきました」
「先生から?」
 セレの筆頭魔術師ことジョシュア・ドースターの弟子達が利き腕の掌に三つの実を握り締める。
「先生の厚意、無に出来ませんね」
「まったくだわ」
 レイン・ヴォルフルーラの笑顔に、ディーネ・ノートもやはり笑顔で肩を竦めて見せると、その後ろから歩み寄ってきたのは倉城響だ。
「あらあら、ディーネさんったら意外に余裕でしょうか?」
 更にその背後からフォーレ・ネーヴが顔を出せば途端に引き攣るディーネの口元。
「何言ってんの、そんなわけないでしょ?」
 敵は強大、小さな油断とて命取りになる事は重々承知している。それでも笑みを忘れられずにいる事が余裕に映るのだとしたら。
「ただ‥‥頼りになる仲間が一緒だから大丈夫だって思うだけよっ」
 顔を赤くしてそっぽを向く彼女に、響は口元を袖で多い、フォーレは「にゃはは〜」と愛らしい笑い声。
「そうですね‥‥信頼出来る仲間が、こんなにたくさん、一緒なんですもの‥‥」
 レインが周りを見渡して言う。
「絶対に勝ちましょう」
 祈りは、約束だ。


「隊の編成は大まかに言えばこんな感じだ」
 今頃はゴーレム搬入に忙しないリールから預かってきた羊皮紙を広げ、陸奥勇人が声を上げる。
「アレクシアスは天龍やシルバーと同じだな」
「それは心強い」
 飛天龍、シルバー・ストームと先の大戦でも共に戦った仲間の名にアレクシアス・フェザントの口元も綻ぶ。
「オルステッドはイシュカやリィム、それに‥‥」
 セイル・ファーストやフルーレ・フルフラット、歴戦の士と互いに援護し合えるのだと思えばオルステッド・ブライオンにも否は無い。
「泰斗や物見には苦労を掛けそうだが‥‥」
 真の敵、死淵の王を討とうとすれば確実に群れるだろう魔物達の露払いを任せる事になってしまった同志の身を案じれば、長渡泰斗は背後に控えるように佇む物見昴に一度だけ視線を向け、彼女の静かな視線を受けた後で軽く頷いた。
「気に病む必要はないさ、これも俺達の役目だ」
 言う彼の手には、水の紋章。
 自分が此処にいるのも、これを手にした所以ならば。
「‥‥おい、シンはどうした」
 ふと眉根を寄せたオラース・カノーヴァの問い掛けに彼らも周りを見渡せばどこにも見えない友の姿。
「ああ、シンなら寄る所があるから少し遅れるって言ってたよ」
「寄る所?」
 齎された情報を聞き返す彼らに、それを齎した本人ことアシュレー・ウォルサムは肩を竦める。
「さぁ、俺も詳しくは聞いてないし」
 今回の戦にどうしても必要だと聞けば止める理由が無かっただけのことだ。


「‥‥ん? 初めて聞く名前だな」
 セレ、リグ両国の上層部が集まるその一角で、興味深そうな声を上げたアベル・クトシュナスに近付いたのはリグの黒騎士フェリオール・ホルクハンデ。
「ああ、そいつらなら死淵の王を討つって話をジ・アースで聞いて、協力するために駆けつけてくれたらしいぜ」
「ほぉ‥‥」
 日向が既に集めていた情報の一片を明かせば騎士達は感心した様子。
 天岳虎叫、リンデンバウム・カイル・ウィーネの名を口の中で復唱しながらどの冒険者が彼らかと目を凝らしていると、その後方、ひどく冷たい視線を向けていたのは――。
「冒険者を知る事は確かに重要だが‥‥今は優先すべき事があるのではないのか」
「おや‥‥」
「ハッ。言うようになったじゃないか」
 アベルが意外そうに口を開く一方、不敵に笑んだフェリオールは。
「ま、その方がおまえらしいがな、モニカ」
 そう。
 そこに佇むのは紛れも無くモニカ・クレーシェル、その人だ。彼女の心とて完全に晴れたわけではないけれど、向かう先が地獄、死淵の王を討つのだと聞けば逃げるわけにはいかない。
 黒鉄の三連隊もそうだ。冒険者達の説得と、激励を受け、共に戦地へ向かうべくこの場に顔を揃えていた。


 ――だが、その中にもレラの探し人はおらず。
「一体どちらに‥‥」
 辺りをきょろきょろ見渡していれば、不意に前方から近付いていた人とぶつかってしまった。
「まぁっ、申し訳ありません‥‥っ」
「いや‥‥」
 衣の裾をはらりと直し、穏やかに返した雀尾煉淡は自分にぶつかった彼女が誰かを探しているらしいことにも気付いていた。
 だから真っ直ぐにそれを問えば、レラから出たのは「石動香代」の名。煉淡は彼女ならばと国境のセレ側を指差した。
「確かあの辺りに」
「まぁ、ありがとうございます」
 聞いてみるものですわねと驚きながらも喜ぶレラ。
「だが、またどうして彼女を?」
「ぁ、はい。せっかくですから、一緒に舞をと思いまして」
「――舞?」
「同じパラの女性、同じ陽魔法使い‥‥とても不思議な縁を感じますの。ですから、前線で戦われる皆様のために、無事を祈る舞を、と」
 彼女の言葉に煉淡は笑む。
「なら俺は君の武運を祈ろう」
 その想いが相手に届くことで、地獄への道中、優しき花が咲く事を願って。


「とーさまなのー♪」
 レン・ウィンドフェザーの、素直な喜びを滲ませた声に皆が其方を振り返り、シン・ウィンドフェザーの到着を知る。
「遅くなったな」
 そう最初に声を発した彼の腰には、奇妙な平べったい道具が帯びられていた。一見しただけでは何とも判別の付かないそれは、剣の柄。更には、その一部分に文様が刻まれている。『大地』は『激震』。『ユニコーン』は『一角獣』。
 シンは小さく笑うと、腕を鳴らす。
「‥‥さーてと、んじゃケリつけに往きますかね」
「けっせんなのー、さいごまでがんばるのー」
 父と慕う彼と共に行ける事を喜ぶレン、そんな少女の頭をぽふりと撫でるシン。
「‥‥ああ、行くか」
 天龍が言い、見遣る先には置いて行く弟子と、地妖精。
「ユアン。鈴花。連れてはいけないがおまえ達も一緒に戦ってくれるな?」
「はい!」
『なー♪』
 各々に応じる、その手首にも祈紐。
 一方で地獄まで精霊を同伴する事になってしまったシルバーは。
「‥‥付いてくるからにはちゃんと働いてもらいますよ?」
 こくこくと風精が何度も頷いていた。


 シップが起動し、次々と空に浮かぶ。その船首になびく旗は『暁の翼』。人々の希望を受けて広がるその旗が。
 翼が。
 地獄の瘴気を越えてこの世界の祈りを届けてくれるように。
 戦いは、始まる。





 船の先端、地獄の赤い空に鳴り響く神楽鈴。レラの手先から描かれた音の軌跡を、香代の手先を彩る扇子によって吹く風が大気に放つ。
 黒雲にまでも浸透する清浄な鈴の音に添わされるのは良哉が奏でる竜笛の音だ。
 高く、遠く。
 遥か彼方、地の底、コキュートスまで。
「‥‥不思議なものだな。異国の旋律がこれほど神々しく感じられるなど」
「そうか?」
 低く呟いたリラ・レデューファンに勇人が返す。
「俺にはこういった感じの方が地獄じゃ『らしい』気がするけどな」
「生まれた国の違いだろう?」
 薄く笑う泰斗が「どうだ」とシンに問い掛けると、彼は軽く肩を竦め、代わりに隣にいたレンが「いぶんかこーりゅーなのー」とご機嫌だ。
「‥‥俺としちゃ良哉の笛を含めて神々しいとか言うリラの気が知れないんだが」
 カインが不服そうに漏らせば、天龍。
「おまえ達は仲が良いのか、悪いのか?」
「あ、それはきっとあれですよ! 確か‥‥『嫌い嫌いも好きの内』?」
「違うっ」
「す、すみません‥‥っ」
 即行の否定に発言主のレインが慌てて謝れば「レイン殿‥‥」と肩を震わせて笑うリールがぽんとその肩を叩く。
「悪い事、言っちゃいました‥‥」
「そんな事はないよ」
 落ち込む彼女を慰めるアルジャンも、穏やかな表情。このジャパン特有の旋律が効果的なのかは判らないが、誰の目を見てもこれから魔物と戦おうという意志に憎悪を滲ませている者は無かった。死淵の王によって狂わされたリグの騎士達も同じく、誰一人、冷静さを欠いていないのだ。
「二人とも見事な舞手だな‥‥確か手首足首にも鈴を付けていただろう」
 虎叫が思い出したように言うと、リンデンバウムが大きく頷く。
「にも関らず不必要な音は一度も聞こえて来ない」
 それは完全な調和。
 一つになった心。
 なればこそ、魔物の接近を拒み、冒険者達に力を宿す。
『‥‥故に人の心は美しく‥‥人の世は、優しいのです‥‥』
 月姫セレネに、天使レヴィシュナも応える。
「人の世をここで終わらせるなど愚行の極みだ、魔物よ」
 白き者達の強き言葉。
「偵察部隊が戻りました!」
 その時、騎士の一人が声を上げ、其方を見遣れば確かに三十分程前に送り出したセレ、リグ両国の騎士達だ。
 シャルロットの指示を受けて出ていた彼らは、得た情報を皆と共有し作戦を詰めて行く。
「死淵の王の所在までは掴めませんでしたが‥‥」
 言えば、月姫は左右に首を振った。
『いいえ‥‥死淵の王はすぐ其処にいます‥‥姿を隠し、わたくし達がどのように動くのかを傍観しているのでしょう‥‥』
「相変わらずヤな奴ね」
 ディーネが眉を顰めれば同意するように頷く者がほとんどだ。
 そして、出て来ないのなら出て来させてやるまでという結論に至るのは、皆が同じ。煉淡は瞳を伏せて深呼吸を一つ、皆に自分の周りに集まってくれるよう声を掛けた。下方から感じる痛いほどの冷気に、見えて来た数多の冒険者達と魔物の争い。もはや戦場はすぐ其処だ。一度では入り切らず二度に分けて発動されたレジストデビル。幸い、術は二度とも成功して全員が魔物に対する特殊抵抗の術を得た。効果時間は一時間。相手を思えば、恐らく充分な長さだろう。
「行こう」
『死淵の王は‥‥その先です』
 セレネの指先に示された方向へ、各船よりセレ、リグ、また冒険者ギルドから貸与されたグライダーが飛び立つ。両国の鎧騎士達が操縦するそれに、冒険者を乗せて。
 中には、冒険者が冒険者を乗せて。
「リラ殿」
「頼む」
 短い遣り取りの末に空を行く二人。機体を操る彼女の背に、リラは告げる。
「‥‥まさか、このような形で乗せてもらう事になるとは、な‥‥」
 低い声にリールは目を見開き、‥‥だが、苦笑う。
「飛ぶなら、青空の方が絶対に気持ちが良い」
 だから、この戦が終わったら、また――例え言葉には出さずとも伝わる何かが、未来に繋がる約束になる。


 グライダーで下降する者もいれば、自らが同伴した飛獣によって空を駆る冒険者も少なくは無かった。
「目的はただ一つだ。世界を失わせるわけにはいかない」
「‥‥今度こそ」
 天馬に騎乗するアレクシアスの言葉に呼応するかのようにオルステッドが呟く。
「‥‥過去の二つ名に懸けて、負けっ放しでは済まさん‥‥今度こそ、皆の想いを‥‥」
「同感ですっ」
 彼の決意に、強く同意を示すのはグリフォンを駆るフルーレ。
「此処で逃せば‥‥また多くの人々の血と涙が流れる事になってしまいます。だからこそ‥‥必ず、討つ!」
「ああ。俺達の力を見せてやろう!」
 天龍が自らの翅で飛翔しながら言い放てば、周りから上がる力強い覇気。
「絶対に勝って帰るんだ!!」
「ここで終わらせよう!!」
「それで国で待ってるあいつらを、今度こそ抱き締めてやるんだ‥‥っ」
 目的が死淵の王討伐、ただ一つならば。
 願いもまた、ただ一つ。愛する者達と築く未来を繋ぐこと。
「――来た!!」
 不意に、先頭を行く騎士達から声が上がった。永久凍土の大地より、空を駆る彼らに向かって進軍して来る魔物の群。
「さぁ、出番ですね」
 グライダーの後方に乗せられていた響は、袖で口元を覆い穏やかに笑いながら、しかしもう片方の手はしっかりと鞘から刀を抜いている。
「一応は名刀の鞘なので、失くさないようにお願いしますね?」
「は、はいっ」
 操縦者、響の笑みからタダならぬものでも感じ取ったのか背筋を伸ばして即答。
「俺達も行くかね」
「御意」
 泰斗の言を受けて昴も動く。
 そして。
「皆、散れ!!」
 作戦通りに――言わずとも伝わるアレクシアスの指示の下、凍土目指して滑降していた冒険者達の隊列が急速に輪となり広がる。そうして出来た道筋。魔物達の前方。
「今度こそ彼らの邪魔はさせない!!」
 瑠璃が駆るイーグルドラグーンが、天使の加護を受け対魔物にも有効となったゴーレム専用武器、その大きさ四メートルに及ぶ大剣マーレ・ネクタリスを振り下ろした。

 ――――!!!!





 急速に騒がしくなる下方に、しかし舞手達は休む事無く祈りを捧げ、鈴を鳴らす。魔除けにもなると言われる、その清浄なる音を。
「では、俺達も行くか」
 言うフェリオールはサンドラグーンの乗り手。
「‥‥ああ」
 応じるモニカはコロナドラグーンの乗り手。二人とも、天使がこの日のために完成させた大剣マーレ・セレニタティスとマーレ・ディサイデリーを預かり戦地へ赴く。
「今更だとは思いますが、冷静さを欠く事のないよう、お願いします」
 シャルロットの言に彼らは「無論」と一言。
 逸らされない視線が信頼の証ならば。
「――‥‥」
 次々と凍土へ降り行く仲間達の気配を感じながらも、演奏に一区切りを終えたところでようやく目を開けられた良哉は、ほとんど人気のなくなった船に複雑な表情を浮かべた。
「‥‥生きて戻れよ、全員‥‥」
 切なげに呟いた彼は、直後。
「!?」
 むにゅっ、と。
 頬に触れた感触に驚いて飛び退く。
「なっ、何した今!?」
「パワー充電完了♪」
 顔を真っ赤にして怒鳴る彼に、へへーと満足そうに笑うのはリィムだ。
「良哉君。君には君にしか出来ない事があるんだし、ボクも皆の背後を必ず護るよ」
 言われている事は判る。
 判る、が。
「じゃ、また後でね!」
 凍土へ降りる彼女が自分に割り振られたドラグーンに搭乗すべく姿を消すと、良哉はがっくりと項垂れる。
「信じらんねー‥‥」
 言えば後ろからひょっこりカイン。
「よっ、色男?」
「――コロスッ!」
 その後、暴れる二人を香代が叱り、レラに宥められたのは言うまでもない。


 皆の手や足には祈紐。時には、武器の柄にも希望を結び、彼らは戦場を駆け抜ける。フォーレの手から瞬時に放たれた銀のナイフは魔物の額を貫き、動きを鈍らせたそれをオラースの剣が消し去る。
「次!!」
 放つ怒気に魔物が怯む、その隙を突くアシュレーの矢。同時に射られる二本の矢が二匹を射抜くと、その先の光景が露になった。負傷し、立てなくなった騎士達を治癒するイシュカや煉淡。魔物に群がられたリンデンバウムを庇う魔道師達。
「水の精霊達よ、力を貸して! 我が敵を退けよ」
「アイスコフィン!!」
 ディーネ、レイン、二人の水魔法が魔物を氷塊と化した。一方で騎士達の援護に入ったアルジャンは、そこに見知った顔がある事を知り息を飲んだ。彼らが、あの日のリグの国、城壁外部でカオスゴーレムに搭乗し自分達と敵対していた騎士だと気付いたからだ。
「っ!」
「伏せろ!」
 魔物に襲われた騎士の背後から剣を振るったアルジャン。二撃で魔物を消し去れば騎士から「助かった」の言葉が。だからアルジャンは応えた。
「こうして、共に戦える事を嬉しく思うよ」
「――」
 その言葉に目を見開いた騎士も、気付く。
 アルジャンがあの日の敵であった事に。
「‥‥本当に、助かった‥‥」
 言葉に応えるのは笑み。
「行こう」
 今日の、真の敵を討ちに。


『標的は死淵の王、黒き衣を纏いしカオスの魔物』
 全身を淡い輝きで満たした月姫セレネは、直後にムーンアローを放つ。
「!」
 その矢の向かう先、標的物。
「そこか!!」
 冒険者達の目付きが変わった。
「いきますよクロスマリーナ、力を貸して頂戴」
 ジャクリーンが天馬に声を掛け、弓を構える。その間にも主を落とす事無く翔る天馬。
「あいつを守る以外の戦いなんてした事はなかったが‥‥」
 ソードもまた剣を構え、駆ける。
「行って!」
 瑠璃はその思いをドラグーンに託し、剣を振るった。仲間達が死淵の王へ切り込む道を作ること、それが自分の役目。
「!」
 そう思い詰めた視界に飛び込んで来たのはリグのドラグーンが二機、そしてリィムが駆る一機。
「四方を!!」
 いま月姫の矢が射た周囲、四機のドラグーンが壁となって進路を塞ぐ。
「この壁は容易には落とさせないぜ」
 フェリオールが不敵に笑う。
 それは中央にいるだろう死淵の王に限らず、いま、魔物と対する冒険者達を無数の魔物共から護るため。
「決着、此処で着けるぜ!」
 仲間の援護を受けて走りこんだ冒険者達。
 そして。
「ふはははははは!!!!」
 直後の高笑い。
 現れた姿は漆黒のローブに身を包んだ魔物と、巨大な鎌。
「待っていたぞ、冒険者共! そして貴様をな、アルテイラ!!」
 直後に翳された手、全身を帯びた暗黒の霞み。
「!」
 咄嗟に動いたのは煉淡、高速詠唱フォーリーフィールド。
『!!』
 思わず身を竦めた月姫だったが、彼女を狙った魔物のディストロイは煉淡の成した結界に阻まれ精霊を傷つけはしない。
「おまえの相手は俺達だ!!」
「っ!」
 撃ち込んで来る天龍を避けた、その直後に右から銀光。
「くっ」
 魔物は完璧に避けたつもりだったがアレクシアスの剣はローブの裾を切り裂く。
「死淵の王、今度こそ我等の手でその野望を打ち砕いてくれよう!」
「小癪な!」
 剣士の第二閃、そして。
「古の力を今に伝えし精霊達よ、力を貸してください」
 スクロールを紐解くシルバーが放つはウィンドスラッシュ、それに合わせて魔物から距離を取る仲間。術は直撃する、が、魔物にとって精霊魔法の効果は薄く然程ダメージは受けなかったが、隙を作るには充分、続くはレンの地魔法グラビティーキャノン。
「っ!」
 転倒する魔物、そこに斬りかかったアレクシアス。
「おのれ!」
 鎌で受け、更に飛び込んでくる天龍に気付き。
「チッ」
 全身が黒い光りに包まれるのを見た冒険者達は一斉に距離を取る。何が来るかは発動されてみなければ判らない。
「ぐぁっ」
 魔法はカオスフィールド、壁を挟んで動いた者達を悉く痛めつけ、それでも軽傷程度の傷しか負わせない。
 冒険者も決して弱くなどないからだ。
「そんな結界一枚で俺達がビビるとでも思ったか!!」
 シン、オラースの二枚刃。
 更には煉淡の結界破壊。
「くっ」
 死淵の王は外周、魔物の群を見遣るが冒険者達の壁には隙が無い。
「此処で魔物共を通させては騎士団の名折れです」
 シャルロット、アリル。
 ゴーレムの数も増えていた。
「後ろは任せな! 死神気取りの野郎にキツい一発をぶち込んで思い知らせてやってくれ!」
 ゴーレムだけではない。例え壁を越えてもアシュレーの弓、ディーネの精霊魔法らが死淵の王を討たんとする仲間の援護に死力を尽くす。
 どれほど強大な魔物だとて、数が一体ならば。
 冒険者側にはこれまで培ってきた『強さ』がある。
「‥‥人間を、あまり見縊るな」
 そういうオルステッドはいま、仲間と共にタリスマンや犬血等のアイテムを用いた多重結界を作り上げていた。仲間達から預かった分も含め、死淵の王の周りに魔物の行動を鈍らせる罠を張り巡らせたのだ。
「小賢しい真似を‥‥っ」
 苛立つ魔物の耳に、少女の歌声が聞こえて来る。
 月魔法メロディは冒険者達を鼓舞する。
「エリ‥‥」
 イシュカは歌い手の名を静かに呼び、その胸に拳を置いた。

 竜達が咆哮を上げた。
 セレネの傍では彼女を護るよう主に命じられたフルーレの月竜、レンの傍では彼女をサポートするよう主に命じられたシンの月竜。
「フィリアさん‥‥?」
 レインの傍では水の精霊フィディエルの様子が変わり、シルバーの風精、レンのスモールシェルドラゴンらもその身に光りを帯びる。
「っ‥‥おのれ‥‥!」
「!」
 精霊達の変化に何を感じ取ったのか、死淵の王はローブの奥、顔を歪めた。同時に力任せに鎌を引きシンとオラースのバランスを崩させる。
「!」
「最初に死ぬのは貴様等か!」
「死ぬのは――」
 振り上がる鎌に、飛び込む影は二つ。
「っ!?」
 フルーレとセイルが同時に魔物の懐に入り込み、腹と背、双方から斬りかかった。
 だが痛みなど感じはしない。
「その程度の攻撃で私が退くとでも思うか‥‥!」
 言い放つ魔王は振り上げた鎌を冒険者目掛けて打ち込んだ。
「!」
 鎌の刃に襲われたフルーレをセイルが庇う。が、二人揃って吹き飛ばされる。
「我が名は死淵の王! カオス八王ぞ!」
 誇らしげに言い放つ魔物は、だが気付いた。三方からディーネ、レン、レイン、三人の魔術師が術を発動しようとしている事に。その身を包む賢者の衣に鮮やかな色彩が波打つ事に。
「愚かな‥‥人間共よ、我の前に精霊魔法など無力も同然、精神力を無駄に消費するだけだとまだ判らぬか」
「やってみなければ判りません‥‥!」
 レインの右腕が描く軌跡に添い放たれるアイスブリザード、時間差でディーネのウォーターボム、レンのグラビティーキャノン。
「ハッ、鬱陶しい!」
 避けるのも面倒と、その身に直に攻撃を受けながらも平然と流し、転倒も承知の上で鎌を振り上げた。剣士の接近を阻害、立ち上がり次の攻撃に移ろうとするも、前衛の剣士達が皆、無傷で立ち上がっているのを知り目を眇める。
「‥‥成程、魔法は時間稼ぎか」
 強固な壁で魔物の群を抑え死淵の王を孤立させ、術士達が定めた仲間の援護に死力を尽くす。
「確かに私は人間を見縊っていたようだが、それを私に思い知らせてどうしようと言うのか。貴様等が束になろうとも私にどれだけの効果があるものか!」
 嘲笑する魔物は、己の言葉に溢れんばかりの自信を漲らせていた。だが、それにこそ冒険者は笑う。
「水の一滴一滴は微々たるものだが、その一滴が集まれば時として大岩に穴を穿ち、濁流となって押し流す事もある」
 ゴーレム達の助けもあって剣を休めていた泰斗が言い放てば、勇人も。
「後がないとなりゃ今更だ。いま力の限りやらねぇでどうする」
「いま、の全てを込めて、未来を、守る」
 アレクシアスの言葉が皆の願い。
 だから各々が剣を構え直す。
「いくぞ」
「‥‥これを、貴様の最期にな」
 オルステッドのその言葉で、剣士達は、駆けた。
「はああぁぁぁ‥‥ッ!!」
 オラースが斬りかかる、その刃を受け止めようと動かした鎌を。
「っ!?」
 懐に飛び込んだアレクシアスの剣が抑える!
「貴様!」
「余所見をしている場合か!」
「くっ」
 間近、オラースの剣、天龍の拳、魔物は鎌を放して飛び退き。
「逃げ道はないッスよ!!」
「!」
 その着地点に走りこんでいたのはフルーレ、セイル。
「覚悟!!」
 描く軌跡は紛れも無く魔物の身に刻まれる。だが、死淵の王は。
「小癪な‥‥!」
 ダメージを受けた様子も見せずに魔法を発動。
「!」
 守りの薄い冒険者目掛けて放たれたブラックフレイム。だがその威力に冒険者が倒れてもイシュカ、煉淡が術を重ね掛け戦線に復帰させる。それを邪魔させぬようアシュレーの矢やディーネ達の魔法が魔物を蹴散らす。
 飛び込み、抑え、斬りかかり、受け止め。
 倒れても、起き上がり。
「っ!?」
 ぐらりと、不意に揺れた視界に死淵の王は戸惑った。
「これは‥‥」
「そろそろ効いてきただろう?」
 言うシンは、この機を逃しはしないと紋章剣と呼ばれる柄を両手に握る。直後にそこに示現した光りの剣。
「なっ」
「グラビティーキャノン!!」
 剣が合図であったかのようにレンが放つ地魔法は魔物を転倒させ、その体にシンが飛び込む!
「これでも食らえぇぇっ!!」
「――‥‥!!」
 二本の紋章剣の『共鳴』。
「グアアアアッ!!」
 それが実現させた、魔物の苦悶の叫び。
「くっ‥‥」
 その傍らに倒れこんだシン。
「おのれ‥‥っ、おのれ‥‥!」
「とーさまっ!!」
「させるか!!」
 共鳴のために体力を使い果たしたシンを、護りに入ったのはセイル。漆黒の霞を纏いし右腕に轟乱戟を叩き付けた。
「邪魔立てをするか‥‥!」
 そうして標的を変え魔物の術はセイルに直撃、しかし。
「ふっ‥‥」
「!?」
 セイルの装備は、伊達ではない。
「さっきまでの豪腕はどこへ行った!!」
 言い放ち、押し返す。
 その先に待っていたのは――。
「リストに名を連ねるのはおまえの方だったな」
「――っ!!」
 魔物のローブを貫き、背に突き出るは天龍の龍爪。
「ガハッ‥‥!」
「悪党は死んだら地獄行きが相場だが、此処より下はあるのか?」
 軽口を叩き、勇人。
「死淵の王、その首貰い受けるぜ!!」

 ――空を輝かせた軌跡は、魔物の首を、斬り落とした。

「ふっ‥‥フハハハハハ!」
 放物線を描いた首が笑う。
 嘲笑する。
「私を討とうともカオスは滅びぬ!! せいぜい足掻け! 終わりが今しばらく先に延びるだけの事!!」
「‥‥それでも」
 オルステッドは槍を振るい、首を、貫く。
「‥‥人の世は、終わらない」
「ああ」
 そうして首より下にトドメを刺すのは。
「‥‥これが、僅かばかりでも償いになるだろうさ‥‥」
 オラースの剣が。
 フルーレの剣が。
 その刃に失われた多くの魂と共に。

 斬。

 もはや何も聞こえず、分断された身は漆黒のローブもろとも塵と化し消えていく。遺された巨大な鎌も、蒸発するようにその輪郭を失い。
「‥‥終わったのか‥‥」
 誰かが呟いたその言葉に。
「終わった‥‥」
 誰かが応える。
 そして。
『‥‥皆様、すぐに、アトランティスへお戻り下さい‥‥』
 不意にセレネが告げた。





『‥‥皆様、すぐに、アトランティスへお戻り下さい‥‥』
「どうしたんだセレネ殿、何か顔色が‥‥」
 リールが問うと、月姫は穏やかに微笑んだ。
『‥‥思い出したのです、己の役目を‥‥』
「役目?」
 聞き返した彼女に続き、昴も。
「そういや、死淵の王があんたを待っていたような事を言っていたが、その理由を聞き逃したね‥‥」
『理由ならば‥‥存じております‥‥、わたくしが、地獄と人の世を繋ぐアルテイラだからだと‥‥』
「なに‥‥?」
『冒険者達の祈りと、強さが、いま再びこの地を凍らせ、ルシファーの封印を実現するでしょう‥‥そうなれば‥‥此処へ繋がる道を閉ざさなければ‥‥、ですから、さぁ』
 船へ戻り、地上へと促す彼女の瞳が真摯だからこそ、冒険者達にも否はない。
「急ごう」
 そうと決まれば迷う時間も惜しかった。
 急速に始まる退陣。飛獣達が主を乗せ、グライダーやドラグーンも冒険者達を上空のシップまで運ぶ。
 中には、そのルシファーの封印を手伝おうという冒険者もいたが、そのような慌しさの中で「それ」に気付いたのはリィムと勇人だ。
 人々が慌しく動き回る光景の、片隅に。
 膝を付き項垂れている男の姿――グシタ・リグハリオス。かの国の王。
「‥‥もう、騎士として相手をする事も、無意味なのかな‥‥」
 ドラグーンに搭乗したままひっそりと呟くリィムと、その間近まで歩み寄った勇人。
「‥‥満足か」
 問えば、リグの王は眉を動かす事すらないまま「退屈だ」と返す。
「魔物の力を手に入れれば世界を動かし‥‥決して退屈しない未来が手に入るのだと思ったが‥‥ハッ。カオス八王とやらも他愛ない‥‥」
 もはや何も見えていないかの如く、顔を上げようともしない彼に勇人は静かな息を吐いた。
「‥‥その退屈を抱えて枯れていけ。それがあんたへの罰だ」
 勇人は言う。
 だが。
「そうもいかないな」
 声を発したのはフェリオール。ドラグーンから降り立ち、近付いてくる。
「その男がどうなろうと知ったことではないが、リグの国には民が在る。彼らの暮らしを守る力が必要だ」
「なら、どうする?」
 いつから気付いていたのか、アシュレーが問えばフェリオールは肩を竦めた。
「これから玉座を奪う」
 剣を抜き、その刃をグシタの首へ。
「――冒険者達よ、今一度頼みがある。このフェリオール・ホルクハンデが王を討ち取ること。おまえ達が証となってくれるか」
 唐突な呼び掛けに、だが、誰一人否はなく。
 彼らはその瞳に焼き付けた。
 リグの国王が魔物のそれと同様、フェリオールの剣によって塵と化した光景を。


 そして、新たなリグの王が誕生した瞬間を――‥‥。