廃屋に蠢きし形無きもの
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■ショートシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 49 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月22日〜12月25日
リプレイ公開日:2007年12月30日
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●オープニング
「使わなくなった廃屋にモンスターですか」
聞き返した事務局の青年に、依頼主となる女性は怖々と頷いた。
「数年前に亡くなった両親が遺してくれた家なんですけれど、今までは夫の両親と暮らしていたので、しばらく訪ねていなかったんです」
だが子供が三人になると現在の住居では手狭になった。
六人兄弟だった彼女の家の方が幾分か広いだろうという話から住居を移すことに決めたのだが、久方振りに訪れた実家には、長期間に渡って放置されていたためか、不気味な静けさが漂っていたという。
「私の家は両親の趣向で、人里から少し離れた山林の合間に家を建てたんです」
昼夜問わず緑に包まれて暮らしたいと考え建てられたものの、しばらく無人で時を過ごした家屋。
獣が住み着いても仕方ないとは思っていたけれど、と彼女は話す。
「どうにも様子がおかしくて、中に入るのをためらっていたんですが…、そうしたら窓を…こう…ぐにゃぐにゃと移動するものが見えて…」
その時のことを思い出すと体が震えるのか、彼女は自分自身を抱き締めるように腕を組む。
「濃い緑色で…輪郭が伸縮するというか…、形が定まっていないような…っ」
「もう結構ですよ、充分です」
今にも泣き出しそうなほど声を震わせる彼女を宥めて、青年はゆっくりと語り掛ける。
「どうぞ、ギルドの手続きを。ご家族が安心して暮らせるように、そのモンスターを倒してくれる冒険者達を募りましょう」
「よろしくお願いします…っ」
深々と頭を下げる彼女を、青年は勇気付けるように言葉を掛け、その内心では彼女から得た情報を自身で整理する。
(濃い緑色でぐにゃぐにゃと伸縮しながら移動すると言えば……)
あれかな、と。
脳裏にはビリジアンスライムの名前が思い浮かんでいた。
●リプレイ本文
● 出発
「弁当を用意した。同行出来ない分、これを食べて力を付けてくれ!」
その小さな身体で冒険者五人分の弁当を用意し、手渡すのは、シフールの飛天龍だ。
「ありがとう」
受け取ったリール・アルシャス(eb4402)が笑んで応える隣で、レヴィア・アストライア(eb4372)とピノ・ノワール(ea9244)も口元に笑みを湛えていた。
「その食事は私の馬に乗せましょう」と、弁当箱はリールの手から更にシルバー・ストーム(ea3651)の手へ移動する。
「ご一緒出来ないのが残念です」
そう穏やかに微笑むのはイコン・シュターライゼン(ea7891)。
幾度か旅を共にしている彼らは気心の知れた言葉を交し合ってモンスター退治への途につく。
「気をつけてな!」
天龍の心温まる言葉に押されるように一行は目的地へ。
街からすこし外れた木々の合間に佇む家屋、そこに潜むビリジアンスライムが今回の敵である。
● 情報
目的の家屋まであと一時間程の距離を残すだけとなった頃。
冒険者達はギルドの受付係から「寝泊りは此処で出来る」と聞いていた街に入っていた。
多くの人々が利用しているのであろう土道は適度な固さに締まっており、冒険者達の歩みを快適なものにする。
時には複数の幼い笑い声が耳に届き、木々の合間には鳥の囀りも聞こえて来る。
それらは、これから行く先に人々の生活を脅かすモンスターがいるとはとても想像出来ない安穏さだった。
「‥‥もしかして、依頼主の家屋にモンスターが潜んでいることを街の人々は知らないのでしょうか」
二羽の隼を空へ放したピノが複雑な感情を滲ませた声音で呟く。
「街にまで被害が及んでいないと言う事だろうから、そこは安心してもいいのかな」
リールが返す傍では、シルバーが静かな視線を向け、これに頷くのはイコンだ。
「依頼主の方はモンスターが居ると知って恐ろしくなり、そのままギルドに来たと言っていましたからね‥‥、さすがに街の様子までは聞けませんでしたが、被害が無く平和に暮らせているのなら、それは良いことだと思います」
彼の言葉から、冒険者達は出発した後で立ち寄った依頼主の姿を思い出す。
思い出深い家にモンスターが住み着いてしまったことを悲しむと同時に、しばらく無人で放置していたことを悔やんでいるのがよく判った。
彼女のためにも、そして今は亡き彼女の両親のためにも、必ずや家屋からモンスターを滅しようと、彼らは決意も新たに目的地へ向かっているのだ。
その道中、モンスターに関しては群を抜いて詳しいピノが、今回の標的となるビリジアンスライムについて説明していた。
これはインセクト系のモンスターであり、動くもの全てに襲い掛かる粘体生物であるということ。
通常は単体で出現し、二体以上で現れることは滅多に無いが、屋内という戦いの場では天井、床、至るところに張り付く敵の姿を目で認知することは困難になる。
とは言え、こちらには彼のデティクトライフフォースがあるおかげで、敵の位置を知る事自体は、そう難しくないはず。
問題なのは――。
「注意すべきは、十メートル前後の射程距離で飛んで来る酸です」
「酸、か」
確認するリールに、ピノは大きく頷いた。
十メートルという距離は、外でも広い範囲に警戒しなければならないだろうに、これが屋内となれば尚更である。
確実に仕留めるには相手の懐に飛び込まねばならず、その危険は計り知れない。
「動きはそう素早くありませんから、酸に注意し、叩く事が出来れば」
「僕が援護しましょう」
オーラ魔法を使うイコンが酸に対する援護を申し出れば、
「よろしくお願いします」とピノ。
「ただし僕のオーラシールドも万能ではありませんから、そこは注意してくださいね」
「ああ」
「もちろんだ」
リール、レヴィアが頷く傍で、沈黙を保っているシルバーの表情も穏やかだ。
「皆で協力し合えば、きっと成功するでしょう」
起伏のない声音は、しかし仲間達の間に心地良い緊張感を生じさせる。
彼は多くを語らない。
だが、数多の冒険を潜り抜けてきた彼の言葉は、僅かでも仲間達の心に届くのだ。
「さて‥‥、こちらを右に行けば目的の家屋、左に曲がれば今日の宿となりますが」
「ならば、先に宿へ行かないか」
イコンの選択にそう提案したのはレヴィアだった。
どんな敵であれ、荷物を軽減し、なるべく身軽で居た方が良いし、同行して来た動物達も安全な場所で待機させておきたいというのが彼女の判断だ。
「そうですね‥‥、もしかしたら宿のご主人に伺えるお話しもあるかもしれませんし」
イコンが同意し、他の面々にも異論は無い。
かくして彼らはまず宿に立ち寄り、必要最低限の装備で現地に赴く事を決めるのだった。
● 廃屋
「昼夜問わず緑に包まれて暮らしたい、か‥‥。なるほど、良い場所ではあるが‥‥」
呟くレヴィアの眼前に建つ家屋は、もはや廃屋と呼ばれるに相応しい寂れた建物だった。
石壁に何本も走ったひびは大地から天井にまで届き、無作為に生えた蔓草が不気味に絡みついているだけでなく、窓の木枠は腐っているようにも見えるし、天井の一部がへこんでいるのは、それこそ上空から何かが追突して落ちたようにも見える。
修繕してくれるなら多少の損壊は構わないと依頼人は言ったが、彼女が冒険者達に言った損壊とは、恐らく家屋そのものの破壊行為の事だったのだろう。
これは本格的な職人の手によって修繕されなければ、とても住める物にはならないように思う。
「人が住まなければモンスターも住み着く、か」
これは居心地が良さそうだと軽く肩を竦めながらレヴィアが言葉を重ねた。
見るも無残に寂れた家屋。
だが、環境だけは確かに素晴らしいものだった。
街からは徒歩で三十分も離れていないのに、家屋を囲う木々の深みは彼らが泊まる宿の窓から眺めても感嘆するほどに美しいのだから。
しかし、これに見入ってばかりもいられない。
せっかくだからと、ここに来る以前に二羽の隼に自分の仕事中は自然を満喫するよう促し、傍から離していたピノは、いま己の術に集中していた。
可能な限り家屋に近付き、当初の予定通りに屋内の生体反応を確認しているのだ。
「います‥‥。一階と二階に、それぞれ一匹ずつ」
「手分けするよりは共に当たった方がいいな」
リールが言い、イコンが頷く。
酸を飛ばすという攻撃は侮れないし、手を分散するのは避けた方が賢明だろう。
「なら、先に一階から行こうか」
「では玄関から真っ直ぐに奥へ、その先の」
「寝室、だな」
依頼主から聞いていた間取りをそれぞれに確認するように、一同はレヴィアを先頭にリール、ピノ、そしてイコン、シルバーの順で屋内に足を踏み入れた。
シルバーが己の武器に特殊な術を施すのと同様、誰もが攻撃態勢を整えていた。
古びた床板が不快な音を立てる。
――直後。
「来ます!」
ピノの鋭い声が上がる。
動くもの全てに反応し襲ってくるのがビリジアンスライムの習性。
「散れ!」
レヴィアが言い放つ。
「!」
飛びずさった足下に吐きつけられた液体が床板に白煙を舞わせた。
酸、だ。
「これはさっさと片をつけた方が良さそうだ‥‥!」
長引けば、それだけ家屋を損傷させる。
レヴィアはライトスピアを振り上げ斬り掛かる。
一メートル近くある体がぐにゃりとその輪郭を乱れさせ、そこに描かれるは迷いのない剣先による軌跡。
――‥‥!
モンスターの、声にはならない悲鳴が聞こえた気がした。
「イヤな感触だ」
レヴィアは忌々しげに呟く。
武器を通じて手に伝わった、粘りのある体への衝撃は何とも言いようのない不快感を煽った。
しかし、物理攻撃が効くと判った。
ならば後は畳み掛ける。
レヴィアとリールの連続攻撃。
その速度は敵に酸を吐かせる隙を与えない。
「うりゃりゃりゃりゃ‥‥‥っ、――おりゃあっ!!」
ザンッと振り下ろされた刃にモンスターの輪郭がぶれる。
いける、そう思った直後だ。
「! レヴィアさん!」
ピノの声と同時、イコンが駆け出し、彼女の背後でオーラシールドを唱えた。
「っ」
「イコン殿!」
片腕に生じた盾は、しかし酸には勝てず彼の腕に毒を落とす。
ジュッ‥‥と肌を焼く音。
しかし素早く引いたことが幸いし、それ以上の傷を彼に負わせることは無い。
「イコン!」
驚いたレヴィアの手が止まる。
そこを援護するのはリール。
「平気です、カスリ傷ですから」
早口に応えたイコンが見据えたのは天井。
二匹目が二階から下りて来たのだ。
「!」
再び酸を吐くか。
それに対する防御を試みたイコンだったが、不意に酸の飛散先を彼らから逸らしたのは短刀。
モンスターを切りつけ、弧を描いて戻る先にはシルバー。
一方でピノも動いていた。
二匹目も同じ場所に姿を現した以上は、その姿を目で追える。
それが彼に詠唱する猶予を与えた。
「――恨みはありませんがこれも仕事です、滅せよ!」
聖なる力で以って悪しきものを滅する力は物理攻撃以上に効果的だった。
放たれたブラックホーリー。
天井から落ちたそれに、イコンの特殊武器がトドメを刺す。
――‥‥!!
インセクトに効果的な刃は敵に再び声にはならない悲鳴を吐かせ、その体は弛緩し、いつしか微動だにしなくなる。
そして女性達の物理攻撃を受け続けてきたもう一匹のビリジアンスライムにも、もう間もなく終わりが来ようとしていた。
シルバーは辺りを注意深く確認する。
此処に在る以外の鼓動がゼロであることを確認するために。
● そして結末
シルバーの魔法によって炎を纏った攻撃は、ビリジアンスライムの体を燃し尽くす。
決して他には燃え移らない炎は、この粘着質な体を外に移動させるという困難を回避させてくれた。
これの完全燃焼を見届けるシルバーとピノの傍らで、イコンの手の傷を、彼から応急手当の仕方を習いつつレヴィアが手当てする。
「傷でも残って後で何か言われても困るからな」と、口では冷たいことを言いつつも、責任を感じているらしい優しい手付きはイコンに微笑を浮かべさせた。
そしてその頃、家の周りを見て回っていたのはリールだ。
生体反応を感知する事が出来る仲間達から、近くにモンスターの反応がないことは確認していたが、ここにモンスターが住み着いた理由が何かあるのなら、それも排除しなければ本当の解決にはならない。
「とりあえず‥‥、このぬかるんだ地面はどうにかしておくか」
呟き、家屋を仰ぎ見る。
長い期間、人間から忘れられていた家屋だが、このような姿になって尚、何かしらの気配を感じさせるのは、決してモンスターのそれではない。
住んでいた人々が過ごした時間の記憶。
思い出。
そういったものが、家屋という命の無い存在にも暖かみを残すのだ。
せっかく平穏の戻った家に再びモンスターが住み着いては元も子もない。
やれる事はやっていこう。
リールは微笑む、穏やかに。
青い空に羽ばたく鳥達の囀りが、今日はとても近く感じられた。