【水霊祭】競泳！ チーム・日向
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■ショートシナリオ担当：月原みなみ 対応レベル：8〜14ｌｖ 難易度：普通 成功報酬：2 G 49 C 参加人数：6人 サポート参加人数：-人 冒険期間：08月29日〜09月01日 リプレイ公開日：2009年09月08日 |
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●オープニング
●きっかけは○○「海に行こう！」
彩鈴かえでがそんな事を言い出したのは、ある意味、予想の範疇。
「今度は海か」
呆れた声音で返した滝日向が軽い息を吐いたのも流れとしては自然だった。ただ一点、違和感を禁じ得なかったのはリラ・レデューファンまでがこの場に同席していた事で。
「なぜ、また唐突に海なんだ？」
「だって八月は水精霊のお祭だって話ししててさ！ あっちこっちから情報集めて面白そうな村に行こうとか計画立てていたのに、誰かさんのせいで全部パァになっちゃったんだよ！」
‥‥誰かさんが誰なのかは置いておくとして。
今月は水の精霊達を奉る月だったと言うのにそれらしい話しを一度も聞かないまま季節は秋へ移行しようとしている。このような事態を、お祭少女を自負するかえでが放っておくわけにはいかなかった。
「青い海！ 白い砂浜っ、解放感溢れる夏！ この季節にお砂糖煮詰めないでどうするのっ」
「おまえは結局ソレかっ」
パコーン！ と丸めた羊皮紙でかえでの頭を殴打した日向の眉間には深い縦皺。
「あのな、お砂糖云々は別にしたってデートってのは二人きりで行くもんだ。おまえみたいにギルドでわざわざ声掛けして集まって行ったって――」
「こっそり尾行なんかしたらあたしがヘンタイさんみたいじゃんっ」
「尾行するのかよっ」
「‥‥」
その思考回路だけで充分にヘンタイさんの仲間入りだと、リラは胸中でのみ呟きながら溜息一つ。
「そういう話なら、私はこれで失礼するよ。これでも何かと忙しい身で」
「はいはい、待ってねー」
「っ」
ぐいっと長い金髪を引っ張られて、リラ。
「‥‥かえで殿、随分と乱暴だな」
「こっちは大事な話をしているんだからちゃんと聞くっ」
これまでの流れの、どの辺りが大事だったのか謎は深まるが、また髪を引っ張られては堪らない。リラは不承不承ながらも椅子に座り直し、改めて聞く態勢を取った。それを確認し、かえでは満足そうに話を再開。
「うん、とりあえず大事なのは水霊祭っ。お砂糖関係はとりあえず（←）横に置いておくとして、とにかく水精霊達を奉るお祭がしたいんだよっ、だってせっかくのアトランティスの八月なんだから！」
「まぁ‥‥そういう事なら異論はないが」
「でしょっ！？」
得たりと身を乗り出したかえでは、次いで日向、リラの前に一着の衣を披露した。いや、衣というよりもそれは――。
「待て、これは何だっ」
リラが若干引き気味に問う。
「おまえ‥‥どっからこんなものを調達して来た」
日向が頭を抱える。
「ふっふ〜ん、かえでちゃんがアトランティスに来てから何年経ってると思ってるの、方々駆けずり回れば水着の十着や二十着‥‥！」
そう、かえでが二人の前に広げたのは女性用の水着だ。
それもビキニタイプの、下着同然のデザイン。
「参加してくれた女の子達がこれ着て砂浜で」
「「却下っ！！」」
最後まで言わさずかえでの計画を退けた男二人。
かえでは頬を膨らませる。
「なんでっ、日向君もリラさんも男なら女の子達の開放的な格好見て嬉しくなるでしょっ」
「おまえがどんな格好しようが構わんが参加する冒険者達にそれを義務付けるのは絶対に止せ！」
「‥‥っていうか日向君。それは他の女の子はどーでもいいけど自分の恋人が他の男に肌を見せるのイヤとかそういう」
「それが悪いか！？」
どーん。
胸張って言われてしまうと、何というか、何というか。
ゴホッ、とリラが咽た。
「〜〜〜っ、日向君のバカ！」
「バカで結構」
こればかりは譲れないと言い張る日向に、‥‥しかし、かえではにやりと笑った。
「あーもーしょうがないなぁ。でも実はギルドにはとっくに依頼書提出しちゃったんだよねー。当然、日向君とかリラさんの名前入りで」
「はぁ！？」
「でもねー内容はものすごく簡素で、皆で集まって昼間は海で勝負、夜は浜辺でバーベキュー、水精霊さんに感謝しながら楽しい一時を過ごしましょうって内容なの」
「‥‥その勝負とは？」
恐る恐る聞き返すリラに、かえで。
「水着でビーチバレーのつもりだったけどー、それがダメって言うなら、競泳なんてどう？」
「競泳？」
「そ、競泳」
何だか急にマトモな競技になったように感じる男二人だったが、そんなわけがなく。
「ただしその場合、男の人は褌だよー。女の子達の水着は調達出来たけど、男の人達の分は無いからねー」
「――」
二人、絶句。
「女の子達にビキニでビーチバレー参加してもらうか、男性諸君が褌になって男女混合の競泳にするか。ちなみに競泳なら浜から五〇メートルくらい先に立てた旗を回って戻ってくるの。七人のリレー形式。泳ぐのも勿論ＯＫだけど、せっかくの水霊祭だし！ 水の中や上を歩いたりする水魔法も使用可能だよ♪ さすがに他の属性魔法はダメだけどね」
いまだ硬直したままの二人は、思う。この手回しの良さは何なのだろう。いかにも実は競泳が本命でしたみたいなこのノリは、何事か。
「かえで‥‥」
「ん？」
にっこにこのかえでに、適当な反論が見つからず。
「んー？」
顔を近付けられれば退くしかなく。
「‥‥おまえ、そんなに男の褌姿が見たいのか‥‥」
「っていうか皆で海に行きたいだけなんだけどね？ 何かこれっていう目的がなきゃギルドに依頼を出せないでしょ？ で、男性用水着が手に入らなかったのも本当だから、ふ・ん・ど・し♪」
つまりは、そういうこと。
「バーベキューのお肉や野菜はセゼリアさんの所から買ってくるし、木炭とかそういった夜の準備はお任せあれ〜、その代わりテントとかは各自で用意してね」
水霊祭。
水の精霊達に感謝し、水の力を借りながら互いの実力を競い合い、勝っても負けても仲間の健闘を称えあえる一日にするために。
「よろしく、だよ！」
「‥‥っ」
男二人、今回も女子高生に完敗である。
● というわけで【水霊祭】
『彩鈴かえで
滝日向
リラ・レデューファン
三人のチームに入って【水霊祭】に相応しい勝負をしませんか？ 全力で戦った後は全員でバーベキュー！
待ち合わせは朝９時にギルド前
皆さんの参加をお待ちしています♪』
● 日向の場合
「っっ‥‥っっ‥‥」
すぐ隣から聞こえて来る非常に不気味な声に、日向はこめかみを引き攣らせる。
「‥‥ぶっ‥‥ぶくくくく‥‥」
「薫‥‥おまえ笑いたきゃ素直に笑えばいいだろっ！？」
「わはははは！」
「笑うなっ」
「ぐふっ」
スパコーン！ と後頭部を布――いや、折り畳まれた褌で叩かれて前のめりに倒れた水谷薫。
「おまえが笑えって言ったんだろ！？」
「笑えって言われて笑う奴がいるかっ」
何やらもう無茶苦茶である。
薫は叩かれた後頭部を撫でながら頬を膨らませていたが、友人の気持ちが判らないでもなく。
「ま、褌姿も悪くないと思うぜ？ つーかおまえの褌姿よりリラさんの方が想像すると笑えるけどな」
「――」
言われて気付く。
そう、褌姿になるのは彼も一緒。
「‥‥気の毒だ」
誰がとは言わないが。
「ま、こういうのは駄々捏ねるより開き直って褌一丁、仁王立ちしちまえばやったもん勝ちだ。な、頑張れ日向っ。当日は応援に行ってやる！」
「来んで良いっ！」
――と、そんな感じに諦めた日向の次の悩みはと言えば、褌の柄を何にするかという点である。
●今回の参加者
ea1467 暮空 銅鑼衛門（65歳・♂・侍・パラ・ジャパン）eb4245 アリル・カーチルト（39歳・♂・鎧騎士・人間・天界（地球））
eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー（28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス）
eb4412 華岡 紅子（31歳・♀・天界人・人間・天界（地球））
eb5814 アルジャン・クロウリィ（34歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス）
ec4112 レイン・ヴォルフルーラ（25歳・♀・ウィザード・人間・アトランティス）
●リプレイ本文
●馬車に揺られる事、数時間。気付けば鼻腔を擽る潮の香りに参加者達の表情は自然と緩む。ましてや砂浜に下りて海を見渡せば。
「海ー！」
天界女子高生は叫ばずにはいられなかった。
また、叫ぶ言葉が「夕陽のバカヤロー」では無かった事に安堵した元探偵。
リラ達を含む二一名の冒険者と、ユアンや、セゼリア夫人縁の子供達、更にはセレからのゲストとして月姫セレネや天使レヴィシュナまでという総勢三五名の団体は、一休みした後でテントを組み立てたりバーベキューの用意をしたりなど慌しく動き回った。暗くなってしまえば視界を補う光りは夜空に輝く月精霊の光りだけ。水精霊達を湛えるための競技の前にある程度は終えておかなければならないし、その競技に参加するためには着替える必要がある。
そう、女子は水着。
男は褌。
これぞ真夏の海の醍醐味だ！（注※彩鈴かえで談）
●
「うむむむ〜！」
女性陣の着替えに比べれば男達の着替えは一瞬。仲間が揃うのを待つ間、海に向かって腕を組み、仁王立ちに唸っていたのは暮空銅鑼衛門（ea1467）だ。越中褌で股間の締め具合も抜群だが不安材料も無きにしも非ず。
「ミーはただの褌愛好家にして世界に唯一の古褌商い若葉屋の店長代理！ 褌の匂いにつられていきなり斯様な、面妖な世界に落剥して来て右も左も判らないでこざるよ〜」
「その割には堂に入った立ち姿だな」
ククッと喉を鳴らしながら声を掛けたアリル・カーチルト（eb4245）も当然の如く褌姿、太陽を思わせる真っ赤な丸が中央に染め抜かれた豪華な逸品なのだが愛用のサングラスは普段通り。その事に銅鑼衛門が眉根を寄せれば本人にも言いたい事は伝わったのだろう。
「トランクスが無ぇのがな‥‥地球が懐かしいぜ、グラサンに褌は合わねぇしよ」
グラサンに似合う格好、それがアリルのモットーだ。
一方で此方は意外にも平然と褌姿を披露したアルジャン・クロウリィ（eb5814）。物は陰陽褌である。
「しかし、かえでもなぜ男性陣は褌という事にしたのだろうな？」
腕を組んで仁王立ちの彼の言葉に、同じ体勢を取っていた銅鑼衛門は親近感が湧いたのか、褌の蘊蓄を語り始める。
曰く褌は男の伝統衣装。これを着こなせねば漢ではないのだと。
「なるほど、奥が深い」
「然様。褌を笑う者は褌に泣くのでござるよ！」
力強く断言する彼を地球出身のアリルも否定しないから大変だ。ノリに乗って来た彼は一同の褌姿に厳しい視線を配り、注進。
「むむむむ？ 皆、まだまだ褌の締め方が甘いでござるなぁ。男子は全員そこへならえでござる！ 順番に尻を出すでござるよ！ 手始めにそこの日向殿とか言うおのこ！」
「は？」
他チームの冒険者と話していた日向は唐突に標的にされて目を瞬かせ。
「貴殿、見たところジャパン人のようでござるが褌の締め方が甘いとはどーゆーことでござるか！」
「ちょっ、何しやがる！」
言うなり褌の腰部分を引っ張り始めた銅鑼衛門に、焦る日向。
と、そこにやって来た女性陣。
「お待たせだよ〜♪」
堂々、水玉模様のビキニ姿を披露したかえでに、固まる銅鑼衛門。更に、瞳と同じ赤色を基調としたビキニ姿で凛と佇むジャクリーン・ジーン・オーカー（eb4270）や白のセパレートを見事に着こなす華岡紅子（eb4412）、胸元から腰まで縦にレースの刺繍がされた青いワンピース水着が似合うレイン・ヴォルフルーラ（ec4112）という具合に続々と集まれば、銅鑼衛門の顔がじょじょに赤くなっていく。
夏の海、青い空、白い雲。
そして白い肌が眩しい‥‥地球の文化は時に素晴らしいと思ってしまったアルジャンは、そんな己に咳払いを一つ。それでもすらりと伸びた恋人の足に目が行ってしまうのは仕方がない。
「あの‥‥あんまり見ないで下さい、ね？」
慌てて持参して来た水姫のマントを腰に巻いたレイン。残念なような、他の男の目から隠された事に安堵したような複雑な気分になりつつも「似合うよ」と声を掛ける事は忘れず。
「どうかしら？」
紅子に聞かれた日向は「似合う‥‥」と思わず本音を零すも、すぐに自分のジャケットを彼女へ。
「あんま見せるな、勿体無い」と何処か不機嫌そうなのはドクセンヨク？ それが判るから紅子は微笑し、アリルは失笑。
「いやぁ、眼福だねぇ」
そんな言葉と共にポンと銅鑼衛門の肩を叩くと同時、彼は背中から倒れた。
「ぉ、おい！？」
驚いて見遣った相手の顔、鼻の下。
真っ赤な血が流れていた。
●
「みんなっ、準備はいーーかーーいっ！」
競技開始のかえでの声に、チームが海辺に並ぶ。
チーム・日向の出走順は一番手アリル、二番レイン、三番アルジャン、四番ジャクリーン、五番銅鑼衛門、六番紅子、そして最終泳者の日向。
「よしっ、いっちょやってやろうぜ」
「女にイイとこ見せようとして気負い過ぎるなよー」
軽口を叩くアリルに否定も出来ず笑うアルジャン。それは日向も同様で。
「あんたこそ、ここでミスしたらアイリーンにチクッてやるからな」
「お。そりゃ下手踏めないな」
巧い切り替えしにアリルも笑った。
そうしてスタートラインに立つ第一泳者のアリルは、しかし隣を見てぎょっとする。チーム・かえでの第一泳者がスモールシェルドラゴンに騎乗していたからだ。
「おいおい」
チーム・リラ改めチーム・ユアンの第一泳者は、そのユアン。まだ年端もいかぬ子供だと言うのに手加減がない。もっとも、ユアンにしてみれば手加減無用の勝負こそが嬉しいのだろうけれど。
「それじゃあいっくよーー！！」
かえでの声がして、セゼリア夫人が大きな旗を振った。
「では、カウントダウン開始ですわ！」
夫人の声に合わせて子供達が数える。
「五」
「四」
三、二、一。
「スタート！！」
わああああっ！！
瞬時に砂地を駆け出し、海に飛び込んだアリルとユアン。スモールシェルドラゴンはゆっくりと砂地から海へ。
「いけーアリル！！」
「アリルさん頑張ってーー！」
浜からの応援を背に、アリルは泳いだ。二五メートル先の旗の周りを旋回して浜に戻り仲間にバトンタッチするまでが自分の勝負。ユアンの参加によってその距離は半分近くに狭まっていた。
（「出来れば余力は残しておきたいんだが‥‥っ」）
しかし敵はシェルドラゴン。あまりにも酷い遅れを取ってしまっては後々に影響する。だからアリルは真剣に泳いだ。
往路、最初の二十五メートルは先頭。
戻りの十メートルくらいの地点で横から伝わる水圧に速度を落とされ、シェルドラゴンに抜かれた。
（「あーあ、ったく！」）
ユアンはどうしただろうと思ったが、まずは自分が陸に上がるのが先だ。
泳いでもいないエルフの背中を追いかけるのは些かムカッ腹が立ったが、アリルは真剣に泳いで陸に手を付く。
「レイン！」
呼べば彼女は間近。
「はいっ」
長く美しい黒髪を今日は一つに結わえた彼女の背後には水の精霊フィディエル。そして彼女の身体に掛けられた魔法はウォーターウォーク。
「頼むぜ！」
「任せてください！」
手と手が、重なる。
そして今度はレインが水の上を走った。
チラと見遣ったユアンは、まだ海の中。レインは僅かに苦しそうな顔をして見せたけれど、やはり手を抜く事が少年のためになるとは思えない。
「勝負、ですものね」
だからレインは走った。
まるで地面を走るのと同じ要領で、背後をフィディエルに見守られながら行く姿は、まさに水の乙女。
チーム・かえでの第二泳者――友人を、レインは抜いた。
「お先に失礼します！」
「あらあらまぁ」
これでチーム日向、先頭に立つ。
「レイン、その調子だ！」
「レインちゃん後は戻ってくるだけよ！」
アリル、紅子が声を張り上げるようにして応援する。
「さぁレイン！」
アルジャンが手を伸ばす。
次の泳者である彼にも、彼女と同じ魔法が掛けられていた。
「っはぁ‥‥はぁっ‥‥！」
ウィザードであるが故に体力もさほどない少女は、水上を全力疾走しただけでも息を切らし、足元が覚束無くなりながらも陸へ。
「きゃっ」
砂浜に足を取られて転びそうになったところを、迎えに出ていたアルジャンが支えた。
「よく頑張った」
「ぁ、アルジャンさん‥‥」
「あとは僕が任された」
「はいっ‥‥」
バトンタッチして、アルジャンが走る。
それを見送るより早く安心して力が抜け、倒れこんだレイン。
「大丈夫？」
紅子の手を借りて再び立ち上がれば、皆の笑顔が出迎えてくれた。
「よくやったぞ、レイン」
日向が大きな手でに頭を撫でられて、レインは笑んだ。
「勝ちましょう！」
言い、続くはアルジャンの応援。
「頑張って下さい‥‥っ！！」
（「ああ、もちろんだ！」）
新妻の声援を背に受けながらアルジャンは海面を駆け抜ける。例えば此処で何らかの妨害行為が成されようとも自分には水の乙女の加護がある、それで充分だと彼の心は断言する。
だが、意外と言うべきか当然と言うべきか、今回の競泳に他者の妨害を企む者は唯の一人もいなかった。全員が、純粋に泳ぎで競うことを決めていたのだ。
「これぞスポーツマンシップだよね‥‥！」
美しい、と拳を握るかえでの呟きはともかく、勝負はどんどん盛り上がる。
「アルジャンその調子だ！」
「走れ走れ！！」
仲間達の声援を受けながら、アルジャンは先頭のまま折り返し、次に繋ぐ。
「ジャクリーン！」
「お任せ下さい」
浮き輪を腕に抱えてアルジャンと手を叩き合ったジャクリーンは、直後に駆け出し、浮き輪を体に通して海に飛び込んだ！
陸で、軍馬と天馬、ジャクリーンの愛馬達がいななく。
まるで彼女を鼓舞するかのように。
「‥‥っ」
浮き輪に捕まり、バタ足で真剣に泳ぐ。
全力で足を動かし、前へ。
前へ。
かと言って最初に飛ばし過ぎて後半にバテては敵に隙を見せる事になるからと、騎士の頭脳も惜しまず働かせて勝負に挑むジャクリーン。
「浮き輪をもう少し傾けて泳いでみろ！ 速度が上がるぞ！」
「つーかあれは胸がつかえてんじゃないのか？ エルフにゃ珍しい巨乳系だし‥‥」
って何処を見ているんだアリル。
「いいぞいいぞ、その調子だ！」
「ジャクリーンさんっ、もう少しです！」
往路は遠ざかる声援。
復路は近付く激励。
（「不思議なものですね‥‥」）
ジャクリーンは無意識に微笑んでいた。
こんな他愛のない競い事、最初は勝ち負けには拘らずに楽しめたらと思っていたけれど、‥‥勝ちたい。
レインが、バトンタッチと一緒に「勝ちましょう」と言った気持ちが、今なら良く判る。
「ジャクリーン殿！！」
越中褌で仁王立ち、銅鑼衛門が両腕を広げて待つ。
「さぁ！ ミーの出番でござるよ！！」
海から上がり、浮き輪を外す手間も惜しくてそのまま陸に駆け上がる。
「――頼みます」
銅鑼衛門へのバトンタッチ。
チーム・日向、依然トップ。
パラの侍が浜を駆けた。
「行くでござる‥‥！！」
「行けーーー！！！」
泳ぎは人並みと言っていた通り、銅鑼衛門の泳ぎは普通に安定感のあるものだった。
トップはチーム・日向、そして二位には、気付けばチーム・かえでとチーム・ユアンが並んでいた！
「リール姉ちゃん！ 頑張れ！！」
「リール殿！！」
チーム・ユアンの面々が声を枯らす勢いで叫ぶ。
「かえでさんもう少しですよっ！」
「カエデー、頑張るのよー！」
チーム・かえでもリーダーを声の限りに励ます。
だからチーム・日向だって応援で負けていられない。
「くっ‥‥日本人としちゃ些か違和感を禁じえないが‥‥っ、皆っ、銅鑼衛門の名前を連呼するんだ！」
「っ？ は、はいっ」
言われても咄嗟には意味が判らなかったレイン。
だが言われた通りに彼の名前を呼べば――。
いきなりかえでの泳ぐ速度が落ちた。
「ちょっと待ってだよ、それは卑怯‥‥！！」
海の中から意見するかえでを銅鑼衛門は振り切る。
「紅子、気負うなよ」
「大丈夫」
第六泳者の紅子が日向の手を握る。
「貴方に繋ぐバトンだもの」
そうして笑みを残し砂浜を走り。
「後は頼んだでござるよ！」
「ご苦労様！」
銅鑼衛門からバトンタッチ。
日向のジャケットを砂浜に残し、海に飛び込んだ。
「紅子さん‥‥！！」
そんな彼女を追って、同伴していたペンギンのラーラも海に飛び込む。大事なご主人が海で迷わないよう先導する姿はとても愛らしく。
波に揺られながらクロールで進む彼女の道標になった。
だが、他のチーム、同じ第六泳者が兵揃い。紅子はチーム・かえでに抜かれ、チーム・ユアンに並ばれた！
「紅子さん、あと少しです！」
声が、して。
最初に最終泳者が海に飛び込んだのはチーム・かえで。
「紅子っ」
「ごめんなさ‥‥っ」
「良くやった！」
擦れ違い様に告げられた言葉を頭が理解するより早く、日向が海に飛び込む。
「大丈夫ですかっ！？」
「紅子さん！」
レインとジャクリーンの声がして、ようやく現状を把握する。
「日向さん‥‥！！」
「日向‥‥！！」
もう、誰が何を言っているのかも聞き分けられないくらいに大勢の声援が入り混じる。それは空に寄せては返す波のように、仲間達を包み込む。
「日向さん、頑張って‥‥！！」
止まぬ声援の中、最初に帰ってきたのはチーム・ユアンだった。
次にチーム・かえで。
「‥‥っ」
最後に上がってきた日向を、しかしチームメイトは笑顔で迎えた。
「悔しがる事なんかないさ」
「僕達の目標は楽しむこと、‥‥最高の、良い勝負だった」
アリルとアルジャンの言葉に、ジャクリーンも笑む。そうして誰ともなく頭上に掲げた手。
「お疲れさん！」
パンッ、と七人の掌が空に重なる。
負けたって、此処に生まれた感動は最高の結果だったから――。
●
そうして、勝負の後の夜はバーベキューだ。
持参した冒険者達は浴衣を着、男達の焚いた火で肉や野菜を焼き、取り分けて。
スイカ割りに、酌み交わす盃。
中には賑やかな輪を離れ、二人、語らい合う恋人達の姿も。
「こんな楽しい日も、海で過ごしたおかげです、ね」
傍で自分を見守ってくれるフィディエルと微笑みあえうレインに、アルジャンは告げる。
来年、再来年とあれども、この夏はこれきり。
だからこその感謝を、と。
「‥‥実はね。日向さんが最初、水着になるのを反対したっていうのを聞いて‥‥嬉しかったのよ？」
夜の海岸を寄り添って歩きながら、紅子が言う。
「当然だろ‥‥」とどこか拗ねた雰囲気の彼に、微笑んで。
そっと触れた腕。
「‥‥褌姿も、似合ってたわよ？」
「‥‥そりゃどーも」
くすくすと笑む紅子に、苦笑いの日向。
そして、キス。
「良い夜ですね‥‥」
「ああ」
静かに呟くジャクリーンへアリルが酒を勧め。
「‥‥その顔でその名前は嘘だと思うんだよ‥‥！！」
恨みがましい声のかえでが責める相手は銅鑼衛門。
笑いが、起きて。
楽しい宴は、まだしばらく続くのだった――‥‥。
