●リプレイ本文
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「力を貸してくれ!」
ギルドに飛び込んでくるなり声を荒げた騎士に、ギルドにいた者達はほぼ全員が振り返った。
「ど、どうしたんですか」
慌てて駆け寄ったギルド職員が事情を伺うと、新人騎士達のための空戦講習中にクラウドジェルが出現し、騎士達の演習を邪魔するどころかグライダーまで破損させているという。
「頼むっ、誰か手を‥‥!」
単独、上空に残った隊長の身を案じる彼に。
「もう少し詳しい話を聞かせてください」
真っ先に声を掛けたのはジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)だ。
続きオルステッド・ブライオン(ea2449)が歩み寄る。
「‥‥私はあれを駆る事は出来ないが‥‥いつもお世話になっているからな。救援に向かうのは吝かではない‥‥」
「あぁ、ありがたい‥‥!」
次々と上がる声に騎士は涙ぐみながら頭を下げ、彼らに襲撃の遭った場所の詳細を早口に語る。
「なら俺も行こうかな」
後方、場にはそぐわない声音ながらも隙の無い動作で矢筒を抱え直したのはアシュレー・ウォルサム(ea0244)だ。
「俺もグライダーを駆る事は出来ないけれど、幸いと言うべきかあの子がいるからね」
「‥‥ああ」
アシュレーの示す先を見遣ったオルステッドも次いで自分の相棒に視線を送れば、それに応えるように嘶くグリフォンとヒポグリフ。面立ちは良く似ているが、下半身の勇壮さと優美さは明らかに異なる命。
弓士と剣士がそれぞれに騎乗した、その傍らで。
「クロスマリーナ、私に力を貸して頂戴」
ジャクリーンが声を掛けたのは天馬。
「あれ。ジャクリーンはグライダーを借りる事も出来るんじゃ?」
その方が速度もあるし現地へ早く到着出来るのではとアシュレーは問うが、ジャクリーンは静かに首を振った。
「グライダーの格納庫を経由する時間が惜しいですから」
「――なるほど」
彼女の応えに、アシュレーはくすりと笑む。
「‥‥では、行くか」
オルステッドの手が相棒の首筋を叩く。
それが合図。
三頭の飛獣が空を駆けた。
一方、その頃の工房で。
「えー、そんなに壊しちゃったのー?」
空戦演習の最中にクラウドジェルの襲撃を受けたと報告を受けるや否や、今にも泣きそうな声を上げるラマーデ・エムイに、彼女から最近のゴーレム機体についてのレクチャーを受けていたエリーシャ・メロウ(eb4333)は勇ましく立ち上がった。
「判りました、急ぎ現場に向かいます! ラマーデ殿、すぐにサイレント‥‥いえ、通常グライダーをお願いします」
「もーっ」
ゴーレムニストは涙を呑んで友人を倣うように立ち上がるが、念を押すのは忘れない。
「準備はするけど、絶対壊さないでよね!」
――こうして工房から一機のグライダーが飛び立つ。
風になびく吹流しを視界の端に捕えながら、エリーシャは逸る気持ちを落ち着けようと深呼吸を繰り返した。一人空に留まったと聞く教導騎士がもしや自分の同僚ではと思うと我知らず眉間に皺が寄っていた。
となれば操縦も自然、乱れ。
「エリーシャ殿ではないかの?」
「どうかしたんですか」
都の外れで彼女に声を掛けてきたのはユラヴィカ・クドゥス(ea1704)とディアッカ・ディアボロス(ea5597)の二人。かくかくしかじかで騎士団の援護に向かうのだと説明したなら彼らも冒険者。
「ご一緒するのじゃ」
ユラヴィカが言えばディアッカは軽く頷く。
「では、しっかりと掴まっていて下さい」
仲間が加わってくれた事でエリーシャの気持ちも落ち着いたのか、真っ直ぐに前を見据える瞳に揺らぎはない。都上空を離れれば誰に遠慮する必要もなく。
「わっ」
「‥‥っ」
突風に口元を引き締めたシフール二人。
グライダーは全速で目的地を目指した。
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「やれやれ、見えない敵とは厄介なものだね。まあ、泣き言は言ってられないか」
グリフォンを駆るアシュレーがぼやいてみると、対し至極真面目な表情で独り言を漏らすのがオルステッド。
「‥‥それにしてもクラウドジェルとは珍しい部類の敵だな‥‥飛行中のグライダーを捕食するとは‥‥空戦騎士団の教本にでも追記すべき事項かもしれん」
正確には低速飛行中に捕食されたのであって速度が追いつかれたわけではなかったのだが、それはともかく。クラウドジェルの生態的に効果的な武器として選んだ腰元の膝丸に触れて、その感触を確かめた。
「空はクラウドジェルの味方らしいですね」
天馬を駆るジャクリーンが固い声を発する。彼女の言う通り、目指す先の空には薄曇が掛かっていて視界が悪い。
「ちょっと試してみようか」
アシュレーは一本のスクロールを取り出すと、紐解き、念を込める。
ブレスセンサー。
これで敵の呼吸を探索出来れば儲けものくらいの気持ちで発動した精霊魔法は、意外にも効力を発した。
「かなり弱くて途切れ途切れだけど、いるね。教官も」
約五十メートル先の空に浮かぶグライダーと、ギルドに駆け込んで救助を求めた彼が話していた仲間の姿を認め、それが近いと確信したオルステッドは刀を抜く。
「時間差は無くて済んだようですね」
「ん?」
エルフの耳を小さく動かして言うジャクリーンに、小首を傾げたアシュレーは視線を背後に移して納得する。
「なるほど」
ぐんぐんと近付いてくるグライダーにはエリーシャと、その操縦席部分に必死でしがみついているユラヴィカ、ディアッカの姿が。
「ユラヴィカ殿」
「っぉ、おぅっなのじゃ‥‥!」
操縦者のエリーシャに呼ばれたユラヴィカは、その場でふらりと体を揺らしたが、手すり代わりのグライダー部品に捕まると意識を集中。
「わしらの視界に影を落とすならば、その影、わしが掃うのじゃ!」
軽やかなステップと共に紡がれる言葉が光りを生じさせ、ユラヴィカを包み込む。
「敵は教官の右斜め上に三体、左斜め上に二体、その向こうに一体」
「手前には如何ですか」
「手前にはゼロ、その代わり更に奥――逃げようとしているのかな。だけど俺達の射程内に二体」
既に彼のブレスセンサーの射程からは外れたが、彼らの弓の射程は二一〇メートル。アシュレーの応えにジャクリーンは僅かに目を瞠ったが、すぐに表情を改めて弓を構えた。
二人、同時に弦に矢を掛け、引く。
頭上から射した光りは、ユラヴィカの魔法によって空模様が移行している証。
雲が、切れる。
「――‥‥見えた」
オルステッドがヒポグリフを駆った。
「っ」
エリーシャが単身、グライダーで翔る。
「下がって下さい!!」
「!?」
疲労が嵩んでいたのか、それとも前方のクラウドジェルに意識を集中していたせいか、これほど近付いていたにも関らず冒険者達の接近を感知出来ずにいた教官は肩を震わせてエリーシャを一瞥。
「君は‥‥」
「下がって下さい!!」
「っ‥‥」
繰り返すエリーシャの言葉に後方を振り返り、気付いた彼はグライダーを下降。
「!」
その僅か数ミリ上を疾る矢は、弓士の。
稲妻の矢。
立て続けに第二撃! 合計で三体のクラウドジェルが堕ち。
「はあああっ!! せいやっ!!」
空に溶け込むような緑系統のジェルの軟体を、オルステッドの刀が容赦なく切り伏せた。ヒポグリフが負傷しないよう気遣っての攻撃は一撃必殺というわけには行かなかったが、確実に一体ずつ仕留めていく。
「‥‥ジャクリーン、その弓、俺のより威力高そうだね」
「強化しましたから」
一撃で敵を行動不能にするジャクリーンの弓にアシュレーは苦笑。しかしすぐに意識を敵に戻して矢を射掛け。
「左に一体、逃げます」
目視で確認したディアッカの声を受け、ユラヴィカが放つサンレーザーは迷わず敵を撃ち、トドメを射すのはヒポグリフと共に空を縦横無尽に駆けるオルステッド。
「‥‥おのれ‥‥グライダーに追い縋ったのなら‥‥新種か、隠された能力でもあるのかと危惧したが‥‥」
それは杞憂。
例えば騎士になったばかりの、ただの一度も戦場に出た経験のない騎士達にとっては脅威のモンスターでも、カオス八王と呼ばれる魔物とも対峙した経験を持つ彼らにしてみれば空を浮遊するという以外には別段困る事のない相手だった。
後に続く者たちに範を示す事も航空騎士の先達としての義務だと思えばこそ、戦闘には向かないグライダーで剣を振るうエリーシャの姿は、地上で怯えている新米騎士達の瞳にどう映っただろうか。
「‥‥良く見ておけ」
冒険者達の援護を受けて地上に下りた教官は、若者達に語りかける。
「彼らの姿が未来の自分になれるかどうかは、君達次第だ」
その言葉への応えはなく、騎士達はただ一心に冒険者達の姿を見つめ続けた。
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アシュレーのスクロール魔法ブレスセンサーで周囲を探索、クラウドジェルの殲滅が終わった事を確認した冒険者達は、ラマーデ経由の連絡によって破損した機体を含めグライダーを回収しに来るフロートシップを待つ間、訓練生達と言葉を交わす。
「この経験を良き糧として、今後の騎士としての成長を期待します」
「はいっ!」
エリーシャの言葉に力強く応じる新米騎士達。
歴戦の猛者である彼らには些か物足りない敵ではあったが、しかし決して油断せず、最後まで気を抜かずに任務を達成した彼らの姿は、必ずや後に続く者たちの導きとなるだろう――。