【竜精祭】七月の夜空に舞え

■イベントシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:20人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月26日〜07月26日

リプレイ公開日:2009年08月21日

●オープニング

 ●そうして始まる夏の宴

「【竜精祭】を催しますわよ!」
「はいっ?」
 姿を現すなりダンッ、と卓を叩いたセゼリア夫人にギルド職員のアスティ・タイラーは思わず背筋を伸ばして良い返事。
「な、なんですか突然っ」
「何も蟹も無いのです、お祭です!」
「蟹‥‥」
「ヤギっ」
 意味不明。
 とにもかくにも、夫人のテンションが最高潮になっているのは間違いないようで、何度も瞬くアスティの目の前に勢い良く一枚の羊皮紙を突きつける。
「ですから、こちらをギルドの掲示板にも貼り出しておいてくださいな」
「これは‥‥」
 手に取って見てみると、何とも歪な形で【竜精祭】の文字が躍る。
 場所はもちろん夫人の暮らす村だが、その会場の一つとしてこれまでも冒険者達と共に祭を楽しんだ夫人所有の土地を開放、そこに絵を描いたと言うのだ。
「草原に絵、ですか?」
「ええ! 草を踏み倒して色を塗った石や花を飾って‥‥子供達が頑張ったんですのよ。ふふふ、何を描いたかは見てからのお楽しみですけれどっ」
「それは‥‥草原に立てば見えるのですか?」
「いいえっ、とっても大きな絵ですから空からでなければ見れませんっ」
「空、から?」
 思わず目を丸くして聞き返したアスティに、夫人はとっても満足気。
「ええ、空からです!」
「どうやって空から見るんですか! まさかギルドからシップを貸せとか仰る気では‥‥っ」
「違いますわ」
 心外だと、頬を膨らませた夫人。
「今回のお祭は、決して人間が楽しむためだけのものではないのです」
「と、仰いますと‥‥?」
「此処に何と書いてありますの?」
 言いながら彼女が指差すのは、手渡された羊皮紙に踊る【竜精祭】の文字。
「‥‥竜?」
「そうです!」
 今月の祭は、竜を讃えるもの。
 ならば竜に喜んでもらわなければ。
「冒険者の方々から竜との暮らしを教えて頂いて、思ったのです。竜はとても賢く、強大で、人と感情を交わせるのは他の動物達も一緒ですけれど、もっと尊い存在であると」
「はぁ‥‥」
「それに月竜さんは、月夜の空を飛ぶのが好きなのでしょう?」
「ああ、そうらしいですね‥‥」
「ですからっ!」
 バンッ、と本日二発目。
「わたくし、子供達と一緒に頑張りましたわ! この方の協力を仰いで!」
「この方?」
 そうして促され、見た先に立っていたのは。
「――っ、かえでさん!?」
「やっほ〜♪」
 冒険者街で道案内のような仕事をしている天界女子高生の彩鈴かえで、ウィルでその名を知らぬ者は無いと言われるほどの(?)お祭娘!
「貴女はまた何を企んだんですかっ!?」
「企むなんて人聞き悪いんだよっ、純っ粋に楽しいお祭計画しただけたもん!」
 言い返す彼女の瞳は実に真っ直ぐ、力強い。が、そんな時こそ何かを企んでいるのがこれまでの事実でアスティは疑わずにいられなかったが‥‥意外な事に、今回は本当に、お祭自体には何の企みも存在していなかった。
 そんな二人の遣り取りもにこにこ笑顔で聞いていた夫人は、最後にアスティに念を押す。
「どうか、冒険者の皆さんにもこのお祭の告知をして下さいな。わたくしの土地の絵の他にも、村の方々が『出店』というのを用意してお待ちしていますわ。収穫したばかりのお野菜や、果物を使ったお料理に、お飲み物も勿論。きっと楽しいお祭になりますから。お祭の開始は日暮れから‥‥夜が本番なんですのよ」
 語尾は切実に願うような声音で、アスティはじろりとかえでを一瞥。
 不安は残る。
 疑いも残る。
 が、‥‥夫人にこのように頼まれて否はない。
「判りました、このお報せはギルドの掲示板に張り出しましょう。――どうか楽しい【竜精祭】を」
「ありがとうございます!」
 夫人とかえで、二人の満面の笑顔に肩を竦めるアスティだった。




 ● そうして、宴

 かえでが四方を走り回り友人知人に協力を仰いだ結果、石動兄妹はジ・アースのジャパンから和紙を買い付けて来て、リラ・レデューファンはセレの職人達に蝋燭台を安価で作ってくれるようアベル・クトシュナスへの説得を命じられ、滝日向は天界人のその頭を貸せと言われながら力仕事もしっかりと手伝わされ‥‥その結果、村を包んだのは仄かに明るい、優しい灯火。
 鼻腔を擽る美味しい匂いと、陽気な音楽は村の有志達によるもの。


「で、あんたも呼ばれたってか?」
 呆れる日向に肩を竦めるアベル。
「驚いたね。あの天界の少女は策士だよ、これだけ協力させたんだから祭に呼べと言ったら本当に呼んでくれたが、私が何で来るのかも判っていたんだろうな」
 セレのフロートシップを祭の間は貸し出せ、とこうである。
「伯爵がそんな策に嵌るなよ‥‥」
「なに、近頃は嫌な話ばかりが目に付くからな。貸したところで破壊される心配もないのなら、冒険者諸君のためにシップを提供するくらいはお安い御用さ」
 何せウィルの冒険者には大きな借りがあるセレの国。
 彼らが楽しむためなら‥‥とは言うものの。
「しっかし‥‥やっぱりかえでは転んでもタダじゃ起きないというか‥‥」
「それって褒め言葉だよね?」
 小声で話していたアベルと日向の背後から、突如現れた少女はVサイン。
「良いじゃん、良いじゃん。恋人達にフロートシップで夜の空中散歩とかロマンだよ!?」
「あーはいはい」
「だが恋人達限定じゃないんだろう?」
「うん、希望者は誰でもOK。自分達で空を飛べる相棒を同伴して来たら、シップに乗らなくても見れると思うし。ただ、そういうデートも有りだよね、っては・な・し」
 そう言うかえでは、とても満足そうに地上から『それ』を見つめる。
「すごいでしょ?」
「あー‥‥まぁな」
「冒険者の皆、驚くよ〜♪」
 満面の笑顔の彼女に、アベルは笑い、日向も苦笑。


 さぁ、村の方から冒険者達の賑やかな声が聞こえてきた――。

●今回の参加者

ケンイチ・ヤマモト(ea0760)/ 倉城 響(ea1466)/ エヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)/ ディーネ・ノート(ea1542)/ ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)/ 長渡 泰斗(ea1984)/ シルバー・ストーム(ea3651)/ ディアッカ・ディアボロス(ea5597)/ 飛 天龍(eb0010)/ フォーレ・ネーヴ(eb2093)/ ソード・エアシールド(eb3838)/ イシュカ・エアシールド(eb3839)/ アリル・カーチルト(eb4245)/ シャリーア・フォルテライズ(eb4248)/ ルスト・リカルム(eb4750)/ アルジャン・クロウリィ(eb5814)/ ラマーデ・エムイ(ec1984)/ レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)/ ミーティア・サラト(ec5004)/ モディリヤーノ・アルシャス(ec6278

●リプレイ本文


「こんに‥‥いえ、ヤギっ」
「ヤギっ! 皆、元気―?」
 ミーティア・サラト(ec5004)とラマーデ・エムイ(ec1984)の‥‥何と言おうか、陽気な声掛けに子供達は目をぱちくり。
「姉ちゃん達、大丈夫?」
 そんな風に心配そうに声を掛けられてしまったら二人の方が目をぱちくりだ。
「あらー? このお祭専用の挨拶なのよね?」
「今日の挨拶はこうだと聞いているけど、違うのかしらね?」
「まぁっ、誰がそのようなデマを流していますのっ?」
 唐突に。
 二人の背後から語気荒く声を発したのはセゼリア夫人。
「純真な冒険者の皆さんをそのように騙すだなんて許せませんわ!」
 元はと言えば貴女がという声も何処からか聞こえて来そうだが、それはともかく。
「せっかく来て下さったんですもの。お祭を楽しんで、騙された事など綺麗さっぱり忘れてしまうと良いですわ!」
「そ、そうね」
 夫人の迫力に圧されつつラマーデが言う隣で、本当に此処の奥様はお祭が好きねと胸中に呟いていたミーティアは自分が持って来たお土産の事を思い出した。
「そうそう。先日のワイン作りをお手伝いした後にね、奥様と女の子達は真鍮細工の髪飾りを、男の子達にはタイ飾りを作ったのね」
「えーっ?」
 お土産と聞いて目を輝かせた子供達は遠慮がちにミーティアの周りに集まる。
「安物で悪いけれど、貰ってくれるかしらね。此方の葡萄がモチーフだから似合うと思うのよね」
「うわぁ、ありがとう!」
 ミーティアの手で手渡されたり、髪に飾られた真鍮細工に子供達は大はしゃぎ。
「ありがとうお姉ちゃん!」
 互いに互いの細工を見せ合ってはしゃぐ姿にはミーティアの心も温まる。そんな彼女にセゼリア夫人。
「気持ちのこもった贈り物を「安物」だなんて表現するものではありませんわよ? 何処かの御国では謙遜が美学だそうですけれど、ね」
「そうそう!」
 ぴょこんと顔を出したのはお祭娘こと彩鈴かえで。
「大事なのは気・持・ち♪」
 おひさ〜と二人に手を振ったかえでは、祭の陽気にあてられているせいか、妙にそわそわ落ち着かない。
「あ!」
 その落ち着かない視界に捉えたのはフォーレ・ネーヴ(eb2093)。
「こっちだよーー!」
「わぁ〜〜い♪ かえでねーちゃん久し振りだね、だね?」
「久し振りだよ〜〜!」
 抱擁し合う二人に楽しげに笑うのは、フォーレと一緒に此処まで来た倉城響(ea1466)。
「ご無沙汰してしまいましたね」
「私とは初めてだね。フォーレだよ。よろしくねセゼリアねーちゃん♪」
「――っ! ま、まぁ‥‥この年齢でねーちゃんと呼ばれるだなんて‥‥っ、しかもこんなに可愛らしいお嬢さんから‥‥!」
 両頬を押さえて卒倒しかけた夫人を間一髪で現実世界に留めたのは子供達の喜びの声。顔馴染みの冒険者が近付いてくる事に気付いた子供達が駆け出したのだ。
「お姉ちゃん!!」
 腰に抱きついてくる子供達との再会を、ディーネ・ノート(ea1542)もレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)も笑顔で喜び合い、レインの隣に並ぶアルジャン・クロウリィ(eb5814)の表情も優しい。
「また会えて嬉しいわ、フィムさん、トートマ君」
「皆さんもお元気そうで嬉しいです」
 ぎゅっ‥‥とレインが子供達を抱き締めれば、その傍らに寄り添っていた小さな少女達が微かに眉を寄せてレインの服の袖を握り締めた。
 人と違うその子らは、精霊。
 アルジャンの家族。
「? どうしたんですかアリスさん、アルテミシアさん」
「きっとレインが見慣れない子供達を抱き締めているのがイヤなんだろう」
 アルジャンが言えば、レインの背後にふわふわと浮いている水の精霊フィディエルが楽しげに頷く。
『ええ。やきもちを焼いているわ。――あの子達も』
 そうしてフィディエルが指差すのはディーネが連れて来たウンディーネ達。
「ちょっ、なにっ、何なのっ?」
 双子のように良く似た精霊達はディーネの頭にしがみ付いて大騒ぎ。
「まぁまぁ、まるで親子ですわね」
 眼福と言いたげな表情で呟く夫人に、ふと顔を見合わせたアルジャンとレイン。
「?」
「‥‥うむ」
 小首を傾げた夫人に口を切ったのはアルジャンだ。はにかむレインの肩を抱く、その左手薬指には、レインの左手薬指に輝くのと同じ銀の指輪。
「やはり夫人にもきちんと挨拶しておくべきだな」
「ご挨拶、ですの?」
 聞き返してくる夫人に、二人が頷く。
「この度、レインと僕は結婚した」
「‥‥っっ!! なんて素敵なお知らせなんでしょう!」
 これは是非ともお祝いをと騒ぐ夫人を、そうでしょと煽るかえで。
 レインは慌てて言葉を繋ぐ。
「あのっ‥‥私達だけじゃなくて‥‥」
 夫人の耳にこそっと、伝えるのは。
「――まあぁぁ‥‥っ」
 そうして皆の視線が集中した先には、ディーネ。
「ん?」
 何か嫌な予感が‥‥と本人も気付きはしたが。
「そうですの‥‥ディーネさんもとうとうお母さんになられたのですわね‥‥っ」
「はいっ?」
「また子供が増えましたね♪ 男の子三人と女の子が一人ですか?」
 ウンディーネ達に加えて響の言からフィムとトートマまで自分の子にされたディーネは目を丸くする、が。
「そうですわよね‥‥っ、幾ら仔猫のように愛らしいディーネさんだってもう立派な娘さん‥‥っ、愛する男性との間に子供を授かるのにおかしな事なんてありませんわ‥‥っ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! この子達はどっからどう見ても精霊でしょ!? 私が産んだわけじゃないし、フィムさんとトートマ君にだってちゃんとしたご両親が!」
 真っ赤になって反論するディーネに、しかし夫人も強情と言うか何と言うか。
「良いんですのよ、えぇ私はディーネさんを応援しますとも、子育てに困った事があればいつでも相談して下さいませね‥‥!」
「ちょーーっと待ってもらえないかしらね!?」
 声を荒げるディーネに、楽しげに笑うのはレインやアルジャンも勿論のこと、ラマーデやミーティア、それに子供達も一緒だ。一対二どころか完全なアウエー状態。
「あら。私はてっきり予行練習だと‥‥」
 残念そうな顔の響にトドメを刺されて、ディーネはその場に膝を付いた。
「くっ‥‥」
 頭には水妖二人をしがみ付かせたまま咽び泣くディーネを、
「‥‥お姉ちゃん、大丈夫?」
「元気出して‥‥?」
 フィムとトートマが一生懸命に慰めようとしていた。
「ディーネさんは本当に愛らしい方ですね」
「多少、気の毒でもあるがな‥‥」
 それに愛らしいと言うならレインの方が‥‥と心の中で呟くアルジャン。
「‥‥そういえば、うちの精霊の娘達に浴衣を着せて貰えると聞いたのだが」
「あ、うん!」
 彼に言われたかえでは大きく頷いた。
「セゼリアさんのお家でお着替えだよ♪ もちろん着替え中は男子禁制だけどね?」
 そう返すかえでに意味深に微笑まれたアルジャンは咳払いを一つ。
「もちろん、僕は外で待っているさ」
 応えた彼に、レインと精霊達が小さく微笑い合った。





「かえで殿、うちのフィルとライクにも浴衣をお貸し頂けるだろうか?」
「もっちろんだよ! 精霊さんサイズの浴衣も男女様々取り揃えているからねー♪」
 シャリーア・フォルテライズ(eb4248)の要望にもあっさりと応えられるのは、ひとえに飛天龍(eb0010)の人並み外れた裁縫技術があってこそ。石動兄妹が所持していた、もう着なくなった数着の浴衣の提供も大きかったが、それらの手直しにしろ、天龍がいなければ人数分を揃える事はまず無理だっただろう。
「いつかミシンダーと呼ばせて欲しいよね‥‥っ!」
 心に強く思いながら、かえでが着付けた相手は意外や意外。
「‥‥おかしくはないか?」
「全然っ、っていうかこの柄を見立てたアリルさんに拍手だよ!」
 かえでの口から出たアリル・カーチルト(eb4245)の名前に、黒い生地に白い牡丹、その周りを舞う蝶の姿が清らかな色気を醸し出す浴衣を身に纏ったアイリーン・グラントは悔しそうに眉を顰める。
 それは、どこか照れ隠しのようでもあり。
「アリルさんには清流柄の浴衣を着てもらったからね、二人並んだらとってもお似合いだよ」
「そのような世辞は無用だっ」
「おぉ?」
 怒られる理由が判らないと思いつつも、何やら心惹かれる気配がするからまぁいっか、とかえで。
「はい、行ってらっしゃいだよ♪」
 ぽんとその背中を押してやった。
 一方で香代が着付けを手伝っていた此方側。
「こうやって手直ししなければならないのも成長の証だな」
 感慨深く告げる天龍に、彼が手直しした浴衣を着させてもらっていたユアンは何か胸に響くものを感じた。
「‥‥ユアン、袖を持って腕を上げて」
「ぁ、はいっ」
 心なしか落ち込んだ様子の香代に言われた通り、浴衣の袖を持って腕を上げれば、香代の指先が器用に帯を巻いて行く。
「‥‥ユアンなら帯よりも太めの紐で結ぶだけでも良いとは思ったのだけれど‥‥今日は大人の仲間入り、ね」
 天龍は帯までもユアンのサイズに手直ししてくれたのだ。これで着付けなければ勿体無い。
「さぁ、鈴花ちゃんも良いわよ」
 こちらはふわふわの生地を帯代わりに、天龍手作りの妖精用浴衣で着飾った地のエレメンタラーフェアリー。
「‥‥とっても可愛いわ」
『わ♪』
 言葉尻を真似る声音も、普段よりいくらか弾んで聴こえた。
「さて。ユアン、鈴花、どこに行きたい?」
「美味しい物が食べたいっ、です!」
『です♪』
「よし」
 それなら行こうと外へ出る子供達の殿についた天龍は、だがふと香代を振り返る。
「一緒に回るか?」
「――‥‥いいえ」
 天龍が気を遣ってくれている事に気付いた香代は、微かな笑みを浮かべて首を振る。
「私は此処でお祭の雰囲気を楽しむわ‥‥。後でカインが色々買って来てくれると言うし‥‥ユアンを、お願い」
「そうか」
「ええ」
 そうして香代に見送られ、三人も祭りの賑やかさの中へ。


 出店が並び、夜闇に明かりを灯す路地。どこから話を聞いたのか、近隣の町村からも人々が集まって、小さな村の竜精祭は例年になく賑わっていた。
「去年の縁日の時には、エリがいたら色々と買ってやるんだがと、もしもの状況を思い浮べる事しか出来なかったが」
 ソード・エアシールド(eb3838)の呟きに、隣に並び歩くイシュカ・エアシールド(eb3839)が嬉しそうに頷く。
「姉妹、お揃いの浴衣で‥‥楽しそうで‥‥」
 かえでに話し、去年の縁日で作った浴衣をそれぞれのサイズに手直しした二着で着飾られたエヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)と月人のスノウホワイト、愛称でエリ、スノウと呼ばれる少女達を見つめて呟くイシュカの表情が実に嬉しそうだから、ソードは安堵の息を吐く。親友の体調が改善した事も彼を安心させる大きな理由の一つだが、娘二人と共に祭に参加している事が何より嬉しかったのだ。
「子離れが出来ていないのは、俺達の方かもな‥‥」
 ぽつり零れるソードの小さな呟きは、祭の賑わいに掻き消される。
 ドシンッ、ドシンッと大地に響く振動はユラヴィカ・クドゥス(ea1704)やディアッカ・ディアボロス(ea5597)の月竜達が踊るワルツ。
「夫人が御所望のようじゃったからのぅ」
 ユラヴィカが言うように、以前の依頼で夫人が一度は拝見したいと願っていた竜のワルツを、今宵こそと彼らが計画してくれたのだ。広場の中心からは外れるものの、竜達の大きな体であればどこからでも観賞出来る。祭に参加した誰もが他では見られない光景に気持ちを高揚させていた。
「音楽も素敵ね!」
 竜と一緒に躍り始めた村人が陶酔したように称えるディアッカの楽の音色は、この夜にとても似合いの月色に輝いて聴こえる。
「おぬしらも踊ってみるかの?」
「うん!」
 ユラヴィカに誘われた子供達は瞳を輝かせて頷き、舞踊の達人から手ほどきを受け始めた。祭の夜は決して長くはないけれど、この貴重な一時を楽しい思い出と出来るように。


 提灯の下、アリルは思わず口笛を吹き鳴らす。
「うむ、つまりペッタンコ‥‥」
 軽口と同時にギロリと睨まれ、咳払いを一つ。
「いや。淑やかな女性には和装が似合うというのが俺の居た地球というトコではなかなかに広まっていてだな」
「よく言う」
 調子のいい相手にアイリーンは目付き鋭く息を吐くから、アリルはまぁまぁと彼女の背を叩く。
「だが、本当によく似合ってるぜ。黒い浴衣に綺麗な銀髪が映えて、神秘的な感じが増してさ」
 真っ直ぐな視線で褒められると、アイリーンは妙な居心地の悪さを覚える。セレの伯爵から「息抜きにどうだ」とウィルの国へ誘われ、最初は乗り気ではなかったものの、この国の竜や精霊を奉る月ごとの祭だという説明を受ければ貴重な体験だと考えを改めて祭を楽しもうと思い直した。
 が、此処に来てアリルに誘われて。
 ジャパンの浴衣を着るよう促され、それを拒む理由もなかったけれど。
(「着替えなければ良かった‥‥」)
 普段と違う格好は調子を狂わせる。例えば普段なら一蹴する誘いを断れなくなったり。
「さぁ、最初は何処に行く? 地球風の食べ物を扱った出店なんかも結構あるらしくてな」
 ほらと差し出された手もいつもなら無視して先に行くのだが‥‥下駄も歩き難い。
「‥‥手前から順番に見てみたい。アトランティスの祭に参加する貴重な機会だから」
「お安い御用だ」
 アリルは笑顔で頷いた。


「みんな楽しそうだねー♪」
「う?」
 着付け作業も一段落し、一緒に祭を見て回っていたかえでのうきうき声に、フォーレが小首を傾げて彼女の視線の先を見遣る。するとフォーレも、見知った顔、長渡泰斗(ea1984)が出店の前で何やら真剣な顔をしている事に気付いた。
「泰斗にーちゃん、何してるんだろうね? 髪飾りなんか手に取って」
「えー? それはほら〜アレだよ〜〜」
 うふふとかえでが促す先には、別の出店の前で男物の装飾品を物色している女性の姿。此方も顔馴染みの冒険者で、ふと彼女の様子に気付いた泰斗は髪飾りを元の場所に戻して彼女に声を掛ける。
 すると、彼女も手にしていた男物の装飾品を元に戻して、二人一緒に別の店へ。
「チッ、進展無しか」
 舌打ちする女子高生に、けらけらと楽しそうに笑うフォーレ。
「かえでねーちゃんはお砂糖好きだね〜♪」
「命の糧!」
 断言する彼女の背後。
「幸せなのは良いことだよね‥‥」
「うわっ」
 突然の声に驚いて振り返れば、顔色が悪そうでそうでもないモディリヤーノ・アルシャス(ec6278)が肩を落として立っていた。
「ど、どしたの?」
「リールねえちゃんがどうかしたのかな〜?」
 フォーレの鋭い言葉にモディリヤーノの心臓が痛む。
「うっ‥‥それは、別に‥‥姉上が嬉しそうなのは、よ、良かった‥‥よ?」
「ふーん」
「へぇー」
 少女二人に意味深な目で見られたモディリヤーノは一時言葉を詰まらせたけれど、気を取り直すように深呼吸一つ。
「そんな事よりっ、かえで殿もフォーレ殿も何を食べているのかな。天界の方々はどういう食べ物がお好み?」
 そっと覗き込むと、かえでの手には焼きそば。
 フォーレの手には焼いた大きなソーセージ。
「あたし達の世界じゃフランクフルトって言うんだよ。ケチャップ作るのは面倒っていうか難しくて出来なかったのが残念なんだけどねっ」
「けちゃっぷ‥‥?」
 そういえば以前に携帯用のそんな名前の調味料を持っていた人もいたなぁと思いつつ、自分も何か頂こうと出店に。
「あ」
『あ♪』
 その視界に飛び込んで来た風精の姿に驚いたモディリヤーノが動きを止めると、直後に「ヴィント」と主の声。
 シルバー・ストーム(ea3651)が、普段の端正な面立ちに数本の皺を刻んでいた。
「おーシルバーさんも来てくれたんだねー」
 声を掛けたかえでに彼は軽い会釈。
「ここのところ死淵の王の関係で忙しい日が続きましたからね‥‥祭の時くらいはのんびりと過ごさせて頂こうかと」
「う♪ シルバーにーちゃんも何か食べる?」
「いえ、私は‥‥」
「あ、ダメだよ!」
 フォーレに勧められたシルバーが断ろうとした矢先、モディリヤーノが買った焼きそばを手掴みで口に入れようとしたヴィント。
「待って待ってっ、そのままでは手が汚れてしまうし火傷だって‥‥っ」
 食べられる分には構わないが、彼も風のウィザード。風精の性格をそれなりに把握していれば、ヴィントがその手で様々な場所を触った場合の被害が心配だ。
「いま手を拭いて‥‥あ、かえで殿、申し訳ないけれどこれを持って‥‥っ、って、ヴィント殿、お願いだから少し待ってくれないかな‥‥っ!」
 片手に焼きそば、片手に手拭、それではヴィントの手を持って拭いてやる事が出来ないと気付いたモディリヤーノは軽いパニック状態。
「シルバーにーちゃん、ゆっくりするのは難しそうだねー」
「‥‥まったくですね」
 そもそも、此処まで歩かされて来たのもヴィントが次々と目新しい物に突進していくからで。
「シルバーさんもお父さんみたいだね」
 苦笑交じりのかえでに、シルバーは軽い吐息を一つ。
「――ヴィント」
 いいかげんにしなさいと呼び止める声音は、常より半音低かった。





 心穏やかになる音楽と、食欲を誘う美味しい匂い。空は夜の色に覆われ始め、もう間もなくフロートシップが人々を空中遊覧に連れて行く頃合だ。イシュカとエリが以前の依頼で知り合った女性に店を手伝ってくれるよう頼まれて別行動を取る事になってしまったソードは、スノウと二人、地上から草原に描かれた絵を眺める。さすがに何が描いてあるのかは判らないが、自力でふよふよと浮きながら必死に見ようとするスノウを見ていると、イシュカ達が戻って来たなら四人で船に乗ろうかという気になってくる。
「迎えに行くか?」
 声を掛けると、喜ぶスノウ。
 そうして二人で件の夜店へ向かうのだが、その途中でソードの足が止まった。前方から近付いてくる浴衣姿の女性二人連れ――いや、一人は紛れも無く女の子で自分の義娘エリなのだが、もう一人が‥‥。
「イシュカ?」
「ぁ‥‥」
 結い上げられ、露になったうなじに吹き込む風を気にしていたらしいイシュカが恐縮そうに俯く。
「どうしたんだ、その格好は」
「いえ‥‥実は、お手伝いをしていた途中で‥‥奥様がお持ちになっていた水が、服に掛かってしまいまして‥‥」
 着替えをと手渡されたのが四葉の浴衣だったという。
「‥‥似合いませんよね、やっぱり‥‥」
「いや、まぁ‥‥」
 何というか似合うから困るというか?
「パパっていじられ属性だよね‥‥」
 小声でぽつりと言って来るエリに、ソードは失笑。
「ソード‥‥?」
 心配そうな親友に、首を振った。
「似合わないなんて事はない。せっかくだし、そのまま四人でシップに乗せてもらおう」
「え‥‥ええ」
 イシュカは些か戸惑ったようだけれど、エリや、スノウにも行こうと袖を引かれれば否はなかった。


「さて‥‥」
 それを、空の色から判断した相棒が、一度は地上からも草原に描かれたという「それ」を見て見たいというので、彼女の帰りを出店の前で待つ事にした泰斗は少し考える仕草を見せた後で移動し、とある店に立ち寄った。その軒先に並ぶのは大小様々な小物。髪飾りや首飾りなどのアクセサリ類だ。
 その一つ一つを手に取っては難しい表情で元の場所に戻す。
 どれもしっくりと来ないのだ。
「慣れない事はするもんじゃないって事かね」
 小さな吐息を一つ零し、ちらと視線を転じた先で泰斗の動きが止まる。目に留まったのは白い花、だった。
 造花だろうか。
 夜店の軒先を飾る為に作られたと思われる小ぶりな花。
「‥‥店主、あれは購入出来るだろうか」
「あれは売り物じゃないのだけれど、誰かへのプレゼント?」
「いや、まぁ‥‥な」
 慣れない表現に曖昧な返答をする泰斗へ、店主は笑った。
「ではどうぞお持ちくださいな。竜と精霊達の加護がありますように」
 そうして泰斗の手には小さな白い花が、一つ。


「師匠! 次はあれが食べたいですっ」
 菓子を売る店を指差して声を上げるユアンに、天龍は失笑。
「そう食べてばかりでは腹を壊すぞ」
「大丈夫ですっ、今日だけだし!」
 それがいま腹を壊さない理由にはならないだろうと天龍は思うが、一方でこのような祭が頻繁に催されるわけではないのなら今日くらい好きにさせてやりたいとも思う。
「鈴花も食べたいよね?」
『ね♪』
 ユアンに聞かれた地の妖精がにっこりと笑えば、たとえ深く考えての反応ではないと判っていても言う事を聞いてやりたくなる。
「仕方ないな」
「わぁっ、ありがとう師匠!」
『ししょー♪』
 そうして三人揃って店へ行く姿に、こっそり微笑ましいと感じていたのは祭の自警団に参加していたモディリヤーノだ。人間と精霊が仲睦まじく過ごす光景を見るのは、精霊の力を借りるウィザードであればこそ尊いものに感じられる。ましてや精霊と暮らす冒険者達が、まるで父親、母親のように見える一瞬がとても嬉しかった。
「あ。あれは‥‥」
 ぐるりと周囲を見渡したと同時、目にしたのはアルジャンとレインだ。傍には月人と木霊と、川姫。三人の精霊達もそれぞれに浴衣を着て祭りを楽しむ姿は正に『家族』。
「素敵だよね‥‥」
 いつかは自分もあんな風に‥‥そんな事を考えていると、不意に服の裾を引っ張られる。
「ん?」
 誰だろうと視線を下げてみると、目を涙で腫らした小さな男の子。
「どうしたのかな、お母さんとはぐれちゃった?」
「っ‥‥」
 こくこくと頷く子供に、モディリヤーノは優しく笑いかけると、バックパックからねこさんキャップを取り出して被る。
「よしっ、じゃあ一緒にお母さんを探そうね」
 子供を抱き上げると、肩車。
 未来を思い浮べるのも楽しいけれど、今はまだこうしている方が自分らしいのだとモディリヤーノは不安になっている子供の手を握り締めた。


 一方で、仲睦まじい恋人達の姿に切ない溜息をつくのはシャリーアだ。恋人のアレックスを今宵の祭に誘ってはみたものの、ひどく多忙なため今回は同行出来ないとの返答。それはとても申し訳無さそうに、最後の最後まで迷っての言葉で、彼の愛情を疑うつもりはないけれど。
「‥‥このまま逢えなくなってしまったりなどしたら‥‥私はどうしたら良いのだろうか‥‥」
 もう何度目かになる溜息をつく、その度に表情が沈んで行く彼女に声を掛けたのは、これから恋人達をターゲットに本業の占いをするつもりのユラヴィカ。
「せっかくの祭の夜になんという顔をしておるのじゃ」
「ユラヴィカ殿‥‥そうは仰られるが、私も‥‥一人の女ですから」
 弓を握れば一戦士、ゴーレムを駆れば戦姫とも呼ばれそうな腕前を魅せるシャリーアだが、恋しい男の事となれば落ち込みもする。
「‥‥申し訳ないがユラヴィカ殿、一つ、私とアレックスの未来を占って頂いても良いだろうか?」
「お安い御用じゃ」
 ユラヴィカは笑顔で応じると、太陽のブランシェットを広げ、神秘のタロットを取り出し、宝石が散りばめられた赤い板の上でシャッフルを。ユラヴィカの器用な指先が、まるで魔法のようにカードを整えていく。
「さて、知りたい未来を心に描きながら七枚のカードを引くのじゃ」
「七枚ですか‥‥」
 シャリーアが緊張した面持ちでカードを選ぶ。周りにはじょじょに人が集まってくる。
「――‥‥では、これで」
 選び抜かれたカードで、ユラヴィカは星型を作り始めた。シャリーアが選んだ順番を決して違える事無く、星の五角と、中央、そして彼女の正面に。
 カードの絵柄は、その意味を知らない者にとっては不安を煽るようなものが多かったが、一枚ずつ順番に開いていくユラヴィカの表情は次第に穏やかになっていった。
「おぬし、今はひどい不安に呑み込まれそうになっておるようじゃが、それももうしばらくの辛抱じゃ。二人の転機はもう間もなく訪れるじゃろうて」
「真ですか?」
「うむ、わしの占い的中割合はなかなかのものじゃ。今しばらく辛抱が必要のようじゃが、心配は要らぬ。耐え忍んだ時間がより大きな幸せをそなたに運んでくれるじゃろう」
「そうですか‥‥!」
 待つだけは辛い。
 けれど、幸せは必ず君を抱き締める。
「ありがとう、ユラヴィカ殿」
「どういたしましてなのじゃ」
 シャリーアが心からの感謝の言葉を告げると、周りで見物していた人々が遠慮がちに口を挟んで来る。ユラヴィカの珍しい占いが彼らの興味を引いたらしい。
「私もお願いして良いですか?」
「あぁ、是非占って頂くといい。ユラヴィカ殿の占いはよく当たる!」
 元気になったシャリーアが手を叩き、シフールの占い館は大繁盛の予感――。





 船が飛ぶ。
 数多の人々を乗せた空中遊覧、そこから見つめる地上には。
「はっはっは、こりゃいいや。なかなか粋なモン描いてるじゃねぇの」
「素晴らしいな‥‥」
 アリルの隣でアイリーンも感嘆の声を上げた。
 セレの職人に作って貰った蜀台に蝋燭を置き、石動兄妹らが買い付けて来てくれた色付き和紙で囲むことで灯火に色を付けた。これらを、皆で草を刈り、踏み倒し、描いた絵の上に計画通りに並べて描かれたものが、地上に輝く金の月。
 そして、その周りに飛び交う竜達の姿。
 みなデフォルメされて非常に可愛らしい図柄になっていたけれど、よく見ると夫人からの依頼で紹介された竜達の特徴を捉えていた。
「あれは‥‥うちのフレイムでしょうか」
 スクロール魔法リトルフライでヴィントと共に宙に浮かぶシルバーは月の右上で口を開けているヴォルケイドドラゴンの姿に目を止めた。
「アルシノエじゃ!」
「美珠と明珠ですね‥‥」
 それぞれの月竜達と共に空を駆けるユラヴィカ、ディアッカもそれに気付く。
 子供達の感謝の気持ち。
 一生懸命の努力の形。
「みんなすごいわっ、本当にすごいっ」
 子供達と一緒に船に乗っていたディーネは、フィムとトートマだけでなはく、その場にいた子供達全員を強く抱き締めた。
「綺麗だね‥‥」
 モディリヤーノも皆に混じって子供達の努力を讃える。
「竜‥‥これからも僕達の事を見守って下さい」
 思わず祈りの言葉が口からついて出る程に、シップから見つめる地上の景色は荘厳で、天界風に言うのならば神秘的。実際に夜空を舞うディアッカ達の月竜が翼をはためかせれば、まるで竜の世界がそこに示現したかのようで。
「本当に素晴らしいです‥‥っ」
 アルジャンに肩を抱かれ、レインは感動のあまり泣きそうになっている。
「こんな綺麗な景色を、アルジャンさんや、フィリアさん達と見られて‥‥こんな幸せな事ってないです」
 これまでにも過ごしてきた時間。
 これから訪れる様々な時間。
「来月も、再来月も、‥‥来年も、こうしてアルジャンさんと一緒に過ごせたらって思います」
 もちろん皆も一緒にと見つめる視線の先には精霊達。
 だからアルジャンは。
「‥‥ゆくゆくは、精霊ではない、新しい家族も欲しいところだが‥‥」
「え?」
 ぽつり呟かれた夫の言葉にレインが目を瞬かせると、彼は鼻の頭を掻きながら「いや、なんでもない」と。
 頬を染める彼に、いつしかレインの方が赤くなっている。
「そう‥‥ですね」
「――」
 ぎゅっ、と握り締める彼の袖。
 応じるように握り締める指先。
「レイン」
「アルジャンさん‥‥」
 そっと寄り添う二人の影が重なる――。


「おい、大丈夫なのか?」
「何がです?」
 泰斗が声を掛けると、相手は微妙な足取りで船首を歩く。
「昴、まさか酔っているんじゃないんだろうな」
「酔っていない」
 きぱっと断言した彼女は、何を思ったのか船の縁に上がると、持ち前のバランスで器用に立って見せた。
「その証拠に、ほら、こんな事だって出来てしまいます」
 そうしてそのまま歩き出そうとする彼女に、額を押さえた泰斗。
「あのな‥‥」
 どうにも怪しい言動に、彼女が乗船前に買って来てくれた飲み物の味を改めて確かめると。
「‥‥しっかり酒入りじゃねぇかこりゃ」
 思わず溜息が零れた。
「昴、そこから降りろ。戦場でもないのに怪我してたら笑い話にもならん」
「平気ですよ」
「どこがだ。‥‥って、だからだな!」
 ぐらり、外に向かって体を傾かせた彼女に泰斗は慌てて腕を伸ばした。引き寄せ、その勢いのまま腕に抱く。
「っ――」
「‥‥ったく、だから無茶をするなと言うに‥‥昴?」
 腕の中で反応の無い彼女の様子を伺えば、祭という、普段と異なる雰囲気と酒に酔ったせいか、静かな寝息を立てている。
 泰斗は今度こそ呆れた息を吐き、懐から小さな白い花を取り出した。眠る彼女の髪にそれを挿すと、綺麗な黒髪に白色がよく映える。
「‥‥まぁ、これからも宜しくな」
 意識があっては無理な言葉も、贈り物も、今だから出来る事。
 泰斗は薄く笑うと、その細い体を抱き上げた。





 船は空を飛び、一定の時間を経て着陸し、乗客を入れ替えて再び空を行く。そうしている間にも響やフォーレが祭の打ち上げに向けた準備に忙しなく動き回り、かえでは色々と見回りに。
 その途中で遭遇したラマーデとミーティアの遣り取りには小首を傾げてしまった。
「セレのフロートシップ? あー‥‥それじゃ折角の力作を空から見られないのは残念だけど乗るのは止めておくわねー。近くにも寄らないでおこっと、前みたいにいきなり怒られるのは嫌だものー」
「そうね。セレであんな風に叱られると近付くのは躊躇われるものね」
 空を見上げて言う二人は、つまり空から子供達の傑作を見る事が出来ないわけで。
「何があったか知らないけど、怒られたのだって理由無かったわけじゃないんでしょ? 反省したんなら、もう誰も怒らないと思うけど?」
 かえでは言う。
「船が飛ぶのもあと一回だし、後悔無いようにね?」
 二人にも子供達の絵を見て欲しい。
 みんなに喜んでもらえてこそ、今回のお祭も大成功だ。
「次は何をしよっかなー♪」
 八月は水霊祭。
 今度は誰を巻き込もうかと、かえでの表情は実に楽しげだった。