【怪盗と花嫁】 ――光に隠された影――
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■ショートシナリオ
担当:月海歩人
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 87 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月12日〜03月18日
リプレイ公開日:2005年03月27日
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●オープニング
マント領。
パリからセーヌ川沿いに二日ほど徒歩で行くと、のんびりとした雰囲気の街に辿り着く。
風光明媚な土地柄で、穏やかな気質の住人達。
疲れた身体や心を引き摺って、一時の安らぎを求める者も少なくはない。
だが、ここ最近騒がしい。
何故なら、キャメロットから来たという怪盗が、婚姻の儀間近な花嫁を攫う、と、予告状を領主に出したからだ。領主はこれを討って迎える為に衛兵による警戒を強化している。更に、パリから冒険者を募るという。
「‥‥だって」
エルフにしては魅力溢れる胸の女性が、肩までの短い金髪を気だるげにかき上げながら、傍らの男に報告した。
のんびりと小高い丘に寝転がっていた、その逞しい身体つきを見せつけるような格好のハーフエルフは、咥えていた葉巻を太い指で口から離す。
「ホリィ、あいつは?」
メイスを持った女性はため息を吐きつつ、首を横に振った。
「やる気満々みたいよ、ディック」
仕方ねぇな、と、短く呟くと、ディックは横たえていた『パイソン』という愛用の大きな弓を取り上げながら立ち上がった。
そして、周りの景色を眺め渡す。
「本当に、綺麗なところよね」
「あぁ。だが、光に影があるように、この領地も――」
果敢にも向かおうとするあの男の為にも、まずは露払いだろう。
「調査は終わったか?」
「えぇ。噂は本当だったようよ。でも実態はまだ確かめてないけどね」
マント領に流れる悪しき噂。その噂を知る者はそう多くない。
パリから花嫁衣裳が運ばれてくるとか、暴走した貴族の息子が城を襲おうとしているとか、噂話を話し合いながら、二人はマントの街へと向かって行った。
パリ、冒険者ギルド。
珍しくも、ギルドマスター直々の依頼があるという。
隣国から訪れてきた怪盗に関わるものか。それとも、最近入った大掛かりな依頼に関する事か。
わくわくする気持ちを抑えつつ壁に貼られた多くの羊皮紙の中から該当のものを見つけ出すと、ちょっと驚く。
何せ、簡潔に「マント領の調査」としか書かれてなかったのだから。
「マント領は貴族や商人たちが休暇の為に訪れる、静かなところのようよ。ゆっくり過ごすのに最適よね」
背後から聞こえる声。凛と透き通るような声の持ち主は、ギルドマスター『フロランス・シュトルーム』その人。
もしかして、直々に旅行のお誘いなのだろうか。ちょっとばかしどぎまぎしていると、彼女は微笑みを浮かべた表情から、一変して真剣な眼差しをする。
「けれど、それは表向きの顔のようよ。ギルドの情報網を使っても、マント領には裏の顔がある、といった噂しか手に入らないの」
つまり、綿密に隠された一面を持っている、という事。もしかすると、裏側の世界に通じた者でも、入手するのが困難かもしれない。
「現領主のヴァン・カルロス伯爵自身もいい話を聞かないわ‥‥」
怪盗が花嫁誘拐の予告を出して、伯爵が護衛依頼を出した。もしかすると、これは好機かもしれない。だが、怪盗の手のひらの上で踊らされてるだけかもしれない。
かの怪盗は、キャメロットで悪魔の陰謀を暴く為に、道化師の如く動いたと言う。
「あの地が怪しいと、断言できる自信がないの。騎士団に相談しようかと思ったんだけど、確固たる情報がないと動いてくれないし‥‥」
でも、逆に未然に防げば恩を売る事になるわね、と、彼女は穏やかな微笑を浮かべる。
「既に、花嫁護衛の為に依頼に入った冒険者達がいます。彼らのサポートの為にも、マント領と領主の調査をお願いします」
危険はないと思いたいけど‥‥。
踵を返して自分の部屋に戻ろうとする彼女から、そんな言葉が聞こえたような気がした。
●リプレイ本文
●バカンス?
「何か、ものものしいわねー」
パリ近郊、マントの街。
街を訪れたシュヴァーン・ツァーン(ea5506)の第一声は、皆の意見を代表したものだった。無理をしなければ、単なる観光旅行。しかし、それでは今回の依頼を受けた意味がない。
「へーへーへー。花嫁を攫う怪盗かぁ‥‥何だかカッコいいね!」
マントの街を騒がしている件の怪盗について、興味津々なコメントをしたのは、和紗彼方(ea3892)。だが、どうして攫うのか。その理由がわからない。もしかすると怪盗の想い人――なのかもしれない。
「じゃぁ、悪いけど、あたしは一人で動かせてもらう」
情報収集が目的なのだから、全体行動しても意味がない。さっさとグレタ・ギャブレイ(ea5644)は自分がやるべき事に備え、雑踏の中に紛れ込んでいった。
「拙者も‥‥」
と、音羽朧(ea5858)も街の奥へと姿を消す。定時に待ち合わせの酒場で、と、言い残して。
「では、わたくしは聞き込みにいきますわ」
聖書を胸に抱き、聖職者としての姿を強調して離れたのは、サビーネ・メッテルニヒ(ea2792)。
「私はシーナと一緒に‥‥あら、シーナ?」
エリクシア・フィール(ea6404)は共に行動を取ろうと考えていた友人がいない事に気づき、慌てて周囲を見渡す。どうやら、連れは迷子になったようだ。
連れを探す為に友の名を上げながら、エリクシアは街中へ駆け出して行った。
「‥‥残されてしまいましたわね」
黒髪で耳を隠したパルシア・プリズム(ea9784)が、ぽつんと呟いた。
●錯綜
湖で獲れた魚のスープ、新鮮なミルク、子羊の肉。
朧が酒場で調べたメニューは、風土色豊かなものばかりだった。
「他にはないメニュー? だったら、これだろ!」
店主に尋ねてどん、と出てきたのは魚をフライパンで焼いたもの。他と違うのは、店主の独創的なデザインので形作られた事、らしい。常連客からは不好評らしく、周りから「そんなもの出すな!」との声が聞こえる。
ここでは収穫がないと見なし、今度は薄暗い路地の奥へと進んでみる。もしかすると‥‥との期待で彷徨っているだけだが、今日は運がいいらしい。
「闇市のようでござるな」
光が差し当たらぬ場所――華やかに見える側面、闇市。様々な地方から訪れる者が多いこの街では、互いに表では持ち寄れぬ物品の交換や売買を陰で行っているようだ。
「あんちゃん――何を嗅ぎ回っているんだぃ?」
暫くうろついていると、人相悪そうな男達が朧を取り囲むように近づいてきた。
「刺激的な面白い事、ないですか?」
どことなく卑屈な様子で、パルシアはカウンターに座りつつ、隣の男に声をかけた。
ここは、主に金持ちがたむろう、高級な酒場。何処へ行っても金があればそれなりの待遇を受けれる場所はあるものだ。
じろじろと眺める男の様子に、パルシアはほんの一瞬で下向きな考えに捕らえられてしまう。
(「私の何処かに変なとこがあるのでしょうか‥‥やはり、暗いから駄目なのでしょうか。それとも、成り上がりの若輩者としか‥‥」)
その間、たったの瞬きの一瞬。単に、男は外見の美しさに見とれていただけ、なのだが。
彼女は意気を向上させようと、手にした生の酒を一気に呑む。
「お姉さん、なかなかいい飲みっぷりだね」
それを気に、風聞や噂話、仕事の近況などで話題が次第に弾みだす。
そうやって会話を続けていると、本当に面白い話が聞けた。
「このマントの街はね、古代遺跡の上に造られた街だという話があるんだよ」
資料など確証できるものはないが、年寄り達が伝え話のように子供達に語る、話。ただのおとぎ話のように思えるが、男の話し方は熱がこもっているように見える。
遺跡について真実を知る者は、領主の血筋のみ。そこまで突き止めたはいいのだが、肝心の領主に門前払いを喰らってどうにもならなくなった。
だから、今は酒場で呑み暮れているんだ。と、男は苦笑いを浮かべた。
人々の喧騒が際立っている場所がここかもしれない。
サビーネは市場の真ん中で立ち止まり、周囲を見渡しながら思った。
「あぁ、領主さん? 胡散臭くていやな奴だけど、まぁ領主としてはいい人だと思うよ」
屋台の女主人が、サビーネの問いにそう答えてくれた。
ヴァン・カルロスは前の領主の親戚筋にあたり、若い頃からいい噂を聞かなかった。色と欲に溺れてはいるが、駆け引きや手下を扱う事には長けており、領主としての手腕はいいようだ。
「ま、色々と好き勝手にやってるらしく、自分が欲しい事にはどんな荒事もする、って噂もあるけど」
悪魔と手を結びかねない男だよ。と、言いかけたところで、女主人は己が言っている事に気づき、はっとした表情を浮かべた。
「悪魔と‥‥?」
サビーネが更に尋ねようとするが、女主人は固く口を開かない。どうしたものかと彼女の様子を眺め、そして視線がとある方向に向いている事に気づく。
その視線の先には、衛兵達。
「でも、鎧に黒山羊の紋章‥‥おかしいですわね」
確か、マントの衛兵の紋章は白い山羊、だったはずだ。
「会って‥‥くれないのですね」
「何分、今、城の中はピリピリしてるからねぇ」
見ず知らずの者達を入れてはならない命が出てるのだと、門番の兵はすまなそうにエリクシアに言うと、彼女は、そうですか、と、短く答えた。
「あの、ちょっとお尋ねしたいのですが」
ただ門前払いで帰ったのでは子供の使いにもならない。せめて身近に知ってるであろう衛兵に、領主の事を尋ねてみる。
領主は、噂になっている怪盗の事をどう思っているのだろうか。
衛兵は視線を大胆な彼女の服装にしばしば落としつつ、気前よく語ってくれる。
どうとでも思っていない。元々他国の存在であった為、気にも留めていなかった。そして、騒ぎの中心に落とされても、うろたえず堂々と立ち向かっている。
それが、若い衛兵の回答だった。やはり、視線は満遍なく彼女の姿のまま。
「あ、あの、これ、領主様へのお土産ですので」
気恥ずかしくなって顔を赤らめてしまう。そそくさとその場を立ち去ろうとしていると、衛兵が彼女の背に声をかけた。
「君、領主様にはあまり近づかない方がいいよ。とっても魅力的だからね」
気をつけます。そう答えながらも、エリクシアは小さな疑問に集中しながら歩く。
どうして、領主はそんなに自信があるのだろう。その根拠は一体――。
気持ちいい空気。美味しい食事。ほろ酔い気分にさせてくれる酒。
「これって癖になるかも」
思わずバカンス気分に目的を忘れそうになってしまう、グレタ。でも、依頼を受けた事だし、この事は自分の生業にも繋がる事だ。
人との繋がりを少しでも多く持つ為、ここのところ酒場などの盛り場や、商人達が出入りしている建物に顔を見せている。
「でも、農業や観光だけでこれだけ繁栄があるの?」
どうであろうか。己の勘では何かあると思う。相場師という職についている以上、そこに秘密があるのならば、少しでも近づきたいと思う。
「どうして、そんなにこの街を気にしているんだい?」
知り合いとなった気風のいい女商人が、不思議そうに尋ねた。
「ここが気に入っただけ。だから投資できるかどうか調べているの」
それがあたしの愛し方の一つなのよ、と、グレタはウィンクして答えた。
「ま、特産物がないように思えるから、そう感じちゃうのかもね」
意味ありげに、女商人は微笑を浮かべる。
「どういう事?」
「あのね‥‥」
顔を近づけ、女商人は小声で彼女に女同士の秘密話を語るように喋る。
その話を聞いて、グレタは思わず驚いた顔を一瞬見せた。
「貴族や王族、有力者を贔屓にしてたら、そりゃ儲かるはずね」
あのパリの騎士団長やドレスタットのギルドマスターが身に付けているものが、ここで生産されていたとは、本当に意外だった。
だからこそ、滅多に見ない代物なのだろう。一風変わった、あのベルトは。
爆発音が聞こえた。
騒ぎ立てる衛兵の会話を物陰で盗み聞きすると、どうやら怪盗が逃走する時に城壁の一部を魔法で破壊したらしい。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず‥‥人づてに聞いた東洋の諺にある通りですね」
シュヴァーンはこの隙にと、人目につかぬよう、城の中へと忍び込む。
潜入の技術を持ち合わせていないのが不安だが、自分には魔法の力がある。鼓動を早くする胸を抑えつつ、慌てず、だが急ぎ城の中へと入る。
城の奥へとは進めまい。まして、花嫁がいる場所へは。だから、初めからそれらの場所は除外して、城壁沿いに不審な場所がないか、調べる事にした。
物陰に隠れるように小さな水門があり、そこには十数人かの黒装束の男達が集まっていた。
「‥‥怪盗を追え」
主格らしき男が命令すると、無駄ない動きで手下達が次々と数隻の船に乗り込む。その者達が携えているのは、爪や小さな刃物。携帯しやすく隠し持ちやすい、武器。そして、刃が光に反射せぬよう黒く焼き塗られている。
「この人達はもしかして‥‥」
吟遊詩人だからこそ、様々な地で聞く事柄も多い。暗殺者が持つ刃は、奇襲や不意打ちに都合いいよう、手を加えられている、と。
花街では、大した収穫はなかった。それどころか、自分の身が逆に危うかっただけだ。
「娼館で、売れっ娘になるから働かない? といわれてもねー」
彼方は溜息を吐きつつ、夕焼けで湖面にその姿を反射している城を眺めた。
いつもは東洋の衣服を纏ってはいるが、今は目立たぬよう、ノルマン風の衣装に身を包んでいる。
「――あれ?」
城壁が突然炎に包まれ凄まじい音を立てているのが見えた。何だろうと思い注意深く見ていると、船が一隻、こちらの岸へと向かってきた。
船に乗っている者は、エルフなのに自分よりもボンッキュッバンッな体型の女性、葉巻を咥え、大きな弓を片手に持ったハーフエルフらしき男、日本刀を携えた黒髪の男、そして――仮面の男性。
「もしかして、キミ達、怪盗?」
こちらに気づいた様子にもない彼らの前に踊り現れ、不意打ちで尋ねる、彼方。
背を向け口元に手をやっていた仮面の男が、驚いてこちらを振り向く。
「おやおや、お嬢さん――ここは一つ見逃してもらえないかな?」
微笑みを浮かべ、仮面の人物は口髭のない顔を見せた。
勿論、彼方が拒否しても、この者達は力ずくで逃げおおせてみるだろう。何せ、多勢に無勢だ。
「いいよ――けど、条件があるんだけど」
●報告
待ち合わせの場所にしていた、人気ない宿に、冒険者達が集う。
「盗品が売られているのは勿論、出所がわからない怪しげな魔法の物品とかが闇市に出回っているようでござる」
朧は、自慢の素早さで男達から逃れた後も、地道に調査を行った結果を皆に報告した。
「もしかして、それって古代遺跡から出たようなもの?」
パルシアが言うには、この街に遺跡があるらしい。もしかすると、その遺跡から出たものが出回っているかもしれない。しかも、その遺跡の秘密を握っているのは、領主のみ。
「領主近辺の話ですが、どうも危険な薫りがしますわ」
サビーネの話によると、領主は暴力を主とした組織を抱え持っているようだ。表舞台に出る衛兵以外にも、影の役割を果たす者達がいる。その者達は黒山羊の紋章を持つ。
そして、エリクシアが後を継ぐように発言する。
「でも、それ以外にも何か力を隠しもってそうです」
根拠が見えない、領主の自信。その力とは――つい先程起きた怪盗襲撃騒ぎの話の一抹を他の冒険者から聞くと、悪魔が絡んでいる、との事だった。その事だろうか?
「こっちは余り関連するような情報はなかったね。でも、面白い事がわかったよ」
あまりにも貴重な隠れた特産品。その事を、グレタは仲間に教える。その特産品は、確信が持てないが、遺跡から発掘された技術か、それとも他の何かか――単に開発に勤しんだ結果、かもしれないが。
「わたくしは‥‥組織について‥‥」
シュヴァーンは視線を伏せるようにして、皆に城の中で見たものを伝える。
暗殺組織。一介の領主が持つにしては危険な、そして大規模な。城内に忍んで、その暗殺組織が、他者から依頼を受け動く事が多い、というのがわかった。無論、高額の報酬と引き換えに、だ。
「あたしのは、とっておきの情報!」
彼方は満面の笑顔を浮かべて、怪盗と接触したと話す。
捕縛や追跡は敵わなかったものの、怪盗から情報を仕入れる事ができた。
領主――ヴァン・カルロスは悪魔と取引を行い、この国を手中におさめようとしている。その取引の代価として、花嫁の――クラリッサの命が奪われる危険性がある。他にもクラリッサが持つ何かを狙っているようなのだが、そこまではわからなかった。
「それは一大事でござる!」
朧が叫ぶのも無理はない。この事が事実なら、ノルマン全体を巻き込む火種となろう。
「それで、どうする?」
パルシアが尋ねると、彼方はパリ近郊にカルロスの別宅である古城があるようだから、そこを調べてみよう、と答えた。
「‥‥駄目ですわ。クラリッサさんの命が心配ですし‥‥」
シュヴァーンの言葉に続けて、エリクシアがかぶりを振って言う。
「まだ、証拠がありません。それに、まだこの地を調べきったとはいえませんよ」
「そうです。暗殺組織に、影の衛兵達。そして、マントに眠るという遺跡‥‥」
サビーネの言葉に、皆沈黙する。
探せば探すほど、色々とありそうだ。今まで表沙汰になっていなかったのは、代々の領主が沈黙を守っていたからであろう。
だが、現領主が野望を叶える為に、少しづつ、光に晒されるようになった――かもしれない。
ひとまず、一旦ギルドに戻って報告しよう。その結果に落ち着き、パリへと戻る一行。
しかし、状況は突然幕を切り替え、怪盗救出騒ぎへと向かって行ったのだった――‥‥