生まれ変わる国 〜戴冠式〜

■イベントシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:17人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月04日〜11月04日

リプレイ公開日:2009年11月13日

●オープニング

 ● 隣国からの知らせ

 リグの国に新しい王が立つ。
 その知らせは首都リグリーンに暮らす民から行商人に伝わり、行商人によって地方に暮らす人々へ伝わり。
 隣国ウィル――王都へは勿論のこと、カオス八王・死淵の王の一件で特別な縁が生じたセレの分国には特使が派遣されて次期国王フェリオール・ホルクハンデの戴冠式の日時が知らされると共に、式への招待状が届けられていた。
 その特使こと黒鉄の三連隊が一人ダラエ・バクドゥーエルは、セレ分国のコハク王をはじめ国の重役達が顔を揃えた謁見の間で分国王達の列席を望む旨を伝え、セレ側もフェリオールの即位を心から歓迎すると共に招待を受けると応じた。
「――時にバクドゥーエル殿。そなたの主は国の正騎士を得られたのか」
 先の正騎士を含め、事情を知るコハク王の問い掛けにドワーフの騎士は思わず笑みを零し、しかし慌てて口元を引き締めた。
 咳払い一つで場を誤魔化し。
「正騎士であれば、恐らく私が国へ帰る頃には正式に決まると存じます」
「ほお‥‥」
 謁見の間の四方から上がる声はセレの正騎士や、筆頭魔術師ジョシュア・ドースター、またセレの国には珍しい人間貴族アベル・クトシュナスのものも含まれる。
「それはリグの民にとっても心強いな」
 美しきエルフの王は温かな言葉と共に北側を見遣る。
 その遥か向こうに広がる大地はリグの国。これから冬を迎えれば、ウィルとは異なり雪に覆われる土地も少なくないと聞く。そんな厳しい季節を迎える国に新たな王が誕生する事。その傍らに正騎士が立つ事。
 そして平和のある事を喜ばない者はないだろう。
「バクドゥーエル殿。国に戻られたら新しい王に伝えて欲しい」
 国境を接する二つの国。種族は違えど命に差は無く、ならば手を携えて民の暮らしを守り行こうと。
「我等エルフの民は人間の世と関わる事を避けて来たが、我等の国を救ってくれたのは人間だ。ならば我等も人間の世を守る力になろう」
「コハク王‥‥」
「リグの国の新王に会える日を楽しみにしている」
 エルフの王の言葉を受け、ダラエは深く頭を垂れた。心からの感謝と、敬意を表して――。



 ● 新たなる王と、正騎士と

 ダラエが特使としてセレ分国に赴いていたその頃、リグの王都リグリーンでは周囲の者達が固唾を呑んで見守る展開に突入していた。それまでの地位を返上して国の復興活動に従事していたモニカ・クレーシェルを、城の外、土を均した広場に呼び出したのはフェリオール・ホルクハンデだった。広場の周囲には騎士団長のガラ・ティスホムを始め、リグの騎士達がずらりと並び其処に現れた二人を見守る。
 二人が向き合う間に突き立てられた剣。
 それは竜騎士にして正騎士、銀の騎士と謳われたモニカの象徴だ。
「‥‥これは、何の真似ですか」
「何の真似?」
 フェリオールは薄く笑うと己の剣を抜き、真っ直ぐに構えた剣先でモニカを捕らえた。
「いつまでも首を縦に振らないおまえに最後の機会をくれてやる。――剣を抜け」
 低い声音に、モニカは大地に刺さる剣を見つめた。幾度もの死地で自分を守ってきた武器であり、盾でもあった剣。
「‥‥いまさら剣を握ったところで私に何が出来ると‥‥?」
「だから最後の機会をくれてやると言っているんだ」
 言い放つフェリオールの剣先は決してぶれない。真っ直ぐにモニカを捕らえたまま。
「今ここで俺と最後の勝負をしてもらう」
「――」
「おまえが俺に勝ったなら、おまえは自由だ。国を捨てるも俺を捨てるも好きにしろ。だが俺が勝てば、おまえは俺の騎士だ」
 正騎士に復位しリグの騎士団を率いろ、と。
 静かな瞳が命じていた。
「‥‥私は狂王の臣だった身」
「それがどうした。この場にいる全員がそうだったろう」
「多くの民を殺めました」
「その罪は皆で背負うと決めたはず」
「‥‥ですが」
「だから俺と最後の勝負をしろと言っているんだ」
 更に言い募ろうとするモニカを遮り、フェリオールは告げた。
「勝つか負けるか、それでおまえの未来を決めろ」
「‥‥私に選択肢は無いのですか」
「出来る事を自ら放棄しようとする者に選ばせる未来などない」
 はっきりと断言するフェリオールの瞳を、今度こそ真っ直ぐに見返したモニカは剣を握る。
「これで最後なのですね」
「最後だ」
 抜かれる剣が陽精霊の光りを反射し、――打ち合った。


 フェリオールの剣が左から右へ流れる軌跡を描けば、モニカは体を回転させて距離を取った。
 身を屈め、地を蹴る。
 下方から襲う剣先を、しかしフェリオールは剣で止めた。
 気を抜けば勝負は一瞬で決まる。
 だからこそ二人ともが真剣で。
 辺りは静まり返り。
 金属と金属の擦れ合う音響だけが耳障りなほどで。
「はあああ!!」 
 打ち返し、生じた僅かな隙に刃を滑らせて狙うは腕。
「っ」
 モニカは腕力で刃の向きを変えてフェリオールの手首に負荷を。
「くっ」
 ならばと男は柄を放し宙に剣を躍らせた!
「!?」
 刃が輝き。
 逆の手で宙の剣を確実に手に取り戻したフェリオールは躊躇なく剣を振り下ろす。
 モニカの首筋に当たる冷たい感触は、いつしか生温く。
 赤い血を、流させた。
「‥‥‥‥勝負あったな」
「‥‥っ」
 モニカは出かけた言葉を喉の奥に圧し止めた。
 これは、最後の勝負。フェリオールが――もう間もなく国王になろうという男が、モニカの未来を定めたもの。ならば、この結果にモニカが異を唱えられるはずもなく。
「おまえは俺の騎士だ」
 その宣言に、周囲で呼吸すら忘れて二人の勝負に魅入っていた騎士達からざわめきが起こる。
「おまえがこの国の正騎士だ、モニカ・クレーシェル」
「――おおおおおお‥‥‥‥!!」
 ざわめきはどよめきへ。
 どよめきは、歓声へ。
「フェリオール様!!」
「新王万歳!!」
「モニカ様!!」
「モニカ様!!」
 王を讃える声と等しくモニカの正騎士復位を歓ぶ声が周囲に満ち、その勢いと、想いが、モニカの胸を熱くした。
「‥‥皆の声が聞こえるな」
 フェリオールの言葉に、モニカはこくりと頷く。
 無言で。
 だから、彼は。
「どうせ死ぬのなら俺のために戦って死ね。‥‥俺と共に国を背負え」
「‥‥フェリオール‥‥」
 国王フェリオール・ホルクハンデ。
 正騎士モニカ・クレーシェル。
 リグの新しい国政は、此処から始まる。


 ● 他国からの来賓に

 数日後。
 リグの戴冠式に招かれたセレの重役達の中には、死淵の王戦で現地に赴いていたアベルもその名を連ねていた。
 同時に、王都ウィルでは冒険者ギルドにもリグと縁のある冒険者達の列席を望む手紙が届けられていた。
「と、言う事はだ」
 アベルはしばし思案した後で己の首筋に触れる。其処に恋人から独占の印を付けられたのは数日前。さすがにもう消え掛けているけれど、自分も地位ある身分であればこそ式にはパートナーを伴いたいとも思うわけで。
「せっかくだ‥‥セレからフロートシップを出すとしよう」
 それで移動する事になればウィルの彼らも移動手段で悩む必要はなくなる。
 そうと決まれば即実行。
 セレの人間貴族は実にイイ笑顔でその手配に動き出すのだった――。

●今回の参加者

ティアイエル・エルトファーム(ea0324)/ セシリア・カータ(ea1643)/ 長渡 泰斗(ea1984)/ オルステッド・ブライオン(ea2449)/ 陸奥 勇人(ea3329)/ オラース・カノーヴァ(ea3486)/ シルバー・ストーム(ea3651)/ アリシア・ルクレチア(ea5513)/ 飛 天龍(eb0010)/ フルーレ・フルフラット(eb1182)/ ソード・エアシールド(eb3838)/ イシュカ・エアシールド(eb3839)/ 信者 福袋(eb4064)/ リール・アルシャス(eb4402)/ リィム・タイランツ(eb4856)/ 物見 昴(eb7871)/ 雀尾 煉淡(ec0844

●リプレイ本文


 ウィルの各地。無論セレからも、何隻ものフロートシップが各国の旗を船首に靡かせて向かうは北方、リグの国。
 今日、この日。
 カオス八王【死淵の王】に沈められようとしていた国は新しい王を戴く。フェリオール・ホルクハンデという名の若き王、かつて黒騎士と呼ばれた、その人を。
 国はいま歓喜に沸いていた。
 狂王の下で恐怖に震えていた日々は終わり、新しい王が立つことで国は必ずや生まれ変わるだろう。それはつまり、此処からが正念場であるという意味にも取れるが、新王には力強い味方が大勢いる。共に窮地を生き抜いた仲間は勿論のこと、この国とは直接関係ないはずの冒険者達までが命を賭して戦ってくれたのだ。
 彼らを思い、信頼し、‥‥また、信じてくれているのだという事が判ればこそフェリオールは王になる。
 全ては光り多き未来のため。
 そして、リグに向かう多数のフロートシップの内、冒険者を乗せた船内は光りの象徴とも取れる笑顔で溢れていた。
 式典に参加するため皆が着飾り、または各々の正装で立ち並ぶ姿は威風堂々、豪華絢爛。特に女性陣の麗しい姿は人々(主に男性陣)の目を楽しませる。
「いやはや、良いのう。うむ、実に良いぞ」
「‥‥ドースターさん」
 にまにまと言うセレの筆頭魔術師ジョシュア・ドースターの背後にスッと現れ、低い声を放つオルステッド・ブライオン(ea2449)の表情だけは、場にそぐわないほどに昏かった。
「いま貴方の視線はどちらを向いていただろうか‥‥」
「おお夫殿、久しいのぅ。まったく美人の奥方がいるそなたは幸せ者だの!」
「ごほっ」
 ふぉっふぉっふぉっと豪快に笑われ、勢いよく背中を叩かれたオルステッドは咽て、沈黙。胸中でいろいろ思うところはあったものの、これから祝いの席に出るのだからと自身を納得させる。そんな彼の様子を気配で察したのか、苦笑交じりに肩を竦める妻アリシア・ルクレチア(ea5513)は慣れない格好ゆえにティアイエル・エルトファーム(ea0324)やフルーレ・フルフラット(eb1182)からドレスを着た際の作法などを学んでいた。いや、この場合はフルーレも学ぶ側だっただろうか。
 若草色のドレスを身に纏ったティアイエルは先生然とした様子で説く。
「女性は必ず男性の左側。手に手を添える感じで‥‥この時、手を握っちゃダメ。本当に置くだけ、ね。そして男性より半歩後ろを歩くの」
「半歩後ろ‥‥」
 男性役を任されたリール・アルシャス(eb4402)の手に手を乗せて、半歩引くフルーレにリールは失笑。友人の動きがひどく固かったからだ。
「フルーレ殿、緊張されているのかな?」
「それは‥‥ええ、少し‥‥ですけれど‥‥っ」
 戦乙女が着ていると言われる戦衣に似せた純白のワンピースは騎士でありながら一人の男の伴侶となる彼女にとてもよく似合って見えた。
 今回の戴冠式、フルーレはセレの伯爵アベル・クトシュナスの妻として列席する事になった。それは公に二人の仲が認められる事を意味する。
「お幸せそうで何よりだな」
 心から友の幸福を嬉しく思うリールに、フルーレはほんの僅かだが複雑な色を滲ませつつも笑い返した。
「ありがとうございます」
「必ずお幸せに」
 揃いのツーピースドレスに身を包んだアリシアが笑いかける。
「夫婦円満の秘訣は夫を立て、夫を信じ、けれど何より重要なのは妻には敵わないと思い知って頂くことですわ」
「肝に銘じます!」
 にこにこ言い切るアリシアに、はっきりと応じたフルーレ。彼女達の後方で、オルステッドを始め数人の男性陣の背に悪寒が走ったとか走らなかったとか。





 リグの国に到着した冒険者達は各国の要人とは別の部屋に通されて式の開始を待つ。中には自分の目でリグの現在を確認すべく各自で外を出歩く者もいたが、大半のメンバーは室内に集まっていた。
 そんな中で。
「しっかし‥‥」
 陰陽師の礼装姿、石動良哉が物見昴(eb7871)と長渡泰斗(ea1984)を交互に見比べて不思議顔。
 彼らは直垂に烏帽子、勲章類を胸元に、多少の色違いはあれど揃いの格好だ。
「なんで昴が男物の格好なんだ? もしかして泰斗とおそろぉぉおおっ!?」
 突然の激痛に良哉叫ぶ。
 驚いて周りにいた仲間が振り返れば、昴の足が良哉の爪先の上にあった。
「‥‥ヒールじゃなくて良かったわね」
「そういう問題かっ!?」
 こちらもやはり陰陽師の礼装をした妹・香代の冷静な前向き発言に良哉が牙を剥き、傍にいた陸奥勇人(ea3329)は苦笑う。
「まぁ足元がどうだって話じゃないのは確かだろうが、物見は何だって男物の礼装なんだ?」
「忍のおまえに女物のドレスというのも‥‥確かに想像し難いとは思うが」
「でも姉ちゃんカッコイイから、モニカ姉ちゃんみたいなドレスとか、似合うと思うな」
 飛天龍(eb0010)が話しに参加したなら、傍に佇んでいたユアンが無邪気にそんな事を言う。天龍の知り合いの仕立て屋経由で用意してもらった礼服に着替えて少し大人になった気分だが、今度は師匠のような華国の装いをしてみたいとは、式典が終わった後の幼子の言葉である。
 ともあれ、幼子の言を冷たくあしらうわけにもいかない昴は深呼吸を一つ。
「男物の装束なのは万が一の事態に備えての事であって、動き易さを追求した結果だ」
「ああ、確かにどこぞの無粋な輩がちょっかいを出して来ないとも限らんしな」
 そういう勇人も礼服の下にはしっかりと武器を所持しているのだ。更には同伴した風精の凪沙と陽霊の悠陽にはカオスの魔物の気配を感じたならすぐに教えるよう指示を出してある。最も、今の時点で悠陽の役目は落ち着かない凪沙の面倒を見る事のようだが。
「じゃあ、今度何かある時はきっとドレスでね!」
「っ‥‥」
 期待に満ちた無垢な瞳に見上げられた昴は言葉を詰まらせ、隣の泰斗は横を向いて笑いを噛み殺す。
 更には。
「リール姉ちゃんもリィム姉ちゃんも、次は、ね!」
「え‥‥」
 騎士として正しい礼装姿のリールとリィム・タイランツ(eb4856)、二人にもにっこりと笑い掛けるユアンを見て、一歩離れていたリラ・レデューファンとカイン・オールラントは声を潜めて言い合う。
「末恐ろしいな‥‥」
「さすがはあの天然タラシ、エイジャの子だな‥‥」
 もちろん、その言葉には愛情と親しみが充分に込められていたけれど。
 そんな会話には参加せずとも、静かな眼差しを向けていたシルバー・ストーム(ea3651)が眉を寄せる。
「どなたかいらしたようですね」
「フェリオールか?」
「いえ‥‥」
 聞いてきた勇人に短く答えたのと同時、開いた扉の向こうから姿を現したのはリグの国のホルクハンデ領、クロムサルタ領、その土地を治める領主達だった。
「おお‥‥!」
 冒険者達の顔を見て、最初に歓喜の声を上げたのはクロムサルタの領主エガルド・J・クロムサルタ。
「暫く振りだ、再びこうして会う事が出来てとても光栄だよ‥‥っ」
「お元気そうで何よりです」
「私達もこうしてまたお会い出来て大変嬉しく思います」
 勇人やリール、リィム。
「御国の新たな王の誕生を心からお祝い申し上げます」
 泰斗、昴。
 口々に懐かしい顔ぶれとの再会を喜び合う中でも、どこか不機嫌そうなホルクハンデの領主セディ・R・ホルクハンデの様子に気付いたのは昴だ。
「どうだろうとは思っていたけれど、やはり心中複雑そうだな」
「ふんっ」
 図星を言い当てられて鼻を鳴らすセディ卿に冒険者達は苦笑する。彼としては、リグが昔の分国制に戻り、息子にはホルクハンデの分国王となってもらう事が最大の願いだったのだ。それが分国王を飛び越して国王になろうと言うのだから面白くないに違いない。
「だが、地獄の戦いでの新王の姿を思い出す」
 魔物と化したグシタ王を自らの手で討ち果たしたフェリオールの姿を脳裏に蘇らせながら、リールはそっと語りかけた。
「リグの国王として、誰よりも相応しい方だと思う」
「ふんっ‥‥当然だ、あれはわしの息子なのだからなっ」
 冷たくあしらうような語調は、しかし頬の赤味の前に容易く崩れる。結局、息子の即位を一番に喜んでいるのは父親たる彼なのだろう。
「おめでとうございます」
 改めて告げられる祝辞に、彼は無言だったけれど。
「‥‥っ」
 赤味を増す頬の色が全ての答えだ。
 冒険者達は笑い、その笑い声は幸せの渦となって部屋中を包み込んだ。


 あの日の戦いから、改めて訪れるリグの国。
 救えなかった命は余りに多く、生じた傷痕が完全に癒えるまではまだしばらくの時間が必要になるだろう。
 だが、こうして生まれ変わろうとしている大地に立ち、歓ぶ人々の顔を見ていると、亡くなった人々の死を悼むと同時に前に進まなければならないのだという気持ちになる。
 リグの王城、長い廊下から一望出来る城下町の光景に、フルーレは目を眇めた。
(「‥‥だから、私も‥‥」)
 胸に握った手を置き、深呼吸を一つ。
「フルーレ」
「はいっ」
 と、直後に名を呼ばれて一瞬だが狼狽した。元気に答えたつもりが、声が掠れる。
 そんな彼女の反応にアベルは微笑った。
「緊張のし過ぎか?」
「ぁ、いえ‥‥、少し、考え事を‥‥」
「ん?」
 聞き返してくるアベルの笑みは、優しい。普段の意地悪なものとは違い、気遣うような気配さえ漂わせるのは、セレではコハク王と面会し、他の諸侯への挨拶。リグに入ってからもあの人この人と、慣れない社交辞令の連続で精神的に疲労しているだろうフルーレを慮っての事だろう。
「‥‥いつも、そのくらい優しいといいんですけれど‥‥」
 ぽつり零した呟きに、ふと彼の笑顔が変わる。
「心外だな、俺はいつでも優しくしているつもりだが」
「‥‥っ」
 どこがですかと言い返したいのに、気付けば前方から人が来る。タイミングが良いのか悪いのか、‥‥ただ「彼女が妻のフルーレだ」とアベルに紹介される度に心をくすぐる何かに胸が温かくなる事だけは誤魔化しようがなかった。


 その頃、式典に賑わう城下から少し離れ、どこからともなく撒かれた花びらが舞う民家が連なる路地の一角。ソード・エアシールド(eb3838)とイシュカ・エアシールド(eb3839)はそれぞれに式典に参加するに相応しい正装姿――ソードは兜や鎧こそ簡易的にしているものの十字のエンブレムが入ったサーコートを羽織り、腰には帯剣。イシュカは清楚でシンプルなデザインの修道服に十字架のネックレスを首に掛けるという、アトランティスでは珍しい装いだが、おかげで異国の冒険者である事は町の人々もすぐに察せられた。
 あの地獄のような日々が終わりを告げたのも冒険者の尽力あってこそ知る人々は彼らを歓迎する。
 月の精霊であるスノウを連れての、巡回のような散歩途中。
「この辺りは随分と活気が戻って、皆の表情も明るいな」
 ソードが声を掛けると、町の人々は口々に近頃の楽しい出来事を話す。この間など新王が黒鉄の三連隊と名高いドワーフの騎士団長と共に馬で町を巡回して民の声を拾い、必要なものを揃えてくれただとか。
 壊れていた橋をゴーレム総出で修繕してくれただとか。
 中には新王は若く美しく、見ているだけで私も若返る気がするよ、なんて笑いを誘う話題まで飛び出すほど、城下の人々は陽気だった。
「‥‥この辺りの人々は‥‥もう、大丈夫ですね‥‥」
「ああ。そのようだ」
 王の目が行き届いている。
 騎士団の者達も治安維持と民の暮らしを守るために体制を建て直し、稼動している。
 ――では、外では。
「ぁ‥‥」
 不意に鳴り響く笛の音は、式典の開始を告げるものだろうか。
「そろそろ戻ろう」
「はい‥‥」
 二人は肩を並べ、ゆっくりとした足取りで城への帰路を歩き始める。





「この度の即位を改めてお喜び申し上げる。臣民と共にリグを良き未来へ導かれん事を、地獄での見届け人の一人として期待します」
 寿ぐ勇人に、言われたフェリオールは失笑。
「何やら妙な気分だな‥‥いつも通り接してもらった方が助かるんだが」
 恐らく本心なのだろう言葉には勇人も笑った。
「まぁ、堅苦しいとは思ったが、場が場だからな」
 天龍や泰斗らと共に笑いを交えて返せば、あの日までとは違う柔らかな空気が辺りを包み込む。
「この度は国王就任おめでとうございます」
 フェリオールの即位を祝う言葉は後を絶たず、雀尾煉淡(ec0844)もその一人。
「皆様と、皆様の国がこれから先、より良き国となる事を一僧侶としてお祈り申し上げます」
「そなたも死淵の王との戦いに助力してくれたな」
「はい」
 記憶に鮮明な姿に、フェリオールは笑みを零す。
「感謝する」
 それは今日という日に列席してくれた事は勿論、あの日の力になってくれたことへの感謝の言葉でもあった。
「この国は生まれ変われるか」
「無論」
 天龍の問い掛けにフェリオールは即答した。
「そうでなければ俺が王になる意味は無い。――そんな時間もなかったとは思うが、町の様子は‥‥?」
「ああ。此処に来る前に上空から眺めた程度だが‥‥人々の表情は明るかったように思う」
 此処で礼装に着替えるより前に、一通りの様子だけでもと自らの翅で城下町を巡ってきた彼の言葉に、フェリオールは小さく頷いた。
「だが、リグリーンの外はまだまだだ。やるべき事が多過ぎて優先順位さえつけられずにいるのが実状だ」
「‥‥そんな国の内情を俺達に喋っていいのか?」
 泰斗が苦い笑みを添えて言ってやれば、今更だと肩を竦めるフェリオール。
「多くの民を犠牲にした。騎士もだ。‥‥この広いリグの国に生きる全ての民が平穏を取り戻すには、何もかもが不足している」
「だから分国制に戻せとあれほど口を酸っぱくしてだな‥‥」
「その話はもう良いだろう」
 横から口を挟むセディ卿をエガルド卿が制し、傍に控えていたガラ・ティスホム騎士団長らは声を殺して笑う。
「分国制に戻したところで国土の広さは変わらんだろうに」
「王が一人と、三人いるのとでは全く違うわい!」
「この上更に分国制に戻して王が三人になるなんて言い出したところで民の混乱を煽るだけだ。それくらいのことは子供にだって判ると思うが」
「なにをっ!? フェリオール、おまえは親をバカにするのかっ」
「はいはいはいはい、ストップだよ!」
 終わりが見えなくなりそうな親子の論争に割って入ったのはリィム。
「せっかくのおめでたい席なんですから、ね!」
「むっ‥‥」
 若い娘に諭されて更に渋い顔をするセディ卿と、苦笑を零すフェリオール。
「ああ、すまない。父上が相手だとつい、な」
「言い合えるのは互いに信頼している証だろう」
 昴がいい、泰斗が頷く。
「本音をぶつけ合う事も必要だ」
「同感」
 笑んで、勇人。
「それに、困った時には遠慮無く声を掛けてくれ。この国の事ももう他人事じゃねぇしな」
「ああ」
 リールが頷き、リィムも。
「ボクは訓練のお相手ならゴーレムでも生身でもOKですから、いつでも呼んでください。皆と一緒に必ず駆けつけます」
 冒険者達の言葉にリグの彼らを目を瞠り、しかしそれも僅かの間のこと。
 彼らはすぐに表情を崩し、友の言葉を受け止める。
「ありがとう」
 フェリオールが頭を下げれば、ウィルから訪れた面々は驚き、リグの面々は新王に倣って頭を下げた。
「お、おい。これから国を背負おうっていう男が容易く頭を下げるな」
 どうしたものか戸惑い、思わず良哉の口をついて出た言葉に、フェリオールの応えは簡単だ。
「国のためなら頭くらい幾らでも下げるさ」
 その、躊躇の欠片もない反応がリグの未来を信じさせる。
 彼なら大丈夫。
 ――彼らなら、きっと。


 城内に響く笛の音は、式典の開始を知らせる合図。
「おっと‥‥そろそろ行かねばならないか」
 フェリオールが踵を返しかけた、その前方からじょじょに近付いてくるのはシンプルで真っ白な戦衣に銀色の長い髪をなびかせた騎士、モニカ・クレーシェル。
「陛下、お時間です」
「ああ」
「‥‥皆様も、どうぞ会場へ」
 皆にも移動を促したモニカは廊下の端に佇み、王が通り過ぎるのを静かに待った。そんな彼女の、動かない表情に一抹の不安を感じたリールは思わず声を掛けてしまう。
「モニカ殿」と、呼びかければ静かな視線がリールに応える。
 何か、と。
 声にはならない問い掛けが、瞳から伝わって来る。
 だからリールは告げた。
「‥‥モニカ殿。必要とされる事は、とても素晴らしい事だ。この国が貴女を必要としている」
 明確な反応は皆無。
 だが、逸らされない視線が語る想いは、恐らく。
「‥‥一騎打ちに負けたからと聞いたが、本当は再びこの国のために剣を振る事が出来るようになって嬉しいのではないか?」
 天龍の言葉にも、彼女はほぼ無反応だった。しかしリールは思う。気のせいだったかもしれないけれど、モニカの目元が微かに和らいで見えたのはきっと錯覚じゃない、と。


 戴冠式が始まる。
 笛が吹き鳴らされ、リグの騎士達が行進し、リグの王城から続く赤く絨毯の左右に立ち並んだ。騎士達に囲まれた絨毯の上を、フェリオールは行く。
 町の人々の目にも触れるよう考えられた即位の道を、真っ直ぐに前だけを見つめて進む。
「新王万歳!」
「フェリオール様万歳!!」
 花びらが舞い、人々の歓声は大地から空高くに巻き上がる嵐のように渦を巻いた。
 人々は今日という日を忘れない。
 即位の道を歩き終えたフェリオールの前には、台座に厳かに座す冠があった。先王の即位式にはそれ相応の位を持った者が冠をグシタ王の頭上に託したが、いま、フェリオールの頭上に冠を託す者は無い。
 彼は、自ら冠を手にする。
 民に見守られ。
 正騎士、騎士団長等数多の騎士達が見守る中。
 誰しもが認め、望んだ新王が、此処に立つ。
「――‥‥ぉぉぉおおおおお!!!!」
 王冠を頭上に戴いたフェリオールに歓喜の声が一層強まった。
「新王万歳!!」
「新王万歳!!」
 喜びの声は、終わりを知らない川の流れのようにいつまでも周囲を包み続けた。
 花びらの祝福と楽の音と。
 拍手。
 歓声。
 祈りの歌声。
 精霊歴一〇四二年、十一月吉日。
 リグの国に新王フェリオール・ホルクハンデが即位した――。





 戴冠式が終われば首都リグリーンの街は飲めや歌えやの大騒ぎ。
 夜通しで行なわれるに違いない宴の数々は城内においても変わらない。だた一箇所特別な場所があるとするなら、それは大広間、時にはダンスホールともなる城の四階、各国の要人達が集まるその場所だろう。
 リグの王が変わったとなれば、今後の国交間における関係も大きく変化する。そのためにも互いに顔を合わせられる今この時に相応の関係を結んでおかなければならない。そういう意味では即位を喜ぶ宴というよりも、互いの腹を探り合う殺伐とした試合会場のようなものだった。
「‥‥何だか時の流れに置いていかれた感が‥‥うん」
 淋しそうに呟くティアイエルは手に小さな花束を抱え、俯く。
 いつか自分のアイディアを取り入れたフロートシップを作りたい、そんな目標を抱えてゴーレムニストになった少女は、近頃、工房に篭りきりでほとんど外界との繋がりを得ていなかった。久々に息抜きをしようと外に出たところで今回の戴冠式の報せを見つけ、参加する事にしたわけだが、やはり顔見知りが少ないというのは淋しいものだ。
 ましてや人混みの中で過ごすだけでも大変なのに、こうも要人が多いと神経も使う。
「ふぅ‥‥」
 思わず吐息を漏らし、壁の花になっていたティアイエルへ、ふと声を掛けたのはオラース・カノーヴァ(ea3486)だ。
「こんな処にいてもつまらないだろう」
 ぶっきらぼうな物言いながらも水の入ったグラスを少女に差し出す。
「他の連中と一緒に、騎士達の宴に参加した方が良いんじゃないのか」
「うん‥‥」
 確かに騎士団で行なわれている宴の方がノリは良いし、気楽だろう。しかしティアイエルは手に握った花束を、どうしても新王に渡したかったのだ。
「オラースさんこそ、そちらの宴に行かないの?」
「俺は人を探していたんだ」
「人?」
「セレ分国の公爵ヒトミ・ルーイをな」
 分国王血筋にかなり近い血縁者という事もあって隣国の新王即位式となればコハク王が派遣する使節団に参加していてもおかしくはないと考えたのだが、残念ながらその人は今回の式に参加していなかった。
「会えたからって何を話すってわけでもないが」
 世間話や、隣国ゆえに何か噂のようなものが耳に入っていればと思ったが、たとえ話が出来たとしても有益な情報を得られたとは考え難い。
「まぁ、縁が無かったって事だな」
「縁、かぁ」
 ティアイエルは再び手の中の花束に目を落とし、ホールを見渡す。すると見知った顔のスーツの男性が慌しく動き回っていた。信者福袋(eb4064)である。名刺と呼ばれる天界サラリーマン必須のアイテムをを手に人々の間を回り、地球という未知の世界の話を肴に酒を注ぎ、相手の気分を良くして話を聞き出す。
「ああ、そのような問題でしたら私が良い職人をご紹介しますよ?」なんて切り出せば纏った商談も一つや二つではなかった様子。
 どこにいても変わらない仲間の姿に、我知らずティアイエルの口元に浮かぶ笑み。
「私はもう少し此処にいるね」
「そうか」
 少女の応えに短く答えると、踵を返すオラース。
 向けられたその背に、ティアイエルは声を掛ける。
「気遣ってくれてありがとう」
 微笑めば、オラースは適当に片手を振っただけ。そんな彼らしい態度が、またティアイエルの心の緊張を解した。
「よしっ」
 少女は気合を入れて立ち上がると、まずは食事。
(「実はリグの料理も楽しみだったり‥‥」)
 立食パーティー形式で並ぶ目にも楽しい料理の数々を、ティアイエルは存分に堪能するのだった。


「‥‥リグの国、か‥‥」
 一方、テラスの傍で広間の様子を眺めながら低く呟いたオルステッドは、感慨深げに目を細めた。
 結局、この国を訪れたのは失敗に終わった人質救出の時と、決戦の時だけ。
 出発地点となったセレから、この王城まで一気に駆け抜けた。
「‥‥ゆっくりとこの国の景色を眺める事も出来なかったが‥‥今回こそはゆっくりと過ごせそうだ‥‥」
「それは何より」
 オルステッドの呟きに応じたのは隣に並んでいたカインだ。
 彼は伯爵アベル・クトシュナスの付人として。オルステッドはセレの筆頭魔術師ジョシュア・ドースターに付き従う妻アリシアの付き添いとして、こちらの宴に参加していたのである。二人ともお偉いさんの相手は正直、苦手。ならば静かにワイングラスを片手に歓談しているのが最良だろう。
「‥‥しっかし、今日の戴冠式の最中の、リグの民の顔は‥‥皆、本当にいい顔をしていたな」
 テラスの外側を眺めて呟くカインの耳には、城下で繰り広げられている宴の賑わいが聞こえているのだろうか。その表情はひどく優しく、嬉しそうで、オルステッドはつい思った事を口にしてしまった。
「‥‥カインさん、貴方も随分と言い顔をするようになったな‥‥」
「え?」
「‥‥貴方に合った生き方は、自責の念に駆られるよりも‥‥、何が何でも生き延びて償い続ける事だと思うぞ‥‥? それに‥‥もしや、既に『次』の仕事があるんじゃないか‥‥?」
「え‥‥次、って‥‥」
 目を瞬かせる相手の反応に、オルステッドは微笑う。
「フッ‥‥貴方の償いに付き合っていれば、面白い冒険が出来るからな‥‥次があったらまた楽しませてもらう‥‥」
 オルステッドの予想は、些か考え過ぎではあったが、それでもカインを苦笑わせることは出来た。
「ひでぇ言い草だな‥‥」
 くっくっ‥‥と喉を鳴らす彼に、オルステッドは表情穏やかなまま瞳を伏せた。


 そして、そんな彼を付き従う師の向こうに見つけたアリシアは、安堵とも落胆ともつかない複雑な感情が入り混じった吐息を一つ。
「どうしたかの」
「いえ、何でもありませんわ」
 気遣う師には笑顔で首を振り、再びそっと夫に視線を向けた。
 リグの国。
 それは彼女にとって夫の命を飲み込もうとした悪い地のはずだった。
 しかし今、その場所で彼は微笑っている。この国の民が今日という日を歓び、寿ぐように、自分達もまた過去を乗り越えなければならないのかもしれない。
(「憎しみに囚われた目でこの国を眺め続けてしまえば、それはきっと、あの死淵の王の思う壺なのでしょうね‥‥」)
 憎しみの連鎖を断ち切る事こそが、あの魔物に対する完全な勝利なのだろうとアリシアは自身を納得させた。
(「戴冠式も、とても素敵でしたもの‥‥」)
 あの輝きがリグの未来となるのなら、信じようと思う。
 夫の命を飲み込もうとしたのがこの大地なら、無傷とはいかないまでも夫を生かして自分の元に帰してくれたのもまた、同じこの国なのだから。
「――アリシア様」
 不意に福袋に声を掛けられて、アリシアは僅かに身動ぎしたものの冷静に振り返る。
「信者さん。どうかなさったのですか?」
「ええ。いまリグの国で林業に携わる行商人の一人から奇妙な話を聞きまして‥‥」
「奇妙な話?」
「ええ。‥‥実は」
 福袋は声を潜め、アリシアの耳元でそれを聞かせる。
「‥‥リグの先王、グシタ王の幽霊が出ると」
「! 幽霊‥‥ですの?」
 地球出身の福袋にも、ジ・アース出身のアリシアにも決して縁遠くはない言葉。二人は顔を見合わせ、――オルステッドの元へ急いだ。


 場所は移り、騎士団の宴の間。
 それこそ飲めや歌えやの大騒ぎの中で冒険者達も気軽な祝宴を楽しんでいたが、それでも気になる事は色々とあるわけで。
「では‥‥いまはホルクハンデもクロムサルタも以前の落ち着きを取り戻されているのですね」
 シルバーの確認に騎士達は大きく頷く。
「ああ。幸い、あんた達のおかげでホルクハンデとクロムサルタに所属していた騎士はほとんど命を落とさずに済んだからな! リグリーンに分隊を派遣しても領内の治安維持に支障は無いしさ」
「そうですか‥‥」
 表情が大きく変化する事はなかったが、それでも安堵の色を滲ませたシルバーの瞳に話した騎士は涙ぐむ。
「いや、ほんと‥‥あんた達冒険者が助けてくれたおかげだよ‥‥っ、ありがとな!!」
 今にも抱き付いてきそうな勢いに、シルバーは半歩退いて「お気になさらず」と当たり障りのない反応。
 が、一方で。
「だが、あれだよな‥‥」
 不意に翳りを含んだ騎士の声が上がり、冒険者達の意識は何となく其方に引き寄せられた。
 そうして聞かされた、奇妙な話。
「リグリーンの北の方で妙な噂は流れているよな‥‥グシタ王が夜な夜な村を徘徊している、とかさ」
「なに‥‥?」
 勇人が眉を寄せ、天龍も身を乗り出す。
「どういうことだ、それは」
「俺達も詳しくは知らないんだが、王は自分だとか言いながら彷徨い歩いてるって言うんで、一時期はグシタ王がまだ生きてんじゃないかって一騒ぎあったんだよ」
 しかし噂の村に騎士団を派遣して調査しても、噂は噂の域を出る事はなく、また騎士団も誰一人欠ける事無く帰って来たし、地獄でグシタ王がフェリオールの剣に討たれた事は多くの騎士達が見届けた。
 冒険者達もそうだ。
 グシタ王は間違いなく魔物と化して死んでいった。
 にも関らずグシタ王が出たと言うなら。
「まるで幽霊か、亡霊だな‥‥」
 後にアリシアや福袋からも伝わる情報にぽつりと泰斗が零した呟きは、あながち的を外してはいなかったのだ。


「あ、モニカさん!」
 大広間の宴の席。
 要人達の輪から離れるモニカ・クレーシェルを見つけたティアイエルは笑顔で彼女の名を呼び、足早に接近する。
「あの、これ! このたびは本当におめでとうございます」
「‥‥ありがとう」
 感謝の言葉を告げつつもあまり表情の動かないモニカは、しかし、ふと視界に映った人影に目を瞠った。
「? どうかした‥‥?」
「‥‥あの男は‥‥?」
「え?」
 モニカの視線がある一点から動かない事を察したティアイエルは、その先を見遣り、一人の男の姿を認める。セレの伯爵アベル・クトシュナスからリグの要人達に紹介されている彼は滝日向。どうやら支援団体【暁の翼】の件でお偉い方と話し合いをしている最中らしい。
「滝さんがどうかしたの?」
「滝‥‥?」
「滝日向さん。ウィルのギルドで時々見かけるけれど、天界出身の元探偵さん‥‥だったかな」
 ティアイエルもそれほど詳しいわけではないのだが、話だけは聞いている。
「探偵‥‥」
 モニカの目が眇められる。
 それは、恐らくは避けられない二人の出逢いの瞬間だった――‥‥。