月姫友愛談議

■ショートシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 49 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月03日〜11月06日

リプレイ公開日:2009年11月11日

●オープニング

 ● 月姫の懸念は海より深く

『‥‥お別れ‥‥しなければなりません』
 セレの収穫祭で月姫はそう語り、冒険者達は息を吐き、ある者は目を瞠った。
 だが、此方は。


「セレネは何を言っている」
「ん?」
 天使レヴィシュナの言葉に、聞かれたアベル・クトシュナス(ez1204)は小首を傾げる。天使の耳には聞こえていても、人間の耳に彼らの話し声は聞こえていなかったからだ。それを察した天使は、月姫と冒険者達の会話を話して聞かせ、内容を把握したアベルは眉根を寄せる。
「‥‥それは本当ですか?」
「本当と言うと?」
「セレネを再び封印しなければならない、と」
「何故」
「何故‥‥?」
 どうも伯爵と天使の応答が噛み合わない。
「地獄との道を開かないようにするためには、セレネを再び封印しなければならないのだと、いま貴方が仰ったように聞こえましたが?」
「それを言っているのは私ではなくセレネだよ」
「‥‥どういう事ですか」
 謎掛けのような会話に、アベルは両手を上げて降伏の意を示す。意地悪しないで教えてくださいとは腹黒伯爵らしからぬ言葉である。
 ともあれ、天使は月姫の懸念を語る。
 かつて時を見定めるためにジ・アースのデビルに封じられ、カオスの魔物によって封印を解かれ滅せられようとした月姫は、確かにこの世界と地獄とを繋ぐ貴重な力の片鱗。万が一にも自分が魔物に囚われれば再び魔物による侵攻が再開されると危惧するのは、自然な感情だろう。
「だからもう一度封印をと望むセレネの気持ちも判らないではありませんが?」
 アベルが言えば、天使は一笑。
「セレネを封印する必要など有りはしない。――というよりも、あれを再び封印出来るだけの力を持つ者などそうはいないし、ましてやセレネが危険因子になる可能性など限りなく低いからさ」
「‥‥と、言いますと?」
「その力を利用すると言うなら、地獄側が完璧な形でセレネを操り、制御しなければならない。そのような事はまず無理だ。セレネが一人でふらふらと魔物の陣地をうろつきでもしない限りはな」
「なるほど」
 何処かの誰かさんを彷彿とさせる天使の言い様に思わず笑んだアベルは、ちらとセレネを見つめた。冒険者達に囲まれて淋しそうに微笑む彼女。
「‥‥それで、貴女はその事をセレネにお話にはならないのですか?」
「とっくに話したさ」
 だが月姫の胸中に募る不安は天使一人の説得でどうにか出来るものではなかったらしい。
「あれも中々に心配性というか、思い込みが強くてな」
 呆れたような物言いに滲む、楽しげな響き。
「後の事は冒険者達に任せてはどうだ。セレネも、私やアベルに説得されるより冒険者達と語らう方が納得し易いだろう」
「‥‥だと良いですが、ね」
 そうしてアベルも苦笑した。
 さて。
 どのような方法でなら月姫をこの世界に留める事が出来るだろうか――?

●今回の参加者

 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea1542 ディーネ・ノート(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb1182 フルーレ・フルフラット(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb7871 物見 昴(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ソード・エアシールド(eb3838

●リプレイ本文


 ウィルからセレへ。
 アベルによって出されたフロートシップの船内で冒険者達はそれぞれに複雑そうな表情。
「セレネにも考えあっての事だろうが、封印ってのはさすがにな」
 陸奥勇人(ea3329)の言葉には飛天龍(eb0010)が重々しく口を切る。
「セレネ自身が望んだのだとしても、友が封印されるなど納得出来るはずがないだろう‥‥」
「何処かの魔法使いさんといい、頑固なんですから、もう」
 苦笑交じりの溜息と一緒にフルーレ・フルフラット(eb1182)が呟けば、その隣に座していたアベルも肩を竦める。
「まあそれはともかく、セレネと出逢って一周年の祝いにパーティーを開くのも、邸の一室を提供するのも無論歓迎だが、それだけで良いのか? 食材や諸々の手筈は――」
「ああ」
 天龍が頷く。
 冒険者達の提案によって開かれる事になった宴は、場所さえ確保出来れば準備は各自で済ませているのだ。セゼリア夫人の繋がりで揃えた質の良い小麦や旬の食材。部屋の飾り付けに使う装飾品は、今この船内でもイシュカ・エアシールド(eb3839)やリール・アルシャス(eb4402)が作り続けていた。
「‥‥こんな事をするのは、義娘の誕生日以来ですよね‥‥」
 月道を渡りジャパンから購入して来た折り紙を細く切り、輪にして繋げていくものや、薄紙を重ねて真ん中を結び、一枚一枚丁寧に起こして模すのは花。他にも、この季節ならではの彩り鮮やかな落葉を集めてきたのはリールだ。葉や実を糸で繋ぎアクセサリ風のオブジェを作り、得意の絵でも目を楽しませようと筆を走らせる。
「私はセレの雑貨屋さんを回ってみるつもりよ」
 落ち葉や花の採集ではリールを手伝ったディーネ・ノート(ea1542)が陽気に笑む。
「リボンなんかも揃えたいもの♪」
「なら良い店を紹介しよう」
 人懐こさ満開のディーネに、アベルは笑いながらそう応じた。
「‥‥しかし‥‥」
「?」
 ふと微かな呟きを漏らした物見昴(eb7871)に気付いたリールは小首を傾げて彼女を仰ぎ見る。
「昴殿、どうかしたのか?」
「ぁ。いや」
 なんでもない、と視線を外に移す彼女を「らしくない」とリールは感じたが、それを問うよりも先に船を飛ばしていたセレの騎士達から声が掛かる。
「もう間もなく到着します」
 着陸後は船内で作っていた飾りをセレネに見つからないようアベルの邸まで運ばなければならず、荷造りは責任重大。リールはイシュカやディーネの手助けも得て飾りを荷物の中に隠す。
 何せこれは『サプライズパーティー』。
 月姫を驚かせる事に意義があるのだから。





 当然といえば当然、アベルが船を出してウィルに冒険者を迎えに行ったと聞けば月姫の耳に彼らの来訪が伝わらないはずもなく、着陸地点では笑顔のセレネが彼らを出迎えた。だが、ここで時間を費やしてはサプライズパーティーの準備が始まらない。そこで彼らは一計を案じた。
 自分達はアベルが着手したリグ関連の仕事を手伝いに来た。イシュカもクレリックとしてやれる事があるはずだからと同行したが、政治的な話は些か不得手。だから彼らの話が終わるまではイシュカと共に過ごしてはくれないだろうかと。
 そうして庭に向かう二人の背を見送った勇人達は互いに顔を見合わせ頷き合った。


 イシュカが爪弾く竪琴はとても繊細で、技術こそ乏しいけれど心の奥底の想いを汲み取るように、聴く側の胸に響く。
(「‥‥自分の事情に、他人を‥‥ましてや親しくなった人を巻き込みたくない、というのは‥‥何だか判りますけれど‥‥友だからこそ、離れたくないというのも‥‥本当の事ですし‥‥」)
 月姫の考える事が過去の自分と似通っているように感じる事が少なくないイシュカは彼女のための楽を奏でながら、親友の言葉を思い出す。
 根競べ。
(「‥‥そういえば、そうでしたよね‥‥今度は私が。力の及ぶ限り‥‥」)
 決意と共に最後の弦を弾き、余韻に浸ること十数秒。
『――今日の貴方の楽の音はとても切ない‥‥』
「‥‥ええ」
『何か哀しい事でも‥‥?』
「ええ‥‥」
 同じ返答を繰り返し、イシュカは月姫の目を見る。
「‥‥大切な友人が、お別れだと」
 見つめる瞳が見開かれる。
「私達は‥‥セレネ様にはずっと此処に居て頂きたいと思っているのですが‥‥セレネ様が、どうして、今になってそう思われるようになったのかが判らず‥‥困っています」
『イシュカ‥‥』
「‥‥何故でしょう‥‥」
 彼は問う。
 静かに。
「同じ‥‥月の姫様の事が切欠、なのでしょうか‥‥?」
 姿は違えど同じアルテイラの娘マリン・マリンが地獄に囚われた一件は記憶に新しく、彼女の救出にはセレネも一役買ったとアベルから聞いたイシュカの言葉を、セレネは哀しげな面差しで受け止めた。
『‥‥永久に共には在れません‥‥』
「セレネ様‥‥」
 イシュカは彼女の言葉から、月姫が真に恐れる何かの片鱗を得た気がした。


 二人がそんな時間を過ごしている間にも、会場の飾り付けは着々と進んでいた。
「リボン買ってきたわよー」
 セレの雑貨屋で購入してきた色とりどりのリボンを持ってディーネが戻れば、それらをリールが選別。移動の船内でも作り続けてきた飾りと一緒に、昴に頼んで天井の高い位置から中央のシャンデリア、そして対角線上へと結んでもらう。これには天龍の言い付けを守って飾りつけの手伝いをしていた鈴花も自らの翅で飛翔するなど貴重な戦力になっていたのだが、ふとした拍子に飾りを放って入り口に降りた。
「鈴花?」
 昴が怪訝に思って呼びかけた後で、廊下から複数の足音。
「天龍殿の料理の腕は聞いていたが、まさかこれ程とはな」
「必要に迫られたと言うべきか、な」
 アベルと天龍、男達の会話が聞こえて来て、鈴花は主の帰りを純粋に喜んだらしいと察せられた。
「フルーレ、俺はこの席でおまえの手料理を馳走になれるんじゃないかと期待していたんだが」
「っ、そ、それは次回頑張るッス‥‥じゃなくっ、ですよ!」
 更には賑やかな遣り取りで、他の面々にも彼らの到着が知れ渡る。
「お、天龍の料理も完成か?」
 同じく彼らの帰りに気付いた勇人が扉を開けて迎え入れれば鈴花が即飛びつこうとするから、そんな妖精を慌ててディーネが捕まえる。
「だめよ、せっかくの料理が落ちちゃうわ」
 此方は彼らの声というよりも、芳しい料理の匂いに気付いて、だろうか? その動きは実に機敏だった。
「これはもしかしてセレネ殿だろうか」
「ああ。見えるか」
「見えるとも! 天龍殿は本当に手先が器用で、お上手だ!」
 こちらの世界ではあまり見かけないものの材料を揃えることで天界のそれらしく仕上げられたセレネを象った人形の素材は、まさしくパン。リールが感嘆の声を上げる隣で、ディーネの口元は緩みっぱなし。
 そんな女性陣の姿に苦笑した勇人は、衣服が汚れないように使っていた前掛けを取り、部屋を出て行こうとする。
「じゃあ、そろそろ主役を呼んで来るか」
「勇人」
 そんな友の背に声を掛けた天龍は、一時思案する表情を見せた後で切り出す。
「セレネの気持ちは想像するしかないが‥‥」
 食材で彼女の姿を模しながらその胸中を慮ってみれば、世界の始まりから在るという精霊の彼女と、限られた時を生きる自分達では、根本的に違うのだと思い知った。もしも彼女がいずれ確実に訪れる自分達との別れを――地獄云々は関係無く、自分達の死というものを恐れてこれ以上の絆を深める前に自ら離れようとしているのなら、その説得は、容易ではないかもしれない。自己犠牲とは話しが違ってくるからだ。
「そう、か‥‥」
 リールは愕然とした表情で呟く。
 セレネ自身が地獄とこの世界を繋ぐ力を持っているから封印されるべきだと語ったから、その言葉を鵜呑みにしたけれど、本心がそうであると確認したわけではなかった。
 もしも天龍が想像したそれが答えであるならば、魔物から守る、世界を守ると説いたところで彼女の気持ちを変える事は出来ない。むしろそんな自分達がいるからこそ安心して眠れると言わせてしまったかもしれない。戦うことは、それこそが死を近付かせる事だから。
 必要なのは、生。
 彼女を此処に留まらせるために必要な言葉、それは。
「‥‥だろうな」
 勇人は頷き、手を上げる。
「迎えに行って来る」
 力強い笑みと共に告げられた言葉に、今度こそ勇人を止める者はいない。
 ‥‥代わりに、自分の腹部にそっと触れたのはフルーレだ。
 確かに、人間と精霊では生きる時間が違う。
 だが人間には、精霊とは違う形で命を繋ぐ事が出来るはず。そう考えてそっと盗み見るようにアベルの姿を見遣れば、タイミングが良いのか悪いのか完璧なまでに重なった二人の視線は互いの思考すらも読み取らせたらしい。
「へぇ?」
「なっ、何ですかっ」
「いや、おまえさんがその気なら俺はいつでも歓迎だがな。何なら今夜にでも――」
 耳朶に囁かれた睦言、‥‥はアブナイので以下略。





 勇人に手を引かれたセレネが内側から扉の開けられた部屋に進み入ると同時、その鼻腔を擽った清涼感溢れる匂いに思わず感嘆と吐息が零れた。
「気に入ったかい?」
 声を掛けた昴の手元には香炉。そこで茶葉を焚き染めているのだ。
「私なりにセレネをイメージした香りを選んだつもりだが」
『私を‥‥?』
 嬉しいのと、周りの様子を今一つ把握出来ていないセレネは落ち着かない様子で室内を見渡していた。彼女は、皆はアベルと仕事の話をしていると聞いていた。
 だが、この部屋の内装。
 並ぶ料理の数々。
 これではまるで、宴だ。
 そんな月姫の動揺を察したように声を掛けたのはディーネ。
「セレネさん。誕生日、おっ、めでとぉ♪」
『誕生日‥‥?』
「セレネと出逢って一年。ちょっとした記念パーティーをやる事にしたのさ」
 言葉の代わりに、何度も、何度も目を瞬かせた。だから彼らは微笑う。
「こーゆーのはその場のノリと勢いで構成されてるものだから、楽しんだ者勝ちよ♪」
「さぁ」
 セレネの手指を勇人から預かり、部屋の中央までエスコートするのはリール。その間に勇人と昴は笛の準備をし、フルーレは発声練習。
「祝い言葉の後には祝いの歌だ」
「月姫さんに聞かせるには拙いものですけども‥‥」
「楽しんでもらえれば幸いだぜ」
 昴、フルーレ、勇人と語り掛けられる言葉に、セレネはどう反応する事も出来なかった。だが、祝いの歌が勇人と昴、ジャパン出身者二人の二重奏に変じ、独特の侘びと寂を奏で、時に祭囃子で調子を上げれば、かの国を思わせる装いの月姫は過去を思い起こすように目を眇めた。
 イシュカの竪琴が加わって和洋混合の三重奏。再びフルーレの歌声が加われば、詞は月姫に語りかける。皆の言葉を月姫の好きな楽に乗せて、そうする事で少しでもセレネの心深くに届くように。
 いつか別れは来るだろう。
 だが、それでも今こうして自分達が友である事を幸せに感じてくれているのならば共に生きる事を諦めないで欲しい。
 君に付き纏う敵がいるならば自分達が倒す。
 淋しさ、孤独が敵だと言うならば自分達が共に在る。
 例えそれが永い時を生きる精霊からすれば僅かな時間であったとしても――。
「‥‥それぞれの世界に住む者達の事を考えて下さったセレネ殿の思いはとても嬉しい。尊いと思う。だが‥‥セレネ殿が封印を望まれても、我々はその願いだけは決して聞き入れるつもりは無い」
『リール‥‥』
「‥‥友が離れていくのを承知なんて出来ませんから‥‥いつまでも追いかけますよ‥‥時が経ち、私達がいなくなっても‥‥私達の子や、孫や、彼らと絆を結んだ人達が‥‥きっと」
 断言する彼女の名を細い声で呼ぶセレネに、言葉を重ねたのはイシュカ。
 そして、天龍。
「セレネがどんな力を持っていて、それがどんな危険を孕んでいようともおまえが封印される理由にはならない。俺が力になれなくなる時が来ても、その時にはユアンもおまえを支えているだろう」
『‥‥ユアン‥‥貴方達の子や、孫や、‥‥彼らと絆を結んだ人々が‥‥』
 友の言葉を復唱する内に、楽の音は独奏に変わっていた。
 奏者は昴、笛は名器『桜の散り刻』。
 散り行く桜の幻が、まるで命短し人々の去り行く姿に見えて、涙が零れる。
「セレネ」
 そんな彼女の手を取る勇人は、指先で涙を拭い、その瞳を真っ直ぐに見つめる。
「いろいろ考えての事だとは思うがな。永き封印の末、精霊界へ還るために倒されることさえ望んだ精霊達の嘆きを俺は知ってる」
『‥‥っ‥‥勇人‥‥』
「俺はセレネにそんな思いをさせたくはない。――だから此処に居てくれ、セレネ」
「セレネ殿‥‥」
 ぼろぼろと涙を零す月姫に苦笑するアベルは「それにな」とフルーレを一瞥。
「この国の名を持つ月姫に、うちの奥方が頼み事をしたいそうだ」
『頼み‥‥?』
 奥方と言われたフルーレは動揺を隠すために咳払いを一つ。目元をうっすらと朱に染めながらも凛とした声で願う。
「月道があってこそ、世界を超えて結ばれて、この地に生まれてくる子供の名付け親になって欲しいのです」
『名付け親‥‥?』
「貴女が名付けた子の未来‥‥その子、そしてまたその子供の未来も、ずっと、見守っていて欲しいのです。貴女の友が紡ぐ命を、ずっと‥‥」
『フルーレ‥‥』
「うちの子だけじゃなく、ディーネや昴らの子もな」
「っ」
「ぶっ」
 突如アベルから話を振られて吹いたのは言われた本人達。幸いにも笛は終わっていたが正にこれから食を楽しもうとしていたディーネは咽てそれどころではない。
「げほっ」
「だ、大丈夫かディーネ殿」
 リールに背をさせられて懸命に落ち着きを取り戻そうとするディーネや、一方で此方も動揺している昴。
「いや、この先に可能性が無い訳ではない、が‥‥っ」
 相手の承諾も無しにこんな話を自分にさせないで欲しいと切に願うも、仲間の言い分が一理あるのも確かで。
「‥‥精霊に縁の深い土地で生まれた子が精霊から名を授かれば、子への加護も深まるのでは無いか、とは、思う‥‥が」
 つまりはセレという国にとって、国の名を持つ月姫の存在は、もはやなくてはならない存在。たった一つの尊い命なのだ。
「と、とにかくっ、だから、ね!」
 真っ赤になったディーネが其処から話を逸らさせようとでもいうのか、元気な声を発する。
「これからもセレネさんと一緒にあそ‥‥もとい、何かしたい人は挙手!」
 ビシッと全員の手が上がり、笑みが零れ。
「うん、これだけ一緒に居たい人がいるんだから、もう眠るとか言わないわよね? セ・レ・ネ・さん♪」
 ぽんぽんと頭を撫でられたセレネは、くすぐったそうに、それでいて泣きそうな顔で、微笑う。
『‥‥貴方達の子、その子供達‥‥未来を見守る事が、私の役目‥‥』
 ならば見守る未来が幸せな未来である事を約束して欲しい、と。
 月姫からの頼み事に、冒険者達は真っ直ぐな瞳を決して逸らす事無く、大きく頷き返した――。