【冒険者】君が君である理由
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■ショートシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 49 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月15日〜11月18日
リプレイ公開日:2009年11月21日
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●オープニング
彼は、焦っていた。
大切な備品を失くした。何が何でも取り戻したかったけれど、冒険者達が来ると聞けば其処にいつまでも留まっているわけにはいかなかった。
自分は盗賊団に関わっている。
そのせいで被害に遭わせた人々もいる。
捕まるのがイヤなら、たとえ大切な道具を諦めてでも逃げるしかなかったんだ。
(「それに‥‥機会さえあれば、あのアイテムをまた手に入れる事も出来るはずだ‥‥っ」)
だってそれは。
決して、世界に一つのものではないはずだから。
● 月精霊を封じた魔法具、その正体は
「んー‥‥」
ギルド職員のアスティ・タイラーは難しい顔で手元の不思議な物体を眺めていた。
先日の依頼で冒険者達が入手した戦利品。それは、今まで見た事がない奇妙なものだった。その依頼と言うのは『ディーン』という名の男が所持しているという『月精霊を封じた魔法の道具』を巡るもので、いまアスティの手の平に転がっているのは、どうやらそれを稼動させるために必要な貴重な道具、らしいのだが。
「さっぱり判りませんね」
溜息と共に諦めの呟き。
――その時だった。
「アスティ君」
ひょこっと現れたのは天界出身の友人、彩鈴かえで。しかし、今日はいつもと若干だが様子が異なり、元気がない。が、だからどうしたと聞くまでもなくアスティは判っていた。
「ふふ、まだ落ち込んでいらっしゃるんですか?」
「ん?」
「冒険者の皆さんに叱られたのがよっぽど堪えたのでしょう?」
「うぐっ‥‥」
言われたかえでは、受付に座って卓に突っ伏す。
「だってさ、だってさっ‥‥だってなんだもん‥‥」
もちろん悪い事をしたという自覚はある。
自分が魔女になってしまったのは予想外も良いところで、そのせいで大変な事を仕出かしたんだという事も判っているつもりだ。
それでも、怒られれば落ち込みたくなるのが人間心理というもので。
「かえでさんでも落ち込む事があるんですね」
「そりゃぁ‥‥まぁ‥‥」
言い、かえでも溜息一つ。
「っていうか、ああいう時って周りが自分の事をどう思っているのかって判っちゃうよね」
「ですねえ」
「うぐ‥‥」
そうして再び突っ伏すかえでと、苦笑うアスティ。
コロン、と彼の手元からそれが転がり落ちた。
「とと‥‥」
壊してしまっては一大事と慌てて拾い上げたアスティの手元を見遣ったかえでは「あれ?」と目を瞬かせた。
「なんか、ずいぶん珍しいものを持ってるんだね」
「え? ええ、珍し過ぎてこれが何なのかも判らず‥‥」
「乾電池でしょ?」
「え?」
「だから、それ」
かえでが目を瞬かせて言い返せば、アスティは目を瞠る。
「これをご存知なんですかっ?」
「ご存知も何も地球‥‥っと、天界じゃ普通に手に入るよ?」
「――ぁ、そうか、天界からの落来品‥‥!!」
どうしてそこに思考が回らなかったのかとアスティは大袈裟に肩を落とした。これがそうならば、つまり、ディーンが今現在所持しているそれも天界の何かという事になる。
「かえでさんっ、天界でたくさんの月精霊が封じられている魔法の道具って言ったら何ですかっ!?」
「ほえ? 天界の道具で月精霊が‥‥って」
意味が判らずに聞き返せば、アスティは此処数ヶ月の間に起きている『ディーン』という名の青年に関する依頼の顛末を、差し支えない範囲で話して聞かせた。
それを聞いたかえではしばし思案。
「‥‥それなら、簡易プラネタリウム‥‥とかかなぁ」
「簡易ぷ‥‥何ですって?」
「プラネタリウム。道具に、その乾電池をセットしてね。部屋の中に星空を作る事が出来るの」
「部屋の中にですか!!」
驚愕する彼に、かえで。
「‥‥んーと‥‥アスティ君は、そのディーンって人を捕まえたいのかな?」
「捕まえたいですね! 村を襲った盗賊団の仲間という情報もありますし」
「なら、誘き出してみる?」
「出来るんですか!?」
「たぶん、ね」
「どうやって!」
身を乗り出して聞いてくるアスティに、かえでは笑った。
「その名も天界アイテムオークション。天界出身の知り合いも随分増えたし、冒険者の皆も、不要な天界アイテムを持っていたりするでしょう? そういうのを集めてオークションを開くの。あ・た・し・が!」
実際に天界から来た女子高生が、生活費を稼ぐためにオークションを開くというなら、確かにさほど違和感はないけれど。
「前回は迷惑掛けちゃったしね。少しくらい、お手伝いしないと」
「かえでさん‥‥」
どうやら今回は禍々しい気配も皆無、素直に反省しているらしいかえでの申し出をアスティは心から歓迎した。
「ついでに、オークションの売り上げは諸々の機関に寄付使用ね。日向君ならリグにとか言い出しそうだし、まぁ、その辺りは皆に任せるよ♪」
●リプレイ本文
●
万年筆
缶コーヒー(二本)
缶ジュース
缶ビール(五本)
缶詰
富士の名水
クリスタルグラス(ニケ)
茶器「黄鳳飛翔」
高麗茶碗
日本刀「十二神刀元重」
エスト・ミニャルディーズ(三本)
ウエットスーツ
救命胴衣
ゴムボート
ビニール製浮輪
ビニール傘
秘湯の入浴剤
耳栓
ソーラー充電器
ゴム風船
サングラス
伊達眼鏡
「ストーップ!」
シルバー・ストーム(ea3651)が出した伊達眼鏡に女子高生が反応する。
「それ出すの待ってだよ、出す前に、はいっ」
掛けてみてと無言の圧力と共に伊達眼鏡を差し出されたシルバーはしばし静止。何故に自分がこれを掛けなければならないのかと疑問だが、‥‥不気味なオーラを感じる。断るのも面倒な事になりそうで、よく判らないながらも素直に装着。
途端。
「くっ‥‥想像以上‥‥っ」
目の前で身悶えられたシルバーは眉根を寄せた。と、フルーレ・フルフラット(eb1182)がかえでの代弁。そんな彼女も伊達眼鏡装着済みだ。
「シルバーさん、よくお似合いですよ」
手のひらを頬に添え、くいっと三本の指先で右アームを持ち上げる動作がフルーレに「見る目がある女」の称号(かえで特製『幻の称号集』収録)を付与。シルバーには伊達眼鏡が「知的美青年」の称号(かえで特製以下同文)を付与した。
「そんなわけでシルバーさん」
何処からとも無く写本を取り出したフルーレ、シルバーに窓側の椅子を用意して足を組んで座るように指示。膝に写本、窓枠に頬杖までつかせてアンニュイな雰囲気を演出だ。
「どうですかかえでさん!」
「グッジョブ、フルーレさん!」
女二人はガッツポーズ、シルバーは理解不能。頭痛を覚えながら伊達眼鏡を外す。
「‥‥それほど眼鏡が良いのでしたら‥‥」
「お?」
外したそれを差し出された陸奥勇人(ea3329)は思わず受け取ってしまうが、彼自身が掛けるか迷うより早く却下の声。
「勇人さんに眼鏡はダメだよっ、何かダメ!」
「何かって何だ」
必死に自分の装着を拒むかえでに勇人は失笑。
「だったら長渡はどうだ?」
言えば女子高生、今度は冷静に「ダメ」の声。
「似合わないか」
苦笑交じりに応じる長渡泰斗(ea1984)は自分が出品する日本刀「十二神刀元重」の手入れをしており、それだけでも決して安全ではなかったのに。
「似合わないって言うより〜いやぁ‥‥うん」
言葉を濁す女子高生の反応が意味有り気で、泰斗はにこりと刀を返す。
「かえで。おまえさんも懲りないな‥‥膝詰めで説教と三〇分梅干の刑とどちらが良かったかね?」
「待って、それって濡れ衣!?」
「前回の仮装騒動の説教も足りてないしなぁ」
「その罪滅ぼしのオークションでしょ!?」
わーわーぎゃーぎゃー。
泰斗には『いじめっこ』の称号が付与(かえでの以下略)された。
「あんまり騒ぐなよ、外にはオークションの開始を待ってる客が大勢いるんだ」
「しかしこれ一つで此処まで盛り上がるとは、天界アイテムはやはり貴重だな」
あえて止めるでもなく告げる勇人の隣には伊達眼鏡の用途を些か間違って認識してしまったリール・アルシャス(eb4402)が並ぶ。
今回のオークション、会場は教会から程近い寄り合い所を借りた。部屋には四十の椅子が並べられ、壁際に立ったまま参加出来るスペースも確保。入り口は扉が一つ、窓が向かって左側に三つ。一階だから窓の外から中を伺う事も出来るようになっている。昨日までに酒場やギルド、街中での宣伝活動は概ね終えており人々からの反応は上々。事実、開始二〇分前の会場外は物珍しい品を求める人々で賑わっている。リールが作製したオークション開催の看板も効果抜群だ。
紙は貴重品、印刷技術も無ければチラシを作るにも限度があったが、其処は口上と勢いで補い、
「珍しい天界アイテムも出品されるらしいな。まぁ買えるかどうかはともかく、見るだけも面白いかもしれないぜ」
そんな勇人の囁きも見物人を増やす力になった。
無論、今回最大の目玉『乾電池』はディーンの姿を確認してから出品する事にした為、途中で順番が変わる事も確認済み。識字率の低さを鑑みて目録が不要なのは、この場合、冒険者側にとって都合が良かったと言えるだろう。そもそも、ディーン自身が『乾電池』という名称を知っているとは限らない。
また、彼の人相についてはリールが似顔絵を作成済み。これは、ギルド職員アスティの協力の下でリュミエージュ――最初にディーンの依頼をギルドに持ち込んだ女性にも届けられ、本人にそっくりだとお墨付きを頂いた。その彼女も、今回の会場に来る手筈となっている。
「そういや、ソーラー充電器ってのは、その乾電池にも使えるのかね」
「それは無理だよ」
勇人の疑問に答えたのは何とか泰斗から逃げ切ったかえでだ。
「充電出来る電池って、また別なんだ。この乾電池は使いきり」
「へえ」
そんな会話をしている内に、オークション開始の時間が来た。
●
「次は富士の名水、アトランティスでいうところのシーハリオンの丘に相当する天界の霊峰の奥に湧く清水の樽詰だよ。開始値は三五Cから!」
「四〇」
「四五」
次々と上がる声と札、上がる値段。
「五〇」
「六〇」
「一G!」
突如として跳ね上がった値に会場がざわつく。
「もういないかな?」
司会のかえでが会場内をぐるりと見渡すもそれ以上の挙手はない。かえでは小槌を打ちつけて終了を宣言。
「富士の名水、一Gで二二番さんが落札。おめでとうだよ!」
歓声が湧いた。
そんな会場内の様子を入り口から見遣るフルーレは受付嬢。天界アイテム伊達眼鏡で自ら天界人を装いながら、来客を最初に識別するのが彼女の役目だ。
「頼む」
「いらっしゃいませ」
金持ちそうな中年男性に一礼し、上部分に『54』と書いた長さ三〇センチほどの木札を手渡す。
「お客様は五四番でオークションにご参加下さい。値を宣言する時には必ずこの木札を上げて、自分が何番かを司会者に示して下さい。見事落札されました商品は、後ほど別室にて現金とお引き換え致します。木札はその際の引換券の役割も果たしますので大切にお持ち下さい。それでは良いお買い物を」
新たな客を送り出して一礼したフルーレは、下を向いたままで吐息を一つ。これまでに五四人の客と、それ以上の見物人を中に通したけれどディーンと思しき人物は来ていなかった。
相手が冒険者を警戒しているのは予測がついたので物々しい警備も無く、一見隙だらけを装っているのだが‥‥。
「‥‥彼は来るでしょうか」
隣に大人しく座っているアレクサンドル――ボーダーコリーに小声で話し掛けてみると、賢い相棒は耳を微かに動かして主を仰ぎ見ると、両目を瞑る。
大丈夫、そんな風に言ってくれているようだ。
「‥‥っ」
今すぐにはぎゅっと抱き締めたい衝動に駆られながらも、今日の彼女は天界受付嬢。ぐっと堪えて思考回路を仕事モードに戻す。
(「えーと‥‥ですが‥‥」)
フルーレは考える。
ディーンは、話に聞く限り決して悪人というわけではなさそうだ。ならば盗賊に関ったのは件のアイテムを取り戻すためだった、‥‥とは考えられないだろうか? 盗賊仲間が彼の事をほとんど知らなかったのも、関係が薄かったのも、そのため。
(「ぷらねたりうむというのは彼の思い出の品、だったとか‥‥」)
となると、ディーンは同じ地球人? 大した情報も無いままに考えれば可能性は無限に広がる。シルバーもディーンが実際にどのような人物なのかをとても気にしていたが、今の状況では全てが想像に過ぎない事も判っていた。だからフルーレは頭を振り、目先の目的に集中しようと自らを叱咤する。
(「何はともあれ、まずはディーンさんの確保ですね!」)
そのための体制は完璧だ。
オークション司会者助手を装うリールや勇人の目が光れば、外からも監視の目を光らせている泰斗とシルバーがいる。
「お次はクリスタルグラス♪ 大切な人とちょっとお洒落なディナーとか、雰囲気盛り上がって良いかもよ? ペアでどうぞ、開始値は一Gから!」
助手のリールが白手袋を嵌めた手でワイングラスを二つ、卓に移す。次々に上がる声。価格はどんどん上昇し、小槌が打ち鳴らされて終了が告げられた時には二個で五Gの値が付いていた。
「ほいほい♪ それじゃお次は此方、茶器「黄鳳飛翔」!」
リールによって運ばれるのは器の中に羽ばたく鳳凰の姿が描かれた柔らかな色合いの茶器だった。実際に使うも良し、観賞用に部屋に飾るも良し。
「開始価格は七〇Cから、はいどうぞ♪」
小槌を一つ、元気な挙手が一つ。
「五G!!」
いきなりの高価格に場が湧く。物好きがいるもんだと視線を移した泰斗は直後に咳き込んだ。誇らしげに手を挙げていたのが石動良哉だったからである。
無駄遣いして! と、後で香代に怒られる彼の姿が皆の脳裏を過ぎったのは言うまでもないだろう。
●
オークションは順調に続くが目的のディーンが姿を現さない。ギルドから連絡の行ったリュミエージュも、とうに会場入りしていると言うのに、だ。
「このまま最後まで姿を現さないなんて事はないだろうな」
窓の向こうと、此方側。勇人の呟きにシルバーは無言で道の先を見つめていた。
オークションも乾電池を含めて残り四つ。果たして彼は来るだろうか――。
「‥‥陸奥さん」
不意にシルバーが低い声を発する。
「あれを」
「ん?」
窓に背を向けたまま、視線だけを外に動かした勇人はマントの襟で顔を隠しながら足早に此方へ近付いてくる男を見た。
「‥‥ディーンか?」
「‥‥顔が確認出来ませんが、怪しいと思いませんか」
「確かにな」
応じた勇人はステージに向かって手を上げた。頭を掻くフリをして、指先は怪しい男を指している。
先に気付いたのはリール。
「‥‥かえで殿」
呼び掛けられて彼女も気付く。
そして入り口のフルーレも。
「長渡さん」
「おう」
シルバーから泰斗へ、声や、指先、アイコンタクトでそれぞれの合図を受け取った冒険者達は、しかし彼が近付くにつれてそれまでの雰囲気を取り戻していた。
警戒心も緊張感も表には出さない。
ただ、待った。
「‥‥すみません」
「いらっしゃいませ」
受付で声を掛けられたフルーレは自然な笑顔で接する。‥‥彼女の位置からも顔は判別出来ない。
(「顔を見せて下さいとお願いしたら訝しがられるでしょうか‥‥」)
胸中に呟く一方、彼も話し掛けてくる。
「‥‥オークション、もう終わりに近いと思うんですが‥‥今からでも参加出来ますか‥‥?」
「ええ、構いませんよ。何かお目当ての品でもあるのでしょうか?」
「はい‥‥もう、終わっているかもしれませんが‥‥」
顔を隠した彼は、言う。
「‥‥来ようかどうしようか迷っているうちに、こんな時間になってしまって‥‥なければ、諦めるだけですけど‥‥」
「残っていれば良いですね」
言い、フルーレは彼に『80』番の木札を手渡した。ディーンが来場した時のための番号札だ。
(「‥‥顔は見えませんけど、間違いないと思います」)
それはフルーレの冒険者としての勘だ。
冒険者達の間で交わされる合図。
かえではいよいよ「乾電池」を紹介する。
「お次も勿論天界アイテム♪ ただ、これってセットする本体が無きゃ意味無いんだよ」
丁寧な手付きでリールが運ぶそれに、顔を隠した男が身を乗り出したのが判る。冒険者達はその姿を黙って見張り、かえでの口上は続く。
「しかも最近じゃほとんど使える物もないし、見た目もこんなで観賞用にもならないから」
多少の嘘を交えて語る、その開始価格は一C。
「いっかがっかな?」
会場がざわつく。
幾ら天界アイテムコレクターでも、彼女が言う通り観賞用にもならなければ意味がない。ましてや一C。不思議なもので、それ相応の値段でなければ購買意欲が湧いてこないもの。
誰も手を挙げない、誰も競らない。
顔を隠した男は戸惑い露に震えた手で木札を上げ、その瞬間にかえでは木槌を鳴らす。
「はい八○番さん落札、おめでとう♪」
●
「受け渡しは別室にて行ないますので落札された方は此方へ。残念ながら落札出来なかった皆様とは次回開催時にも縁がある事を」
勇人がスタッフ然として客達に告げ、帰る者と残る者を分ける。残る面々はリールが誘導し、別室へ招き入れた。
「番号の若い方から順番にお名前をお呼びします、それまで此方の控え室でお待ち下さい」
こうして一番から一人ずつ取引を終えれば、最後に八〇番のディーンが残るという寸法だ。取引は順調に行なわれ、控え室にはリールが。部屋の外には泰斗とシルバーが控え、室内ではディーンと思しき男がマントの襟に顔を埋めたまま動かない。――そうして、最後の一人。
「八〇番の方、此方へどうぞ」
「は、はいっ」
呼ばれた男は弾かれるように立ち上がり、リールの先導で部屋を移った。改めて入った部屋には乾電池を用意しているフルーレと、警備員を装った勇人と、そしてヘッドドレスで顔を隠した女性が一人。
「さぁ、前へ」
リールに促されて間近に乾電池を見た男は、‥‥そのまま膝から崩れ落ちた。
「ぁ‥‥っ‥‥ああ、やっと‥‥っ」
感動のあまり、両手を床に付いた事で襟の奥の顔が露になった。その造作に一歩踏み出そうとしたヘッドドレスの女性を勇人が制し、フルーレは乾電池を彼から離す。同時に、足音も立てずに室内に揃ったシルバーが低い声を押し出した。
「‥‥ディーン、ですね?」
「っ!」
その名に驚いて顔を上げた彼は、立ち上がる。
「なっ、ぁ‥‥っ」
部屋の入り口前にはシルバーと泰斗。
乾電池の傍にはフルーレ。自分の間近にはリール。窓辺には勇人。逃げ道が、ない。
「罠‥‥だったのか!? おまえ達、俺の事を知ってて!?」
動揺して声を荒げる彼に息を吐くのは泰斗。
「落ち着け。俺達はおまえさんを官憲に突き出す気は無いさ」
「っ!?」
「おまえに『会わせて欲しい』という依頼を受けた覚えはあるが、盗賊の残党として捕まえて欲しいとは頼まれとらんでな」
「ディーン殿‥‥探したぞ」
リールも告げる、探している人がいたのだと。
「探し‥‥俺、を‥‥?」
「ほら」
そこでようやく勇人がヘッドドレスの女性を促す。その人が自ら被り物を脱げば、露になる顔立ちはリュミエージュ、その人だ。
「‥‥っ!」
ディーンは目を見開く。彼だって、彼女の顔を忘れはしない。瀕死だった自分を助け、介抱してくれた心優しい女性だ。
「‥‥受けた恩と義理はキチンと返すのが人の道だと思うのだがねぇ?」
泰斗に言われ、泣きそうになった彼は。
「‥‥ディーンさん‥‥」
リュミエージュの声に涙を零す。
「‥‥怪我、治ったんですね‥‥?」
「っ‥‥」
「お元気そうで‥‥良かった」
「ぅっ‥‥ぁ‥‥っ」
ディーンは泣いた。
何度も、何度も謝罪の言葉を口にしながら、冒険者達の前で泣き崩れた――。