仮装パニック! 指名手配犯は魔女!

■イベントシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:19人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月29日〜10月29日

リプレイ公開日:2009年11月09日

●オープニング

 ● 作戦会議は怪しく不穏に

「ふふふふふ」
 闇の中、少女の不気味な笑い声が響く。
「それじゃあそういう事で‥‥っ」
 何やら非常に不穏と言おうか毒々しい響きを伴った声の主は、ビシッとサムズアップ。
「と、とっても楽しそうなのです‥‥う、腕が鳴るのです‥‥♪」
 声はどちらも女性。
 聞く者が聞けば直ぐに誰なのかを察し、もっと勘が良ければ即座に二人の間に割って入り最悪な事態を招く前に止める事も出来ただろう。だが、残念と言おうか彼女達の思うがままと言うべきか。
「それじゃよろしく頼んじゃうんだよ、アーシャさん♪」
「お、お任せ下さいなのです、かえでちゃん‥‥っ♪」
 がっしと腕を組むのはウィルの王宮図書館で働く三人娘が一人アーシャ・マスクートと、天界女子高生の彩鈴かえで。二人の計略によって、冒険者達を招こうとこっそり計画されていたハロウィンパーティーは、とんでもない方向へ大きな一歩を踏み出した。


 ● 

「おい、そのカブもこっちだ」
 冒険者ギルドからそう遠くない、とある宿屋の一階大広間は、慌しく歩き回る大人達の手によってオレンジ色を貴重とした装飾品に彩られていた。その大人達の先頭に立っていたのは何故だか滝日向。そもそも今回のこの宴、ハロウィンの形式が天界由来の行事だというところに端を発する。

「ねーねー聞いてー? 天界にはハロウィンって言う、お菓子をくれない人には悪戯しても良いっていうお祭があるんだってー☆ すっごく素敵な響きだよね‥‥っ☆」
「あらあら‥‥それはきっとアレね、恋人達のマンネリした関係にも絶妙なスパイスになってくれるんじゃないかしら?」
「お、お砂糖大国ウィルには‥‥い、いま一番大切な要素かもしれませんのです‥‥♪」

 ――なんて会話が某月某日の某所で囁かれ、この間違ったというか偏った知識による宴の計画が某女子高生の耳に入った事で危険極まりないパーティーが開催されようとしていたのだが、たまたまこれを知った某探偵の「アホかっ!!」の怒号あってパーティー内容は普通に落ち着いた。
 曰く「ハロウィンってのは子供達がモンスターの仮装をしながら『悪戯されたくなかったらお菓子をちょうだい』って家々を回るもんだ!!」である。
 さすがにその習慣の無い人々の家にモンスターの仮装をした子供達が訪ねても驚かれてしまうだろうからと、ギルドを通じて冒険者街に暮らす冒険者達に、仮装した子供達が訪ねるから菓子を用意しておいて欲しいと頼んだ。
 ギルドから一番近い宿屋の一階に、子供達の仮装準備と、集まったお菓子を分配するためのスペースを借り、後はせっかくだから内輪でのパーティーも、と装飾も怠らない。天界でお化け南瓜を使う部分には、大きな蕪を。
 一つ一つを丁寧に。
「日向兄ちゃん、この帽子は?」
「ああ、それは魔女の仮装用だ。後でフィム達が来たら渡してやってくれ」
 ユアンの質問に卓の方を指差して答えた日向に、今度はエリスン・グラッドリー。
「日向殿、この衣装は大人用だと思うのですが」
「ん?」
 言われて確認してみれば、それは確かに大人用の装備品だ。爪のついた手袋・靴の大きさも、何と言うか、狼耳カチューシャも?
「‥‥まぁ、大人が仮装しても良いけど、な」
 自分で履いてみると妙にサイズがぴったりで嫌な予感がする。
「おや日向殿、狼男もお似合いですね」
「冗談」
 止めてくれと手を振った。すると次には手伝いに来ていた石動香代が。
「‥‥この大量の包帯は、何に使うの‥‥?」
 何処で仕入れてきたのか彼女の両手いっぱいに盛られている包帯を一つ摘んだ日向は眉根を寄せる。
「‥‥誰かミイラ男でもやるのか?」
 子供達の仮装は衣装だけで可愛さを重視している。こんなリアルっぽい仮装を予定している子供はいないはず、なのだが。
「この量も‥‥大人一人分といった感じね‥‥」
 確かめるように包帯を手にした香代は、念のための確認をと言いながらエリスンの腕にそれを巻き始めた。
「おや、私でお試しになるのですか?」
「‥‥日向さんに『しばらく動かないで』なんてお願いしたら‥‥準備が滞るでしょう‥‥?」
「ああ、なるほど」
 そこで素直に納得する辺りがエリスンだ。
 肩から腕に掛けてぐるぐる。
「‥‥脱いでくれるかしら‥‥服の上からじゃよく判らないわ‥‥」
「ふむ、ですが流石に子女の前で脱ぐのは躊躇われますね」
「‥‥それもそうね‥‥なら、兄さん。リラ」
 二人呼ばれてぐーるぐる。
 結果、どうなったかと言うと。
「ぴったり、ですね」
 巻き終えた腰周りで丁度切れた包帯に大人達は揃って小首を傾げた。狼男は日向のため? ミイラ男はエリスンのため? それって誰が何のため?
「うわぁお、二人ともぴったりだね! もしかして既にやる気充分??」
「――」
 嫌な予感がすると思った矢先のかえでの声に、日向は頬を引き攣らせた。
「おまえ‥‥これはやっぱりおまえかっ、って――」
 振り返ると同時に目に飛び込んで来たかえでの姿に一同絶句。そう、日向だけでなくエリスンや香代らも全員だ。
「――っ、おまえ何だその格好は!!」
「魔女だよ、魔女♪ 見れば判る〜♪」
「それは判るが何の為におまえや俺達が仮装する必要があるんだ!?」
「だってハロウィンだもん、悪戯しないとっ。一緒しよっ」
「するかっ」
「うんうん、そう言うと思ったから、はい♪」
 かえでから日向とエリスンへ、トンと手渡されたのは小瓶に入った‥‥魔緑色の液体。誤字ではない。
 日向は頭を抱えた。
「さぁぐぐいっと」
「誰が飲むか、こんなあからさまに怪しいモン!」
 言い返して渡された小瓶を卓に叩き付けた。と同時にコルク栓がちょっと浮く。
「いいか、かえで! 今回ばかりはおまえの言う通りになんか――」
 ごくりと飲み下す音に目を瞠れば、空になった小瓶を手にしたエリスン。
「戴いたからにはきちんと頂戴しなければ」とサラリ言い切ってくれた王宮図書館の司書殿は、皆に見守られながらの数秒後に、――咆哮した。


 ●そして魔女は覚醒した

 エリスンがミイラ男、日向が狼男。アーシャお手製の魔緑色の液体で自我を奪われた二人はウィルの夜の街を徘徊し、薬の作成者は逃亡。
「‥‥かえで殿、さすがにこれはやり過ぎではないか?」
 リラが眉を顰めて言うと、かえでもムッと眉間に皺を刻んだ。
「日向君に続いてリラさんまでお説教? 薬はもう一個あるんだよっ?」
 ぐいっと先ほど日向が卓に叩きつけた小瓶を突き出したかえでと、リラはしばし睨み合い、――そこに終止符を打ったのは新たなる来訪者。
「今夜はお招きありがとうございますですわ!!」
 たくさんの子供達を伴い、両腕を広げてババンッと登場したのはセゼリア夫人。その場の不穏な雰囲気などものともせずに室内を見渡し。
「まああっ‥‥!!」
「ほよ?」
 完璧魔女っ娘姿のかえでに目を輝かせて近付いてくる。
「まぁまぁまぁっ」
「わっ、なっ」
 近付かれて、かえでは後退して。
 足元にカブのランタンが転がっているのに気付かなかった。
「あ‥‥っ!」
 躓いて、転んで、手の中の小瓶は何の悪戯か、かえでの口へ。
「――!!!」
 誰もが驚嘆するその場で夫人が叫ぶ。
「素敵ですわかえでさんっ! どんな魔法でも操れてしまう完璧な魔女っ娘です!!」


 結果、此処に一人の最強最悪な魔女が誕生した――。

●今回の参加者

倉城 響(ea1466)/ ディーネ・ノート(ea1542)/ ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)/ 長渡 泰斗(ea1984)/ 陸奥 勇人(ea3329)/ シルバー・ストーム(ea3651)/ アリシア・ルクレチア(ea5513)/ ディアッカ・ディアボロス(ea5597)/ 飛 天龍(eb0010)/ ソード・エアシールド(eb3838)/ イシュカ・エアシールド(eb3839)/ 信者 福袋(eb4064)/ ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)/ リール・アルシャス(eb4402)/ ルスト・リカルム(eb4750)/ リィム・タイランツ(eb4856)/ アルジャン・クロウリィ(eb5814)/ 物見 昴(eb7871)/ レイン・ヴォルフルーラ(ec4112

●リプレイ本文


 夜のウィル。
 天界出身者たちが企画したハロウィンの、パーティー会場となるはずだった宿屋の前には参加する予定の冒険者達が続々と集まっていた。
 が、その誰しもが困惑の表情を浮かべている。
「お久し振りですね、お元気そうで何よりです♪」
「やっほー」と、来て早々にセゼリア夫人や子供達と再会を喜ぶ抱擁や丁寧な挨拶を交わしていた倉城響(ea1466)、ディーネ・ノート(ea1542)は勿論のこと、今夜のためにお菓子を用意して来たユラヴィカ・クドゥス(ea1704)、ディアッカ・ディアボロス(ea5597)も聞かされた話に目を瞬かせ、ディーネを夫人に捧げる(?)つもりだったルスト・リカルム(eb4750)も咄嗟の反応に戸惑った。
「まったく‥‥」
 頭痛ゆえに額を押さえて息を吐くリール・アルシャス(eb4402)に物見昴(eb7871)も。
「そんなに収穫祭に連れて行かなかったのを根に持っているのか‥‥」
「ああ、なるほど」
 そう言われてみればと納得する良哉。
「しかし、だからと言って‥‥」
 こちらも呆れた様子のリラが言葉を繋ぎ掛けた、直後だ。

 ――ドオオォォォ‥‥ン‥‥

 そう遠くない場所から衝撃音が響き渡る。
 やはり頭を抱える冒険者達。
「‥‥衝撃音、冒険者街からではなかったか‥‥この状況で、ハロウィンのイベントを開催していいのか‥‥?」
 ソード・エアシールド(eb3838)の懸念は最もだ。
 その間にも別部隊が編成され、ユラヴィカやディアッカらはエリスンを、陸奥勇人(ea3329)、飛天龍(eb0010)、リィム・タイランツ(eb4856)、アルジャン・クロウリィ(eb5814)、レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)は日向を。そしてアーシャを追う事に決めたイシュカ・エアシールド(eb3839)は親友に声を掛ける。
「‥‥それでは、行って来ます‥‥」
「ああ。気を付けてな」
 精霊娘を連れて別任務にあたるイシュカの背をじっと見守っていたソードだが、仮装してこれから冒険者街を回るつもりの子供達に裾を引かれて振り返る。
「おじちゃん、お祭まだ?」
「ああ‥‥」
 考えてみればこの子達こそ被害者だと思うソードは、膝を折って目線の高さを子供達と合わせると、その頭をぽんと撫でる。
「お菓子を準備する予定の家の最終チェック等がある、もう少し待っていてくれ」
「はーい」
 元気な返事をして去って行く子供達が。
「けど、冒険者のにーちゃん、ねーちゃんって凄いね!」
「さっきなんて魔女のねーちゃんが空飛んでったぞ!」
「包帯でぐるぐるのお兄ちゃん! あんなにいっぱい怪我していたのにすごい迫力だったよね!」
 事情を知らない子達は、それもイベントの一環だと認識してくれているようだ。
 その事に安堵の息を吐く一方。
「‥‥思い込みってのはすげーなぁ‥‥」
 衝撃音に目を眇めつつ呆然と呟く長渡泰斗(ea1984)は頭を掻いて溜息一つ。
「何はともあれ追いかけねば話にならん、‥‥が」
 アレがおとなしく捕まるタマかと問われれば、全員一致の答えは否。
「ですが、しっかりかえでさんを元に戻しましょう」
 ほわわんと言うのは響。
 その表情は普段の彼女らしい和みの笑顔だったけれど、妙に迫力があるのは気のせいか?
「では参りましょうか」
 ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)が優雅に行動を開始したなら、無駄のない動きで戦線に立つのはシルバー・ストーム(ea3651)。
 冒険者達によって編成された魔女討伐部隊は、こうしてその任務に動き出した。





「思えば完全武装で夫人や子供達と会うのは初めてだったかしら」
 小首を傾げて呟くディーネは、今回は相手が相手。真面目に立ち向かわなければ敵に遅れを取る事も考えられるからと、装いも普段とは異なる戦闘用のものだ。これから戦いに赴く姿というのは、やはり普段と違って、身に纏う雰囲気も硬化するものなのだろう。
 そしてその固い空気は、辺り一帯を覆い始める。
 いつもはあんなに慕って集まってくれる子供達が、今は遠巻きに自分を見ているのに気付いたディーネは笑みを浮かべた。
「んーと、何時もはこの格好で仕事してるの♪」
「そうなんだ‥‥お姉ちゃん、カッコイイね‥‥」
 子供達は口々に応じるけれど、やはり距離は遠いまま。そんな光景に何を思ったのか、ふと響が口を挟む。
「ですが、数回しかお会いしていませんのに、奥様もお子さん達も私を覚えていてくださって光栄ですね」
「まぁ」
 そんな言葉にはセゼリア夫人が心外だと言いたそうな顔。
「例えお会いしたのが一回きりだったとしても、私たちのために集まってくださった冒険者の皆さんを忘れたりなどしませんわ」
「ですが、私はディーネさんやルストさんと違って存在感が薄いですから♪」
「は‥‥っ!?」
「ひびきん!?」
 どの口が、誰の存在感を薄いと語るのか今一度言ってみろ、そんな勢いのルストとディーネのリアクションに、響は袂で口元を隠してくすくすくす。
「私達の中で一番強烈なのはひびきんだと思うわよ‥‥?」
「‥‥人の事が言えるか‥‥?」
「ですよね?」
 顔を引き攣らせるディーネに、それも違うだろうと言いたいルストは、次の瞬間に一歩後退する。危険は敏感に察知してこそ回避出来るもの。
「さぁディーネさん、誰が一番強烈ですか?」
「だっ、いたたあだだだだだ!」
 袂の向こう、見えないところで何をされているのか後方から響に抱きすくめられたディーネは真剣に痛がる。
「判ったわよっ、私が一番強烈っ、存在感ありまくりっ、ひびきんの出番奪ってごめんなさいっ」
「ふふふ、判っていただけたなら良いのですけれど♪」
「ふぎーっ」
 ようやく解放されたディーネが興奮した猫のように背を丸めて威嚇すれば、くすりと小さな笑いが零れる。
 くすくす。
 くすくすくす‥‥子供達の間から次第に広がり行く笑顔。
「お姉ちゃん達、面白い」
「やっぱりディーネお姉ちゃん大好きっ」
「うぐ‥‥」
 子供達の笑顔が嬉しいのと、やっぱり響には敵わないという思いとが交じり合って複雑な心境になりながらも、やはり嬉しさの方が勝る。
「待っててね、すぐにかえでさんと戻って来て、ハロウィンパーティ始めるんだから」
「うん!」
 大きく頷く子供達はすぐ間近。
 手を握って、笑っていた。


「情報を集める本部だが、このままこの宿屋を使う方が良くないか? 日向殿達を探しに行ったメンバーも、彼が見つかれば此処に戻るだろうし」
 先にはディアッカも、他の捕獲班からの情報も含めて皆で共有した方が効率的だという意見があったし、それに異を唱える者もない。
「では、判った事があれば此処に報告するという事でいいだろうか」
「ああ」
 泰斗は低く応じると、言い出したからにはと本部に残るソードの隣で、自分も手伝うと表情を引き締めているユアンの頭を撫でた。
「わ‥‥」
 驚いた幼子が見上げた泰斗は、しかし既に視線は任務の先。
「行くぞ、昴」
「はい」
 地上から魔女を追う彼らは響やルスト、シルバー、リラ、良哉らと共にウィルの街に散っていく。
「よっ、っと」
 一方、少しでも高い所から状況を見渡せるようにと宿屋の屋根に上るディーネ。
 ペガサス、グリフォンという飛獣に跨るジャクリーンとリール。
「私は冒険者街の方を探そうと思う。あちらならばグリフォンが飛んでいても地上の人々を驚かせずに済むと思うし」
「判りました。では私は町の方を」
「頼む。――リトロ、行こう」
 凛々しい主の言葉にグリフォンは威風堂々とした咆哮を上げるが、ジャクリーンの目には、その視線が他方に泳いでいるように見えたのは気のせいだろうか。
 お化け変装道具一式によって△頭巾に白い着物、右目の上には擬似腫れ物という装いのリールは、彼女曰く「天界ではこの格好が通じるらしいから細かい事は気にしない」との事だが。
(「‥‥その衣装でグリフォンに跨るのは色々見え過ぎると思うのですが‥‥」)
 しかしリールの脚線美は騎士の鍛えられたものでお世辞抜きに綺麗だし、ジャクリーンも必要に迫られれば体のラインを出す事は厭わない。今が必要時ならばリールを止める理由はなかった。この場合はそれで良かったのか悪かったのか。
「私達も行きましょう、クロスマリーナ」
 天馬は嘶き、背に主を乗せると純白の翼を夜闇に包まれたウィルの空にはばたかせた。


 その頃のなりきり魔女っ娘はフライングブルームに跨り月精霊が象る満月に影を映す。
「タッタタラリラタリラリラ〜〜♪」
 のんびり、ゆっくり、陽気な鼻歌で夜の空中遊泳を楽しんでいた。
「あったしぃは最強ぉ〜世界の覇者〜〜♪」
 歌は、自己暗示。
 ‥‥だんだんと凶悪な事になっている。


 そんな彼女の、月を過ぎった小さな影に気付いたのは屋根伝いに移動を繰り返していた昴だ。
「高いな‥‥」
 忍の武器にも成り得る身軽さを最大限に利用する彼女だが、さすがに射程範囲を超えていた。
「泰斗様!」
 地上を走る主に声を掛けて上空を示せば泰斗もそれに気付いた様子。そのまま追えと視線で告げる。同時に指示を出したのは昴が連れていた忍犬達。ジロウマルとコハチロウは主達の意図を汲んで進路を分かれる。援軍を呼ぶためだ。
 例え姿を見失っても、二匹なら確実に彼女を追えるから。
「さて‥‥どうやって追い詰めたものかね」
 他の対象を捕獲に向かっている仲間も少なくなく、現状、かえでの相手を出来る人数は限られる。
「おっと‥‥」
 前方に流れる川。さすがにそれを足で越える事は難しく、迂回路を探す泰斗はそこで響、ルストの二人と合流した。
 どうやらコハチロウが巧く誘導してくれたようだ。
「ディーネさんも屋根伝いにあちらから」
「そうか‥‥この先には港があったな」
「ええ」
 泰斗は脳内で素早く状況を整理し、頭上をゆく昴、ディーネを視認。これで上に二人、下に三人。
「とりあえず‥‥仕掛けてみるか」





 何というか、あまりにもあんまりな状況で、作戦を煮詰めようにも何が効果的なのか不明な事ばかり。策が行き当たりばったりになってしまっている観は否めない。ただ、それでも実際に相対すれば長年の経験が相応の結果を導いてくれるのも事実。
「かえで!」
「かえでさん!」
 屋根の上から昴とディーネが声の限りにその名を呼んだ。
「最強の魔女っ娘だか何だかは知らないが、まさかそのまま空の散歩を楽しむだけで一晩終わらせるつもりはないんだろう? せっかくの夜だ、私達と一緒に遊ぼうじゃないか!」
 昴が声の限りに語り掛ける。
(「かえでさんを何とか傷つける事のないように捕獲しなくっちゃね」)
 胸中の決意新に拳を握るディーネの気持ちに呼応したのか、賢者の衣がきらりと輝く。
「かえで! どうする?」
 魔女は降りてくる事はないけれど、その場に制止した状態で昴の声を聞いていた。帽子の下から見える眼差しはどこか興味深そうでもあり、あと一息で距離を詰められるとは思う。ただ、果たしてこんな言葉だけで彼女を此方側に近付けさせる事が出来るだろうか。放つべき言葉に悩み、次いで出たのは――挑発。
「それとも、何かい? 私達とやりあうのは恐いか?」
 言葉に薄い笑みを浮かべれば、スッと魔女の周囲の気温が下がった気がした。
「ふっ‥‥ふふふ‥‥」
 聞こえる笑い声。
 魔女は吠える。
「この最強の魔女っ娘かえでちゃんが誰かを恐がるなんて有り得ないんだよーー!」
「!」
 フライングブルームに跨った魔女は人差し指を立てた右手を宙でくるくると回す。次第に彼女の全身を覆う淡い光りは風系統の魔法発動の色。
「本気で魔法を使えるようになっているのか」
「あらあら♪」
 地上、泰斗が感心とも呆れとも付かぬ声を発し、響が笑む。
「少し派手な事になりそうですし、私は周辺住民の避難を」
「ああ」
 そうして響が動き出すと、ルストは自分の取るべき行動をしばし悩んだ。白魔法使いの自分の術がかえでに効くかどうかは判らないし――効いたとしたら、それはそれで非常に問題なわけだが、周辺住民の避難誘導に響一人では荷が重い。だから自分もそちらを手伝おうと思うが、かえでの相手をするのが三人になってしまうのは心許なかった。
 だから足先の向かう方向を迷ったルストだったが、そんな彼女の視界に小さな点が映る。
「‥‥?」
 空の先。
 目を凝らせばだんだんと大きくなって見えてくるのはグリフォン。
「泰斗さん。援軍の到着だわ」
「おお、そりゃありがたい」
「私も周辺住民の避難誘導に回るわ」
「頼む」
 響を追って走り出すルスト。
 完結する呪文詠唱。
「みんな吹っ飛んじゃえ〜!!」
「!!」
 陽気な声音で恐い事を言う彼女が発動したのはストーム。
「くっ」
「わっ‥‥!」
 屋根上で昴は耐えたがディーネは落下。
 近付いてきていたグリフォン、その子に騎乗していたリールも巻き込まれて道筋を逸らされた。
「なっ‥‥!?」
「ディーネ!」
「うふふふふふふ♪」
 落ちて来たディーネを地上で受け止めた泰斗、そこに怪しい笑い声が響く。
「あったしぃは最強〜♪ 世界のぉ覇者〜♪」
 歌い出された内容に思わず気が抜けそうになる昴。
「本気で言っているのか‥‥」
 がくっと項垂れたい気分になる昴とは対照的に、ストームの影響からようやく立ち直ったリールはグリフォンに声を掛けて再び魔女を目指す。
「辛いかもしれないが、力を貸してくれ!」
 白い着物に△頭巾、目の上の腫れ物もばっちりな幽霊衣装のリールが攻め込む!
「うふふふっ」
「っ!」
 華麗な箒捌きでグリフォンの突進をかわした魔女は何を思ったのか手を叩く。
 パンッと小気味良い音に続いて彼女が突き出した手は、ブイサイン。
「?」
 リールは目を瞠る。
 その間にも両手で円を作り、最後に右手の平を目の上に翳してニヤリ。
「??」
 嫌な予感がした。
 だがそんな古い天界のギャグ、アトランティス出身のリールに伝わるはずがない。っていうかそんなのを真顔でやれる女子高生が嘘である。
「パンッ、ツー、丸、見え」
 動作を声に出して繰り返すかえでは、にっこにこ。
「チョー色っぽいよね♪」
「な‥‥」
 腰から下を指差されて言われた言葉にハッとして自らを確かめてみれば、かえでが操った風魔法ストームの影響もあって露になり過ぎていた足。
「わ‥‥っ!!」
 慌てて裾を直そうと視線を外した直後。
「バッハハ〜イ♪」
「‥‥!!」
 再び放たれたストームでリール、戦線離脱。
 ディーネは泰斗の腕の中で目を回し。
「ぁ‥‥!」
 その泰斗は、上空の遣り取りを確認している内に自分の目を疑う。
 昴が屋根を移動しながら高度を増し、地道にかえでに接近していたのだ。
(「昴‥‥!」)
 ディーネをその場に横たえると泰斗もまた彼女との距離を詰める。屋根に上る事は無理でも地上からの援護ならば可能だ。
「「かえで!」」
 空と地上、双方から掛かる声にかえでは目を瞬かせた。
 どちらを相手にしようか迷うように双方を何度か見遣って、決めた標的は昴。
「風でダメなら雷だ〜♪」
「!」
 放たれるはライトニングサンダーボルト。
「くっ!」
「昴!!」
 真っ直ぐに狙われた忍は雷光を受けて屋根を滑り落ちた。
「あのバカ‥‥!」
 それはどちらを形容したものか、顔色を変えた泰斗が昴の落下地点に滑り込む。
「!!」
 間一髪で抱きとめた相棒の身体。多少の火傷と呼気が幾らか苦しそうな以外は問題ないと判断して吐息を一つ。
 直後に泰斗の視線は上空へ。
「かえで!!」
 明らかな怒気を孕んだ声音。
「これだけの事をするからには覚悟出来ているんだろうな!!」
 殺意すら感じられる彼の怒りに、しかし。
「っ‥‥!?」
 何故か高度を下げて冒険者達の射程距離に自ら入って来た魔女は左右に小首を傾げて、目を輝かせ。
「お砂糖? お砂糖??」
「――‥‥っ、おまえという奴は‥‥!」
「うふふふふふふ♪」
 泰斗が再び声を荒げようとするより早く、再び空へ上昇したかえでは、それっきり。
「バッハハ〜イ♪」と陽気に手を振り夜空に消えた。

 第一戦。
 冒険者達の完敗である――。





 その頃、各捕獲対象とそれぞれに決着をつけた冒険者達が本部に集まり始めていた。
「すみません‥‥マスクート様を捕獲する事は出来ませんでした‥‥」
「そうか」
 恐縮しながら報告する親友の肩を抱き、ソードはまず相手を労う。
「ともかく無事で良かった。お疲れさん」
「ソード‥‥」
 標的を捕獲出来なかった事に唇を噛み締めるイシュカは、ひどく悔しそうで。
「‥‥彩鈴様は‥‥」
「ああ」
 更なる懸念材料がある事もまた、イシュカの心を痛める要因だ。
 二人の視線が自然、吸い寄せられる先にはルストと、ジャクリーンの相棒である天馬クロスマリーナから治療を受ける昴とディーネの姿。
「随分と‥‥弾けているらしいが」
「‥‥そうですか‥‥」
 応じたイシュカは更に気落ちした表情で、呟く。
「‥‥彩鈴様、さすがに今回はやり過ぎです‥‥このままですと、楽しみにしていたハロウィンイベント自体、開催出来なくなってしまいますよ‥‥」
 今にも泣き出しそうな弱々しい声音にはソードも胸を痛め、親友に肩を貸した。
 その間にも続々と集まってくる冒険者達。
 日向とエリスンは無事(?)に捕獲、市販の解毒剤では効果が見られずアーシャお手製の解毒剤が欲しいとの事だったが、それは不可能。
「‥‥申し訳ありません‥‥」
 まるで自分のせいだと言うように落ち込むイシュカを、レインが必死に励ました。
「大丈夫ですよっ、きっと皆さん元に戻ります!」
「‥‥ええ‥‥」
 そう信じたい。
 心から。
「しかし‥‥狼の次は魔女、と‥‥人を呪わば穴二つだな」
 アルジャンが低く呟けば勇人も。
「騒ぎあるところにかえで有り、か」
 苦笑混じりになってしまうのは、もはや笑うしかない状況だからだ。
 悪乗りが過ぎる、それは皆が共通の意見。
「幾ら思い込んでいても覚えていない魔法までは使えねぇ筈だが‥‥」
「とりあえず確認出来たのはストームとライトニングサンダーボルト‥‥あの様子だと風系統の魔法なら他にも使えそうだ」
 泰斗の説明に「厄介な‥‥」と顎に手を添えたのは天龍。
「厄介だけど、ここで悩んでばかりいても埒が明かないよ」
 沈み掛けている場の雰囲気を持ち上げるように、あえて陽気な声を発したリィムは仲間を鼓舞する。
「被害がシャレで済ませられる内に早くかえでさんを捕まえなくっちゃ!」
「‥‥そうですよね」
 レインも大きく頷く。
「だって、これ以上誰かが傷付かれたり‥‥そのことで、かえでさんが傷付いたりされるのも‥‥イヤですもの‥‥」
 もう既に一部の冒険者にはシャレで済まなくなっているような気もするのだが、どこまでも優しいレインの言葉にあえて反論する者はない。その代わりにアルジャンが励ますように彼女の肩を抱く。
「しかし天界のハロウィンという行事は『お菓子をくれなければ悪戯するぞ』というものなのだろう? かえでの言動を聞く限りでは悪戯が目的になってしまっているようだが‥‥お菓子をあげれば大人しくなるのだろうか?」
「そのことだが」
 泰斗が肩を落として言う。
 どうやらかえでは魔女になってもお砂糖に反応するようだ、と。
「‥‥お砂糖‥‥」
 イシュカが呟き、移動する視線の先は勿論――。
「えっと‥‥」
「ふむ」
 皆の視線を受けて真っ赤になるレインと、その点に関しては恥じる事など何もないと胸を張るアルジャン。
「では僕達も一肌脱ごうか」
「‥‥ぁ、アルジャンさんにお任せします‥‥っ」
 だんだんと声が細くなっていく少女に冒険者達の間から笑いが起こった。


「とりあえずかえでを誘き出す場所を決めておこう」
 天龍の提案に皆が応じる。
 数人掛かりでも、正気を失い仲間を仲間と思えなくなっているかえでとは異なり、此方側は彼女を無傷で捕らえたいと願っている。その時点で冒険者側には多大なハンデが加わると言うのに、少数で手向かえば先刻と同様に返り討ちにあうだけだ。
「皆で追い込み、全員でかえでを捕獲するんだ」
「そのためには何処に現れるとも知れないかえでが自ら近付いてくる策が必要になるわけだが‥‥」
「囮役は僕達が引き受けるよ」
 アルジャンとレインが、まずは挙手。
「‥‥まぁ、問題解決のためとあらば、な」
 あまり乗り気ではなさそうな泰斗と昴も巻き込み。
「良哉くん、ボク達も!」
「何でだよ!?」
 リィムに誘われて全力で拒む良哉だったが、リラの一言で決定。
「かえで殿を捕獲するためだ」
「だったらテメェもだろ!?」
「‥‥それは彼女次第だな」
「うっ」
 そう言われてしまうとどうしようもない。今回、リールはまるで避けるようにリラから距離を取っていたから。
「なら、後は‥‥」
 話の軸を逸らすように再開される作戦会議。
 と、巡回していたディアッカから諸々を経由して届くテレパシー。
「ふむ、かえで殿は冒険者街の上空に留まっているらしいの」
 伝言を受けたユラヴィカの言葉に、小首を傾げる一同。
「それは、かえでなりの俺達への挑発のつもりか?」
「もしくは冒険者街に彼女好みのお砂糖でも‥‥」
 勇人が怪訝な顔付きで言い、続くアルジャンの推測に、日向捕獲に向かっていた面々はハッとする。
 そうだ、冒険者街には彼らがいる。
「あそこか‥‥!」
 第二ラウンド開始のゴングが鳴った。





「皆ぁの者ぉ〜平伏すが良いぃ〜♪ あったしが最強ぉ、負け知らずぅ〜」
 ツッコミ所満載の彼女の歌に、わざわざツッコミを入れる者はいない。それは彼女が空を飛行中だからという理由以上に、地上からもゆっくりと、だが確実に人気が失せていたからだ。
 しかし、そんな異変に彼女は気付かない。
 箒に跨りながら鼻歌を歌う彼女の視線は下方のある一点に釘付けだ。
「最強魔女には僕がいなきゃ〜♪ だけどお邪魔虫するのは惜しいのね〜♪」
 日向の自宅の裏庭。
 膝枕で恋人に介抱される狼男の姿があった。


 一方で地上から人気が消える理由、それは。
「さぁ、急いで、けれど音を立てないように此方へ」
 そんな事はないと思いたいが、万が一の事も視野に入れて無関係の人々を安全な場所まで避難誘導するのは響とルスト。
「大した事ではないのだけれど、天界流のモンスター退治なんだよ。けれどまだ実験段階だし、絶対大丈夫とは言えないから」
 そんな風に、かえでの存在すらも『実験』の内に含めて事後に問題が波及しないよう人々に説明をするルストは、チラと屋根の上を見遣る。暗闇に覆われたその場所で動く影はディーネと昴ら、屋根の上から捕獲を実行する面々。
 更には夜の街の各所、飛獣と共に影に潜むようにして地上を移動するのは勇人、ジャクリーン、リール、ユラヴィカ、ディアッカ、そしてリィム。
 フレイムエリベイション、オーラエリベイションで己を強化した天龍やシルバーの傍には、親友のイシュカからレジストマジックを掛けられたソードが、フライングブルームを手に待機しており、彼らも姿を隠し気味。と言うのもそんな三人の真正面には堂々と道を行く二人――囮組のアルジャンとレインの姿があるからだ。
 他方には後に囮となってもらう泰斗も。何処にいるかも判らない強敵を相手に運良く近くにいた面々と即席で協力した先刻とは状況が違う。
 冒険者達は、本気だった。
「さぁて‥‥」
 空から。
 地上から、皆がかえでの姿を視認した時点でグリフォンの背にいた勇人は吐息を一つ。
「そろそろ遊びの時間は一旦終わりにしようか」
 飛獣を連れた彼らが空に上がる。
「‥‥レイン、大丈夫かい?」
「はい、頑張ります‥‥っ」
 アルジャンに耳元で囁かれたレインは、両手で拳を握ると深呼吸を一つ。
「‥‥じゃあ、行きますね」
 そう言うと走り出した。
 一方のアルジャンも深呼吸を一つ。一拍を置いて、声の限りに彼女の名を呼んだ。
「――レイン!!」


「!」
 その声にかえでの耳が跳ねたように見えたとしたら、それは恐らく錯覚ではない。ウィルのスィートマウンテン連峰の一角を担う二人の遣り取りに反応しないわけがない。
「ぉ。お。おぉっ♪」
 魔女はだらしなく顔を緩めて二人を追い始めた。


「行くぞ」
 勇人の合図で飛獣が動き出す。
 夜空を駆ける。
 地上、レインを追いかけるアルジャン。向かう先は――橋の上。
「レイン!」
 頃合を見計らって追いついたアルジャンと、追いつかれたレインは腕を絡めて一気に距離を詰めた。
「ぁ‥‥」
「もう逃さないよ」
「おおっ♪」
 耳朶に囁かれるアルジャンの言葉に目を輝かせたのはかえでだったが、彼の言葉が真に向けられた相手はレインではなく――。
「怪我をしても恨むな!」
「っ!?」
 突然の声にかえでは目を瞬かせたが、その視界に飛び込んできたのは、網。
「あわわわっ」
 それはもう目前まで迫っていたけれど、魔女たるかえでは思いっ切り下降。地面すれすれのところまで下がって網を逃れた。
「ふっふふふ〜♪ 甘い甘いっ!」
「甘いのはどっちだ?」
「わっ‥‥!?」
 突如として目の前に現れた勇人の姿に、かえでは瞬時に箒を止めて、直角に上へ!
「捕まらないよあたしは!」
「ハッ、よくそこまで動けるもんだ」
 逃げるかえでに勇人は感心する、だが、そこまでだ。
「かえで様」
「かえでさん!」
「!?」
 その先で彼女を待ちうけていたのは天馬に騎乗するジャクリーンとリィム。
「‥‥っ、うわぁっ、邪魔!」
 直後にかえでの身体が深い緑色の光りに包まれた。
 魔法が来る。
 それが判っていれば対処の仕様は幾らでもあった。
「クロスマリーナ」
 天馬が唱えるホーリーフィールド。
 魔法の行使をものともせずに接近するソードには、親友の加護。
「かえで嬢、冗談も程ほどにしなければ冗談では済まなくなるぞ!」
 鞘を入ったままの剣を構え、狙うはスタンアタック。
 だが。
「吹っ飛んじゃえ〜〜!!」
 発動されるはストーム。
 抵抗は不可。
「くっ」
「わっ!?」
 暴風に巻き込まれて箒から落ちかけたソードは片手で其処に捕まり。
「アルシノエ、頼むのじゃ!」
 ユラヴィカの言葉を受けてムーンドラゴンがソードの真下に付く。
 更にはホーリーフィールドの中にいた彼女達にも暴風は襲い掛かってきた。そもそも、かえでには冒険者達に敵対心があるわけでも、ライバル意識があるわけでもない。
 忘れるべからず、これはハロウィンイベントだ。
 かえでが魔女になっているのも、イベントを楽しみたかったからであり、魔法を使うのも彼女なりの悪戯。あくまでも戯れであって本気ではないのである。
「一番タチが悪いという奴だな」
 相棒と共にロープの端を握ってかえで目掛けて飛翔する天龍。
「大人しく捕まるんだ!」
「まだまだ〜♪」
 再び輝く魔女の身体。
 ディアッカの月竜も下についたのを確認してディーネがアイスコフィンを試すが効果はゼロ。ならばとスクロールを紐解いたシルバーは些か眉根を寄せた表情でヴェントリラキュイを発動する。
 声の発生場所は、彼女の背中。
『かえでさん、日向さんがプロポーズをされるようですよ?』
「えっ!?」
 直後に魔女の集中力は完全に途切れた。
 一瞬にして本能に立ち返ったかえでは隙だらけ。
「油断大敵、だな」
「わっ‥‥!」
 天龍の持つ縄にぐるぐると巻かれ。
「ちょっ、なに‥‥っ、こんなもの‥‥!」
 たとえ手足が縛られていたって魔法なら、そう改めて呪文を詠唱しようとした彼女は、しかし。
「もうお休みの時間だ」
「ヤダッ! っ、て、お‥‥――」
 リールの手刀が首筋に叩き込まれ、かえでは気絶。そのまま傾いて落ちた体を、ディアッカの月竜がしっかりと受け止めた。
 更には主をなくして地面に落下する箒を受け止めたのは泰斗。
「ったく、世話の焼ける‥‥」
 とりあえずはこれを彼女から引き離せば、空に逃げられる事はないだろう。





 何とか捕獲に成功したかえでを本部に連れ帰った冒険者達だが、如何せん薬を作った張本人であるアーシャを取り逃がしたままだというのは痛い。市販の解毒剤では効果のなかった日向、エリスン、かえでの催眠状態は、無論、イシュカのアンチドートでも解毒する事は出来ず、後はただひたすらに薬の効果時間が切れるのを待つしかなかった。
「‥‥では、説教は薬の効果が切れてから、か」
「今の状態のかえでには、何を言っても馬の耳に念仏だろうしな」
 些か腑に落ちない様子のリールと、苦笑交じりの勇人。
「‥‥では、先にイベントを始めてしまいましょうか‥‥子供達が首を長くして待っていますし‥‥」
 イシュカは子供達の事を思って、冒険者仲間達にそう提案した。
「私も、その方が良いと思います」
 同意して微笑むのはレイン。
「そうだな。僕もせっかく子供達のためにたくさんのクッキーを用意したんだ。あの子達に是非、食べて欲しいよ」
「はいっ、アルジャンさんの作るお菓子は最高ですもの」
 ちゃっかり惚気る新婚の二人に、辺りからは笑いが起きた。


 三人の催眠暗示はまだ続き、かえでなど途中でディーネのアイスコフィンによって氷の彫像にならざるをえない状況にまで陥ったのだったが、何はともあれ、もう数時間もしたならウィルには穏やかな朝が来る。
 異世界のモンスターが蠢いた夜は終わり、冒険者達の勝ち取った、勝利の朝が‥‥。

「キャハハハハッ☆」

 ‥‥‥‥‥‥たぶん、来る。